招き猫にぼく

上まねき

「おい」
 突然に。
「おまえはオレの存在意義を危うくしている」
「えっ」
 唐突だ。
「なんだよ、それ」
 実際。いきなりすぎて頭が追いつかない。
「おかしなこと言わないでよ」
「おかしくねえ」
「大体、あんたそのものがおかしいし!」
 そうだ。
 おかしいのだ。
「オレが?」
「あんたが」
「おい」
 ぎろっ。
「子どもが大人にそういう口きくのはどうなんだ、あーん」
「何が大人だよ」
 にらみ返す。
「大体さ」
 思いきり。うさんくさそうな目で。
「あんた、何なの」
「招き猫だよ」
 あっさりと。
「………………」
 考える。ものすごく。
「……ない」
「あ?」
「いまさらすぎる気もするけどさあ!」
 ばんばんっ。天板をたたき。
「あんたが招き猫ってどういうこと!」
「こーゆーことだろ」
 胸を張る。
 って、どういうことだ!
「……はぁ」
 早くもうんざりして。
「みかん」
「ん?」
「『ん』じゃなくて。しりとりじゃないから」
「しりとりは『ん』がついたら負けだろ」
「知ってるよ!」
 そういうことじゃなくて。
「あんただよ!」
「おい」
 ぐぐっ。
「さっきから『あんた』『あんた』ってよぉ。何様のつもりだぁ」
「何様って」
 自称・招き猫に言われることでもないと思う。
「ぼくは」
 言う。
「ぼくだよ」
「なんだ、そりゃ」
「人間だ」
「人間か」
 腕を組み。ふむふむとうなずく。
「なんでだ」
「えっ」
「なんで。おまえは。自分を人間だと断定できるんだ」
「え……」
 思ってもみない。
「だ、だって」
 あたふたと。
「そんなの、当たり前だよ!」
「当たり前か」
 やっぱり。うなずいて。
「じゃあ、オレが招き猫なのも当たり前だな」
「なんでだよ!」
 なぜ、そうなる。
「だって、そうだろ」
 当然という顔で。
「おまえは自分が人間だと言えるんだな」
「い、言えるよ」
「だったら、オレも言える」
「だから、なんでなんだよ!」
 まったく理屈になってない。
「もういい!」
 まともに会話してると頭が痛くなってくる。
「あんたなんか、猫だって犬だって何だっていい!」
「犬ってことはねーだろ、犬ってことは」
 不服げに。
「『招き犬』っているか? ウナギイヌじゃあるまいし」
「なに、ウナギイヌって」
「いたんだよ、そういうのが」
 遠い目で。
「昭和に」
 あ、古いやつだ。
「あんたと同じ妖怪の仲間?」
「おい」
 またも険しい目で。
「誰が妖怪だ、誰が」
「えっ、違うの」
 心底。意外だという思いで。
「妖怪でしょ」
「だから、誰がだよ」
 指をさす。向かい合ってる真正面。
「おい」
 つかまれる。
「妖怪『招き猫』っているか?」
「いないけど」
 じゃあ、こいつは何なのかと。
「よく聞け」
 聞きたくない。
「オレは招き猫だ」
 だから、もうそこから。
「ただの招き猫だ」
 いや『ただの』じゃないだろう、明らかに。
「はぁーあ」
「なんだよ。オレがただの招き猫なのが不満か」
 そうじゃない。そう説明する気力もない。
「もう、何でもいいよ」
「よくねーだろ」
 思いがけず。しつこく。
「はっきりさせとかねーとな」
「は?」
「おい」
 またしても。身を乗り出し。
「どう思ってる」
「えっ」
「おまえにとってオレは何だ」
「は?」
 どういうことだ。
「愛していると言ってみろ」
「はあぁ!?」
「当然だろ」
 こちらの驚きと真逆の落ちつきぶりで。
「どこでも招き猫は愛される」
「そ……」
 そういうものか!?
 自信たっぷりに言われるとそうかもという気はしてくるけど。
「い、いや、愛されるとかの対象じゃないだろ」
「対象だろ」
 ゆるがない。
「おまえなー」
 またも目をすわらせ。
「わかってないだろ」
「何をだよ」
「オレが招き猫ってことをだ」
 わかりたくもない。
「!」
 不意に。右手がふりあげられる。
「っ……」
 叩かれる。
 とっさに身をすくませる。
「……?」
 来ない。
 おそるおそる。目を開けると。
「ほら」
 右手をあげたまま。
「………………」
 何が『ほら』なんだ。
「……わ……」
 ようやく。
「わけわかんない」
「おまえ、バカだからな」
「あんたが言うな!」
 馬鹿な会話に巻きこんでいるのは明らかにそっちだ。
「ほら」
 やっぱり。右手をあげたまま。
「だから『ほら』何なんだよ!」
「これだろ」
「これ?」
「招き猫っつったら」
 くいくい。手首を動かし。
「これ」
「あ……」
 つまり。
「招いてる……ってことか」
「招いてるってことだ」
 うなずく。
「な。招き猫だろ」
「………………」
 何と言えばいいんだ。
「えーと」
 ひとまず。
「何を」
「えっ」
「招いてるんだよ」
「ええっ!」
 驚愕の声。
「おまえ」
 がく然と。
「そこまでかよ」
「って、どこまでだよ!」
 いわれのないはずかしめを受けた思いだ。
「日本人か?」
「日本人だ!」
「人間か?」
「おい!」
 存在そのものを否定された思いだ。
「時代かー」
「そこまでかよ」
 そういうところもあるのかもしれないが。
 昭和とは違うし。
「金だよ」
「へ?」
 なんだ、いきなり。
「カツアゲ?」
「おい」
 にらまれる。
「なんてこと言ってんだ」
「だって、いきなり金とか言うから」
「金だろ」
 また言う。
「金なんだ」
「金なんだだよ」
 先へ進まない。
「ほれ」
 くいくい。またも。
「金だろ」
「あっ」
 ようやく。
「招くってこと?」
「招くよ」
 得意げに。
「招き猫だし」
 と、気づく。
「いや、金でしょ」
「金だよ」
「来ないよ」
 当たり前だ。
「来るだろ」
 こっちも真顔で。
「いや、来ないよ!」
 思わずムキになり。
「金に足が生えて歩いてこないよ!」
「なんだ、それ」
 あきれた目で。
「どーゆー想像力だ」
「あんたが言ったんだよ!」
「言ってねえ」
 確かに。具体的には。
「厨二か」
 いや、厨二な妄想とは違うって。
「あんたが言ったんじゃん」
 それでもしつこく。
「招くって」
「それは言った」
「招かれたんだから、向こうから来るってことでしょ。歩いてくるんじゃなかったら、羽が生えて飛んでくるの?」
「あのなあ」
 ぽんぽん。心配そうな顔で頭をたたかれる。
「非現実的なこと言うなよ」
「あんたが非現実だよ!」
 非現実そのものだ。
「現実的に考えてみろよ」
 だから、非現実そのものの相手に。
「あっ」
 気づいた。
「ど、泥棒」
「おい」
「だって、その手つき! 完全に泥棒じゃん!」
「おい!」
 こちらも声を張り上げる。
「なんてこと言ってんだ、招き猫に!」
「わかった。そう呼ばれてるんだ」
「あ?」
「『怪盗招き猫』とか」
「おぉい!」
 声がはね上がる。
「前に『怪盗』いらねーよ! 招き猫だけだよ!」
「『招き猫次郎吉』……」
「ネズミ小僧かよ! 次郎吉でもねえよ!」
「『招き猫の猫八』……」
「芸人かよ! だから、そーゆーんじゃねえんだよ!」
「あっ」
 またも気づいたという顔で。
「詐欺だ」
「あぁ!?」
「招き猫をよそおって? マネマネ詐欺とか」
「どういうメリットがあるんだよ!」
「だって、マネーき猫なんだろ」
 ………………。
 沈黙。
「わ、悪かったし」
 さすがにあやまる。
「おまえ」
 本気で。心配な顔で。
「ガキのころから、すでにそのオヤジギャグって」
「悪かったって言ってるよね!」
「やっぱり厨二病」
「だから、厨二ってそういうのじゃないって!」
 何の弁護をしているんだろう。
「ぼくのことはいいよ! いまはあんたの話でしょ!」
「オレの話か」
「あんたの話!」
「だから、招き猫のことをこうしてわかりやすくだな」
 くいくい。
「招くなーーーーーっ!」

下まねき

「まあ、あんたが犯罪者なのがはっきりしたところで」
「おい」
「罪人だっていうことが」
「江戸時代かよ! オヤジかよ!」
「オヤジじゃないよ!」
 言い返す。
「江戸時代とオヤジ、イコールでつながらないよ!」
「けど、そーゆーイメージじゃん。平日の昼間、午後の時代劇見てるみたいな」
「無職か!」
 さらなる屈辱だ。
「金だ」
「は?」
 まただ。
「ちょうどいいよな」
「な……」
 何がだ。
「ほら」
 くいくい。
「招くなよ」
「いいのか、そんなこと言って」
「えっ」
 どういう。
「いるだろ」
 にやりと。
「金が」
「なっ……!」
 何なんだ、その唐突な決めつけは。
「オヤジで無職だもんな」
 うんうんと。納得したようにうなずき。
「当然、金には困ってて」
「おい」
 にらみつける。
「ぼくは金に困ってないし、オヤジでも無職でもないよ!」
「じゃあ、何なんだよ」
「えっ」
 唐突だ。
「何……って」
 言葉に詰まるも。
「人間だよ」
「出たー」
「じゃあ、なんて言えばいいんだよ!」
「おい、アレか? オヤジで無職は人間じゃないって言ってんのか」
「言ってないよ!」
 あわてて言う。
「ぼくはオヤジでも無職でもないって言ってんの!」
「人間でもない」
「人間ではある!」
 声を張る。
「人間かー」
「人間だ」
「やっぱり、オヤジと無職は人間じゃねーってことを」
「オヤジと無職以外にも人間はいるんだよ!」
 大体。
「あんたがオヤジで無職だろ!」
「おっ」
 挑発された。そう言いたそうに目を細めて。
「おまえ、オレの存在を根本から否定するのな」
「なに、根本って」
「オレに年はねえ」
 言い切る。
「まー、年季が入ってるとかはあるけど」
「どういうこと」
「味わいっつーの? 出てくるんだよなー、年を重ねると」
「あるんだし」
 年は。
「違う、違う」
 招いていた手を開いて横にふる。
「年齢じゃねーんだって。歳月なんだって」
「歳月……」
 とっさに漢字を頭に思い浮かべる。
「ジジくさ」
「なんだ、そりゃ」
「歳月を重ねるとか、それだけでジジイってカンジだし」
「だから、ジジイもオヤジもねーんだって」
「何があるんだよ」
「貫禄」
 胸を張って。
「………………」
「フッ」
「いや『フッ』じゃなくて」
 何なんだ、この無駄な自信は。
「ないし」
「はあぁ!?」
 露骨に。ショックな顔で。
「ないのかよ!」
「ないよ」
 うなずく。
「まあ」
 それでも。納得したように。
「愛くるしさ? のほうが勝っちゃうんだよな、オレの場合」
「おい」
 何を言っている。
「たわごとは置いといて」
「オヤジかよ」
「なんでだよ!」
「言うか『たわごと』って」
「たわごと言ってんのは、あんただろ!」
 たまらず。
「ないよ!」
「あるだろ」
「ない!」
 言い切る。
「貫禄も愛くるしさも! あんたにあるのは」
 あるのは。
(……な……)
 何だ?
「あり得ない」
「はあ?」
「あり得ないよ、この状況」
 頭をかかえる。
「おまえ、大丈夫か?」
 頭を痛くさせてるその当の本人に心配されるとは。
「大丈夫じゃないよ」
「んー。オレにそっち方面の力はないからな」
 真剣な顔で腕を組み。
「頼んでみるか」
「は?」
 スマホを取り出す。
「もしもしー。あー、オレオレ」
 どこに電話をかけているんだ。
「やっぱり詐欺……」
「なんで、この状況でオレオレ詐欺するんだよ」
 通話を切る。
「あっ、疑われたから」
「詐欺じゃねえ」
 にらまれる。
「オレがそんなことしそうに見えるか」
「見える」
「だから、それはオレの存在意義にかかわるんだって!」
 声を大にして。
「オレのすることは招くことなんだよ」
「はあ」
「金を」
 その時点でもう詐欺くさい。
「オレが詐欺だったら、世の中の縁起物すべてが詐欺ってことになるじゃねーか」
「そこまでは」
 言ってないけど。
「霊感商法とかあるし」
「商売してねーよ」
 言い張る。
「大体」
 こっちも。
「金を招くとかいう時点でそもそも無理あるし」
「いいんだよ、縁起物なんだから」
 いいのか?
「招くんだよ」
 しつこく。
「じゃあ、見せてみてよ」
「見えねーよ」
「は?」
 何を言われて。
「あっ、銀行に預けてるお金とか。あれって数字は見れるけど、お金そのものが目の前にあるわけじゃないし。見れないし」
「数字は見れるんじゃん」
「じゃあ、何なのさ!」
 軽ギレする。
「見えないだろ」
 くいくいと。またもあのムカつくしぐさを見せる。
「ほら」
「……確かに」
 言おうとしていることが。
「見えない」
「だろ」
 得意そうに。
「や、違うって」
 ムカついたので。
「見えないんだって」
「だろ」
「じゃなくて、違って」
 どう言えばいいんだ。
「見えないに決まってる」
 逆に。言われる。
「運だ」
「ん?」
 運ー-
「『ん』じゃなくて、『うん』な」
「うん」
「えー」
「や、シャレじゃなくて」
 あわてる。
「オヤジだなー」
「オヤジじゃない!」
 あせって。
「なんだよ、運って! オーケーってことなの!?」
「オヤジが」
「や、いまのは」
 さすがに顔が熱くなる。何を似たようなことをくり返し。
「わかってるよ。ごまかしたりとかしてないし」
 ごまかしていた。
「何を」
 聞かれる。
「わかってるんだ?」
「え……」
 それは。
「う、運だろ」
「運だ」
「それって」
 つまり。
「運が……いい?」
「誰の」
「………………」
 答えようがない。
 悪い、なら言えるが。
「はあ」
「やめろって。ため息つくと運が逃げるぞ」
「幸せじゃないの」
「同じようなもんだろ」
「えーと」
 いや『悪運』はあるけど『悪幸』ってないだろ。
「運を引き寄せると言うとき」
 それっぽく。
「悪運を引き寄せるという意味に取るやつはいない」
「や……」
 確かにいないかもしれないけど。
 現実には、悪運を招き入れてしまうということもあるわけで。
「あんただよ」
「あ?」
「あーんーた」
 まさに悪運そのものだ。
「わけのわからない話の相手を延々させられて」
「わかれよ」
「わからないよ!」
 どこをどうわかれというのだ。
「だーかーら」
 こちらも。イラついたように。
「招くんだよ」
「それは」
 もう何度も聞かされてる。言いかけたところに。
「運を」
「えっ」
 そこで。
「あ……」
 ようやく。つながる。
「運……」
「そっ」
 うなずく。
「『うん』ってことじゃなくてな」
「………………」
 あらためて。顔が熱くなる。
「それはそれで」
 ごまかす。
「なにさ、運を招くって」
「金運だよ」
 言われる。
「見えないだろ」
「えっ」
「金運はさ」
「あ」
 見えない。確かに。
「だ……」
 それでも素直に認めるのが悔しく。
「だったら、最初からそう言ってよ。『金を招く』とかイミフだったし」
「招くだろ」
「運をだろ」
 結果として同じことなのかもしれないけど。
「わかんない」
「わかれよ」
「おい」
 横暴だ。
「だったら」
 いまここでやってみせろと。
 言いかけて口を閉じる。
(無理じゃん)
 無理なのだ。
 見えないのだから。
 けど。
「やってみてよ」
 確かめる方法なら、ある。
「ぼくのところに。金運を招いてみて」
「ふふーん」
 にやにやと。
「な、なんだよ」
「やっぱり、おまえも人間だなって」
「に……」
 人間には。決まっている。
「欲望に逆らえないか」
「はあ!?」
 そんなつもりでは。
「欲望とかないし! 試すつもりで言ってるんだよ!」
「試す?」
「そう」
「なんだ、その上から目線は」
 自分のほうが。明らかに上から目線で。
「『お願いします』だろ」
「は!?」
「願いをかなえてやるんだ。手くらい合わせるのは当然だよな」
「い、いやっ」
 驚きあわてて。
「願いじゃないし! かなえてもらいたいとかでもないし!」
「わかった」
「えっ」
「招いてほしくないんだな」
 にやにや。
「招かない」
「え? え?」
 そんなあっさり。
「招かない猫だ」
「招かない……」
 それじゃ、ただの猫だ。
(いや『ただ』のでも『猫』でもないし)
「じゃあなー」
「ええっ!」
 行っちゃうの!?
「招かないんだろ」
「や……」
 そういうことじゃない!
「ぼくは、だからっ」
「かわいそうだなー」
「は?」
「オレに行かれちゃうんだぜ」
「だ……」
 だから、どうした?
「行っちゃえよ」
「ん?」
 そうだ。最初からこうしてれば。
「行っちゃえって言ってるんだよ。それで、別にいいし」
「いいかー」
 だけどまだ。余裕を見せたまま。
「大変だ」
「大変なのは」
 そもそも、いまこの状態なのだ。
「招かれない」
「?」
「おまえには」
 深刻な。怪談でも語るような目で。
「招かれない」
「………………」
 何がだ。
「運だ」
「……!」
「一生」
 おどろおどろしく。
「おまえは金運から見放されるんだ」
「ええっ!」
 そ、それは。
「呪いか!」
「運命だ」
 そこまでか!
「いっ、いやいや」
 なんで! なんでなんで!
「じゃーなー」
「おい!」
 行くなよ!
「言ってよ!」
「ん?」
「どういうことだよ」
 深刻な。こちらも顔で。
「何がどうなってそうなるの」
「は?」
「だって」
 意味不明だ。
「つまりなー」
 理解の遅さを察したとでもいうように。指を立てて。
「オレがいなくなるからだよ」
「………………」
「信じる信じないは自由だけどな」
「ちょ、待っ」
 止めてしまう。
「待って?」
「う……」
 口ごもる。
「い、行けよ」
「お?」
 目を丸くする。
「いいのかよ」
「その代わり!」
 言う。
「招くから!」
「おお!?」
 ますます。丸くして。
「それってつまり」
「ぼくが」
 指さす。
「あんたを」
「違う!」
「えっ」
「招くときは」
 くいくい。
「こうだろ」
「う、うん」
 思わずうなずくもあわてて。
「いや、誰が招くって」
「言っただろ」
「………………」
 言ったけど。
「……言った」
 認める。
「だったら、ほら」
 くいくい。
「う……」
 やらなきゃなのか。どうしても。
「他のやり方は」
「やらないなら、行っちゃうぜー」
「ちょっと!」
 もうこうなったらヤケで。
「ほら!」
 くいくいっ。
「………………」
 無反応。
「な、なんで」
「足りない」
「は?」
「足りないんだよなー」
 くいくい。
「こうだって」
「どう違って……」
「足りない」
 何がだ!
「それって、招き方みたいな」
「なんだ、招き方って」
「だからその、数とか勢いとか」
 自分でも言ってて何なのかと。
「だめだなー」
「なんでだよ!」
「招くってのはな」
 くいくい。
「こうだ」
「………………」
 わからない。
「あっ」
 だけど気がつく。
「招きっぱなしじゃん!」
「ん?」
「さっきから!」
 勢いよく。指さし。
「あんた、ずっと招いてるだろ」
「あー」
「だったら」
 どういう顔をしていいのか迷いつつ。
「もう金運は十分ってことだよね」
「うーん」
「でしょ? だったら、もういなくなっても」
「ひでー」
 冷めた目で。
「金さえもらえば後は用なし? おまえ、ガキのころからそれって」
「そっちが先に金運なくなるとか言っておどしたんだし!」
 そうだ。こっちは悪くない。
「あんたを招く必要だって」
「ないか」
「な、ない」
 正面から聞かれ。戸惑うもうなずく。
「そっか」
 目を伏せて。
「わかった」
「う、うん」
「じゃあな」
「えっ」
 またもあっさり? しかも空気違うし。
「いいのかよ」
「おまえがそれでいいって言うなら」
「うん……」
 去っていく。
 もうそれを止める言葉も、理由もない。
「あ」
 思い出したというように。
「一つ、いいか」
「えっ」
 やっぱり残りたいとか。
「違うから」
「え……」
「手が」
 手?
「や、正確には足か」
 だから、何が。
「じゃあな」
「いやいやいや」
 説明不足すぎる。
「行くなって!」
「やっぱり、オレに」
「じゃなくて! 何なの、手とか足とか」
「どっちがいい?」
「は!?」
 振られた。
「どっちって」
 手だって、足だって。
 いや、足で招かれるのはさすがに。
 あ、猫の場合、あれは『前足』ということになって。
「う……」
 混乱。軽く。
「しょーがねーなー」
 やれやれと。
「それくらい決められるようになれよ、男なら」
「いやいや」
 関係あるのか、男。
 けど、なんだかムキになり。
「決めるよ」
 言っていた。
「ぼくは」
 言う。
「ぼくなんだ!」
 がくっと。
「なんだよ、無駄にキメ顔で」
「キメ顔とかしてないし」
 や、ちょっと意識はしたけど。
「ぼくはぼくで、だから手とか足とかどうでもいいんだ」
 微妙に答えになってない気がするが。
 いや、微妙どころじゃないが。
 カッコだけつけて、完全に逃げだ。
「そっか」
 通じた!?
「まー、人間の呼び方だしな」
「うん」
「で、どっちだ」
「ええっ!?」
 まだ押すか。
「えーと」
 さすがにもう逃げは。
「ぼくだから」
 逃げは。
「あ、一応、教えとくな」
 えっ?
「一般常識だけど」
 な、何が。
「こっちが金運」
 くいくい。
「こっちが人運」
 くいくい。
「え……」
 ジンウン?
「まー、一般常識だけど」
「いやいや」
 悔しい気もしたが。
「ジンウン……って?」
「ジンのウンだろ」
 答えになってない。
「何なの、ジンって!」
 指をさされる。
「おまえだろ」
「えっ!」
「自分で言ったじゃねーか」
 ジンーー人?
「人間か!」
「人間だ」
 その『運』?
「………………」
 つまり。
「運がいい人ってこと?」
「は?」
「はぁぁ?」
 だって。
 そういうことになるじゃないか。
「なに言ってんだ」
「何って」
 そういうことに。
「招くんだよ」
 招くーー
「あっ」
 はっと。
「……人を?」
「人を」
 うなずかれる。
「だったら、そう言ってよ。人運とか、聞いたことない言葉使わないで」
「常識だろ」
「ない!」
 力いっぱい。
「ないかー」
「ないよ」
「金運どころか人運まで」
「おい」
 そういうことじゃなくて。
「まー、人運はマシだろ。ちょっとは招いてたし」
「えっ」
「じゃーなー」
「ちょちょ」
 だから、説明不足だって!
「なんだよ!」
「なに、キレてんだよ」
 だって。
「招いてたって」
「招いてただろ」
「………………」
 招いていた。
「左で」
「えっ!」
 左!?
「なんだよ、左って!」
「お茶碗持つほうの手だよ」
「それは」
 利き腕によっても違うと思うが。
「あっ」
 気がつく。
「ぼくって」
 招いていた。
(ずっと)
 左手で。
 や、意識してたわけじゃないけど。
「それって」
 何か意味が。
「ある」
 言われる。
「ほら」
 くいくい。
「金運だ」
「………………」
「で」
 くいくい。
「人運だ」
「あっ」
 気づいた。
「手が違う!」
「やっとかよー」
 やれやれと。
「だ、だって」
 普通、そんなの意識するか?
「おまえ」
 言われる。
「ずっと、左だったから」
 ということは。
「人を」
 招いていたということ。
「あっ」
 そういうことーー
「じゃあなー」
「だから!」
 行くなって!
「ぼくは」
 つまり、いままで。
「誰を」
 招いてたんだ?
「あっ」
 そうか。
「おい」
 くいくい。
「おっ」
 やっとわかったか。そんな顔で。
「で」
 聞いてくる。
「どうしてほしいんだ」
「………………」
 招いていたのだ。
 こいつを。
「……べ」
 言っていた。
「別に」
「別に?」
「………………」
 何と言えというんだ。
「いれば」
「ん?」
「いていいよ。許す」
 招いてしまったのは。
 こっちなのだから。
「そうか」
 うんうんと。どういう意図なのかうなずき。
「わかった」
 なれなれしく。肩に手を置き。
「ありがたく思えよ」
「ど……」
 どういうことだ!
「ないし!」
 精いっぱい。
「ぜんぜんないし! 何一つ!」
「一つ?」
「ん?」
「じゃあ、一つ」
 くいっ。
「招いたぜ」
「え……」
 何を。
 あ、確か右手だか右足だかは。
「魂を」
「ええっ!?」
 なんでそんな話に!
「というのは置いといて」
「置かないでよ!」
 何がなんだか。
「まー」
 まとめるように。
「オレにいてほしいってことだよな」
「っっ……」
 言われて。
「ぼくは」
 言う。
「いればいいって」
「素直じゃねーなー」
 ぐいぐい。
「や、やめろよ」
「あっ、こっちだな」
 くいくい。
「じゃなくて!」
「いらねーのか」
「えっ」
「まー、一生金と無縁で生きるのも自由だけど」
「おい!」
 言ってない。
「じゃー、いるのか」
「い……」
 いる。
 とこっちが言うより先に。
「そうかー、やっぱり金が目当てか」
「ええっ!」
 言えないじゃん!
「い、言ってない」
「言わなくても」
「何がわかるんだよ!」
「目が」
「目!?」
「手が」
「手……」
 それはつまり。
「………………」
 くいくい。
「ほら」
「う……」
 わけがわからない。
「や、やっただろ。だから」
「金が目当て……」
「じゃなくて!」
 じゃあ、何が目当てかと。
「あんたが」
 そういう。
「ってことに」
 もにょもにょと。
「はぁー?」
「くっ」
 わかってて。
「いいんだよ!」
 思わずムキに。
「ここにいて! いさせるから!」
「違う」
「えっ」
「置物だから」
「?」
「だから」
 言う。
「置かせてやる。だろ」
「………………」
 それは。
「だね」
「よし」
 契約成立。
 や、契約というのはちょっとすこし。
「だな」
「………………」
 言われる。
 だめを押された気持ちになる。
「えーと」
 もう、ここは。
「す、好きにしてよ」
 鷹揚な。
 大人らしいところを。
「ガキだなー」
「なんでだよ!」
 怒る。
「ガキだと思ってるならいたぶるなよーっ!」
 言ってしまう。
 いたぶられていたのか、ぼくは。
 招き猫に。
「いたぶり猫」
「!?」
「ってのも」
 にやり。
「あり?」
「なし!」
 力いっぱい。
「だったら」
 言う。
「やっぱ、招き猫だな」
「っっ……」
 そういうことに。
「あーあ」
 やれやれと。
 一仕事するかという顔で。
「じゃあ、今日も招くとしますか」
 もう、さんざん招いたじゃないか。
「………………」
 それでも。
 ぼくは。
「……よろしく」
 言っていた。

招き猫にぼく

招き猫にぼく

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-04-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 上まねき
  2. 下まねき