ケモノラプソディ 1-SHE, SUSUME-

ケモノラプソディ 1-SHE, SUSUME-

001:KIDNAP TOWARD ANOTHER SKT

男って生き物はとても愚かなんだと、彼女、梅灘すすめはよく知っていた。
児童養護施設に預けられたすすめに対し、「強くなれ」というだけの男。
それから、すすめの悩みを打ち明けても適当な相槌だけして話を終わらせようとする男。
そして、少し気持ちよくさせてやるだけでいろいろと便宜を図ってくれたりする男。
気持ちよくさせてやる、つまり、自身の思春期の春の女性器を売ってやるだけで自分の学校の教師も、児童養護施設の男も、おそらく親戚も支配できてしまうのだ。
そのことに気づいてから、彼女は男のことを許せるようになった。
そして、「金がないなら強くなれ」とほざいた男の親戚にも、いつか自分の思春期マンコの虜にして腰を砕かせ、うまくいけばそいつの妻から寝取ることができればとすら思ってしまう。
簡単にそのようなことができればの話だが。

 すすめは今日も、どの男を落とすかを考えていた。
うまく相手に取り入って、食事をおごってもらって、カラオケでも行ったら最後はホテルで春を売る。
その王道の手段こそ、彼女が一番男から果実を受け取る手段だと考えている。
 問題は意外と男、それもパワーを持った男は落としにくいところだ。
おそらく男の側としては自身の権力を脅かすような真似をしたくはないのだろう。
それでも、彼女は先ほどの黄金プランで何人もの教師をその手中に落としてきた。
パパ活の技術を教えてくれた先輩に感謝しつつ、その技術を自分の目的のために使ってやろうと思う。

 児童養護施設では三食きちんと食事を出してくれるし、睡眠も安心してとれる。
それでも、思春期の彼女にとってはいろいろと不足があった。
おいしいものをいっぱい食べて、化粧をいっぱいしたりしたい。
おしゃれだってしたい。
そのお小遣い稼ぎにいろいろとほかの部活の手伝いをしたりしていたが、それでももらえるものは金ではなく、焼肉やしゃぶしゃぶの食べ放題であることが多い。
それに、男を釣り上げる快感とスリルは、なかなか味わえるものじゃない。

方法論としては、先輩から教えてもらったサイトの中からピンとくる相手を釣り上げただけだ。
彼女の通っている相模原市立中央高校の教師もピックアップされているサイト。
その中から墜としたい男にSNSで連絡し、パパになってもらう。
そうすればあとは自動で金を支払ってもらえるようになる。
学校の教員がなんだかんだといって説教をしてくることもあるが、そんな時は「なんでパパ活募集サイトに登録したんですか」と言えば簡単に黙ってくれる。
そう思うと、安心してパパ活に励むことができた。

 学校が終わり、自身の所属する陸上部の練習を適当に済ませたあとが本番である。
 すすめは町田の駅前の漫画喫茶でシャワーを浴びると、もう一着持ってきた大人っぽく見える服に着替え、メイクをする。
そして町田駅前の町田東鉄ツインズの前の、くるくると回っているよくわからないオブジェの前に立つ。
周りではアコースティックギターを弾いて歌を歌っている人、誰かを待っている人、そしてせわしなく通過していく人たちであふれていた。
そんなせわしない空間の中に一人たたずんでいると、なんだか自分が溶けていくように感じる。

自分は世界では必要とされず、誰からも愛されることはない。理解など求めることもできず、ただ漂うだけ。
流れる電子広告の音声と、自分の下を走るバスや車の雑踏に、自分の声もかき消されてしまう。
もしかしたら世の中もそんなように回っているのかもしれない。
結局強い人間の強い声ですべてが回るのだ。
すべての弱者の言葉も、すべての弱者の嘆きも聞こえやしない。
いや、聞こうとしないのだ。
そして聞こうとしない連中は大体男だ。
そう思うと、無性に男というものを食らいつくし、利用し、最後はプラごみを捨てるかのように投げ捨てたくなる。

 しばらくすると詰め替え用洗剤のような男、榎本が近づいてきた。
しかし彼は自分が教え子であることを気にしていないようだった。
「すすめちゃんだよね」と榎本はいうと、すすめは「ええ!」と快活に答える。
その言葉に満足したのか、榎本は

「じゃあ行こうか。カラオケに行く?」

と言ってすすめに言う。
すすめは

「カラオケ、いいですね!」

というと、町田駅から少し外れた場所にあるカラオケ店へと向かった。

 カラオケ、食事。
食事は榎本のおごりでステーキをおごってもらった。
児童養護施設では決して味わえない、肉の甘味と濃厚なうまみ。
それを目の前でシェフが焼いてくれる。いわゆる鉄板焼きのお店など、今まで縁なんてないと思っていただけに、なんともうれしく感じる。
その一方でセフレ相手にこのようなぜいたくな思いをさせてくれる榎本の内心が気になった。

 食事が終われば、本番へとつながる。
町田駅の裏のラブホ街はもう見慣れている。
ここで春を売れば、彼はもう自分の奴隷になるのだ。
すすめはそう思いながら他愛もない会話を楽しみ、ホテルにチェックインする。
そして部屋に入ると、真っ先にすすめが

「シャワー、浴びてきてよ」

と言ってシャワーを勧める。
榎本は特にためらうこともなくシャワー室に入っていった。

 その間にすることと言えば、榎本を落とすための罠づくりだ。
隠しカメラを設置し、ベッドの陰に隠す。
こうすれば男は公開を恐れて何も言うことはできなくなる。
あまり音を立てないことも作戦の一つだと先輩からはいわれているが、今回は少しばかり音が出てしまった。
とはいえその音も十分ごまかせたことから、おそらく問題ないだろう。

 しばらくすると榎本は何も考えていないようなさっぱりしたようすで出てきた。
しかし、榎本の様子は、先ほどの優しい男といったものとは一切違っていた。
異様なまでに鍛えあげられて筋肉質の体。
目は赤く血走り、すすめを野獣が獲物を奪う顔様な目で見ている。
「なに……」と言ってすすめは拒否を示す。
しかしその怪物は舌なめずりをするとすすめにゆっくりと近づき、そして彼女の足をがっしりとつかむ。
そして近くに置いてあったカメラを見つけるとそれを粉砕し、すすめを見る。

「あんたのこと、ずぅーっと狙っていたんだよ。わがベノム帝国で使える愚かな女をな」

というと、すすめの着ている服を取り去り、すすめの女性器に自身の怒張を突き刺す。
そしてしばらく乱暴をすると、すすめの首を絞め、動きを封じる。

「さぁ、行こうか。お前のことをもっと教育してやる」

 榎本だったなぞの男はいうと、すすめに何か甘い香りのするものをハンカチをあてがって吸わせる。
 すすめはそのままゆっくりと、闇の中へと解けていった。

  すすめはぼんやりと、一人の女性の活躍を見つめていた。
 その彼女は銃を取り、最前線で何かの群れと戦っている。
 彼女は何度も銃口を敵に向け、オレンジ色の、不思議な光を放つ。すると敵は次々とそれに命中し、真っ赤な血液を吹き出して倒れていく。
 その後ろでは犬耳の彼女だけではなく、狐耳の兵士が腕をくるりと回して何かを展開し、その中からたくさんの稲妻を放つ球を作り、発射する。
 それにより敵の戦車はものの見事に装甲の弱い上部から電力を被り、乗員、そして周りの歩兵もろとも感電、爆発させてしまう。
 それでも敵の兵士はあきらめることなく前進し、何かを狙うようにその砲弾を動かしていく。
 しかしそのとき、戦車の群れは青い光に包まれる。
 その光には巨大な六芒星が描かれていた。
 その六芒星の描かれた円、おそらく魔法陣からは激しい水のしぶきが飛ぶようになり、それはやがて渦を描くようになる。
 その渦にもめげることなく敵兵は進軍していくが、徐々にぬかるんでいく足元に無限軌道を取られ、動けなくなってしまう。
 中から大勢の歩兵たちが姿を見せるがその彼らをまるで狙うように地面はどんどんぬかるんでいき、そして彼らを戦車ごと渦の中に引きこんでしまう。
 それどころかその渦はまるで海のようになっていき、茶色の大地はすぐさま紺色の水面へと変わっていく。
 敵兵はそれに対して制止をかけ、進軍を止める。

 それを待っていたとばかりに犬耳とウサギ耳の女性たちは高台に退避し、銃を構える。
 すぐさま水面からは鯱の尾ひれのようなものが三つ姿を見せる。
 それらが前後に何度か動くと、激しい波が後方から立ってくる。
 その波は急激に巨大化し、水面までどんどん高くなっていく。
 足元がぬかるんで動けなくなっているのか、あるいは機動力が確保できないのかはわからないが、戦車や兵士たちは逃げ出すこともできていない。
 しかし海溢はそんな彼らを容赦なく襲い、飲み込んでいってしまう。
 敵兵の戦車は水やほかの戦車の衝突などによってばらばらに分解されていく。
 その中で当然、人間などはひとたまりもない。
 波が去った後には何もその場に残っていなかった。

 別のロップイヤーのウサギ耳の兵士が空から降りてきて、

「ここには兵士はいなさそうだ」

 と犬耳の兵士にいう。
 すると犬耳の兵士は

「ありがとう。これでこの町は解放できたかな」

 と言ってにこやかに、少しばかり安心感をにじませて言う。
 その言葉にウサギ耳の、オレンジ色の兵士は

「とりあえずこれでタムラ島のシーレーンが確保できたってことか! よかったぜ……」

 と喜びの声を上げる。

 それに対し白いロップイヤーのウサギの兵士は

「安心はまだ早い。やっとのことでこの島が確保できたとは言え、ここからベノム帝国はとても近い場所にある。いつでも敵兵は進軍可能だ、……そんなこともわからねぇのか」

 と冷淡に言い放つ。

 するとオレンジ色のウサギ耳の兵士は

「てめぇ!」

 と言ってロップイヤーの兵士に食って掛かる。
 その様子を見た犬耳の兵士はお互いに愛用の銃を突き付けて、

「三十秒以内にごめんなさいしてくれると嬉しいな」

 と言って目を細めた――

 彼女たちの名前を、すすめは知っている。
 しかし、その彼女たちがここまで鮮明にイメージできたのは初めてだ。あまりにも鮮明であり、まるで土埃のくすぐったさも、津波の塩っぽさも、爆発の熱さもすべてが体に迫ってきそうだった。
 その感覚に驚き、すすめは目を覚ましたのだ。

 彼女、犬耳の兵士はタンビ、という。
 かつて獣人界を若くして治めていた女性の長老。
 初めての女性の長老で、獣人界に革命的な和解と進歩をもたらした女性。
 その彼女の国を、人間たちの国、ベノム帝国は侵略し、蹂躙し、差別と暴力をもたらした。

 タンビはその暴力に巻き込まれ、命を落としたものの、狼の博士に死体を回収され、兵器をその身に宿した戦闘人間としてよみがえる。
 そんなありきたりな設定の小説を書いていたことがある。

 パパ活を始める少し前に「小説家になりたい」という小説サイトに掲載していた作品だ。
 自分の妄想と、怒り、それから嘆きと不安を込めて書いていた小説ではあったが、あまりの文章力・構成力のなさに「リアルかくれんぼ」という、この日本で最悪とされる小説を読んでいるかと思ったという感想だの、単純につまらないだのと言った言葉を友達や、あるいは読者から拝受し、喜んで怒りに任せて削除をしたものだった。

 その小説のキャラクターとともに、今ここにいるような気がする。
 そんな不思議なことなど、あるものだろうかと思い、「まさかね」とつぶやく。
 するとすぐ隣にタンビは腰を掛け、

「そのまさかが起こることを考えたほうがいいかもね。僕たちは魔法使い。作者の君すらも兵器にできるし、友達になることだってできるのだから。--いま君がいる場所はとんでもなく悪いところだから、僕たちでもアクセスできないけれども、君のことを僕はあきらめない。だから君も、僕たちのことを信じてほしい。いつか君に会えることを楽しみにしているよ」

 というと、タンビはすすめの顔をみてほほ笑み、ゆっくりと立ち上がる。

 そして

「さぁ戦おう。僕たちの体に眠る歯車一つ一つ、ガラス繊維の一本一本が敵の穢れた血を欲している!」

 というと、勝気な笑みを浮かべてもう一度すすめの顔を見た。
 その表情に、すすめはどこか心の中で熱く、軽やかなものが跳ねるような気がして、

「頑張ってよ!」

 とタンビの手を取る。
 タンビはとてもうれしそうに眼を細めると、膝をつき、タンビの手を取ったすすめの腕に軽い口づけをした。

 その瞬間、すすめの視界は一気に暗転する。
 ここがどこなのかわからないほどにまで人にあふれた空間。
 猛烈な、何かの悪夢が起こっているかのような、何日も風呂に入っていないかのような人間のにおいに、大便や小便のようなむせかえるようなにおい。
 その嫌悪をもたらす臭いに、思わずすすめは目と鼻を覆う。

 ここはいったいどこなのだろうか。
 そして自分は今どうなっているのだろうか。
 ゆっくりと自分を振り返ると、服も荷物もそのままだった。
 とはいえ、汗でびっちょりと汚れ、それだけ動いたのか、汚れてしまった服を見て、着替えたいと思う。
 しかし周囲には男性もたくさんおり、着替える余裕などはなさそうだった。
 ここですすめは思う。

「ここ、どこよ……」

 と。

 大小便と、何かの腐敗臭と、それから人間のにおい。
 その匂いが鼻をつき、むせかえり、吐き出しそうになってしまう。
 むわっとする人いきれと熱、それから外気の熱さで、服にべっとりと汗がまとわりつく。
 その汗を早くぬぐいたいとかばんの中からタオルを取り出し、それで体を拭こうとする。
 すると隣にいた青年が目に入った。

 彼はおびえた様子で前を見つめている。
 その彼の前には軍服を着た兵士がナイフを持って立っていた。
 兵士の男は少年の手を取る。
 少年の顔を見てみると、彼は狐か犬の耳を生やしている。
 おそらく獣人と言われる種族なのだろうか。
 そう思うと、自分が今いるところが理解できなくなる。
 少なくとも自分はいま、人間界とは違う場所にいるのだろう。

 これは夢なのだろうか。
 あるいは現実なのだろうか。

 仮に現実なのだとしたら、あまりになぜここにいるのか、理解ができなくなってくる。
 だからと言って空想だとしたらあまりに現実感がありすぎる。
 先ほどみた自作小説の世界も、いまもたちの悪い夢であってほしいと願う。

 しかし、自分自身の肌で感じたこと、そして嗅覚は一切それが嘘であることを認めさせてくれない。
 なんという場所にいるのだろうか。
 こんなおかしな場所にいる意味など、いったいあるのだろうか。
 そしてあるのだとしたら、いったい何なのだろうか。
 そう思うと、頭がくらくらしてくる。

 とりあえず今を見ておこうと目を閉じて、前を見てみる。
 しかし目の前に繰り広げられるのは、先ほどから変わらない、人間のタンクのような場所が広がる。
 時々銃声が聞こえ、硝煙のにおいも時々する。
 その匂いにもくしゃみが出そうになる。

 現実感が一切わかない空間。
 その空間にいることで気持ちがまいってしまいそうになる。
 それでも何とか意識を現実に向けようとして、ゆっくりと目を閉じ、隣を見る。

 隣の少年は兵士によって、まるで鉛筆削りをするかのように薄く、薄くその指が削られていた。
 少年は痛みに目を大きく見開き、阿修羅のように顔をよじらせる。
 その表情を楽しむかのように兵士は顔を邪悪にゆがませ、鬼畜の笑ったような笑顔でゆっくりとその薄皮を削っていく。
 その様子にすすめは思わず目を背けたくなる。
 しかし、そのことを許さないかのように隣では残虐な行為が繰り広げられている。

 その様子にまたくらくらとしてしまう。
 隣の少年は一本、また一本と指をそがれていき、少年はその痛みのあまり兵士に向けて胃の中身を吐き出してしまう。
 すると男は少年の腹を殴り、さらに顔面を踏みつける。
 兵士はそのナイフをさらに顔面に突き付け、ほほを切り裂く。
 少年の顔面はキイチゴの汁のような赤で染められ、汚れていく。
 しかしながらその兵士の力におびえ、ほかの人間たちは目をそらそうとする。
 すすめはそんなようすを見逃すことができず、目を落とす。
 少年はついには指を絶たれ、絶叫する。
 それでも兵士たちは喜んだ目でナイフを持ち、今度は右手の指の肉をそいでいく。

 少年は痛みに耐えつつ、立ち続けている。
 その痛みを思うと、すすめは何も言葉を発することはできない。
 ただ痛そうで、苦しそうだ。

 一方で別の隣の、イルカの尾ひれを持つものを兵士のペニスを口で加えさせられ、頭をつかまれた女性は身動きが取れなくなっている。
 これから何をされるのかと思うと、すすめは想像したくなかった。
 少年はついに指をすべて落とされてしまったようだ。
 それどころか少年は狐耳にナイフを入れられ、それを無理やりにもはがそうとされている。
 そのあまりの痛みに少年は抵抗するが、それを屈強な男は押さえつけ、切り出していく。
 少年は急激に力を失っていき、動けなくなる。
 それと同時に少年の耳は除去されてしまう。
 それを見た兵士は何かを言い、少年の首に何かを突き付ける。

 一瞬空気を貫くような激しい音がしたのち、少年は目を覚ます。
 すると兵士はニタニタと笑い、少年のペニスにナイフをあてがい、思いっきりそれを切り落とした。

 少年は言葉を失い、その場で蹲る。しばらくすると少年は動かなくなる。
 兵士たちは何かを言いながら何度も少年のことを蹴ったり、先ほどの機械を首にあてて起こそうとするが、少年は一切動くことはなかった。

 ここが夢なのだとしたら、今すぐにでも覚めてほしい。
 すすめはそう思い、何とかして逃げようと思う。
 しかし逃げようにも足に何かが括りつけられており、動くことができない。
 隣では頭のおかしな兵士が強姦や暴行を行っている。
 もう一度夢ではないかと、すすめはべただとは思いつつ、ほほをつねってみる。
 しかしほほはきちんと痛む。
 つまり、なぜかこのようないかれた環境に追いやられ、自分は今、おそらく異世界で激しい暴力にさらされているのだ。
 このような理不尽を、いったいどう考えたらいいのか。
 これからおそらく自分も彼らの毒牙にかかるのだろう。
 強姦か、暴力か、あるいは拷問か。
 その究極の三択の中で、自分には救いはないのだろうか。
 そう思うと、今まで何が間違っていたのかと思わざるを得ない。

 それでも、これから自分に襲い掛かってくる恐怖を思うと、もはや逃げられない事実に、ただおびえることしかできなかった。

すすめは恐怖におびえ、その場で蹲りたくなった。
 とはいえ蹲るスペースもない。
 となりでは相変わらず女性が犯され、少年の死体を蹴りつけている。
 びっしりと並んだ獣人と思しき人たちのせいで身動きも取れない。
 このまま自分は自分の意思でもないのに破壊されることを考えると、いてもたってもいられなかった。
 とはいえ、これは自分にとって自業自得なのだ。
 自分の中にある種の罪悪感があったにもかかわらずパパ活を行い、そして男にはめられ、自分はこの場で始末されることになったのだ。
 自分の本能が伝える危険信号を無視し、ここまで至ってしまったのだ。
 なんて馬鹿なんだろう。
 すすめはそう思うと、一瞬虚空を見る。
 すると間髪おかずに涙が流れ出る。

「あたしって、本当に馬鹿ね」

 という言葉が飛び出す。
 しかしその言葉は自分の心を癒してなどくれない。
 自分に襲い掛かる命の危機を、自分で招いてしまったのだから。
 あの教師をはめなければ、自分はきっとここまでの損害を受けることはなかったはずだ。
 その後悔をどうリカバリーしたらいいのかわからない。
 ここには両親も、友達もいない。
 多くの獣人たちがここで苦しめられ、おそらく処刑でもされるのだろう。

 こんなところから早く抜け出したい。
 しかし、それが物理的に阻まれてしまっている。
 そのような中でもなんとか自分の命だけでも守れないか、と思い、思案を巡らせる。
 しかし、その時。誰かがすすめの腕をつかむ。

「……何するのよ!」

 と叫ぶ。
 しかしその言葉を聞いてなどくれない。
 その腕の力は技術家庭の授業で使う万力のようにすすめの腕をつかみ、彼女の動きを封じる。
 どれだけ力を入れても動くことはできない。
 それどこか力を入れればさらに引きずられてしまうありさまだ。
 すすめは抵抗し、何とか腕を振りほどこうとしたが、その腕を振りほどこうとした瞬間、体を一気に引き寄せられ、後ろから乱暴に胸をまさぐられる。
 あまりのことに動揺し、瞳孔が大きく見開かれる。

「やめなさいよ!」

 と叫ぶが、その言葉がスパイスであるかのように兵士は何かを言いつつ、すすめの胸をまさぐる。
 さらに隣でイルカの女性を犯していた兵士もすすめに近づき、すすめの頭を引き上げる。

「何すんだよ!」

 と叫ぶも、兵士の男はニタニタと笑いながらじっとすすめを見つめるだけだ。
 すすめは口の中で作った唾を爆弾のように吐き飛ばす。
 兵士はそれをサッとよける。
 しかし屈強な力で押さえつけられたすすめの体を動かすには力が足りず、すすめの汗にまみれた服をびりびりと破ってしまう。
 あらわになった乳首を、兵士はいとおしそうにコリコリといじる。

 彼らを喜ばせることのないよう、すすめは必死に息をこらえる。
 しかしそれでも息は漏れてしまい、「ああっ……」という音が出てしまう。
 それにあおられたのか、兵士はさらに激しく体をまさぐる。
 兵士の腕はスカートにも伸び、さらにすすめを奪おうとする。

「やめて!」

 と叫ぶが、誰もその声を聴いてなどくれない。
 それどころか先ほどイルカの女性を犯していた男は、ズボンを雑におろすと、すすめにその欲望を無理矢理にも押し込み、顔を悦楽させた。
 すすめは口の中に広がる不快を抑えることができず、ついに涙を流した。

 もしかしたらこれくらいの屈服はなされなくてはならないのかもしれない。
 何が悪いわけではない。
 自分の愚かな選択の、究極の結果なのだ。
 自分から大切だったはずの自分の体を、ちょっとのお小遣いのために捨て、男をたぶらかしたのだ。
 それをいさめる友人たちもたくさんいた。

 それでも、その声を無視したのだ。
 その結果がこれで、自分は今、単純にその報いを受けているだけなのだ。
 ただ、その報いは自分にとって負いきれない者だっただけだ。
 それに、この先万が一自身の体を破壊されることがあったって、もういいじゃないか。

 自分はもうすでにきれいではないのだ。
 男を知りすぎて、一部のもの好きがすくような純粋ではないのだ。
 そう思うと、体から力が抜けていく。
 もう、死んでもいいかもしれない。
 そう思うと、不思議と口元が緩くなるのを感じた。

 その時、歯に自動車がぶつかったかのような強い痛みを感じた。
 すすめははじけるように目を見開くと、口を銃の底で何度も殴りつけているのだ。
 すぐに前歯が折れ、口の中に入り込んでくる。
 それどころかすべての歯を砕くかのように何度も、何度も、まるですすめの歯、そしてすすめ自身を恨んでいるかのように殴りつける。
 その痛みにすすめは発狂しそうになる。
 すでにすすめへの暴力は進み切っており、自身のまたぐらにはいまだに激しい痛みを感じている。
「やめて!」と何とか、口の耐えがたい痛みをこらえつつ叫ぶ。
 しかし、その痛みを聞いてくれるものはいない。
 ただひたすらこの暴力を耐えるしかないようだった。

 口元を何度も殴られるせいで口の骨まで砕け、あごが外れてしまいそうだ。その痛みで失神してしまいそうになる。
 すすめはこれから口の中に何を詰められるかも含めて、将来のことはわからない。

 しかし、自分の体は確実に辱められ、敵は自分をセックスマシーンのように犯すことで安っぽい快楽を得るのだ。
 そのことに、不思議とすすめは嫌悪感を覚えなかった。

兵士たちはひとしきりすすめを犯すと、何を思ったか彼女に首輪をつけ、思いっきり首輪につながれたリードを引っ張った。
 口が痛くて「何をするのよ」という言葉すら叫ぶことができない。
 そのことがもどかしい以上に、まるで出口のない闇の中に突き落とされるような恐怖を覚えた。
 その恐怖を何とかして避けたいと体を動かすが、屈強な男に引っ張られている以上、どうすることもできなかった。
 このまま闇のトンネルへ、あるいは何も見えない奈落の底へと突き落とされる恐怖を思うと、体が心なしか急に冷え込むのを感じる。
 しかしそのことを誰かに伝えることも、ましてや叫ぶこともできやしなかった。
 そのことが悔しく、絶望的だと思った。

 口がここまで破壊されていなければ。

 その怒りは涙となって肌を伝う。
 漏れ出た怒りはただ、炉の中に投げ捨てられた野花のように顧みられることはない。
 そのことがさらに悔しさを増幅させ、その結果悲しみはさらに強いものへと変化していく。
 その悲しみをこらえるように連れらて行くと、小さな部屋へとすすめは通され、椅子の上に投げ捨てられた。
 その痛みを抗議すべく、すすめは兵士たちを鋭くにらむ。

 兵士たちはそのことに逆上し、さらにすすめの顔面を銃床で殴りつける。
 四キロの銃がすすめの目に命中し、目が開けなくなる。
 兵士たちは何か叫ぶと、さらに銃ですすめの顔面、そして頭部を殴る。
「やめて!」と言葉になっていないこと、そして通じていないことを承知で言い、防御の姿勢を取る。
 しかし兵士たちは何度も殴りつける。

 その時、二発の銃声が鳴った。
 それとともに兵士は暴力をやめ、その場で直立する。
 扉の外からは一人の、かっちりとした衣装を着た人間が入ってきた。
 彼はスーツのような緑色のような色の衣装に身を包み、多数のメダルやワッペンをつけている。
 彼もまたおそらく軍人なのだろうとすすめは思う。

 すすめの知識を照らし合わせてみれば、それは おそらく将校、と言われる類の人間なのだと思う。
 そのような人間が一体何の用なのだろうか。
 すすめはさらにトンネルの奥に連れていかれてしまいそうな気がして、思わず気が引けてしまう。
 それでもじっと、彼の心の中までをも見透かせないかと彼の目を見つめていく。

 兵士は兵士たちを小突きながら何かを言うと、ゆっくりとすすめの前に座る。
 そして煙草に火をつけると、すすめに煙をかぶせるかのようにふぅ、と紫煙を吹き出した。

「君、人間だよね?」

 と将校はいう。
 その言葉はどう聞いてもきれいな日本語だった。
 すすめは口が動かないのを承知で、そして声がうまく出せないのを放っておくかのように

「そうです! 私は日本人なんです! ここはどこですか!」

 と問う。
 しかし将校は何も言わず、ふぅと再び煙を吹き付けると、

「何も話せないみたいですね」

 という。

 もう一度紫煙を吹きかけると、将校はゆっくりと話はじめる。

「ここはベノム帝国と言って、人間とはまた少し違ったベノム界という世界の人間たちです。この世界では獣人など、様々な人種と一緒に平和に暮らしてきたのですが、獣人たちが蜂起をし、この世界を荒らしているのです。そしてそれを支援する天界や人間界と言った世界によってこの世界は孤立化させられ、今は暗黒期を迎えているのです。私たちが望んでいるのは平和ですし、それに先ほどの緊急退避所にいた獣人や人間たちも、あまりに人数が多すぎて劣悪な環境になってしまっているのは事実ですが、この先適切な支援が与えられることになっています。そして貴方は私たちの仲間が連れてきた救世主なのです」

 というと、ゆっくりと椅子にもたれかかり、足を組みなおす。
 その言葉は何ともすすめには居ても立っても居られないほど心の中をかき乱されるような気がした。
 それだけではなく、そして自身の心の中の自分というものに銃を突きつけ、動けなくしているようにも感じた。

 それによって感じるものは、たった一つ、怒りだけだった。
 その怒りをどう表現したらいいのかわからない。
 おそらく彼らは自分の見てきたことだけで考えるのであればうそをついている。

 おそらく獣人を辱め、攻撃したのだろう。
 さらには獣人を侵略したのだろう。
 しかしそれでも一つ気になることがある。

 その「ベノム帝国」というものの正体は何なのだろうか。
 どこからそれは産まれ、どこへと消えていくのだろうか。
 そしてなぜ獣人を攻撃し、攻略しようとしているのだろうか。
 その答えが知りたい。

 それでもこの動かすことのできない口でなんと言ったらいいのだろうか。

 すすめはものは試しで「紙とペン」と言ってみる。
 しかしその言葉を将校は聞いたふりをして動こうとしない。
 まるで挑発するかのようにまどろんだ目ですすめを見る。
 そんな彼に紙とペンを要求するだけでもこれほどまでに難しいのだ。

 すすめはくじけそうになってしまう。
 何度も同じことを言い続けていると、やがて将校は

「君は少し気が動転しているようだ」

 と言ってすすめのあごの下に人差し指をあてがい、彼女のあごを上げさせる。
 そして

「これからいろいろなことを教えてあげる前に、すこしホテルでゆっくりしよう」

 というと、すすめの首輪を無理やり引っ張り、彼女をどこかの部屋へと引きずっていった。

すすめは、引きずられるがままに「ホテル」と呼ばれる場所へと連れていかれた。
 確かに、ここはホテルと言ってもいいような調度品がそろっていた。
 木製のテーブルに、少しいかついものの快適そうな椅子。
 そして現代のホテルとしては小さいような気がしなくもないが、それなりの大きさのベッド。
 その奥には扉で仕切られてこそいないが、便器と浴槽まで見える。

 ここでついに安寧に過ごす許可が得られるのだろうか、とすすめは少しだけ安心する。
 将校はゆっくりと「まずは椅子に座ってお話ししようじゃないか」というと、すすめに席を勧めた。
 すすめは言われるがままに座席につく。すると将校はすすめの頭にヘッドギアを取り付け、さらにすすめの体にもいくつもの機械を取り付ける。
 そして将校が「すすめちゃん、だね」というと、目の前に映像が映し出された。

 獣人。
 彼らは悠久の歴史を持つベノムの地を蹂躙し、ベノム人を蹂躙した。
 しかしベノム人たちは獣人の暴虐に耐え、貧しく暮らしていた。

 悔しい。
 苦しい。

 ベノム人はそんな思いをずっと抱きつつも、何もできないでいた。
 しかし、今の皇帝であるスペルビアがやってきてからそのみじめな状況は逆転した。
 自分たちで金を稼ぐことができるようになり、獣人たちと平等に、そしてやがて獣人を凌駕するようになった。
 それまでベノム人は何をしてきたのか。
 そのことをベノム人は思いつつ、自分たちはできるのだと、その時から信じることができるようになった。

 信じることができる恵み。
 それはベノム人たちに圧倒的な力を与えた。
 そしてベノムの地を蹂躙する獣人たちを追放し、この世界を取り戻さんとしている。
 その力として、異世界から招かれたすすめは重要な、まるで勝利の女神のような存在なのだ――

 そのような映像が、サイケな音楽とともにすすめの目、そして耳を支配する。
 その声にすすめは自身の記憶で抗おうとするも、少しずつ、まるでずっと吹き荒れる嵐にたった一本立つ立て看板のように煽られ、すこしずつ押し倒されそうになっている。
 その時、体を狐の獣人につかまれる。

 彼は無理やりすすめの体をつかむと、口の中に、それこそ先ほど人間にやられたように、欲望を突っ込んで前後にモーションをかけ始める。
 その瞬間、体を激しくびりびりと刺激する電流の痛みを感じる。

 その痛みに不快感を覚え、狐男から離れようとする。
 狐の男が憎い。
 自分は獣人によって犯されようとし、絶望の淵へと押し込められようとしていた。
 そのような獣人は自分の敵なのかもしれない。
 そう思うようになると、自然と今まで感じたことのないような激しい感覚に襲われる。

 わずかに口の中に甘味を感じると、さらに音楽と映像に没入していく。
 クジラかシャチの尾ひれを持つ、おそらくクジラ族とでもいうのであろうか。
 そのひれをもった女の剣士が次々と人間の首に自身の刀を当て、刎ねていく。
 なんのために人間の首を刎ねる必要などあったのだろうか。
 戦闘服なども着ていない彼らは無実の人間であることはすぐに理解できた。
 そんな彼らを、クジラの獣人は剣で首を刎ねたのだ。

 同胞を殺された痛みだけでなく、自分が殺されるのではないかという不安も沸き上がる。
 しかしそれ以上に、人間国家に戦争をふっかけ、ここまでの残虐行為を働く獣人に対し、ただ怒りしか感じなかった。

 次の映像は犬耳を持った犬族の女性が、人間の兵士を十字架にかけ、見せしめにしている姿だ。
 彼女は

「僕たちの侵略の勝利のあかしだ! さぁ、これに甘えずに人間を絶望の淵まで追い詰めようじゃないか!」

 と意気揚々という。
 それに合わせ、獣人たちは雄たけびを上げ、その歓声は広場一帯に広がる。

 その一方で釣り上げられた人間の家族は、その人間の哀れな最期をなんの力もなく見上げるしかなかった。
 人間の、おそらく釣り上げられた者の娘は涙を流して父を見つめる。

 人間の妻は

「あなた! なんで!」

 と慟哭を上げる。
 しかし先ほどの犬族の女性はにやりと人間の二人を一瞥すると、自身の銃を男に向ける。
 男は死と絶望に満ちた目で獣人たち、そして娘と妻を見つめる。
 その目を見ると、すすめは何とも言えない、まるで胸を焼き尽くされるかのような痛みを覚える。
 その痛みにどんな対処をしたらいいのかわからない。
 しかし、すすめは歯をぎゅっと食いしばり、足を踏ん張っている。
 そのことに気づくと、自分は怒りに燃えていることを理解した。

 ――獣人が許せない。

 その感情に、心が動かされる。
 獣人という蛮族をいかに食い止め、破滅に追い込み、人間を救うのか。
 もうすでに自分は人間なのだ。
 そして、自分は偉大なる人間の国家の召命をうけ、ここで洗礼を受けた戦乙女なのだ。
 その自覚と、覚悟を持たずして、なぜここにいられるというのだろうか。
 そのことを考えると、いてもたってもいられなくなってくる。
 すすめの意識がその言葉を引き出すと、目の前の視界には一人の女性が映し出される。
 彼女は「あなたは私たちの世界、国、そして皇帝スペルビアに忠誠を誓いますか?」という声を響かせる。
 それに合わせ、すすめはゆっくりと首を振る。

 その瞬間、激しい音声とサイケな映像の波が押し寄せ、そしてすすめの感覚を奪っていく。
 獣人を殺す映像。
 そしてそれとともに駆け巡る快感。
 その二つにより、獣人を攻撃することへの独特な快感が体を駆け巡る。
 人間界であったベノムは獣人に支配され、搾取され、苦しんでいた。
 その苦しみを終える戦いにスペルビアは打って出て、最後の仕上げとして自分は召喚され、戦乙女として獣人の生み出した悪魔、エイプリルと戦う。
 その使命のために、自分は強化服に身を包むのだ――

 人間に残虐な行為を行うワイバーンを殺害し、この世界に秩序と愛をもたらさなければならないのだ。
 今はその覚悟と、知恵を求められる。
 自分が受けた蹂躙など、人間の多くの女性が受けた苦痛などと比べれば足りないくらいだ。
 それどころか、この人間界はそれとは比べ物にならないほどの蹂躙と、凌辱が行われている。

 ――人間界を守らなければ

 それは人間としての当然な感情だと、すすめは思う。
 その当然の感情を爆発させ、戦うための勇気も手に入れた。

 ――武器だ、武器を頂戴

 すすめはそう思うと、ゆっくりと口元を緩ませる。
 そして機械を取り外すと、将校に「ぶき、ちょうだい!」とだけ、ベノム語で言う。
 ベノム人将校は「わかった、わたす!」と言って、薄手のスーツと、巨大な銃をすすめに手渡した。

002:ANOTHER SKY TROOPERS

002:ANOTHER SKY TROOPERS

真っ黒なスーツに身を通すと、その締め付けが癖になりそうだった。
 体を強く締め付け、密着する快感に、すすめは思わず息が漏れる。
 そして首に首輪をはめ、さらに頭を守るヘッドギアをはめる。
 さらに将校は「これ、きる!」と言って、すすめの肩に何かを置く。
 すすめがそれが何かを確認すると、スーツと同じような、軽く、てろてろと輝く何かであった。「まんと!」と将校はいう。
 それに対しすすめは「ありがとう!」というと、すすめはそのマントをゆっくりと手で揺れる。
「きもちいい?」と将校はいうので、すすめは「うん!」と答える。
 ぴったりと触れたスーツの感覚に、すすめは恍惚とした表情を浮かべる。
 その表情に、将校もひどく満足したようだった。

 戦闘訓練はその日から始まった。すすめには専門の教官が付き、腕立て伏せや腹筋と言った基礎的な体づくりの訓練からではなく、いきなり獣人の捕虜を用いた訓練がはじまった。

「きみ、つよい、たたかえる! てき、やっつける!」

 と兵士はいうので、少しだけ考えたのち、すすめは銃を手に取り、獣人に向けて銃口を向ける。
 猫耳を生やした獣人はひどくおびえた様子ですすめを見つめている。
 なぜここまでおびえるのか。
 それはやましい心があるからだ。
 人間を蹂躙し、破滅に追い込んでいるという自覚があるからだ。
 その自覚と罪悪感、それから背徳感に獣人たちは抗うことができないのだ。
 だからこそ獣人は人間にその責任を転嫁し、攻撃を行っていたのだ。

 しかし、もう獣人に我慢する必要はない。
 自分は人間を解放するリベレーターであり、メシアなのだ。
 その思いが自身の、銃のトリガーを握る右手にゆっくりとかかっていく。

 すすめは銃のトリガーを引き、銃弾を放つ。
 銃は敵の脳天を貫き、まるでスイカがはじけたかのように大爆発を起こした。
 敵の顔面だったものは周囲に散らばり、さらに一部は返り血としてすすめのヘルメットにもかかる。
 すすめはそれを自身の手袋で拭うと、ふぅ、と息をついた。

「すごい! きみ! こんど! なぐる!」

 と教官は言う。
 その間に獣人の捕虜は遺体を片付け、部屋の隅で火を放つ。
 遺体は燐光を放ち、独特の、焦げ臭いにおいと、それから鉄臭さを持ったすえたにおいを放ちながら燃えていく。
 その匂いに、すすめは何だか世界を救ったかのような達成感を覚えた。

 愚かな獣人を蹂躙する快感。
 しかも彼らは人間を蹂躙し、破滅へと追いやろうとしていたのだ。そんな卑劣な獣人など、破滅に追い込んでも誰も悲しまず、誰も倫理の問題の俎上に上げたりしない。

 こんな卑劣な獣人を追い込み、自分が正義の立場として追い込めていく。
 その快楽と言ったら! 
 獣人が燃やされていくのを見て、すすめは胸の中がすっとするのを覚えた。
 次に連れてこられたのは、妙に粋がっている獣人だった。

「あなたたちのような方を、神、そして私たち種族は許しません!」

 と妙に難しいことを言っている。

 しかしその実、彼女は裸体であり、体にはいくつものあざがある。
 狐の尻尾を激しく動かしているが、その巨大な尻尾は動きに相当な制約を与えているようだ。
 すすめはその動きをみる。
 するとどのように戦えばいいのかが理解できるような気がした。

 すすめはその感覚に合わせて狐の女性の髪をつかむ。

「何をするの!」

 と言って女性は振り返り、すすめの腹を殴ろうとする。
 すすめはそれを躱すと、その場で敵の女性の腹にかかとでけりを入れる。
 女性は体勢を崩し倒れる。
 それをすすめはチャンスととらえ、何度も腹を踏みつけるとともに、顔面を踏みにじる。

 そしてスーツに取り付けられたナイフで敵の心臓を一突きする。
 真っ赤な血液があふれ出る。
 しかしそれでも女性はわずかな油断の間に立ち上がり、すすめの首をつかむ。
 そしてぎゅっと、まるでレモン汁を絞るかのようにすずめの首を絞ろうとしてくる。

「あなた、こんなことをして許されるって思っているのかしら? なんの罪もない獣人を滅ぼそうとしていることに、痛みを感じないの? 人間の思いやる心とかはないのかしら? あなた、洗脳されているわ!」

 という。
 何が洗脳だ、とすすめは思う。
 しかし、体が急にうずきだす。
 自身に刻まれた体の痛みが、急に走り出す。
 その痛みが何なのか、今は思い出せない。

 しかし、その痛みは自分の大切な何かを破壊し、めちゃくちゃにしたものだった。
 なぜか歯が痛む。

 さらにその女性は何かの力を使ったのか、足元に、まるで夢でみたような緑のサークルが、六芒星が映し出される。
 それらを見て、すすめの気持ちはますますどうしたらいいのか、わからなくなってくる。

 ――なぜここにいる?

 その気持ちはそれでも自分で打ち消すことができた。

 ――ではなぜここにいる?

 その理由は理解できない。
 でも、なんだかここにいたらいけないような気がする。

 ――じゃあどこに行けばいい?

 その答えもわからない。
 ただ、彼女の質問は何か、重大なことを自分に問いかけてきているように感じた。

 すすめはその瞬間動きが奪われ、何も考えられなくなる。
 その間に女性はその場から、文字通り煙となって消えてしまった。自身の教官もまた、目を大きく見開いて立っている。

「まほう……えいぷりる……!」と情けなく口を開けている様子は、すすめにとってまた、気持ちをざわざわと動かすには充分であった。

――ここはどこだろう。
 その意味の言葉をどうやっていいのかわからず、すすめは思わず押し黙る。
 自分が今何を考えたいのかすらわからない感覚。
 その感覚にどんな言葉を発したらいいのかもわからない。
 なにも言えないならば、その場で黙るしかない。
 そして黙るならば、何も時間を消費する時間がないのだから、さっさと眠ってしまうに限る。
 すすめは「これ、のむ」と言われたものを口に投げ入れ、水を流し込む。
 なんだかひどいにおいのする水だと思ったが、それに対して何かを驚いたりするだけの意欲も、そして知性もないようだった。

 ゆっくりとパイプで作られた寝台の上に足を延ばしすと、すぐに眠気が襲ってくる。
 その眠気に任せてゆっくりと瞳を閉じると、目の前で先ほど見た女性が、男の唇を今、まさに奪っていた。
 相手がだれかはわからない。
 しかし、着ている緑色の軍服や、じゃらじゃらとしたバッジの類から、彼は高級将校であることがわかる。
 特に軍服の右ポケットに着けられた三本の色の入った模様からして、相当高位の軍人であることが理解できた。

 彼は夢中になって女を求め、その己の臭い息を彼女に吹きかけている。
 時々彼女は軽くむせたりしているが、そのような態度を男は気にしないようだった。
 しばらく女と男はまぐわり、お互いの唇、そして肉棒と陰核を重ねていたが、それが終わると男は煙草に火をつけ、ゆっくりとふかし始めた。

 すると女は少しだけ膨れたおなかを見て、男に

「あのね、シィムさん」

 というと、ゆっくりとおなかをさする。

 その言葉にシィムと呼ばれた男は

「どうしたのかな?」

 と、ゆっくりと近づく。
 すると女性は

「子供が生まれそうなの。あなたとの子よ」

 という。
 その言葉にシィムは驚き、振り返る。
 そして

「おろせ!」

 といって詰めかける。
 しかしその女は

「おろしてほしかったら私のいうことを聞いて」

 と妖艶な笑みを浮かべる。
 そして彼女はシィムの目をゆっくりと見ると、自身の目を大きく見開き、

「あなたはわたくしの奴隷ですわ。今日からあなたはわたくしのために働き、そして死ぬの。それを喜びとして生きることね」

 というと、にこりと微笑み、そして狐のようなとがった耳と、ふわふわとした尻尾を露出させる。
 一方、シィムにも小さな狐の尻尾と耳が出現し、すぐに消える。
 すると狐の女は

「早速ですけれど、あなた。帰ったらモッポの街の防衛システムを解除してくれないかしら。もちろん出撃することは構わないわ。でも、兵器お出動は抑えてほしいの。例えば……そうね、ジャガールミサイルとか、ラプテリアンミサイルの類とか、K―32戦車とか。そういったものはあの美しい街には一切いらないもの。それに、モッポの美しい港街は。ベノムの巨大で美しくない装甲兵器なんていりませんわ。いいこと? あなたはわたくしの眷属です。眷属の喜びは何か、わかっていますわね?」

 というと、シィムはゆっくりと馬のような顔をうなずかせる。
 そしてシィムはそそくさと服を着替えると、そのまま部屋を出ていった。

 その夢が何を示しているのか、理解できない。
 ただし、出てきた狐の女性には親近感すらある。
 ハニー。
 自分の作った小説のキャラクターであり、タンビの仲間だ。
 そして、さっき自分が手を掛けようとしていた兵士でもある。
 その兵士が、自分の夢に出てきて、何かを伝えようとしている。

 その夢が何を伝えたいのか、今は理解できない。
 しかし、その夢を忘れることは、何か重大なことを忘れることと同じ意味を持つのではないかという不安が、心をよぎる。

 でも、だから何だというのだ。
 自分はすでに人間のための誇り高き兵士として、ベノムに心から忠誠を尽くしている。
 その人間に対して、なぜこのような夢を見せるのか。
 あるいは、見てしまうのか。
 その怒りが、すすめの心の壁を蹴り倒そうとしてくる。

 しかし、その気持ちを整理することはいまだにできない。
 悪夢ならば覚めてほしい。

 しかし、この悪夢から抜け出すための非常ボタンは、あるいは秘密の呪文はどこにあるというのか。
 すると別のところから別の声が聞こえてくる。

「すすめちゃんのハッキング、成功したみたい。試しに僕の声を流しているんだけど、ちゃんと届いているって信号が帰ってきているよ」

 という、少女の声が脳全体に響く。
 頭をふらふらと揺さぶって眠りから目覚めようにも、目覚めることができない。
 その間に少女は

「お目覚めかな?」

 という。

 正確に言えば、少女ではなく、少年だ。
 自分の考えるドラァグクイーンのイメージで作り上げた彼。
 その彼は今、髭を隠すくらいのナチュラルメイクをして、すすめに微笑んでいる。

 彼の名は、占いが得意ということもあってタロットと言った。
 タロットはすすめの顔を見るなりにこりと微笑み、

「おはよう」

 と言う。

 そんなタロットに、すすめは

「何がしたいの!」

 と訴える。タロットは


「何がしたいの、は僕たちのセリフかな。小説になりたいで過度な暴言を吐かれたせいで小説を書くのをやめたせいで僕たちの世界は戦乱の世だよ。それどころか君はその戦乱を引き起こした輩の側についている。……まったく、君は小説家としてどうかしているよ」

 というと、タロットは微笑む。

「でも僕たちは君を信じてる。だって、僕たちを生み出したんだもん。その正義の心があれば、何にだって、どういう風にだってできるよ。まぁ、僕たちはみんな機械になっちゃったし、世界は蹂躙されちゃったしでどうしたらいいのか、わからないんだけど。でも大丈夫だよ」

 というと、その長い髪をかき分けてにこりと微笑む。
 すすめは

「ここはどこなの? なんでここにいるの?」

 と訴える。タロットは

「そうだねぇ……僕にもわかんないや」

 と、いたずらに微笑んで視界から消えていく。
 そして最後に、

「僕はドラァグクイーンじゃないよ。ただの女装子。覚えておいてね」

 と言って消えていった。
 その意味はなんだか分からない。
 しかし、自分の手から離れた彼の、意識なのかもしれないと思った。
 タロットが消えた瞬間、目が覚めた。

 まだ外は暗く、鳥の一匹のさえずりすら聞こえてこない。
 夢にしてはあまりにリアルであり、熱も帯びており、何より明確で、鉄を触るよりも冷たい現実を感じられた。
 そのような夢を見た理由がわからない。

 それよりも、なぜここにいるのだろうか。
 そして、この重たいヘルメットと、やたらと皮膚に密着するスーツは何なのだろうか。
 まるで戦隊ヒーローのような衣装。
 なんというみっともない衣装を身にまとい、こんな固く、暗い空間に寝かされているというのか。
 しかし難しいことを考えようとすると、ひどく頭が痛む。
 しかし、ここはおかしな空間だったとしても、この場所の情勢や、雰囲気に自分がなじんでいなければ何をなされるかわからない。
 それどころか、口を少し閉じると歯の部分の違和感を強く覚えてしまう。
 それもまた、自分がなぜここにいるのかがわからなくなる理由のように感じられた。

 もし、この世界が夢でタロットの言っていたような場所で、タロットの言うとおりになるのだとしたら。
 そう思うと、自分はどうしたらいいのか、わからなくなった。

翌日、すすめは「くる、すぐに、さくせん」という言葉を聞き、急いでヘッドギアをかぶってあらかじめプログラミングされている場所へと向かった。

 そこは「さくせん」と書かれた部屋であり、中に入るとたくさんのモニターが連結されていた。
「しどういん」というプレートを掲げた、緑色の、将校服というよりかはぴっちりとした戦隊もののような衣装を着た男が、同じくヘッドギアをかぶっていた。
 その様子をすすめはまるで子供に合わせてコスプレをする幼稚園の先生のような滑稽さを感じつつも、笑う様子などを見せることなくその場にて隊列休めの体勢で立つ。

 すると兵士は「モクーホ、じゅうじん、みんなころす」とだけいい、データをすすめと、同伴の、同じようにヘッドギアをかぶった人間たちにいう。
 彼らは特に優遇されていないのか、すすめみたいにマントをつけてはいなかった。

「リーダー、おんな一号、じゅう、もつ」

 と言ってすすめを見る。
 すすめはここで自分の名前すら失われていることに気づき、少しばかりのショックを覚えた。
 とはいえ、ここで名前がないのは、もしかしたら想定内のことだったのではないかとも思う。

 以前のあの、獣人へのレイプや暴力がもし自分の常識とマッチした、選別場の地獄なのだとしたら、自分の名前を失ってモノ扱いされるのも当然なのかもしれない。
 そう思うと、ほのかに悲しみを感じてしまう。

 しばらく聞いていると、その悲しみはいよいよ涙となって表れた。

 自分はこれから何をしようとしているのか。
 今までの行動のみそぎは自身の強姦と口周りの破壊では済まないのか。
 すでに歯のほとんどが折られ、口を開くたびに痛みを感じる。その痛みは罰ではないというのか。
 そう思うと、さらに悲しくなってくる。

 兵士は

「おんな一号、これ、ばんする!」

 と言って巨大な銃をすすめに渡した。
 そしてほかの面々にも、すすめよりも少しばかり小さな銃を渡す。
 その銃を何度かリロードすると、銃の中に弾薬が込められるのを感じた。
 それを確認すると、将校は「いく!」と言ってすすめたちを先導し始めた。

 その時、意識がふと白んでいく。
 目を覚ますと、そこにはライスが立っていた。

「あなたは……」

 とすすめが言うと、ライスは

「僕のことはライス、って言われるよりも、チョロっていってもらったほうが嬉しいかな。僕の本名を言ってもらうのは僕が死んだとき、って決めているからね」

 という。

 その言葉に少しばかり戸惑うも、すすめは

「そうなの?」

 と言って、自身のことをとりあえず改めることにした。

「ねぇ、チョロ」

 というと、チョロは

「なんだい?」

 と聞いてくる。
 可憐な花のように小さくも柔らかいチョロの笑顔を見て、すすめは

「ねぇ、チョロ。なんであなたは私にそんなに話しかけるの? それでここはどこなの? なんでこんなところにあたしはいるの?」

 と問いかける。
 するとチョロは

「うーん、そうだなぁ」

 と言って考え込む。

「僕もなんで君がここにいるのか、理解できていないんだ。君は本来この世界にはいてはいけない人間なのは、君もよくわかっているよね。それでも君はこんなところにいて、あろうことか君の妄想の産物である僕とお話をしている。それでここがどこか、って話だけど、君もわかっているかとは思うんだけど、ここは獣人界さ。それで君は今、ベノム帝国という僕たちの敵の手下になっている。ベノム帝国がどんな奴らなのかは後々君もわかるだろうし、説明は後にするとして、とりあえず君は今のところは僕たちの敵だ。君がどんな状態にあるかも理解している。それで、君という特異点が観測されたその時から僕たちは君に干渉できないか試みて、ついに君を復旧させ、僕たちの思うがままに干渉することができるようになった。僕たちは君を守るつもりでこうしていることを理解してほしいんだけど、それと同時に、このままだとどうやっても君と僕たちは対立する。そしてその対立はどうしても避けることができないんだ」

 というと、チョロは軽くうつむいた。

「どういうこと?」

 とすすめはいうと、チョロは

「そのままの意味さ。僕たちは君たちと一度戦わなければならない。それに、君たちの仲間全員を救うことはできない。ましてや君以外は僕たちの敵だからね。とはいえ、君たちの中にはもう一人、別の、僕たちと提携している魔女のグループによって覚醒された人間がいる。彼女は障害を持っているんだけど、その彼女を助けるために、僕たちはその魔女たちと戦うことになる」

 というと、チョロは少しばかり勝ち誇った表情をする。

「えっ、魔女って何? あたしそんなの書いたっけ……」

 というと、チョロは一冊の本を持ち出す。

「『魔女の戦い』って本、記憶にないかな?」

 というと、チョロは一冊の本をすすめに差し出す。
 どう見ても子供の書いたような絵に、蛇のようにつたない文字で「まじょのたたかい」と書いてある。
 その本を手にした時、すすめは何とも恥ずかしい気持ちになった。

「この作品も君が続きを書かなくなって以降、ベノム帝国に襲われた、というか、魔女たちのいた国がベノム帝国なんだよね。その国にレジスタンスをするなんて、君はなかなかの天才だよ。僕が小さかった頃に、レジスタンスなんて書けなかったと思う。とはいえ、人間界って戦隊ヒーローって言われる人たちの活躍を描いたドラマがあるっていうから、これもそうなのかもね」

 ととても楽しそうに、鷹揚な態度でチョロは言う。
 それに対しすすめは顔を真っ赤にし、

「こ、こんな黒歴史を掘り出さなくたって……いいじゃない」

 という。
 それに対し、チョロは少しばかり真剣な目をして、

「物語を作り出したということは、君しか知らない世界ができて、その世界の新聞記者として君は世界を紹介する権利と、義務が与えられているんだ。そんな世界をむやみやたらに卑下するなんて、僕は感心しないね」

 というと、チョロは少しだけうなだれる。
 その様子にすすめは気まずくなり、

「……ごめん」

 とつぶやく。
 するとチョロは

「また一つ君も、僕も大人になったね」

 と言って微笑む。

「僕たちはまだ子供さ。いろんなことを学んで、大きくならなくちゃね」

 という。
 自分が設定したときは、自分と同じ十七歳で設定したはずだ。
 そんな十七歳の少女に成長だの、子供だのと言われるとなんだか耳と心がくすぐったくなってくる。

 それにあわせてすすめがけらけらと笑うと、チョロは

「そんなにおかしいかい……?」

 と、少しだけ困惑した様子を見せた。

「とにかく」

 とチョロは少しだけきつくすすめを見て言う。
 それに対しすすめはチョロに注目する。

「君に仕事を与えたいんだ。ヘッドギアにみんな番号が振られているはずなんだけど、その番号のうち、五番の少年に話しかけてほしい。彼はベノム帝国の青年だけれど、青年にしては極めて珍しく月の魔女に見初められているんだそうな。ちょっと、君たちの世界で言う発達障害、それもADHD持ちで、もしかしたら苦労するかもしれないけれど、それでも君と彼はこの二つの世界を救うキーマンになるかもしれないね」

 と言ってにこりと微笑む。
 その笑顔はまるで、何かをたくらんだ少年のようであり、そしてなにかを見据えた熟練の兵士のようでもあった。

 再び意識が元に戻る。
 ヘッドギアの呼吸口からのゴム臭いにおいにむせかえりそうになる。
 それどころか、何かを話すのも難しいくらい口が動かしづらい。
 それでもチョロが言ってきたことが本当なのか、それともただの夢の中の絵空事なのかを知りたい。
 もし嘘ならば、さっき渡された銃を自分の頭に向けて自殺してやろうと思う。
 もうこんな異世界に引き連れられ、こんな恥ずかしいコスプレをさせられてどうにかなってしまうくらいなら、死んだほうがましだ。

 ただ、もしチョロが言ったことが正しいのなら? 
 チョロの言っていたことは夢だと思いたいのだが、その一方で嫌に夢としてはチョロの太陽のにおいや、ぬくもりなど、リアリティがある。
 そのリアリティが現実なのかどうか、試してみてもいいかもしれない――

「チョロ、信じるよ」
 とすすめはいうと、ゆっくりと立ち上がり、将校たちの目がないことを確認。
 そしてゆっくりと五号に近づいた。

すすめは五号に近づいたところ、不思議と気持ちが温かくなるような気がした。
 まるで温かい毛布に包まれたような感覚。
 その感覚にゆっくりと自身の背をもたれさせると、何とも言えない心地よさと、話しやすさを感じた。
 すすめはそのまま、遠慮することなく五号に話しかける。
 すると五号は少しだけ幼い声で「何だ」と問う。

 ベノム語の語彙のほとんどない会話ではない、きちんとした会話に、すすめ自身が驚いて目を大きく見開く。
 五号はその態度に不愉快を感じたのか、

「オレがベノム人だからってそんな態度をとるのかよ」

 とつっけんどんにいう。
 それに対し、すすめは

「いや、そうじゃないけど」

 と言葉を返す。

 しかし、いざこのようになると何と言ったらいいのかわからず、少しだけたじろいでしまう。

 それでもすすめはすぐにいうべきことを思い出し、

「あのさあのさ」

 と話を掛ける。
 すると五号は

「なんだよ」

 と言ってすすめに答えた。

「あんたって、魔女に選ばれた人間ってホント?」

 とすすめは問う。
 するとその言葉に反応したのか、五号はヘッドギアのヘルメット越しに目線を上げてすすめを見る。
 そして五号は

「お前が……」

 という。
 そのことですすめは思わず口をあんぐりと開けてしまった。

 チョロの言っていたことは正しかったのだ。
 五号は魔女になり、これから自分とともにここからの脱出を狙っている。
 一方で彼のことは何も知らないし、このままでは知る機会もない。
 チャンスのない人間と共闘することはできないが、その一方で彼もまた、地獄を経験したのだろう。
 そう思うと、すすめは話しやすさを感じた。

「あんた、なんで捕まったのよ」

 とすすめが言うと、五号は少しだけうっとうしそうにして、

「……きちんとしたベノム語が話せたんだよ。それで危険な人物として捕まった。きちんとしたベノム語を話す奴なんて、平和と自由って言葉を話しちまうから」

 というと、荒々しくため息をついた。
 それに対し、すすめが

「ベノム語ってあるんだね」

 というと、五号は

「当たり前だ。てか、お前もはなせているじゃねーかよ」

 という。それに対し、すすめは

「あたしは日本語で話してるんだけど……」

 というと、五号は

「やっぱりお前、異世界人なんだな」

 という。
 そして

「異世界人は救世主なんて言っている奴がいるけれど、こんなへなちょこが救世主なわけないし、こんなへなちょこが異世界人なわけねぇよな……」

 というと、五号はじっとすすめを見る。
 一方、すすめもなぜ自分が異世界の言葉であるベノム語を話しているのか、理解ができなかった。
 そもそも、自分としては日本語を話しているはずなのだ。
 決してベノム語などという知らない言葉を話してなどいない。
 それでも、言われていることはずいぶん理解ができた。

 こんな時にチョロがいてくれたら、きっとチョロの解説を聞くこともできるのかもしれない。
 とはいえ、今はこの五号という人間とどうやって「こんなところ」を脱出するかだ。
 それでも物は試しで

「あんた、こっからどうやって脱出するつもりなの? まさかあんた、このままこの変なスーツを着て変なことをするんじゃないでしょうね」

 というと、五号は

「ンなわけねぇだろ」

 という。

「オレだって脱出するつもりだ」

 とすすめを見て言うと、軽く息をついた。

「どうやって?」

 というと、五号は

「捕虜になるんだ」

 という。
 捕虜、と聞いてすすめは考える。一瞬でも戦って、敵にかなわないとなれば両腕を上げて武器をすてればいい。
 その一方でそうなった場合、ベノム軍からの攻撃はどうなるかわからない。

「でも、あたしたち死んじゃわない?」

 というと、五号は

「そこは賭けと努力だ」

 という。

 賭け、つまりいつ逮捕されるかということを天に任せるということであろう。
 そして努力は、捕まらないように能力を鍛えて伸ばし、戦っていくということだろう。

「オレの意識に現れた女の話は正しいのかもしれないな」

 というと、五号はじっとすすめを見る。

「獣人軍の奴らの中で、ワイバーンと言われる軍団の奴らは体のほとんどの臓器を機械に取り換えて、身も心も戦いに適した形に変えられている。そうして獣人界をなんとしてでも取り返すことを考えている。一方で魔女たちは昔から魔法が使えたものの、スペルビアたちに平和と愛、正義を訴え、協力しなかったばかりに滅ぼされつつある。だからこそ、それに抵抗するための科学を獣人界からの技術とモノで戦っている。それでお前と俺はここを抜けても敵にはならねぇってことだ」

 というと、ヘッドギアのサンバイザー越しにわずかにはにかんだ。


 将校がやってくる。
 彼は「いく、モクホー!」というと、すすめ以下十人の兵士を見る。

 そしてゆっくりと歩きだす。
 彼は軍用の装甲車の前につくと、「のる!」と言ってすすめたちに指示する。
 すすめたちがその車に乗り込むと、自動車は急加速をして走り出した。
 あまりのひどい乗り心地に、吐き出しそうになる。
 それでもほかの兵士たちは吐き出していないし、それに吐き出してしまうと、ただでさえゴム臭いヘッドギアに吐しゃ物のにおいが充満してとんでもないことになってしまう。

 すすめはそれを何とかこらえつつ、これからいつ、どのタイミングで将校を裏切り、脱出するかを考える。
 しかし、状況がわからない以上、脱出手段も浮かんでは来なかった。

モッポの街はとても静かな町だった。
 なだらかな坂に立つこの町には、青や白、オレンジといったいろいろないろをした石造りの建物が建っている。
 その街の中で獣人の商人たちがいろいろなものを売り買いし、闊達に笑ったり、時には喧嘩をしたりしている。
 その様子を見ると、なんだか日本でも忘れられているような街の賑わいを感じることができる気がした。

 すすめは装甲車両の窓から街を眺めていく。
 すると何かに気づいたのか、獣人たちが車を見つけるや否や住宅のなかに隠れたり、あるいは路地に引っ込んだりしている。
 その様子を見ると、支配地域の正規軍とはいえ、相当嫌われていることが理解できた。

 しばらく進むと将校は

「おりる! たたく!」

 と言ってすすめたち兵士十名に下車を命じる。
 五号を除くほかの兵士たちは自動車を降りて次々街に繰り出していく。そしてめいめい家の扉をけ破り、内部に侵入する。

 映像通信装置には様々な獣人の家が映し出される。
 ある家では

「わるいひと! ここにいる!」

 と叫びながら、内部にいた男性のアシカ族を射殺し、彼の持っていた麺棒を奪って女性たちに殴りかかる。
 女性たちは鍋やボウルで防戦するも、その薄い装甲では彼らの持つ暴力性を防ぐことはできず、やられたい放題麺棒で殴られ続ける。
 さらに彼らは「やめて!」と叫ぶ女性が、少女をかばっているのを発見。
 兵士は女性の脳天から麺棒を振り落として頭部を陥没させると、逃げようとする猫族の少女の尻尾をつかんで引きずりよせ、足をつかんで自身の一物をあてがう。
 少女はこの世の終わりといった絶叫を上げ、涙を流す。
 それを防ぐことができない自分が悔しく、そしてうんざりしてしまう。こんな暴力を許していいはずがない。

 でも、もしこのまま彼らに歯向かったらどうなるだろうか。
 そう思うと、どうしても自分は勇気を持つことができなかった。

 ただ、この世界にはもしかしたら自分は責任を持つ必要があるのではないか。
 そう思うと、自分の気持ちに雲の傘がかぶさってしまう。
 自分の作品の世界なのだとしたら、この世界で強姦をされたり、あるいは家を失ったりしてしまったすべての人物は自分の創作意欲の減退と、無責任に作品作りを投げ捨てたからなのだ。
 たとえご都合主義になったとしても、つまらないといわれたとしても、本当はタンビ、そしてミミョたちの戦いを追いかけなければならなかったのだ。

 自分が二人の戦いを追わず、きちんとした形で戦争を終わらせなかったことで、この町に住んでいる獣人たちは破滅へと追いつめられている。
 そう思うと、自分の責任を強く感じさせられる。

 だからと言ってどうすればいいのだろうか。
 ほかの兵士たちは目を覆いたくなるような行為を重ねている、ある兵士は妊婦を彼女が握っていた包丁を奪い、それを彼女の背中に突き立てたのちにレイプし、さらに腹を掻っ捌いて胎児を引きずり出し、その胎児をミキサーに入れて粉砕。
 それによってできたペーストを妊婦だった女性の腹に流し込んでいる。
 その様子を兵士は喜び、何かの鼻歌を歌っている。

 やがてその妊婦を担ぎ上げ、オーブンの中に入れると、スイッチをいれて料理を始めた。

「ひどいなぁ」

 と声が聞こえてくる。

「何の声?」と思わず反応する。
 最近脳をハッキングしたとチョロが言っていたが、その一環だろうかと思って顔をしかめる。
 さらにほかの部隊も侵入しているためか、至る所で「武勲」といって残虐な行為が映像として映し出される。
 親を銃殺。
 そののち眠っていた赤ん坊を桶に入れ、風呂に浮かせたのち、桶をひっくり返して赤ん坊を殺害しただの、小学校に侵入し、教員を脅して予備の銃を持たせて小学生の獣人たちを殺害。

 その死体を池に捨てさせたのち、教員を軍用車両に浚うといった映像がとめどなく流される。
 その映像にうんざりしていると、「一号」という声が聞こえてくる。
 その声から相手は五号であることを判断した。

「五号……」と小さく言うと、五号は

「俺は五号なんて情けない名前じゃねぇよ。俺はアスターだ。というか、お前がそうつけたんだろ?」

 というと、アスターは勝気な笑みを浮かべる。
 それに対し、すすめは「そうだね……」とつぶやく。

 しばらくすすめは目の前で繰り広げられる殺戮をじっと見ているしかなかった。
 自分の作った小説を彩ってくれている、そしてその世界で息づいていた様々な獣人たちが、見るも無残な冷徹さで殺害されていく。
 こんな世界を自分は臨んだのだろうか。

 ……確かに望んだのかもしれない。
 ただ、その物語はいずれ平和へと続くためのマイルストーンだったはずだ。
 そのマイルストーンが膿を生じさせ、膿から放たれる悪臭が世界を包み込み、やがて戦争へとこの世界は導かれてしまったのだ。
 膿は多くの平和を望む願いを踏みにじり、嘲笑い、そして命を奪ったのだ。

「ねぇ、アスター」

 とすすめはいう。
 アスターはじっと聞いてくれているのか、何も言ったりしない。

「あたし、この物語を捨ててパパ活に励んで、男の人をたぶらかした罰が、この光景なのかな……。あたしが作った作品が誰かに凌辱されていくなんて……」

 とつぶやくと、ふと一筋の涙が流れる。
 その涙はヘッドギアが邪魔で拭うことはできない。

 その様子を見たのか、アスターは

「これまでが過ちだと思うなら、これから何とかしていくしかねぇだろ。過去を変えようとするのはベノムのスペルビアだけで十分だ」

 というと、ため息をついた。
 その言葉に、すすめは「スペルビア……?」と問う。
 アスターは

「ああ、ベノムの皇帝だ。あいつがおかしくなって、この世界もめちゃくちゃになっちまった。戦争だって、あいつがいなければ……」

 と吐き捨てるように言う。
 その態度に、すすめはなんとも言うことができなかった。

 その時、目の前に紫の魔法陣が展開される。
 次の瞬間、魔法陣からは吐けげしい風が沸き起こり、兵士や戦車などを次々と吹き飛ばしていく。

「何が起きたの?」すすめは叫ぶ。
 その言葉に、アスターは「わからねぇ」という。
 彼もまた風が引き起こした土埃にのどをやられたのか、ひどくむせかえっている。

 その時、意識に割り込むように「やぁ」という声が聞こえてくる。その声にすすめは「チョロ! これ、何よ!」と叫ぶ。
 チョロは

「これかい? そうだなぁ、君たちのお迎えって言ったらスムーズかな?」

 というと、口元を緩める。その意味が分からないすすめは、「なによ、これ……」とただ言葉を言うしかできなかった。

チョロはいくつかの映像をすすめに流す。

「まずはこれを見てよ」

 というと、一つの映像を見せてくる。
 その映像には真っ青な何かが映し出されていた。真っ蒼な空間には時々もやがかかったり、あるいは煙が漂ったりする。
 その映像で特徴的なのは、太陽に照らされたかのような明るさと、その速度であった。
 明るい空間を猛烈な速度で走っていくそれは、まるで何かの空をテーマにした映像の様だった。
 すすめは「これは……?」と問う。
 チョロは

「これかい? 僕たちの仲間の、ジンゴの見ている映像さ。これから面白いものが見えるよ」

 というと、それに合わせるかのように映像の中の速度がやや落ちる。
 そして激しいジェット音とともに、小さな何かがジンゴの前に映る。
 それらはジンゴの紫の魔方陣を通り抜けると巨大な物体となり、猛烈なジェット噴射を放ちながらどこかへと向かっていく。
「これは……?」とつぶやくと、チョロは「もうすぐわかるさ」という。
 その理由はすぐにすすめにも理解ができた。
 猛烈に吹き付ける爆風。
 追って激しい熱波がすすめの体にぶつかってくる。
 あまりの熱さにやけどしてしまいそうになり、目をしかめる。
「これ何よ」というと、

「戦術核兵器。ドルフィンボムだ」

 とハスキーな声が聞こえてくる。
 その声こそ、自分が妄想していたジンゴの声そのものだった。
 しかしながら驚くべき言葉はその点ではない。

「核……兵器ですって……!」

 と、すすめは目を大きく見開いて驚きを示す。

「核兵器って、あれよね……。広島とか、長崎とかに落ちた、原子爆弾よね?」

 というと、ジンゴは「そんな小説もあるな」という。

「小説じゃないわよ。実際にあったのよ。何万人って人が死んで、戦争が終わってから七十年の間みんな苦しんで……なんでそんなものを……」

 とぼうぜんとした様子ですすめはいう。
 ジンゴは

「戦争においては暴力の極致を使うこともある。ただ安心しろ。この核兵器で死ぬのはてめぇの軍隊の兵士だけだ。獣人と非戦闘員の人間には影響はないし、ビルも何にも吹き飛ばねぇよ」

 という。
 その言葉に一瞬安心するも、しかしその恐ろしさはすぐにもとに戻ってくる。

「安心した自分がバカみたい。何やっているのよ! 核兵器なんてどうやって撃ったのよ。それにどうやって作ったのよ。それにどうなってるのよ。なんで核兵器なんて飛ぶ世界になっているのよ。あたしそんなものは作った記憶なんてないわ。魔法、なんで使わないの? あたしが作ったのは魔法だけだったはず。勝手に核兵器なんて作らないでよ」

 と絶叫するようにまくしたてる。
 しかしジンゴは

「科学の発展の変数を忘れて男遊びにかまけているからだ」

 と吐き捨てる。
 その言葉にすすめは言葉を失う。
 そのとき、

「ジンゴ、てめぇなにほざきやがった。こいつがいうことは真実だぞ。誰もこうなることなんて望んでいなかった。魔術の世界の愚かな科学者が俺たちみてぇな魔物を作り出して、その技術で戦争で殺し合いをするための兵器を作り出したのは間違いじゃねぇだろ!」

 と叫ぶ。
 その少年のようで、スポーティな声の主は、メンヘルだろう。
 この二人は考えが合わないとは設定したが、ここまで考えが合わないのを見ると、少しばかり感動してしまうところも、すすめにはあった。
 その言葉を聞いて、「実に残念だなぁ」と声が入る。
 その声の主はメイクだった。
 メイクは少しばかりハスキーな声で、自身の犬の尻尾を不満げに揺らしながらため息をつく。

「メンヘルの言う通り、あたしたちは結局戦争を起こすための機械をいっぱい発明したよね。でもどうやって獣人を救えばいいのさ?」

 とメイクは再びため息をつく。
 それに対しメンヘルは

「その考え方自体が軍事思想に犯された、戦争志向型の考えなんだってんだ。俺たちの同胞の生活を奪ってまで開発したこの兵器で、敵の人間をぶっ殺す。そんなことが許されてたまるもんか」

 と吐き捨てるには長い言葉をついた。
 それに対し、声を挟んだのはシャチ族の女性、ファンタだった。

 彼女は

「確かに僕も戦いたくないし、こんな兵器になるくらいなら死んだほうがましだってすら思うし、それに国家のために戦うとか、なんだかダサい。だが僕の友達が死ぬのは嫌だ。しかも何にもできないまま僕の母さんが死んだりとか、父さんが軍に取られるのも腹が立つ。戦争は、僕たちの願いとか、主義主張とか、対話のチャンスすらも奪っていく感じがしてやっぱりなんだかしっくりこない」

 とため息をつく。
 それに対し、

「国のために戦わなくたっていいよ。私は軍人だからどうしても獣人の国、アニマル共和国のために戦うって気持ちになるけれど、戦う理由が国家になってしまえばそれこそ人間も獣人も犯罪を簡単に起こしてしまう。それを防ぐためにもみんなにはまずは自分、それから自分の家族、そして友軍を守ることだけを考えてほしい」

 とキャプテンはいう。
 その声を聴いたジンゴは

「……上官だから黙って聞くけどよ」

 と吐き捨てるように言う。
 その言葉にメンヘルは「てめぇの言い方気に食わねぇな」という。

 一触即発で喧嘩になりそうな様子を、チョロは

「みんな、作戦に集中しようか」

 と言ってにこりと笑う。
 しかしその笑みの口元は笑っていない。その状態に気づいた全員は作戦に戻る。
 そして

「NBC戦闘の第二弾、後方破壊で入りますね!」

 と、サタンのかわいらしい声が聞こえる。

「ジンゴはさらに後方から侵入してくるベノム軍部隊をメンヘルと一緒に撃ってほしいな。ジンゴは一番奥の指揮所を、メンヘルはそれから漏れてきた戦車や装甲車両を、二人の精密誘導魔術を使って破壊してほしいな。それからタロットはシステムに侵入してこの作戦で使用されている戦術データリンクを止めてくれると完璧だね」

 とチョロはいうと、全員が「了解」と言って魔術を使う。

 それに合わせ、ジンゴからの映像はしばし途絶えた。

ジンゴの代わりに入ってきたのは、別の獣人の映像だった。
 その人物のやや荒い呼吸の音がすすめの耳に響く。
 その声を聴いて、すすめは「今度は誰」と問うと、「俺だ」と声が聞こえてくる。

「その声は……メンヘルね?」

 とすすめが問うと、メンヘルは

「そうだ。発達障害を持つ俺の華麗な戦いを見てくれよな」

 というと、すかさずどこかからやや低い

「発達だろうと何だろうとどうでもいい。敵を撃ち殺せ」

 という声が聞こえてくる。
 その声はジンゴのものであることはすぐに察しがつく。
 それに対し、メンヘルは「ったーく」というと、

「てめーもせいぜい死ぬんじゃねぇぞ。てめえが死んでもてめぇだけは手厚く葬るつもりはねぇからな」

 という。

 その言葉に、ジンゴは「失礼な」とだけ言って音声を切った。

 メンヘルの横では何かの車が動いているのか、時折激しい音がする。

「何か乗ってるの?」

 とすすめが問うと、ジンゴは

「戦車だ。メイクが作ったチョンイ・タンクってやつだな。紙でできた自律型戦車なんだぜ?」

 と軽くいう。それだけ冗談を言える段階なのだと思うと、なんだか作者として、そして一人の一市民として安心できる。
 しかし、その軽口も「敵さんのお出ましか」という言葉でやんでしまう。
 すぐさまメンヘルは自身の魔法陣を展開し、その中から巨大な、大砲のようなものを引き抜くと、それを担ぎ上げる。
 そして前方と自身の足元、合計二か所に魔法陣を作り出すと、砲門から真っ赤な炎が上がる。
 少しだけ精神を統一するかのように目をゆっくりと閉じ、目を見開く。
 足元の魔法陣は一気に発火し、一瞬ではあるがメンヘルの体を包み込む。
 そして砲門から真っ赤な炎の球を二発、一気に射出する。
 砲門から放たれた火の玉はまっすぐに敵へと向かうと、それぞれ二両の敵戦車の真上から命中。
 敵戦車はその場で天に煙が上るような大爆発を起こし、転覆して制止する。
 さらにメンヘルはそのまま屋根に上がり、やや大型の銃を魔法陣から取り出してそれを敵に向ける。
 敵は戦車の様子を確認しているが、メンヘルには気づいていない。
 メンヘルはそれをチャンスとばかりに再び敵を見ると魔法陣を展開。
 その中めがけて照準を合わせ、ゆっくりとトリガーを引く。
 すると銃口から放たれた魔弾はまっすぐに魔法陣へと向かい、そして魔法陣の中から再び火の玉が発生する。
 メンヘルの放った火炎弾は敵兵の首、背中、そして頭部を打ち抜く。
 首を打ち抜かれたものはまるで折れるように、背中を打ち抜かれたものは背中の皮をめくりながら、そして頭部を打ち抜かれたものはまるでスイカが割れるように爆発し、そのまま倒れこむ。
 さらに魔弾の影響と、兵士の体内に含まれるリンの影響により真っ蒼な炎が、まるで魂を表すかのようにふわっと上がっていく。
 その様子を見て、すすめは思わず言葉を失った。

 まるで魂のような炎。
 その炎は、メンヘルという自分の作り出した人物が殺したあとなのだ。
 彼らは自分の作り出した侵略者が自分の世界の住人を殺害していたように、その侵略者を殺害している。
 その殺し、殺される営みの中に今、自分はおり、そして自分の作り出した人物たちが収められているのだ。

 このカルマのような、なにかわからない、もしかしたら因果のような空間の中で、命が浪費されている。
 ただ言えることは、この原因を作り出したのは、間違いなく自分自身であり、そして自分が腹をくくらなければきっとこの戦争を終わらせることはできないのだろう。

 だからと言って、この戦争で自分もまた、この世界の人物とともに戦わなければならないのだろうか。
 その答えをどうやって導いたらいいのか、すすめには判断がつかない。

 戦後の民主主義教育がよくないからこのような判断がつかないといった声を、SNSで何度も見かけたことがある。
 あるいは左翼のプロパガンダだと言って唾棄する声をパパ活の相手から聞いたことがある。

 その時は「キモいおやじ」くらいでしか考えていなかったが、だからと言って今はそのように切り捨てることなどできるのだろうか、と思ってしまう。

 その様子をメンヘルは理解したのか、

「てめぇみてぇな平和の教育、俺もしてやりたかったよ。戦争なんて知らないでいられたら、それでいいんだよ。ただ、俺たちのことを狙っている奴がいて、それに俺たちは気づいていなかった。それを防ぐための外交なんかはできたはずだったんだけど、それを俺たちはできなかったってだけだ。リベラルな思想が負けたわけでもねぇって、今でも俺は信じている」

 というと、別の戦車兵たちめがけて火炎弾を射出し、兵士たちを業火の地獄へと送り込んでいる。

「平和の作り方って、どうしたらいいんだろうな。俺も前はわかっていたはずだったんだけど、今はわかんなくなっちまった」

 というと、空中で敵兵の指揮所を砲撃しているジンゴが

「わかんねぇじゃねぇよ。お前たちは何も知らなかったんだ」

 と吐き捨てる。

 ジンゴは敵を撃つために足を一度屈折させ、その中に入っているミサイルを射出。魔法陣を通して巨大化させる。

 発射したミサイルはまっすぐ敵の基地へと向かっていき、激しい爆発を起こした。

 その言葉に、すすめはぼんやりと二人の戦いを見つめる。
 二人の言い合う言葉のどちらも、すすめの心には響かなかった。

意識は次にメルヘルたちからまた別の獣人へと推移する。
 もう何度目かの意識の切り替えに、すすめ自身がついてこれなくなりそうになっている。
 正直なところ、非常に疲れてもう勘弁してほしい。
 これが攻撃だというのならば、あまりに嫌なタイプの攻撃ではないのか。

 殺したいのならこんなにねっとりと殺す必要などないだろうし、もっと早急に、その銃で一発撃ってほしい。
 あるいは先ほどの核兵器を自分のために撃ってくれないかと思う。

 あるいは、自分を拉致したいのであればさっさと拉致してくれたほうが安心できる。
 その不安と不満を訴えたいと思うが、意識の中に垂れ流される映像は、誰もすすめの意識の訴えにこたえようとはしてくれない。
 その怒りを何かに転嫁しようとして、すすめは友軍を撃つために銃に手を掛ける。

 すると意識に現れたチョロは

「君のしたいことはわかっているさ。ちょっと待っていてよ」

 と微笑む。
 しばらくするとどこからかすぐ近くの友軍めがけて銃弾が放たれる。
 その銃弾はまるで嵐の様であり、そして避けられない運命の様でもあった。
 チョロの意識から見えてくる映像を眺めていると、その嵐をもたらす雷神はチョロであった。

 チョロは器用に高い建物に上ると魔法陣を展開し、近所の建物の看板の陰に隠れる。
 そして静かに魔法陣を展開すると、それを銃の先にも展開。
 チョロが敵を発見して銃のトリガーを引くと、敵兵までまっすぐに向かっていく。
 命中した敵兵はすべて脳天を射抜かれており、脳天を射抜かれた兵士たちはその場で瓜がはじけとぶように爆発する。

 ただほかの兵士と違うのは、チョロの弾丸は命中するとその場で四散し、内臓まで破壊するらしく、多くの兵士たちは銃が命中するとさらに内臓まで破壊され、胸部を食い破った銃弾が真っ赤な血液と、真っ黒の臓器の破片を散らばせてしまうというところに、すすめは何ともいえない恐怖を覚えた。

「チョロのそれ、ちょっとあんまりじゃない?」

 というと、チョロは

「それって、僕の愛機のことかい? そりゃ、僕の怒りと、過去、そして運命を込めて撃っているからね。僕たち種族に対して過酷な運命を背負わせたベノムの一族にその責任を負わせるためにも、僕の銃は残忍なものへと変わっていくよね」

 というと、チョロはにこりと笑う。

 チョロはまるで流れ作業と言った様子で次々と兵士を屠っていく。

 その時、その様子に激情したのか、兵士が家に押し入り、中から男の子と女性を引きずり出し、男の子の前で母親を犯しはじめた。
 男の子は何が起きたのかわからず、ぼうぜんとして見ている。
 その周りには兵士たちがさらに集まり、女性に対しての暴力は輪姦へと変わっていく。

「ひどい……」とすすめはつぶやく。
 チョロは

「ああいう不届き物は僕たち女の敵だよね」

 と言って銃のスコープを覗く。
 そしてチョロはゆっくりとトリガーを取り扱い、魔法陣を展開。弾丸が発射されるとそれは魔法陣の中を通り抜け、何十発分にもそれは分かれていく。

「もう怒ったぞ。罪のない人にあんなことをすることなんて、ないはずさ」

 というと、腕を伸ばして魔法陣を展開。
 魔法陣の中からは真っ赤な炎が沸き起こる。
 その炎は銃弾すべてがまとい、弾丸は漫画やアニメでみるような炎の弾丸へと変わっていく。

 炎の弾丸は狼藉を行っている兵士の脳を射抜き、脳を破壊。
 さらに込められた魔術がさく裂し、兵士を体の中から燃やしていく。
 それによって救われた女性と少年をトラ族の兵士、キャプテンが救出に向かう。

 キャプテンは魔法で加速したのか、まるで風のような速度で敵へと向かい、彼女たちに温かい毛布を掛けて「もう大丈夫です」と言って安心させる。
 そして魔法陣を展開すると、彼らをその中に通し、隠してしまう。

「キャプテン、ありがとう」

 というと、彼は

「いいよ、チョロのおかげだよ」

 と軽やかな声で言う。
 その声にチョロは反応することなく、今度は空を見る。

「タロット、上空の航空データを教えてくれるかい?」

 というと、タロットは少しばかり考えたようすで

「これでいいかな?」

 と言って、尻尾をくるりと巻いてデータを送ったようだ。
 そのデータをチョロは脳内で展開しているのか、少しばかり考えている。

 そして

「ありがとう。これで僕も戦える」

 とチョロがいうと、タロットは

「油断大敵だよ。いま君は油断するとダサい姿をさっきのおにゃにゃの子に見せちゃう相が出ているよ。焦らず、ゆっくりね」

 というと、ゆっくりと伸びて再び画面に向かう。

 チョロは

「大丈夫さ。雨が僕を守ってくれる」

 と言って上空を見る。

 天気はまるでチョロの言葉でできているかのように曇り始めた。
 やがてぽつぽつと雨が降り始める。
 チョロはまるで何かを見ていたかのように勝気な笑みを浮かべて上空を見て、銃を構える。
 魔法陣を展開して銃をその中に投げると、銃はまるで折り紙を折るかのように形が変わっていき、やがてバルカン砲になった。

 チョロが近くに立つと魔法陣が展開され、すぐに砲の中に魔力が満たされる。

「ジンゴ、シング、これから戦術データリンクを接続するよ。君たちの安全のためにデータを交換してほしいんだ」

 というと、二人は

「了解」

 と言葉を返す。
 すすめはその様子をじっと見つめている。

 このようなハードな戦闘に、自分は何ができるというのか。

 それがわかるなら、自分はとっくのとうにその仕事を行っている。
 しかし、その方法がわからない。
 無力さとともに、自分が無力である安心感と、その安心感にかまけて何もしないで、命を他人に負担させていることへの後ろめたさに、少しだけ顔を落とした。

 意識はさらにチョロから別の人物に移り変わる。
 目まぐるしく移り変わる映像に、ほとほとうんざりし、すすめは「チョロ、やめてよ」という。
 しかし応答したのはチョロではなく、また別の、まるでチョコレートのような妖艶さと、パッションフルーツの快活さを兼ね備えた声を持つ女性の声だった。

「ジンゴ?」とすすめはいうと、その声の主は「誰だよ思う?」という。こんな戦場でなぞなぞをできるだけの余裕があるのだろうかと思うのだが、それだけ彼女たちは練度が高いのかと思わされる。

 その時、ジンゴの

「この先二万五千メートル先、機龍部隊が接近している。チョロは迎撃、俺たちは空中格闘を行う。さらにその先にファーゴが六機こちらに向かってきている。総員注意せよ」

 という言葉が入る。
 その言葉で彼女はシングであることが分かった。

「シングね」というと、彼女は

「正解よ。それにしてファーゴなんておんぼろ戦闘機、いつまで使っているのかしらね」

 とため息気味に言う。

「ジンゴ、ファーゴをとりあえずミサイルで撃っておこうと思うんだけど、前方監視してもらっていいかしら」

 とシングがいうと、ジンゴは少し考える。その時、タロットから

「四十五度の上昇角をつけて射出するといいかもしれないね。ただ、これから二人とも基地への空襲があることは覚えているよね?」

 というと、シングは

「それもそうね……迎え撃つしかないか」

 とため息をつく。ジンゴは

「あまり生ぬるい考えをするな。何事もな」

 というと、先へと進んでいく。
 それに対し、シングは「もう、あの子ったら」とため息をついた。

 少しばかり余裕があるのかと思ったすすめは、一つだけ聞きたいことを聞いてみようと思った。

「なんでここで戦っているのですか?」

 と聞くと、シングは

「そうね。あたしもわからないと言えばわからないのよ。少し前までアイドルとして歌っていたはずなのにね。でも、あたしたちはこの世界を守らなくちゃいけない。それだけは事実ね」

 というと、さらに加速し、前進していく。
 そして手にした剣を水色に光らせる。

 二人の意識の先にはまるで戦闘機のようなドラゴンと、それに乗った兵士たちが姿を見せる。

 すぐさまシングとジンゴは臨戦態勢につく。

「敵は二十五機で攻めてきているよ。油断しなければこちらのほうが戦力的には有利。ジンゴは彼らの後方へ、シングは前方で迎え撃つのがおすすめだよ」

 とタロットは伝える。

 シングも同様の考えだったのか、

「わかっているわよ。ありがとうね」

 と優しく告げる。

 シングは腕の先に魔法陣を展開し、猛烈な数の羽をつむじ風の中に生じさせる。
 そして手の拳を開くと、それらはまっすぐと機龍部隊へと向かっていく。

 機龍部隊へと向かっていったつむじ風はどんどんと大きくなり、さらに雨なども吸い込んで巨大な竜巻になっていく。
 後方からもジンゴが突風を放っており、その両者は、まるで食らっていくかのように機龍部隊のドラゴンを墜落させ、さらには兵士たちを屠っていく。
 しかしそのつむじ風を躱した機龍兵たちがシングへと迫ってくる。シングは「いい度胸しているわね」というと、魔法陣を展開。
 剣をその中に通すと、剣の先から細い光が放たれる。

 光はまっすぐに敵へと向かうと、操縦している機龍兵の心臓へと達する。
 すぐに兵士は目を大きく見開くと、心臓の部分が大爆発し、そのままドラゴンから転げ落ちてしまう。

 さらにシングは操縦士を失ったドラゴンのもとへと向かい、剣を二振りする。
 その瞬間、剣から放たれた電撃によってドラゴンは意識を失ったのか、目を閉じてしまう。
 さらに顔面を切り付けられたドラゴンの頭脳が露出し、とろとろと、まるで積載オーバーの液体をこぼしながら走る飛行機のように脳が持っていかれている。

 それによって完全に脳死したドラゴンはそのままの勢いでモッポ市街地へと向かっていく。
「チョロ、あとはお願い!」というと、チョロは「僕に任せて」という。

 その後何をするのかと注視していると、チョロはバルカン砲でドラゴンを襲い、中に込めていた火炎魔術でドラゴンに火をつける。
 引火したドラゴンは脂肪などに引火していき、やがておそらく体内のガスに引火したのか、耳をつんざくような音と主に大爆発を起こした。
 さらにシングはそのまま前進し、戦闘機の近くにつく。

「ファーゴって何?」とすすめが問うと、シングは「敵の戦闘機よ。ずいぶん昔に作られた機体だけど、あの国では現役なのよね」と言って苦笑いする。

 ファーゴはつんざくようなジェットエンジン音を立て、三機でシングのもとへと近づく。
 シングはジンゴを見ると、魔法陣を一瞬展開し、剣をふるう。
 剣から放たれた電撃はまっすぐにファーゴへと向かい、命中。
 ファーゴは三機とも大爆発を起こしてしまう。

 さらにジンゴはその時点で巨大な竜巻を三つ準備し、その中に機体を閉じ込め、洗濯機のようにそれらを揉み、破壊していく。

 中に搭乗していた人間たちはすでにどうなったのかわからなくなってしまっている。
 すすめはそのことが何だか哀れで、思わず手を合わせた。

 シングがそのまま飛行していくと、その先に広大な土地が広がっていた。
 シングは先行するジンゴに

「チョンイピヘンギ、準備いいかしら?」

 と問うと、ジンゴは「問題ない」と言って魔法陣を展開。
 その中から大量の紙飛行機を作り出す。「これは……?」とすすめは不思議そうに問うと、シングはふふと笑って

「これはチョンイピヘンギって言って、簡単に言えば紙飛行機よ。でもただの紙飛行機とは違って、紙飛行機ながらも自分で考えて飛んで、さらには自分で爆撃したり、ダイレクトアタックをしたりするのよ。賢いよね」

 と言う。その言葉に、すすめは

「AIを搭載したドローンみたいなものね」

 というと、シングは「そうね」と言って微笑んだ。

「今前方に三十機のチョンイピヘンギが飛んでいる。そのほか陸地からはチョンイタンクが十両、陸戦部隊とともに進行している」

 と報告をジンゴがすると、タロットが

「そろそろミサイル撃っていいよ。ミサイルの種類はライオンハートがいいかな。核弾頭は搭載せず、その代わり白リン弾頭を搭載してほしい」

 というと、シングは

「白リン弾だって? ちょっとそれはやりすぎなんじゃないかな。下手したらベノムから言われるわ」

 と意見を返す。しかしそれに対して意見を放ったのは、ジンゴだった

「抗命はよせ。下手に敵に配慮するとそれこそこちらがやられてしまうだろ。考えろ」

 というと、シングは

「そんなこと言うことないじゃない。下手に外交問題になるとあなたもあたしも戦争犯罪人よ? それでいいの?」

 と問うが、ジンゴは

「そのくらい……構わねーだろ。俺たちの家族や祖国の見た地獄を思えば、そのくらい」

 というが、シングは

「そんな投げやりになってどうするのよ。あたしたちはこの先生きなくちゃならないのよ? いくら家族が死んだからって……」

 という。するとジンゴは少しばかり言葉を詰まらせたのか無音を返し、そして

「幸せそうでよかったな」

 とだけ返した。

「あの子もまぁ、難しいからね」

 というと、シングは言葉をひっこめる。

「白リン弾とかってやつ、使うの?」

 とすすめが問うと、シングは少し考えて

「あたしは抗命してでも直接は使わない。まぁ、帰ったら軍法会議かもしれないけれど、そんなの関係ないわ。それよりも人命と倫理よ。あんな熱で人間を殺すような兵器、あたしには使えないわ」

 というと、少し息をつく。

「でもジンゴは使うかもね。あの子、対ベノムになると一心不乱に残虐行為を働いたりするから」

 というと、すすめを見て笑った。

 それでも気になることがある。
 もしシングが白リン弾を使わないとして、では何を使うというのだろうか。
「でも、どうするの?」と問うと、シングは少しだけ考え、

「代わりに使うのは、あたしの歌よ」

 と言ってにこりと微笑む。「歌?」と問うと、

「あなた忘れたのかしら? あたし、これでもアイドルよ」

 と言って口元を緩める。すすめは脊髄反射的に

「歌でもしかして敵を追い出して、あとから一般の銃撃と白リン弾でたたけば割とうまくいくんじゃないかな」

 と言ってみると、シングは「その予定よ!」と言って高らかに笑うと、翼を大きく羽ばたかせて進んでいく。
 そしてジンゴを「先行っているわよ」と言って抜くと、基地の手前で制止し、ゆっくりと目をつむる。

 そして魔法陣を展開すると、ゆっくりと歌を歌い始めた。

 私の言葉を聞いて
 あなたは私の虜

 わたしはあなたを生まれる前から見てきたわ
 だからあなたを私は知っている。
 何を恥ずかしがっているのかしら?
 あなたがすべきことはたった一つ。

 あなたのための答えがあるわ
 好きだから好き!
 この呪文を答えたらいいの
 好きだから好き!

 あなたはもうわたしの虜
 だからあなたはわたしに従うの
 だからとなえてこの呪文
 好きだから好き!
 だから好き!

 その声はパワフルであり、しかも快活。
 まるで韓国のアイドルの曲を聴いているようで、とても楽しい。
 しかも何を言っているのか理解できる。

 そのことで自分は何語を話しているのかと、少しばかり不安になった。
 自分は日本語と、ちょっとかじった韓国語以外話すことはできないはずだ。
 英語なんて何を言っているのかわからないし、しかも成績だって低い。
 その英語を話すことすらできず、韓国語ができるといってもようやくパッチムのついたハングルが読めるようになったレベルの人間が、果たしてなぜ日本語以外の外国語を話しているはずの彼らの言葉を、まるで日本語のように理解できているのか。
 そのことを思うと、急に背筋が凍るような、あるいは自分が迷子になるような感覚に襲われてしまう。

 しかしその感覚をいったいどうしたらいいのかという自分の疑問には、時分すらも答えることができないようだった。

 魔術が成功したからか、兵士たちはこぞって避難していく。
 その様子を見ていたジンゴは「てめぇ、何しやがった」とテレパスにコールを掛けてくる。
 それに対し、シングは

「催眠術を掛けさせてもらったわ。この人間たちは掃射して葬ればいいのよ。そんな白リン弾で殺すようなことをしなくても十分よ」

 というと、ジンゴはくるりと振り返り、シングのもとへとやってくる。
 そしてシングのほほをパシンと殴り飛ばす。

「てめぇ、なに余計なことをしやがる」

 と怒鳴るが、シングは何も言わない。
 それどころか彼女は自身の羽をたくさん作りだし、

「あなた、ちょっと邪魔だわ。どいてよ」

 というと、ジンゴを躱す。
 そして魔法陣を展開し、つぎつぎと逃げていく兵士たちめがけてその羽を飛ばす。
 羽はカササギに姿を変え、兵士たちにたかり、彼らを次々とついばんでいく。
 兵士の眼鏡を奪ったかと思えばその中にある眼球をついばみ、皮膚をめくっていく。
 さらに首に足の爪をめり込ませるとそのまま皮膚を引っ張り、内臓を露出していく。

 さらにシングは魔法陣を展開し、空を見る。
 すでに真っ黒で雨を降らせている空に巨大な水色の魔法陣が展開され、その中から今まで見たこともないような巨大な雷が出現。
 しかも一本ではなく、二本も三本もまとめて落ちてきている。
 その雷を直撃した兵士たちはその場で感電し、真っ黒な煙と、鼻をつまみたくなるような悪臭を放ちながらその場で焼け死んだ。

 ジンゴは「おい!」とシングを呼ぶ。
 あまりにもうるさいせいか、シングは振り返って

「うるさいわね」

 というと、足をまげて膝の部分を露出させる。
 その部分から見えていたのは、チョロ以外では設定していないはずのロケットランチャーだった。

「あんたがやらないならあたしがやるわよ。それにしてもあんたも頭固いわね。だからメンヘルからジンゴなんてTACネーム付けられるのよ。別にあたしは白リン弾と、あとは核兵器はダメって言っただけで、別にほかにいろいろ手段はあるでしょう? 冷静になりなさいよ」

 というと、荒くため息をつく。
 それに対して返す言葉がないのか、ジンゴは耳を少しだけ広げると、あとはずっとしゅんとしたかのようにロップイヤーを下げていた。

「こういう時あんたはどうしたらいいのかわかるでしょ? 核と白リン弾、それから焼夷弾を使わずに残虐に敵施設を溶かす方法くらい」

 というと、シングはにこりと微笑む。
 ジンゴは「そ、そうだな」と少しだけ戸惑った言い方で言う。
 一方でシングはじっとにこにこした目でジンゴを見つめている。
 その言葉になにかを感じたのか、ジンゴは少しだけ考え、魔法陣を展開。

 さらにシングにも何かを言ったのか、彼女は「了解」と言って微笑む。
 シングとジンゴは魔法陣を展開し、膝の先からミサイルを射出。

 その四本のミサイルはまっすぐ基地へと向かっていく。
 それに合わせてシングも足元からミサイルを発射。
 魔法陣を通過させると、ミサイルは両手では収まらないくらいの長さに伸びる。

 ミサイル八基はそのまま敵基地へと向かうと、敵施設を次々と爆破していく。
 さらに内蔵された魔力が展開し、周囲を猛烈な魔力で吹き飛ばしてしまう。
 それどころか、その場所に基地があったことすらなくなってしまうほどの森林の蘇生が行われる。
 次々と伸びていく木々の間で、次々と土へと戦闘機と兵舎は却っていく。

 そのコントラストを見て、すすめは何とも言えない思いで、その様子をじっと見つめていた。

「もういろいろな人に憑依させるのやめて。あたしもう疲れた! それに今差し迫っているのがベノム軍の攻撃なの。これ以上何もしないでいたらベノム軍から狙われちゃうでしょ?」

 と、すすめは訴えるように言う。
 その言葉を聞いて、

「そうね。でも最後に、彼らを見せておかないと君が死んじゃうんだよね。一応、君が僕たちになびかなかった時のことも考えて作戦を組んでいるから、君も直接立ち向かわなくちゃいけない! なんて思っているなら、彼女たちのことを知っていてもいいんじゃないかな?」

 と、タロットは言う。

 その言葉にすすめは

「いやよ。あたしはここから何が何でも脱出して、この物語をゴミ箱に捨てるの。あなたも頭がいいんだからわかるわよね? こんなところで戦っていたって、嫌な目を見るだけよ」

 というと、タロットは「ふーん」と気のない返事をしてタロットカードを切り始めた。

 その様子に少しばかり緊張し、「な、なによ」と言ってタロットを見る。
 彼は

「僕はただすすめちゃんと、これからすすめちゃんに立ち向かう僕たちの仲間の戦いを占っているだけだよ」

 と言う。
 それにしてもあまりに縁起が悪く、すすめは思わず荒い息で「何よ……」と、少しばかり引いた声で言う。
 その声にもかかわらず、タロットはタロットカードを混ぜ、その中から何枚か並べてめくる。
 そこには杖の絵柄の書かれたカードが、逆位置で表示されていた。そのカードを見て、タロットは

「ワンドの六の正位置、ね。僕たちで占っているから僕たちは安泰かもしれないね」

 というと、ゆっくりとカードを集め始めた。
 その結果を、すすめは考えることなく聞く。

「それって、どういう意味よ」

 というと、タロットは

「僕たちは君に勝利する、ってことだね。ファンタたちは君たちの抵抗を受けても、それをもろともせず勝利し、君たちの生首を持って帰っちゃうって話だよ。まぁ、これは占いだから気にしなくてもいいけど、でもタロットは怖いよ?」

 というと、わずかに笑みを浮かべて再びカードを回収し始めた。
 タロットがすべてを見通していないことくらい、すすめにだって理解している。

 とはいえ、今見せられた情報のあまりの縁起の悪さに、すすめはどうしても影を踏まれているかのような恐ろしさを感じる。
 だからこそ、すすめは「わかったわよ。見せて」という。

 するとタロットは尻尾をゆっくりと屹立させ、ゆっくりと目を閉じる。
 そしてキーボードのエンターキーを押すと、再びすすめに意識が垂れ流された。

 今度は海兵たちなのか、海の中の映像が映し出された。
 しきりに甲高い音声が交わされ、その音声をもとに女性が

「この先十カイリ先に敵の船『あかつき』がいる。いまこの船からも武器が搬入されているようだ」

 というと、別の男性が

「了解。今俺がエコーで見てみると、スーパーサービス兵が二個部隊と、可搬型対戦車ミサイル百三十基、戦車十台が派遣されているようだ。……あいつらはバカなのか?」

 という。
 それに対し、そんな彼らに乗っかって

「馬鹿なやつなら簡単にひねりつぶせるんじゃね? とりあえず俺、今からミサイル撃ってみるわ」

 というと、急に停止し、先ほどのシングたちのように足を折ってその中からミサイルを露出させる。
 すると女性は

「いいかもな。パーリガン、任せる」

 というと、軽い口調の男性、パーリガンは魔法陣を展開し、ミサイルの砲門を露出する。

「ここでファンタちゃんの心を奪っちゃうよ!」

 というと、ややキザっぽく体をそり返させ、上空にミサイルを射出する。

 ミサイルは一度水面に現れると、そのまま敵の艦船へと向かい、命中。
 内部に込められていた魔術がさく裂し、船はその場で真っ二つに切り裂かれてしまう。

 さらに命中した艦船では魔法陣が展開し、乗せられていたすべての人員や戦車、ミサイル、補給物資といったものが凍結され、そのまま粉のように粉砕される。
 その様子を見て、パーリガンは

「おっしゃ! ファンタちゃん、今見てた?」

 と問う。

 一方でパーリガンのアピールを無視したファンタは携帯電話で艦船の爆発を録画すると、それにキャプションを書いて投稿。
 すぐさまいいねやコメントが多数つく。

「いい感じで釣れたかもしれない。それに今日はなぱやんさんまでリポストしてコメくれた。今日はいい日かもしれない」

 と嬉しそうに口もとを緩める。
 その態度を見ていた別のシャチの男、オッパは

「なんつーか、残念だったな。俺の妹はあんまり男には関心がないみてぇだ」

 と言ってパーリガンを見る。
 少しだけ悔しそうに「そうだな」というパーリガンだったが、すぐさま尾ひれを動かしてオッパを見る。

「後ろにでかい獲物が来た見てぇだ」

 というと、オッパはすぐさまその中の様子をエコーで取り、

「ファンタ、確認してくれ」

 と投げる。
 ファンタはすぐさま状態を確認したのか、

「ついに来たようだ。僕たちを狩るための空母だ。あれは航空からも海中からも、ただ僕たちのことを破壊するために射出されているようなものだ。……まったく嫌なもののお出ましだ」

 というと、ゆっくりと耳のひれをゆっくりとはためかせる。

 そして少しばかり考えると、

「僕がまずはSLBMを撃つ」

 と言って、ゆっくりと進み出る。
 そして魔法陣を展開すると、足に仕組まれたミサイルを露出させ、発射。

 ミサイルは勢いよく水上へと露出し、そのまま直進。
 ファンタと意識がつながっているのか、ファンタの思うようにミサイルが進んでいく。

 やがてミサイルが敵艦に着弾すると、魔法陣が展開され、その中から氷の花が姿を現す。
 ファンタはそれを確認すると魔法陣を展開し、その花をさらに拡大していく。

 敵艦に咲いた花はその場で戦艦を氷漬けにし、動けなくする。
 その中でも敵艦からは何十発もの猛烈な勢いの砲撃が発射され、さらに上空からは戦闘機が飛来している。

「またファーゴ?」

 と問うと、ファンタは

「敵海軍はファーゴどころかゼロ戦をジェット化改造したゼロ改を大量保有している。今飛んできているはそれだ」

 というと、パーリガンとオッパにクリック音で何かを伝える。
 すると二人は魔法陣を展開し、剣を水上に向けて突き立てる。
 その先には魔法陣が発生し、何かを今すぐにでも発射できるような状態になっていた。

 パーリガンとオッパは敵機の機影が見えてくるとその魔法陣を展開。剣の先から青白い光を発射させる。
 光は戦闘機にぶつかるや否や航空機は凍結し、そのまま海上へと墜落し、爆発。さらにその角度を変え、敵の攻撃を狙っていく。
 一方でファンタは前方へとさらに進んでいく。

 すると最後っ屁のように射出された人間機雷が次々と三人めがけて来襲してくる。
 さらにその機雷の内部には機関銃を持った兵士たちが乗り込んでおり、ファンタのことを狙っている。

 そのことをエコーで気づいたファンタは、両手で四角形を作り出し、その中に膨大なエネルギーの冷凍魔術を込めていく。
 敵はそのような状態にファンタがあることを考えず、「みつけた!」とベノム語で言うと、銃を構えてトリガーを引く。

 ファンタはそれらをいったん海中に潜って躱すと、機雷の下深くを泳ぎ、それを躱す。
 そして彼らの群れを躱すと後方につき、目をつむる。
 ファンタがエコー魔術を掛けると、四角形の中に込められていた大量の魔術がエコーに乗って発射され、敵兵のジェットエンジン、そして搭乗している機械そのものを凍結させてしまう。

 凍結し、ほかの機械や海水とともに制止させられ、行動が止まったのを確認したファンタは、剣をゆっくりと剣を振る。
 するとわずかながらでも放たれた斬撃により敵艦は見事に、まるで水中で輝く光のように砕け、そのまま溶けて行ってしまった。

 オッパは海中にエコーを放ち、敵の状況を確認する。そして

「敵機反応なしだ」

 とファンタに伝える。
 彼女は

「今日の取れ高、あまりよくなかったな……」

 とつぶやくと、

「まぁいいさ。これからが本番だ」

 と言って彼らに

「これから行ってくると」

 と伝え、陸へと向かっていく。
 それに対し、パーリガンは

「かっけぇぞ!」

 と、彼女のこれからを、まるで応援するかのように声を放った。


 すすめの見ていた映像はそこでふと途切れ、現実へと戻された。
 目の前では大勢の兵士が血を流して倒れている。
 近づいて軽く体を触ってみると、すでに熱を帯びてはいなかった。
 今自分が見せられたものは現実であり、それを引き起こしたのは、たった数人の獣人たちだということになる。
 彼らの強さに驚くとともに、以前チョロが言っていた言葉を思い出す。
「これから戦うって……」とつぶやくと、何とも言えない恐ろしさに心が騒がされる。
 その心の騒ぎを鎮めるために逃げたいと思うが、その時に入ってきた上官の「しぬまで たたかえ」という言葉に、足元を縛られてしまった。
 もしここで戦わなければ、きっと自分たちは処刑されてしまうのだ。
 その覚悟があるかと言えば、時分には一切ない。
 処刑をされるくらいならここで死んだほうがいいのかもしれない。
 ただ、本当は死にたくないのだ。
 こんなところで死ぬくらいなら、自分から死んだほうがいいのかもしれない。
 そう思い、すすめは自身のこめかみに機関銃を当て、ゆっくりとトリガーを引こうとする。
 その時、アスターが「何するんだ」と言って機関銃を奪い取る。
 何十発かの機関銃が上空に乱射される。
 しかしその先には誰もおらず、ただ弾丸を浪費しただけだった。
 すすめは涙を流しながら

「あたしもう死にたい」

 と叫ぶ。

「あたしもう死にたいの。もうこんな戦いしたくない! あたしは戦いなんてしたくない! なんでみんな戦うの! 戦争なんてやめようよ!」

 という叫びを、アスターは何も言わずに聞く。
 それが誘因になっているのか、すすめはさらに

「あたしは人なんて殺したくないし、この世界を傷つけたくもないの! なんであたしの書いた物語がこんなことになるわけ? おかしいでしょ? あたしがパパ活なんてしたから? 確かにあんたはともかく、チョロたちは知っているわ。でも、なんでみんな核兵器なんて撃っているの? あたしそんなもの書いた覚えないよ! みんな魔法で戦っているはずだった。なのになんで……。みんなただの殺人兵器じゃん……」

 と言って泣きわめく。
 その言葉に、アスターは少し困った様子で

「この世界も動いているから……」

 とつぶやく。

 すすめは

「だから何? あたしはこんな世界、認めたつもりないわよ! この世界を立て直すためのチョロだったのに! なんで……それにベノムだってこんな変な軍隊じゃないよ! 誰? スペルビアって?」

 というと、ヘッドギアのヘルメットを汚すかのように涙と鼻汁をまき散らす。
 あまりにも激しくなってきた彼女の慟哭に当惑し、アスターはどうすることもできなくなってきた。
 それでもアスターは

「気にすんな。俺がいるから」

 と言ってみたり、あるいは

「俺らを捕まえるために戦うやつらに殺意なんてねぇだろ」

 と言ったりもするが、余計に

「あたしが殺されるのも大問題だけど、それ以上にあたしの産んだキャラたちが殺し合いをしているのが悲しいの! なんでこんなことが起こるわけ?」

 と叫ぶ。それに対しアスターは

「それもこれもお前が物語を書かなかったとかって理由だろ?」

 という。
 すすめはその言葉を聞いた瞬間、目を大きく見開き、そして顔を落としてうなだれる。
 その様子に気づかないアスターは

「俺もよく知らねぇけど、それでこの世界はおかしくなったんだろ? となったらお前のせいじゃん。なんで人のせいにしてんだか」

 と言い切る。
 その言葉にすすめは

「なに? あたしのせいだって言いたいの? ……そうかもね。あたしのせいにしたいならそうなのかもね。でもね、あたしのことなんて誰も考えてなんててくれないのよね。あの時どんな思いをしたか。どれだけ悔しかったか」

 と吐き捨てるように言う。

 あの時。
 すすめが小説を書いていたころ。
 たまたま養護施設の友達が借りていた『この世界に福音を!』というコメディ調の異世界転生ものライトノベル。
 当時気持ちが落ち込み、何もかもうまくいかないと感じていた日々を過ごしていたすすめにとって、そのライトノベルは衝撃的だった。
 うまくいかない世界を抜け出して楽しいキャラクターと共に冒険を繰り広げていく。
 今まであるようでなかった、まるで自分が主人公になったかのような没入感を体験させてくれる小説。
 まるで「うまくいかなくてもそれでいい」と教えてくれているかのような小説。
 すすめはその小説の世界にすっかり没入し、気づいたときには学校から配られたコンピュータを使って授業中にポチポチと小説を書いていた。
 小説のプロット建て自体はずっと昔に魔法少女ものの漫画を描いていたせいか、あまり抵抗がなかった。
 しかし、問題は文章表現力だった。
 どう書いてもうまく伝わらず、ただつたないだけ。
 そんな文章が人の心を動かすわけがなく、当時日本文学の敗北と呼ばれた『リアルかくれんぼ』の再来といろんな人から言われ、さらには巨大掲示板で稀代のクソ小説としてさらされてしまった。
 そこまで言われて書く気力などなく、そのまま小説は休載、いわゆる「エタった」状態になってしまった。

 そのことで世界が変わるなどと、考えたくない。
 しかしこの世界の住人には皆、そのように考え、すすめを追いつめてくる。
 じゃあどうすればいいというのか。
 このまま書けばいいというのか。
 その叫びをそのまま

「じゃあ何? 書けばいいの? あんなつまらなくて、ゴミみたいな小説」

 というと、アスターは

「俺もわかんねぇよ。ただ世界が止まるだけだったら書き足せばいいんだろうけど、そうじゃねぇんだもの」

 と吐き捨てる。
 その言葉をすすめはただ、暴言だと感じた。
 すすめは

「もういやだ……。あたしなんてもう、何にもできないんだもの。この世界がおかしくなっているのに、何にもすることができないんだもん……」

 というと、ポシェットから小型の手りゅう弾を取り出す。
 その時、

「お前は実に無責任だ。その覚悟でクリエイターを務めていたなど、なんとなげかわしい」

 という声が聞こえる。
 その声に顔を上げると、目の前にはシャチの尾ひれをゆったりと揺らし、にこりと微笑む女性が立っていた。
 その正体を、すすめは理解している。

「ファンタ……」というも、ファンタはにこりともすることなく、その鋭い目でじっとすすめを見ていた。

「確かにお前の小説はひどいものだ。だけれども、それでも伝えたかった思いがあったはずだ。それを捨てて逃げたお前に、泣く権利などない」

 と言って自身の剣のグリップを握る。

「お前たちは、とくにすすめはどう考える? この高波をどうやって鎮めるか」

 というとわずかに勝気な笑みをファンタは見せる。
 その笑みにすすめはなんと答えたらいいのかわからず、顔を落とす。
 その時、頭を締め付けられるような痛みを感じる。
 その痛みとともに、「てき、たおす、それ、しめい」という声が聞こえてくる。
 乗り越えたはずの闇が、自身の心を支配しようとする。

 しかしすすめはその支配に抗うことはできず、気づいたときにはファンタに向けて銃を向けていた。
 ファンタは少しだけ微笑むと、「君との戦い、面白そうだ」と言って剣をもう一度握りしめた。

すすめとアスターはは意識が語り掛けるままに銃を敵に向ける。
 それに対しファンタは「面白い」と言って剣をまっすぐに向ける。
 すすめは一歩ずつマントをひるがえしながら前に向かいつつ、銃弾を放つ。
 一方でファンタはその銃弾を魔法陣の盾で防ぎつつ、すこしずつ前へ、前へと向かっていく。

「すすめ、強いな」

 とファンタはいうが、それに対してすすめは返す言葉がない。
 いや、あるといえばあるのだ。

「あたし何してんの!」

 という言葉だ。

 こんなところで戦いたくなどないし、戦うくらいなら死にたいのだ。
 しかし、まるで自分の制御が効かず、自分の体をAIか何かにコントロールされているのかと思いたくなるほどオートマチックに動かされている。
 そのような気持ちの悪い体制をこらえられるはずがなく、すすめは何度も脱出するためにスーツを脱ぎたいと考える。
 しかし、そのことを許してなどくれない。

「ハッキングしてくれたんじゃないの?」

 と毒づくが、その言葉にチョロやタロットは何も答えてくれない。
 その間にも自分の体はファンタを襲撃することを止めようとしない。
 その間にもファンタは少しずつ、まるですすめたちの攻撃を楽しんでいるかのように向かってくる。

「来ないで!」

 とすすめは叫ぼうとする。
 しかし発声器官を奪われたすすめの体は何の言葉も発することも許さない。
 ずっと弾丸を撃ち続けてきたせいか、弾薬が切れてしまう。

 すすめはすぐに弾薬を込めるべく、自身の銃を上空に向け、弾薬を捨てる。
 そして新しい弾薬を準備しようとするが、その間をファンタは見逃さないはずがなかった。

「すすめ、お前はまだ練度が足りていない!」

 というと、剣を思いっきり振る。
 軽い斬撃がすすめの銃弾を見事に真っ二つにしてしまう。
 中から零れ落ちた弾薬を見て、すすめは思わず目を見開く。

 それでもすすめを支配する体のシステムはすすめを解放せず、次なる手段として腰のマルチポシェットの中のナイフを取り出し、ファンタへと向かっていく。
 ファンタはそれらをじっと構えて受けようとしているのか、一切動こうとしない。

 もうやめてほしい。
 死にたくない。

 死にたくなければ彼女を殺さなければならない。
 その二律背反の思考の袋小路にはまった自分をどうやって救い出せばいいのか。
 ファンタに依存してしまいたい。
 しかし、この体が許してくれない。
 誰か自分を許してほしい。

 そう願いながらぎゅっとナイフを握り、ファンタめがけて思いっきり振りかぶる。
 びゅんと伸びるすすめの腕。
 ファンタはそれをじっと見つめ、しかも躱そうとしない。

 ――倒したか

 すすめはわずかに笑みを浮かべる。
 しかしその勝利はすすめの手の中にはなかった。
 ファンタはすすめの右腕を奪うと、左腕の肘をすすめの背中に押し付ける。
 さらにファンタはすすめの腕を完全に伸ばすと、すすめの腕の先をファンタは見る。
 するとみるみるうちにすすめの腕が凍り始めていく。
 すすめはその手をじっと見て、目を再び大きく見開く。

 しかしその状況に助太刀したのが、アスターだった。
 アスターはすすめの腕や胴体を避けるように銃を向け、トリガーを引く。
 まっすぐに飛翔していく弾丸はファンタの体の心臓をめがけて飛翔していく。
 それも断続して向かっていき、ファンタの心臓を狙う。

 しかしその攻撃を、ファンタが気づかないはずがなかった。
 ファンタは魔法陣を展開し、足もとに巨大な魔法陣を展開。
 その中から氷の柱を作り出す。

 それらはすすめとファンタを包み込み、まるでガラスの宮殿のようなシールドとなって姿を現す。

 目の前で繰り広げられる、まるで悪夢のような光景。
 あるいは少年漫画の世界といってもいいかもしれない、暴力と幻想のマリアージュ。

 その様子に、思わずめまいを起こしそうになる。

 しかし彼女の着ているスーツをすすめのことを解放しようとはしない。

 強制的にすすめの体を動かし、ファンタの目をめがけてストレートのジャブを食らわせる。
 ファンタはそれをまともにくらい、一瞬すすめとの間に距離が生じる。
 その距離を大事に、すすめは道具箱の中からレーザーカノンを取り出す。
 ファンタはそれでもじっとすすめを、まるで品定めをするかのように見つめる。

 その間にすすめはレーザービームをファンタにめがけて発射。
 しかしファンタはそれを確認すると魔法陣を作り出し、その中へと潜っていってしまう。

 すすめは体の赴くままファンタが消えた場所へと向かうが、そこには水のからむものなど、何もない。

 ――どこへ消えた?

 すすめはじっと神経を研ぎ澄まし、耳を澄ませ、目を見張る。
 その時、わずかに大地が波打つ。
 意識を足元に集中させる。

 わずかな足元の振動。
 その振動から、何かが隆起しようとしているのが理解できる。

 ――どうなる?

 しかしわからない。

 ただ、わからないなりにしなくてはならないことがある。
 すすめは注意深くその振動が感じられない場所へと動き、銃を水面に向ける。
 そして一発警告射撃を行う。
 しかし水中からは何も返ってこない。

 ――何かのブラフか?

 すすめがそう思ったその瞬間、背中にわずかな痛みと、激しい水しぶきを感じる。すぐに振り返ってみてみるも、自分に何が起こったのかわからない。
 しかし背中が妙にすっとし、それどころか頭の中もまるで今までとは天地の差のようにさえてくる。

 ――なにが起こった?

 すすめは理解できず、その場でフリーズする。
 ぼっと立っていた次の瞬間、何かにすすめは蹴り飛ばされ、上空へと自身の体が吹き飛んだのを感じた。

「ちょ、ちょっと!」

 と叫ぶが、何が起き、誰がこんなことをしたのかが理解できない以上、どうしたらいいのかわからない。

 すすめはただぼんやりと飛ばされるままに空を飛ぶ。
 その時、体が急に冷えていくのを感じた。冷気で冷えていくのではなく、冷たいものを直接まとっているかのような感覚。

 ちょうど冷凍枕をタオルもまかずに肌につけたような、ダイレクトな冷たさがすすめにまとわりつく。
 その冷たさに、すすめは不快を覚える。

 しかし自分は空を飛んでいる。
 空を飛ぶ手段のない人間にとって、この状態は大変危険だと、すすめは思う。
「助けて……」とつぶやくが、果たして助けてくれるのだろうか……。

 その不安はすぐに解消された。すすめの体を優しく包み込んでくれる女性。
 その顔を見ると、先ほどまで敵対していたファンタだった。
 ファンタは両手ですすめの背中を包み込む。

「こういうのを、お姫様抱っこっていうのかな?」

 とすすめはいうと、ファンタは

「そうだな。お前は僕たちのお姫様だからな」

 と言って微笑む。
 自分の体をよく見てみると、今まで着ていた真っ黒で、ぴったりとしたスーツではなく、自分の体は真っ白な氷で覆われているようだった。

「服が……」

 というと、ファンタは

「お前を支配していた服はすべて凍らせて破壊している。もう二度とお前は支配されない。……それより」

 というと、すすめを見てほほ笑む。

「かなりお前は傷ついている。早く治しに行こう」

 と言って、すすめを抱えたままどこかへと飛び立つ。

「なにこれ! あたし飛んでいる!」

 と慌てた様子を見せるも、ファンタは

「なにか問題あるだろうか!」

 と快活にいう。

 すすめはファンタジーな状況の連続に疲れてしまったのか、そのまま意識が白んでしまった。

003:MILITARY TRAIN EXPRESS

すすめはここがどこだか分らなかった。
 三人の動物の耳を持った女性たちがすすめの周りに集まり、祈りをささげている。
 そしてすすめはというと、一人白いベッドの上に寝かされ、そこでまた何も知らないかのように透き通るほどの純白の毛布を掛けられ、そこで寝かされていた。
 すすめは目を開くこともなく、じっとしている。ただしそんなすすめは現在、裸になっていた。
 なんと不埒な姿なのだろうと思うが、寝ているすすめを起こすことはできなかった。
 その間にも女性たちはビニル手袋を手にはめ、そして変身する。
 その段階で自分自身は今、普通であればいてはならないところにいることを理解した。

 ――なんてところにいるのだ

 すすめはそう叫びたい。
 しかし、声が出てこない。
 いったい何度めだろうか。
 自分自身に怪しい行為を行う輩がいたとしても、「気を付けて」とすら言うことができないのだ。
 その悔しさと怒りはなかなか味わえるものではない。
 それどころか自分のいるこの場所はいったいどこなのか、わからなくなってしまう。

 そんな気持ち悪い状況に、ただ自分は吐き出すこともできずに見つめる以外できなかった。

 しばらくすると紫の服を着た、ウェーブがかった金髪のツインテールをしている女性が両手を広げてゆっくりと魔術を掛ける。
 するとすすめはわずかにピクリと動いたのち、動かなくなる。
 続いて白と赤の服を着た、医者としてはなんともうさんくささのある、ふわふわした尻尾の、前髪をぱっつんと切りそろえた女性がすすめの歯に自身の手を当てる。

 するとすすめの皮膚は自動で切り開かれていき、やがて骨が露出する。
 その様子を見て、女性は

「派手にひびが入ってるねー。こりゃ痛かっただろうに」

 と言って様子を見る。
 そして紫の金髪の女性を見ると、

「サタン、ちょっと魔法で癒してやってくれ」

 という。
 するとサタンは「わかりました」といって骨に手をかざす。
 確かにすすめのあごには目に見えるほどひび割れが入っていたのだが、サタンが手を当てたことで骨は何事もなかったかのように回復し、ひびも見えなくなった。
 次いで女性はすすめの破壊された永久歯をすべて抜き、

「メイク、できたか」

 と言ってオレンジ色のウェーブのかかった髪の女性を見る。
 メイクは

「センセ、できているよ。ちょっと待って」

 と言って小さな箱から数本の歯を取り出した。
 センセはそれを受け取ると、すすめのあごにそれらをはめ込んでいく。
 そしてゆっくりと目を閉じると、魔法陣を展開し、何かの呪文を唱える。
 しばらくするとすすめの歯、そしてあごは復旧し、違和感のない状態に戻った。

「しっかし、ベノム軍もひどいことをしてくれやがる。こんな異世界人にこんなことしなくたっていいだろ」

 とため息をつき、冷蔵庫から何かの缶を取り出し、開封する。
 サタンはそれを見て

「また手術中にチューハイですかぁ……。手元が狂っても知りませんよ、もう」

 と少しだけ抗議するようにつぶやく。
 それに対しセンセは

「いいだろ。あたしにとって酒はガソリンなんだよ」

 と豪快にいうと、これまた豪快に酒を飲み干し、缶を乱暴において魔法陣を展開した――

 それは夢だ。
 すすめはそう思う。

 しかし、目を覚ました先にあったのは、手術ライトの明るさと、真っ赤なガーゼだった。
 夢に出てきた人たちはみな忙しいのか、すすめの状態を確認しようとはしていない。
 しかしすすめが情けなく

「ここどこ……」

 と漏らすと、あら、と言って先ほどの一人、センセがやってきた。

「目が覚めたんだな」

 というと、にこりと微笑む。
 さらりとした銀髪、すらりとした背丈。
 それだけでも息をのむほどの美しさではあるが、その髪からは銀色の耳がピクリと動き、尻には狼のようなふさふさした尻尾が覗いている。

 おそらく彼女は狼族と言われるタイプなのだろうか、と想像する。
 これはいまだに夢なのだと思い、もう一度自分の頬をつねるも、やはり、以前ベノム軍に浚われたときのように、むしろ無視できない現実であることを、すすめにあけっぴろげに伝えていた。

「ここはどこって、顔してるな」

 とセンセはいう。

「ええ、そうです。ここがどこだかわからないんです。前はすごく、安っぽいホテルのようなところに連れていかれて、それから軍の施設に入れさせられて。それでファンタと戦ったら今、ここの手術室で……。本当、何が起こっているのかわからないんです」

 というと、センセは少しばかり考える。

「そうね。わかりにくいよね。ただどこから話してやればいいんだか……」

 と考える。
 そして

「とりあえずなんですすめちゃんがここにいるのかだけ、かいつまんで話そうかな」

 というと、すすめを見て笑う。

 そして近くに置いてあった、先ほど飲んでいた缶チューハイを荒っぽく飲むと、すすめはを見てカーッ、と幸せそうに眼を閉じていった。

「早い話が、すすめちゃんはファンタと戦った後、気絶してしまったのよ」

 と、センセは言う。
 そこまでは自分自身でも十分に記憶がある。

「それで、ここは装甲列車『MTX青春』の中。MTXっていうのは、Military Train eXpressで、まぁ軍用車両って考えてくれたらいい。あたしたちワイバーン部隊をはじめとする、獣人軍の移動手段であり、秘密兵器の一つよ。その中の二両目に連結されている、移動手術室の中にあなたはいる」

 というセンセの言葉を聞き、すすめは

「また軍事施設に拉致されたわけ? もう何なの……早く帰りたいよ……」

 とため息をつく。
 それに対しセンセは

「まぁすすめちゃんがそう言いたくなるのもわかるさ。でもあたしたちもあなたに何かできるんじゃないかって思って、いまいろいろとやっているところなのよ」

 と言ってにこりと笑う。

「いろいろ?」

 とすすめは問うと、センセは

「そう、いろいろ」

 という。
 そしてセンセは、

「とりあえずあなたはあごや顔面を銃床で何発も殴られて、顔にひびが入っていたり、ゆがんでいることが、あたしたちの仲間の監視によって把握できていた。だからあたしは直した。そのほかにもいろいろと、いまあなたのためにやっていることはあるわ」

 というと、チューハイをまた一口飲む。
 そんな彼女を見ていると、なんだか唐揚げの一つでも食べたくなってくる。
 思えば、どれだけまともな食事にありつけていないのだろうか。
 ここでもきっと食事は質素かつつまらないものなのだろうか。
 そう思うと、貧しくとも温かい料理を出してくれる施設に戻りたくなってくる。

 それでも。


 響き渡る腹の虫。
 その音を聞き、センセはけらけらと腹を抱えて笑う。

「はずかしいよ……」

 というと、センセは

「すすめちゃんもあたしたちと同世代なのよね。そりゃおなかも減るわ」

 と言って再び笑う。

 年上に見えるセンセも、チョロも、ファンタも同世代と聞くと、何とも言えない驚きを覚える。
 そしてなぜかすすめ自身の年齢を知っているということに不信感を覚えてしまう。
 とはいえ、それに勝って笑われるのがとても癪だった。

「笑わないでください!」

 とすすめはいう。
 するとセンセは「あーあ」と抑えるように言うと、「ごめんね」と言って謝罪する。

「あんたもあたしも同年齢って思うと、いろいろと悩んでいることもおんなじだなーって」

 というと、センセは手術台の横に置かれた椅子に腰を掛ける。

「ご飯食べない? 今日は男衆が作るからどうせまたおなかがもたれるようなメニューかもしれないけど。でも味はおいしいよ」

 と言って微笑む。

「ごはん……」

 すすめはつぶやく。
 どうせおいしいと言っても大したことがないのかもしれない。
 でも、腹はひどくさっきから泣き止まない。
 その二つの相克を考えに考え、すすめは最終的に

「じゃあ、ちょっとだけ……」

 という。
 するとセンセは

「そうね。ちょっとだけ。ちょっとだけでも楽しんでくださいな」

 というと、すすめを手招きする。
 すすめは空腹でついていきたくなる気持ちと、こうやって人のことを信じすぎるから自分が痛い目にあったのだという負い目をどちらも感じ、なんだか後悔のような、ただの臆病風のような不安定な気持ちで手術台を去った。

すすめはセンセに従って車両を移動していく。

 列車の中とは思えないほど広く、快適な空間。
 きっと最近走り始めたクルーズトレインなるものもこんなものなのだろうかと思ってしまう。
 白い壁に穏やかな色合いの木目調のパネルが貼り付けられ、ところどころかわいらしい彫刻が入れられている。
「装甲列車」という物々しい言葉とは裏腹の、まるで新幹線や特急列車というものはこんなものなのだろうかと思わされるような空間。
 ライティングも壁に掲げられている温かい暖色ライトがまるで松明のようにともされている。
 すすめは何とも言えず居心地のいい車両に、ここが戦場と戦場を結ぶ車両だということを忘れそうになる。
 それでも

「これって本当に武器とか積んでいるんですか?」

 と聞くと、センセは

「聞きたい?」

 と笑みを浮かべる。

 するとセンセは

「そのうち見ることになるわ」

 と言ってにこりと微笑む。
 その言葉の裏に何が隠れているのかわかりかねる、というのが感想ではあるが、きっと何かを隠しているのだろうか、少しだけ不安に思った。

 いろいろなことを話し、思っているうちに食堂車の扉の前についた。
 すりガラスの扉の向こうに何があるのか、わからない。
 そのことがすすめの期待感と不安をあおる。
 センセは

「入っていいわよ」

 というので、勇気をもって自動ドアをくぐる。

 ドアの向こうでは多くの獣人たちがカードゲームをしたり、本を読んだりして過ごしていた。
 そんな彼らが一斉にすすめに顔を向ける。
 その時、出入り口の近くのテーブルに座って本を読んでいたチョロを、すすめは見つけた。

「チョロ……」

 とすすめは思わず情けない声を漏らす。
 チョロだけじゃない。
 その場にいるのはみな、自分が作り出したキャラクターたちだ。
 自分の作ったキャラクターが好き勝手にいろいろなことをしている。
 そんな様子を見て、すすめは感動するよりも、なんだか頭がくらくらするような感覚に襲われる。

「わけがわかんないよ……」

 とつぶやくと、チョロはゆっくりとたちがってすすめを見る。

「神様、お待ちしていたよ」

 というと、チョロはその場でひざまずく。
 するとほかの面々も首を垂れて何かを言おうとする。
 その様子に、すすめは

「ちょ、ちょっとまって! 何するつもり?」

 と当惑した様子を浮かべる。

「まぁ、君は神様なんだから」

 と言ってチョロは言外に

「黙っていろ」

 とすすめを見る。
 その視線になにかをすることもできず、ただチョロは言われるがままにチョロの行っている行動を見ているほかなかった。

 チョロはしばらく頭を下げると、顔を上げて「やぁ」と言って微笑む。
 神様扱いから「やぁ」というぞんざいな態度への乱降下に、すすめは少しついてこれなくなる。

「なにその神様扱いからの乱降下。わけわからなくてついてこれないよ」

 というと、チョロは

「そうかい? 僕としては礼儀と親しみやすさを両立したつもりだったんだけど」

 と少しだけ困った様子を見せる。

「まぁいいや。僕たちは君たちのことを歓迎するよ。神様とか、異世界人とか、そんな肩書以前に、僕たちの仲間としてね」

 というと、チョロはゆっくりとお辞儀をした。
 すると奥から小さな黒と白のぶち猫がすがたを表す。
 その猫は皿に載せた料理をテーブルに置くと、ちょこちょことした動きですすめの前に現れる。
 そして

「いらっしゃいませにゃん! ぼくはこのMTX青春の車掌、サァルにゃん。新しいお客様と夢を乗せて再び走り出すことによろこびを感じるにゃん」

 といってお辞儀をする。
 よく見るとサァルは、まるで猫をモチーフにしたキャラクターのように二束歩行をしており、猫というよりも何かのモンスターのように見える。

「サァル? って猫なの?」

 と問うと、サァルは自慢げに尻尾をピンと伸ばし、

「猫じゃにゃいにゃ! 僕は二足歩行のできる自律型ロボにゃんですにゃ。戦争に出ていく皆さんが少しでも快適に過ごせるよう、そして安全に列車の旅をお楽しみいただけるように、精一杯お世話させていただきますにゃん」

 と言って再びお辞儀をした。
 食事が出ると、奥のほうにいたサタンが

「わぁ! おいしそうです! あたしの好きなコドゥンオのチョリムまで……! ありがとうございます!」

 と言って手を合わせてほほ笑むと、

「料理は冷めないうちに食べるべきですよ、皆さん」

 と言って席に着こうとする。
 その姿をハニーが

「食事は限界までおなかをすかせたほうがよりおいしくいただけますわ。ちょっと待ちましょう」

 と言ってサタンを制す。
 どこかから漂ってくるごま油とニンニク、そして塩の合わさったようなにおいに、思わず腹の虫が鳴る。
 その音に気付いたチョロは、

「みんな、食べようか。今日は大切なかたと一緒だ! おいしく食べようね!」

 という。
 その言葉に多くの乗客たちは歓声を上げた。
 すすめは車両の真ん中にある丸テーブルの真ん中に座らされた。

 食堂車の窓は大きく、外を流れる夜景がとてもきれいに見える。
 しかしすすめにとってはそんなことはどうでもよく、食事にありつくことが今の目的だった。
 先ほどサタンが楽しみにしていた『コドゥンオのチョリム」なるものを食べ、メンヘルにすすめられるがままチコルという料理を食べる。

 コドゥンオのチョリムはほろほろとしたコドゥンオなるものの食感と、そのとろけるような脂身、そしてその甘さが甘いソースと絡んで何とも言えないハーモニーを奏でる。
 一方でチコルは黒い、まるでコーラのような飲み物と、甘いあんかけのかけられたフライドチキンのようなものを合わせて食べる料理であることを教えてもらったのだが、飲み物とチキンのようなものの悪魔的な組み合わせに、思わずうなってしまう。
 さらにデージ肉という肉の焼肉は、えごまの葉っぱでくるむとなんとも言えない味わいであり、近くにあった肉をすべて食べ終えてしまうほどだった。

 その様子を横から見ていたパーリガンとオッパの二人は少しだけ引いた眼で見ていたが、すすめは気にせず食べていく。
 しかし自分の食べる分がなくなると感じたのか、オッパは

「……おい」

 と言って制止しようとする。
 すすめは「ん?」と聞くだけで、その手を止めようとしない。
 オッパはその様子にうんざりした様子で深い溜息をつくと、つまらなさそうにえごまの葉っぱをかんでいた。

 さらにすすめはテージ肉の足の塩ゆでやカムジャというらしい芋のようなもののコロッケのようなもの、ビーフンのような炒め物、ハンバーグのようなものなどを詰め込めるだけ詰め込み、それらをコーラのような飲み物で押し流す。
 その食事の快楽と幸福感は、すすめのしばらくの不安や無意識を許し、洗い流してくれるようでもあった。

 しばらく、まるで掃除機で吸い込むような勢いで食事を詰め込み、幸福感を覚えたすすめは

「こんなにおいしいの、初めて!」

 と笑う。
 その言葉にチョロは「よかった」と言ってにこにことを微笑む。

「デザートもあったらいいなぁ」

 というと、奥のほうからサァルがお茶のようなものを持ってくる。

「ナシ茶と言いますニャ。お茶と言っても甘くて、まるでジュースのようなものですニャ。お気に召してくれたらうれしいですミィ」

 といって各自の前にそれらを並べていく。
 その際にジンゴもそれを手伝っているのを見る。
 ジンゴは確かに真面目で、政治的に保守的、と設定したはずだが、そのように動いているのを見て、感動するとともに、自分の居場所の違和感がさらに強くなった。
 その思いをもって一口なし茶を飲んでみる。

 なし独特の甘ったるさが、なんだかすすめの違和感と悲しみを癒してくれるようだった。

すすめは食後、とりあえず食堂で待機していた。
 食事後も大勢いた獣人たちも、しばらくすると各々の部屋に戻ったのか、誰もいなくなってしまう。
 その中で何をしたらいいのか、すすめはわからなくなってしまう。
 トランプでタロットでもしてみようかと思ったが、きれいにサァルが片づけてしまってからは忘れ物すら残っていない。
 すすめはならば車窓をみてぜいたくに過ごしてみようと思う。

 すっかり夜になってしまった車窓の風景には、ぽつぽつと町明かりも見えてくる。
 その明かりが何とも言えず幻想的で、目をまどろませながら外を見入ってしまう。
 宝石のような景色は、汚わいだらけの街の欲望や理不尽を消し去ってしまう。
 そんな景色が、この獣人界でも見られるのだと思うと、なんだか自分の小説の世界のはずなのに、あまり夢がないように思えた。

 しばらく景色を眺めていると、誰かが扉を開けて入室してくる。
 その音に気付いて振り返ってみると、そこにいたのはジンゴだった。
 彼女はすすめに気づくと、

「ちょっとした質問をしたい。来てくれないか」

 と冷静な声で言う。
 それに対しすすめはまた拷問をうけるのではないかと思い、体が硬直させる。

「いやよ」

 というと、ジンゴは

「ならばお前を拷問してでもいろいろなことを聞き出すことになる」

 という。
 すすめはそれに対して

「と言って普通についていっても拷問するんでしょ? あたしわかってるもん」

 という。
 するとジンゴは

「お前はまだ捕虜だ。捕虜としてお前に聞かなくちゃいけないことがある。それに捕虜になった戦闘兵がいることをベノム帝国に伝えなきゃいけねぇんだよ」

 と少しばかりあきれた声で言う。

「僕たちは何もお前を傷つけるつもりはない。ましてや今はお前は捕虜だ。そんな相手を拷問などしたら、ベノム帝国の連中の思うつぼだ。……お前に悪いことはしない。そうだな、捕虜尋問室の飲み物や食べ物は飲み放題食べ放題だ。そんな環境でお前を拷問すると思うか?」

 と問うと、すすめは

「するさ。ベノム軍はあたしにしたし、この世界に捕虜を守りましょうなんて決まりはどこにもないでしょ?」

 というと、ジンゴは顔をしかめ、ため息をつく。
 そして指の先に小さなつむじ風を作ると、すすめの腕と胴体を拘束した。

「何するのよ! このバカ!」

 と叫ぶ。
 しかしジンゴは何も言うことなく、そのまま彼女とジンゴの間に風の紐を括り付け、それを引っ張る。
 そして連れられたのが、小さな部屋であった。

 室内には小さな冷蔵庫とゆったりした椅子がおかれており、その後ろにはまた別の扉があった。

「冷蔵庫の中の食べ物と飲み物は自由に飲み食いしていい。それから奥の扉は手洗いだ。お前の体調が悪くなったら俺に声をかけてくれればいい。質問を止めて手洗いの時間を取る」

 いうと、すすめを風のリードから解放する。
 すすめは真っ先に冷蔵庫に行くと、中身を確認する。
 そして「わぁー!」と、歓喜の声を上げる。

 その中には瓶に入れられたオレンジジュースや、果物がいっぱい入ったフルーツポンチ、カップに入ったアイスクリームのほか、緑色のペットボトルに入った炭酸飲料のようなものまであった。

「これ、全部いいの?」

 とジンゴに聞くと、ジンゴは

「何度も同じことは言わない」

 という。
 その言葉にすすめは

「何だよ、つれないなぁ」

 と小言を口にする。
 そして天界語でサイダーと書かれた緑色のペットボトルを取り出し、立ちながら飲み始める。

「さぁ、座ってくれ」とジンゴは席を勧める。
 すすめはその言葉に従う、従わないを選ばないかのようにさっさと座り、ジュースを飲んでいく。

「おいしい!」

 とすすめはどんどん飲み物を飲んでいく。

 ジンゴは二本目のペットボトルをすすめが開封したのを確認すると、

「お前にいくつか聞く。名前は?」

 と問うと、

「あたし? 梅灘すすめだけど?」

 という。
 それに対してジンゴは

「年齢は?」

 とさらに問う。

「十七だよ」

 とすすめはいうと、再び炭酸ジュースを飲み始める。
 一方ジンゴはそれを気にすることなくシートに書き込んでいく。

「部隊は?」

 と問うと、

「あたしそのへんわかんないんだよね。いつの間にか洗脳されていつの間にか所属させられてたから」

 というと、息をつく。

「わからない?」

 とジンゴはいうと、

「そうだよ。部隊とかって言われてもね。あ、でもスーパーサービスとかって言っていたかな?」

 という。
 それに対しジンゴはメモをしつつ、黙る。
 その様子にすすめは少しだけ不安になり、

「黙らないでよ」

 という。
 ジンゴは

「ああ、申し訳ない。ただ黙っているのではなくて、仲間にテレパスで確認していると思ってほしい」

 という。
 それに対しすすめは

「テレパス! あたしあんたたちにそんな能力与えてないよ……」

 と目をハの字にしていう。
 その言葉をジンゴは無視するかのようにロップイヤーの耳をわずかにハの字に広げて言うと、

「……小説にご都合主義はつきものだ」

 と言ってため息をつく。
 それに対し、すすめは

「なによ、それ」

 と不平を言った。


ジンゴはすすめの質問には答えず、さらに質問を重ねる。

「続いてお前について聞く。一応、お前はこの世界に入ってきた人間であることを僕たちは把握している。だが、なぜお前がここに拉致されるなり、迷い込んだのかを知らないとどうしてもいろいろとうまくいかない。そこでお前に聞く。ここに来たのは迷い込んだのか? それとも拉致されたのか?」

という質問に、すすめは

「迷い込んだなんて失礼しちゃうわ。あたしは拉致されてきたのよ。さもなくばこんなところに来たりしないわ」

という。
その言葉にジンゴは少しだけ耳をひくつかせて反応する。

「まぁいいか」

というと、ジンゴは再び何かを書き始める。

「あっ、いま怒ったでしょ? あたしがこんな世界なんて言ったから」

というと、ジンゴは

「腹など立てる理由がどこにあるというんだ」

という。
しかしそのたびに少しだけ目が絞られ、耳がはねあがる。

「あたし知ってるもん。あんたがジンゴなんて名前が付いた理由も、あんたの性格も。あんたはこの世界が大好きだもんね。よその世界を軽くディスって、女性なのに男性のセクハラに理解を示して。だからジンゴスティックなんて名前をあたしが与えたんだもん」

というと、ジンゴは少しだけ目をしかめて

「……わかっているなら俺からは何も言うことはねぇよ」

とつぶやく。
そんなジンゴを見て、すすめは

「あんたも強がりね」

と言ってけらけら笑う。
その言葉に、ジンゴは不愉快そうに顔を落とす。
そして「話を続けるぞ」といって再び質問を始める。

その間にすすめはオレンジ色の液体の入った瓶をとりだし、隣に置いてあったグラスに注いで飲む。

「おいしい! このオレンジジュース、最高ね!」

というと、ジンゴは少しだけ嬉しそうにしていた。

「それで。何を聞きたいのよ」

というと、ジンゴは

「どういう状況で拉致された?」

と問う。
すすめはその瞬間、体が固まってしまう。

「ジンゴ、痛いところ聞くわね」

というと、ジンゴは特に表情を乱すことなく、じっとすすめを見つめる。

「あたしのことそんな目で見ないでよ。ろくでもない理由なんだから」

と言ってすすめは拒否しようとする。
しかしジンゴはじっと見つめ、

「お前が答えないなら俺たちで調べることもできる。その時にどんなことがあったととしても、お前のことは俺たちが知ることになる」

というと、すすめは

「それって脅しのつもり?」

という。

しかしジンゴは何とも言わず、

「どうなんだ」

といった目で見つめる。
その言葉に少しばかり威圧されたすすめは、

「そうね、答えればいいのよね」

といって ため息をつく。

「パパ活をやっていたのよ。お金がなかったし、いつも詰まんなかったし」

というと、ジンゴは顔を上げ、耳をピクリと動かす。

「パパ活」

とジンゴはつぶやく。

「そう。男の人にパパになってもらって、お金を出す代わりにあたしの、その、ね。春を差し出すのよ」

というと、ジンゴは顔を落としつつ、耳を大きく広げる。

「まぁそういう顔をするのも当たり前よね。あんたにパパ活が何だかわかっているかわかんないけど」

というと、ジンゴはそのような多少の無礼を気にせず、

「まぁいい。それでお前は誰にパパになってもらったんだ?」

というと、すすめは

「榎本って先生よ。うちの高校に最近赴任してきた。優しい先生で隙だらけだったからそれをついたら、あたしはここまで拉致されて、ぼろぼろにされたってわけ。体がひょろひょろで普段から昼行燈だったから釣り上げてみたら猛獣だったわね」

と言ってため息をつく。
その時、ジンゴは再び少し考える。
そして

「まだわからないことは多いが、もしかしたらそれは時空局を当たれば出てくるかもしれない」

という。

すすめが「時空局?」と聞くと、ジンゴは「そうだ」と答える。

「俺たちのいるこの世界は獣人界と言っているが、それは……そうだな。俺たちの読む小説で知った知識で通じるなら、人間であれば地球みたいなものだ。その上にテイルテラとマテリアルテラがあることが知られている。そのテイルテラとマテリアルテラは厳格に管理されていて、本来であればその二つをまたぐことはできない。万が一またごうものなら理由にもよるが、関係者は全員処刑されるだろう」

という。
処刑、という言葉を聞き、すすめは顔を落として

「処刑、ね、処刑……」

とつぶやく。

それに対しジンゴは

「そうならねぇようにするために今、尋問しているんだろ」

と吐き捨てる。
それに対してすすめは少しばかり委縮し、「……はい」と答える。

「それにしても、榎本、か」

とジンゴはいう。

「そう。榎本光代ってやつ。新卒で入ってきたらしいんだけど、今思うと妙に人なれしていたりとかしていたのよね」

という。

その言葉にジンゴはさらに考えていく。

「これは俺の勝手な考えでしかないのだが、もしかしたら本当に時空を超えて特殊部隊が入り込んでいるのかもしれない。一番恐ろしいのはマテリアルテラの関係者を支配してベノム帝国の侵略を行うことだが、それも考えられてしまうような気がしてしまう」

とジンゴはいうと、ロップイヤーをもう一度大きく動かし、そして元に戻す。

「それって、どういうことよ」

とジンゴに聞くと、すすめにジンゴは

「そのままの意味だ。超えてはいけない世界を超えて、破壊してしまおうとしている輩がいる。そしてこの悪意はもっと大きくなっていくかもしれない」

というと、じっと据わった目で遠くを見つめる。

すすめはそのジンゴの目を見て、背筋に氷が走ったような、一人で夜、冷たい雨に撃たれているような感覚を覚えた。


 ジンゴはしばらくあれこれとすすめに尋問という名の軽い質問を繰り返すと、

「質問の協力してくれたこと、感謝する」

 と言ってすすめを見る。
 そして

「もうお前は自由だ。とりあえずこれから俺はこのことを報告するが、お前はこの列車内の食堂などにいてもらって構わない。今日の夜にはお前の部屋も準備されるだろう」

 という。
 その言葉に、すすめは

「あたしのこと、処刑しないの?」

 と問う。
 それに対しジンゴは

「当たり前だ。お前は捕虜だからな」

 という。

 すすめは

「捕虜なのにあたしたちには優しいのね」

 というと、ジンゴは

「さっきも言っただろ。俺たちは人倫に基づいて捕虜を取り扱っている。お前が望もうと望まなかろうと、捕虜の健康確保には十分に気を使っているつもりだ」

 と鬱陶しそうな返す。
 それに対しすすめは「なるほど」と言っていたずらな目をジンゴにする。
 ジンゴはその目のやり場に困ったのか、

「勝手に殺されるとでも思っていろ」

 と吐き捨てた。

 その時、すすめは少し考えて、

「あたしもその会議、でていいかしら?」

 と問う。

 ジンゴは「何だ?」と返す。

「あたしの経験とかを話す機会があったらあたしの口から話したいし、それにあたしに何が起こったのか、客観的に理解したいの。ねぇ、できるよね?」

 とすすめがいうと、ジンゴは少し考え、何かを念じるように目を閉じる。
 そして何かがあったのか、

「わかった。俺についてこい」

 と言ってジンゴはすすめを連れて、尋問室の隣の会議室にすすめを通した。

 会議室には大きなモニタがたくさんかけられており、さらには地図が映し出された巨大なモニターのあるテーブルがあった。
 その周りには形の異なるチェアがたくさん置かれている。
 それらにはすでにメンバーたちがそろっており、じっとそれぞれが渡された資料を読んでいるようだった。

 ジンゴとすすめが着席すると、ジンゴの隣に座っているメンヘルが

「すすめちゃんを傷つけてねーだろな」

 と嫌味を飛ばす。
 それに対しジンゴは

「そんなことをする獣人だと俺を思っているのか」

 と特に抑揚のない声で言う。
 それに対しメンヘルはチッと舌を打つと、再び資料を読み始める。
 その様子に不安を感じたすすめは隣に座っているファンタにそのことを話しかける。
 するとファンタはこっそりと、すすめの耳に耳打ちするかのように「あの二人、恋人だから」と言っていたずらな笑みを浮かべる。
 それに対しジンゴとメンヘルは「てっめ」と二人してファンタをにらみつける。
 その態度にファンタは

「そんなに喧嘩をするってことは、そういうことなんだよな」

 と言った澄ました目で二人を一瞥すると、テーブルに置いてあった飲み物を口にしてその場を流した。

 すすめたちが着席したのを確認すると、チョロは

「これから話し合いを始めるよ」

 と言って全員を見る。
 すこしだけ神妙な面持ちで全員過ごしているが、チョロは慣れているのか、特段気にすることなく、スムースに話を始めていく。

「今日の議題は異世界からの迷い人であるすすめちゃんの現状整理と、今後どうできるかという話だね」

 というと、チョロは立ち上がり、電子黒板にいろいろと書き出していく。

「このことに関して、まずはタロットから教えてもらおうかな」

 というと、タロットが立ち上がり、

「じゃあ、僕のレジュメを見てくれるかな」

 という。
 それを見てみると、学校の授業で使われるそれなどとは比べ物にならないくらい見やすいデザインのレジュメがそこにはあった。

「僕の調査では、やっぱりすすめちゃんはこのテイルテラの人間ではないことが分かった、というのが大きな進展かな。この世界のどこにも『梅灘すすめ』という人間の住民登録はなさそうだったし、それにすすめちゃんの遺伝子情報で検索しても、コミュニケーションシステム解析を行っても、ある一か所を除いて彼女の存在にふれているところはなかったよ。でもその一か所がとても問題があるんだよね。それはハニーが後で十分に答えてくれるから、期待していてね。とにかくいえるのは、彼女は時空を拉致されてここまでやってきたのは確実であることだね」

 というと、メンヘルが指を鳴らす。
 それにチョロは「質問かい?」というと、メンヘルは「そうだ」という。
 チョロが「いいよ」と発言の許可を与えると、メンヘルは

「だけどマテリアルテラへの侵入自体、時空局の許可が無けりゃできねぇだろ。ってことは時空局にその許可を出した輩がいるってことか?」

 と問うと、ジンゴは一瞬メンヘルを見る。
 一方でメンヘルはよほど自信があるのか、特に気にはしていない。

「そうなんだよね。そこが実はミソなんだ。もし時空局に無断で渡ろうものならそれこそ大きなトラブルになる。それでもそのようなことが起こっていないということは、おそらく時空局に何かしらの工作が及んだということになると思うんだよね」

 という。
 その言葉を聞き、ファンタは

「そのことなのだけれど、時空局の関係者として僕も少し怪しい動きを見たことがある」

 と言う。
 その発言に、参加者の目が集まる。

「詳しくは僕も時空局の規約上あまりいうことはできないが、『エルファ・キムラ』という人物を情報探知で当たってみてほしい。僕も時空局から見てみる」

 といった。


 ファンタの言葉を聞いたすすめは、少しだけ違和感を覚えた。
 いったいいつファンタは時空局の関係者になっているのだろうか。
 そもそも、自分としては時空局など設定したつもりもない。
 それなのになぜ、時空局というものが設定され、その関係者としてファンタは召し上げられているというのだろうか。
 そのことがわからず、すすめは少しだけ混乱してしまう。
 それでも会議中ということでそのようなことを聞くこともできず、そのようなものとしてとらえるほかないのが、なんとも言えない気持ちにすすめをさせた。

 それでも話し合いは続く。
 ファンタの次に発言の指名をされたのは、ハニーだった。
 ハニーは立ち上がると、やはり

「スライドを見てくださるかしら」

 と、物腰の柔らかい声で言う。

「この資料でもわかる通り、すすめちゃんを拉致した人物はホーヨルという人間であることがわかりましたわ。ホーヨルは秘密機関のエリートスパイでもありますけれども、その彼がまず、エルファとねんごろになって愛人関係になった。その後、おそらく特殊機関の人間と愛人になったことを脅されたのでしょう、エルファはホーヨルの時空転移を承認しなくてはならなくなった。そのあとはすすめちゃんを拉致すればいいって話になるわよね」

 というと、ジンゴが挙手をする。

「でもなぜすすめなんだ? 異世界にはこいつよりも有能な人間など多数いるはずだが」

 という。

 その言葉にすすめは「なによ!」と少し声を荒げる。
 さらにそれに合わせてメンヘルが

「てめぇ! 何ぬかしやがる」

 と激昂する。
 しかしジンゴはそれにかまけることなくすました顔で着席すると、ハニーは少し困った様子で

「すすめちゃんよりも賢い、というか、利用価値の高い人間はあちらにも大勢いるかと思います。でも、すすめちゃんがどんな立場の人間であるか、という補助線を引くと、とてもこの話は分かりやすくなりますわ」

 という。
 それに対し、すすめは「補助線?」と疑問を呈する。

「そう、補助線。すすめちゃんはこの世界を開いた、いわば神のような人間です。その神を殺すという意味を考えてみると、この話の解像度はさらに増しますわ」

 という。
 一同はその意味を考えるかのように押し黙る。
 すすめもそれは同じだった。

 いったい神にさせられてしまった自分を殺したり、利用することでいったい何があるというのだろうか。
 キリスト教の神様や、仏教の仏様を殺した場合のサンクションなり罪はいったいどれだけのものなのだろうか。
 わからなくなる。
 その疑問は、サタンも同じの様であった。
 サタンは

「感想にしかならないかもしれませんが」

 と言って挙手をする。

「私のようにクリスチャンにとって、神様を殺すということは想像もできないばかりか、もしそれを行うとなったらこの世界が破滅してしまうように感じられます。その世界の破滅を考えているというのならば、それはとても許されることではありません。ましてや、私は三位一体の神を信じるものですから、すすめちゃんを神としてみなすわけにはいきませんが、私のことを生み出した生みの親であるすすめちゃんを殺すことは、その……とんでもない罪を犯してしまっているのではないかと思うのです」

 とサタンはいうと、ほかの面面はさらに考える。
 そしてメンヘルは

「俺、ちょっと気づいたかもしれねぇ」

 と言って挙手する。

「俺も教員としていろいろと勉強しているけどよ、マテリアルテラとこの世界が隔てられているのって、ひとえにマテリアルテラにこの世界の創造主がいるからだろ。その創造主を拉致ってきて殺す、あるいは危険に合わせるって、考えられることって二つだと思うんだよな」という。それに対し、メイクが

「二つ? どういうことかな」

 と問う。
「ああ」というと、耳をひくひくさせて言う。

「まず一つが世界を終わらせることだ。この世界を終わらせて、新しい物語の世界に寄生するか、あるいはこの物語とともに心中するか。そこはわからねぇけど、この小説を強制終了させるつもりなのかもしれねぇ。もう一つが書き換えだ。俺はこの筋を狙っている。俺たちの物語を占領して、あいつらの都合のいいようにすすめちゃんの物語を書き換えるんだ」

 というと、少し不安そうに顔を落とす。

「……正直死んじまうんじゃねぇかって、とっても不安になってきた」

 というと、「大丈夫かな……」とさらに小声でつぶやく。
 それに対し、ジンゴは

 「また発作か。いい加減にしろよな……」

 とため息をつきながらもメンヘルの背中をさすり始める。
 メイクは少し考え、

「あたしとしては物語を終わらせる理由はないと思うんだよね。となると、物語の書き換えか、それかまた別の理由かな。でも物語を書き換えるにしても、ここまで拉致してくる必要って、あったのかな」

 という。
 それに対し挙手をしたのが、シングだった。シングは

「こういう時にきっと敵のドクトリンを理解しておく必要があると思うんだけど、その辺はどうなの?」

 と問う。
 それに対し、チョロは

「敵兵のドクトリン上は追いつめられない限り、世界を終わらせるようなことはしないはずだよ。それで今は追いつめられるような段階でもない。でも気になるのが、なんで拉致したすすめちゃんを兵士として使おうとしたか、なんだよね。それが僕たちへのけん制なのか、それともそのほかの考え方なのかによって、大きくそのニュアンスが変わるんだよね。そのことを考えると、引き続きタロットとハニーに監視をお願いしたいってところかなぁ」

 というと、二人は

「そうとしか言えないね……」

 と、タロットは少しだけ悲しそうに言う。

「それより、参考までにこの物語そのものについて聞きたいかな。すすめちゃん、教えてもらっていいかい?」

 とチョロはいう。

 その言葉に、すすめは驚いて「え、あたし?」と、少しばかり素っ頓狂な声を出した。

 すすめは少しばかり考えると、

「いいよ。でも、どんなことを言えばいいんだろう」

 とチョロたちを見る。
 すると困ったすすめに助け船を出すように、ファンタが

「君の小説がどんな経緯で生まれたのか、教えてほしい」

 と質問を出す。
 それに対し、すすめは少し考えて

「そうねぇ、あんまりあたしも誇れるものはないんだけど」

 と言ってゆっくりと説明を始める。

「あたしの小説、なんで書こうかって思ったかって言ったら、あたしの復讐だったりするんだと思うのよね。あたしにいい思いをさせるどころか、甘えるなとか言って差別してきたり、あるいは施設に入れるお金を減額してきたりする政府とか、それにまったく関心を持ってくれない日本社会とか。そんな連中に腹を立てて、あたしは小説を書いたんだと思う。それでチョロにこの世界のレジスタンスとして戦ってもらうために、日本社会を設定した。でも、そんな小説を書いていたせいなんだろうけど、『なりたい』の人たちって、右翼が多いのよね。そうでなくとも日本人は自分の社会とか政府に批判的なことを言う人間たちを嫌う。そのせいであんまりにも読まれなくてね。それどころか、文章力が低いだの、リアルかくれんぼだのって文学のできる人たちから言われ続けた。そんなことを言われ続けたら、あたしだって書く気力なくなるよ」

 というと、すすめは顔を落とす。すすめの言葉への反応は様々だ。
 ファンタは冷静に耳を傾け、ジンゴは何かを言いたそうにこらえている。
 その一方でメンヘルは非常に怒っているのか、何かを訴えるかのように「ひでぇな、それ」と相槌を打ってくる。
 そのような一人一人違う反応を自分のキャラクターたちにされるというのは、何とも言えず恥ずかしさもある。

 しかしそれ以上に、メンヘルやサタンのように胸を痛めながら聞いてくれる獣人がいてくれることに、何とも言えないうれしさを感じる。
 チョロが発言を求める。

「ねぇ、リアルかくれんぼって、そんなにひどいのかい?」

 というと、すすめは

「正直ひどいかもしれない。中学生が考えた小説だからね。でもその作家さんはそのあといろいろと書き続けて、あたしたちの世代にドンピシャな小説を書けるようになったんだってさ」

 というと、チョロは少し考える。
 そして「それとなんだけど」といってさらに質問をする。
 それに対し、すすめは「なに?」というと、チョロは

「マテリアルテラの、その日本って国はそんなにひどいのかい?」

 と問う。
 するとすすめは少し言葉を置いて、「……ひどいよ」という。

「あたしの父さんたち、お金がなくて生活保護を取ろうとしたけれど、親戚に連絡がいくせいでそれを取ることができなかった。おそらく親戚に連絡がいったら、お父さんたちは完全におばあちゃんたちから見捨てられただろうね。それに、お父さんもお母さんもうつ病で心を痛めていたんだけど、そんな相手に仕事なんてよこしてこないし。それで入ったA型って言われる施設は低賃金でしかも二年で首になった。年金も毎年減らされる一方で、物価はどんどん上がっていく。それどころかお昼ご飯も夕ご飯も家族では食べられなくて、子ども食堂っていうのにお世話になっていたけれど、それもいつの間にかなくなってしまった。その一方であたしの学校には列車クルーズっていう豪華な電車に乗って旅行を楽しんでいる人たちもいる。なんだか理不尽でね、それが。そんな中であたしが唯一夢を見られる世界って、この小説だけだったんだよね」

 というと、すすめは少しばかり涙ぐむ。
 それに合わせてチョロも顔を落とし、「そうだったんだね」と優しい声で言う。
 それに対してセンセが発言を求める。

「あたしが勝手に思っていることなんだけどさ、言ってもいいかな」

 というと、チョロは「いいよ」と許可をする。

「なんとなくなんだけど、あのベノムってやつら、すすめちゃんの闇か、あるいはその日本って国の闇が流れてきてんじゃないかって気がするのよね。内部調査はまたハニーちゃんたちにやってもらう必要があるし、そもそもなぜ物語の世界をここまで荒らすのか、あたしには理解できないんだけどさ。でももしかしたら何かの思惑があるんじゃないか、って気がするのよね」

 というと、ハニーが挙手をする。
 ハニーは発言を許可されると、

「それもわたくし、調べていますわ」

 と言い始める。

「ただ一つわかったこととして、日本という社会は強烈な男根主義、反マイノリティ、全体主義を唱えているところが特徴的と言えますわね。先ほどのすすめちゃんの話を聞いていると、何ともそれと共鳴しているような気がするのが、わたくしにはとても気がかりなことでございますわ」

 というと、すすめは再び考え始める。
 それに対しファンタは

「僕も調べてみないといけないことだとは思うが、ハニーの議論に関して僕も気になることがある。最近やたらと解像度の高いマテリアルテラの情報が入っていること、そして以前とは比べ物にならないほど密入国をしてこようとする連中が多いことだ。もしかしたら何か良からぬことを考えている人間が、双方にいるのかもしれない」

 というと、少しばかりファンタは口をつぐみ、何かを考える。
 そして

「チョロ、お前に願う。時空局の警官として、そしてこのワイバーン部隊の一員として、まず、僕をマテリアルテラで調査をする権限を与えてほしい。それから、すすめちゃんをマテリアルテラに戻すこと自体は僕がいれば簡単にできるが、それを今はしないでほしい。彼女は重要参考人になり得るし、それに何より、下手にマテリアルテラに戻すと今度は人間側の敵関係者に襲撃される可能性がある」

 というと、ファンタはチョロを真剣な目で見る。
 チョロは一瞬すすめを見ると、

「僕もその考えには賛成だよ。すすめちゃんが傷つく可能性もあるし、何よりその根元が人間界にあるというのならば、その根元を絶たなくちゃいけないからね」

 というと、すすめを見る。

「すすめちゃん」とチョロはいうと、にこりと微笑む。
 その笑みに何か違和感を覚え、
「なに?」と少しつっけんどんにいう。
 チョロはそれでも怒ったりすることはなく、

「しばらく君にはここにいてもらうよ。それで、この世界を止めた責任、取ってほしいな」

 という。
 その発言に「どういう意味よ」というが、チョロは答えることなく、ただにこりと微笑むだけだった。

 すすめは作戦会議ののち、自室を与えられた。
 替えの衣装として獣人たちの着ているような戦闘着を与えられ、それに身を包む。
 想像以上に身軽で動きやすく、しかも涼しすぎず暑くもない衣装に、すすめは少しばかり感動し、笑顔を漏らす。

 その笑顔を見たメイクは嬉しそうに

「あたしの発明品だよ。獣人用戦闘着。夏は涼しく冬は暖かい。しかも弾丸や刃物によるダメージもあまり受け付けない。最強でしょ!」

 という。
 その自慢げな表情を見て、すすめもなんだかうれしさを覚える。

「へぇ、すごいね!」

 というと、メイクは嬉しそうに尻尾を振った。

「あとなんだけどさ、これは本当に申し訳ないんだけど、ちょっとした改造手術、受けてもらっていいかな?」

 とメイクはいう。
 その言葉に、すすめは目を大きく見開く。
 改造手術とは、いったい何をされるというのか。

 もしかしたら日曜日の朝の特撮番組のような全身をキメラ化させられて中にたくさんの機械を埋め込まれるというのか。
 それに伴う痛みはどれほどだろうか。
 そして何より、死んでしまうのではないか。
 そんな心配が意識をよぎる。

 すすめは

「それって、特撮であるようなやつ? 円形の台に乗せられて、体を切り刻まれて……」

 というと、メイクは「いやいや」と言って否定する。

「まぁ、特撮ではたまに見るかな。詳しく言うとナノマシンを入れさせてもらえないか、って話なのよね。もちろん希望であれば体を切り刻むタイプの改造手術をしてもいいんだけどさ。てか、ほかのメンバーはあたしも含めて体を切り刻んでいるしね。でもさ、すすめちゃんは戻らなければならない世界があるじゃん? だからあまりそういう手術をしたくないんだよね」

 というと、メイクは笑う。
 それに対しすすめは

「なんでそんなことするの?」

 と問うと、メイクは

「一つは通信のためだよ。あたしたちの使っているテレパスはどうしても脳波でコントロールする関係上、脳波を正確にトレースしなくちゃいけないんだけど、それをするとなると専用の機械を入れる必要があるんだ。それからもう一つが魔法を使えるようにするためだよ。すすめちゃんには、すすめちゃんが希望しない限り戦闘には出てもらうことはないけれど、万が一の時に魔法が使えると命を守れるからね」

 というと、メイクはにこりと微笑む。
 それに対し、すすめは

「でもそれをすると動物の耳とか生えてくるんでしょ?」

 と返す。
 その質問を待っていたとばかりにメイクは

「それがねー」

 と言って楽しそうに笑う。

「そんなこと起こらないんだなー。だって人間族ってあたしたち獣人の中にもいるしねー」

 と楽しそうにいう。
 それに対し、すすめは少しばかり遠慮したいといった受け付けない顔をして難色を示す。
 それに対し、メイクは

「あたしが一生懸命作った技術なんだけどなー」

 と言ってすすめを誘惑する。
 それに対し、すすめは

「副作用とか、ここを脱出するときの処理とかどうなるの?」

 というと、メイクは待っていましたとばかりに

「大丈夫だよ! まず副作用は出ないし、それにここから帰るときは言ってくれれば解除してあげる。もちろん解除すればすすめちゃんはもとのすすめちゃんに戻るよ」

 と、明るい声で言う。
 その言葉にすすめはどうしてもどうしたらいいかと思う。
「それって、誰かに実験しているの?」

 と聞くと、メイクは

「とりあえずナノマシン自体はあたしにも投与されているよ。でもすすめちゃんに打つのはもう少し量が多いのよね」

 という。
 それでもすすめが迷っていると、メイクは

「もう、迷っている暇なんでないよ! 魔法が使えるって本当に便利なんだから!  だから心配しないでこっちに来てよ」

 というと、すすめを食堂車の後ろに連結されている手術室に案内した。

 すすめはただ一人でぼんやり考えていた。
 彼女たちは改造手術を受けているのだという。
 そんな設定は自分ではしていないし、いったいなぜこのようなことになってしまったのか、と思う。
 どうせ死んでしまうかもしれないなら、そのことくらい聞いてもいいだろう。

「あのさ」

 と聞くと、メイクは「どうしたの?」とと聞くので、すすめは

「あたし、サイボーグなんてチョロ以外登場させるつもりなかったんだけど、どうしてメイクとかジンゴたちまで改造されているの?」

 と問う。
 するとメイクは少し考え、

「もうその時にはベノムの軍勢がこっちまで近づいていたのよね。でもあたしたちの軍隊ではどうしようもなくて。それで現状を打開するために改造人間のプロジェクト、「エイプリル」が始まったのよ」

 と説明する。

「エイプリル?」

 とすすめがさらに問うと、

「獣人戦闘システムの通称ね。あたしたちは改造人間たちをエイプリル、って名付けて開発してきた。その結果があたしだし、チョロたちってわけ」

 というと、メイクはゆっくりと伸びをする。

 結局戦争という予測不可能な事態がこの世界を襲い、彼女たちを傷つけてしまった。
 そう思うと、自分がその痛みを思わなくてもいいのだろうか、とすら感じてしまう。
 それどころか戦闘の負担なども、本来は彼女たちは負わなくてもいいものだったのだ。
 となると、自分の心がすこしずつ揺らいでいく。
 すすめはしばらく考えて、

「いいよ。あたしに打っても。あんたたちばかりに戦いを押し付けたくないし、それにあたしだって、あいつに犯されたことを仕返ししたいし」

 という。
 そしてさらに

「できたらさ、あたしの子宮とか新しいのにしてもらうことってできる? もうパパ活から足を洗うって決めたんだけど、その記念ってか、新しい子宮で過ごしたいのよね」

 というと、メイクは少し考える。
 すると

「それでいいの?」

 とすすめにメイクは言う。
 すすめは

「いいのいいの。あたしの体はあたしが決める」

 というと、メイクは「それもそうだね」と言って了承をした。

 すすめはまず、手術台に載せられた。
 以前も乗った、緑色の台。
 まぶしい手術ライトからの光で、視界は真っ白になってしまう。
 しばらくすると手術着のセンセと、助手のサタンがすすめの前に現れ、

「ほんとうに取り換えちゃうけど、いいんだよな」

 とセンセは言う。それに対し、すすめは「お願いします」という。
 するとセンセは魔法をかけたのか、足元が赤い光で包まれ、次の瞬間、すすめの意識は軽く、ゆっくりと白んでいった。


 しばらくすると「起きていいよ」という声が聞こえてくる。
 すすめはその声に従って目を覚ます。
『改造手術をする』と言っていたが、目を覚ましたところで特にこれといった痛みなどは感じない。
 ただ、少し意識を集中させるとその雰囲気は変わってくる。
 まず、自分の目の前、というか、意識に何かがインストールされているような気がする。
 それを起動すると、まるで自分の意識が急に消えていき、まるで何かの亜空間に通されたような気がする。
 そのまま自分の意識を通していくと、そこでは多くの獣人の仲間、例えばチョロたちがすすめを迎え入れてくれた。

「すすめちゃん、目を覚ましたようだね」

 とチョロがいう。
 その言葉を合図に、獣人の仲間一人一人がすすめをぎゅっと抱きしめたり、背中をたたいたり、握手を求めたりしてくる。
 すすめはそれに一つ一つ答えるが、どうしてもこの空間がどこなのかと気になってしまう。
 するとチョロに言われたのか、メンヘルが出てきて

「すすめちゃん、ここはどこって顔してんな」

 と言ってくる。

「ってか、その気持ちが丸見えになるのが恐ろしいところなんだよな、ここって場所は」

 と言って笑う。
 その声に少し驚き、こわばっていると、メンヘルは

「ここはテレパスの空間だ。心と心で話しているってかな。厳密には脳波のやり取りらしいけど、その辺はまぁいいや。とにかく、これからはお前と俺たちはもう一心同体もいいところって感じだな。てめぇが悩んだことは俺たちにも伝わるし、俺なんかはお前のために悩むことになることもあるかもしれねぇ。その逆も同じで、それで俺は嫌われちまったりするんだよな」

 というと、少し自嘲気味に笑う。

「まぁそんなこたぁいいんだよ。いろいろなことがテレパスからできるようになっている。俺たちとの情報共有から、けがの情報なんかも俺たちとすぐに共有できるようになっている。それからてめぇが脱走しようとした場合は、俺たちがその事情も含めて共有できるし、その前にサタンかセンセのカウンセリングが入るはずだ。それから今までの戦闘資料なんかも自由に読めるんだぜ」

 とメンヘルはいうと、一冊の資料を取り出す。
 そこにはモッポでの戦いが書かれていた。

 すすめは一通り聞いていると、少しだけ試しに聞いてみたいことが出てくる。

「もしかして、あたしがどうなっちゃったかっていうステータス画面とかも出せたりするの?」

 と問うと、メンヘルは少し驚いた顔ですすめを見て、クク、と鼻を鳴らす。

「んなもん、ほしいか? ほしいなら作ってもらえると思うけど、実践ではあんまり役に立たねぇぜ? それにそんな発想が出てくるなんて、やっぱてめぇは異世界人だな! 異世界人は異世界ものの小説を見て、ステータス画面だの、中世ヨーロッパだのって言葉にあこがれるって聞いたけど、それマジなんだな!」

 とからかうように言う。
 その言葉に不快を覚え、

「そんなことないもん。あたしだって小説を書くときに異世界転生なんて書いたことないし、それにステータス画面なんて登場させたことだってないし」

 というと、メンヘルが

「こいつのコールネーム、ナーロッパでどうだ? 少し前に知ったんだけどよ、異世界人の中には中世ヨーロッパとかっていうものにあこがれるらしいんだよな。そしてこいつも異世界人の、それも小説家様だ。こいつもそんな異世界、ナーロッパにあこがれているんだろ?」というと、すすめは 

「そんなことないもん!」

 と絶叫する。
 するとパーリガンがすすめに近づき、

「そうだよな。ナーロッパなんてかわいそうだ」

 というと、

「こういったかわいこちゃんにナーロッパなんて恥ずかしい名前は失礼だぜ? ワナビーとかどうだ? 俺の読んだ異世界語辞典では「ワナビー」って言葉には小説家って意味があるらしい。こんなかわい子ちゃんにナーロッパなんてなぁ、ひどいよなぁ、すすめちゃん」

 という。
 励ましてくれるかと勝手に思った自分がバカだったと、すすめは頭を抱える。

「そういえばすすめちゃんのコールネームをつけなくちゃいけないねぇ」

 とタロットはのんきにいうと、尻尾をくるりと回転させる。

「みんなひどいよ……。あたしが何にも知らないからって!」

 というと、

「そうだね」

 とチョロはすすめに近づいていう。

「ただ、コールサインは少しばかり馬鹿にされた名前のほうがよかったりもするんだ。僕なんてチョロい長老なんて理由からチョロだし、メンヘルはメンタルの障害を抱えているからだし。もちろん君の好きな名前を提案してもらってもいいけれど、あんまりかっこいい名前って、使っているうちに恥ずかしくなるんだよね」

 という。
 するとキャプテンが困った様子でその言葉を引き継ぐ。

「私の名前、キャプテンだけど、本当に恥ずかしいんだよね。今じゃキャプテンはチョロだっていうのに。だからそんなかっこいい名前より、少しぐらい馬鹿にされる名前にしたほうが、なんだかいいんだよ。それにみんなひどい名前だしね」

 というと、すすめの横に立った。

「ここで私から提案だ。すすめちゃんのコールネームをみんなで考えないか? もちろんすすめちゃんにも決めてもらう。君たちは訓練をせよという私の言葉も無視して本を読む本の虫だ。君たちならば素晴らしい名前を付けてくれると信じる。その間、私とメンヘルですすめちゃんに最低限の訓練を施す。それでどうだい?」

 とすすめを見て言う。
 すすめはキャプテンの言葉に、ただ首を振った。


 訓練ということで、すすめは大きな困惑を覚えてしまった。
 自分はあくまで捕虜なのにもかかわらず、ここまで懐柔され、裏切らせようとしている。
 そのことに何とも言えない恐怖を覚え、その日の夜に勇気を出してサタンに連絡を入れた。
 サタンは「いつでも来てくださいね」というので、それに従って夜、誰も起きていないときにサタンの部屋の扉をたたく。
 サタンは「どうぞー」と優しい声ですすめを出迎えた。

 サタンが扉を閉めると、彼女はその帰りしなに冷蔵庫を開き、何かの飲み物をコップに注いですすめに持ってくる。
 赤い色をしたその液体は、少しばかり甘酸っぱい香りがした。

「こうやってメンヘルさんとかも毎日来てくれるんですけど、そのたびにいろいろ飲み物を出すのにはまっちゃって……。今日の飲み物はオミジャの木から作ったお茶です。心がつらいときは少し甘い香りがするかもしれません」

 という。
 すすめが一口飲んでみると、確かに少しばかりの甘味が感じられた。

「これって……」

 というと、サタンは

「なんであたしたちがすすめちゃんを迎え入れているのか、ってことが気になるんですよね、きっと」

 という。その言葉にすすめは驚き、「なんでわかんの!」と問う。
 サタンは

「あたしとすすめちゃんはテレパスでつながっていますし、それにあたしはこれでもカウンセラーです。いままですすめちゃんを見てきて感じることはいろいろあります」

 と自慢そうに言う。
 その言葉に何も言えず、すすめは

「まぁ、そうなんだよね。あなた、あたしが作った年齢で変わらないならあたしより若いから話しやすいかも」

 というと、サタンは少し口を膨らませて

「あたしだって立派な女性になるべく頑張っているんですよ」

 という。
 すすめはそんなサタンを見て「かわいいね」というと、ゆっくりと背筋を伸ばす。

「でも、サタンちゃんのいう通りよ。あたし、なんでこんなに受け入れられようとしているのかな、って。単なる捕虜にしてはものすごいことしてくれているし、ましてやテレパスなんて普通むすばないよね。少し前に見たニュースだと、捕虜は交換手段としても使われているって聞いた。となったら、あたしなんてベノム軍につかまった獣人兵との交換手段にされるんじゃないかって思っていた。なのにあんたたちは違うのよね。それが何だか気持ち悪くってね」

 というと、サタンは一口ジュースを飲むと、すすめの目を見て言う。

「それ、確かにあたしも思って聞いたことがあるんです。チョロに。そしたらチョロ、なんていったと思いますか?」

 となぞかけをしてくる。
 よっぽどろくでもない理由なのかもしれない、と思わず身構える。

「何だったのよ」

 と問うと、サタンは

「すすめちゃんは僕たちが取らないと、戦争に勝てないですって」

 という。
 その言葉に、すすめは少しばかりの不快を感じて目をしかめる。

「……どういうことよ」

 と少し重たい声で言うと、サタンは

「そのままの意味です。すすめちゃんは戦略としてもとても重要なのだそうです。たとえば、すすめちゃんに物語を書いてもらって、それに特殊な魔法をかけると、それこそかなりのチート魔法になるんだそうです。それができるかどうかは、今キツマが考えてくれていますが、そうなったらすすめちゃんは私たちにとってとても強力な兵士の一人になりますよね」

 という。

 その言葉に、顔が急に明るくなる自分がいるのを感じた。
 小説の内容はともかく、自分のしたことが世界を救うかもしれない。
 そして、自分の小説を喜んでくれる人がいる。
 そのことがどれだけうれしいか。
 すすめは思わず顔をほころばせる。

「それから、すすめちゃんの明るいキャラクターが、すすめちゃんの思っている以上に好評なのもあるんですよ」

 という。
 その言葉が信じられず、すすめは

「またうまいこと言ってあたしを……」

 と軽口で流してやろうかと思ったが、思った以上にサタンの顔には真剣の色が差し込んでいた。

「あたしたちってみんな真面目だったりして、まぁパーリガンみたいな明るいのもいますけど、それにしたって彼も真面目な性格ですし、たまに笑顔が亡くなることがあったりするんです。でも、すすめちゃんが来てから少し雰囲気が明るくなったような気がするんです。それに、メンヘルがとても楽しそうにしていますし。そんな様子を見ていたら、あたしたちも捕虜としての待遇じゃなくて、仲間として迎え入れてもいいんじゃないか、って思ったんです」

 というと、すすめは少し疑った様子で

「また、そんなこと言ったってあたしは……」

 と言おうとする。

 しかし、そう言いかけて、自分の帰る場所がないことを知った。

 もしここから脱出したところで、投降した自分たちにベノム軍は何をするというのだろうか。
 ましてやベノム軍として獣人の蹂躙をしていくのだろうか。

 その一方でそれを否定しようものなら、ベノム軍は何をしてくるというのだろうか。
 そう思うと、背筋が急に凍り、冷えるのを感じた。

「これは脅しのように聞こえてしまうかもしれませんが、すすめちゃんと、アスター君を今もベノム軍は探しているという情報があります。二人はこの世界の命運を握っているといっても過言ではない人物です。その二人を手ごまに入れておくことは、それだけ戦いを有利に進めることができるという証にもなります。しかし正義は必ず勝ちます。あたしたちが正義と言いたいわけではありませんが、それでも無実の人々を蹂躙するその足は必ず根元から刈り取られます。その論理を達成するためにも、すすめちゃんの力が必要なんです」

 というと、サタンは少し目をとろりとさせ、すすめを見る。

 その時、扉から入ってすぐのところにチョロがいるのに気付いた。

「僕も同じさ。君がいてくれるから僕たちはきっと勝つことができる。それに、君がいるから僕たちの士気も高くなって、獣人たちを守れる可能性がより高くなる。そして獣人を蹂躙する悪に打ち勝つ力を養うことができる。……僕たちが君にできることは何でもするつもりさ。きっと君のおかげで次の戦いには勝利できるって、僕たちは信じている。だから、僕からもお願いだ。この舞台にしばらくでいいからいてほしいな」

 というと、チョロはゆっくりと頭を下げた。

 すすめはこんな時に何と言ったらいいのか、わからなかった。 とはいえ。

「あたしにも責任があるもの。そう簡単には逃げたりしないわ。それより、あんたたちがあたしを必要としてくれているのはわかったわ。でもどうやってその必要に応えたらいい? もし小説を書くことがあるなら条件があるわ」

 とすすめはいう。
 その言葉に、チョロは「なんだい?」と聞く。

「あたしも作戦に巻き込んでよ。あたしだけが何にも傷つかずにのんきに小説を書いているなんて、あたしの心も耐えられないし、それに取材の一つでもしないと書けないもの。いいよね?」

 というと、チョロは特に考えることなく、

「大丈夫かい? 君に死なれても困るんだけど」

 という。
 それに対しすすめは

「まったく書けないよりも、少しでも現場を知っていたほうがより勝利に近づく小説を書けると思うんだけど」

 という。
 チョロは少しばかり考えると、

「いいよ。戦闘兵として迎えてあげる。でも、君には二つ条件がある。一つはさっきキャプテンが言っていたように、キャプテンとメンヘル講座をきちんと受けて、戦い方と、それから獣人としての心構えを学んでほしいってこと。それからもう一つが……最後まで生き抜くためにあらゆる手段を講じてほしいこと。僕たちみんなに言い聞かせていることさ。君に限らず、僕たちもあらゆることを講じて、それでもだめだった時だけ自爆なり、自殺をしてもいいことにしている。でもその許可を与えるのはほかのメンバーであって、その代わりほかのメンバーはすすめちゃんなり、メンヘルなりが最後まで生き残れるように手助けをしてくれるから、安心してくれていいよ」

 という。
 その言葉に、すすめは少しだけ恥ずかしく、はにかんだ。

 訓練はまず見ることからだということで、しばらく戦争を見ることの訓練をするようチョロから言われたすすめは、一人で自室のテレビからほかの面面がなにをしているのかを見ることにした。
 今活動に出ているのはパーリガンと、それからハニーのみらしく、ほかの面面は今は訓練中であるようだった。
 すすめはさっそく訓練が始められるのかと思って意気揚々としていただけに少しばかり残念には思ったが、仕方がないことだと思い、おとなしくテレビの電源をつける。
 するとハニーが誰かと食事をしている様子が映し出されていた。
 テレパスの所在状況と照らし合わせると、彼女は今、ベノム帝国の首都、イーストランドというところにいるらしい。
 イーストランドのレッドヒルで対象となる女、ジョンジョン・サンガと待ち合わせる。

 この待ち合わせのセッティングはあらかじめ元の友達を装っている。
 その友達は今頃、パーリガンによって始末されているという情報がテレパスに入ってきている。
 このようなことをしていると聞くと、あの軽薄な男もかなり危なっかしいのではないかと思えてしまう。
 ハニーはサンガの友達として出会うと、食事の会場だという、レッドヒル・イーストランドライナーホテルのレストラン、「レッドヒルスクエアガーデン」へと向かう。

「最近どう?」といった会話を軽くこなすと、二人は席に着く。
 見たこともないほど豪華な空間に、思わずすすめは息をのむ。
 このような空間で食事をすることも作戦の一つなのかと思うと、何とも言えずうらやましさが勝る。
 とはいえ彼女もまた作戦の途中なのだと思い、自分がでしゃばることは自制する。
 サンガは「どうしたの?」と、明るい声でハニーを歓迎する。
 それに対しハニーは

「最近どうしたのかなーって思って。あんなに大学時代話いっぱいしたのに、仕事が始まってからは何にも話さなくなったじゃん。だから」

 というと、サンガは

「なによそれ。なんだか水臭いなぁ」

 と軽く、笑顔を浮かべながら言う。
 ベノム語でも、サンガのようにきれいなベノム語を話せることは問題があるのではないかと思う。
 しかし、それを補足するかのようにオッパが

「そいつらは上級国民だ。上級国民の奴らにゃあの脳死寸前のベノム語を話す義務はない」

 と伝えてくる。
 つまり彼らは上級国民なのだ。
 そんな彼らは臣民から言葉まで奪い、戦争に協力させ、獣人たちを蹂躙していく。
 そう思うと、何とも許せない感情が湧いてくる。

 さらに注視する。
 ハニーは慣れた手で肉を切って食べていく。
 そのあいだにも会話は続いている。
 しばらくは近況報告のような話ではあったが、個室にいることもあり、二人の会話は次第に、おそらくハニーが待ち望んだ方向へと変わっていく。

 その時、ハニーも同じように思ったのか、魔法陣を展開。
 じっとサンガを見つめる。

「ねぇ、今度あなたたちは世界会議の人権委員会に合わせてナジュ障碍者施設を破壊しようとしているわよね。そのことについて、知っていること全部教えて頂戴」

 と、少しばかりハニーは、ハニーらしく質問をする。
 しかしサンガには中身が入れ替わっていることなどまるで気にすることなく、

「あーそれね」

 と話し始める。

「ナジュ障碍者施設の障碍者たちの抹殺計画があることは本当よ。獣人の障碍者なんて抱えていても仕方ないからね。今まで奴隷以下の存在として働かせたり、実験をしたりしていたけれど、そんな彼らももうお役御免。彼らを飼っている義理も余裕もないし、さっさと死んでもらったほうがあたしたちとしても助かるのよ。それに、レジスタンスを囲い込むためのおとりにでも出来たらいいんじゃないかって思っているわ」

 というと、ハニーは

「そうなのね。それで、どうやって障害のある獣人たちを殺すのかしら」

 と問うと、サンガは

「簡単な話よ。今は餓死を誘発するように、『食糧不足』や『労働生産性の強化』ということで工賃の遅配を発生させているわ。これから、そうね、明日からは研修と称してさらなる労働強化を行うとともに、不良品に関してはガス室での殺害、あるいは軍人による軍事作戦にシフトしているわ。軍人には毎日二百三十名の処分命令が下りるのよ。こうすることで約二週間で障害獣人たちは始末され、この世界から消え去るわ。このほかにレズビアン、ホモたちといった性的な障害のある獣人たち、野宿者や反ベノム的思想を持つ獣人たちも始末していくことにしているわ。こうすることでこの世界に平和がもたらされるのよ」

 と熱を込めてサンガは語る。
 それに対し、ハニーは「なるほどね」と相槌を打つと、

「それで誰がかかわっているのかしら?」

 と質問をする。
 それに対しサンガは、まるで警戒心などないかのように何人もの人物の名前を挙げていく。
 その名前をすすめは覚えきれなかったが、ハニーはまるでその名前を知っていたかのように覚えていき、

「わかったわ」

 と言って話を打ち切ると、急にサンガを押し倒し、胸のあたりをまさぐる。
 それに合わせてサンガもハニーのシャツをまさぐり、キスをしていく。
 かなり荒いセックスの真似事を始めたかと思ったら、無理やりハニーはサンガの唇を奪う。
 そして写真を撮ると、その時点で魔法が切れたようだった。

「あなた、何よ!」

 とサンガは叫ぶ。
 するとハニーは

「ベノムは同性愛禁止だったわよね。不潔とか言って。でもあなた、あたしと何度セックスしたかしら。そんな社会で同性セックスをしたってなったら、どうなるのかしらね」

 と言ってにこりと笑う。

「あなたには行動把握と発言レコードの魔術がかけられているわ。あなたがわたくしに関して言うことはできないわ。その中でこのビデオが流されたらどうなるか、あなたもわかっているわよね。ましてや獣人の罠に引っかかったなんて……言えるわけないわよね。サンガ軍事副参謀さん」

 というと、サンガは顔を引きつらせ、遠くを見て息をつく。

 いっぽうでハニーはその場で魔法陣を展開させ、どこかに消えていってしまった。

004:PREPARE TO FIRE

004:PREPARE TO FIRE

ハニーが次に姿を現したのは、ベノム帝国のどこかの建物の中だった。
 内部はすでに全員が、先ほどのサンガのようにアフターファイブを楽しんでいるのか誰もいない。
 そのせいで怖いくらいしんと静まり返った建物の中を、普段着ている戦闘着とは違う、ぴっちりとした、まるで忍者装束のような衣装を身にまとって動き回っている。

 向かう階はどこだか理解している。
 ハニーはその資料のある三階の参謀室まで階段を、まるで狐が雪の上を舞うように軽やかに上がっていく。
 三階に到着する。
 マホガニーで作られた巨大な扉は、それだけで来るものを威圧する何かがある。
 その扉に一瞬ハニーはためらいを見せたようだが、すぐに意識を変え、魔法で扉を開錠、そのまま侵入していく。
 真っ赤な、歩き心地のいい空間は、獣人の血と涙から作られていると思うと、ハニーは何とも言えず不愉快だった。
 歩き心地のいいその道は、獣人の髪の毛や、獣化をある程度進めた段階でむしり取った毛で作られている。
 獣人を獣化させることはそれだけ獣人の体への負担が大きく、それをさせること自体が拷問の一種なのだが、それをさせてから毛をむしり取るという行為に、ハニーは旋律を覚えてしまう。
 とはいえその上を歩かなければ、先に進むことはできない。
 ハニーはその道をまっすぐ進み、魔法陣を再び展開。
 すると何百枚もの紙がハニーのもとにやってくる。
 ハニーはそれらを一つ一つチェックすると、それらの映像をまずスキャンし、スキャンし終わった紙を魔法陣に投げ入れる。

「ハニー。これで敵を追いつめられるよ。ありがとうね」

 とチョロはいう。
 その言葉にハニーは

「当然のことをしたまでですわ」

 と言って自分の流れるような黄金の髪をなでる。
 金色の髪が金色の月明かりに反射し、何とも幻想的だとすすめは思った。

 すべての資料の読み込みが終われば、そのまま帰るだけだ。

 しかし今日はそれができないようだった。
 何者かの侵入に気づいた警備兵たちが集まり、ハニーを取り囲む。
 それどころか彼らが集まった瞬間、すべての窓が封鎖され、退路までふさがれてしまう。
 そのような状態で敵の兵士の一人は

「ここからどうやって出るかな。それまでじっくり楽しませてもらおうじゃないか」

 というと、一人が銃を構える。
 別の兵士がファイティングポーズを構える。
 それに対し、ハニーは

「わたくし、あまり戦うことは得意ではございませんの」

 というと、体を脱力させる。
 一方で敵兵は体を緊張させ、腕を胸の高さで構える。

 しばらくお互いの居合を見つめた結果、最初にかかってきたのは敵兵だった。
 兵士はハニーめがけて大地を蹴り、上段からの高い位置で彼女の脳天をめがけて蹴りかかろうとする。
 しかしハニーはそれを見切ったのか、その場でくるりと回転すると、すぐさまその場所から姿を消す。
 次に姿を現したのは、敵兵の背後位置だった。

 そのまま落下してきた敵兵の足をつかむと、そのまま自身の足を後方に投げ出し、その勢いで全身の力を腕に込め、敵を前方へと投げ飛ばす。

 それが敵兵との戦闘の合図となった。
 別の兵士がハニーめがけてCQCナイフを握り、ハニーの顔面目掛けて右手を突きつけ、ハニーの顔面を傷つけようとする。
 しかしハニーはそれを見切ると、近くでハニーを攻撃しようと身構えていた兵士を盾にしてそれを防御。
 敵が振り下ろしたナイフは彼の胸に命中し、彼は絶命する。
 さらにナイフを振り下ろした兵士の首の中心、首の骨がある部分を思いっきりチョップすると、敵兵はその場で気を失い、倒れ掛かる。

 その彼を用い、遠くからハニーを狙ってトリガーを引いた兵士の前にその体を突き出し、銃弾を命中させて自分の身を守る。
 醜く飛び散った真っ黒な臓器と、血液のにおいがハニーの鼻腔を突き刺す。
 その匂いにハニーは目をしかめたくなるが、それを我慢してすぐに次の行動へ。
 ハニーはこの際殺した兵士のポケットから拳銃を奪い取り、敵兵めがけて銃を向け、トリガーを引く。
 放たれた銃弾はまっすぐ敵兵へと向かっていき、散らばって命中。

「散弾丸ですって!」

 と少しばかり驚いたような声を上げる。
 さらにハニーは奪い取った弾丸に魔力を込めて、敵めがけて発射。
 黄緑色の光はふた方向に分かれ、さらにハニーを狙おうとしてきた兵士を殺害する。
 彼らもまた、真っ赤な血しぶきを口や咽喉、胸部から盛大に吹き出し、近くの壁などを真っ黒に汚していく。

「余計な手が増えますわね」

 とあきれた様子でつぶやくと、その場で魔法陣を展開。
 殺害された兵士たちはその場で溶解し、さらに散らばったものや、残された血痕の類はすべて元通りになった。

「あとは情報操作、よろしく頼みますわ」

 というと、タロットは

「えーっ、めんどくさい」

 という。

 それでもいろいろと考えたのか、タロットは

「わかったよ、もう……」

 と面倒そうに言った。

 しかしそれだけで戦闘が片付くならまだよかったのかもしれない。
 廊下に出た瞬間、再びハニーは囲まれてしまった。
 各自が銃を構え、ハニーに突き付けている。
 銃兵の一人が

「これであなたは逃げられませんね」

 というと、にやりと笑う。
 その笑みに、ハニーは不快を覚え、

「ここまでしてもらわなくても、わたくし、さっさと帰るつもりでしたの」という。

「帰るって、どこに帰るつもりだったのかな? まさか……獣人の基地だったりするのかな?」

 とねっとりとした声で言う。
 ハニーはそれに対し、

「どこでもいいじゃない。あなたたちだっておうちに帰るでしょう? わたくしもそれと同じでございますの」

 という。

「君の名前を私は知りたい。こんなところでいたずらできるほどの大泥棒を捕まえた。そうなれば私の名前も大きく新聞に載るからね」

 というと、にちゃりとやにでまっ黄色に汚れた歯を見せる。
 そしてその歯をくちゃくちゃと動かすと、再び銃を向ける。

「お前に選ばせてやろう。ここで死ぬか、ここで白状するか、だ」

 というとハニーは彼らから目を離し、鼻で笑い始める。
 すすめにはその笑みの意味が、いまいちよくわからなかった。

ハニーは笑いながら天井を仰ぐと、何やら歌を歌い始める。
 その歌の意味は、すすめには分からない。
 しかし、彼女の歌は軽やかに空間に響き渡り、周囲の人物の行動を止めてしまう。

 兵士たちが行動を止めると、ゆっくりと立ち上がる。
 その瞬間、敵兵はハニーのこめかみに銃を突きつける。
 その瞬間、ハニーは手近な兵士の銃の口を右手で握り、銃口に電流を流し込む。
 その瞬間兵士は激しく身を震わせ、その場で煙を上げる。
 すぐさま敵兵はハニーめがけて銃撃を開始。
 それに合わせてハニーは魔法陣を展開し、その中に引きこもる。
 魔法陣は握らなくとも防御に使えるため、非常に使い勝手がいい。
 とはいえ、魔力を無駄に消費してしまうという欠点もある。

 ハニーはそのバランスをとるように魔力を鑑みつつ、銃に銃弾の代わりに魔力を詰め、敵に向けて発射する。
 敵兵の一人は鼻の上に魔弾の命中を受けると、そのまま頭部をまるで果物が破裂したかのように爆発させてそのまま倒れてしまう。
 それに従って敵兵はさらにハニーへと銃を撃っていく。
 しかしそれらは魔法陣に阻まれてすべてが無に帰ってしまう。

 しばらく敵兵はハニーへと銃を放っていたが、ついに弾丸が切れてしまったようだ。
 それを見越してハニーは「どうしようかしら」と鼻歌混じりに敵を見る。
 そしてハニーは弾丸のまだ残っている先ほどの銃を敵の一人に向ける。

「これを撃ったらどうなるかしらね」

 と言うと、にこりとハニーは微笑む。
 それに対し、敵兵は恐ろしいものを見ていると判断しているのか、動作はややぎこちない。
 とはいえ、敵兵はハニーに次なる攻撃を加えるべく、銃口に剣を突き刺している。

 しかしハニーはそれを見るたびに「もう!」と言い、彼らの腕、そして心臓をめがけて銃を向け、トリガーを引く。
 次々と心臓はポップコーンのようにはじけていき、その場で兵士は倒れてしまう。

 それでも敵兵は勇敢であり、ハニーをめがけて銃剣を持ち、駆け寄る。
 そして「ヤー!」と言って思いっきりハニーの脇腹を突き刺す。
 ハニーはよけきれず、また防ぎきることもできず、脇腹に十センチ程度の傷を負ってしまう。

 真っ青な血液のこぼれるハニー自身を、ハニーは少しばかり残念そうに見つめてる。
 痛そうに立ち上がると、腹に手を当てて敵兵をにらむ。

「面白いじゃない」

 と言うと、ハニーは銃を持ち、出血した腹部を抑えることなく、敵兵へとゆっくりと歩いて行く。
 それに合わせ、敵兵は銃剣を準備する。
 いっぽうでハニーは魔法陣を展開すると、自身の血液を一滴、二滴と魔法陣の中に入れていく。
 その様子をすすめだけでなく、敵兵もじっと見つめている。

「わたくしを怒らせるとどうなるか、ご覧になりたいようね」

 と熱く勝気な、しかし氷のような冷たさを持った目で敵を見つめると、黄緑の魔法陣を展開。体の傷は急激に、植物のツタがハニーの体に伸び、それを覆うことで癒えていく。
 一方、ハニーの腕の先には何十ものツタがまとわりつき、ハニーらしい白く透明感のある肌を隠してしまう。

 彼女の腕の先、掌の辺りではいくつもの可憐な白い花が咲いていた。
 敵兵は

「やめる! にげる! ここ! あぶない!」

 とベノム語で言う。
 しかし、それを許さないかのように、魔法陣からの伸びたほかのツタは階段の出入り口を覆い、さらにエレベーターの内部にまで侵入し、エレベータをがんじがらめにしてしまう。
 その状態で敵兵は脱出することも、新規で兵士を投入することも困難になり、完全に閉じ込められてしまう。
 それどころか援軍が来ようとしていたのか、エレベータの中で動けなくなった兵士たちが銃を天井に突きつけ、脱出を試みている。また、階段からも兵士がやってこようとしており、彼らもまた、階段室の内部で動けなくなっている。

 すでに階段室は完全に一階から三階まですべてツタで包み込まれているようだった。

 そのツタは兵士たちに向けてどんどんと伸びていき、そして一人ひとりの足首に纏わりつく。
 それらは徐々に裸足に伝って伸びていき、やがて兵士の肛門や男性器に達する。
 それに従ってハニーの表情はどんどんと明るくなっていき、

「さぁて、この粗末な男たちの味はどうかしらね」

 と言っていたずらに笑う。
 その表情を動けないまま見ていた兵士たちは、不安を覚え、顔をゆがませる。
 その表情にハニーは恍惚とした表情をするようになり、やがて

「いいわぁ、その無様な表情! これから死にゆく者の絶望と、わずかに持っている希望。その希望が折れるとき、わたくしの快楽は頂点に達しますわ!」

 と言うと、もう一度魔法陣を展開。
 ついに階段室、そしてエレベーター内部の男兵士たちのペニス、そして肛門から植物の根が急速に伸びていき、男の魂である精気、そして心臓にある魂へと達する。
 その瞬間、兵士たちは生気を失い、顔がどんどんと青ざめ、やがて白くなっていく。

 その一方でハニーの腕の先の花は可憐で小さな花から、熟れに熟れた、まるで酸いも甘いもかぎ分けた円熟した人間のような赤へと変わっていくと同時に、その人生を吐き出すかのような土留め色の光を放っていた。

 ハニーは兵士たちの様子をわずかに一瞥する。
 彼らは恐怖におびえ、銃剣を握ってこそいるものの、攻撃を仕掛けようとはすでにしていない。
 その情けない様子を見たハニーは、テレパスですすめに

「いいかしら。ダメな男は搾り取るだけ搾り取ったらあとは捨てるの。男なんてね、女を搾取することしか考えていないんだから」

 というと、ゆっくりと立ち上がり、掌をゆっくりと開く。
 それに従い敵兵へ向けられた赤い花はさらに大きく開かれる。

 そしてハニーが腕を、まるで柔らかな光を求めるかのように開くと、花弁から吐き出されるようにまがまがしい色の光が解き放たれる。
 それらはまるで濁流のように空間を覆い、兵士たちの体を徐々に溶かしていく。

 しばらくすると兵士の皮膚はまるで硫酸に溶かされたかのようにドロドロになっていき、やがて骨すらも残らず消えて行ってしまった。

 その様子を、すすめは呆然と見つめる。
 一体何が起こったのか、理解できない。
 しかし、これこそが魔法なのだと思うと、その威力に思わずその場から逃げてしまいたくなった。

ハニーはそのまま建物を脱出すると、近くに亜空間を魔法陣で表出させ、その中からすすめたちの乗っている装甲列車に乗り込んできた。
 ハニーの映像はそこで切れ、今度は別の兵士の映像に切り替わる。
 今作戦に出ている兵士の名簿から、この映像はパーリガンであることが分かる。

 彼は小さな住宅の屋根に立つと、そのまま屋根を下ってベランダに降り立つ。
 そして二回ノックをすると、ゆっくりと超音波魔術で円を描き、穴をあけて扉の鍵を開ける。
 そして引き戸を開くと、内部に侵入。
 内部では女性が天蓋付きのベッドでゆっくりと横になって眠っていた。

 獣人から搾取した金でここで快適に眠っているという事実に胸がむかつき、パーリガンは荒く息を吐き捨てる。
 そののちパーリガンは女性の顔をゆっくりと見つめる。
 女性はその瞬間目を覚まし、驚いた様子で声を上げようとする。
 その瞬間、パーリガンは女性の口に腕を当てる。

「ここで騒いだらどうなるか、お前にはわかるはずだ」

 と言って行動を封じると、さらに

「さぁ、貴様の持つ障害獣人奴隷の資料を渡せ。それから今から貴様の記憶をすべて奪い取る。その後どうなるかは、お前の泣き方次第だ」

 と言うと、女性の首にどすのようなサイズの刃を突きつけ、さらに魔法陣で水を作り出し、それを女性に一口飲ませる。
 女性はその場でわずかに意識レベルが下がり、ぼんやりした状態になっていく。

 その間にパーリガンは女性の唇に自身の唇をあてがい、舌をからめる。
 ねっとりとまとわりつく両者の唇から、甘ったるく重苦しい、湿った音が響き渡る。
 その唾液の中に女性の記憶が次々と混ざりこみ、代わりにパーリガンの作った甘ったるいセックスの夢を流し込む。

 記憶を再生した瞬間この甘美な時間が終わってしまうと、パーリガンはあえてそうせず、ジャンクもまとめてチョロたちの乗る装甲列車のサーバの中に送られていく。
 その映像を見たチョロは、

「酷い状況だね……」

 とため息をついた。

 さらにパーリガンは女性に命じて資料を探しに行く。
 女性はネグリジェをゆっくりとはためかせながら階段をゆっくりとしたペースで下っていく。
 そして家の奥の蔵の中に入り込む。
 パーリガンもそれについて行って内部を確認すると、そこには「部外秘」とかかれたベノム語の資料があった。

 その資料をパーリガンは手に取り、読み取る。
 そこには二週間後の世界会議人権擁護委員会の視察の前に、障碍者奴隷農場を解放し、それによって獣人の障碍者への抑圧の解放者としてのベノム帝国をアピールする狙いがある。
 しかしそこまではすでに得られている情報だ。
 それ以上の情報として、いまこの場所にいる女性、ハジョン・フンジャは獣人たちを殺害するための総司令官として活躍することが期待されていること、そして障碍者を始末するためにガス室やガスだけでなく、軍事作戦においては獣人の影響力を退けるために戦術核兵器ではなく、戦略核兵器や、サリンなども毒ガスの使用まで検討していることが分かった。
 パーリガンは

「戦略核兵器を使うというのか」

 と静かな声で問うと、女性はゆっくりと頷く。
 そして

「獣人たちの戦闘はしぶとく、そして卑怯です。障害のある獣人の中に紛れて核兵器を作ろうとしているのです。そして障害を持った獣人たちは、その核兵器を作ろうとしている獣人テロリストの一派なのです」

 と言う。
 その言葉に、パーリガンは深いため息をつく。

「獣人のテロリスト、か」と言うと、フンジャは

「ええ。そしてあなたもテロリストの一人であるとお見受けします。そして私は今、殺されようとしている! いいわ。私が殺されてもこの作戦は必ず遂行される。障害のある獣人を救出する、ですって? 獣人の中でも最も使えない障碍獣人をどうして生かさなくちゃいけないの? ここに障碍者たちがいることで、私たちは簡単に質のいい獣人資源にあたることができるようになった。ここでは今でも毎日処刑が行われているわ。むしろ障害のある獣人なんてね、処刑して皮膚をなめして革製品として売った方がお金になるの。それはこのナジュ障碍者センターの人たちも感じていることよ。人間が生きるためにはお金を作らなくちゃいけないの。お金をつくれない障碍者なんて、この世界にはいらないのよ」

 と言うと、パーリガンに唾を吹きかける。
 その顔についた唾をパーリガンは自身の着ている死神のような装束でぬぐうと、

「お前は生命を侮辱し、そしてわれら獣の民をも侮辱した。その責任と代償を、お前はその命でもって支払うことになる」

 と言うと、彼は腕にひれのような形のカッターを出現させる。

「何するの! あたしを殺すつもり? スーパーサービス、来なさい!」

 と何かを呼ぶ。
 しかし彼らは姿を見せない。その間にもパーリガンはフンジャの首にカッターを当て、ゆっくりと頸動脈の中にその先端を突き刺していく。
 白い女性の肌に、徐々に赤の筋が通り始める。
 そのたびに女性は目を大きく見開き、その恐怖を訴える。

 そして女性が「助けて!」と叫ぼうとしたその瞬間、パーリガンはカッターを首から肩へ、そして右腕へと進めていく。
 頸動脈を切り開かれた女性はその場でワインよりも赤い血液を噴出させ、その場で意識を失う。
 さらにパーリガンは確認殺害として彼女の心臓に先ほどの、血で真っ赤に染まったカッターをあてがう。
 形の良い双丘の谷間を刃で引き、乳房をはねのけると、彼女の命を先ほどまで刻んでいた心臓が姿を現す。
 パーリガンはそれを力づくで取り外すと、右手に載せ、思いっきり絞るようにそれをつぶした。

パーリガンはフンジャを殺害したのち、そのまま仮想水面の中にもぐった。
 そしてターゲットであるナリャン・ミヒンの歩く、帝都でもひときわ人通りの多いウォンスクのチュカ通りでブリーチングを行い、彼女を胴体からタックルして水中に引きずりこむ。

「ここでの生殺与奪は俺が握っている。お前がきちんと獣人の虐殺に反対するのであれば、ここから逃してやってもいい」

 と言うと、ミヒンは非常に困惑した様子で

「獣人の虐殺? 何かしら」

 としらばっくれようとする。
 それを見越したパーリガンは、ミヒンのカバンの中からカードを取り出す。

「ここにはナジュ障害獣人施設施設長と書いてある。お前はなぜ今日も獣人を強制的に労働させている中でもここで贅沢三昧をしている?」

 と問うと、途端にミヒンは口調を変え、

「そんなのどうでもいいじゃない。あたしはあんな頭のいかれて性格の悪い連中なんかよりも、ここで買い物をしていた方が楽しいの。それは聞かなくてもわかるでしょ」

 と言う。

 パーリガンはその瞬間、ミヒンの周りから防水魔術を解除し、彼女の口に大量の水を流し込む。
 そのたびにミヒンは苦しそうにもがこうとする。
 しかしすぐにパーリガンはその水責めを止め、ミヒンを見る。
 ミヒンは目を大きく見開き、苦しそうに目を大きく見開く。   

「これからお前に聞こう。障害獣人への虐殺についてはいつ知った?」

 とパーリガンが問うと、ミヒンは

「そんなの……知るわけ……ないじゃない……」

 と吐き出すように言う。
 その言葉を聞いた瞬間、パーリガンは再び防水魔術を解除し、彼女の口の中に大量の塩水を流し込み、さらに彼女に水圧の負荷をかける。
 再び溺れそうになったミヒンはその場でもがくと、腕をまるで太陽を求めるイソギンチャクのように上下左右前後に振り回して苦しみを表現する。
 その腕の先にパーリガンはベノム紙幣をいくつか流すと、その札を掴もうと必死になって動き回る。
 そして紙幣を掴んだその瞬間、パーリガンは防水魔術をかけた。
 すでに女性はある程度憔悴しており、

「何を……するのよ……」

 と息をぜぇぜぇと漏らしながら四つん這いでその場に佇んでいた。パーリガンはその様子を見て何も言わず、しばらく無様に雫をぽちゃぽちゃと垂らし、あえいでいる女性を見る。

 ミヒンは

「これだから……獣人は嫌いなのよ……! こうやって……人間を貶める……! 獣人の障碍者も……そう……! 障害のある獣人なんてね……! 殺しでもしないと……! 価値なんて……! ないんだから……!」

 と叫ぶ。
 その瞬間、パーリガンはミヒンめがけて魔法陣を展開し、その中で電撃魔術を発動させる。
 その瞬間、ミヒンは大きく目を見開き、その痛みを重低音で叫ぶ。

「お前に聞く。障碍獣人を今までどうやって殺してきた?」

 とパーリガンが問うと、ミヒンは

「そんなの決まっているわよ……しつけと称して首に爆弾を巻き付けて爆殺したり、椅子に括り付けて銃で殺したり。それを知って何になるっていうのよ。獣人なんていくらでも履いて捨てるほどいるじゃない。そんな獣人を生かしておいたって、誰が感謝するのよ!」

 と叫ぶ。
 そのように叫ぶミヒンに、たいしてパーリガンは関心はない。
 それよりも気になることが別にあった。

「その銃弾はどこの支援だ?」

 と問うと、ミヒンは言葉を失う。
 その瞬間、パーリガンは魔法陣を展開。
 紺色の光が水中に映し出される。

 その瞬間、ミヒンは困惑した表情でパーリガンを見つめ、涙を流す。

「どこだっていいじゃない! でもあたしをここから解放してくれるなら、あんたに教えてやってもいいわ」

 と絶叫する。
 パーリガンは

「初めからそのつもりだ。ただ、このことを言えばお前は裏切り者として裁かれ、この先は無いだろう。ベノム軍たちは味方こそ一番疑うのだから」

 と言うと、ミヒンは「……そうね」とまず小さな声で呟く。
 そして

「そうよ! 私の国ベノムのスペルビア様は私なんかどうでもいいのよ! もう私なんて駒にならないもの。駒にならない人間なんて、使いどころなんてないものね!」

 と絶叫する。
 その瞬間、ミヒンはカバンに手をつっこみ、その中からナイフを取り出して自身の首にあてがう。

「もう死ぬのよ。あたしは! あんたの質問なんて答えるものですか! こんなところでこんな目にあっているあたしなんて誰も助けてくれない! だったらもう死んだ方がましだわ!」

 と叫ぶ。
 しかしそのナイフは一向に彼女自身の首を切り裂くまでには至らない。
 ただ震わせており、恐怖におびえている様子が手に取るように理解できた。
 パーリガンはそんな彼女を見て、「話せば逝かせてやる」と優しく言う。
 彼女はその言葉に安心したのか、涙を流しながら

「ムアン駐屯地のベノム陸・海・空軍の人たちです。そこのビョンボン・スンウェン少将が、私たちの園に二十人の駐屯兵と、それから二十丁の銃が渡されるんです。その彼らが障害獣人たちを次々と殺害したり、殴ったりしているんです」

 と言うと、パーリガンは少し考える。
 そして

「ではお前たちは何をしているのだ」

 と問うと、

「私たちは……ガス室に障害のある獣人を『シャワー』と称して連れて行ったり、障害のある獣人たちに食事を与えなかったり、言葉で追い詰めたりしていました……。特に知的に問題のある障碍者をいじめることは私たちにとっては楽しかったのです。いまもし生きなおせるなら、私はこんなことをしないと誓約します。お願いですから……私を守ってください……!」

 とミヒンは哀願する。
 その言葉を聞き、パーリガンは少しばかり考える。

 パーリガンは魔法陣を展開し、その中から剣を引き抜く。
 剣は冷たい冷気を放ち、真っ青になっていた。
 ミヒンはパーリガンが剣を握った瞬間、

「裏切り者! 結局あたしをあんたは殺すんだ! だから獣人は嫌いなんだ!」

 と絶叫する。
 しかしそのあと、「死ね」とでも言おうとした瞬間だったのだろうか。
 何かの言葉を発した瞬間、パーリガンの冷凍剣はミヒンの首を勢いよく跳ね飛ばし、数十メートル離れた場所の仮想海面の水中深くへと落とし込む。
 ミヒンの切り離された胴体は、そのまま凍結し、こちらも水中深くへと沈み込む。

 その姿を、パーリガンはじっと見つめていた。

パーリガンはさらに仮想海面を泳いでいき、ナジュ障碍者センターをも通り越し、ムアン基地へと侵入する。
 ここでの目標は、ビョンボン・スンウェン少将ほか、所属少将たちだった。
 ここはナジュやムアン、モッポと言ったいわゆるチョンナムと呼ばれるエリアの兵力をコントロールしている。
 肉球の形をしているこの獣人界の中で、タムラ島とドク島という大きな島を管理していることもあり、それなりに巨大な軍備を持っている。
 とはいえここは前回のモッポ襲撃の際にその支部であるモッポ駐屯地を破壊されており、いまだに補給が追い付いていないのもあって、特に陸軍に不足が出ている状態であった。

 それどころか駐屯地を管理する師団長が戦死したことで欠員が生じており、代わりに少将が管理を行っている。
 そしてその少将を破壊しておけば、この軍隊をコントロールできる将官がいなくなってしまう。そのことを狙って、パーリガンの暗殺の魔の手は伸びていた。

 ここでのコントロール懐柔について、すでにハニーとは話がついている。
 すなわち、ハニーはビョンボンたち少将の下半身のコントロールを奪うことで行動を封じ、さらにパーリガンの暗殺でこの部隊を完全にお釈迦にするというものであった。
 パーリガンはまず、目標であるビョンボンに近づいた。
 ビョンボンは何かの資料を見ている。
 しかしその資料について、タロットは

「やだぁ。あの男、エロ画像見ているよ。しかも児童ポルノ。きもっ」

 とその画像を見せてくる。
 子供がレイプされている画像。
 その画像を少し見て、パーリガンは

「その画像、消させられないか。さすがにこの画像はかわいそうだ。それと、この画像の一部にすすめちゃんがいる。おそらくホーヨルによるハメ画像だろう。こういったものは消すのが一番いい」

 というと、タロットも確認し、

「本当だ。これは消さないと」

 と言って画面に手を当てる。
 その瞬間、画像が消えたのか、ビョンボンは「えっ!」と素っ頓狂な声を出した。
 パーリガンはそれを見計らって水面から上がると、ゆっくりとビョンボンの背後につく。
 そして

「子供のポルノを楽しむなど、人間として恥ずかしくないのか」

 と問う。ビョンボンは振り向くと、

「恥ずかしいわけないだろう。これだって俺の立派な趣味だ。大体最近は女の狂ったやつがうるさすぎる。男には楽園ってものが必要なんだよ」

 というと、コンピュータの電源を入れなおそうとする。
 パーリガンは剣を魔法で作り出すと、剣を十字に振ってコードを、まるで蝶が舞うように切り裂く。
 その軽やかな技を見たビョンボンは唖然とした顔でパーリガンを見る。「お、お前……」と言ってビョンボンは自身のホルスターから拳銃を引き抜き、パーリガンめがけて構える。
 しかしパーリガンは一切動揺せずに立っている。

 それにおびえたのか、ビョンボンは

「反ベノム主義者め! お前は誰だか知らんが、お前をテロリストとして処分してやる!」

 という。
 それに合わせて何かのボタンを操作したが、パーリガンが右手でゆっくりとこぶしを作るように動かすと、その命令に発せられた電波などはすべて収斂してしまった。

「さぁ、貴様には逃げる場所はなくなった。貴様はこれから一つの質問を答える必要がある。その答えによっては貴様の命乞いを聞いてやろう」

 という。
 その瞬間、ビョンボンは拳銃を二発撃つ。
 その弾丸はまっすぐとパーリガンに向かい、彼の体の真ん中、心臓付近で弾薬がさく裂列する。

 しかしその弾薬によってパーリガンが死ぬことも、倒れることもなく平然と立っている。
 その様子に、ビョンボンは目を大きく見開き、

「嘘だろ……!」

 と叫ぶ。
 それに対し、パーリガンは

「これが嘘だと思うのならば、そう信じるがよい。では次は俺が行く!」

 と叫ぶと、一歩一歩と軽やかに助走をつけ、ビョンボンへと向かっていく。
 ビョンボンはそれを避けるべく振り返って逃げていくが、かえってパーリガンに背中を見せることになってしまい、ピンチを招いてしまう。
 彼は自身の命が惜しいのか、ただ、まるで子供のように逃げ回る。

 その様子にスイッチが入ったのか、クールな表情を取り繕っていたパーリガンは

「そういうゲームなんだな」

 と言って彼を必要以上に追い回す。

 さらにパーリガンは仮想水中に潜り込み、尾ひれだけを出してビョンボンを追い回していく。
 ビョンボンは

「やめてくれ! 頼むから!」

 と言って、おびえた様子で壁にもたれかかる。

 そしてじっと床から伸びるシャチの尾ひれを見つめる。
 彼は顔を出すこともなく、じっとビョンボンを見ている。
 その時、ビョンボンの耳に誰かの声が聞こえてきた。

 その声の正体を、ビョンボンがわからないわけがない。
 先ほどから水中で彼自身を追いかける、影の声。
 その声に、

「もう許してくれ……」

 と情けない声を出す。
 しかしその声は、

「答えろ。お前たちはなぜ障碍を持った獣人を追いつめる? それは快楽なのか」

 と、ビョンボンを追いつめ、迫る。

 それに対しビョンボンは

「快楽ではない……!俺たちの安全を守るためなんだ! 獣人たちはここで核兵器を開発し、障碍者たちにその開発を『ダイバーシティ』と言って任せている。大体ダイバーシティなどという言葉自体が間違っているのだ。過度なダイバーシティのせいで社会は虹臭くなり、青臭くなった。社会の制度からはみ出だ人間たちのいうことを聞くからおかしくなるんだよ! そしてお前たちなんて不良債権を早く売り渡して解消しなくちゃいけないんだ!」

 というと、ビョンボンはもう一度パーリガンめがけて銃弾を打ち放つ。
 しかしその弾丸を魔法陣で避けると、パーリガンは「なるほど」と静かな口調でいう。それに対しビョンボンは

「わかってくれるのか」

 という。

 パーリガンはそれに答える前に魔法陣を展開し、その中から剣を引き抜く。
 そして

「お前のような残念な男に、俺は情けを掛けるつもりはない」

 というと、剣を思いっきり縦に振り下ろす。
 剣を伝って感じられる重さと、筋肉の固さ、そして血液の温かさ。
 パーリガンに真っ赤な血液が跳ね返り、黒い死神装束をさらに黒く染める。
 電磁魔術を込めた剣によって切り裂かれたビョンボンの体はきれいな円弧を描き、胴体から左腕と心臓を切り離す。
 その瞬間、ビョンボンの胴体はドサッ、という音を立てて崩れ落ちる。
 その様子をパーリガンはじっと見つめていた。

ビョンボンという、少将の中でもエリート層だった人間の死は、ムアン駐屯地の中でもひどく話題になった。
 この部隊の中に誰か殺人者やスパイがいるのではないかという話題でもちきりになり、少しずつ、まるで細い糸が少しずつほつれていくかのような繊細さで施設内の統率が乱れ始める。
 その様子を駐屯地の兵士たちが気づかないはずがなく、兵士たちはしばしその話題をしようとする。

 しかしそのことについてどのように話したらいいのか、将兵になるまで、あるいは国内のエスタブリッシュでなければきちんと自分の気持ちすら伝えられないほどの国語力しか身についていないベノム兵たちにはわからず、悶々とした様子で訓練に励むほかなくなってしまっていた。
 それどころか兵士たちの中の混乱は、この駐屯地を導かなければならない将兵たちにも十分に伝わっており、死後ずっと開かれている会議では紛糾してしまうほど混乱が続いていた。

「チョルミ少将、失礼ですがあなたはビョンボン少将とお金をめぐる対立があったと、ミリョ将兵から聞いていますがそれはいかがですか」

 と、ソンニョン少将が問うと、チョルミ少将は

「そんなこと……! お金、と言いますか、部隊の金の使い方が激しい、なぜすぐに誘導弾を発射するのかといった話題です。それは私も愛国者であるからそのようなことを言うのであって、決して借金などのためでは……」

 というと、ミリョは立ち上がり、

「なにを言う。ビョンボン将兵に貸したカジノの掛け金を全部負けて使い切ったことに対する怒りをみせていたではありませんか! 何が愛国者だ。それどころかチョルミ少将の愛人を奪い取ろうとしている野蛮人ではないですか」

 というと、チョルミは立ち上がり、

「お前、何を……」

 という。

 それに対しチョルミは

「そんなことしていません!」

 と訴える。
 しかしミリョは

「この写真を見てください。少し前に部下の八十三号に撮影させたものです。これにはソンニョン少将の奥方、ハリィ夫人が映し出されています!」

 と叫ぶ。

 その瞬間、ソンニョンは立ち上がり、ホルスターから拳銃を引き抜く。
 そして

「俺の妻に何をしやがった! 答えろ!」

 と言って銃を二発放つ。

 銃弾はチョルミの足を貫き、真っ黒な血液をあふれさせる。
 それに対してチョルミは

「貴様! 何しやがる!」

 と静かな声をはいて拳銃をホルスターから乱暴に取り外すと、乱暴にソンニョンめがけて銃を乱射する。
 弾丸はソンニョンの腹をえぐり、真っ赤な血液で軍服を汚す。
 それに対しソンニョンは

「そうか……貴様は俺たちを……裏切るんだな」

 というと、チョルミの股間、そして首元をめがけて銃弾を発射する。
 命の危機を覚えたチョルミもまた、ソンニョンの顔面をめがけて銃弾を発射。
 お互いの弾丸はお互いの顔面目掛けて飛翔していく。
 それに対して何かを防ぐこともできず、チョルミは右目から脳へと銃弾が侵入したことで、ソンニョンは額から脳に直接弾丸が駆け巡ったことで、お互いにワインよりも濃い赤色の鮮血を放って絶命した。
 その肉塊を見て、ミリョはぼうぜんと立ち尽くす。

 いったいこれから何をしたらいいというのか。
 これをもし軍団長に報告したとき、何をされるのだろうか。
 そう思うと、報告という言葉はその場でなくなってしまった。
 急いでミリョは死んだ兵士たちを担ぎ上げると近くで燃えている暖炉に彼らの遺体を投げ込む。
 そしてソンニョンの持っていたガスライターの燃料を投げ込むと、暖炉の扉を閉める。
 やがて暖炉は火力が上がっていき、中で遺体を蒸し焼きにしていく。

 これでよかったのかはわからない。
 しかし、これでよかったことにしておかないと、自分が耐えられない。

「これでよかったんだ」

 と自分を言い聞かせると、その場でへなへなと倒れこんでしまう。

 その時、どこかから声のようなものが聞こえてくるのを感じた。
 まさか亡霊のようなものではないかと思って目を大きく見開き、暖炉から後ろずさりする。
 さらに声のする方角を見てみると、そこには一人の女性が立っていた。
 ただし彼女は普通の人間ではない。
 可憐な白の衣装を着ているが、その後ろには金色に輝く狐のような尻尾がある。
 それどころか彼女の目鼻立ちのすっと整った顔の上には、狐のような黄色い耳がそこにはあった。
 彼女のような存在を獣人ということは、ミリョであっても知っている。

 なぜ獣人がここにいるのか。その謎に、ミリョはわけがわからず顔を落とす。

「顔を落とさないでくださいな。わたくしはあなたを救いに来ましたのに」

 というと、ミリョのあごに指を置き、持ち上げる。

「いいかしら。これからあなたはわたくしの奴隷となるの。わたくし、あなたがここで起こしたこと、すべて知っていますわ。それに録画もしていますの」

 というと、彼女はモニターを見つめる。
 そこにはいつの間にか仕組まれたカメラによって撮影された、いまの乱痴気の様子が描かれていた。

「これは……」

 というと、彼女は何かの歌を歌いだす。
 その歌の意味はミリョにはわからなかったが、彼女が獣人であること、そして獣人語を流ちょうに話せる獣人であることが理解できた。
 すぐさまミリョは拳銃をホルスターから抜いて構え、獣人の行動を制止する。
 そして

「この腐れ獣人め! お前たちが私たちの仲間を殺したというのか!」

 と絶叫する。それに対し獣人は

「それはどうかしら。わたくしたちが殺したとしたら、何かの証拠が残るはず。でもあなたはその証拠を見つけることはいまだにできていない。……ねぇ、そんな銃を使わないで」

 というと、彼女の目は一瞬緑に光る。その瞬間、兵士はその手に取った銃をゆっくりとおろした。

 それを確認すると彼女はゆっくりと近づき、ミリョの唇に自身の唇を近づける。

「ねぇ、人間はどうしてそんなにピリピリしているのかしら。わたくしたち獣人はこんなにもあなたたちを思っているのに。人間と獣人って、難しいわね」

 というと、ゆっくりと獣人はミリョの舌と自身の舌を絡め、その感触を味わっていく。
 ねっとりとした感触に快楽を得ているのか、獣人は時々

「……んんっ」

 となまめかしい息の音を上げる。
 時折漏れるぴちゃ、ぴちゃという唾液と唾液の絡まる音。
 その音にミリョの感情はいやがおうにも高まっていく。
 ミリョはさらにぷっくりとした形の良い獣人の胸を揉みしだき始める。

 時折乳首を触ることで獣人の女はさらに感度を増し、声を上げていく。
 ミリョは甘い女の香りと、唾液の味に我慢できなくなり、ズボンを脱いで女にまたがろうとする。
 しかしその瞬間、女はミリョの体を払いのけ、服を整え始める。

 その瞬間、ミリョは何が起こったのかわからず、じっと女を見つめる。

「あなたはもう、私の奴隷ですわ。あなたの口を通じて、私の種を植えさせていただきましたわ。あなたは種が育ち、芽が生えることでわたくしの奴隷となって、この部隊の中のありとあらゆるものをわたくしに紹介してくださる王子様になってくださいますの」

 というと、男は何かを悔しがるように歯をきしませ、じっと女をにらみつける。
 しかし女は

「あら、わたくしを恨まれますの? でしたらわたくし、先ほどあなたに強姦されましたこと、そしてここで遺体を焼かれたことなど、遠慮なく話させていただきますわ」

 とすました顔で言う。それに対しミリョは返す言葉を失い、ただその場で床をたたき、慟哭するほかなかった。

女、ハニーは楽しそうに列車に戻ってくると、

「あの男、本当に歯を磨いていないのですわね。どぶ川のような口臭でしたわ」

 と言ってため息をつく。
 それに対しチョロは

「お疲れ様。災難だったね」

 とにこにこ笑いながら飲み物を出す。
 列車に平穏が訪れたのを察知したすすめは食堂車の扉の陰から彼女たちのようすを見つめる。
 ハニーはそれに気づいたのか、

「すすめちゃん、いらっしゃいな。おいしいメシルチョンがあるわよ」

 と言って招く。
 すすめはメシルチョンが何を指すのかよくわからなかったとはいえ、何かおいしいものであるのだと判断し、

「今から行きます」

 と言って食堂車内に入っていく。
 そこはサァルが

「すすめちゃんものむにゃ」

 と言って透明な飲み物を渡した。

「これが……」

 というと、チョロは

「まぁ飲んでみてよ」

 と勧める。
 その言葉に従って飲んでみると、口いっぱいに甘酸っぱい、梅のような香りが広まった。

「梅ジュースね」

 というと、

「マテリアルテラではそういうみたいね」

 と言って微笑んだ。

「ところでなんだけど」

 とチョロはいうと、じっとすすめを見つめる。

「ちょっとこの後、作戦会議に出てみないかい?」

 というチョロの言葉に、すすめは

「作戦会議……?」

 と、少しばかり気のない声で言う。

 チョロは

「そう。君にちょっと戦ってほしいんだ」

 という。
 それに対しすすめは

「そんなこと言われても……あたし、戦ったことないよ……それに体も弱いし、あんたたち体になんか細工しているみたいだけどあたしは少し前に入れたナノマシン以外細工なんてしていないし……」

 と言って顔を落とす。
 すると奥のテーブルで何かを飲んでくつろいでいたセンセが立ち上がり、

「あんたはあたしたちほどじゃないけど、十分ベノム軍と戦えるわ。そういう体にメイクの作ったナノマシンはあんたの体を作り替えているからね」

 というと、すすめの顔をじっくりと覗き込む。
 酒を飲んでいるのか、少しばかり酒の匂いが鼻を衝く。
 すすめはそれを避けるように顔を避けた。それをセンセは少し不満そうに見つめ、

「すすめちゃん、そういうところだぞ!」

 と言ってくる。それに対し

「何が!」というと、センセは言及を避ける。

「でも、今のすすめちゃんから一歩努力すればきっと完遂できるような作戦だよ。もちろんそのための強化訓練は僕たちがしっかりと面倒を見るし、安心してほしいな。それに、君が死にかけるような場面が万が一起これば、僕たちのようなエイプリル兵が戦闘に出るし、そうなればあの軍にきっと負けないさ」

 という。

 その表情は非常に自信に満ち、そして絶対にすすめを死なせないという覚悟にもあふれているように思えた。

 ただ、本来であれば戦闘になどでなくてもいいのではないか。
 そんな思いで胸がいっぱいになる。こんなところで戦っている場合ではないのだ。
 むしろ早く元の世界に戻り、自分の生活を立て直さなくてはならない。
 すすめはそう思うと、どうしても戦闘に参加すると頷くことができず、

「ちょっと考えさせてください」

 という。
 するとチョロは何も言わず、ゆっくりと微笑んで頷いた。

 いったいどうしたらいいのか。体をいじっているとはいえ、戦闘に出ることが目の前に出てくると、なんとも言えず恐怖で足がすくんでしまう。
 そもそも自分は戦わなくてもよかったはずだ。
 そう思うと、無性に怒りが湧いてくる。
 すすめはこのことをチョロに言ってやろうと再び食堂車に戻り、

「チョロ!」

 と彼女を呼びつける。
 チョロは先ほどからなのか、難しそうな本をゆっくりと、メシルチョンを飲みつつ食堂車の前室にある長椅子に座って読んでいた。

 チョロはすすめに気づくと、

「何だい?」

 と言って笑みを浮かべる。
 それに対し、すすめは

「あたし、戦わなくてもいいって言っていたよね。それにあたし捕虜よね。その捕虜をやっぱりあんたたちは裏切ろらせようとしていたんじゃない!」

 という。
 それに対しチョロは

「そうだったっけ」

 と少しばかりとぼけた声で言う。

「ええ、あんたはあたしを捕虜としてとらえたこと、それで戦うかどうかは任意だって言っていたわよね。それなのになんであたしが戦闘に駆り出されなくちゃいけないのよ!」

 と叫ぶ。
 するとチョロはじっとすすめを見つめにこりと笑う。
 その態度が気に食わず、

「あんたね、そうやって笑って逃げようとしたって無駄なんですからね! あたしの力であんたたちを負けさせることなんていくらでもできるんだから」

 というと、チョロは少し残念そうな目で

「残念。本当に残念だよ。君は物語を書く人間としての覚悟も、責務も感じていないんだね。そんな人間が書いた僕たちについて書かれた小説なんて、確かに読まれないだろうね。それに、そんな生半可な覚悟じゃこの物語は完結しないし、僕たちもきっと死んじゃう。……この世界の世界の終わり方って、すすめちゃん知っているかい?」

 とチョロはいう。
 その目はすすめに対し、何か強い気持ちを訴えかけるようでもあった。

「……何よ」

 とすすめはいうと、

「終わらなかった物語の終焉はいくつかあるんだけど、一つがこうやって侵略されて、物語じゃないものにされてしまうこと。この世界もそうやって終わろうとしているね。もう一つが、そもそも世界をなかったことになることなんだ。ベノム帝国に襲われた世界の話って、まったく聞かれないんだけど、僕の……知人の話では人物たちは完全に頭脳を抜かれて、その代わりに変な電池を入れられて、まるでシンバルをたたくくまさんぬいぐるみのようにおもちゃにされてベノム帝国内で売られるそうなんだ。それでベノムの人たちはそれを乱暴に扱って、破壊して、すぐにゴミ箱に出して。獣人は今ベノム人にされているけれど、すでに占領地域の一部では人形にしようとするプロジェクトが進行しているんだ」

 と、少しばかり悲しそうに言う。
 その表情に何か真実味を感じたすすめは、

「……ごめん、あたしが小説を書かなくなったせいで」

 という。
 それに対し、チョロは

「小説がけなされた、っていうのはもちろんあるだろうけど、きっとそれだけじゃないよね。すすめちゃんなりに設定資料なんかも作ってくれて。だから僕たちはこうやって生きることができているからね。でもすすめちゃんは僕たちが敵、日本軍に勝利する前にあきらめて、いろいろあって春を売ることを始めてしまった。きっとすすめちゃんも大変だったんだよね。僕たちも物語の世界から、世界の終わりを眺めていたわけだけど、そんなすすめちゃんを救うことは僕たちにもできなかった」

 というと、チョロはさらにため息をつく。

「本当、救ってあげられたらどれだけよかったんだろう、ってずっと僕たちは思い続けてきた。だからすすめちゃんが戦いに、少なくとも理解してくれたことはとっても嬉しかった。それで僕たちはつい戦ってくれるんじゃないかって思って、すすめちゃんに武力を押し付けてしまった」

 というと顔を落とし、

「そうだよね、うん。調子に乗りすぎた」

 というと、自身の帽子を取って窓の外を流れる車窓を眺める。
 そうやって黄昏ているチョロを見ると、なんだか申し訳ないことをしたような気がして、すすめはなんと声をかけていいのかわからなかった。

「ねぇ、チョロ」

 とすすめはいう。

「何だい?」

 とチョロは言う。

「いま、嘘ついたでしょ」

 とすすめがいうと、チョロは少しだけ驚いた様子ですすめを見る。

「あたし、意地悪だから何が嘘だっていうのは言わないよ。でも、地味に嘘なんてつかないでよ。……この世界のなり得る世界についてはわかったわ。そしてあんたの願いと恐怖もね。そんな思いをしていたのね」

 というと、チョロは

「やっぱり神様には嘘をつくべきじゃなかったね」

 と苦笑いをして本を閉じる。

「なんでだろうね。『なりたい』で小説を書いていた人間なんて、みんな点数と読者数しか見てなくて、その作品が例えば読まれなかったらすぐに話を終わらせて、キャラクターを転用しちゃったり、そうじゃなかったらあたしみたいに作家生活自体を終わらせたりするものなのに。そのあとあんたたちキャラクターがどうなるかとか、世界がどうなるかなんて考えたこともなかった」

 というと、ゆっくりとすすめは息をつく。

 窓の外はすっかり太陽が地平線に沈み、夜の世界が始まりつつあった。

「あたしの罰って、売春をしたって話じゃなくて、あんたたちを捨てたことなのかね」

 というと、チョロは

「すすめちゃんは悪い人じゃないよ。世界によっては神様にいろんな働きかけをしても、召喚魔術を使って神様を召喚したとしても逃げてしまって結局世界が滅亡して、そこにいたお姫様がラブドールにされてベノム帝国のお金持ちに売り渡されることがあるって話も聞いたことがあるよ。……というか、そうなったのが僕のお母さんなんだけどね」

 というと、すすめは残念そうな目でチョロを見つめる。

「あんた、あたしはあんたに小説を読むトリックスターみたいな設定をしたはずなのに、なんでこんな時にほんとのことを全部言っちゃうかな」

 とすすめはため息をつく。

 確かにチョロの両親を設定し、彼らはお姫様と王様で設定していた。

 チョロの両親は、すでにモノへと消化させられ、この世界から消されているのだ。
 その絶望を、自分でどうやって考えたらいいのだろうか。
 でも、自分の感情はそれでひっこめられるようなものではない。

「でもね、あたし、あんたの期待に応えられるかわからない。あんたのために小説を書いてやることすらできないんだよ。まして比較的平和な社会で、貧しさにとらわれてとぐろを巻いていた。豊かになるための勉強もおろそかにして、パパ活と小銭稼ぎに励んでた。こんなあたしに何ができるっていうの?」

 と叫ぶ。すすめの目には一筋の涙が走り、鼻汁も出ていた。

「怖かったんだね」

 とチョロはいう。
 その言葉に、すすめは激しく嗚咽しながらうなずく。
 それに対し、チョロは

「僕も怖いさ。それに何にもできていない。レジスタンスで戦っているだけで、僕自身戦わなければ僕の存在をこの世界に証明できないんだ」

 という。

 そのことばにすすめは

「でもあたしはこの世界を作ったのに守れない。でも怖いよ。戦うなんてやったこともないのに。戦うなんて怖いよ。死にたくない。戦うくらいなら、自分に銃を突き付けて死にたい。それが間違いだって言われても、卑怯だって言われてもいい。それにあたしの作ったキャラが死んでいくのも、誰かを殺すのも見たくない! こんな戦いしたくないよ!」

 と叫ぶ。
 涙がとめどなく流れ、鼻汁が顔を汚すことも気にしない。
 叫び声にも慟哭にも、救いを求めているようにも聞こえるその声は、車両中に響き渡っていた。

「大丈夫、大丈夫」

 とチョロは言ってすすめの背中をなでる。

「僕たちはこの世界を守るために改造されて戦っている。それに今はこの世界は僕たちだけのものじゃなくなった。すすめちゃんが作ったこの世界を、誰かの心に刻み付けなくちゃいけない。少しでも心に刻み込むことができれば、この世界は少し形を変えて生き残るチャンスもある。それに、僕たちはいま、すすめちゃんっていう最強兵器を手に入れた。僕たちは負けない。それに、すすめちゃんを死なせる真似もしないよ」

 とチョロはいう。
 それに対し、すすめは軽く鼻で笑うと、

「そんなにうまくいくものかしら?」

 という。

 それに対し、チョロはプライドがあるのか、非常に沈んだ声で、しかししっかりとした言葉で

「心配しないで。僕たちはすすめちゃんがいるからより強くなったから。僕は絶対にベノムに負けたりしない。すすめちゃんだけじゃなくて、獣人のみんながまた平和で、自由で、アファーマティブな世界で生きていくことができるようにしなくちゃいけないからね。その覚悟が、僕の体に無数に走る傷だし、僕の体を駆け巡る人工血液の青だよ」

 というと、チョロはすすめを見る。
 すすめはもう一度自分に問う。
 果たして自分は戦えるのだろうか。

 そして、チョロほどの覚悟を見せることなど、早い話がこの世界と心中することなどできるだろうか。
 あるいは元の世界である日本の国と共に心中できるだろうか。
 そう考えると、チョロの考えはとても危険で、受け入れられない。
 でも、もし自分の守りたい友達とかがいたら?
 そしてチョロは自分の作った子供のようなキャラクターだ。
 そのチョロを差し置いて、平和に過ごすことなど許されるのだろうか。

「僕のことなら守りたいなんて思わなくていいさ。僕自身のことくらい、僕自身で守れるから。でも、すすめちゃんがもし何かを守りたいなら、それを素直に守るのが一番いいよ。自分の命を守りたいなら自分の命が一番大事。僕たちが大事ならば、それは大きな愛なんじゃないかな」

 とチョロはいう。
 愛と、命。

 どちらも守りたいものであり、守らなくてはならないものだ。
 それをいつか選択しなければならないと思うと、すすめには顔を再び伏せる。

「戦争がなんで妄想すら嫌がる人がいるのか、前はわからなかった。それで平和主義な人から戦争ものなんて書くな、って言われたこともこの小説を強制終了させる理由だった。でもね、いま、あたしもちょっとわかった。そこに覚悟が問われる場面が露出するからなのよね」

 というと、チョロは

「どういうことだい」

 と言わんばかりにチョロをじっと見つめる。

「覚悟が露出する。例えば今みたいに、自分の命と誰かの命っていう、矛盾の解消が露出する。チョロとか、自衛隊の人であれば迷わず自分の命を国のためにかけるかもしれない。あるいは家族のために命を捨てる人がいるかもしれない。でも死にたくない人だっているよね。あたしだって死にたくないし、ましてやあんな日本って国のために死にたいかって言ったらまっぴらだよ。でも、そんなことをしていたら、人によっては家族を敵国に奪われてしまうかもしれない。チョロは事実、そうなってしまった。そんなチョロの前で自分の命が大事、なんて、あたしは言っていいのかわからない。そんなこと言ったら人によっては激怒させると思う。自分の命を懸けることなんてないなんて人がいるかもしれないし、ましてや家族のために命を懸けることすら嫌がる人だっているかもしれない。でも、あたしはそこまでドライにもなれない。それに障害を持っていたりする弱い人のことを差し置いてまで自分の命が大事、で逃げられるのか、あたしにはそんな恨まれることができる勇気もない。結局、あたしはなにをする勇気もないのよ」

 というと、チョロはゆっくりと先ほどのメシルチョンを飲む。

「生きるとか、逃げるとか、そんな簡単な言葉にすら手段がたくさんあって、悩んじゃうよね」

 とチョロはいう。
 その言葉に、すすめは

「うん……」

 と頷く。

「すすめちゃんにはすすめちゃんのできる方法で僕たちの戦いを見てくれたらいいさ。僕はすすめちゃんが装甲列車の中で一日中ダラダラしていることも否定なんてしない。もちろん戦ってくれたらうれしいけれど、すすめちゃんがいちばんしたいことをしてくれるだけで僕たちは満足なんだ」

 というと、すすめを見る。

 何ができるか。
 その答えは、すすめ自身も答えを出すことはできない。でも、できるかもしれないことは一つだけある。

「ねぇ、今回の戦い、あたし、頑張るよ。戦場を知らないであたしのしたいことなんてできないからね。それで従軍記者みたいなことをしてもいいかな」

 というと、チョロは

「従軍記者……なかなか面白いことを言うね」

 と微笑む。

「チョロとか、ジンゴとかに同行して……ジンゴとオッパたちはもしかしたら難しいかもしれないけれど、誰か一人に同行して、彼ら一人一人の写真を撮りたい。それからその活躍を獣人たちに広めて、獣人たちに『あきらめないで!』って伝えたい」

 というと、チョロは少し考える。

「いまもファンタとか、シングがそんな活動をしているけれど、二人にちょっと話しかけてみてよ。結構人手不足だし、それにSNSを使える人にしか届いていないって少し悩んでいたから、すすめちゃんみたいに小説を書ける記者さんっていうのはなかなか貴重かもしれないね。それに……」

 というと、チョロはすすめを見る。
 その表情には分かり合えた時の笑みが浮かんでいた。

「そう。僕たちの世界も生きながらえる可能性がさらに大きくなるね!」

 と、わくわくした表情で言う。

「すすめちゃん、しつこいかもしれないけれど、僕たちはすすめちゃんを死なせない。そして、この世界を命を懸けても救い出してみせるよ」

 というと、すすめを見る。

「あたしも、この世界が終わらないように物語を最後まで、また書くわ。出来たら真っ先に読んでよ」

 というと、チョロは

「校閲ってことかな?」

 という。
 それに対し、すすめは

「それでもいいわ。とにかく感想頂戴」

 というと、チョロを見つめる。
 窓の外の景色は、すっかり星空が街を照らしていた。

すすめはこの日、非常に緊張した面持ちで作戦室にいた。
 ここでは第二回だという作戦会議が繰り広げられていた。

「ハニー、今回の作戦の進捗について、教えてもらえるかい?」と

 チョロが余裕を感じさせつつも真剣なまなざしで言うと、ハニーは

「はいはい」

 と明るい声で言う。

「すでにわたくしの配下にミリョという少将がついておりますわ。彼は今、ムアン基地をくまなく調べてくださってますわ。いまわかっていることはこの資料のとおりではありますけれど、例えば戦闘機としてパシナ型が配属されていますわ。これをまさか攻撃の戦線に加えてくるとは思いませんけれど、もしかしたらのことを考えて基地自体を攻撃することも考えてもいいかもわかりませんわね」

 というと、ジンゴは

「パシナって、超音速ジェット機だよな?」

 と聞いてくる。
 それに対し、ハニーは

「そうですわね。マッハ二までの速度が出せますわ」

 というと、ジンゴはやや渋い顔をする。

「俺のジェットエンジンでは偏西風に乗らない限りそこまでの速度に達することは困難だ。シングでできるかどうか、といったレベルだな」

 というと、シングは

「私も何とか、ってレベルよ」

 とため息をつく。

「となると、彼らが稼働することはかなり作戦の難易度が上がるってことか」

 とメンヘルはいう。それに対し、

「俺の地対空ミサイルで撃つことはできるのか?」

 と聞くと、ジンゴはすかさず

「てめぇには無理だ」

 という。
 それに対しメンヘルは

「てめぇ」

 と言わんばかりに手を出そうとするが、それに対してもジンゴは

「てめぇのミサイルの最高巡航速度は七百キロ程度だ。それでマッハ二の戦闘機にはとてもじゃねぇけど追いつきやしねぇ」

 とため息をつく。それに対し、キャプテンは

「こうしたらどうなの?」

 と質問を投げかける。

「ジンゴと私でパシナを破壊するってことなんだけど」

 というと、さらにキャプテンは

「さっきの報告にはなかったけれど、具体的に何型が何機運用されているのかな?」

 と問う。
 それに対し、ハニーは

「パシナが三機、ファーゴが十五機、トレミセが十五機ですわ。それから陸上の戦車はタイガー型で統一されていて、それが三百十八両存在しますわ」

 というと、すすめは

「三百十八両!」

 と素っ頓狂な声を上げる。それに対し

「どうした?」

 とメンヘルがいうと、すすめは

「三百両を……一人で壊すの?」

 と少しばかりおびえた声で言う。

「まぁ、そんなこともできるし、それに俺たちだけじゃねぇからな。チョンイ・タンクもあるし、チョンイ兵もあるし」

 という。
 その言葉に、

「チョンイ?」

 とさらにすすめが質問をすると、

「チョンイ、つまり紙だ。前にも言ったかもしれねぇけれど、俺達には紙で作った自立型兵器があるんだ」

 と言って勝気な笑みを浮かべる。
 すすめはその戦力がどのようなものなのか把握できず、ポカンとした様子でメンヘルを見る。
 メンヘルは

「まぁ、安心してろって。俺たちのチョンイ兵は俺達には劣るにしても、あのベノム兵には負けねぇから」

 と自信たっぷりに言う。
 それに対してすすめは

「はぁ……」

 とつぶやくと、その場で言葉を話すのをやめた。 

 その後、再びキャプテンは地図を見て話を始める。

「幸いにしてこの基地は海沿いだ。もちろんここはベノム軍お得意の統合基地だから、海軍もここに所属している。その海軍を撃つのもかねて、ここではオッパ、ファンタ、パーリガンで戦ってもらうのはどうだろう?」

 と提案する。それに対し、オッパは

「ちょっと待ってくれ」

 とキャプテンに食って掛かる。

「俺たち三人で船をつぶして航空機も戦車も破壊、っていうのは、無理じゃねぇけどかなり派手な作戦になっちまう。てめぇが演出効果を狙っているならそれは別だけど、あまり俺は乗る気がしねぇ」

 というと、ファンタは

「でも逆に、ここで派手な暴れ方をしておいたほうが国際社会に対してのいいアピールになるかもしれない。ここで獣人たちが蹂躙されていた、だからこそここで獣人を救出するための作戦を行う、という流れを作っておけば、僕たちも非常にプロパガンダを流しやすい」

 というと、キャプテンは

「初めから私もプロパガンダ狙いだよ。さらに障碍者施設の様子を、メンヘルとすすめちゃんであらかじめ配信しておくことで私たちの兵力も投入しやすくなる」

 というと、キャプテンはメンヘルとすすめを見る。
 それに対し、キツマが

「それもいい考えねぇ。ただ、メンヘルちゃんとすすめちゃんを派遣するのは私は反対。メンヘルちゃんは突入部隊として入れたいし、すすめちゃんはそもそも逃亡犯として目をつけられているわ」

 というと、にこりと笑って自分の飲み物を飲む。

「じゃあ誰が行くんだ」

 とジンゴはキツマに迫るが、それに対しキツマは

「私とあんたで行きましょうよ。障碍者のプログラムぐらい、私でも簡単に書けるわ」

 という。
 その言葉にメンヘルは少し顔を落とすが、その様子を見ることなく、キツマは

「私は障害を持つ獣人。キャプテンはその先生。それでいいわよね」

 というと、全員から特に異論も出ない。
 このことについてはここで終わることになった。

チョロは

「これで下ごしらえに関してはよさそうだね。じゃあ」

 というと、タロットを指名する。
 タロットは

「僕からも同じような話になるけれど、一つ言えることは障碍者施設に関して、世界会議の視察との整合性を取るために、災害を引き起こす計画があることが指摘できるね。もちろん直接の破壊の理由は獣人の核兵器制作だけど、それ以前に人工災害を引き起こす計画がある。それでここに建っている小さな小屋を壊すの」

 というと、その小屋に小さな丸を書く。

「この小屋って、なんのための小屋なのかしら」

 とキツマがいうと、タロットは

「これね、実は用具入れなんだよね」

 というと、中の映像を映し出す。
 そこにはスコップや猫車と言った、ここで使われると思われる資材が残されていた。
 それに対しジンゴは

「一応聞いておくが、こいつらの扱っている品目にウランを含むものはねぇよな」

 というと、タロットは「ないよ」と返す。

「ウランがあるものを取り扱っていたら、それだけでこの作戦はややこしいことになったけど、幸いにしてそれはない。でも、彼らなら何でもやれちゃうのが怖いところなんだよね」

 というと、タロットはため息をついた。

「となればウランを使わせねぇことが重要ってことだな。例えばこの監視体制を外に暴露するとか」

 とメンヘルがいうと、ジンゴは「てめぇ」と何かを言おうとする。
 それに対し、メンヘルは

「何がおかしいんだ? 言ってみやがれこのネトウヨ」

 と煽り立てる。

 その対立を遮るように、キャプテンは

「いや、そのアイデアはありかもしれないよ」

 と言って発言する。

「ここでウランを使わせることは十分に考えられる。このエリアは実はウラン採掘場も近い。となると、誰かがウランの採掘のための奴隷として派遣されても十分おかしくない。むしろもし私がベノムの関係者だとすれば、ここでウラン採掘をしていないほうが理解できない話だよ。となれば、私からすればこの作戦においてウランを採掘させない方法、だから、ウランを監視しているという情報を流すことが重要だと思う」

 とキャプテンが言うと、一同は黙り、そして納得したかのように

「自分は賛成だ」

 という声を上げた。

「でもよ、この小屋を破壊してウランが、核兵器が、っていうのはなんだかおかしくねぇか?」

 とメンヘルは問う。その言葉で周囲の注目を集めると、

「だってさ、核兵器って、俺たちみたいに魔術を使わなければ、巨大な遠心分離機とか必要になるだろ? そんなものを格納するにはあまりにも小さすぎやしねぇか? ましてや核防護のための設備も全くないわけだし」

 というと、タロットは

「僕もそこに疑問を持っているんだよ」

 という。

「もしここで核の実験を本当にやるならば、あまりに軍人に対して危険が高すぎる。でも、その方法を簡単にできる唯一の方法がないわけじゃない。それがメンヘルの言っていた魔法なんだよね」

 というと、一同は顔をしかめる。

「誰がいるのかしら? 魔法使いがいるなんて話は聞いていませんわ」

 とハニーがいうと、タロットは

「それは僕も同じなんだ。誰が魔法を使えるのか、全然わからない。でも、使える人間がいてもおかしくない」

 というと、タロットは少しばかり考え込む。
 それに対し、チョロは

「もしかしたらベノムの魔女たちは二分割以上に分断が進んで、そのうちのいくつかはベノムに協力させられているのかもしれない。そうなるととても話が厄介なことになるね」

 という。
 そして

「ねぇ、ここはルーナとアースに聞くけれど、時空局として変な情報をつかんでいないかい? 僕、なんだか魔法を悪用しているんじゃないかって感じがするんだよね。魔法が使える集団は、とりあえずわかっているだけでベノムの魔法種族、それから時空局の魔術捜査官、そして最後が僕たちエイプリルのわけだけど、魔術を使って拉致をしたとか、そういった話はない?」

 というと、アース、つまりオッパは「それなんだが」と言って口を開く。

「いい知らせと悪い知らせがある」

 というと、チョロは

「まずはいい知らせから知りたいかな」

 とそれに答える。

「いい知らせはすすめを拉致した人物、ホーヨルについての情報が入り込んできた。これをさっきタロットに検索してもらったんだが、ホーヨルはこの戦線で障碍者を拉致するための特殊機関として参加するようだ。今、ハニーとタロットにこの作戦を確定させるために魔術でコントロールしてもらっている」

 とオッパはいう。それに対し、

「じゃあ悪いことってなんだよ」

 とメンヘルがいうと、

「それは僕がいう」

 とルーナ、つまりファンタが出てくる。
 おそらくルーナ、アースというのはそれぞれファンタとオッパの時空局での名前なのだろうかと、すすめは思う。

 ルーナは

「悲しいことに魔術の線は当たっている。まだ魔弾を撃つくらいしかできないけれど、魔弾砲だとかを開発している兆候が見られる。これはハニーからも報告があったけれど、僕たちからもそれは報告しておく。ただ、その使用者として人間を異世界召喚している節があることも確認できている。おそらく人間を何らかの形で使っているのだろう。一番考えたくないのが、人間をマナとして使うということだ。あるいはこれは僕たちが触れることはできないけれど、ベノム人の魔法使いをマナにしている可能性も否定できない。いずれにせよ、この辺りの調査と、魔術に関しての斥候は必要となるだろう」

 というと、一同の空気は一気に重たくなる。
 その言葉に、パーリガンは

「ってかさ、その口調だと、そのホーヨルってやつも魔術を使えそうだよな」

 というと、タロットは

「その通りなんだよね。ホーヨル、今調べてみたらベノムの魔術者の一人だったよ」

 とつまらなさそうに言う。

「それどころか、すでにかなりの魔術兵を抑えていて、空戦・陸戦・海戦ともに魔術者同士の魔術戦を潜り抜けなくちゃいけなくなってくるかもしれない。さらに恐ろしいのが、その兵士たちがまだベノム軍の中にいるんだよね」

 というと、ジンゴは

「何人今回は派兵予定だ?」

 と問う。それに対し、タロットは

「海軍三十、陸軍三十、空軍六十の百二十人だよ」

 というと、メンヘルは

「百二十!」

 と声を上げる。

「まだ魔術兵がどれだけ強いかもわからねぇんだよな。不安だ……」

 とメンヘルは瞳を落とすと、ジンゴは

「やるきゃねぇだろ」

 と荒くため息をつく。

「でも多分、まだ彼らは練度も足りていなさそうだし、まだ問題ないかも。それに早めにメンヘルを斥候に出すよ」

 というと、メンヘルは顔を上げたが、その表情はさらに不安に満ちているように、すすめには見えた。

005:THE FIRST THE LAST

すすめは従軍記者の取材の一環として、すでに内部に侵入しているキャプテンとキツマを追いかけて、ナジュ障碍者収容施設へと向かう道中にいた。
 戦争前はきちんと整備されていたそうだが、戦争後はその修復を放置され、ガタガタになってしまった道をひたすらまっすぐに進んでいくと、小さな「ひめゆり園」と書かれた施設がある。
 すすめは「先端的な障碍者マネジメントで障碍者の多くが社会復帰をしている」という触れ込みで国内各地から獣人の障碍者を集めているこの施設の、光を取材するという目的で侵入することになっている。
 もちろん、その実情は、障碍者施設の実情を映し出すことと、それからキツマとキャプテンの様子を取材することだった。

 車を運転してくれたメンヘルに「ありがと」と言って下車をしてチャイムを押すと、中から一人の女性が姿を現す。
 ベノム人としても巨大な図体の女性は、ゆったりとしたペースですすめに近づき、「ようこそ」と言って迎え入れる。
 その名前を自身の目に入れたコンタクトレンズ型コンピュータ角膜で検索すると、「チャール・ミンヒュ」という人間であることが分かった。

「ミンヒュねぇ。彼女、やっぱり障碍者絶滅部隊の一人だね。彼女の行動はすでに補足されているから大丈夫」

 とタロットは伝える。
 その言葉にすすめは少しだけ「そっか」とつまらなさそうに言うと、タロットは

「内部の事情はリアルタイムでキツマたちから来ているから、無理に送信しないでいいよ。それよりも取材、頑張ってね」

 というと、にこりと微笑む。
 すすめは「頑張る」と緊張した様子で言うと、建物の写真を一枚撮った。

 メイクが発明した、『すすめちゃん支援キット』の一つ、サイコカメラ。
 見た目は日本で市販されているカメラよりも少し古い、銀色のコンパクトカメラではあるが、このカメラで写したものはすぐにその時のすすめの感情や取材メモとともに装甲列車内のサーバに蓄積され、あとですすめが文章を書く際の参考となるようにできている。
 このほかにもすすめにはいくつかの取材キットと、防護セットを持たせられていた。

 すすめは園内に入ると、ミンヒュの案内に従って様々なようすを見ていく。

「ここは作業室です。ここで障害を負った獣人たちは仕事を学んで、今後社会に出たときのための訓練をするんですよ」

 という。
 そこではぼんやりとした顔でキツマも何かのコードを磨いており、そのほかの障害をもった獣人たちも丁寧に磨いている。
 しかし、障害を持った獣人であっても集中力はあまり長く続かないようで、あまりに同じことを何度もさせられているせいか、

「何かほかにあったらしますよ」

 と、割としっかりした声で提案をする。
 その様子を取りたくてすすめはカメラを構えるが、すぐに

「プライバシーの問題がありますのでご遠慮ください」

 と言ってミンヒュは遮る。
 その瞬間、別の指導員がやってきて、彼のほほをはたく。
 それに対して悔しそうに涙を流すが、何も反抗するつもりはないらしく、ほほを抑えてじっと耐えている。
 その指導員はさらに二発パンチを加え、

「俺たち、おまえ、愛してる! おまえ、まじめに、はたらく!」

 とベノム語で叫び、さらに殴り飛ばす。
 その様子をすすめはかばんに仕組んだもう一つのサイコカメラで取材していく。
 その様子を見たのか、ファンタは

「いい写真が撮れている。この暴力映像に君の論理だった文章が合わされば、きっとこの犯罪的な施設の闇を外に暴けるだろう。君の活躍に期待だ」

 と、にこりと微笑みながらすすめをほめる。

 すすめは

「ありがとう……でも、潜入調査って、怖いね」

 というと、ファンタは

「だからこそとても価値があるんじゃないか」

 と言ってすすめを諭す。
 その言葉にすすめは「まぁ、そうね」といってテレパスを切った。

 さらに内部に案内されていくと、「体操室」というところに通された。
 そこでは外部の体操教師だというロックという人間が、獣人たちに丁寧に体操を教えていた。
 ロック、つまりキャプテンは丁寧にでんぐり返しの方法などを教えている。
 すすめはその様子を写真に込めると、キャプテンに「そっちはどう?」とテレパスを送る。

 ロックは
「やっぱり虐待が至る所で行われている。それどころかここの教室の障害獣人たちは軍隊に送られるのが決定しているらしくて、だからここで体育訓練をしているみたい」

 と連絡をしてくる。
 そのことをメモに残し、その証拠となるようなものはないかを確認すると、奥の壁にベノム語で

「へいしになるほうほうをみにつけよう」

 と書いてあるプリントが山積みにされているのを確認した。
 すすめはおもむろにそれを一枚もらってポケットにしまい、写真にも納める。
 そしてミンヒュに

「ここって軍事訓練もしているんですか?」

 と問うと、ミンヒュは

「軍事訓練ではなく、体作りです。体はすべての資本です。だからこそ、少しばかり厳しくとも軍隊の技術を採用しています」

 という。
 一方、外ではキツマたちがバケツを持って何かを汲みに行っている様子だった。
 キツマにテレパスを飛ばすと、

「これね。例の小屋に水を運びに行っているのよ。小屋に水をかけておしまい。これに何の目標があるかって、何も知らなかったら思うでしょうね。本当。こうやって障碍者に罪をなすりつけるわけね。何ともやるせないわ」

 という返事が返ってくる。
 すすめはその様子を撮影する。するとミンヒュは

「これから食堂に案内するわね」

 と言い、扉を開ける。

 そこでは何かの白い仮面をかぶり、正確な三角食べで給食を食べている利用者たちがいた。

「ここでは正確な三角食べを行うことで好き嫌いをなくし、健康になってもらえるようにしています」

 という。ところが、その食事からは異臭がしていた。
 さらにパンはよく見ると青やら黄色やらのカビが入っており、とてもではないが食べるものではない。すすめはそれを写真に収めると、

「これってかびていたりしませんか?」

 と問う。

 ミンヒュは

「たとえかびていても生産者の皆様に感謝して食べなければならないのです。それがここの決まりです」

 と言って押し切る。
 すすめはそれをサイコメモという、メイクの作り出した、すすめの感じるがままをメモできるメモ帳に軽く書いてメモをする。

 その時、食事を残して遊びに出ようとした少年を、職員が無理やり捕まえていた。
 何が始まるのかと彼を追いかけていく。
 職員は敷地の外にある、青いコンクリート造りの小さな部屋にたどり着くと、「シャワーだ」と言って小さな小部屋に案内する。
 猫族の少年は少しばかりおびえた表情をしていたが、職員の目にもおびえているのか、職員の目の前で涙を流しながら服を脱ぎ始めた。
 着替えが終わると少年はシャワー室と書かれたガラス戸の奥に押し込められ、職員は少年だけを置いて外に出ていく。

 五分ほどすると再び彼は中に戻り、何かを掻き出している。
 それをよく見ると、真っ白になった骨だった。

 すすめは思わず言葉を失い、その場で立ち尽くす。

「お宅、どこのメディアでしたっけ?」という声が聞こえる。

 その声に驚いて振り返ると、そこにはミンヒュが立っていた。

「あなたもしかしてレジスタンスだったりしませんわよね?」

 というと、ミンヒュはなにやら電話をかけ始める。
 それどころか周囲で監視をしていた教員たちが一斉にすすめにかかってくる。

「それにどこかであなたのこと、見たことがあるような気がするのよね」

 というと、教員たちはすすめの腕をつかみ、

「ちょっとこっちに来なさい」

 と言って連れて行こうとする。
 すすめは何をされるかもわからぬ暴力に抵抗することもできず、ただ従うほかなかった。

 すすめに何かしらの有故があったことを、すすめ以外のすべての獣人たちは察知した。
 その瞬間、全員に緊張が走る。
 メンヘルは

「俺が行こうか? さっさと行かねぇと死ぬんじゃねぇのか」

 と慌て、不安を示す。
 しかしそれを全員は話半分に聞く。
 それよりもどう今助けるかを考えなければならない。
 しかし、下手に助け船を出すと、すすめは従軍記者という立場ではなく、一人の諜報エージェントとして取り扱われる可能性がある。
 その話をチョロは危険性としていうと、一同は頭を抱えてしまった。

 とはいえ。

「救出できないわけではないと思うよ」

 と言ったのは、パーリガンだった。

「俺が行ってもいいんだけどさ、十分にキャプテンでもなんとかできると思う」

 というと、彼はテレパス内に黒板を表示させて説明する。
 しかしその説明を聞いたキャプテンは、

「それはパーリガンがしたほうがスムーズかなぁ」

 という。
 その言葉にパーリガンは

「そっかーぁ」

 と言って頭を抱えると、

「俺が行くかぁ」

 と軽い声で言った。

 一方ですすめの現状は、すすめ自身が頭を抱えるほどの状態であった。
 先ほどから入れ替わり立ち代わり教員たちがすすめに対し

「お前はレジスタンスの差し金か」

 と詰めてくる。一人に対して

「いいえ。あたしは純ベノム資本のナジュ日報の新聞記者です。レジスタンスとは関係ありません」

 という。しかし、その言葉を無視するかのように、何週かその質問をすると、すすめを電線の張り巡らされた椅子へと座らせる。
 そして電気を入れると、再び

「お前はレジスタンスの差し金か」

 と問う。
 すすめはその瞬間、自分が何と言ったらいいのかわからなくなった。
 もしここで「いいえ」と言って、それが嘘だと判断されれば、きっとここで猛烈な電撃攻撃を食らうだろう。
 では、もしここで「はい」と言って認めてしまえば? 
 その時の状況は、すすめが判断するよりもはるかに簡単であり、そして残忍だった。

 すすめは賭けるように「違います」という。
 しかし、その瞬間、すすめの全身に強烈な電撃が走った。
 その瞬間、すすめの着ている服を脱がされ、手袋とブーツをはいただけの状態にさせられる。
 すすめは勝気なことを一つでも言おうかと考えたが、それをいう勇気はすすめにはなかった。

「へぇ。君の居場所、やっと見つけたよ。梅灘すすめちゃん」

 というと、男の一人がすすめの胸をまさぐり、いきなりすすめに抱き着いて彼女の口に自身の舌を突っ込む。
 暴力的な力ですすめの唇を奪うと、すすめの秘部に自身の手をあてがう。
 にちゃ、ねちゃ、という音が響く空間。
 その空間が恥ずかしく、すすめは

「もうやめて……」

 とつぶやく。
 しかしその声すら調味料のように聞こえるのか、

「ますますおいしくなる言葉をありがとう」

 というと、さらに執拗に口の中の舌、そして秘めたる場所の腕を激しく動かす。
 その瞬間、すすめの汗は暴発するように吹き出し、声が漏れてしまう。
 その声を

「君、こんなことで喜ぶなんてエッチだねぇ」

 というと、さらに激しく動かし始める。
 しかし、その快楽攻めもすすめが

「もうやめて」

 というと止んでしまう。

 すすめは地獄から解放されたと思ってため息をつく。
 しかしそれは地獄からの解放ではないことを、すすめはすぐに理解する。

「わるいおんなのこにはきちんと道理をわからせないといけないねぇ」

 というと、男はすすめにナイフを投げつける。
 そのナイフはすすめの手のひらを突き刺し、その場から動けなくする。

 さらに男は抵抗するすすめをぶん殴ってすすめの腕を奪い、十字架の形になるようにナイフをすすめの腕に突き刺す。
 さらに抵抗する足を無理やり奪うと、足を鉄条網でくくり、両方の足首にナイフを突き刺す。

「これで貴様はアキレス腱を破壊されて動けなくなったねぇ。これからどうするっていうのかねぇ」

 というと、すすめは

「べ、別にあたしが死んだってあたしの代わりになる人間くらいいるはずよ」

 というが、敵は

「それはどうかなぁ? 君はすすめちゃん。この世界の創造主。その創造の神がこんなに辱められたら、どうなっちゃうかな?」

 というと、すすめの口の中に何かを突っ込む。

「これが大きくなったらどうなるか、試してみたいんだぁ」

 というと、さらにひどく苦い味のする液体をすすめの口の中に流しいれる。
 すぐさま舌を土のようにして根が張られ始め、すぐに全身にその根が回っているのか、耐えがたい激痛が体を駆け巡る。

「こんなぁあっ……くぅっ……もんっ!……なんかぁっ!」

 と絶叫するも、その声を傍観者たちは楽しそうに見つめているだけだ。
 その様子が悔しくて、すすめは腕を動かそうとする。

 しかしその腕を動かせば、自身の腕を貫通する刃に切り刻まれ、さらに痛みが増してしまう。

「どうだ? 全身で痛みを感じることの快感は? やがてその痛みは途轍もない快楽へと変わっていく。その時、貴様はここでその魔草の土となり、その命は終焉を迎える……」

 と、兵士の一人は笑う。
 それでも何とかできないかとすすめは必死に考える。

 それでもどうしたらいいのかわからない。
 回復術の一つでもあれば……。
 そう願うも、すすめのアイデアの中に魔法のレシピはほとんどない。

「魔法も使えない女が俺たちの作戦を邪魔しようなど、百年早い!」

 と男はいうと、まるですすめの体を切り裂くかのようにすすめの腕、そして足を蹴る。
 その瞬間、すすめは目を大きく開け、快楽を訴える。
 さらにそれでは満足がいかないのか、兵士の一人がすすめの腹を踏み抜かん勢いで踏みつける。
 すすめの口からは胃酸や血液が噴き出て、すすめの真っ白な皮膚を汚す。
 兵士の一人はそれに「きっしょ」と不快感を示すと、すすめの首を締め付け、持ち上げる。

 すすめの目は白目をむき、今にも命を奪われそうな状況へと陥る。
 もうこんな絶望を経験するくらいなら、屈服して死んでしまってもいいのかもしれない。
 こんな場所でむごたらしく辱められるならば、ここで死んだほうが……。
 とすすめは白んでいく考えを思いながらぼんやりと考える。

 その時、扉が開く。

 その先にいたのは、まぎれもない自分の敵の姿だった。
 彼は、自身のことを誇るかのように、その肉体をさらしだしていた。

すすめの目の前に姿を現した人間。
 その人間の声を聴き、すすめは思わず体を硬直させた。

「榎本……先生……!」

 と声を上げる。
 しかし榎本、今の名前でいうホーヨルはすすめの足を無理やり十字架から切り離す。
 その瞬間、すすめの足から真っ赤な血液が床に、そしてすすめの白いルーズソックスに飛び散る。
 すすめは

「あっ…あああっんっ! はぁっんんんっ!」

 と叫ぶが、ホーヨルにとってそれは快楽のちょっとしたスパイスに過ぎない。
 ホーヨルはすすめの腹を二発殴りつけると、すすめのまたぐらに顔をつけて下腹部をなめ始める。

「ホーヨル少佐、この梅灘すすめというメスガキに物事の道理を刻みこんでやってください。準備はできています」

 というと、教員の一人は敬礼をする。
 その時、すすめの意識の中にメイクの声が聞こえてくる。

「すすめちゃん、今の状況、あたしもよく理解しているよ。少し落ち着いて。そしたらゆっくりと自分に意識を集中させて」

 という、メイクの声。
 その声に対し、すすめはなんとも言うことができない。

 本当を言えば言いたいことはたくさんある。
 今の状況を抜け出したいこと、そしてチームのメンバーに悪いことをしたこと。
 そのことを言いたくて、弱音を吐きたくて仕方がない。

 しかし、その気持ちを遮るようにメイクは

「まずはあきらめないで。それから、あたしたちがどうって考えはいらないよ。あたしたちがすすめちゃんを守れなかったことが悪いんだから。それより、すすめちゃんは何とか生き抜いて。これからサタンが向かうわ。それまでどうか、こらえて」

 とメイクはいう。
 その声は祈るかのような声にも聞こえるほど、語尾に近づくにつれて言葉のはりが弱くなっていた。

 その状態を聞き、すすめの気持ちはさらに、まるで道の奥から逃れられなくなるような気持になっていく。
 傾いた道から這い上がれず、脱出もできない状態。
 そんな袋小路の中、自分はただ押さえつけられ、そして今、自分の秘部に男のものが無理やり挿入される。
 その後の痛みに、すすめは思わず悲鳴を上げる。

 しかしホーヨルは

「よく泣く女だぜ」

 というと、すすめの口の中に何か棒のような物を入れる。
 それには火がついており、それによって口がやけどする。
 それどころかそれを轡で押さえつけられると、舌や歯、そして粘膜をまきこんで激しい爆発を起こす。

 その痛みにすすめは思わず目を大きく開け、

「んー!! んー!!」

 と悶絶した叫び声をあげる。
 しかしその声すらホーヨルにはスパイスになるのか、

「かわいい子だねぇ」

 というと、すすめの裸体に吸っていたたばこの火を押し付け、ねじ込む。
 それどころかそのたばこの吸い殻をすすめの口の中に無理やり押し付ける。
 その瞬間、轡との摩擦、そして吸い殻の強烈な苦みにすすめは顔をゆがませる。

 それでもすすめは負けることなく暴力を受け入れ、一方でホーヨルは

「このビッチ女に道理をわからせてやる」

 と言ってすすめを殴り続ける。

「てめぇ、俺たちから抜け出したと思ったらレジスタンスに寝返りやがって。てめぇのせいでどれだけ俺たちの軍隊が損失を被ったか、理解しているのか」

 というと、すすめの胴体を投げ飛ばし、さらにすすめの腹を蹴りつける。

 腹を上にして倒れたすすめの体に今度は乗りあがり、すすめの腹部を何度も蹴りつける。
 そのたびにすすめは吐しゃをしたそうに口を大きく開こうとするも、口にはめられた轡のせいで開くことができない。
 それどころか口の中に血液がたまり、口から真っ赤な血液が姿を現し始めている。

「さらにこいつに物事を教えてやらねぇとな」

 というと、すすめの腹をまるでサンドバッグのように一発、腹にパンチを食らわせる。
 その瞬間、すすめは目を大きく見開き、さらにその目を真っ赤に充血させる。

「どうだ? 人間の怒りの味を理解したか? 貴様は獣に落ちた人間。つまり貴様は人間であって人間ではない。獣人に魂を売り渡した売国奴なのだよ」

 というと、さらにすすめの髪をつかみ、すすめの顔面、ほほをめがけて右フック、さらに左フックを食らわせる。
 そしてあごから突き上げるように殴りつけると、すすめは口の中で舌や粘膜を切り、そのたびに真っ赤な血液を吹き出す。

 その時、すすめの耳にざわざわとした感触がするのを感じ取った。何事だろうかと考えることもできず、もしこれが解放ならばどれだけうれしいか、とわずかに期待してすすめはそのままなすがままにされる。

 口からこぼれる真っ赤な血液や、それによってできた固形物、それからたばこの吸い殻。
 それらがすべて口からこぼれ出てくる。
 それをすすめはただ茫然と見つめる。

 ホーヨルは口の中に詰められた轡を取り、その代わり、先ほど詰めていたもの、爆竹をも取り外す。

「てめぇには反省のことばをいうチャンスを与えてやろう」

 というと、すすめの尻を思い切りはたく。
 それに対し、傷ついた舌、そして口の粘膜の痛みをこらえつつ、ゆっくりと

「覚えて……いなさい……。あたしはもう……一人じゃないんだから……」

 という。

 その時、すすめの秘部に何かを詰めているのを、自分自身で感じた。

「なーに偉そうなこと言っちゃってんのかなー?」

 というと、ホーヨルはその何かから伸びた紐をすすめに見せる。

「これに火が付いたらどうなるかなぁ?」

 というと、その目の前におとなしそうにしている、猫族の少女が連れてこられる。

「彼女で見せてあげようかなー」

 というと、ホーヨルはその少女から伸びた紐に火をつける。
 少女は目を大きく見開き、恐怖におびえた様子で顔を引きつらせ、次いで涙を流す。
 しかしすすめたちをはじめとして、誰も、何もできていない。
 その時、すすめの心に暗い雲が走ってくるのを感じた。

 レジスタンスがここにいるにもかかわらず、彼らは一切動こうとしない。
 動けないのかもしれれないが、どちらにせよ動かないのだ。彼らは結局目の前の少女を救えないのだ。

「彼女、死んじゃうのかな? でも、彼女は今、泣いているねぇ。そんな彼女も救えないのがレジスタンスねぇ。かわいそうだねぇ、ナヨンちゃん……」

 というと、ナヨンという少女の涙をホーヨルは舌で嘗め回す。
 その行動の気持ち悪さ、そしてむなぐそ悪さにすすめは思わず戦慄する。
 だからと言って彼女に、こんな体中を締め付けられた自分が何ができるというのだろうか。

 助けに来てよ。

 すすめは願う。
 しかし、テレパスは聞こえない。こんな時に一人にしないで……。すすめは祈る。

「私、サタンです」

 とすすめの意識に入ってくる、サタンの声。

「サタン……助けて……!」

 と叫ぶも、口元で爆発した爆竹のせいなのか、うまく声が伝わらず、テレパスも乱れてしまう。
 それに対し、サタンは根気強く

「すすめさん、気を確かに持ってください! テレパスは気が折れたら切れてしまいます!」

 と連絡をしてくるが、それに対して答えるだけの気持ちの余裕が、今はない。

「ごめん……サタン……あたし……」

 というと、目の前でナヨンの性器から伸びた爆弾の紐に、ホーヨルが火をつけた。

「ほぉーら。君たちが弱すぎるせいでぇ、彼女はどっかーんと行っちゃうよ? あと十秒で、彼女は……」

 とホーヨルは楽しそうに言う。それでも何とかしなければ……!

 ――レジスタンスが動かないなら、誰がこの獣人を助けるのだろうか。
 ――自分はレジスタンス、ワイバーン部隊の何だというのか。
 ――自分は獣人であり、そして人であるならば、いったい何をすべきか。

 すすめは痛む足をゆっくりと動かし、その火の上に自分の足を置き、それをねじ伏せる。
 そしてゆっくりと立ち上がって

「これから、あたしのターンね」

 と言って勝気に笑う。

 その時、すすめの体はオレンジ色の光で包まれ始める。
 その様子を、ホーヨルは目をしかめて見つめていた。

すすめちゃんならおそらくパーリガンとサタンが行けば大丈夫、ということで障碍者施設の二階の仮想水面下で、パーリガンは一人で待機していた。
 ここで暴れる、ということは作戦の大幅な変更と、そしてその顕在化を示すことになる。
 そうなってくると本来の作戦実行日を大幅に早めざるを得ず、その結果、ある程度の不十分はいつものこととしても、準備不足が露呈することになる。
 そのことをメンヘルとジンゴはそれぞれ別の理由で渋い顔をしたが、それでもパーリガンにとってはどちらでもいいことのように思えた。

 仮想水面から侵入できるパーリガンとは違い、サタンは正面突破で入らなければならない。
 その際にどうしたらいいのかを判断すると、パーリガン自身が運送会社に変装し、そのまま侵入していくことが得策となる。
 パーリガンはサタンを構内に侵入させる前も、させた後もしきりに

「大丈夫?」

 と問う。

 するとサタンは

「ええ、大丈夫です。むしろ、パーリガンさんのほうは大丈夫ですか? 私なんかよりもよっぽど大変そうですけれど……」

 と心配そうに見つめてくる。
 それに対し、パーリガンは

「大丈夫だよ。あんがとな」

 と言葉を返すことで、お互いの無事を確認していた。

 侵入の機会をお互いに見計らう。
 カワウソそのものの姿になったサタンは、何だがちんちくりんでかわいらしい。
 とはいえ、そんなことを指摘するのは女性に対して失礼だと思い、パーリガンはあえて無言を貫いた。

 しばらく待機し、どれだけ立ったかわからなくなったその瞬間、室内で激しい爆発が起こった。

「すすめちゃん、大丈夫?」

 と思わずパーリガンはテレパスを送る。
 しかしなんの返答もない。
 その瞬間、パーリガンはサタンにテレパスを送る。
 サタンは軽く

「エエン」

 とカワウソの声で鳴くと、それが侵入の合図となった。
 サタンは窓の隙間から侵入し、すぐさま人間体へと変わる。
 さらにパーリガンもその場でブリーチングを行い、内部へと侵入する。
 内部ではすすめの体が軽く光を受け、浮上していた。

 すすめはあの世にでも行ってしまうのではないか、といった、神々しい光に輝く。
 サタンはどう判断したらいいのかわからないといった感じでぼうぜんと見つめている。
 そして手を組んで祈りを始めた。

 一方、敵もまた行動を制止している。その横では猫族の少女が悲しそうに涙を流していた。

「コムテク・ホーヨル」

 とすすめは言葉を継げる。
 それに対し、ホーヨルは

「なんだよ」

 と声を荒げ、銃を構える。

「あんたに受けた体と心の傷、今から返すから」

 と味も素っ気もない声で言うと、ホーヨルは

「はぁん」

 と言って自身の銃を取りだす。
 KP三十型機関銃。
 ただその形に、パーリガンは違和感を覚える。
 よく見るとその銃には弾倉がなく、何かのエネルギーを直接受ける形になっている。
 おそらくこれは魔術を使うのではないかと、彼、そしてサタンは警戒する。
 それによく見ると、そのような銃弾を用いているのはホーヨルだけではなかった。

 ホーヨルの横にいるカチン少佐とナサン一等陸士たちも同様の兵器を持参している。
 となると、ここに派遣されている兵士たち、つまりムアン統合基地の人間たちは何かしらの魔術を使えるようになっている可能性がある。

 ――やばい意味でやばいかも

 とパーリガンはテレパスを入れる。
 それに対し、チョロも

「やばい意味でやばいね、それ」

 と言葉を返す。
 だからと言ってここで戦うのはきっと自分だけで十分だとも感じる。
 パーリガンは「けっ」と言葉を吐き捨てると、

「なんだか物騒なものもってやがるぜ」

 という。
 それに対し、ホーヨルは調子に乗っているのか、

「私たちが物騒なら、君たちのその体は何なんだよ」

 と軽い口調で返す。

「貴様たちの体は魔術サイボーグとしてふさわしい武器がたくさん備わっている。一方で俺たちはそんな小細工は一切していない。その違いがこれからの戦術に有利に働く」

 というと、すすめを見て銃を構える。

 ホーヨルがトリガーを引くと、その先から真っ赤な光が打ち放たれる。

「すすめちゃん!」

 というパーリガンとサタンの声が響き渡る。
 しかし、すすめは目をじっと見開き、あくまで弾薬の動きを確認しているようだった。
 そしてすぐ、すすめは魔法陣を展開。
 彼女らしい、菜の花色の魔法陣。
 それが展開され、その真ん中に魔弾が衝突。
 まるで空間がゆがんだようなビヨン、という音が全員の耳をつんざく。ほかの兵士もそれに合わせ、すすめに弾丸を放つ。

 しかしすすめはそれを上手に躱すと、魔法陣のわきから銃を露出させる。

「かっけーもんもってんな」

 とパーリガンは軽い口調で漏らす。
 すすめの手に握られたコンパスK五十五魔法銃。
 チョロの持つK八十五よりかは性能に劣るものの、初めて使う銃としては十分高性能な銃だ。
 パーリガンはその銃を放て、と叫ぼうかと思う。
 しかし、その必要はあまりないとすぐに判断した。

 すすめは魔法陣の陰からじっと敵を見つめ、まずは足を狙う。
 黄色の魔弾がまっすぐに飛行し、その弾丸はホーヨルの太ももでさく裂。ホーヨルは目をしかめる。
「やるじゃねぇかよ、このアマが」

 と叫ぶホーヨルを、すすめはじっと遠くを見るような目で見つめる。

 すすめは自分の攻撃であるにもかかわらず、あまり自分でやったような気持ちがなかった。
 まるで誰かにそそのかされて弾丸を撃ったような感覚に、自分自身としてもひどく驚いていた。

「これでいいの?」

 とすすめは一発撃ってからテレパスを流す。
 その瞬間、全員から

「すげぇ!」

 といった声が上がる。それに自分の行動を理解したすすめは、再び敵兵を見つめる。
 その時、ホーヨルは

「このアマには本格的に教育が必要だなぁ! おい!」

 と絶叫し、すすめめがけて銃をガトリング照射する。
 それをすぐさまテーブルの陰に隠れて避けると、すすめもその陰から魔法陣を展開し、魔法陣の盾を作りながら物陰から敵を狙う。
 ホーヨルはそんな慎重なすすめを挑発するかのように一歩一歩とすすめに近づき、そしてウルリムのこめかみに銃を当てる。

「この女をいじめる訓練から始めようかね」

 というと、銃を当てたまますすめのちかくまでウルリムを引き連れて歩く。

「あと十数える間にてめぇが降参しないと、この女の頭はスイカだ」

 という。

 それに対し、すすめは二つの選択肢を与えられたと考える。

 ――一つ、黙り込む。
 ――もう一つ、この男を言葉で挑発する。

 すすめはそのうちの一つを取ると、魔法陣の遮断を取っ払い、

「何言っているのかしら」

 と強がりを見せる。
 本当は足元ががくがくしている。こんなところで戦闘なんてできっこないし、したくない。
 しかし、いま戦えるのは自分しかいない。
 そしてそう思うわないと生きた心地がしないし、それに目の前にいるのは、自分の敵たるコムテク・ホーヨルだ。
 彼を始末しなければ、自分の沽券に差し障る。
 それがつまらない意地の類であったってかまわない。

 すすめはそう思いつながら、銃をぎゅっと握りしめ、祈る。

 ――あんた、頼りにしているよ

 その祈りに応えるように、すすめの銃は何かを言ったような気がする。

 ――OK, Thank you for depend on our system! We are merge and continue traveling as a Sniper for another sky!

 その言葉をどうとったらいいのかわからない。
 しかし、この銃は答えてくれているような気がする。
 その応答に応えてやりたいんだ。
 すすめはそう覚悟を決めると、

「あんたがそんな卑怯をするってこと、あたしは知っていたわ。それであんたたちはそうやって獣人を殺して、ひどい目に合わせてきた。それにあたしもね。町田のホテルにあんたを連れ込んだのは本当に馬鹿だったよ。あんな粗チンにあたしが犯された? 本当、バカみたい。でもね、あたしは理解している。あんたはその粗チンで女を馬鹿にしてきたってね。それでそこのウルリムちゃんって女の子もバカにしている。命をたぶらかしながらね」

 と言って銃をホーヨルに向ける。
 それに対し、ホーヨルは

「ふん。お前ごときが私に盾をつくその勇気は認めてやろう。だが貴様はここで終わりだ!」

 と叫ぶと、すすめめがけてトリガーを引く。
 それは威嚇射撃ととらえてもよいものだった。
 すすめはそれをまともに太ももにくらい、思わず目をしかめる。

「いったーい! 何すんのよ!」

 とすすめは怒りの声を上げる。
 それに対し、ホーヨルは

「こんな弾丸で痛みを受けるようなら、貴様はこれからの嵐に耐えられるかな!」

 というと、すすめめがけて再び銃を構える。
 その銃口が怖くないわけがない。
 でも、立ち向かわなくてはならない。

 すすめはその覚悟を決めると、魔法陣を展開し、銃に魔力をローディングする。
 そしてその銃を腕の先に突き出し、ホーヨルめがけて向ける。
 一方ですすめ自身に向かって銃口が向けられている。
 それに対しすすめはにこりと微笑むと、注意深く敵の腹を狙い、トリガーを引く。
 その一方で敵兵はすすめのことを集中して何発も発射するかのようにトリガーを握りっぱなしにしている。
 すすめの手の内を読んだのか、

「そんなもんで俺を倒せると思っているのか!」

 とヒステリックな声を上げてトリガーを引く。
 すすめはすぐさま魔法陣を展開て敵の弾丸を防ぐ。
 その時、敵の腕にすすめの弾丸が命中し、さく裂する。
 その瞬間、ホーヨルは目を大きく見開く。
 すすめが放った魔弾。
 それには爆裂魔術を込めている。

「何をしやがった……!」

 とホーヨルは叫ぶ。
 それに対しすすめは

「爆裂魔術を込めたのよ。あんたのその悪いおててを吹き飛ばしてもしまおうと思ってね!」

 と勝気で笑うと、ホーヨルは

「この……!」

 と悔しそうな叫びをあげる。
 それでも左手が機能しているからと、左手に銃を持ち変える。
 しかし左手のみで銃を持ったことで、銃がぶれてしまうようになってしまった。
 それを見てすすめは

「ブレブレね」

 と挑発をする。それに対し、ホーヨルは「

 それでも貴様に勝ってやる!」

 とすすめめがけていう。
 その瞬間、ホーヨルはすすめの顔面をめがけて弾丸を発射した。
 その行方はどうなるか。
 すすめはある程度の高速映像をゆっくりとみられる魔術を利用し、その速度を下げて、敵を見極める。
 そして敵の動きを察知して、すすめはトリガーを引いた。

まっすぐ、猛烈なスピードで、猛烈な速度で飛来する弾丸をすすめはその場で右回転で敵の弾丸を躱すと、パーリガンの懐に潜り入り、そこから敵兵めがけてトリガーを引く。
 弾丸はうまく敵の急所には命中しなかったものの、敵兵の腹を撃つことができた。
 腹でもまた、弾丸がさく裂する。
 それによって生じた体の痛みに、ホーヨルは激しく目を大きく見開き、その痛みを訴える。
 それがチャンスとわかると、さらにホーヨルめがけてすすめはトリガーを引く。

 すすめの弾丸はホーヨルの右足の付け根でさく裂すると、ホーヨルの足と胴体のかみ合わせが怪しくなる。
 ホーヨルの動きもぎこちなくなり、彼は動くにしてもゆっくりと、そして足を引きずりながら歩くようになった。
 それはすすめに対してもさらなる攻撃を促しているように感じる。

 すすめはさらに銃のスコープを覗き、敵の、今度こそ彼の動きを止めたいと思い、トリガーを引く。
 一方、敵兵もまたすすめめがけてトリガーを引いている。しかしその手はさらにぶれ、その弾丸がパーリガンのほうへと向かっていく。
 パーリガンはそれを敵兵の死体で防ぐと、再び戦闘に戻る。

 パーリガンのように戦えるかと言ったら、それは不可能だ。
 でも、ゆっくりと、敵の命を削ることなら自分でもできるかもしれない。
 すすめはそう願うように思うと、再びスコープを覗く。
 そのとき、ホーヨルはウルリムの後頭部に銃口を突き付けているのを発見した。

「あんた! それ卑怯じゃない?」

 と叫ぶ。
 しかし、ホーヨルは

「卑怯? あんたたちのほうが卑怯でしょ。その体に何を積んでいると思っているの? 核兵器だよ? 核兵器。そんなもの俺たちは持っていないし、それにあんたみたいなナノマシンサイボーグも俺達にはいない。そんな卑怯者を差し出して、俺達には自衛の手段すら取らせないのは卑怯以外の何物でもない!」

 というと、ホーヨルは口元をにこりと緩める。
 その瞬間、何発も銃弾が放たれる、重たい破裂音が空間に響く。
 その瞬間、ウルリムの銀色の髪は真っ赤な血液まみれて汚れ、その人形のように整った顔は阿修羅のように裂けてしまった。
 その様子を見て、すすめたちは言葉を失う。
 すぐさまサタンは

「すすめちゃん! 気にしないでください! ここからは私の領域です」

 というと、紫の魔法陣と、赤い肉球の描かれた結界を表示してその中に入り込む。
 一方、すすめにとってはなんといっていいのかわからなくなった。
 脳天から、まったく無関係の民間人の獣人を殺害した卑怯な人間。
 そんな人間が、自分の目の前にいる。
 その事実だけで吐き気がして、さらに寒気がする。

 その恐ろしさと怒りに、体ががくがくと震え始める。

「……許せない……」

 とすすめは声を振り出す。
 それに対しホーヨルは

「許せないって言っても、これが戦場の現実なの。弱いものは殺される。それもその平和ボケした頭の中に……」

 と言い出す。
 一方、すすめはじっとホーヨルの顔面に弾丸を命中させるべく、照準を合わせる。

 トリガーを引く。
 弾丸はまっすぐにホーヨルの目をめがけて向かっていく。
 ――命中するか。
 すすめはじっと、その怒りのこもった弾丸を見つめる。

 しかし、実際にダメージを負ったのはすすめだった。
 すすめもまた、顔面を狙われていたのだ。
 すすめの顔面に向かった弾丸はすすめの鼻を粉砕し、そこから真っ赤な鮮血を大量にぶちまける。
 その痛みに、すすめは思わず目をしかめる。

 何かを言うことも、鼻をやられては困難だ。
 呼吸もできず、気管にながれこむ大量の血液に、すすめは思わずむせ、それを吐き出す。

「何よ!」

 と言ってやりたい気持ちで胸はいっぱいだ。ただ、それを言うことは、今はできない。
 その代わりできることと言えば、敵兵を始末することだ。
 すすめは痛みを抑えつつ、魔法陣をふたたび展開しその中に魔力をこめる。
 そして敵の心臓を狙ってトリガーを引く。

 しかし敵はそれを見越していたのか、心臓を狙われたのはすすめのほうであった。
 すすめはそれを魔法陣で防ぐも、二発目の弾丸を腹で受けてしまい、その場でうずくまる。
 しかしそれを狙わないガンマンなど、この世界にいない。
 うずくまったことで背中に銃を受け、口からさらなる血液を吹き出す。
 意識の中には「戦線離脱勧告」というアラートが表示され、それに合わせるようにチョロは

「ほかのメンバーにそこを預けなよ」

 と優しく促す。
 しかし、すすめは「やだ!」と言ってそれを拒否する。
 その言葉に呼応するように、銃はなにかを語り掛ける。その言葉に耳を澄ませる。

 ――I recommend to use more-power magical system. You can switch mode to the more-power mode when you wish to switch its mode.

 すすめはその、明るくもどこか冷たいアナウンスを聞くと、その痛みを考えながらもトリガーを握りながら自身の意識に集中する。
 そして「モード変更!」と願うと、巨大な黄色い魔法陣が展開される。
 銃は今までの軽機関銃サイズから、まるで折り紙が折られるかのように銃の形が重機関銃に変更される。
 すすめはそれを見て少し面食らったように驚くも、これで勝利できる自信を感じ、勝気な笑みを敵に向ける。
 その表情に、ホーヨルは「何だよ」と引きつった顔をする。
 しかしそれに答えることが出来なければ、答える義務もない。

 すすめは再びにこりと微笑むと、心を落ち着かせて祈る。その時、再び銃が何かを言っているかのような声が聞こえてくる。

 ――Please grip your trigger to arrive your final-destination.

 その声に従い、すすめは銃にわかるように内心で

「オーケー! あたしたちの最終目的地に着いちゃおうじゃない!」

 と告げると、トリガーを引く。
 すでに敵には何も障害物はない。となれば。

 放たれた幅の広い黄色の光線は、真ん中にホーヨルをとらえながらまっすぐに進んでいく。
 ホーヨルはその光線から発せられる激しい電光に当てられ、目を大きく開けながら、真っ黒な煙を出して燃え始める。

「俺は!まだまだ死なない!」

 と叫ぶも、すすめの魔力によって放たれた弾丸にはかなうことができず、そのまま心臓を焼き尽くされ、さらに肺を燃やされる。
 その痛みにホーヨルは耐えようとし、そしてすすめに向けて銃を構える。
 しかし、その光によって銃も燃やされると、そのまま腕を焼かれ、激しい燐光を放つ。
 その瞬間、人の体が燃えるような激しい悪臭がすすめの鼻腔をつく。

 自分は人を殺した。
 その事実に、すすめは言葉を失う。
 しかし、その殺人はきっと誰かのためになり、さらに正当防衛だったのだと、自分に言い聞かせる。
 それでも、ホーヨルを殺してよかったのだろうか。
 それだけが疑問として、すすめのこころをざらざらとなでつける。
 その痛みにすすめは思わず目を閉じる。

「すすめちゃん、お疲れ様」

 とチョロはすすめを励ますようなやさしい声で言う。
 その声に、すすめは

「あたし……あたし……!」

 と涙を流し、テレパスの中でチョロの肩を抱き寄せる。
 チョロはその涙と声を受け止めるようにすすめを抱きしめると、ゆっくりとすすめを抱きしめる。

「もう大丈夫だよ。君は何をどうやって戦ったんだい?」

 とチョロは柔らかく、アファーマティブな声で言う。

 その声に、すすめは

「あたしね、……人を殺したの」

 と、ゆっくりと話し始めた。

006:THE UNIVERSE

006:THE UNIVERSE

パーリガンは剣を握り、敵に相対していた。
 横ではすすめがホーヨルと戦い、サタンが襲撃されたウルリムを救出している。
 その一方でパーリガンの敵は、ここの教職員であった。

 彼らは魔術の心得があるのか、魔法弾を利用しており、それを握りしめて戦おうとしている。
 とはいえ、魔術の熟練度であれば自身の体にそのシステムを宿すパーリガンの圧倒的優位を覆すことはできないだろう。
 パーリガンはそう踏んで敵を見つめ、勝気に笑う。

「相当余裕だな」

 と敵兵は言葉を話す。
 それに対し

「敵に会話を求めるなんざ、そっちもずいぶん余裕だな」

 と返す。

 その瞬間、パーリガンは魔力を込め、加速装置を使って敵兵へと一気に加速し、近づいていく。
 それに気づいた敵兵はパーリガンを狙おうとするが、その姿を見つけられない以上、パーリガンを襲撃することはできない。
 パーリガンを見失った敵兵はむやみやたらに魔弾を発射する。
 銃自体はきちんと撃てているが、魔弾に込められた魔力の濃度や威力は少ないと判断したパーリガンはそのまま姿を現し、勢いに任せて剣をまずは縦に、次いで横に振る。
 その際、パーリガンはわずかに目を閉じ、剣に魔力をこめる。

 敵兵はすぐさまパーリガンに気づき、銃を向けてトリガーを引くも、その弾丸が当たる前に体を切り付けられ、内臓を冷凍させられてしまう。
 さらにパーリガンは別の教職員に対して左から冷凍剣を薙ぎ払うと、さらに奥にいた教職員を今度は右から薙ぎ払う。
 切り払われた敵の教職員はその場で胴体を凍結させられ、さらにパーリガンが剣を地面に突き立てるとそのまま上半身が粉砕され、粉々になって消えてしまう。
 パーリガンはこれであらかた教職員がいなくなったことを確認すると、すすめを見る。
 彼女は戦闘で相当消耗しているのか、ぐったりと倒れこんでいた。

「かわいいねぇ」

 とパーリガンはいうと、すすめを肩にかけて教室から飛び出そうとする。
 その時、後方からパーリガンを呼ぶ声が聞こえた。

「死に損ないのシャチさん。君、よみがえったんだね」

 という声に、パーリガンは動きを止める。
 その声は少しばかり甲高く、そして自分たちの味方の声などを収録したシステムにも搭載されている声だ。
 その声にパーリガンは思わず振り返る。

 そこに立っていたのは、三角帽子をかぶり、ぴっちりとしたスーツを着た魔法使いの青年だった。
 パーリガンはその青年の顔を見て、思わず

「はぁ?」

 という声が漏れる。
 赤いスーツを身にまとった青年は確かにパーリガンたちの味方であるはずの、アスターだった。
 彼の顔をすすめに見せたくないとも思う。
 それほどにアスターは醜悪な表情をし、パーリガンを試していた。

「そんな顔しないでよ、反ベノムの兵士さん」

 というと、真っ赤な牙を見せるように口を開く。

「ごめん、ここまで観測できなかったよ……! なんだあれは!」

 とタロットからも連絡が入る。
 確かに観測などできていなかった。
 彼は化け物なのかどうかもわからないし、それになぜ、味方の鉄路の魔女たちが反ベノムという言葉を口走るのかもわからない。
 ただ言えることは、彼らは敵の陣に落ちた可能性があるということだ。
 それでも何とかなるかもしれない。
 パーリガンはとりあえず軽く接してみることにする。

「反ベノムなんてキザなこと言わなくたっていいんだぜ? 俺たち仲間だろ」

 というと、敵は

「その考えを持っている以上、貴様は俺に勝つことはできねぇよ」

 とゆったりと、しかしはっきりした声で言う。

「そんなつれないなぁ。もっと気楽にしなよ」

 というと、敵、アスターは

「これから十秒待ってやる。その間にその女を渡せ」

 というと、パーリガンは

「やだって言ったら?」

 と軽くいなそうとする。
 それに対しアスターは

「そうしたら貴様を殺すまでだ。殺して貴様の体の秘密、エイプリルシステムの全容を把握し、掌握し、獣人を蹂躙するまでだ」

 という。

 パーリガンは

「おう、怖い」

 とさらに軽口で返す。

「そんな怖いこと言ってないでさ、かわいこちゃん一緒にナンパしようぜ? そんなベノムの手下なんてやったって何にもなんないぜ?」

 というと、アスターは

「うるさい!」

 と叫ぶ。
 その言葉にパーリガンは自分の拒絶を悟った。
 これ以上、ここまで自分を拒絶する人間に肩入れして何になるというのか。
 もしかしたら彼は本当に心までベノムに預けてしまっているかもしれない。
 となれば、ベノムの軍勢として彼、そして鉄路の魔女たちを反獣人として裁かなければならないかもしれない。
 それはパーリガンにとって、勇気のいることのように思えた。

 それでも覚悟しなくてはならないのならば。
 パーリガンは

「その口、いい加減にしろよ」

 とにこりと笑いつつ、強めの口調で言う。
 しかしアスターは

「お前こそ」

 とパーリガンを挑発する。
 パーリガンはあくまで冷静に、攻撃をする前に敵を見計らおうとする。
 その時、アスターは杖を振り、すすめの足を巨大な岩で縛った。
 その瞬間、パーリガンは「てめぇ」と言ってすすめを肩から下ろし、剣を握って加速する。

アスターはそれを待っていたとばかりに、パーリガンをまじまじと見て動かない。
 パーリガンはその場で飛び上がると、剣を振り下ろして斬撃を加える。
 猛烈な煙と共に送られていく冷凍ビームと、斬撃。
 それが命中すればアスターはどうなるかわからない。
 アスターのもとにその斬撃が向かうと、煙は彼の視界を奪う。

 これで倒せたか、とパーリガンは思う。
 しかし、次にピンチに陥ったのはパーリガンだった。
 背後から猛烈な魔弾を受けたパーリガンは、その爆発に吹き飛ばされ、剣もろとも壁にぶつかる。
 その衝撃で軽い脳震盪を起こし、頭がふらふらする。

「くぅ……っ」

 と呻き声を上げつつ、ぼやける視界で前を見る。
 視界の先でアスターは挑発的な顔をしてアスターを見る。「うわぁ、ざこいなぁ。こんな雑魚にベノム軍は負けていたってわけかぁ。それにしてもかわいそうだなぁ。もうこの小説は終わりだっていうのに、そのおわりに立ち向かって続きをすすめちゃんに書かせようとしているんだもの」

 というと、アスターはパーリガンの足を見る。
 パーリガンは挑発されていることに気づいてはいるが、それに対して有効な言葉を返す気力がすでに落ちてしまっていた。

 頭が痛い。
 それでも立ち上がらなければならない。
 パーリガンは何とか剣を支柱に立ち上がると、

「それはどうかな。俺たちは物語でしか生きていけないんだ。だからこの物語が最後まで終わることは、俺たちの命を守ることにもつながるんだよね」

 というと、再び剣を握る。
 それに対しアスターは

「まぁ、この物語はもうすぐ完結もせずに終了する。物語の最後を、貴様たちも味わうんだな!」

 というと、魔法陣を展開。

「火炎竜召喚!」

 と叫ぶと、その中から真っ赤なドラゴンが呼び出される。
 パーリガンは

「ドラゴンだって? ファンタジー小説らしくなっていいじゃん!」

 というと、もう一度、確かめるように剣を握る。
 ドラゴンはパーリガンの背後を目指して飛来していこうとする。
 パーリガンはそれを迅速に察知すると、ドラゴンに背後を取られぬように回り込む。

 しばらくドラゴンを追い回していたパーリガンだったが、やがてパーリガンがドラゴンの背後を取れたことを確認するや否や一歩、二歩と駆け出し、飛び上がり敵の背中真ん中に魔法陣を展開。
 その中めがけて冷凍弾二発を撃つ。
 そして「はぁっ!」と叫びながら剣を右、そして左に薙ぎ払い、十字の斬撃を食らわせる。
 ドラゴンの背中に向かった斬撃と冷凍弾は見事に命中し、そのまま墜落する体制になる。
 パーリガンはそのままドラゴンの上に飛び上がると、エコーを背中に向けてかけ、体内を探る。

「見つけたぜ」というと、彼はその心臓めがけて剣を思いっきり突き刺す。
 真っ赤な血液が彼の衣装、そして顔面を汚していく。
 その時、パーリガンは顔面に焼けるような痛みを感じた。
 思わず目を閉じると、そのまま開けられなくなってしまいそうなほどの痛み。
 それによって動きが封じられてしまいそうになる。

 パーリガンは何とかドラゴンから飛び降り、水回復魔術を使ってその痛みを解消しようとする。
 しかし、その痛みはなぜかそれでも取り除くことができない。そのようにてこずっている様子に気づいたのか、アスターはゆっくりとパーリガンに近づき、

「かわいそうだねぇ、うんうん」

 と言って微笑む。

「痛ってぇ……これなんだよ」

 と独り言のように言っていると、すぐさまその痛みの正体が姿を現す。
 パーリガンのほほが燃え始め、やがて真っ赤なドラゴンの血液を受けた場所すべてから、黒い炎が上がる。
 パーリガンの体の自己消火機能が働き、炎を消そうとするが、そのままパーリガンが触れた場所に燃え広がっていく。

「どうだい? 楽しいだろう?」

 と、アスターは近づく。

「これがドラゴンの技の極意さ。君はこの悪意の炎に焼かれて、消火されるまで一生苦しむのさ。燃え尽きることも、燃え上がることもない、そして君の体を痛めつけるだけのためのこの炎でね」

 というと、彼はパーリガンのことを突き倒す。

「このまま戦えるかなぁ?」

 とアスターは挑発するが、それに対しパーリガンは

「こんな痛みくらい、なんてことないよ」

 というと再び立ち上がり、剣を握る。
 その瞬間、アスターは火炎魔弾をパーリガンめがけて撃ちこむ。
 パーリガンはそれをよけようとするが、炎による痛みで動けなくなっているのは確かだった。

 火炎魔弾はパーリガンの手に命中し、特に左手が真っ赤に燃え上がる。
 何とか剣を落とさないようにとじっと手を持つが、さらにアスターは執拗にパーリガンめがけて火炎球を命中させる。

「あのエイプリル兵に対してこれだけ活躍できるとか、マジ俺天才じゃん!」

 と、アスターは楽しそうに笑う。

 その一方で二発の火炎球をまともに食らったパーリガンは、すでに上半身の強化服が焼き尽くされ、皮膚も一部損傷して体内の機械が露出してしまっている。
 それでもパーリガンは剣を右へと払い、アスターの体を狙う。
 しかしアスターはそれを華麗に躱すと、

「まだそれだけの力が残っているんだね」

 と挑発。さらに火炎球を発射した。

パーリガンはそれを躱すべくバックステップを取るが、その距離の間合いすらもアスターは箒に乗って詰めてくる。
 なら仮想水面はどうかと水中にもぐる。
 体内にしみこんでくる水が非常につらく、発狂しそうになる。

 しかしその姿すら敵には手に取るようにわかるらしく、パーリガンめがけて火炎弾を撃ちこんでくる。
 彼はそれを右へと躱してよけていくも、もう一発、こんどは進行方向右側に火炎弾を落としてくる。
 それではらちが明かないと遊泳深度を深めるが、それにより呼吸の問題が出てくる。
 これが魚族であれば酸素供給の問題はないが、パーリガンはシャチ族であり、いずれは水中より出て呼吸をしなければならない。
 一、二時間程度であればシャチ族の体のつくり、そして人工心肺の力で何とかなるが、その間に地上に留め置かれているすすめを拉致される可能性もないわけではない。
 水中で誰にも邪魔されない間に救援を要請しようと、テレパスを展開する。

 しかしその時、背中から炎に包まれたのを感じた。
 あまりの熱さにパーリガンは水中深くに潜り込むも、尾ひれを燃やし尽くさんとする炎に、目が大きく見開かれる。
 パーリガンはその対抗手段として腕の先からSLBMを発射。
 アスターめがけて撃ちこむ。
 このミサイルは迫撃砲機能も付いており、確実にアスターを追撃し、凍結させるはずだ。

 ミサイルはシュルシュルという音とともに発射され、魔法陣を通じてサイズが大型化。
 そのままアスターめがけて発射される。
 アスターは

「ミサイルなんて卑怯だなぁ」

 と苦笑いすると、魔法陣を展開。
 何かを操作すると、ミサイルは着弾直前に方向を変え、こんどはパーリガンの方角へと向かっていく。
 彼はそれに気づくと電子ジャミングを掛けるが、敵が魔術で動かしていることを確認するとすぐさま魔術ジャミングに切り替える。

 しかしミサイルはパーリガンのジャミングを突破すると、パーリガンに命中。
 腹部から真っ青な血液が噴き出るとともに、手が冷凍されてしまう。
 足を焼かれ、手も冷凍された状態では動けず、パーリガンはそのまま座礁を待つほかなくなってしまう。
 何とか自身の呼吸だけでも確保しようと、痛む尾ひれを動かしながら上昇していくが、その間に水圧に抗しきれなかった右腕、次いで左腕が脱落してしまう。

 何とか水面に浮かんできたパーリガンは、その場で呼吸をするも、その瞬間、アスターはパーリガンに魔弾を撃ち放つ。
 パーリガンはそのまま胸部が爆発し、部品が脱落していく。

「もうここまできたら動けないよねぇ!」

 と、アスターは挑発する。
 それに対しパーリガンは

「まだだ、まだ……動けるぜ……」

 といって動こうとする。尾ひれの先、ひれ部分をはじめ、半分以上の部分を失いつつも、何とか足を露出させて軽い動きでもできるようにしたパーリガン。
 しかしそんな彼をあざ笑うように、アスターは火炎弾を彼めがけて発射する。

「でももう君はおしまいだ。こんなところで頑張るより、僕たちの解剖学のためにその体を提供したほうがいい。ねぇ、ティリィくん」

 というと、パーリガンは思わず目を大きく見開く。

「なぜその名を!」

 とパーリガンは訴えるが、それに対してアスターは何も答えない。

「君の体を客観的に見てみなよ。尾ひれと腕は外れて、おなかや肩から体内の機械があらわになっている。それどころか体内に水分が入りこんでろくに機能していない兵器もある。こんな状態でどうやって戦うっていうんだい?」

 とアスターは言う。

 それに対しパーリガンは

「それでも俺は……戦う……誰にも……負けない……」

 と消え入りそうな声で言い、仮想水面から立ち上がると、目に魔法陣を展開させ、アスターを見る。

「なんだ、その目は?」

 とアスターは言うと、魔法陣を展開し、杖から再び火炎弾を発射。
 パーリガンの胸を狙った火炎弾は見事に胸に命中し、さく裂。横隔膜が吹き飛び、人工肺に接続されたガスボンベが爆発する。
 それでもパーリガンはじっと立ち尽くし、アスターをにらみつける。

 それに対し

「何だよ! その目は!」

 と言ってアスターはパーリガンに近づき、魔法陣を展開。
 箒ごとパーリガンに突っ込む。
 特攻を受けたパーリガンはついに消化装置や人工すい臓の類が爆発し、内容物がアスターの顔にかかる。

「何調子に乗ってんだよ……俺の顔に何してくれちゃってんの」

 というと、噴出物を服で拭い、パーリガンの、びりびりに敗れた胸をつかむ。
 そして思いっきり彼の顔面を左フックで殴りつける。

 しかし強化骨格でできた骨のせいで、パーリガンの体にダメージを与えられない。
 となれば、と考えたアスターは、パーリガンの心臓や肺に伸びる電気コードを無理やり引っ張って外し、さらに体内の人工臓器を次々と除去していく。

「こんなものがあるからベノムに生意気なことを言うんだ!」

 と絶叫すると、外した肺、心臓などを取り出し、地面に投げ捨てて踏みつける。
 周囲には真っ青な人工血液が飛び散る。

 その時、治療を終えたサタンが姿を現した。
 サタンは

「まぁ!」

 と叫ぶとアスターを自身の尻尾で払いのけ、パーリガンを抱えて救出する。
 そして

「あなたは……」

 というと、

「アスターだよ! 文句あっか!」

 と絶叫する。

 その言葉に、サタンは

「……アスターさんですね。あなたを追ってすぐに仲間が来るでしょう。覚えておいてください」

 というと、再びサタンは結界の中に潜り込む。
 サタンは治療を始めたその時、アスターはすすめに近づき、ゆっくりとすすめの首を刈り取ろうとした。
 その時、アスターは背中に強く、鮮明な痛みを覚えた。
 背中に手をやると、真っ赤な血液がびっとりとまとわりつく。
「誰だ……!」と思って振り返ると、そこにはもう一人のシャチ族の男が立っていた。


「貴様、つまんねー男だな」

 と、オッパはいう。
 その一方で背中に刀を受けたアスターは痛みをその目で訴える。

「てめぇ、何をしやがる!」

 とアスターは叫ぶ。
 それに対し、オッパは

「それは俺たちのセリフだ。お前、俺たちの仲間に何をしてくれやがる」

 というと、アスターは

「それは……貴様らがわれらベノムの民を裏切ろうとしたからだろ!」

 と叫ぶ。
 その瞬間、オッパは加速装置を起動し、自身の腕に出現させたひれ型カッターで切りかかる。
 その切れ味により、アスターの右腕の肘から下が切り落とされる。
 その瞬間、あまりの痛みにアスターは「くわっ!」と叫びをあげる。
 しかしそれ以外アスターは何も話そうとしない。
 それを確認すると、オッパは先ほどから吸っていた、火のついたたばこをアスターのうなじに押し付ける。
 その痛みにアスターは思わず目を大きく見開き、再び叫ぶ。

 しかしその痛みを与えてもなお、アスターは呪文を唱え、自身の左手に持った杖を使って魔術を掛けようとする。
 しかしそれを見たオッパは

「その棒が悪いことをしてやがるんだな」

 というと、オッパは自身のひれ型カッターでアスターの腕の神経を切るかのように縦に体を動かして、アスターの腕を切断する。
 その瞬間、アスターは大きく目を見開いてその痛みを訴えるが、オッパはそれを無視して手に握っていた杖を奪い取る。
 オッパはそれを取るとそれを一瞬握って考える。

 このまま折ってしまっても面白いのだが、ほかにすることもあるだろう。
 そう思うと、心の中の、大麻たばこで押さえつけている強い感情が姿をひょっこりと現してくる。
 オッパはおもむろに氷の十字架を作り出すと、それにアスターを括り付ける。

「普段のお前であればすぐにこんな安普請な十字架なんてぶっ壊せるだろうにな。ぶざまだ」

 というと、オッパはアスターの顔に唾を吹き付ける。
 つばにも魔法陣を込めており、その場所から凍結が始まる。
 そしてなにかの鼻歌を歌いながらアスターの下腹部に剣を当て、服を切り裂く。
 露出するペニスと尻。
 オッパは思いっきりペニスを十文字に自身の剣で切り裂くと、アスターは絶叫して上空を仰ぐ。
 さらにオッパは一旦アスターに正拳突きを腹に喰らわせて行動を封じると、ペニスを引き抜く。
そしてその腕を、アスターのペニスのあった場所に突っ込むと、その奥を弄って前立腺にまで手を伸ばし、それを思いっきり引き抜く。
 その瞬間、アスターは気絶したのか、そのまま動かなくなる。
 オッパは

「つまんねぇな」

 というと、右手でリングを作り、それでアスターの首をつかむ。
 その瞬間、激しい電流が流れてアスターは目を覚ます。
 しかし痛みのあまり

「おおおおおおん! いだいよおおおおおお!」

 とすさまじい絶叫を上げる。

 オッパは

「うるせぇな」

 というと、アスターに魔法陣を展開し、それをアスターの、かつて彼の象徴があった場所に流したのち、大麻タバコを一旦オッパの口で蒸したのち、アスターに咥えさせる。
 その瞬間、アスターは少しばかり言葉を取り戻し、

「ぜぇ、はぁ」

 と何とか話せるようになる。

「何……しやがるんだ……!」

 とアスターは叫ぶ。
 それに合わせ、オッパは

「お前に聞きてぇことがあるんだ」

 というと、自身のポケットから煙草を取り出して蒸す。
 大麻入りたばこ独特の甘ったるいにおいが周囲にひろがる。

「何だ……よ……」

 とアスターがいうと、オッパは

「お前たち鉄路の魔女たちのことだ。ベノムに寝返ったのは、てめぇだけか? それとも鉄路の魔女全員か?」

 と問う。
 それに対し、アスターは

「そんなこと、答えられる分けねぇだろ」

 という。
 その瞬間、オッパは魔法陣を展開し、アスターのシンボルのあった場所に刺さった魔術の杖を突きさす。
 その瞬間、アスターは

「おおおおおおん! いだいよぉぉぉぉぉ!」

 と絶叫する。

「わがっだ! やめで! おでがばるがっだぁぁぁぁぁぁ!」

 と叫ぶと、オッパは再び魔法をかけて止血する。

「……そうだよ。お前の言うとおりだ。鉄路の魔女のリーダーが変わったんだ。かつてのベノムレジスタンスでは魔女は生きていけないってな」

 というと、オッパは少しばかり考える。

 いったいあのメンバーの中の誰に変わったというのか。
 あるいは、何かの陰謀か。
 おそらく陰謀と考えたほうがいいだろう。
 当然ワイバーン部隊の連中であれば、ハニーでなくとも鉄路の魔女の連中の動きは理解しているはずだ。
 それにそもそも、タロットが察知できなかったというのもおかしな話だ。
 もしそれが事実なのだとしたら、何が考えられるというのか。
 オッパはじっと考える。

 そして

「その新しい魔女ってのは、どんな奴だ?」

 というと、アスターは何かを怖がった様子でじっと見つめ、顔を落とす。

「なぁ、俺のこと、守ってもらうことってできるか?」

 と問う。
 それに対し、オッパは

「てめぇの回答次第だ」

 という。
 するとアスターは少し考え、

「俺にイェスノークイズを出してよ。正直に答えてやるから」

 という。
 その言葉にオッパは少しだけ考える。

 その時、すすめも目を覚まし、「何?」と前を向く。
 すでにすすめにかけられた岩の魔術は解除されているのか、動けるようになっていた。
 しかし、すすめの今見ている姿はあまり教育上よろしいとは思えない。オッパはすすめに近づき、

「子供はさっさとおねんねだ」

 と言って魔法をかけようとする。
 しかしすすめは

「子供って何? あんたとあたし、二歳くらいしか変わらないって、ファンタちゃんが言ってたよ! それにあたしは従軍記者よ。教えなさいよ! このぜんぶ!」

 という。
 それに対しオッパは

「てめぇはプロパガンダを書いていりゃいいんだよ。こんなことに首を突っ込む必要はねぇよ」

 と言って、うっとうしそうにたばこをふかす。
 しかしじっと、

「絶対にあきらめない」

 と言わんばかりの目を見ていると、オッパも何と言ったらいいのかわからず、

「この男にしたことだけは聞いても答えねぇぞ」

 と言う条件で、質問するオッパの横に立たせることにした。

オッパはアスターの十字架の前に立ち、たばこをふかしながら、何を聞くかについての整理をしていた。
 気になることとしてはいったい誰が、どうやってベノム政府と、タロットのチェックをすり抜けて友好関係を結び、そしてワイバーン部隊に戦闘を吹っかける真似をしたのかということだ。
 何も理由がなければワイバーン部隊に戦闘を吹っかける必要も、ましてやベノム軍と友好的な態度を取る必要もない。
 強烈な差別と、哀れまれなければならない対象としての視点にうんざりした、ということを、感傷的だとは思いつつも考えることはできる。
 しかし、その根はもっと深く、そしてややこしい話なのではないかというにおいがして、オッパはアスターをにらむ。
 それに対し、すすめは「どうやったらタロットのあの魔術の目をだまして革命を成し遂げてしまったのか」というところに目線が行っている。
 きっとオッパの考えている通り、感傷的なもので考えるよりも、タクティクスな何かで考えていったほうがこの出来事の本質に迫れるような気がした。

 アスターは何か質問を思いついたのか、「てめぇに聞く」というと、アスターをにらむ。
 アスターは

「てめぇって言うな!」

 と声を上げるが、その瞬間、オッパはアスターをにらみ、たばこをもって「ああん?」とすごむ。
 するとアスターはひぃ、と言って小さくなる。
 その姿が楽しくて、すすめはけらけらと笑うと、アスターは

「なに笑ってやがる!」

 と反駁する。

 それに対しオッパは

「ナニがやられてやがるやつ、さっさと答えろ」

 とうっとうしそうに言うと、アスターは言葉を失って

「何だよ」

 と、困惑した様子でオッパを見る。

「てめぇは魔術者だよな?」

 というと、アスターはわずかに表情を曇らせる。
 オッパはその瞬間何かを感じたのか、アスターに自身の刀を突き付ける。

 すると

「……マスターがいるんだ」

 という。
 その時、すすめは

「どういうこと?」

 とすすめは問う。すると

「さっき魔法陣を読んだんだが、こいつの魔法陣のウィザードネームがこいつじゃなくなっている。ということはこいつのほかに誰か管理者がいるってことになる」

 というと、アスターは目を大きく見開く。

「……こりゃ大変なことになるかもしれねぇな」

 とオッパはため息をつく。

「大変な……こと……?」

 というと、「そうだ」と言ってたばこを口に咥える。
 よっぽど彼にとっては覚悟を決めないとならないことなのかもしれないと、すすめは思う。

「早い話が、鉄路の魔女が全員使い魔にされちまっているって話だ。鉄路の魔女のリーダーが誰か、政府にかかわるやつに名簿を売ったか、あるいは何か魔術コードを取得できるものを踏んづけちまったんだ。そうなればベノム魔術で使うAPIはどうなるか、てめぇもわかるだろ」

 という。
 すすめはベノムの魔女たちの物語、『魔女の戦い』を書いたときのことを思い出す。そして

「API……当時SNSをいろんなアプリで使えることに興味を持って調べたんだっけ」

 と言って、目を大きく見開く。

「そうだ。SNSとかで情報をやり取りするときに使われるAPIだ。それをてめぇは俺たちにも仕組んだし、あいつらにも仕組んだ。その結果俺たちはサイボーグ技術を発展させることにつながったし、あいつらもいろいろな魔術を簡単に使えるようになったはずだ。ただ、APIってのは危険でもある」

 というと、すすめは少し考える。
 SNSを使った際、あまりよくしらないAPIに接続して機密情報が漏洩したという話をニュースで見たことがある。
 そうでなくとも、SNSが勝手に投稿をし始め、友達にサングラスの広告を垂れ流す状態になってしまったこともあった。

「ってことは、API連携を変な風にしてしまったってこと?」

 というと、

「てめぇ、あまり賢くねぇな」

 とオッパは毒づく。
 それに対しオッパは無視するようにアスターを見る。

「これで第二問を聞けるな。APIを踏んづけたのは、てめぇのリーダーのアチラか?」

 と問うと、アスターは周囲を見て、

「これを答えるのは怖い」

 という。
 その時、タロットから

「僕も今、鉄路の魔女の魔術APIを調べてみたよ。その答え、知りたい?」

 というと、オッパは少し考え、

「チンコボーイ」

 と言ってアスターを見る。その言葉にすすめは

「それは言い過ぎ……」

 と言おうとしたが、オッパの鋭い目を見て、それを言うことをやめた。

「てめぇの口からほざかねぇなら俺たちの調べたことを言う。その瞬間、てめぇがあかんぼを作れねぇようにいたぶってやるし、俺たちのシステム魔女がそのAPIをハッキングするけどいいのか」

 というと、アスターは

「俺を……守ってください……」

 という。それに対し、オッパは

「すべてはてめぇの答え次第だ」

 というと、再びたばこを口に咥え、紫煙を吹き出す。

「サブリーダーのアチラです。彼女がとある財団から送られてきたテレパスに反応しちまったんです。『未来志向の鉄路の魔女支援』って文章です」

 と聞くと、オッパは少しばかり考える。
 そして

「タロット、今までやり取りされたテレパスの中でとある財団、おそらくベノム会議のものはあるか? その差出人を教えてくれ」

 と指示を出す。
 タロットは

「そんなテレパスいっぱいあるよ……もう」

 とつぶやく。
 しかししばらく待つと、

「オッパ、あったよ。僕たちにも送り付けてくるとは、なかなかロックだね」

 とため息交じりで言う。
 そして

「今ちょっとハッキングしてAPIを逆に取得してみたんだけど、これ、ベノムの中で魔術が急速に広がっていることの証左にしかなっていないね。受取人はアチラ・エンド、差出人はホーヨルだね。彼自身のプロフィールを見てみると、彼は鉄路の魔女を利用するために何年も鉄路の魔女を訪問して、彼らの権利向上を約束していたみたい。でもね」

 とタロットがため息交じりにいうと、オッパの表情はだんだんと焦りの色が浮かぶ。
 そしてオッパは荒々しくその焦りを込めたかのように、息を吐いて捨てた。

すすめは

「ってことは、鉄路の魔女が道路の魔女を買収しようとして言うってこと? ってことはあたしのシナリオを超えて、鉄路の魔女は道路に魔女に負けてしまった、ってことよね?」

 とすすめはいう。
 それに対し、タロットは

「オッパ、彼女を馬鹿にするのはよくないよ。すすめちゃん、相当頭いいじゃんね」

 とすすめを見て言う。

 それに対し、オッパは不機嫌そうにたばこを吸う。
 彼はゆっくりと息をすすめに吹きかけると、

「すすめ。これから言えることは何だと思う?」

 という。
 それに対し、すすめは

「臭いじゃない!」

 といって煙を払いのけると、

「言えること? そうね」

 と考える。

「鉄路の魔女をそのアチラってやつは操っているってことよね。しかも大勢で。そしてアチラを止めない限り、こちらでの戦線は対処療法になってしまう」

 というと、オッパは

「そうだ」

 と答える。

「それから、この障碍者施設があーだこーだっていうのは、実は些細な話だ。奴は俺たちをはめるためにここでこんな施設を作ったってこともここで生きてくる」

 とオッパはいう。

 それに対し、すすめは

「えっ! どういうこと?」

 というが、オッパはすぐに

「キツマ、キャプテン、てめえら、魔術のにおいがしたらすぐに戦え」

 と連絡を入れる。
 その瞬間、

「どういうことかしら!」

 と連絡が入る。
 その時、アスターは

「もう、全部ばれちゃったよね。俺、もう帰っても居場所ないかも」

 と力なく笑う。

「そうだよ。ここにいる障碍者はみんな障碍者だけれども、ただの障碍者じゃない。もうすでにみんな改造されているんだ。体内に魔術爆弾をつけてね。その委託管理者がまず、僕たち鉄路の魔女の中でもソヘっていう、一番下っ端の連中だったのさ。彼らを改造したのは僕たちで、APIを踏んづけてから二度と抵抗できないようにさせられちまった。居場所も、名前も、ぜんぶばれている。アチラに協力する限り、俺たちの命は保証されるってな」

 というと、笑いだす。

「もうお前もおしまいだよ。これから障害を持った人間たちが一人一人爆発させられるか、あるいは魔獣化する。それどころか兵士たちの出入りもできなくなっちまう。一方でベノム軍は襲撃するだろうな。『獣人障碍者が悪魔にそそのかされて蜂起している』って。もうおしまいだよ」

 というと、アスターは涙を流す。

 その瞬間、施設全体に真っ赤な魔法陣が展開され、至る所で窓ガラスが割れたり、爆発する音が聞こえる。さらに防空サイレンが鳴り響き、激しく空が白色に光りだした。

「ファンタ。てめぇに頼みたいことがある」

 と、切れそうになっているテレパスに必死に応える。

「ムアン基地の海戦はてめぇに任せた。あとは俺に任せろ」

 というと、テレパスからは砂嵐が聞こえてくる。

「畜生」

 とオッパは、たばことともに吐き捨てる。

 その時現れたのが、真っ蒼な軍服を着た青年だった。
 彼はぱちぱちと手をたたきつつ、

「やぁやぁ」

 と笑いながら登場する。

「よく僕のことを見破れたねぇ、さすがエイプリル兵の中でも精鋭部隊の、ワイバーン兵くん」

 というと、すすめに気づき、ゆっくりと近づいていく。
 すすめは

「何よ!」

 と緊張した様子で見つめていると、その青年はすすめの唇に自身の唇を重ね、ゆっくりと彼女の舌と自身の舌を絡めた。
 唇を離した瞬間にできるきらきらしたアーチを見て、青年は

「このアーチこそ、かっこいいとは思わないかね?」

 とすすめに問う。
 それに対しすすめは

「思わないわよ! この強姦魔!」

 と叫ぶ。
 すると青年は一瞬固まると、すぐににこにこと微笑み、

「さすが、僕のマスターを殺しただけあるよ。その強い意志を、この小説に込めようとしていたんだねぇ」

 と言って笑う。
 それに対し、すすめは

「そうよ。だから何?」

 と問う。
 その質問を、青年は

「美しい! 実に美しい! しかしこの命が絶えるときはどれだけ美しいだろう!」

 と叫ぶと、その場で魔法陣を作り出し、すすめをそれにかけてしまう。
 アスターとオッパは

「すすめ!」

 と叫ぶ。
 しかしその瞬間、二人に青年は

「汚らしい!」

 と言って赤い光の刃を作り出す。
 オッパはそれをすんでのタイミングで避けたが、氷の十字架に着けられ、弱っていたアスターはその場で大きく目を見開き、倒れてしまう。
 すすめは

「離しなさいよ!」

 と叫ぶが、青年はニタニタと微笑み、すすめの足の靴をゆっくりと外すと、その匂いを嗅ぎ、靴下を剥ぐとすすめの足を嘗め回す。

「てめぇ!」

 とオッパはいうも、青年は気づかないふりをする。

 ――それにしても誰だ

 オッパは感じ、彼の所持品をエコーで確認する。
 彼の名は、アチラといった。
 その瞬間、オッパは救助結界に入り込む。
 サタンは何かを聞くまでもなく、

「様子は確認済みです。すすめちゃんはともかく、パーリガンさんに関してはここでの処置を終えてセンセに移送済みです。私、戦えます」

 というと、結界から出てくる。
 その様子をみたアチラは、

「そんなに怖いことをしなくてもいいのにぃ。それより、このかわいい女の子、どうやっていじめようかなぁ」

 と、この世の醜悪を集めたような笑みで笑った。

..

チョロはオッパからのテレパスを聞くと、モニターに向かって頭をフル回転させた。
 このまま戦闘になだれ込むことは目に見えている。
 しかし、このまま戦闘になだれ込むことは戦力の不足をそのまま起こしてしまう。
 ほかの部隊の応援をうけることはできないかと、レジスタンス連合の統合指令システムを確認する。
 しかしどこの部隊も現在目下戦闘中となっている。
 それどこか、かなりの苦戦を強いられているところが多くあった。その原因は、オッパが閉じ込められた原因と同じ、魔術によるものだった。
 チョロは「魔術、かぁ……」と息をつく。
 こうなれば自分が戦死覚悟で出る必要も出てくるだろう。
 その前に出すべき兵は きちんと出さなければならない。
 チョロは少し考え、

「メンヘルは地上から、ジンゴは空中からムアン基地に、シングはナジュ障碍者施設の爆撃と、防空をお願い。さらにファンタは防空のほかにイージスシステムに接続して敵艦隊の無力化もお願い」

 というと、全員から「了解」という返事が返ってくる。
 その返事を受け、チョロ自身のすべきことを考える。
 そして自室から巨大な、Kー五十五型マルチマシンガンを手に取ると、部屋を出る。
 そしてテレパスでサァルに

「ナジュ障碍者施設から北東に十キロの地点で僕をおろしてくれないかな」

 と連絡を入れる。それに対し、事情を理解しているのか、サァルは特に深く首を突っ込むことなく、

「チョロの話なら分かったニャ。チョロの降りたいところで降りるにゃ」

 というと、テレパス越しににこりと微笑む。
 その微笑みが、チョロにとってはうれしかった。

 到着まで下車口のドアの横で車窓を見ていたチョロは、列車が『駅』につくとすぐに列車から飛び降りる。
 そして茂みを魔術で作り出して十五分ほどでキャタピラがキュルキュルと動いている音が聞こえてきた。
 音から判断するに、T三十五型戦車だ。
 装甲は固いが、十分にK-五十五で射抜くことができる。
 チョロは自身の銃を魔術で重機関銃にモードを切り替えると、茂みもさらに増やす。

 その準備が終わったころ、歩兵部隊とともに機械化部隊が近づいてくる。
 チョロはすぐさま敵兵めがけて銃を向け、魔法陣を展開。
 トリガーを引く。
 オレンジの魔法陣が展開されると、銃口から激しい炎とともに魔弾が射出される。
 弾丸を受けた歩兵たちは次々心臓や頭部を射抜かれ、胸部を射抜かれたものは内臓をぶちまけたまま、頭部を射抜かれたものは頭部をまるでギロチンで吹き飛ばされたかのように吹き飛ばされ、さらに魔術によってその場で火炎攻撃で青い燐光を放って燃える。
 さらに射抜かれた戦車はその場で爆発を起こし、機能を停止する。それによって狭い国道は道をふさがれ、戦車や装甲車が破壊された戦車をよけるために低速走行を余儀なくさせられる。

 いっぽうで歩兵たちはチョロを探して動き回る。
 一方、チョロは先ほどの場所から加速装置を利用して立ち去ると、魔法陣を展開。
 戦車地雷と同様の爆発力を持つ呪術を道全体にかける。
 自動車はその場所に入った瞬間、獣人の運転する民間車両であれば避けられるものに、そうでなければ無限に爆発を繰り返してしまう。

 案の定、敵兵はその地雷に気づくことなく、その地雷魔術に接触し、その場で大爆発を起こして転覆する。
 その瞬間、敵兵は

「わいばーん! きけん! ちゅうい!」

 と警告を流す。
 しかしその警告を無効化するかのように、チョロは自動車の列の後方にも地雷魔術を展開。
 今度は撤退しようとした自動車がそれに巻き込まれて爆発を起こす。

 どうしようもできなくなった一部の装甲車は、転落を覚悟するようにハンドルを道の横に広がる畑めがけて切り、畑の中を走り始める。
 しかしオフロードに近く、でこぼこした畑を装甲トラックが走れるわけなく、その場でタイヤが土にはまり、動けなくなる。
 タンビは何をやっているんだか、と思いつつ、敵車両めがけて機関銃のトリガーを引く。
 次々と車両は燃料もれを起こし、爆発。
 後続の車両にも引火する始末となる。

 それでも畑は両側に広がっており、それをよけようとする車両が後を絶たない。
 チョロはそれらに対しても、自身の腕に仕組まれた対戦車ミサイルを発射し、敵兵に向かう。
 一発撃つごとに自身の体がミサイル生成のために体力を使ってしまう。
 それでも障碍者施設に残る仲間を守るためにも、戦車を派遣させるわけにはいかない。
 その一心で破壊を行う。

 そしてダメ押しで畑の中にも対戦車地雷魔術を掛け、戦車や装甲車が畑を走れないようにする。
 そもそも、この豊かな畑を戦車が走ることが間違っているのだ。
 今は休耕中なのか、何も作物は植えられていないようだ。
 しかし、普段であればたくさんの作物が身を着けている場所だ。
 このような場所を平気で荒そうとするベノム軍に腹が立ち、チョロは機関銃を流入してくる戦車に向け、トリガーを引く。

「畑の持ち主さんが悲しむじゃないか!」

 と叫ぶが、敵兵には届かない。
 叫ぶとむなしくなることはわかっている。
 それでも、ここで正義を唱えないことへの不快感を、チョロは抑えることができなかった。

 戦車や装甲車はしばらくすると流入が止まり、次々と爆破させられるだけになってしまった。
 それどころか補給路や車両の渋滞はどんどんと伸びていき、自動車は立ち往生する。

「あとはメンヘルかな」

 というと、メンヘルに

「今、基地から伸びる車両はみんな国道一号線で渋滞になっているよ。あとはこの戦車部隊の破壊をお願いできるかな」

 というと、彼女は

「了解だぜ!」

 と返事を出す。
 あと残るは、この畑を踏みにじるように駆け巡る歩兵たちだけだ。
 チョロは走り回りながらチョロを探す彼らを見て、再び深い溜息をついた。

..

メンヘルは一人、不安におびえつつ敵基地へとミサイルを撃っていた。
 ムアン基地からは確かにたくさんの兵士が派兵されたり、あるいは脱出を試みたりしている。
 その一方で、先ほどオッパから聞いた魔術兵の情報に、どうしても不安になってしまう。
 このまま負けてしまったらどうなってしまうのであろうか。
 そして、明日というものがあるのだろうか。
 自分で何とかするしかないが、それを何とかできる自信はない。
 その緊張を誰かに聞いてもらいたいが、いつもうっとうしそうな顔をして聞くジンゴですら、

「自分で考えろ」

 と言ってつけ放してきた。
 もうだめかもしれない、と思うと、何だがこの命も終わってしまうのではないかという恐怖に襲われる。
 とはいえ、何とかしなければかかる迷惑は自分だけには収まらない。
 その緊張感と恐怖感に、メンヘルは今にでも脱出してしまいたくなっていた。

「ジンゴ……たすけろよ……」

 と連絡を入れるが、誰も答えようとしない。
 その恐怖を超えるべく、今度は上空を飛ぶドラゴンめがけて魔法陣を展開し、足を折り曲げて足に設置された地対空ミサイルを発射する。
 轟音とともに飛び上がっていくミサイルは、見事上空を滑走するドラゴンに命中し、そのまま墜落に追い込む。
 それでも敵が攻めてくる状態を考えると、不安で仕方がない。
 しばらくミサイルを操っていたが、不安に押しつぶされそうになったメンヘルはゆっくりとその場に座り込み、

「大丈夫、大丈夫」

 と自分自身に言い聞かせるように言う。
 その時、

「あたしたちに危害を加えてきたのはあなたね」

 という声とともに、自分のウサギの耳をつかまれる感覚に襲われる。

「何しやがる!」


 と叫ぶも、敵兵はウサギ耳を用いて、背負い投げの要領でメンヘルを地面に投げつける。
 その瞬間、メンヘルは敵の腕が伸びるのを見計らってその腕をつかみ、前ターンをしながら敵を投げ飛ばすと、その勢いで立ち上がる。

「何しやがる!」

 と再び叫ぶと、目の前には格闘兵らしいさらしで胸を覆い、スポーツパンツを履いた男性兵士たちが立っていた。
 彼らこそが魔術師なのではないか、と思わず緊張する。

「さすが、ワイバーン軍の誇る格闘魔術師だ。でもこれはどうかな?」

 というと、兵士は魔法陣を使ってメンヘルを引き上げ、ぐっとその体を彼自身の体に引き寄せる。
 そして腹を思いっきり殴ると、メンヘルの体を隣で待機している別の兵士に回す。
 彼はその場で飛び上がり、左足を軸に回ってかかとで腹を殴り飛ばす。
 その瞬間、メンヘルの口から真っ青の血液が敵の顔にかかる。

「調子に乗ったマネをしてくれるじゃねぇか」

 と敵が叫ぶと、別の兵士が先ほどの兵士の肩を踏み台にして駆け上がり、メンヘルの顔面を蹴り飛ばす。
 あまりの痛みに鼻からも血液が噴き出る。 

 その時、メンヘルの心の中では何かが動くのを感じた。
 このような戦い方を許していいのだろうか。
 これはただの暴力であり、なんの武術でもない。
 敵兵に武術など求めたところでそれを実行できないのはよくわかっているつもりだ。
 しかし、このような技に付き合っている暇もない。
 メンヘルはゆっくりと目を閉じて精神を統一させると、その場で魔法陣を発動。
 その瞬間、敵兵の魔術は切断される。
 メンヘルに与えられた、自分を守る魔術、マジックキャンセルだった。
 その瞬間、

「てめぇら、格闘技を冒とくしてんじゃねぇぞ!」

 と叫ぶと、その場で右足を高く上げ、飛び上がる。
 そして思いっきり敵の顔面を足のひらで蹴り落とす。
 敵兵の顔面は、命中したかかと落としの勢いで飛ばされ、彼自身の体もよろめく。
 そこをメンヘルは左足を一瞬曲げ、右足を軸に足を高く伸ばし、敵の胴体を蹴ると、さらにその左足を軸に体を持ち上げ、敵の顔面を蹴り飛ばして体勢を完全に破壊する。
 二段横蹴りによって倒された敵兵は、再び立ち上がろとする。
 また、敵の兵士たちも一歩、二歩と駆けだし、メンヘルめがけて駆け出し、右足を軸に回転。
 メンヘルめがけてキックを食らわせようとする。
 しかしそれを確認するや否やメンヘルも加速装置を使って加速し、その勢いを足に載せて一歩、二歩と駆け上がり、その場で右足を軸に体をツイスト。
 さらに魔法陣を展開し、炎を足にまとわせると左足で高く敵の兵士一人にキックを食らわせる。
 さらにその左足を軸に逆向きにツイストさせて後ろ蹴りを見舞わせると、再び敵の胴体を中心に右回転しながら後ろ前蹴りを食らわせる。
 連続三回転キックを食らわせると、メンヘルはその場で着地。
 その瞬間、命中した敵に引火した炎が激しく燃え上がり、敵を燃やし尽くす。
 残りはあと一人。メンヘルは腕を前で十字にクロスさせると、ゆっくりと息をつく。
 敵兵は軽い速度で駆け寄ると、メンヘルの体めがけてこぶしを握り、腕を伸ばしてそのこぶしを食らわせようとする。
 メンヘルはそれを右回転でかわすと、その腕を腕をつかんで敵の下に入り込み、そのまま払い投げる。
 その瞬間、メンヘルは敵の体内に大量の火炎魔力を送り込み、敵の胴体に着火させる。
 敵兵は苦しそうに悶絶するが、それを無視するかのようにその場でとびあがり、敵兵を思いっきりたたきつける。
 その瞬間脳震盪を起こした敵は、そのまま倒れこみ、火に巻かれる。
「不規則格闘事態発生。てめぇらも気を付けろ。オッパの言っていた魔術兵だ」

 と連絡を入れる。
 その時、ジンゴは

「了解。ありがたい」

 と連絡を入れる。
 メンヘルはこの瞬間、なんとなく気持ちが晴れるのを感じた。

..

ファンタは水中にもぐり、敵の動きを逐一観察しつつ、機雷を用いて敵の船舶を屠るべく、じっとエコーをかけ続けていた。
 こういうときにオッパやパーリガンがいてくれるとそれなりに助かるというのはある。
 しかし、一人でも戦う際には特に苦労しない。
 それもあり、ファンタは敵エコーに引っかからないように適宜水中を泳ぎつつ、敵を探していた。

 しばらく進むと敵の乗った船がエコーに引っかかる。
 ファンタはすぐさま足の中に格納されたミサイルや機雷を使おうかと考えたが、それよりも魔術のほうが効率がいいと判断し、魔法陣を展開。

 ヒスイ色の魔法陣が敵の船舶に展開される。
 ファンタはそれをめがけて水中で剣を構える。
 パーリガンやオッパも含めた水中船団の兵士はみな、水中で剣を振っても水圧に負けることはない。
 それは特殊な結界によるものだが、その結界の恩恵をいつもシャチの水中船団は受けていた。

 ファンタは水中で一歩、二歩とかけていくと、思いっきり剣を上から下へと振り下ろす。
 さらに剣が着地した瞬間、敵船舶に冷凍魔術と電撃魔術のどちらもがかかるようにセットしてある。
 そのエネルギーが斬撃に従って水を凍らせ、その上を激しい電撃がほとばしる。

 敵兵に向かった斬撃は船舶に命中。
 船は正中線で爆発を起こし、真っ二つに、右舷が水面に真っ先にたたきつけられる形で崩壊する。
 一方、攻撃をまともに受けた左舷はその場で凍結し、粉々に粉砕される。
 内部にいた多くの乗務員たちは逃げる間もなく船ごと粉砕され、命は残っていなかった。
 ファンタはその船の近くにより、様子を確認する。

 その時、ファンタの背後に人の気配を感じる。
 ファンタは振り返ると、ぴったりとした水色の、マントを持った衣装と、イルカ型の覗き穴のついたヘルメットを身にまとった女性だった。
 彼女は船内にいたはずなのに、それにしては妙に傷もなく、一言でいえば無事である。
 そんな兵士たちがわらわらとファンタに集まってくる。
 その兵士の中の一人がファンタに近づいてくる。
 ファンタはその瞬間、何か良からぬことをする気配を感じ、魔法陣を展開。防御態勢に出る。

 その判断は正しかった。
 敵兵もまた魔法陣を展開し、猛烈な水中ミサイルをファンタめがけて撃ちこむ。
 ファンタはそれらを水中にもぐり、右へ、左へと躱しながら泳いでいくが、それを防ぐ手立てはない。
 最後の手段として彼女はその場で尾ひれを動かし、水面を激しく揺さぶる。
 その瞬間、敵が放った魔術弾は波の中に消えていってしまう。
 ファンタはそれをチャンスとみなし、さらに水中深くに潜り込むと、剣を魔法陣を通して片手剣モードに切り替え、両手に持つ。
 そして氷の魔力をこめて右手で一振り、左手で一振りと振りかぶる。
 十字に切られた斬撃は敵へと向かっていき、敵兵の一人を轟沈させる。

 しかし、別の兵士がファンタめがけて加速遊泳で近づき、思いっきり剣を振りかぶる。
 その瞬間、激しい剣と剣のぶつかる金属音が水中に響き渡る。
 敵兵は一瞬剣を自分のもとに引き寄せると、ファンタめがけて突き刺す。
 ファンタはそれを右旋回でかわすと、加速遊泳で敵の下を潜り抜け、兵士のバックポジションを取る。
 そして兵士のめがけて右手、左手の順で斬撃を食らわせる。

 敵兵は振り返ることなくそのまま水中へと沈んでいくが、すぐにファンタの首を剣で押さえつけられる。
 別の兵士だ、と理解し、その場でその兵士の右腹を剣で突き刺す。
 兵士はその痛みに首にかけていた剣にわずかな空隙をつくりだす。

 すぐさまファンタはその場で一回転すると敵の心臓めがけて剣を突き刺し、電撃魔術をこめる。
 その瞬間、心停止を起こした兵士は海の藻屑となって消えていく。

 それでも兵士たちは消えていかず、大勢の、まるで日曜日の朝にやっているような恥ずかしいタイツを着た戦闘兵のような連中がファンタを取り囲む。
 ここで大技を出しておくと、ファンタスタグラムを見ているフォロワーも喜ぶかもしれない。
 ちょうど生中継を始めて一時間。
「例のあれ、まだっすか」という声も聞かれ始めている。
 ファンタはコメントを読む間もなく戦ってきたが、ここで見せ場を作っておいたほうがいいだろう。

 視聴者向けにテレパスで

「ここででっかいの上げとこうと思うのだが、どうだろう?」

 と問うと、視聴者は「うぉぉぉぉぉぉぉ!」というコメントを多数残し、投げ銭もたくさん渡してくれている。となれば。

 ファンタはゆっくりと目を閉じて呼吸を整えると、魔力を練って魔法陣を展開。
 その真ん中にふたたび両手剣モードに切り替えた剣を、槍のように投げ捨てる。
 その瞬間、魔法陣の六芒星に従って氷と電気の魔力が流れていく。
 さらに魔法陣は二つ、三つと生成され、それらは雪花のようになっていく。
 その間にも魔法陣から雷と氷の魔力を展開され、著しく成長。
 それらは氷の城を作り出している。
 その城からは透明の、白く透き通ったシャチが放たれ、敵兵へと向かっていく。
 敵の兵士たちはシャチを避けようと剣を振ったり、魔弾を放とうとするものの、シャチたちに次々とあごをかみ砕かれ、さらにその場で凍結してしまう。
 さらに近くに停泊していた敵艦船にもシャチはまとわりつき、船倉に向けて多数のきらきら輝く星の光線を飛ばし、ゆっくりと沈没に導く。
 そして船倉に水が入り込んだのを確認すると、星の形をしたアイパッチをつけたシャチたちがゆっくりとその船を動かしていく。
 光のシャチたちは次々と兵士を屠り、その亡骸を城へと持ち帰る。

 亡骸は一斉に雪の棺桶に入れられると、そのふたが閉じられ、そして城は目をくらむような、周囲の青の色を奪い取るような白で包まれる。
 その城にファンタが斬撃を加えると、城のふもとに薄青い花が展開される。
 その花はムクゲの花のようであった。
 その瞬間、「ついに来るぞ!」というコメントがファンタスタグラムのタイムラインにたくさん流れてくる。
 光はその瞬間、城だけではなく、オレンジやピンクの色も持ち始める。ファンタは思いっきり剣を振りつつ、

「オルカキャッスルスラッシュ!」

 と叫ぶ。
 斬撃が城に到着した瞬間、城はパリン、という音を立ててひびが入る。
 そしてファンタが剣をゆっくりと降ろすと、城はまばゆい白、ピンク、それから黄色の光を放ち、砕けていった。

「ファンタ、水中兵および船の始末が完了した。これからどうしようか」

 とファンタがいうと、チョロは

「お疲れ様。いったん装甲列車に戻ってきて」

 と返答が返ってきた。

..

 ジンゴはシングとともにムアン基地の爆撃を行っていた。
 ムアン基地から十キロ手前の地点で魔法陣を展開し、ジンゴは鎌を振り、シングは翼で思いっきり風を起こすと、その風や斬撃は猛烈な威力となって基地へと向かっていく。
 すでにジンゴは三度敵めがけて斬撃を送っている。
 テレパスで入電する情報によれば、すでに格納庫は切りざまれたのち、中に格納されていたドラゴンや戦闘機とともに吹き飛ばされ、残すは戦闘機とミサイルのみになっている。
 しかしすでにすべての敵のミサイルはジンゴたちめがけて発射され、あと一分ほどで届く距離にいる。
 ジンゴはその段階で意識をミサイルに集中させ、シングに

「あと一分でミサイルが着弾する。気を抜くな」

 とテレパスを発信する。
 それに対しシングは

「わかっているわよ」

 とだけ返信をした。

 ミサイルは轟音を立ててシングたちのもとへと飛来。
 その場でさく裂する。
 二人はその時点で魔法陣を展開して威力を防ぐとともに、シングが風魔術を掛けたことでミサイルの破片に巻き込まれることもなかった。
 ジンゴはそのことを感謝するべく、

「感謝する」

 というと、シングは

「ぶっきらぼうね、あんた」

 と言葉を返す。しかし二人に余裕を感じる時間など、与えられていないことは十分に承知していた。
 いくらこの直下でメンヘルがミサイルを撃っていて、それが命中して何機かのドラゴンや戦闘機が墜落していたとしても、それを上回る勢いで彼らは戦闘機を飛ばしているのだ。
 ジンゴは

「気合い入れていくぞ」

 とシングに発破をかけると、強く自身の鎌を握り、敵戦闘機へと向かう。

 猛烈なスピードで走り去る戦闘機、そしてドラゴンを襲撃するためには、こちらも猛烈なスピードで向かわなければならない。左舷にいるドラゴンをシングに任せ、ジンゴは右舷に回り、鎌を振る。
 その瞬間、敵ドラゴンはジンゴめがけて火炎弾を射出する。
 ジンゴはそれを躱すと鎌をさらに二振りし、斬撃を加える。
 その瞬間、ドラゴンはバランスを崩し、隣のドラゴンを巻き込みながら墜落していく。
 それにより敵兵が近づいていることに気づいたドラゴン兵は、ジンゴたちめがけて機関銃を構え、発射。
 機関銃の弾丸がジンゴたちを襲う。
 ジンゴは右旋回をしてそれをよけると、戦闘兵の上を飛び越え、背後ポジションを取る。
 その瞬間、ドラゴンたちも左旋回でジンゴを狙い撃ちしようとする。
 しかしその速度はジンゴのほうが身軽であり、速い。
 背面を取ったジンゴはさらにドラゴンの腹部へと回り込む。
 戦闘機と違い、ドラゴンの腹部には何もものを搭載していない。

 それどころか生殖器など、ドラゴンの生命維持にとって大切で、かつ敏感な箇所がたくさん露出している部分でもある。
 ジンゴはドラゴンがメスであることを確認すると、自身の鎌の刃の先をドラゴンの女性器に突き刺し、そのまま速度を上げていく。
 ドラゴンはその瞬間、生殖器から腹、そして首の皮膚を丸ごとえぐられていく。
 えぐられたドラゴンはそのまま内臓と血液を大量に漏らしながらコントロールを失い、フレンドリーファイヤを起こしながら墜落していく。
 ドラゴンの血液を吸って真っ赤になった鎌を、ジンゴはパイロットにも向ける。
 墜落し始めたドラゴンにわざと追い越させるように速度を落としたジンゴはそのままその隣を飛行していたドラゴンに飛び乗り、操縦士の首に鎌をかける。

「この作戦を止めろ」

 と言うと、ジンゴはポケットに入れた懐中時計を見る。

 それに危機を察した戦闘兵は、ジンゴを落とすために立ち上がり、短剣をもって彼女の首を狙って腕を伸ばす。
 しかしジンゴはそれを体を右によじって躱す。
 勢い余った兵士はそのままドラゴンから転落し、はるか陸地へとたたきつけられる。
 ジンゴはそのままドラゴンの手綱を握ると別のドラゴンに突撃させる。
 衝突したドラゴンは気絶し、そのままひっくり返りながら陸地でその命を終えてしまう。
 ドラゴンの頭数と、戦闘機の機材、それから機体数を数え、計算する。

 ドラゴンは残り二頭、ゼロ戦改型の航空機が五基。
 これであれば自分一人でも倒せるかもしれない。
 そう思うと、ジンゴはシングに

「ゼロ戦の後方に回ってくれ。俺が前からかかって見せる」

 というと、シングは

「初めからそのつもりよ。何べんあたしたちは一緒に戦っているのよ」

 と軽口をたたく。

 さらに陸上にいるメンヘルにも

「てめぇ、陸地からゼロ戦を撃て。てめぇの足の迫撃ミサイルでできるはずだ」

 と指示を出す。

 格闘を行った後なのか、メンヘルは少しハイになった声で

「ああ、わかったぜ」

 という。

「怖くねぇのか」

 というと、メンヘルは

「今はな」

 と、明るく話す。

 敵兵八に味方は三。
 これなら十分行けるはず。
 ジンゴはそのもくろみでまずはドラゴンへと向かい、その横で鎌を思いきり横に振る。
 横斬撃を食らったドラゴンは水平方向に胴体をスライスされ、翼も切り裂かれたことで地面へと突進していく。
 もう一基はゼロ戦のすぐ前を飛行している。
 この場合は追撃か、陸からの破壊のほうが話は早い。

「シング、いまだ」

 と叫ぶと、シングは右足のミサイルを発射し、ゼロ戦を爆破。
 そのかけらと爆発の威力でドラゴンを巻き添えにする。
 巻き込まれたドラゴンはその場でパニックを起こし、パイロットを振り落としてジンゴに向かってくる。
 やや予想外の事象ではあるが、それでもかまわない。
 ジンゴはドラゴンと錐もみ状態になりながら上昇をしていく。
 そして二百メートルほど高度を上げた瞬間、ジンゴは鎌を横に振り、ドラゴンの首を切り裂く。
 真っ赤な血液がジンゴの肌に跳ね返り、その冷たい温度で体がさらに冷えてしまいそうになる。

 一方でドラゴンの体は一瞬上昇するも、そのままバランスを失ってひっくり返り、大地めがけてほぼ垂直に直滑降していく。
 ジンゴは高山病にならないように少しずつ高度を下げていく。

「てめぇ、さぼりか?」

 とメンヘルの茶々が入る。それに対し

「てめぇも高山病になりてぇのか、あ?」

 とすごむと、メンヘルは

「そこまでキレることねぇだろ」

 とすこしだけひるんだ声で言う。

 しばらくして普段の巡航高度に落ち着くと、すでにゼロ戦が最後一機になっていた。
 その下ではじっとメンヘルがそれを狙っている。
 ジンゴはそれを見物するように遠くに体を置き、ゆっくりと息をつく。

 やがてゼロ戦はジンゴを撃つために機銃掃射をはじめるが、それをジンゴは魔法陣で防御。
 一方でメンヘルは陸地から魔法陣をゼロ戦に展開して火炎球を作り出し、その中にサッカーのゴールシュートのように球をけりこむ。
 火炎球を受けたゼロ戦はそのまま大爆発を起こし、どこかへと墜落していった。

「こちらジンゴ、シング、メンヘル。基地破壊作戦、完了」

 その言葉に、ジンゴは息をつく。
 しかしチョロはあまり安堵することなく、

「三人とも、そしてファンタ、そのままナジュ障碍者施設まで向かってくれるかい? 完全に缶詰になって脱出も、連絡もできなくなってしまっている。このままではまずい」

 という。
 その言葉に、ジンゴは顔と、ロップイヤーの耳を落として覚悟を決める。
 そしてジンゴは静かに「了解」とだけ答えた。

..

キツマとキャプテンは、障碍者施設の庭園にて巨大なドラゴンを見ていた。
 まがまがしい色をした、この世の果てのような色の炎を吹きだすドラゴン。
 そのドラゴンは、獣人の障碍者が変身して出来上がったものだ。
 これらから察するに、敵兵はすでに障碍者を改造し、自分たちエイプリル兵を誘惑するために配置していたのだと理解できる。
 そのことにキツマはややショックを受け、ため息をさっきからずっとついていた。

「なんで社会的弱者を爆弾にするような真似をするのかしら」

 というと、キャプテンは

「仕方ないよ。彼らはそう言ったことをする連中だって、私たちは知っていたはずだ。それよりも、オッパの言っていたことが間違っていなかったってことだよ。さらに障碍者を爆撃する理由としてももう十分おあつらえ向け。ドラゴンなんて発生したらそれは災害だからね」

 というと、剣のグリップをしっかり握りしめた。

「もう行くしかないみたいだ」

 というと、キャプテンは一歩、二歩と加速をつけ、ドラゴンの腕をめがけて飛び上がる。
 上空十五メートルほどの高さにあるドラゴンの腕を切るために、自身の飛行魔術を使うことになるとは。
 その巨大さにキャプテンは厄介さを感じつつ、先ほどから振り回してキツマを追いかける腕を狙う。

 ドラゴンに合わせ、キャプテンは右旋回、左旋回を繰り返す。
 その間キツマは魔法陣を展開し、ドラゴンの周りにいくつもの魔法陣を展開している。
 そのつくりからして、彼女は結界を張ることを考えている。
 そう判断すると、剣を握りしめ、ドラゴンの腕へと思いきり翼をはためかせて進む。
 しかしドラゴンはキャプテンに気づいたのか、キャプテンを見つけるとくるりと方向転換し、激しい炎を彼めがけて放射する。
 キャプテンはそれを左回転してよけると、ドラゴンのあごの下に入り込み、魔法陣を展開。
 そのまま電撃魔術を剣にかけ、横斜め下から上にかけて切りかかる。
 首を切られたドラゴンはパニックを起こし、はげしく首と手を動かしてキャプテンを追いかける。

 しかしキャプテンはその動きを避けるどころか、それに向かっていくような状態でドラゴンの懐に入りこみ、その腹部を十字に切り裂く。
 その瞬間、ドラゴンの腹部から内臓が露出する。

「腸か」

 とキャプテンは確認すると、その腸管めがけて重力魔術を掛ける。
 その瞬間、キャプテンからの引力に引き寄せられ、ドラゴンの腸は一気にキャプテンの方角へと引き寄せられる。
 さらに引き寄せられたドラゴンの腸を、キャプテンはさらに上空へと引っ張っていく。
 その瞬間、バランスを崩したドラゴンはそのまま転倒。
 激しい地響きがキツマを襲う。

「ちょっとびっくりしたじゃない」

 とキツマはいうが、それに対しキャプテンは

「ごめんって」

 と軽く謝るだけだった。

 一方でこの衝撃は、次の攻撃の手がキツマにあることを告げる。
 ドラゴンは転倒し、一瞬は動きを止めたが、二度と動かないというわけではなかった。
 ドラゴンはいつでも動き出そうと、ゆっくりと体を動かしつつある。
 それを見てキツマは

「障害を持ったケモノの魂、静まれ」と魔法陣を展開し、祈るように言う。
 しかしドラゴンの部品に改造された障害を持った獣人たちは、一切その状況を呪っているわけではないということが彼女に伝わってくる。
 それどこか

「あんたみたいな、障碍者障碍者って言って、障害を持つことをことさら言って権利を主張する奴なんて、障碍者の敵なの。あたしたち障碍者は、あんたみたいな理解をしようとしてくる連中のせいで差別されているんだ。あんたなんて」

 と、キツマに訴えてくる。
 キツマはその瞬間、ただため息をつくしかなかった。

 結局彼らはベノムの論理、つまりマイノリティは沈黙し、ただ蹂躙されなければならないという論理を身に着け、健常者に理解を求める奴隷と成り下がってしまっている。
 そのことが悲しく、キツマはゆっくりと顔を落とす。
 それに対しキャプテンは

「どうしたの?」

 とキツマの横に立っていう。

「ねぇ、あなたはベノム人と一緒に共生を望むかしら?」

 というと、キャプテンは

「何だよ、そんな唐突に」

 と困惑した声で言う。
 それに対しキツマは

「彼ら彼女たち、障碍者でいることを誇って、自分で生きるんじゃなくて、理解を求めて、人間に甘える形で生きようとしているみたいなの。特に心に問題を抱えている獣人たちがね。あたしたちはそんな獣人に何をしてあげられるのかなって。それで何をすれば彼らと同じ目線で話せるのかなって」

 というと、キャプテンは

「メンヘルに聞かせたら蹴られそうな話題だ」

 と言葉をつづける。それでも、二人にとってこの、いま倒れて動けなくなっているドラゴンをどうするかの問題は重要な問題であった。
 それでもキツマは何かしなければならないと思い、魔法陣を展開。
 ドラゴンへと接続する。しかし中にいる障害を持つ獣人たちは、すでに戻れない状態にまで細胞の中で溶かされているようだった
 。それでも何とかできないか。
 キツマはグリモアを取り出す。
 そのグリモアはキツマたちが自分で編集した、獣人魔法の辞典であった。

 キツマは解除できる手段を検索し、しばらくその場でとどまる。

 そして

「もしかしたらいけるかも」

 というと、彼女は自分の血液を魔法陣に流しこんだ。

 魔法陣の中で血液の結晶はどんどん成長していき、それはやがて一本の刀になる。
 キツマはそれを引き抜くと、ドラゴンの頭部をめがけて駆け上がり、そして右から真一文字でドラゴンの頭部を切り裂く。
 その瞬間、ドラゴンは頭脳と、魔術の回路を失い、どろどろと解け始める。
 キツマはその瞬間、自分の髪の毛をその剣で切り、展開した魔法陣の中に入れる。
 髪の毛は周囲の邪気を吸い取るように煙を吸い始め、魔法陣の中からポコポコと何かが湧き出るのを二人は確認した。

「このままいくのよ、みんな。それでもう、あんたたちはベノムにひれ伏そうなんて考えないことよ」

 というよ、ゆっくりとその中から様々な人たちが浮かび上がってくる。
 キツマは体が出来上がった障害獣人たちを魔法陣の中から引き上げると、彼らに魔術で白い服を着せた。

 十五分ほど煮込んでいるうちに獣人たちが次々と引き上げられ、そして最後の獣人が引き上げられる。
 それを確認し、保護をするとキツマは青春号を呼びだし、彼らをその中に入れた。

「これで最後よ」

 とキツマがいうと、中に乗っていたサァルが

「お疲れ様ですにゃ。ただ一つお願いがありますニャ」

 と要件を伝えようと資料持ってきていた。
 それを読んだ二人はそのまま、施設の二階へと駆け上がった。

..

オッパとサタン、そしてすすめは三人でアチラと相対していた。
 アチラはにやりと笑うと、すすめのもとに近づき、すすめの頭に手を置く。
 そして

「この柔らかい透き通った髪の女がわれらの勝利のカギ……」

 というと、口元を醜悪に広げて笑う。
 それに対し、すすめは

「どういうことよ。てかキモいんだけど」

 と訴える。
 それに対しアチラは

「キモい?」

 といい、不敵に笑う。

「そんな低俗な言葉しか使えない人間が小説を書くなど、言語道断。この世界をますます蹂躙したくなってきたよ」

 という。
 それに対し、オッパは

「てめぇ、ベノム帝国の魔女たちはどうしててめぇらの味方をしやがるんだよ。てめぇらの敵だっただろ」

 というと、アチラは

「マイノリティを懐柔する方法などいくらでもあるんだよ。制度的に、文化的に飴と鞭を使えば簡単にマイノリティどもは寝返る。それをわれらがスペルビア様が行っただけだ」

 というと、オッパに食って掛かる。

「でもだから何だ? 味方が少なくなって悲しいってか。かわいそうだねぇ、味方が少しずつ失われていって。そうやって君たちは孤立して、理解されなくなって、やがてこの世界から消え去ってしまうんだよ」

 というと、オッパとサタンを見る。
 それに対し、すすめはなんと言ったらいいのかわからなくなってしまう。
 小説を書くことで彼らは生き残れるならば、小説を書きたい。
 しかし、アチラのいう通り、自分の小説は決して正確な日本語で書かれているわけではない。
 それに、自分の小説はどうせ日本文学の敗北とされる小説よりも下なのだ。
 そう思うと、言葉がなくなってしまう。

 その時、オッパはすすめを見る。

「俺も小説をよく読むが、こんな話が確かあった」

 と、神妙な顔をして言う。
 すすめはじっとその表情を見つめる。
 一方でサタンとアチラはそれぞれなんの話だといった様子で、こちらもまたオッパを見つめる。
 ずいぶん昔の話。
 日本という国で発行された、『日本文学の敗北』とされた作品。
 その作品の作家はそれでも小金を作ることができ、さらにそれで多少なりとも評価されたことで文壇にダイレクトアタックをする形でデビューした。
 それ以降、その作家はなんと言われようと編集部の人とともに文の修行に励み、最終的には中高生からの高い支持を集める、いっぱしに流行作家になったという話。
 その文章はすすめがこちらに来てから、小説を書こうとしない彼女に対して、オッパがいつか言ってやろうと思っていた言葉だった。
 その言葉を聞き、すすめは少しばかり神妙な表情になる。
 そして

「てめぇの文章が下手だっていいんだ。てめぇの伝えたい気持ちを、伝えたいように、ただ名誉棄損とか著作権侵害に気を付けりゃそれでいい。てめぇらの世界にはいろいろあるんだろ、小説家サイト。そこで垂れ流せばいいんだよ。そうすりゃ自分のしたいとおりに小説を書くことが出来んだろうが。何がつまらないだ? てめぇがそうやって下したら俺たちもそうやって言われちまうんだよ。こいつらベノム人が何を考えているか知らねぇけど、俺はそうやって自分でクソ小説だって自分の努力の結晶をつぶした、つまらねぇ女のせいで俺たちの世界は侵略されたって思っているよ」

 というと、すすめは目を大きく見開く。

「そ、それは……」

 といって顔を落とすすすめに対し、アチラは

「かわいそうなすすめちゃん……君はそんな駄サイクルの中に巻き込まれ、小説を書くことの闘志や意地すら忘れてしまうようになるとは……。さらに小説を書く、ということはそれだけの戦略が必要なんですよ。人気になるための戦略、そして知恵。それをわからない愚かな作家は小説家の競争から脱落し、そして世界を放棄する。私たちはそんな放棄された世界をただ、リニューアルしているだけなんですよ。小説家が作り出した世界はひどい格差と不幸でいっぱいですからねぇ。そしてわれらの思いを伝え、さらに領土と魔力のもととなる精神をいただく。私たちの魔力開発はこうやって進むんですよ!」

 というと、すすめを見る。

「すすめさん。ここで私たちに世界を預けてみませんか? この獣人たちの孤独と差別、解消して見せますよ。きれいに、幸せな形で。その代わりあなたの心をいただくのです」

 というと、すすめはじっと考える。一方でオッパは今すぐ自身の剣を引き抜こうと、自身の剣のグリップを握りしめる。

「すすめ、こいつのいうことには騙されるな。てめぇならこんなことに騙されるとは思わねぇけどな」

 というと、すすめにすごむ。
 しかしすすめは、自分の世界の運命が自分の手のひらの中にあることを感じ、まるで繊細な水晶玉を渡されて落とすなと言われているような感覚に陥る。
 一方、アチラはすすめを、まるで蛇がにらみつけるような目で圧力をかけている。
 舌をちろちろと動かし、その姿はまさに小動物を狙っている蛇そのものだった。
 アチラは着ている軍服の懐からぎらぎらと金色に輝く銃を取りだし、それをすすめにゆっくりと近づける。
 そして

「君がノーと言っても、私たちの作戦は変わらない。君たちはテロリストとして、この世界を修める領主様に裁かれるだけだ。今の領主様がいったい誰か、君たちはよぉーくわきまえたほうがいい。そして、その領主様の大権を預かっているのが誰であるかも、ね」

 というと、オッパをけん制するように見つめる。
 その目に、オッパはしかめためでじっと見つめる。
 しかし、そのしかめた目をあざ笑うかのように、アチラは舌をちろちろとさせる。
 そしてオッパは

「すすめ」

 といった。

すすめは悩ましいといった表情でオッパを見る。

「今は考えなくてもいい。それよりも小説を書け。俺たちが勝てるようにな」

 というと、オッパは再び剣を握る。
 そしてアチラの背後に加速装置を用いて回ると、彼の首に剣を置く。

「さぁ、てめぇの命もここまでだ。侵略者め」

 というと、アチラは

「調子に乗ってもらっても困りますねぇ」

 とつぶやく。
 そして彼がパチン、と指を鳴らすと、何かの羽音が聞こえてくる。
 その羽音の主は少しずつオッパのもとに集まっていき、やがてオッパを包み込む。

「何しやがる!」

 と低く鋭い声で言うオッパではあるが、その声すらすすめたちには届かない。
 いっぽうでアチラは

「どうだね? 虫たちの感想は」

 とゆっくりと舌なめずりをしていう。
 その様子をサタンは確認し、除虫ができないかを考え、魔法陣を展開。
 手を大きく見開くと、激しい炎とともに虫たちに炎が引火する。
 しかし。

 オッパはその時、異変に気付いていた。
 自分にまとわりついた昆虫たちは、自分の肌を刺すのではなく、自分のズボンの裾から入り込み、オッパのペニスや肛門を狙ってきている。
 まるでアダルトゲームのような展開に、オッパは思わず顔をしかめると共に、何を狙っているのかを考える。
 そして敵はおそらく、自分の体に何かを植え付けているのではないかというアイデアに達した。

 ただ、だからといって何かを植え付けられていたところで何ができるというのか。
 出産させられた際に何が生まれるのかもわからない。
 その際にはもしかしたら、たまに読むアダルトコミックのクリシェに従えば自分の体に強烈な快楽を与えられ、目をとろんとさせながら恥ずかしいポーズを取らされるのかもしれない。
 あるいは、むごたらしく肉片にさせられるのかもしれない。
 そのどちらかであったとしても、自分のある意味、あるいは実質的な死は免れないだろう。
 そう思うと、戦意を喪失してしまいそうになる

 ――それでいいのか。

 すすめのことを思い、考える。
 すすめは小説を書くことで自分たちの命を長らえそうとしている。
 一方で自分は。

 オッパはその瞬間、

「ざまねぇな」

 と言って笑うと、魔法陣を展開。体内で猛烈な電気を蓄え、それを一気に放電する。
 その瞬間、サタンの除虫魔術とともに虫たちは一気に死に絶え、地面に落ちていく。
 その様子を見たアチラは、ぱちぱちと手をたたき、

「さすがだねぇ」

 と顔をゆがませて笑う。
 それに対し、オッパは

「てめぇが仕組んだ魔術のせいで、俺はきっとこの後みっともない顔して精液をぶちまけるか、悶絶した顔で内臓をぶちまけるかのどっちかになるんだろうよ。だけどなんだよ。俺が死んでもこの戦いはおわりゃしねぇ。俺は物語の人物として、すすめの思うがままに死ぬし、生きてやるんだ」

 というと、剣を構える。
 それに対し、アチラは

「その意気だよ。物語はここで佳境に入っていく。そしてお前たちは滅びる!」

 というと、アチラは魔法陣を展開。
 その中から巨大な牢獄を作り出し、すすめをその中に閉じ込める。
 すすめはきょとんとした表情でオッパたちを見る。

「この女の子は私たちの命の源。となれば、この女の子から発せられる魔力を奪えば私たちの世界は勝利する。はじめからこれが目当てで、これからもこれが目当てだ。私たちはこうやって作者を閉じ込めることで作品世界の魔法をエネルギーに変え、それから人間たちを奴隷にしてきた! これから貴様たちはついぞ始まる獣人界完全攻略のエネルギーとなるのだよ!」

 というと、アチラは目を大きく見開き、口もとを醜悪にゆがませて叫ぶ。
 その叫びに、オッパは

「そういうことか」

 と言って剣を握る。

「ここでカッコいいことを言うのは恥ずかしいものだが言わせてもらう。てめぇらの思惑通りにこの世界をさせるわけにはいかねぇ!」

 と叫ぶと、剣を握りしめ、アチラに向かって駆けだす。
 その一方でサタンもまた、

「私も同じです! この神の恵み、同胞を守るために使わせていただきます!」

 というと、紫の魔法陣を展開する。

 駆け出して行ったオッパは魔法陣を展開すると、その場で一歩、二歩と踏み込み、敵の懐へ。
 そこで横一文字にアチラの首元に斬撃を加える。
 もしこれで命中すればアチラの体内に猛烈な冷気が流れこみ、彼は一瞬で粉砕されるはずだ。

 しかし、それはかなわない。
 アチラはその場で盾を作り出すとそれを防御。
 その陰からオッパめがけて巨大な魔弾を放つ。
 魔弾はオッパに命中し、十メートルほど離れた壁にたたきつけられる。
 片目をつむり、痛みをこらえるオッパ。
 その瞬間、腹部で、まるで何かがうごめいているような痛みを感じる。
 足元を見てみると、普段では起こりえない出血が起こっている。
 それを見て、オッパは

「……畜生」

 と舌を打つ。
 何が起こっているのか、理解できる。
 その分、オッパの心の怒りは少しずつ、まるで焚火に木をくべたときのように大きくなっていく。

「てやんでぃ……」

 というと、オッパはゆっくりと体を起こし、再び剣を握る。
 しかし、その体は普段よりも何倍も、重たくなっているように感じた。

 オッパはさらに加速装置を用いて加速し、アチラに向かっていき、右払いで攻撃を加える。
 しかしアチラはそれを躱すとオッパめがけて弾丸を掃射。
 それを防ぐべく、サタンは魔法陣を展開して防御魔術を提供する。

 しかしそれだけではオッパの側の攻撃が通用せず、オッパの体はどんどん攻撃にさらされてしまう。
 しかもその攻撃を受けることで、オッパの体のなかで起こっているなにかは成長し、オッパの体をどんどん鈍重なものにしていってしまう。
 その速度減を避けるべく、オッパは加速装置を使う。

 しかし、加速装置を使うことでさらに魔力が削られていき、先ほどからオッパは呼吸が乱れ、ぜぇ、ぜぇと吐き捨てるような呼吸になっていた。

「呼吸、だいぶ乱れてきたねぇ。魔力がどんどんなくなって言っている証拠だ。魔力サイボーグが魔力を失ったら、どうなっちゃうんだろうねぇ」

 というと、オッパは

「そんなに簡単に……無くならねぇよ」

 と強がりを言う。
 一方、アチラは

「それはどうだろうねぇ。ちょっと実験」

 というと、アチラは鳥かごの中にとらわれたすすめに一発の銃を撃つ。
 その銃はすすめの足に命中し、すすめは思わず顔をゆがませる。

「まだ攻撃してこないのかい? それじゃあもう一発、こんどはすすめちゃんをいじめちゃおっかな」

 と舌なめずりを始めると、魔法陣を展開。
 その中から触手を発生させると、すすめのほうへと伸ばしていく。

 すすめは「キャア!」と絶叫すると、目を閉じる。
 その瞬間、オッパは一歩、二歩とかけていこうとする。
 しかし体はいつもよりも何倍も鈍重なものになり、動かない。
 ここで加速装置を使うことはむしろ敵の手のひらで踊らされることになると思いつつ、加速装置を起動。
 しかし魔力が少なくなっている今となっては、それを起動するだけで魔力を削られ、さらに起動してようやく普段通りの速度が出る代物になってしまっている。

 そんなオッパを煽るように、アチラはオッパの背後に回り、オッパの背中に何発もの弾丸を撃ちこむ。
 その瞬間、オッパの口からは血液が吐き出される。
 それでもアチラに攻撃を仕掛けようとするオッパを支援するべく、サタンは魔法陣を展開し、呪文を唱える。
 その結果としてオッパの傷はなかったことのように回復するが、それでも魔力は吸われていき、やがて動けなくなってしまった。
 オッパはぜぇぜぇと息を吐き、

「まだだ、まだいけるはずだ」

 と吐き捨てるように言う。

 しかしアチラは

「そんな状態で攻撃なんてできないよなぁ!」

 というと、オッパめがけて弾丸を嵐のように浴びせ、さらに倒れたところを、その弾丸によって生じた傷をえぐるようにナイフを突きつけていく。

「やめなさい! 命をもてあそんではなりません!」

 とサタンは叫ぶと、魔法陣を展開。敵の精神を操作し、行動を止める。

 しかしその魔術を制御するかのように再び魔法陣を展開し、今度はサタンを十字架に括り付け、さらにその腕と足、そして胸に巨大な針を打ち付ける。

「これでどうだ? 俺に指図するなど、百年早い!」

 と叫ぶと、オッパの心臓にナイフを投げつける。
 真っ青な血液が、まるで滝のよう流れでる。
 その様子を見て、オッパは少しばかり楽しそうに笑う。

「俺は……最後じゃねぇけど、こういう時に……極まった言葉を言うと……様になるから……すすめに教えてやる……。俺が……物語を読む限り……、『なりたい』小説なんざ……ろくなもんじゃねぇよ……。評価されない……小説の世界が……打ち捨てられていることなんざ……別に大きな問題じゃねぇ……。大人になりきれない……、礼儀も知らねぇ奴が……かなり目立つ……じゃねぇか。そんな奴らに……クソ小説だなんて……いわれても……泣くんじゃねぇ。そんな奴を満足させて……、実際に書籍になっても……ちょぼちょぼしか売れなくて……、腐っちまうよりも……、しょっぱい人数の読者しかつかなくても……本当に愛してくれる、賢い読者に熱心に読まれるほうがいいじゃねぇか……。ただなぁ、……てめぇの小説にファンがいるだろ……。そいつを裏切っちゃいけなかった。俺たちを……裏切る以上の裏切りだ。そいつらは……てめぇっていう……原石に何かしらの期待と、そして良さを……感じてくれていたんじゃねぇか……。それで……よかったのか? てめぇは……クソみてぇな民族の行う……ウェブ小説の担い手になったんなら……そのへたくそな言葉で……世界一のクソを……世界に中指を立てながら……ひねり出すべきだったな……」

 とオッパはいうと、気絶したのかその場で首を落とす。
 それを見たアチラは

「こんなこと言っているけどよ、小説ないし、世界は評価されてなんぼなんだよ! 低評価ばかりされたこんな世界なんざ、おとりつぶしで構わねぇんだ!」

 というと、オッパの心臓に突き立てたナイフを執拗に上下左右に動かし、人工心臓を破り、さらに人工肺をも破っていく。
 さらにオッパの体の皮膚をむしっていく。
 オッパの皮膚を口にすると、歯でそれをかみちぎり、味わう。

「これが俺たちベノムを苦しめるものの肉の味! これがその蜜の味!」

 というと、オッパの体から流れる血液を、心臓を切り裂く。
 そして動脈に流れる青い血液をまるで水飲み場の水をすするように飲んでいく。
 オッパは少しずつ意識が消えていくのを感じるが、どうしようもできない。

 それでも何とかできないか、一人で考えてみる。

 一方、サタンも自分で何かできないかを考えていた。
 目の前で繰り広げられる惨劇を何とかして食い止めたい。
 しかし、心臓にピンが刺されており、胸の出血がひどく、自分の頭が回らない。
 それでも何とかできるはずだ。

「イエス様はここからご復活された。カワウソの獣人にそれは、できるでしょうかね」

 とこころで念じると、サタンは体内に硫酸を発生させ、ごく限られた量を自身の心臓に刺さった針に塗る。
 その瞬間、針はシュルシュルと言って溶けていき、針はやがて大きな音を立てて落下する。
 しかしその音をアチラは気にしていないようだった。

 胸からは真っ青な血液がまるで噴水のように漏れ出る。
 サタンはすぐさまそれを魔法陣を展開し、止血。
 さらにもう一度呪文を唱えて造血する。
 血液の量が回復するのを見計らう。
 目の下では相変わらずアチラがオッパを解体し、その様子をメモしている。
 その残虐行為を終わらせられるのは自分しかいない。
 そう思い、サタンは目を閉じて神に祈る。

 そしてサタンはまず、右手に刺さった針を、自らの腕を動かして外す。
 手のひらは砕け、そこから真っ蒼な血液が吹き出す。
 さらに左手、足と切り出していく。
 その瞬間、サタンは十字架から落下し、何とか立ち上がれる状態になる。

 サタンはもう一度自身に回復魔術を掛けると、体の痛みはすっかり引いていた。

 これから敵にできること。
 サタンは迷わず魔力を練り、魔法陣を展開。
 そして自身の指の先の、毒針発射機を作動させ、敵へと五発発射。
 敵はあまり痛みを感じないのか、一瞬目をしかめたものの、さらにオッパを解体していく。

「ねぇ、あなた」

 とサタンはいう。
 それに対し、アチラは

「何だようるせぇな!」

 と叫ぶ。

「もしあなたに毒針が撃たれていたとしたら、どうされますか?」

 とサタンは問う。

 それに対し、アチラは「……お前」と静かに振り返る。
 サタンは視線を合わせると、

「私が相手になります。かかってきなさい!」

 と、勝気な笑みで笑った。

サタンの飛ばした毒針の効果は、いまだ出ていない。
 しかし、

「さっき毒針を撃たせていただきました。遅効性の、精神に感応するものです。少しずつあなたは神経を犯され、死に至るはずです。それでも私たちに抗いますか?」

 というと、アチラは一瞬動揺し、信じられないといった表情をする。
 しかしすぐに「ハハハ」とアチラは笑い出す。

「そんなことでおびえるほど、俺たちは不安定じゃないよ。それに俺たちに危害を加えたら、あの鳥かごの中の女の子がどうなるか、わかるよね?」

 という。それに対しサタンは

「あなたたちはそんな卑怯なことをなさるのですね」

 と勝気な笑みをうかべていう。一方でアチラは

「卑怯なのはそちらもじゃないか。俺たちはあくまであの女の子が欲しいだけさ。あの女の子から発せられる魅力的な魔力こそ、この世界を長らえさせている。そんな魔力もまた、俺たちの国のためは必要なのさ!」

 というと、アチラは鳥かごを除き、ウインクする。
 するとすすめの体は締め付けられ、思わず目を大きく見開く。
 その瞬間、サタンは何がなされるのかを察知した。

「やっぱりあなたたち、とっても卑怯ですね。その卑怯さがまずいことを引き起こさないことを願うばかりです」

 というと、サタンは再び魔法陣を展開。
 その中から大きなメスの形をした剣を引き抜くと、それを両手に携え、ファイティングポーズをする。

「刀など……こざかしい!」

 というと、彼もまた魔法陣から剣を引き抜く。
 その時、すすめの表情がわずかに苦しそうになるのを察知した。

 サタンはすぐさま、カワウソらしい軽やかな足取りで敵へと向かうと、クロスさせた剣を開き、敵に右から一振り、そして左から一振りする。
 アチラはその速度についていっていないのか、サタンの体にアチラの体の肉が切れていく感触が伝わる。
 さらにサタンはその瞬間、魔法陣を展開。
 傷跡に毒魔術の光を流し込む。
 その瞬間、アチラは目を大きく見開く。

「これは即効性の毒です。あなたの中ですぐに広まり、そして神経をブロックすることで意識が消えていきます。最終的には……心臓も止まっちゃいますね」

 というと、不敵にサタンは笑う。
 それに対しアチラは

「悪魔め……!」

 と叫ぶと、サタンの胸のリボンをつかみ、サタンの顔面に自身のナイフを突き立てる。
 その瞬間、サタンの顔面から涙のような血の流れが一筋起こる。
 サタンはそれを拭うと、

「私、サタンと申します。ええ、悪魔です。カワウソの悪魔として、どうぞお見知りおきください」

 というと、アチラの首にナイフを当てる。
 その瞬間、空間が少しずつ崩れていくのをサタンは察知した。

「何事?」

 と一瞬気になりはしたが、足元に展開される魔法陣に書かれたメッセージを読み、アチラの首にさらにナイフをしっかり当てがう。

「私の仲間が来ました。でもあなたはここでおしまい。これがどう転ぼうと、あなたはもうここでゲームセットです。何か言い残したことは?」

 というと、アチラはククと笑い、サタンを見る。
 そして

「仲間? てめぇらの仲間が来たところでこの大勢は崩せねぇよ! 俺はさっきあの女のことを言ったはずだ! その女がどうなるか、貴様はなんーにも聞いていない! いいか、いいことを教えてやるよ。あの女は俺が傷つくたびにその命と魔力を削られていく。その一方で俺たちはその分力をもらうことができる! そしてその力が絶えるころには……お前にはその末路を見せてやらんといけないな!」

 というと、魔法陣を展開。
 そこには動物たちの世界が映し出されていた。

 その世界の主であろう男性が鳥かごに括り付けられている。
 彼を救出すべく、自分たちよりも獣のような顔をした猫獣人たちが剣や銃を握り、戦っている。
 そして彼らはアチラをあと一歩で殺害できる段階まで追い詰めた。

 しかし、そんな彼らに待っていたのは絶望だった。
 アチラが回復魔術を使った時点で男性は肉を両腕を引っ張られることでバラバラにされ、さらに体内の内臓を鳥やドラゴンに食いつくされてしまった。

 その様子を見せたアチラは満足げに

「この後どうなったか、てめぇらも何も言わずとも理解できるはずだ」という言葉を聞き、すすめとサタンは顔をしかめる。

「これは……」

 とサタンはいうと、アチラは

「世界改変魔術だよ。これを解除するのは……俺たちの中にはそんなことができるやつはいない。なぜなら俺が一番の魔術者だからな!」

 と言って笑う。

「あとはさっきの男のことも見てやれよ。すでにあいつの体、息していないぜ?」

 という。
 サタンはその瞬間、オッパのバイタルを確認する。

 呼吸も止まり、弱い動きを脳波が見せているだけだった。
 しかしここで戦闘を止めてしまえば、すすめも、獣人界も終わってしまう。
 その瀬戸際に、サタンは冷静さを失いそうになってしまう。
 すすめは

「あたしのことなんて……いいからさ、オッパを助けてよ。あたしはきっとキャプテンたちが救ってくれるから……」

 という。
 しかしサタンは完全に動転してしまっているのか、

「それじゃあこの世界も、あなたも終わってしまうんです! それができないからあたしは泣いているのに……少し黙ってもらえますか!」

 とサタンは叫ぶ。

 その時、毒がアチラの体に回ったのか、アチラは目をしかめ、首をおさえて呻きはじめる。

 しかしその瞬間、すすめもまた口から真っ赤な血液を吐血し、目を大きく見開き、首を抑え始める。
 さらにすすめはその後首を激しくひっかきはじめた。
 首からは真っ赤な血液がにじみだし、どう見ても正気の状態ではない。
 それでもすすめは耐えられないのか、体を壁に打ち付け、さらに頭を壁にしきりにぶつける。
 その一方、アチラは目を覚ますと、

「あーあ、よくねたよぉ。あのバカな創造主が僕を援けてくれたぁ」

 とのんきな声で言うと、サタンを見つめる。

「こういうことさ。もう二度と僕に歯向かわないほうがいいよ」

 と、いうと、サタンの首を魔術で縛り上げる。
 その締め付けは今まで経験したこともないほどの強さであり、サタンは思わず嗚咽を上げる。
 しかし一切アチラはその手を緩めることをしない。

 苦しい、ということもあげられないことの苦しみに、サタンはもだえる。
 しかしなにもできない自分がそこにいる。

 サタンはそのことの嘆きを、ただ神に黙想するしかできなかった。

すすめたちの情報は、テレパスデータリンクに成功したメイク、タロット、それからキツマとキャプテンの間ですぐさま共有された。

「この状態、魔術介入可能かな?」

 とタロットは言うと、キツマは

「ちょっと待ってなさい。あたしのほうでも調べてみるわね」

 という。
 すでにキツマとキャプテンは敵陣に近づいており、ここまでくればキツマにとってデータを取得することはあまり難しいことでもなかった。
 キツマは室内に入る前に魔法陣を展開。
 その時点でサタンに対してメッセージを出すとともに、キツマのシステムと敵のデータをリンクさせる。
 しばらく魔法陣を拡大していると、やがて魔法陣は敵、アチラのデータを取得できる状況になる。

「ビンゴ」

 というと、キツマは魔術APIをアチラに接続し、そのデータをタロットに接続する。
 タロットはその段階で

「魔術システムぶっ壊し、やってみるね」

 というと、しばし意識が消えていった。

 タロットが目を覚まして次に気づいた場所は、レンガ造りの棟舎を持った建物と、石畳の街だった。
 このような町を小説では「中世ヨーロッパ」と書いてある通り、まるで写真集で見る異世界の魅力的な地域、ヨーロッパの様であった。
 その街は異様に清潔ではあるが、その一方で道を歩いているとぼろぼろの服を着た貧しい獣人や、道端で性的暴行を受けている魔法少女といった、ベノム人の意識に潜む差別や蔑視の精神が見え隠れする。
 その世界に生きる獣人も、女性も、子供も守りたいとは思う。
 しかし、今はそのタイミングではない。

 後ろ髪を引かれる思いでかけていくと、小さな電話ボックスがある。
 タロットはその中に入り込むと、自身の腕から伸ばしたコードを電話機のジャックに接続。
 すると世界はすぐにぐにゃりと反転する。

 自分の立っている場所は異様に高い場所になり、しかも電話機は見たこともないくらいに大きくなる。
 それどころか自分の立っていた場所は真っ逆さまになってしまい、今にも落下しそうになる。
 しかし自分の体が落下しないのは、ひとえにこの空間が自分の作り出した違和感だからだった。

 このシステムの違和感を通路に、敵の意識にダイレクトアタックする。

「タロットちゃん、今から武器を送るね」

 とメイクはいう。
 その言葉を受け、タロットは「了解」と言葉を返す。
 すぐにオレンジの魔法陣は展開され、その中から馬に引かれた巨大な砲台が姿を見せる。

「これこれ!」

 とタロットはいうと、すぐに馬にまたがり、魔法陣を展開。砲台からは巨大な魔法陣が展開され、その中から紺色の光を放つ魔弾が発射する。

 魔弾はまっすぐに、砲台の先にある巨大な扉に向かい、命中。
 扉に大きなへこみができる。
 しかし、厄介なことにそのわきから兵士たちが姿を現した。

「うぇっ」

 と、声にならない嫌悪の声をタロットは漏らす。
 それでも自身が展開した敵データを確認し、そこまでの脅威ではないことを知ると、すぐに戦車から降りて魔法陣を展開。
 自身の腕を折り曲げ、白リンミサイルを放つ。
 魔法陣を通り抜けて巨大化したミサイルは敵兵の頭上でさく裂し、激しい燐光を放つ。
 それによって敵兵の動きが静まったのを確認し、大砲の代わりに自身の足に仕組まれたシステム用核兵器『ハートボム』を搭載、魔術APIを通して発射を指示する。
 核ミサイルは迷うことなくまっすぐに敵のシステム防御壁に命中。
 ついに扉は激しい音を立てて開いていく。

 タロットはそのまま戦車に乗って、敵とすすめを結ぶ魔術システムにたどり着く。
 そこではすすめとアチラが激しい言い合いをしているシステムだった。

「離しなさいよ!」

 とすすめは叫ぶも、アチラは

「それはできない。このシステムを解除できるのは、僕と、僕に指示を出せるスペルビア様だけ」

 と応酬する。
 しかしすすめはそれで負けることはなく、

「ならあたしの誇るシステム魔術を味わいなさいな。あたしの友達のタロットとキツマがきっとあなたを殺してくれるわ。あなたには勝ち目なんてない。あたしはそうやって信じて今から小説を書く!」

 というと、鉛筆を握って小説を書き始める。
 その瞬間、アチラは非常に嫌悪した表情を見せることが分かった。
 タロットはその瞬間、すすめの握るペンに魔術を掛け、その速度を増させる。
 するすると様々なアイデアを書き出すすすめの表情は、少しずつ穏やかで、楽しそうなものへと変わっていく。

「すすめちゃん、これが僕からの応援だよ」

 とそっというと、わざとすすめのもとに、変身して姿を見せる。
 そして

「進捗どうですか? 先生が書かないと世界が終わってしまうんです!」

 と言い、彼女の横に栄養剤を置く。
 すすめはその瞬間顔を上げ、

「今いいところ」

 と、うっとうしそうな顔をする。

 それに対し

「先生の締め切りは明日です。明日まで僕がここでつきっきりでお世話しますから、絶対にここから動かないでくださいね!」

 といって魔術を掛ける。
 その瞬間、すすめの意識がすこしずつ小説に取り込まれていくのを、タロットは確認する。
 その一方で、すすめのシステムとアチラのシステムとをつなぐ回廊にひびが入り始める。

 アチラはその瞬間、魔法陣を展開してそれを避けようとする。
 しかしすすめは栄養剤を飲むとますます執筆に集中し始め、アチラの声を聴くことすらなくなってしまう。
 それによりコミュニケーションシステムが破断されると、アチラの意識システムとの連接は解除され、やがてすすめの意識からアチラが消えていってしまう。
 それを確認すると、タロットは

「先生、進捗いかがですか?」

 と問う。

 それに対し、すすめは幸せそうな表情で

「今まだ書いてるじゃん。うるさいなぁ」

 と答える。
 その瞬間、タロットは「もう大丈夫」と皆に伝えた。

タロットのテレパスが入ってから、すすめの精神状況は極めて良くなってきた。
 まるで大きな船に乗ったような軽やかな気持ち。
 その気持ちに合わせ、すすめは自身の意識の中でペンを走らせていく。

 時々自分の隣に座っているタロットは、

「先生、多少文章が下手であってもいいんです。それよりも自分が楽しいと思える世界を作ってください」

 発破をかけてくる。
 それに対し、すすめは

「わかっているよ!」

 と言ってアクセルを踏むようにペンを走らせる。

 それに合わせ、キャプテンたちの体の動きも際立って軽やかに動くような感じがした。
 キャプテンが侵入してきたとき、アチラは何かを悟ったのか、

「てめぇ……」

 と静かなうなりを上げた。

 それに対し、キャプテンはゆっくりと、まるで自身の先祖であるトラがのしのしと歩くかのようにゆっくりとしたスピードで部屋に入り込んでくるや魔法陣を展開。
 すぐさまアチラめがけて振りかぶり、横真一文字にアチラを切り付ける。
 その瞬間、アチラは激しく吹き飛ばされ、目をしかめる。
 しかしそれで倒れるほど、アチラも弱くはない。

 アチラはそのまま魔法陣を展開して内部から大きな棒を取り出すと、それを大きく左右に振りかぶる。
 その瞬間はアチラとキャプテンとの間に大きな空隙が発生する。
 しかしその空隙を気にするほどキャプテンは戦闘能力が低いわけではない。
 むしろその戦闘能力を誇示するかのように魔法陣を展開、その中から巨大なサブマシンガンを引き抜くと、アチラに向ける。

「君さぁ、もう少し戦い方考えるべきじゃない?」

 とため息交じりにいう。

「君たちの国に負けるわけないじゃん、私たちの国が。負けると思っているなら、それは大間違いだよ」

 とため息をつく。

 一方でアチラは最後の悪あがきと言わんばかりにキャプテンをにらみつけると、思いっきり彼めがけて唾を吐きかける。

「あのシャチの男の体から今、まさに俺の魔術が生まれるんだ! それが……それさえあれば……!」

 と何かの希望を求めるかのように手を伸ばす。
 一方でその赤子には同時に侵入してきたキツマが魔力を抜き取る作業をしている。
 その瞬間、アチラはがっくりとうなだれた様子でキャプテンを見る。

「なぁ、おまえ、正義の味方だろ? 俺を助けてくれ。俺は、俺はこんな侵略なんてしたくなかったんだ。こんな侵略をする国に生まれてきたくなかったんだ! お願いだ! 頼む……!」

 と、哀願するような声を上げ、必死にキャプテンに縋りつく。

 一方でキャプテンはアチラに銃を突きつけ、その哀願を制圧する。
 そして

「私たちの一存だけでこの戦いを終えられない。それはこのテイルテラのすべての世界の理だよ。君もわかっているはずだ。それを無理やり終わらせるなら、すすめちゃんからの大いなる罰が与えられるはずだ」

 というと、再びキャプテンはアチラに銃を突きつける。

「なぁ、お願いだ。俺たちの世界はもう侵略をしない。何だったらお前たちの世界にODAを渡す。それに戦車、兵士、領土、領海、領空……すべてを出そう。それからスペルビアの殺害も約束する。なぁ、お願いだ! 俺を……私を……助けてくれ……! 俺には息子がいるんだ! かわいい息子でな、将来は電車の運転手になりたいらしいんだ。それから娘もいる。娘は小説家になりたいって言って毎日小説を書いている。あのすすめちゃんの小説よりも面白い自信もあるぞ。そのその小説世界とすすめちゃんの小説世界を掛け合わせたらきっともっといい世界になる!」

 というが、キャプテンは応じない。

 それでも「なぁ!」と言ってくるのに辟易し、キャプテンは

「鳥かごの中で眠っているすすめを起こしてくれないかな」

 とタロットにテレパスを入れる。
 タロットは

「先生は今、明日の締め切りのために頑張って徹夜作業をしているんですよ! 邪魔しないでください!」

 と、それっぽい発言をする。
 それに対し、キャプテンは

「どうしても先生に会いたいっていう狂信的なファンの方がいてねぇ……正直私も困っているんだ」

 という。
 それに対しタロットは少し考えたのち、

「いいでしょう。少しすすめ先生には外の新鮮な息を吸ってすっきりしてもらいましょう。でも期限は三十分です。それを過ぎたら強制的に帰ってきてもらいます」

 と言ってすすめを送り出す。

 すすめは鳥かごの中でゆっくりと目を覚ます。

「あたし……夢でも見ていたのかな」

 というと、キャプテンは

「先生。そのうるさいファンの方はこちらです」

 と、アチラに合わせる。アチラはすすめを見るや

「お願いだ、私を助けてくれ!」

 と言って彼女の足をつかみ、嘗め回すように腕を動かす。それに対しすすめは

「キモいんだよこのドーテー!」

 と叫ぶと、アチラを蹴り飛ばす。
 さらにすすめは

「あたしの小説世界のこと、売れない社会ってほざいたよね? いいわよ。あたしの小説は書籍化なんてできない。どうせそうだから。『なりたい』で平均二点を記録したんだから。でもだからって何? 書籍化して何になるの? 出版社と読者の奴隷になるだけなのに? 売れないからってなんなの? あたしの意思はそんじゃそこらのレジスタンスものカッコ笑とは違う、本当にこんな社会をさっさとつぶしてしまいたい、バカな国民を教育するためにハイパーでちびりそうなくらい強烈なボムを落としてくれないかって願いを込めた、正真正銘の反日小説なんだよ! プロパガンダ? それで結構。あんたの小説にこれだけのパッションも、怒りもないでしょ? しょっぱいレジスタンスをしているような奴らなんかに比べれば、あたしはホンモノなの! ゴミ政治家をいつか殺すため、その党を支持する人間もどきをいつかこの世界から永久に消し去るための紙の爆弾なんだ! それが売れないって当然じゃん。だってニッポン人なんてみんな政府の犬で、奴隷の、頭に垢と使用済みコンドームと他人の血の詰まったごみしかいないんだから。あたしはこれから先、クソだ、リアルかくれんぼだって言われても、高らかに読者どもに中指を立てながら、この口と手で「ヴァァァァァァァァァカ!」 って叫んでやるんだ。その口、その手をふさぐ奴ら、それに対して二点をつけるような反私どもには見たこともないような結果をもたらすって、覚悟しなさいよ! ザーメン吐き出すくらいしか能のないチンカスまみれのチンコヘッド! ジャップカサイして子種をどぴゅどぴゅまき散らしながら死にさらせバーカ」

 というと、すすめは笑顔でキャプテンを見る。
 叫びたいだけの暴言を吐いたせいか、彼女の顔は今までに見たこともないくらいすっとした、さわやかなものになっていた。
 そして

「ねぇ、キャプテン」

 と言ってキャプテンを見る。

「何でしょう、すすめ先生」

 というと、すすめは

「あのさ、全員集合してみんなでブッパする技ってできる?」

 と問う。
 それに対し、キャプテンは少し考え、

「いいでしょう。考えておくよ」

 というと、尻尾をくるりと回転させる。
 それを見たすすめは、

「じゃ、よろしくー」

 というと再び意識を失い、鳥かごのなかに潜っていく。

 一方でキャプテンはそれをチョロとキツマにテレパスで話す。
 二人はそろって

「楽しそうだ」

 と言って笑うと、チョロは急いで装甲列車に乗り込み、メイクは急いでそれに使う小道具を作り出す。
 メイクは

「なんだかギャグみたいな終わり方だね……。まぁ、すすめちゃんの小説って、なんでもありだからね」

 と苦笑いをしてその物品を届けてくる。

 罠を脱出してオッパに結界内で回復魔術を掛けていたサタン、そして回復から間もないオッパとパーリガン、そして列車に乗っていたジンゴたちも集まってくる。
 軍団全員に対し、アチラは一人。
 その状況を打破すべく、携帯電話で軍隊の派遣を要請する。

 しかしその電話は伝わらない。
 それに絶望したアチラは自分の首をナイフで切ろうと、そのナイフを探す。
 しかしそのナイフすらをもオッパによって奪われてしまう。
 アチラは

「返せ!」

 と言おうとするが、その前にオッパが

「返してほしいか?」

 と問う。
 それに対し頷くと、

「そんな甘っちょろいことはできねぇな」

 といって凍結し、粉砕してしまう。
 その瞬間、自分で死ぬ手段を奪われたアチラは絶望し、涙を流し始める。

 キャプテンたちはその間、ラグビーボール大の球をけり始めた。
 キャプテンから始まり、ジンゴ、オッパ、ファンタ、パーリガン、メンヘル、キツマ、タロット、メイク、センセ、サタン、ハニー、シングの順番で蹴っている白い球。
 それが何なのか、アチラにはわからない。
 しかし、それが自分の処刑台であることは十分に理解していた。

 アチラは目を大きく見開き、

「やめろぉ」

 と叫ぶ。
 しかし、その声も届くことはない。
 そして最後、チョロに至る。

 チョロは球を受けるとその場で宙返りをし、強い勢いでアチラに球をぶつける。
 その瞬間、アチラの胴体は壁にたたきつけられ、その勢いで激しい爆発を起こした。

 最後、チョロは確認射殺のためにアチラのいた場所を探す。
 アチラは何かいい夢を見たのか、その胴から離れたところに吹き飛んでいた頭部はにこりと笑っている。
 チョロはそんな兵士を見舞うかのように、アチラの頭部に銃弾を撃ち込んだ。

..

「先生! ついにできましたか!」

 というと、タロットはその原稿用紙を取り、ほれぼれとした顔で数ページ読んでいく。

「もう小説なんて書きたくない!」

 とすすめはいうが、タロットは

「そんなこと言わないでくださいよ。先生の作品は世界を救うんですから」

 と言ってにこりと笑う。
 そして数ページ読むと、タロットはほれぼれした様子で

「うん、面白いね」

 とすすめを見て笑う。

「ねぇ、タロット」

 というと、タロットは

「何でしょ、先生」

 といってすすめを見る。

「小説を書くことって、あたし、うまく書かなくちゃとか、ランキングに乗らなくちゃとか、そんな見栄ばかりで書いていた気がする。でもさ、そうじゃないんだよね。自分の世界があって、それを吐き出したくて書くものなんだよね」

 というと、タロットは少し考えた様子ですすめを見る。

 そしてタロットは

「少し前にメイクが言っていたんだけど、絵でも、シナリオでも、工作でも、下手でもいいから最後まで作品を作らないと達成感なんてあったもんじゃないし、それに次につながる学びも、楽しみもないって言っていた。でもすすめちゃんはこうやって、いろいろな冒険をして最後はこの物語を一度締めることができた。それって、すごいことなんじゃないかな」

 という。

 すすめはこれまでのことを考えてみる。
 強姦され、破壊された一昨日。
 小説を書くために自分を癒した昨日。
 小説を書いて、敵を倒すための手段を作った今日。
 そして、小説書きとなった明日。

 その昨日から未来につながる一通りの流れを見て自分もいろんなものを見てきたことに気づく。

「あのさ」

 というと、すすめはタロットを見る。

「これ、チョロに言っておいてほしいんだけど」

 という。
 タロットはせかすこともなくすすめの言葉を待つ。
 一方、すすめは少しばかり恥ずかしそうにもじもじと顔を落とすと、

「ありがとう、って伝えてよ」

 という。

 それに対し、タロットはカードを並べている。
 そしてカードを混ぜると、すすめに

「引いてみてよ」

 と言う。
 すすめは何事かと思い、

「何さ」

 というと、タロットは

「いいからいいから」

 と、まるで何かうれしいことを伝えるかのように言う。
 すすめはゆっくりと目を閉じて精神を集中させると、その中の一枚を引く。

 そのカードは、「the Universe」と書かれていた。

..

「あの時のあの発言はどうなんだ」

 とオッパはいう。
 ロマンシアライナーの、特急とはあるまじきほどの固いクロスシートを回転させ、父親になったオッパは腕を組んで話し始める。

「あのときの発言って何よ」

 とすすめは不愉快そうにオッパから目を離して言う。

「ジャップカサイだの、なんだの……」

 というと、すすめは

「あたしの考えをただいっただけよ。それともオッ……じゃなくてパパさ、あたしの日本語が下手だってい言いたいわけ?」

 と、怒りを込めた声で返してくる。

 その言葉にオッパは言葉を窮し、すすめから目を離すと、

「とにかく、あまり過激な言葉を使うな。小説を書くなら言葉の重さに責任を取れ」

 というと、すすめはため息をついた。

 すすめは先ほどまで、小田鉄相模原の駅ビル、ラクーナオダサガの三階にあるファミリーレストランに来ていた。
 同席しているのは鯱田月と、陸の夫婦。
 若い大人だが、それなりに収入がある、という設定を守っている。
 二人はその日の前日までレジスタンスの中でファンタ、それからオッパとして戦っていたが、すすめの手続きのために時空局の職員として時空船に乗り込み、今朝太極航空KE705便の乗客として成田空港に降り立った。

 すすめは久しぶりの人間界に感動し、涙を流しながら機内食の栄養ビビンパを食べ、第一ターミナルの入国ロビーに書いてある「おかえりなさい」の文字をみて、感慨深そうにため息をついた。

 すすめの領界侵犯についての裁判は、二週間ほど前に、すすめも出席したうえで執り行われた。
 被害者は生きているものの犯人はすでに死亡しているという状況の中、時空局内部でも捜査が行われ、その結果、四人のベノム人時空局局員がスパイであることを理由に検挙された。
 しかしどこからかの圧力があったのか、その裁判は取り消しになり、証拠不十分で結局、犯人であったホーヨルとアチラへの断罪は行われないままとなってしまった。

 とはいえこれはベノム帝国の戦争犯罪としてカウントされることとなり、すすめはその被害者として被害補償がなされることとなった。
 その一環で、世界を完結させることを条件に、一時的な帰還が認められることとなった。
 一方ですすめはそれに

「またもとに戻らせてよ」

 とわがままを言い、それを認めてもらうためにファンタたちが折衝を行わなければならなくなってしまった。
 それでも幸いにしてテイルテラへの再入界のビザを発給され、あわせて獣人界から軍人の地位をすすめは与えられた。
 コールネームに関しては、すすめへの正式な教育を待ってから改めて付与されることとなった。

 異世界から人間、それも世界の作者を拉致してくるということ自体信じられないことであった。
 それどころかその作者が軍人として働くということは考えられず、むしろあってはならないこととベノム帝国側が抗議しているようだった。
 しかし、それを時空局はずっと却下し続けているらしく、すすめたちにはその話は、外電の新聞を通じてしか伝わってこなかった。

 すすめたちが東京についてからはひどくハードなスケジュールだった。
 リムジンバスで町田に着くや否や、小田鉄相模原まで移動し、月と陸が里親として引き取る手続きをしなくてはならなかった。
 すでに里親申請は魔術の力を利用して済ませてあったようだが、それでもすすめとのお泊りをしなくてはならないと施設がごねた為、やむなく新大久保にある時空局の施設で一泊することになった。
 その翌日も施設に向かい、今度こそ里親認定を受けると、すすめの高校を休学する手続きを終わらせなければならない。
 その手続きにも手間取り、ようやく昼ご飯を食べにこのレストランについたときには十五時を回っていた。

 少しばかり振り回したせいか、陸は疲れた表情で喫煙しに席を立った。
 一方で月は何か物珍しいのか、ファミレスの写真ばかりを携帯電話に収めている。

「ねぇ、ママ」

 というと、月は少しばかり困った表情をする。
 しかしこれもここでの便宜上の話、と割り切り、

「何だ?」

 と答える。

「ねぇ、この後箱根に行こうよ。あたし、小説書こうって思うんだ」

 というと、月は

「僕たちのお金だと思っているだろう……まぁ、いいさ。小説を書くなら、僕たちも勝利するだろう」

 という。そのことを陸に伝えると、陸はうんざりした顔をしたが、

「温泉、まぁ、たまには」

 と言って結局納得する。

 三人はそののち町田駅に動き、特急ロマンシアライナーで箱根に向かう。
 そして今、説教を受けていた。
 その説教にうんざりしないわけがなく、すすめはため息を荒く何度もする。
 そんな様子を見て、オッパは少しばかり困った表情を浮かべる。
 するとファンタは

「すすめちゃん。お前にいいものを買ってやろう」

 というと、すすめの目が少しだけファンタに向く。
 すると近づいてきた車内販売に対し、アイスとデザートをいくつか注文し、すすめに出した。
 すすめは

「あたし、こんなんで機嫌を直す女だって思ってるでしょ」

 と文句を漏らす。
 しかし。

「すすめ。お前、本当にちょろいな」

 とオッパが呆れて言う。
 すすめの表情は、まるで花が咲いたかのように明るい笑顔を浮かべていた。

 緑の中を、赤のロマンシアライナーは快走する。
 彼ら三人、箱根旅行も、そして彼らの軍隊の物語という旅も、今まだ始まったばかりだ。

ケモノラプソディ 1-SHE, SUSUME-

ケモノラプソディ 1-SHE, SUSUME-

パパ活をしていて、町田でさらわれた梅灘すすめ。 彼女が目を覚ました場所は、異世界の収容所だった。 その異世界で知ったことは、自分がエタらせ(書いていて挫折した)小説の続きの世界だったということ。 そして、異世界で見たものは、ベノム人という人種に侵略され、荒廃し、滅びを迎えようとしていた、自分のキャラクターである「獣人」たちの最後の戦いに命をかける姿。 果たしてすすめは、自分の物語と、獣人を救うことはできるのか? ※この作品を5ちゃんねるのなろう関係スレッドに投下するなど、晒し行為を行うことを禁止します。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 青年向け
更新日
登録日
2023-03-27

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
  1. 001:KIDNAP TOWARD ANOTHER SKT
  2. 002:ANOTHER SKY TROOPERS
  3. 003:MILITARY TRAIN EXPRESS
  4. 004:PREPARE TO FIRE
  5. 005:THE FIRST THE LAST
  6. 006:THE UNIVERSE