アリス

アリス

アリスの好みのタレント。


何時もの様に、JRの駅を降りて仲通りを通って学校まで行こうとした時、カフェから見た事がある顔が出て来た。
 神野アリスは、思わず、「吉方兼」じゃないと呟いた。
 吉方兼は売れっ子の芸能人だ、俳優兼歌手もやっている。
 アリスは兼のファンだったから、声を掛けようかと思ったが、人目も気になって、通りを抜けて、大通りを渡る時に話し掛けようとした。
 周りの学生達も兼に気が付いて群がって来たから、兼は、周りを見ながら、小走りにキャンパスに向かって走って行った。
 学生達は追い掛けて後を付いて行く。
 アリスは、ふと、兼がバッグからはみ出していたスマホを落としたのに気が付いた。
 それを拾うと、追いかけようとしたが、もう間に合わない。
 バッグにしまうと、キャンパスに入って行った。
 午後、四時間目も終わった頃、キャンパスの芝生の辺りで人だかりがしているのが見えた。
 兼を取り巻くように女子学生が大騒ぎをしているのだ。
 アリスは取り巻きの輪を潜って、兼に、「此れ、貴女の落とし物じゃない?朝、通りで拾ったから、渡すね」。
 他の女子学生達が何事かと見ている中で手渡した。
 兼は、「有難う。助かったよ」。
取り巻き漣の輪を潜って門の方に向かった。
 本当は話がしたかったのだが、あの人だかりでは無理だと思ったから。
「ちょっと待って、君の名前は?ちょっとさあ、話したい事あるんだけれど・・時間無いかな?」と、兼が追い掛けて来た。
 アリスは立ち止まったが、ファンの塊が集まって来る。
「ちょっとさあ、カフェに行かない?時間ある?」と、強引に腕を掴まれて人ゴミの中を掻き分ける様に、大通りを渡って仲通の一本裏側の路地にあるカフェに連れ込まれた。
 追って来る連中もいなくなってたから、店の中は二人の貸し切りの様に静かだった。
 いきなり、連絡が入って、「今、・・という仲通りより一本隣の路地にあるカフェにいるから、名前は・・・」。
「君、名前は何て言うの?神野アリス?ハーフかな?まあ、それは後にして、実は、僕は兼じゃ無いんだ。田村亮というのが僕の名前、兼とは双子だからよく間違われるんだけれど。ところで、先程はスマホを有難う。此れは僕の物なんだ」と言ってホームページから連絡先を見せる。
 連絡先には「吉方兼」の名が載っていて、その上にズラッと女性の名が載っている。
「此れが弟の連絡先、僕は此方」と設定から一番上の自分の名が載っている画面を見せる。
 成程、スマホが彼の物だという事は分かった。
 其処からは、亮は落ち着きを取り戻したようで、詳しい話を始めた。
「僕は、此処の学生では無い・・という事は、今まで此のキャンパスに現れた事が無かった事からしても分かるでしょ」
「此処に来たのは、事務所の企画で、此のキャンパスから近い東京タワーで兼のステージをやる事になったんだ。そこで、本人は忙しいし、来たら、大騒ぎになる可能性があるから、此れ無いので、代わりに僕が来たという訳なんだ」
そう話をしている最中にドアが開いて男性が二人入って来た。
 亮が二人にアリスの紹介をして、此処まで来た経緯を話した。
 二人は名刺を見せたが、兼の事務所の連中だった。尾上太郎と井上光と書いてあった。
 太郎が予定のステージの準備は済んでいるという事と、大学にも協力して貰って、此処もロケに使うからという話をしていた。
 四人共コーヒーを飲んでいたが、井上氏が、アリスに向かって、「君、なかなかいいじゃない!うちの事務所に入らないかな?」と話し掛けた。
 アリスはハーフだから一応顔立ちは整っているが、芸能界の人から声を掛けられたのは初めてだ。
 井上氏は事務所の中でもスカウトもやっているらしいから、人に気安く声を掛けるのには慣れているのだろう。
 二つの話が同時進行で始まったから、アリスは戸惑った。
 東京タワーで吉方兼のショーが開かれるのだが、狭いから、大学のキャンパスにもステージを作って、兼が移動してくるという趣向らしい。
 尾上氏は事務所の所長をやっていて、兼の面倒も見ているそうだから、大学には彼が話を付けたらしい。準備はばっちりだという。
 一方、横にそれてしまったが、井上氏はアリスに話し掛けている。「どう、うちの事務所でやって見る気ない?君が良かったら、早速、最初のデビューは、兼の今回のライブになるけれど、君、ルックスはOKだけれど、歌の方はどう?一度事務所のオーディション受けてみないかな?上手くいけば、共演って事になるかも。最初だから、ちょっと出るくらいでいいんじゃないかな」
 アリスはいきなり、とんでもない事が飛び込んできたと、躊躇しっぱなしだった。

 取り敢えず、アリスのオーディションが行われ、合格をしたから、今回のライブに出演する事になった。
 事務所の女性がいろいろと世話を見てくれて、服装やら、台詞やら、ライブの段取りだとか、全てに亘って説明をしてくれた。
 ライブだから、ハプニング的な要素が強く、台詞も簡単なものが多かったし、アドリブもきかす事が出来るという事だった。
 アリスは鏡に映した自分の姿を見て、「まあ、最初はこんなものでいいんじゃないかな」と思ったりした。
 芸名は「カミュ―アリス」と本名に近い名に決まった。
 本番までは一か月ばかりあったが、即席で教えて貰って、何とかマスターする事が出来た。


 ライブの当日がやって来た。
 東京タワーに現れた兼が唄って踊ってパフォーマンスを披露している、ダンサー達が兼を盛り上げ、照明係が、兼を光の縁滅やアップで更に盛り上げていく。
 東京タワーのライトアップもバックで輝きを増している。
 カメラワークは、兼がタワーの中の演技を隈なく捉えて、フロアーのドーナッツにあわせて移動していく。
 やがて、一段と盛り上がったところで、司会者から大学のキャンパスのステージに移動の指示が出た。
 ヘリがタワーの近くの空き地から兼を載せて、旋回しながら、キャンパスに向かう。ライトが高射砲の様に其の移動の様子を捉えてキャンパスのステージに光の移動をしていく。
 やがて、司会者の声が響くと、兼のパフォーマンスが始まった。
 アリスもキャンパスに待機していて、ヘリから降りて来る兼と合流するようにステージにライトアップされる。
 前以て待機していた事務所のダンサーとバックバンドが一斉にステージを盛り上げる。
 兼には、先程のダンサーとは違う、仲間の4人のダンサーが付いて踊っている。
 アリスを囲むように兼やダンサーが乱舞すると、今度はアリスの方が無線マイクで兼や仲間と一斉にリズムに合わせて踊りながらステージ狭しと拡がる。
 バックバンドは曲をラップからラテンジャズ風に変えていくと、周りの聴衆から歓声が聞こえ、一緒になって腰や手を振りながら、ステージを包んだ大きな輪の様に踊りが拡がっていく。
 ステージの中から、兼とアリスと他の四人を乗せた開放されたセリがエレベーター式に上がって行く。
 キャンパスの福沢諭吉もさぞかし驚いている事だろう。
T Vカメラが、ステージのエンディングと、バックバンドのエンディングを上手く決めて終了した。


 翌日、兼たちは次の会場に移動していた。
 アリスは、今回のライブでかなりのカメラの被写体として、映ったから、一応芸能人としての第一歩を踏み出した事になった。
 取材も「突然現れた、「カミュ―アリス」という事でかなり取り上げて、後に関連誌に映像が載った」
 その後のアリスの活動は事務所に全権任されて、次から次へと写真やステージのDVDが披露されていった。


 ところで、芸能活動からちょっと外れて、アリス自身の事は。
 アリスはもうじき卒業だが、就職先はもう決まった。
 アリスと亮が二人で会う機会があった。
 アリスがスカウトの元になった切っ掛けの田村亮が兼の兄だという事は分かったが、アリスにとっては二人の見分けはつかない。
 アリスが最初に拾ったスマホに並んで登録してあった多数の女性達の事に聞いてみた。「随分、沢山の女性の名前が並んでいたけれど、あの、殆どが、兼さんの彼女なの?流石に、兼さんと瓜二つだからモテるんでしょうね」と聞いてみた。
「あれは、兼の関係の連絡先が殆どなんだ。僕の個人的な知り合いというのは極少数なんだ。君だって、連絡先には随分多くの人達の名前が登録されたいるでしょ?それと、同じ」
 アリスとしては、確かにそうだろうな、でも、個人的な連絡先の中に、付き合っている女性もいるんだろうなと思った。
亮は何か弁解でもしたいように、「今度、二人で食事でもしないかな?高輪か何処かで・・無理は言わないけれど、君もタレントの仲間入りをした事だし、そろそろ、二人で、もう少し業界の詳しい話をしといた方がいいと・・。それにね・・」
「分かった。いろいろ教えて貰えたら助かるから。それに・・。っていうのは、何?」
「正確に言えば、双子でも考えている事や、好みは違うと思うんだけれど、僕は、君と個人的に・・」
「お付き合いでもっていう訳ではないでしょう?そんな訳無いよね・・それとも・・ある?」
 兼はアリスの眼をみると、「いや、そういう事なんだ。いいいかな?僕は芸能界というのは余り性にあった方では無いんだ。弟とはまた違うんだ。大勢の注目の的になるよりは、一人の女性と付き合っていきたいんだ。分かってもらえるかな?愛するのは一人だけで十分」
 アリスはかつて兼のファンであった。しかし、今の心境はそこから離れたところに存在している。兼と亮は、似てはいるが、よく見れば違うところが幾つもある。亮がアリスの心を捉えている。「愛している」


 約束通り高輪で夕食をとった。
 夕闇が迫る頃だったが、二人のテーブルには誕生日のお祝いの様なキャンドルが二本灯されていた。
 二人で、お互いのキャンドルに囁いた。「愛している」



 二人が乾杯したグラスには、高輪の街の灯りが揺れる様に映っている。



 夜の街の空気が、未だに海のうねりのように肌に蘇って消えない。
 二人の幸せを掴んだ輝く街の光が、どこにも逃げ場がないように、二人の周りで戯れていた。

アリス

吉方兼live。
約束通り高輪で夕食をとった。
 夕闇が迫る頃だったが、二人のテーブルには誕生日のお祝いの様なキャンドルが二本灯されていた。
 二人で、お互いのキャンドルに囁いた。「愛している」
二人が乾杯したグラスには、高輪の街の灯りが揺れる様に映っている。

アリス

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-06

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