「或屋敷にて」

 落ちついてくださいあれは銃声ではございません
 あれは人がボールを()つ音であります
 毬ではありません手毬ではございません
 鉛のようにドタンベタンするゴムボールでございます
 静寂を好まぬ輩が、ほら、御覧なさい庭で打ちまくるのでございます
 御新造(ごしんぞ)さま、どうかお気を悪くなさらぬように
 彼奴等めは寂しさを伴侶にする心を知らぬのでございます
 でありますゆえにあゝやってボールを打つんでございます
 あわれとお許しなさいまし
 彼等は自らの手で自らの顔をドタンベタン打っているだけでございますから
 あなた様を射殺しようとするのではないんでございますよ
 ですから、ね、お気をお鎮めなさいまし
 御新造さまのおねむりを妨げたのは無知ゆえでござります
 智も知もあっても所詮はたわけ…
 かような奴等になどあなた様のお心を分けてやることなどござんすまい
 さあ、もう一度ゆっくりおやすみなさいまし
 唯今月のお花を生けますからね、枕のそばに

「或屋敷にて」

「或屋敷にて」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-15

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