Baroque Night-eclipse二次創作小説<<一日目-4b>>
本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。本作品に登場するキャラクターの性格や行動は実際のゲームと多少異なる場合があります。
aパート:ステラ視点 bパート:ルーナ視点
「ただいま」
かちゃりと扉が開く音に反応して玄関へ姿を出すと、そこには帰って来たステラが少し疲れた顔をして立っていた。
「おかえりなさい」
まよわずにこの部屋まで帰ってこれたことに安心する。
妹のことを心配していたとかじゃなくって、まだ身体に馴染んでいないこの部屋で一人きりなのはすこし、嫌だっただけ。
それにステラは夜を好きすぎるから。
昔住んでいた家の周りには夜になれば月と星の明かりも木々に遮られてまっくらになるような森があって、小さい頃の――翼を隠すことを覚えるより前の――ステラはひんぱんにそこに飛び込んでは夜遊びを繰り返していた。
その頃の私にはどうしてそんなまっくらな中を灯りもなしに飛び回れるのか不思議で仕方がなかったけど、今の私は知っている。
ステラは暗闇でも目が見える、みたい。
付け加えるなら昼間だって目は良くって、ほんとうなら眼鏡は必要ないんだって。
どれくら目が良いかっていうと、教室の一番後ろの席に座ったままで教壇に立っている先生の持っている教科書の文字が読めるくらい。青々と葉の繁る木に隠れるように姿を委ねた小鳥たちの数を通り過ぎただけで数え切るくらい。
そんなに目が良いのにどうして眼鏡をかけてるのかって?
うふふ
それは、小学生の頃に読んだ本のヒロインが――ヒーローかな?――そうだったから、みたい。
双子で生まれた女の子たち。その片方はお姫様として、もうひとりは彼女付きの執事として育てられる物語。
たぶん、いつもステラがボーイッシュな格好をしてるのもそのお話の影響だと思うの。
物語の最後、革命が起きて襲われるお姫様を守るために自分がお姫様のドレスをまとって叛徒の前に身を現す彼女はたしかに格好良かったから。
本人に訊いても「関係ない、このファッションは私の趣味だ」とか言いそうだけど。
小さい頃のステラは、もっとやんちゃだった。
昔から本を好きだったことも夜が好きだったことも変わりはしないけれど、それが今よりひどかった。
湯気だらけの風呂場にお気に入りの本を持ちこんで読み耽ってはぐにゃぐにゃに歪めてしまったり、真夜中の森に飛び出して行っては帰ってきてこっぴどくお祖父ちゃんに叱られたりしてた。
今ではだいたい克服したみたいだけど、昔は好き嫌いも多かったなぁ。
お漬物がダメ、納豆がダメ、トマトソースがダメ(トマトはセーフ・ケチャップはダメ)、山椒がダメ、かき氷がダメ、チーズクリームがダメ、牡蠣がダメ、辛い物はダメ……
そして今ではむしろ好きになってるブラックチョコも、小さいステラは食べなかった。
たぶんコーヒー好きだったお祖父ちゃんの影響でコーヒーをよく飲むようになってから、味覚も変わったんだろうな。
今でも「苦手な物」はあるみたいだけど、何かを食べないってことは無くなっちゃった。
成長したってことだから、良い事なんだけどね。
「今日は見たことないメーカーさんのお醤油があったから変えてみたんだけど、ステラの口には合う?」
エプロンはそのままに台所を離れながら声をかけると、ぼんやりと考え事をしていた様子のステラがこちらの世界に戻ってきた。
「いただきます」
「はい、いただきます」
掌を合わせてポソリと呟くステラを追って私も姿勢を正す。
二人分まとめて盛った里芋を掌で示すとステラの視線と箸が追いかけて、ひょいと小さなお口に放り込んだ。
もぐ、もぐ、もぐ、もぐ。
ステラは可愛い。小動物的な意味で。
本を読みふけっている時の姿なんて本当にそのもので、気付くと部屋の隅っこにいたり、本棚と本棚の間に挟まって小さく――もともと小さいのに――なっていたり、本棚の上に乗っかって丸くなっていたり。
食事中は良く噛むものだからほお袋にドングリを詰め込むリスを連想したり、
猫舌なので熱い物を食べる時は人より長い時間ふーふーして冷ましていたり、
そうして冷ましたおうどんやおそばをちゅるりと吸い込むのも人よりゆっくりだったりする。
ずっと見ているとほんの少し照れたような顔で視線を外すから、それが可愛くてよくやっちゃうんだけど後から小さく叱られる。
というわけで消し忘れた台所の灯りを落としに――という名目で席を立つことにする。
廊下の壁に小さく並んだ電灯のスイッチは、まだどれがどれか覚え切れていない。
パチン
よし、あたり。
手元を確認しながらちゃんと台所が暗くなったのを確認。
前のお家は紐を引っ張ってつけたり消したりする電灯が多かったからこの操作も不思議な感じがする。
「うん、美味しい」
ダンボールをひっくり返して敷布をかけただけの食卓(仮)に戻ると、ようやく里芋を飲みこんだステラが感想を口にした。
調理法はこれまでと一緒でも、調味料一つで料理はずいぶん変化する。
ううん、ほんとはさじ加減一つで変わるんだとは思うんだけど、それほどには気にしたことはないから。
「よかった。どんどん食べてね」
もう一度小さく手を合わせてお箸を手に滑り込ませる。
炊飯器さんがこの新しい家での初仕事をしっかり果たしたことを確認しながら、夕ご飯の無言タイムに突入した。
ごはんを食べ終わったらお片づけ。
食器についた泡が流れ去ると綺麗になる姿はなんだか衣装の早着替えみたいでちょっと好きだったりする。
一時期は「夕ご飯を作るのは私、洗うのはステラ」だったけど、今ではステラは私が洗い終わったものを軽く拭いたりしてくれる役だ。ふたり並んで今日一日の事を話したり、明日の事を話したりするのがとても楽しい時間だったりする。
ちなみにごはん中はお祖父ちゃんがよく『飯食いながら喋ったらあかん』と言っていたので静かな時間になるの。
「明日はお買い物に行くとして、明後日あたり私も登録に行こうかな」
ステラが今日済ませてきた用事のことを話す。
三高平駅周辺の喫茶店事情とか、とても大きな学校の図書館の事とか、アーク本部を訪れた時の話とか。
「うん。本人が行かなきゃだめみたい」
本当はステラにまとめてやってもらうつもりでいたけど、ダメだったみたい。
「あと、『甘い言葉の男には要注意』だって」
なにかあるのかな。
「ふうん」
いまひとつ良く分からなかったけれど、ステラの表情を覗き見て深く聞かないことに決める。どことなく真剣で、ほんの少し恐怖が混ざっているような。
「明日、ステラは何か買いたいもの決めてたりする?」
話題転換。
カチリ
湯上り飲み物の玄米茶用にお湯を沸かしていたのを止めて、ステラは答える。
「私はコタツさえあれば。あとはお姉ちゃんが欲しいので使いやすそうなのを選んで頂戴」
明日注文したらいつ届くのかな、と語尾に続く。
確かに、まず暖房器具は何か優先して買わないとこれからどんどん寒くなっていくのに今の部屋にはヒーターも何もない。
「電気カーペットにしても良いかと思ったんだけどどうかな?」
「畳が良い」
即答が返ってくる。こういう趣味が合うのは、やっぱり姉妹ってことなのかな。
ふふっ
ちょっと嬉しい。
「書庫にスタンドライトか何か買わなくっても大丈夫かな?本棚の陰になる場所多いんじゃない?」
笑みをもらしつつ続ける。目が良いのは知っているけれど、やっぱり明るい方が良いのかなと思ったりするの。
「いらない」
とぽ、とぽ、とぽ
急須にお湯を移しながら短く答える。
花開き始める香ばしさは、昔から変わらない我が家の「冬の香り」。
と言っても、まだ秋も始まった今くらいから春先まで、飲む季節は長いんだけどね。
かちゃん
ほとんど空になったやかんがガスレンジの上に戻る。
「お風呂入れてくるね」
そう言葉を残して、ステラはするりと台所を出て行った。
ステラは何かを知りたがってる。
ううん、何を知りたがってるのかは知ってるけれど。
それは私も知らないこと、けれど私はあまり知りたくないこと。
お風呂に入るステラを待つ間、まだ熱さの残る玄米茶を湯呑に入れて弄んでいる。
あったかい。
私はこうして幸せな時間を手にしていられれば、それで良いと思ってる。
どうしてステラと私が少し面倒で少し便利な、他人と違う身体になったのか。
どうしてステラと私が壊れゆくのこの世界を守らなければならないのか。
どうしてステラと私の両親が、私たちの幼いころに死んだのか。
気にならないと言ったら嘘になる。けど。
理由なんて知らないし、別に知らなくたって良い。と、私は思う。
でも。
お母さんたちが死んじゃったのは、私が5歳の時。
だから、ステラは両親の顔を実際に見た記憶は残っていないみたい。
私だけが生きていた頃のお母さんを覚えている、それが少しだけ私の弱み。
いつもステラが身につけているロケットの中にはお母さんの若いころの写真が入っている。
はぁ
小さくため息をこぼす。
最近こんなことばっかり考えてる。
私じゃステラのお母さんがわりにはなれないのかな。
最近少し避けられるようになっちゃってるし、ちょっと寂しい。
カラリ
ステラが出てきたんだろう、お風呂場の方から扉の開く音が聞こえてくる。
バトンタッチね。
掌にくれたぬくもりと引き換えに飲みやすくなったお茶を飲み干して立ち上がった。
風呂上がり。
ゆだった身体を寝室に運ぶ前に、こっそり書庫の扉を押し開ける。
ダンボールから取り出した本の山はまだ、半分近く本棚に入らずに積み重なっている。
「おやすみなさい」
小さな呟きを、本棚の向こうに潜り込んだ小さい背中に贈った。
Baroque Night-eclipse二次創作小説<<一日目-4b>>
原作⇒『Baroque Night-eclipse』 http://bne.chocolop.net/top/
ゆっくりと、ゲームをプレイしつつ書き進めて行きたいと思います。
ようやく一日目の終わり、です。今後は一日区切りと言うよりイベントごとで書き進めて行こうかな。