還暦夫婦のバイクライフ13

ジニー&リン鶴姫のラーメンを食べる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 「ジニー、何かおいしいものが食べたい」
2月のある日曜日、朝からリンがそんなことを言い始めた。
「おいしいもの?何がおいしいん?」
「わからない。何かおいしいもの」
「伊太飯?」
「いや、違うなあ」
「じゃあー和食?海鮮丼とか?」
「うーん。ちょっとイメージがわかない」
「うまい肉とか」
「多分違う」
「じゃあ、ケーキとかあまいやつ」
「じゃないなあ」
「えー・・・・」
ジニーはしばらく考え込んだ。
「そう言えば、姫鶴荘のコックさんが冬季休業の間、期間限定でレストラン湖畔やなだに跡地でラーメン屋さんやってるって、新聞で見たなあ。何も思いつかんのだったら、行ってみるかい?」
「そうやねえ。それ行ってみようかな」
「じゃあ、早速準備しよう」
二人はいつものように、冬用完全装備の支度を始めた。
「久万高原町は、雪大丈夫かなあ」
「ん?近頃暖かかったから平気じゃないの?ちょっと定点カメラ見てみるか」
ジニーはスマホを操作して、愛媛の道ライブカメラを呼び出した。それから中予地区の映像を次々に確認する。
「んー、道に雪は無いな。行けますよ」
「そう。でもさすがに寒いよね」
「そりゃあ、寒いだろうねえ」
「もう一枚着とくか」
リンが服を重ね着している間に、ジニーは外に出て車庫からバイクを引っ張り出す。バッグをバイクに固定している間にリンも出てきて、自分のバイクのセッティングを始める。ヘルメットを被ってインカムのスイッチを入れてバイクにまたがると、出発準備完了だ。
「さて、行きますよ」
そう言ってジニーはキーをONにする。しかし、メーターパネルの表示が少し変だ。
「?」
ジニーはスタートボタンを押す。その瞬間メーターパネルは消灯して、セルモーターはウンともスンとも言わない。
「あー!!・・・・バッテリーが死んどる」
「え~。どうするんそれ」
「どうもこうも、S750は本日お休みです。しょうがない。R25出すよ」
ジニーはS750を車庫に戻し、代わりにR25を引っ張りだした。
「私がそれに乗ろうか?」
「ううん、結構です。僕はR750には乗れません。30分も持たないと思う」
「そうかな?」
「筋力衰えたじいちゃんには、その体勢は無理です。リンさんみたいに鍛えてないからね」
「ふ~ん」
そんなこんなで、家を出たのは11時前だった。いつものスタンドで給油してから、久万高原町目指してR33を南下する。
「ジニー今日はどっち上がる?」
「もちろんバイパスです。旧道は雪がありそうだし、凍ってたら嫌やで」
2台のバイクは三坂バイパスを駆け上がり、久万高原町に入った。
「全然雪無いな。寒いけど」
「冬の始まりは大寒波が来たのに、2月になってから暖かくない?」
「そうやなあ。電熱グローブ使わんもんなあ」
そんなことを話しながら、のんびり走る車列の一部となる。やがて美川の道の駅を通過して、梼原方面に向かうループ橋を横目に見ながら高知に向かって走る。
「ジニーそろそろじゃない?」
「そうやね、この先すぐの所に・・・あった」
湖畔という看板がついている建物に、中華そばの暖簾が下がっている。二人は店の前にバイクを止めた。ちょうど出てきたじいちゃんが、二人を見て近寄ってくる。
「バイク?どこから?」
「松山です」
「ほうなん。ここのラーメン、うまいよ~」
そう言ってニヤッと笑ったじいちゃんは、横に止めてあったカブにドカヘル被ってまたがると、走っていった。
「地元のじいちゃんやね」
「うん」
 ジニーとリンは暖簾をくぐって、店内に入った。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声に迎えられる。ちょうど空いている席に案内され、上着を脱いで椅子に座る。早速メニューを見る。
「中華そばと台湾ラーメンがメインだな。チャーシュー丼もあるのか。リンさん、こってり鶏中華そばってのもあるよ」
「そうねえ、じゃあ私台湾ラーメン」
「僕は中華そばとミニチャーチュー丼にしよう」
店員さんを呼んで、オーダーを伝える。
「それと、追加で持ち帰りチャーシュー1つお願い」
「はい、ありがとうございます」
店員さんはオーダーを持っていく。
 お店には次々に人が来る。出ていくと入れ替わりに次の人たちが入ってくる。入り口をのぞくと、10人ほど並んでいた。
「リンさん、大人気だ。確かここ、期間限定だったよな」
「うん。メニューの隅に書いてあるよ」
ジニーがメニューを改めると、令和5年3月26日までの冬季限定になっていた。
「ふ~ん。姫鶴平にある姫鶴荘だよねえ。あそこって、冬季休業なんだ。確か天狗荘は通年営業してたよね」
「多分。去年リニューアルして、星ふるヴィレッジTENGUになったけど」
「姫鶴荘は、立ち寄ったこと無いなあ。たいてい前を通り過ぎて絶景ポイントまで行くし、そのあとは天狗高原経由で梼原へ降りるしね」
「夏行くと人がすごいいっぱいだから、敬遠しちゃうんだよね。バイクとかずらーっと並んでいるし、あそこに止める勇気は私には無い」
「大観峰行った時には、バイクの大行列に止めたやんか」
「あそこは、ほかに止める所が無かったからでしょうが!」
「リンさん、バイクの群れ、好かんよねえ」
「なんだか面倒臭くて」
「そんなもんかね」
「お待ちどうさま。台湾ラーメンです」
「おお、あちらへ」
台湾ラーメンが、リンの前に置かれる。続いて中華そばとミニチャーシュー丼がジニーの前に並ぶ。
「いただきます」
二人は手を合わせてから箸を取る。
「ん。魚介系スープだ」
蓮華と箸を交互に使いながら、ジニーは夢中で食べる。
「下さいな」
リンが蓮華でジニーの中華そばを取っていく。
「ん-、おいしいね」
「リンさん、少し頂戴」
リンはジニーに鉢を寄せる。ジニーはそれを少し取って食べる。
「少し辛い」
「ジニー辛いの苦手でしょ?」
「うん。これはちょっと。おいしいけどね」
「どっちやねん」
リンがツッコむ。
「これはどうだ?」
ジニーはチャーシュー丼を一口食べる。
「うん。食べてみ?」
そう言って、リンにどんぶり毎渡す。リンはががっと食べる。
「いいね。これもいける」
そう言って、どんぶりをジニーに返した。
「もういらんの?」
「もういらん。食べすぎになるから」
「そうなん」
「そう言えばジニー、今治の焼豚玉子飯食べたことある?」
「いや、無いなあ」
「私も無いんだけど、あれっておいしいのかな?」
「うまそうだけどね。見るからにカロリー高そうなもんで、手が出ないんだよな」
「そこよねー」
リンがうなずく。
 完食した二人は、早々のうちに席を立った。待っている人たちがいるのだ。レジで持ち帰りのチャーシューを受け取り、店を出た。13時10分、バイクを始動して出発する。
「うん。良かった。次来ても良いなと思える」
「そうね。次はこってり鶏中華そばにしようかな」
「いいんじゃない?さて、このまま真っすぐ帰ってもいいんだけど、少し早いなあ。面河に行ってみるか」
「面河?雪あるんじゃない?」
「大丈夫だと思う。久万高原町も雪無かったし」
「かまんよ、行っても」
「じゃあ、そういう事で」
R33を北上して、御三戸の信号を右折する。県道212号を奥に走っていくと、路肩に雪が現れ始めた。
「リンさん、気を付けて。日陰に雪がある」
「うん、これ帰ったらバイク洗わんといかんね。道が水浸しだわ」
バイクは雪解けの水をしぶき上げながら走ってゆく。さらに奥に向かったが、ついに道が一面雪に閉ざされている所に当たってしまった。わずかに車のわだちには雪がないが、その先無理に走る理由もない。
「リンさん、撤収」
「はいはい」
丁度路側に待避所があったので、そこでUターンする。来た道を戻り、途中県道210号へ右折した。
「ジニー、岩屋寺の向こう雪無いかな?」
「大丈夫。ライブカメラではこの先の峠には雪無かったから」
ジニーの言う通り雪は無く、県道12号に乗り換えてからも快調に走り抜け、14時前に道の駅さんさんに寄った。
「久しぶり。こんなに早い時間にここに寄るのって」
「いつも夕方だもんな」
早い時間で人がたくさん居てにぎやかだ。二人は物産館に入って、見て回る。
「ジニーこれ買って」
リンは梅干しと漬物を持ってきた。
「梅干し?無かったっけ?」
「無いって言ってたのは君だぞ?弁当の梅干しが切れたって言っとったでしょうが」
「そうでした」
「漬物は、かあちゃんへのお土産」
「了解」
 お土産を買ってから少し休憩して、道の駅さんさんを出発した。旧道は路面状態がわからないので、バイパスを駆け下る。砥部町を抜け、重信川を渡り、横道から市内を抜けて15時に帰着した。
「おつかれ」
「おつかれ、インカム切るよ」
リンがスイッチを切る。ジニーはバッグを外してヘルメットを脱ぎ、玄関に置く。上着も脱いでバッグの上に放り、それからバイクを車庫にしまう。
「あ、そうだ!」
ジニーは工具を取ってきて、S750のサイドカバーとシートを外す。そこに収まっているバッテリーを引っ張り出して、型番を写真に撮り、LINEで愛媛バイク商会の岩角さんに送った。取り寄せてもらうように依頼する。それからバッテリーをもとの位置に戻し、シートを仮組しておく。サイドカバーは玄関に置いておく。外の片付けを済ませてから家に入り、バッグから梅干しと漬物とチャーシューを取り出し、冷蔵庫にしまう。
「リンさん、このチャーシュー。口に入るかな?」
「多分無理だね。食べたいときには無いと思うよ?」
「えー。さすがに一切れくらいは口に入るでしょう」
 3日後、インスタントラーメンを作ったジニーはチャーシューを取ろうと冷蔵庫を覗いたが、リンの言う通り、影も形も無くなっていた。息子たちが根こそぎ食い尽くしていたのだ。
「昨日まではあったのに。少しくらいは残しておいてくれよなあ」
ジニーは思わずぼやいたのだった。

還暦夫婦のバイクライフ13

還暦夫婦のバイクライフ13

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-01

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