「絵描き」

 久し振りだと手を振って
 笑ってみせた彼は
 その人の幻像しか見えていない
 元気だったかと群がり問うて
 喜びに弾む彼女等は
 その人の幻像しか見えていない
 その人は凄まじいはやさで
 めまぐるしく 秘密に絵を描くから
 かんばすに散らばった羽子は
 紅く
 黒く
 青く
 ぱれっとに飛沫の鱗もたくさんだ
 木のぱれっとは椿を生やす 椿を生やす
 その人はずうっと絵を描いているから
 此方に顔を向けやしなくて
 コンタクトも付けないから
 いつでも景色はぼやけた輪郭に(くる)まれている
 見ないように
 見ないように
 誰の顔もろくに捉えないから
 誰もその人をハッキリ認識は出来ない
 絵描きのその人は
 自分の唇を桃の雫のインキで染めている
 紛い無き
 あまったるの唇から
 ぱれっとに絵具の色叫ばれて
 かんばすに羽子の散ること散ること
 誰も
 その唇に近づこうとする者は無い
 未だ誰も
 その唇を見とめていない

「絵描き」

「絵描き」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted