還暦夫婦のバイクライフ 14

リン、鶴姫ラーメンでチャーシューを買う

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 3月上旬の日曜日、朝食を食べていたジニーが、突然思いついたように言い始めた。
「ラーメン食べたい」
「ラーメン?なんで?」
「いや、なんと云うか今急に頭の中にイメージが・・・」
「電波が飛んできたとか言わんといてよ」
「言わんてそんなこと。電波は常に頭の中に飛んできているから、わざわざいう事のものでもないし」
「何それ!」
「僕の頭の中には、常にキーンとか、シャーとか、砂の嵐みたいな音が響いてるよ」
「何だ、びっくりした。それ、ただの耳鳴りだから」
「知ってる。気にしだしたら気が狂うかもしれないから、ただの背景音ということにしている。まあまあうるさいけどね」
「ふーん。まあいいわ。ラーメンだったら、この前行った鶴姫に行く?今月で閉店だし、こってり何とかも食べてみたいし」
「いいね!じゃあ早速、支度しよう」
ジニーは朝ごはんの片付けを手早く済ませる。リンはその間に身支度をする。
「ジニーどんな格好で行くの?」
「えーと、櫛谷の冬用ジャケットのインナー外して、下は防風ジーンズで行くけど?」
「寒くない?」
「大丈夫じゃない?もう春だし」
「じゃあ、私もそうする」
 いつものようにジニーはバイクを、車庫から引っ張り出す。S750はバッテリーを新品に交換して、さらに調子が良くなった。続けてR750を引っ張り出したところで、リンが出てきた。インカムを接続し、バッグを固定する。
「ジニー出れるよ」
「了解。スタンド寄るよ」
「はいはい」
家を出発して、近所のスタンドに立ち寄る。給油を済ませてから街中を走り、R33を砥部町に向かって南下する。三坂の上り口にとりつき、久万高原町に向かってヒルクライムを始める。
「ジニー今日は?」
「天気良い・・・ぶえっくしょ!」
ジニーはシールドを開けて、鼻をこする。
「何?」
「花粉が・・びぇくしょい・・すごい・・・最悪だ」
「薬は?」
「飲まんよ。気絶するから」
「で?」
「で?・・ああ、旧道上がります」
ジニーは鼻水を垂らしながら、口で息をする。
「くそっさっき目をこすっちゃった。たまらん、かゆい~」
「どこかで止まる?」
「いや、いい。我慢する」
ジニーは目をしょぼしょぼさせる。フルフェースなので如何ともし難い。ここでさっきのようにシールドを上げると、さらなる地獄が待っている。ジニーは気分がダダ下がりになり、ぼんやりと走っていたら、後ろから125㏄のスクーターに抜かれた。
「おう、びっくりした。スクーターか。早いなあ、あっという間に見えなくなった」
「ジニーどこかで休憩する?」
「ううん、鶴姫まで一気に走る」
「じゃあ、ちんたら走らんと、とっとと行きやがれ!!」
「へい」
ジニーは気合を入れ直して、ペースを上げた。旧道を駆け抜け、道の駅さんさんを横目で見ながらスルーし、さらに美川の道の駅も通過する。
「道の駅、バイクが結構いたな」
すれ違うバイクに手を挙げながら、ジニーがつぶやく。
「暖かくなったから、みんな冬眠から覚めたんじゃない?ジニー着いたよ」
鶴姫の店の前にバイクを並べて止める。ヘルメットを脱いで、ジニーはバッグの中を探す。
「確かここに・・・あった」
ジニーはウェットティッシュを取り出した。
「どしたん?」
「いや、目薬忘れちゃったんで、これで顔を拭こうかと思って」
「それ、使える?」
「どうかな。少し乾きかけてるけど・・・使える」
ジニーはウェットティッシュで目の周りを、そっとなでる。
「今年の花粉症は、あんまりくしゃみとか鼻水とかでないんだけど、なんだか下痢気味だし、内臓全体がぼんやり腫れてるような気がする」
「ふ~ん。私には分からないや」
「いいなあ、花粉症じゃなくて」
ジニーがうらやましそうに言った。
 暖簾をくぐると、すでに行列ができていた。ざっと15人くらいいる。奥の椅子から入り口まで、店員さんの指示通りに並んで、行儀よく待っていた。30分ほど待ってから、カウンター席に座った。リンはこってり鶏中華そば、ジニーは中華そばを注文した。
「それとチャーシュー持ち帰り3つください」
リンが追加注文する。
「3パックあったら、一切れくらい口に入るでしょ」
「そやね。この前のはリンさん食べれた?」
「ぜんぜん。気が付いたらなかった。全くあいつらは。少しは遠慮しろよなあ」
「名前書いとけばいいんだけどね。リンさんのサイン入りには奴らも絶対手を出さんもん」
あいつらというのは、3人の息子達のことだ。リンは彼らにとって、怖い(面倒くさい?)存在らしく、パッケージに名前を書いた食品には絶対手を出さない。ところがそれが災いして、リンがうっかり忘れたまま立ち腐れた食品を、何度も捨てる羽目になってしまった。そこでジニーは賞味期限が切れる前に引っ張り出して、みんなでいただくようにしている。
 うまいラーメンを堪能し、チャーシュー3パックを受け取って、二人は店を出た。
「こってり鶏中華そば、おいしかったよ」
「それは良かった。いっそのこと期間限定じゃなくずっと営業すればいいのに」
「そうねえ。このあたり、ラーメン屋無いもんね。やれるかもしれんね」
「さてリンさん、12時すぎだけどどこ行く?」
「じゃあ、吾北のケーキ屋さん行ってみる?」
「あ‼そうしよう」
二人はバイクにまたがり、店を後にする。R33を南下し、引地橋を過ぎてR439へ左折する。439の一番の快走路を気持ちよく走り抜け、R194との合流の交差点を左折する。そこから数百mの所の左側に、ケーキ屋さんがある。
「久しぶりにおいしいコーヒーが・・って、閉まっとる」
二人は道端にバイクを止めた。
「ジニー張り紙がある。私乱視だから、ここからじゃ読めない」
「どれどれ」
ジニーはバイクにまたがったままで、張り紙を凝視する。
「え~っとね、今日は伊野町役場のマルシェに出店しているので、臨時休業しますって書いてある」
「え~。どうする?」
「せっかくだから、伊野町役場に行ってみようや。面白そうだし」
「わかった」
「でも場所が、わからんなあ」
ジニーはスマホを取り出し、地図で検索する。
「役場は・・・あった。これか。ナビにしてと、リンさんここから20分くらいだね」
「すぐやん。いこいこ!」
「待って、ナビ様に案内してもらうから」
ジニーはスマホをバイクに固定する。
「行きますよ」
二人は向きを変え、R194を高知方面に向けて南下する。時々利用する超人気のラーメン屋の前に差し掛かる。
「うわあ、相変わらずすごい人ごみ」
ざっと50人以上の人ごみをスピードを落としてやり過ごし、さらに南下する。道の駅土佐和紙工芸村を左に見ながら、仁淀川沿いを走る。やがて前方に、川にかかる長い鉄橋が見えてきた。R33との合流点だ。
「リンさん、伊野町に入った。もうすぐ役場に着きますよ」
「ジニー場所わかるん?」
「知らん。ナビ様の言う通りで」
「大丈夫?」
「さあ?」
合流点を過ぎてR33に乗り換え、道なりに街をぐるっと回りこむ。
「え~っと、あ!ここだ」
ジニーが目の前の信号交差点を、突然左折する。
「あ、こらーっ急に曲がるな!」
リンが叫ぶ。
「私そんなに急に曲がれん」
そう言いながら、ジニーについてリンも左折した。
「ごめん。ナビ様の案内聴き取れんし、ナビ画面が老眼でぼやけて見えん」
「なんじゃそりゃ。何の役にも立たんやんか」
「でもリンさん、着いた」
路地の交差点を右折した所に、目的地の伊野町役場があった。
「う~ん、バイクが置けん。どこかに無いか?」
二人はしばらくうろついて、駐車場を見つけて二輪置き場に止めた。
 会場には多くの店が出ていた。いろいろ覗きながら、ケーキ屋さんを探す。少し奥に見つけたが、誰もいなかった。
「ああ、残念。売り切れ閉店してる。早いなあ」
時計を見ると、まだ13時45分だ。
「人気なんだねえ」
「しょうがない。せっかくだから、もっと見て回ろう」
ジニーとリンは歩き回った。でっかいビニール袋に詰めた文旦を山積みしたお店とか、ハンドメイドの小物を置いたお店や、軽食スタンドとかも出ている。
「コーヒー飲む」
リンが出店のコーヒー屋さんに立ち寄り、コーヒーを2つ注文した。店の横に置いたベンチに座っていただく。引き立ての豆をドリップしたコーヒーは、香り豊かでおいしかった。
「地元のお祭りみたいだね」
コーヒーを飲みながら、行きかう人たちを観察する。知り合いのお店に立ち寄って、世間話をしてゆく人が多い。春の恒例行事なのだろう。
 コーヒーを飲み終えてから再び歩き回り、小物屋さんをのぞく。お箸を2膳買って、ほかの店ものぞいて回る。
「お茶いかが?」
一軒のお茶屋さんに呼び止められる。お茶好きの二人は呼ばれるままに椅子に腰かけた。おばちゃんの話を聞きながら、4種類のお茶を頂く。どれも良い香りで、うまみと渋みが絶妙だった。そこで30分ほど話をしながらくつろぐ。
「さてリンさん。そろそろ帰ろう」
「何時?」
「14時50分」
「ああ、もう動かんと寒くなるね」
お茶屋さんにお礼を言って、二人は会場を出た。バイクに戻って、出発準備をする。
「リンさん、どっち向いて帰る?」
「どっちって?」
「R194で小松まで出て、川内経由で松山か、R33を北上して久万高原経由で松山か」
「R194で帰ろう」
「オッケー」
伊野町を出発した二人は、R33を北上して鉄橋の交差点でR194に乗り換える。仁淀川沿いの道を北上して、道の駅土佐和紙工芸村を右手に見ながら通過し、さすがに人影もまばらになったラーメン屋を横目で見ながらどんどん北上する。ケーキ屋さんの前も通過してしばらく行くと、道の駅633美の里が見えてきた。
「リンさん、止まる?」
「平気だからスルーで」
「了解」
バイクがまばらに止まっている道の駅も通過する。夏場だったらあふれそうなほどバイクがいるのだが、さすがに春先にはまだ居ない。にこ淵入り口を右手に見ながら走ってゆく。そこから道は川を離れ、山を登り始める。新大森トンネルの長い直線を登りきり、分水嶺を越える。そこからは吉野川水系になる。さらに北上を続ける。行きかうバイクに挨拶をしながら走ってゆくと、道の駅木の香の案内が見えてきた。
「リンさん、止まる?」
「この時間は日陰になってて寒いから、パス!」
「大丈夫?疲れない?」
「平気、どんどん行って」
「はい」
ジニーは川向うに見える木の香を横目で見ながら、どんどん走る。道はずっと登りで、標高が高くなる。UFOラインの登り口を右手に見ながら過ぎると、すぐに新寒風山トンネルに入る。
「寒っ!」
「冷たいねー。冬装備だから平気だけど、夏場はむっちゃ寒いもんねえ」
「十分冷たいって。長いしなー」
さむいのを我慢して、走る。やっとのことでトンネルを抜け、加茂川水系に出る。ここから道はどんどん下り、反対車線には長い登坂車線が続く。
「ここって気をつけんと、反対車線走ってたりするんよね。線が消えかかってるのもいかんのだけど、以前僕も気が付かずに反対側走ったことあるよ」
「そう言えば去年、高知向きに走ってたら、逆走車いたわね。お前らなんでこっち走ってるんだって顔してたけど、逆走に気付いて慌ててハンドル切ってたなあ」
「そんな事あったな」
 二人は下ってゆく道を快適に走る。時々前に現れる呑気さんをかわし、少々悪い路面に気を付けながら駆け下り、R11の交差点にたどりついた。赤信号で停車する。
「リンさん、ここ真っすぐ行って、いつもの裏道行こうと思う」
「いいけど?」
「R11の渋滞は、しんどそうだし、途中で高速上がって帰ろうや」
「あー、オッケー」
信号が青になり、R11を横切る。県道13号に入り、西条から小松向いて走る。途中R196を横切り、中山川沿いの県道149号を西向きに行き、県道144号へと左折して川を渡って、R11号に戻る。
「あ、リンさん」
「何?」
「前走ってるバスって、R194を駆け下ってるときにパスしたやつだ。どうやら裏道って、遠回りみたいだね」
「まあ、そうでしょう。渋滞に引っかからないように走ってるけど、混んでなかったら素直に国道走る方が早いってことやね」
「勉強になった」
2台のバイクはしばらくバスの後ろを走ってから、小松I.C.に向かった。松山道に乗り換え、松山I.C.を目指す。20分足らずで到着して、高速を降り、市内に向かう。太陽は西に傾いているがまだまだ明るい。家に着いたのは、16時55分だった。
「おつかれ」
「お疲れ様、インカム切るよ」
リンはインカムを切って、ヘルメットを脱いだ。ジニーは2台のバイクを車庫に片付け、バッグを外して家に入る。
「思ったより早く着いたね」
「リンさん、しんどくなかった?」
「うん、全然平気」
「ふーん。伊野町から2時間ノンストップだったけどなあ」
ジニーはバッグからお土産のチャーシュー3パックを出して、冷蔵庫に片付けた。
 今回買ったチャーシューは、無事ジニーとリンの口に入った。前回リンがぐすっと文句を言っていたのが効いたらしい。
「まあ、余分に買ったのもあるんだけどね」
ジニーはチャーシューを山盛り刻み込んだチャーハンをほおばり、満足そうにつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ 14

還暦夫婦のバイクライフ 14

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-15

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