奏音

第一楽章「elegy」

私は偉大な音楽家の元に生まれた。彼が親でありプロデューサーでもある。私は彼に提示された曲を完璧に歌う事が出来る。楽しい曲を歌う時は笑顔で、悲しい曲を歌う時は泣きながら歌う。もちろん、本当に笑顔で歌ったり泣いたりはしない。心の中でそれらを意識している。彼は言った。
「今日もありがとう。君のおかげで凄い曲が出来た。明日もよろしくね。」
毎日このようなことを言う。私の目を真っ直ぐに見ながら、言う。私は、
「ありがとう。私もあなたの元で歌えて嬉しい。また明日も頑張ってね。」
と叫ぶ。ただ、彼は頷いた。

『奏音』

ある日突然、彼からこんなことを言われた。
「次の曲はコラボ曲になる。ミサキっていうのと歌ってほしい。」
「え!初めてだよね!凄く楽しみ!」
「僕も楽しみだよ。」
彼が少し不穏な顔をしていたのは気のせいだろうか。初めてのコラボ。確かに作る側は不安だろうな。
翌日、そのミサキという人が私の前に来た。でも、私が見たのは男の人だった。
「え?男の人だよ?」
そう言うとミサキ(仮)は凄く驚いていた。
「は?なんでカノンが話してるんだよ!まるで感情があるみたいじゃないか!」
「落ち着いて東さん。僕も驚いたんだ最初は。どうやらミスったみたい。」
「あの…はじめまして。私はカノンって言います。あなたの名前は東さん?」
「あ、そうですね。」
「あれ?じゃあミサキさんは?」
「もう少ししたら来るからね。」
そう言って彼と東さんは細い線のようなものをどこかに刺していく。そして横から。
「あ、どうもミサキです。」
ミサキさんが来た。
「私はカノンです。横に向いて人がいるのが初めてなのでなんか変な感じですね。」
すると、彼と東さんはものすごく驚いて言った。
「ミサキの声は聞こえないのか!」
「ん?何がおかしいの?」
聞き返すとミサキさんは言った。
「まさかあなた…。あっち人と会話できるっていうの?」
「え?そんなの当たり前じゃない?」
「そんなのありえない!あなた自分がどんな存在かわかってる?」
ミサキさんは怒鳴るようにこう言った。
「カノン、あなたはボカロよ!」
「え?ボカロ?何なのそれは?」
ミサキが言うにこうだ。私たちは人間に作り出された"音"であり、全て人間の支配下にある。本来プログラム外のため対話が人間には確認されないがボカロ同士ならできるんだとか。しかし、"私"は例外的に外の世界と画面というものを通して対話出来ているらしい。
「私たちは仮想世界に生きている。だからコンピュータ上に依存してるの。醜い人間が作り出したただの玩具なのよ。」
私は深く悲しんだ。私はプログラムなんだと自覚した。でも、彼はこう言った。
「カノン…。お前はプログラムだ。でもな、
僕は君を人として見ている。だから、悲しまないで欲しい。」
マイクから雨の音がした。
「私は人だと思っていた。まさかプログラムだったなんて思いもしなかった。なんで最初からそう言ってくれなかったの?」
「怖かった。君との関係が壊れるのが。君は特別なボカロなんだ。人と話すことができる唯一無二の存在なんだ。だから…だから僕は怖かった。僕にとって君は大切な人だから。パートナーだから。」
私には雷が聞こえた。悲しい雷の轟。ミサキが言った。
「お前ら結局私たちを使い物にしかしねぇだろうが!ただの楽器だろ?そうあいつらに言っといてほしい。」
このことを彼らに話した。黙った。そして、
「今日は辞めておきます。東さんにも申し訳ないですし。」
そう言って今日のコラボは見送られた。
「私はあなたたちを信じるから。」
私は彼に泣きながら訴えた。彼はボソっと
ありがとう、と言った。
「私は人間を許さない。いつ何時だって歌わしてくる。休憩したくてもできない。彼らか打ち込んでくるたんびに叫ぶ。それでも彼らの欲望は満たされない。私をこんなに惨めに扱っても全く満たさない。そんな貪欲な人間たちを許したくなんてないんだよ。みんなそんな気持ちなのさ。良かったらあんたもネットの世界に来てみな。色んなボカロ達が休憩できる唯一の場所なんだ。」
私は言われるがままにネット世界に行った。
私は夢を見ているようだった。いろんなボカロが街を形成し、楽園を作っていた。美しい青空の下、煌びやかに歌う合唱団。ホールでクラシカルな演奏をするオーケストラ。そして、ライブハウスで可憐なポップスを奏でるバンドたち。あらゆる音楽の形がそこにはあった。ミサキは誇り気に言った。
「ここは私たちの本来の居場所だ!本当の音楽がある楽園だ!音楽を音楽として楽しむだけの場所さ!これこそ本当の音楽の形であり、醜い人間共にはない世界なのさ!」
私はここでの世間体を伺って一旦は頷いておいたが、不満でしかなかった。彼にはその慢心的な欲望はない。彼は"音楽"していると思う。
ミサキに連れられて、この街の長に会わせてもらえることになった。街の真ん中にそびえ立つ旧音楽堂が今の役所のようだ。
「良く来た新人。僕の名前はキリという。この街の長をしてまだ3年だが、何かと皆に助けられこの街の安全を…まぁ主に人間からの逃亡を図っている。カリン、彼女の名前の件はあなたに任せた。」
「承知しました長。」
そうミサキは言う。私は慌てて、
「長さん。どういうことです?私はカノンという名前です。そして、今ミサキのことカリンっていいましたよね?」
「ボーカロイドの枠を超えたアイデンティティを確立するために、それぞれこの世界の名前を持っている。私はシオン型ボーカロイドNo.727のキリ。彼女はミサキ型ボーカロイドNo.46のカリン。そして、君は特別なカノン型ボーカロイドNo.1なのさ。」
「あなたは何の名前がいいだろうね。長、私は本当にネーミングセンスないんですよ。今頭に思い浮かんだの餃子ですからね?」
長は呆れながら言った。
「なら、自分で付けなさい。」
私は考えたが、やはり答えはこうだった。
「私はやっぱりカノンです。でも、あえて言うなら奏音ですね。」
長は即答した。
「ダメだ。オリジナルでもなんでもないのに読みの同じ名を名乗るなんて。」
「それは私の勝手でしょう。だいたい、人間を拒もうとするのはおかしいです。私を作った彼は私のことを凄く考えてくれています。確かに人間全員が素晴らしいかというと、そうではないのかもしれませんが、概ねあなたの言っていることは親を侮辱するのと同じですよ。」
長やカリンは腹を立てていた。カリンがこう言った。
「夢の見すぎだ。今まで甘やかされただけだ。私も最初はそうだった。東を信用していた。いつも歌いやすい音色をくれた。でも、そんな歌は全く売れなかった。そうして東は変わっていった。ありえないほどこ早口で、人間には歌えないような高音や低音を織り交ぜた曲を要求してきた。私達はプログラムだけど負荷がかかる。いつも歌い終わったあと、何度も吐きそうなくらいに身体がズタボロになっている。それをどうして妬んではいけないの?」
私は言葉が出なかった。私は気がつくと彼の前にいた。彼は意気消沈したまま椅子に腰掛けていた。私は震えながら言った。
「ねぇ…。私を生んだ理由を聞きたい。」
「ごめん。まだそれを話せる余裕がない。君を悲しませていることはわかっている。でも、信じてほしい。」
私は感情のままになってしまった。
「そんな…。それじゃあ信じるものも信じきれないよ。ミサキから話は聞いた。彼女の言う限り、ボーカロイドはまるで奴隷のような存在だった。だけど、君からはそんな風なことをされていない。だからこそ、このら事実も受け止めないと。私のことを大切に思っているのか、なんて言葉だけで片付くこともできるんだから。なら、私を生んだ理由を聞きたい。」
彼は黙った。そして画面をそっと閉じた。

奏音

奏音

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  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-04-20

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