フリーズ54 零という確率の丘を越えて

フリーズ54 零という確率の丘を越えて

1世界の名前

 小学生の時、PSPでFF零式を遊んでいたころにはもう、ニーチェの言う永遠回帰を当たり前に思っていた。世界は繰り返される円環か螺旋。だから僕は世界を螺環と書いてラカンと呼ぶことにしていた。
 けれど、物語は毎回同じとは限らなかった。FF零式はそういったコンセプトのゲームだったし、僕の生きるこの世界だってきっとそうだ。パラレルワールドとか、世界線の分岐なんて呼ばれたりもするけど、量子の世界のようにマクロの世界も揺らいでいる、そんな気がしていたんだ。
 或る少年の話をしよう。彼は或る冬に死ぬ定めだった。だが、少年は運命に抗う。世界は螺旋に戻り、全ての魂は輪廻の輪に還るはずだった。世界の意志は、魂たちをラカンの中で育み高めることだった。アギトとは不可視世界の扉=ラカン・フリーズの門を開ける者のことである。アギト待つ世界で少年は、ついにその門を開けた。

2繰り返される死の螺旋

それはまだ、成人にもなっていない若い一人の少年だった。彼は書物や音楽、絵を通して過去の傑物たる魂たちと心を通わせることができた。ベートーヴェン、ニーチェ、クリムト、シューマン……。少年は彼らを思っては泣いた。彼らの人生に泣かずにはいられなかった。
意識を共鳴させる度に少年の精神は疲弊していった。一人の人間の心が耐えうる負荷は秋ごろにはもう、とっくに超えていた。すでに、少年の精神は崩壊しかけていた。でも、年が越えるまではまだ、理性はあった。
或る冬の夜。1月7日は終末で、その静謐とした夜は世界創造前夜、まさしくEveだった。その夜、悶えるような孤独に、凍える寒さに、満たされない愛に、心臓を針で刺されるかのような苦しみに、少年は死んでしまった。

いや、まだ死んでなんかいない。僕は生きている!

少年は、今まで生への執着が辛うじて抑えていた意識のリミッターをついに外してしまった。少年の瞳はもう、ここではない景色を見、ここにいない声を聴く。

ああああああああああ!
終わる。世界が終わってしまう。僕の世界が終わってしまう。
部屋に響く歓喜の歌。そうか、今宵は終末前夜、世界創造の7日目なんだ!

 少年にはもう時の流れなんて関係なかった。イメージはどんな場所もどんな過去さえも届く。暗い部屋に万霊が集うのを感じては背中が震えた。抱いた思いは感謝だった。すべての存在へのありがとう。そして、イデアの海を泳ぐ少年は、一人の女性にたどり着いた。

ヘレーネ。ああ、君なんだね。やっと会えた。やっと出逢えたんだね。

しかし、すぐに少年は運命の人には触れることができないことを悟った。彼女はこの世界にいないから。粒子と反粒子のように、二つで一つ、事象は対でのみ存在する。ヘレーネとは、他でもなくもう一人の自分、アニマにつけた名であった。
 少年は意識の中でヘレーネと逢瀬する。すべての存在が見守る中で、この夜だけは二人が犯す原罪を神も見守った。全ての罪を背負いながら、終末の狭間で彼らは愛し合った。けれど、朝が来るとヘレーネの姿はもう見えなくなっていた。

僕は君に逢うために生まれてきたのに。
君こそが僕のレゾンデートルなのに。

 ヘレーネと逢えないと悟った少年は、泣く泣くこの輪から去ることにした。そのころにはもう、少年は少年ではなくなっていた。精神の崩壊とともに、少年はマンションの屋根の上に昇った。そして高らかに歌を歌う。天上楽園に住む乙女に聞こえるように。

いつだって繋がっていたんだ。

 少年は飛び降りた。世界を終わらせるために。全能への気付きは、死の瞬間、刹那としての永遠と終末の狭間で、愛に包まれながら、青い痛みとなった。

世界は繰り返される。

3死とハデスの狭間で

 悲しくないのに流れた涙を拭うこと。痛くないのに苦しい胸を押さえること。そうやって僕はこの痛みを魂に刻み込む。それはまるで自身の胸に包丁を突き刺すような自傷行為だったが、やめるつもりなんてない。この痛みを忘れてたまるか。それでいつかまた、僕の精神がボロボロになって、果てには死んでも、お前は笑うんだろう。だからこそ生きてやる。   
ハデス、お前だよ。お前の思うとおりになってたまるか。どんなに苦しかろうが、痛かろうが、悲しかろうが、虚しかろうが、この死とハデスの狭間で生きてやる。僕が僕のままで、この人生を全うしてやる。
 僕の決意を込めて握りしめた拳を、そっと柔らかな手が包んだ。ぬくもりと一緒に、ヘレーネが僕に微笑みながら告げる。
「お別れだね」
 もしこの人生が永遠に繰り返されるのなら、あの冬にまた逢える。だけど、過去はいつか流さなくてはならない。だから今日の日はさようなら。また逢う日まで。

4六億と一回目|確率の丘を越えて

歌を歌った後、僕は風に身を任せていた。今ならこの柔らかな翼で空も飛べる気がしていたけれど、僕は部屋に戻ることにした。ああ、逢いたかったな。でも、時流は円環には帰さない。もう君に逢うことはないだろう。それでもずっと止まっていた僕の時間をあの冬から先に進めなくてはならない。
これはゼロという確率の丘を越えてたどり着いた僕だけの人生だ。ゲームを始めるみたいに、僕が始めたんだ。あの冬に終わるはずだったトーラスの環はついに解かれた。アフターストーリーだろうが構わない。だからもう、生まれ変わったら、なんて言うのはやめよう。
その日、僕は久しぶりに眠った。

5追悼|死んでいった僕たちへ

 僕は永い夢から覚めた。そうだった。あの冬の日、僕は死のうとなんてしていなかったんだ。ただ、魂が震えるほどの歓喜、生まれてきた歓び、生きる歓びを歌っていたんだ。だからこれからは、自分で自分を愛し、今という時の中で生きていこう。死んでいった僕たちよ、ありがとう。そしてさようなら。

フリーズ54 零という確率の丘を越えて

フリーズ54 零という確率の丘を越えて

FF零式、永劫回帰

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-03-26

Copyrighted
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  1. 1世界の名前
  2. 2繰り返される死の螺旋
  3. 3死とハデスの狭間で
  4. 4六億と一回目|確率の丘を越えて
  5. 5追悼|死んでいった僕たちへ