きのこ雲

きのこ雲

きのこの童話です


  昭和二十年広島と長崎上空にはキノコ雲が空高くまでのぼり、13から15万人の日本人が死んだとされる。この雲を発生させたのは言う間でもなく原子爆弾だ。このキノコ雲を恨んだのは人々だけではない。長野の山でキノコたちが途方にくれていたのである。ともかくこんな雲じゃない雲にキノコと名づけられてはえらい迷惑である。
 「なあ、マイタケドン、これでは計画がうまくいかなくなりますな」
 「シメジの旦那、たしかに、キノコ雲が爆弾の作る雲だと思われてしまったからには、なかなか我々の思うようにはいきませんな」
 ベニテングタケが口を挟んだ。
 「私なんて嫌われもんだけど、キノコ雲はもっときらわれちまったね」
 ドクツルタケもうなずいた。
 「きのこ雲はわっしら毒キノコより、たいしたいやがられもんだ」
 「予定していたキノコ雲はもう無理だろうか」
 シイタケが声をかけても、マツタケは俯いたままである。
 今、ここでは、日本中のキノコが集まって、「雲」会議を開いているのである。会長のシイタケは難しい顔をしている。
 皆がざわざわしていると、やっとマツタケが首をあげた。
 「百年後も、キノコ雲はやっぱり原子爆弾の作った雲で、永遠にいやがられていると思うよ」
 「ということは、あきらめなければならないのか」
 「この国ではだめだろう、あきらめよう」
 そこへ、ノウタケが「そんなことはない」と、大声をあげた。ノウタケはなかなか面白いアイデアをもっていて、いつも他のキノコが考え付かないことを言う。
 「時間がかかるが、子供が言い出せば、いずれ、そうなる」
 それを聞いて、ほかのキノコもハッとしたのである。
 「ただ、今すぐに始めたにしても、すぐにはうまくいくまいよ、百年後だな」
 ノウタケはそう言った。
 これはいったい何の話であるのか、読者諸氏はわからないであろう。
 一昨年、1944年のキノコ会議の席で、北海道から来たアケボノタケが空を見上げて、「何といい天気のことよ、鰯雲がかかっているが、なかなか秋のふぜいでいいこと」
 ほかのキノコも見上げていたが、そのときも、ノウタケが「何で、鰯雲なんだ」と文句をつけた。
 「鰯に似ているからだろう」
 
 「まあ、いつでもいるからな」
 「秋に美味い秋刀魚雲にすればよかったものを」
 「人間たあ、そんなものさ」
 「そういえば、雲に名前をつけるのが下手だな」
 「でも、夏の入道雲はよくできている、入道そっくりだ」
 「鰯雲も、鰯には似ているが、季節性のことを言ったまでだよ」
 ノウタケは続けた。
 「なあ、俺たちに似た雲もあるだろう」
 「ノウタケさんに似ているやつかい」
 「いや、俺の形はキノコの典型ではない、マツタケドンみたいな格好だ」
 「確かに、傘があって、柄があって、というやつだな」
 「そうだよ、そういう雲を、キノコ雲ってつけたらどうだろう」
 「確かにそうだが、秋にそういう形の雲がでればいいけどな」
 「そこは、雷神さんと風神さんに相談すりゃあいいんだよ」
 「今、人間が戦争中で、雷神風神も忙しいだろう」
 「どうしてだ」
 「公平に雨風を吹かせて、戦争の勝ち負けに自然が影響しないように考えているからさ」
 「でもよ、昔、この国に大陸から攻めてきた船団が嵐で沈没して、この国が助かっただろう」
 「あれはいいのだよ、戦争を始めるのを防いだからな、そうではなく、人間が戦争をはじめちまってからのことさ」
 「なるほど、忙しいんだな」
 「だから、戦争が終わったら、雷神風神にキノコ雲をつくってもらおうということだ」
 「そうだな」
 「風神雷神さんに、秋になるとかならず、キノコの形の雲がでるようにしてもらっておかないと、いけないな」
 「俺が頼んでおくよ」
 マツタケがそう言って、秋の風物詩にキノコ雲をつくろうということになって、戦後はじめてのキノコ大会を終えたのである。ところが、戦争は終わっていたのだが、「キノコ雲」が先に使われてしまったのである。

 ともかく、会議の後、マツタケは京都に帰ると、鞍馬の山のいただきで、雷神に会った。
 「そういうことで、秋にキノコ形の雲を浮かべていただけないでしょうか」
 「ふむ、まず、風神と相談をするが、そんなに簡単にはいかないのだよ、実はな、雲神というのがいてな、この日本ができたときには、大いに活躍して、季節の雲を作り出していたのだが、いったん作ればそれで終わりでな、あとはわしら雷神と風神が雲神が考えた通りに雨風を調節して、雲を作り出すわけじゃ、今雲神は他の星で新米の雲神の手助けをしておる、あと50年ほどで、新米の雲神も一人だちするから、この星にもどってくる」
 「はい、それで十分間に合います、そのころに、開始しようと思っています」
 「そうか、それなら力になれる」
 ということで、マツタケは次の年のキノコ会議で風神との話を報告した。
 「マツタケドン、それはよかった、10年後に雲神さんがもどったら、たのもうじゃないか」
 「それがいい、それより心配なのは、この国は子供たちが少なくなっているのだろうな」
 「いやいや、この国民は頑張って子供を増やすさ」
 「そうだな、そのころ、子供が雲などに興味をもつだろうか」
 「漫画やばっかりだろうからな」
 シメジがそういうと、マツタケがうなずいた。
 「たしかにな、それより、もっと先、その子供の子供たちがどうなる」
 「それだよ、ゲームにもキノコをはやらせなきゃならん」
 さすがにノウタケはいいところに気がつく。 
 「キノコのゲームを考えるのか」
 「そうだ、そのころはインターネットのゲームだ、それを人間に教えてやらにゃあならん」
 「どのように教えるのだ、あいつ等は我々のことばはわからんだろうに」
 「俺がやってやる」
 ノウタケは自信満々だ。
 「どうやってやるんだ」
 半信半疑のベニテングタケ。
 「俺はインターネットに入り込める」
 「人間が、戦争のために開発した情報網だな」
 「ああ、一人じゃ無理だが、八人集まれば、できる、キノコ脳波というやつだ、それでワイファイを使って、ゲーム会社に忍び込み、小児用の簡単なゲームを作って、その主人公をキノコにする。次の段階は小学生のゲーム、中学、大人とそれぞれキノコの主人公だ」
 「そりゃあ、おもしろい、さすがはノウタケどんだ」
 「みんなもおもしろいゲームを考えついたら教えてくれ」
 というわけで、キノコ会議で、キノコゲームを考えて、それを、ゲーム会社のコンピューターにしこんでしまおうということになった。
 幼児用は、キノコがぶつかると、おおきくなって、しかも、赤と青のキノコがぶつかると紫になるという、色の勉強にもなるものだ。
 小児用は、キノコの運動会だ、七色のキノコが走って、あらかじめどのキノコが勝つかボタンを押しておくと、それが一等賞になれば100点、2等になれば80点、3等なら50点もらえる。それがおわると、キノコの玉入れ、障害物競走、パン食い競争があって、同じように、一つの色のキノコを選んで、一等になると走るのと同じように点がもらえる。何人かで野って、合計点の高い者がかち。ちょっとギャンブル的だが、将来を見通す力が養える。
 小学生用は、キノコを育てると、大きくなって、よりきれいな、おいしいキノコになる。失敗すると、毒々しい毒キノコになるこれは、すでに同じ様なゲームができてるので簡単である。
 中学生には、キノコレストランゲーム、料理に使うキノコを三つ以上選んで、ほかの材料とともに料理してお客さんに提供する。もしそれに毒キノコが入っていると、お客さんが死んじゃう。100種類の中のキノコから選ばなければいけないので、これで、毒のキノコか、食べられるキノコか覚えることができる。さらに、毒キノコを食べたお客さんに、お薬を与えると死なないことがある。薬も100種類用意して、選ばせる。そうする。料理はたとえばネギと豆腐、こんにゃくを選んで、キノコを選ぶ、水を選択して、鍋をクリックして、暖めるを選ぶと、キノコ鍋になる。その作り方が会っていれば10点、使ったキノコの数に10をかけ、お客さんが死ななければそれが点数になるが、死んじゃえばマイナス10点。も薬で助かれば、毒キノコの数を引いたもので点数を出す。
 「このようにおもしろいものができました」
 座長のマツタケが紹介すると、マイタケが「高校や大学生、大人用のものはまだですか」と質問をした。
 「いや、きっと、高校生以上は、子供たちのものをみて、取り上げて始めますよ」
 ノウタケは人間のことをよく知っているようだ。
 「それに、そこまで作っておくと、後は勝手に人間がキノコのゲームを作り始めますよ」
 こうして、ノウタケは3つの大手のゲームソフト作成会社の庭に生えて、ワイファイをかいして、コンピューターに忍び込み、新しい三つのゲームを作り上げた。
 ゲームの作成担当者が、画面を開けると、それがでるようにしておくと、あっと言う間に、企画会議で取り上げられ、発売されたのである。
 キノコたちが企画して数年も経たないうちにである。
 瞬く間にキノコゲームがはやりはじめ、当初は子どもたちだけだったが、疲れたお父さんお母さん、サラリーマンたちが興味を示し、子どもから取り上げて熱中した。
 新たなキノコゲームを人間が開発し、無線で歩くキノコ、とうとうキノコロボットができ、保育園や幼稚園で子ども達と遊んだ。

 今年のキノコ会議である。
 「すごいもんですな、あっと言う間にキノコがはやりましたな」
 「思っていたとおりだ」
 ノウタケは満足げだ。
 「人間は単純ですな」
 「だから戦争など起こすのだよ」
 「たしかに、それで、雲神さんがもどるのはあと少しですな」
 「それまで、キノコブームが続きますかな、本当は、今こそ、キノコの雲が空に浮かぶといいのですがな」
 そこに、風神と雷神があらわれた。
 「キノコどんよ、いい知らせだ」
 雷神が言うには、雲神が早く戻ってくると言うことだった。新しい星の雲神の飲み込みが早くて一人立ちし、立派な雲が作れるようになったそうだ。 
 「さらにな、我々も地球の環境を少しばかり変えようと思っておるのだよ、46臆年前に地球ができて、そのころ我々は忙しかった。安定した地球になり、たくさんの生き物たちが豊かに暮らすようになったが、地球自身が欲求不満でな、それで模様替えをしようとおもっておる」
 そう風神が追加した。
 「それで、地震や火山の爆発が多いのですな」
 マツタケが言うと、風神と雷神がうなずいた。
 「お前たちのキノコ雲もつくってやろう」
 「ありがたいことで、すでに人間にしたごしらえ、今下ごしらえの段階がうまく行きました。キノコのゲームが人間に浸透しています」
 「そのようじゃな」
  ノウタケにはまだ計画があった。
 「これから新しいゲームも作ろうと思っております」
 「それはなんじゃ」
 雷神は大いに興味をもったようだ。
 「ゲームの中に雷神様、風神様、雲神様も登場いただいて、三人の神様がうまく動くと、キノコの雲ができるものにしたいと思っております」
 「そうか、それはいい、男前にしろよ」
 「はい、虎のパンツにいたします」
 「また、虎か、だがしょうがないか、仕立てをよくしろよ、無地やユニクロではなく、手製のものがいい」
 「はい」
 と言うやりとりの末、ゲームの中に雷神、風神、雲神がでてくることになり、三つの神様をゲットし、気に入った物をあたえると、次第に顔がほころんできて、三つの神様の顔が笑い顔になると、雲がわき出てキノコの形をした雲になった。
 ただし、ゲームの中で、秋にならないと、雲はでてこなかった。梨や葡萄、栗を育てて、実を付け、稲の穂が黄色くなると秋になる。神様を捕まえて起源をよくするだけではだめで、秋の植物を育てて、実がなるようにしなければならない。そのためには水やり、温度管理をしなければならず、かなり気を使わなければならないが、子供たちは喜んでやった。
 こうして、キノコ雲は秋にでる雲であることも浸透していった。

 年月が経った、雲神も地球に戻ってきた。その年のキノコ会議に、三神がそろって出席してくれた。
 雲神が集まったキノコたちの真ん中に空より降り立った。
 ここで、三神の格好を読者のみなさんにお知らせしなければならない。大きさに関してはどの神も、空一杯に見えるほど大きくなることもできるし、一般のキノコの大きさにもなれる。今、三神は、キノコの大きさになっている。神たちの配慮であろう。
雷神が虎のパンツをはいているのは人間の想像に間違いはない。ただ、神の形は人間のよう二本足ではなく、足は髭のように何千本も束になっている。それを虎のパンツをはいて、二つに束ねているといった様相である。寸胴で臍はない。腕は二本あり、指は一本、指の先から電気を放つ。さて、顔であるが、どことなく、猫に似ている。色は真っ黒である。太鼓など持っているわけではない。ごろごろ言うのは喉である。嬉しいとき稲光を走らせごろごろいう。そんなとこも猫に似ていなくもない。
 風神は、これまた、足は一本短い物が胴体からでている。足の指は一本で、はいているのは真っ黒なパンツである。手は雷神と同じ指一本である。からだの色は真っ白で、顔は狸のようである。口をとんがらすと、思い切り息を吹き出すのだが、それが、風になる。人間が描く袋などは持っていない。笑うと口がとんがり、風が生まれる。
 さて、人間にも知られていない雲神である。
 基本的には先の二神と同じだが、足はなく、いきなり胴体である。だから、胴体で土の上に立っている。手はあって、二つの神と同じ形をしている。色はネズミ色、パンツははけないが、ネズミ色の腹巻きをしている。顔もネズミに似ている。髭もじゃらで、気持ちがよくなると、顔の髭をたてて湯気を上げる。それが雲となって世界に散っていく。
 その雲神が言った。
 「諸君、またしたが、明日にでも、雷神、風神とキノコ雲をつくりだし、秋晴れのとき、富士山の周りに浮かしてしんぜよう」
 「ありがとうございます」キノコたちは和してお礼を言った。
 「明日が楽しみです」
 議長のマツタケがのべると、キノコたちの晩餐会が始まった。
 「猿に頼んで、酒を用意させております」
 三神は食べることはしないようだが、酒だけは飲むと言うことだった。
 日本猿の酒は世界の猿酒の中でも最も高価で、美味とされている。
 キノコたちは酒を飲むことはしないが樹液を好む。
 「この樹液は美味い」と傘を液に浸すのである。
 三神は日本猿が持ってきた瓢箪を抱え、猿酒をちびりちびりと飲んでいる。
 「美味いですな、雷どん」
 「確かに、アフリカの猿たちが作るのは、フルーティーだが、日本猿の猿酒のように、くっっくっと、喉にしみるようなうまさはありませんな、雲どん」」
 「地球に帰ってきてよかったと思いますよ、風どん」
 三神はおかわりを何度もして、ぐでんぐでんに酔っぱらった。
 「うみゃい、うみゃい」
 と、とうとう、その場で寝てしまった。キノコたちも樹液によって、折り重なって寝ている。
 山間が白みはじめ、やがて、太陽がちょっと顔を出す。日の神がおりてきた。三神を光でてらしだした。
 「こりゃ、雷神、風神、雲神、しごとだ、寝坊をしおって、厳罰」
 日の神は強い光で三神をつつんだ。
 あまりにもまぶしくて、雲神はいきなり起きあがると、「原爆だ」と、大きな声を上げた。厳罰を原爆と聞き間違えたようだ。
 すると、富士山の周りに大きな原爆雲がもくもくとわきあがった。雷神はピカピカと、原爆雲の周りに雷を光らせ、どーんと大きな音をさせ、風神は、大風を富士山の周りにおこした。
 人間たちは、「また、戦争だ、原爆が落ちた」と、騒ぎになり、1945年のキノコ雲を思いだし、キノコたちの思惑は霧となって散っていってしまったのである。
 しかし、キノコたちは、いまでも、いつか秋の雲はキノコ雲と呼ばれるようになることを、夢見ているのである。
 ノウタケは「神になど頼むからいけないのだ、今度は我々で、キノコ雲を空に浮かせてみせようぞ」
 とつぶやいていた。

きのこ雲

きのこ雲

秋の空に浮かんでいる雲、きのこたちはきのこ雲と呼びたかったようです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted