疾走

 わたしを急き立て四肢を風に唸らせるようにふり乱すなんらかの濁流の如き疾走の外気の裡を、曖昧模糊たる泥溜にあしを浸してそのひややかな湿度に身をひそめ、わたしはわたしより迸り裂かんとする悲願をとくとくと光こぼし濁流の疾走と織を重ねようと引き裂くが如き劈きの悲鳴を無言し乍ら、ただ一刹那閃光と翔び彼方の月硝子城へ幻影としこの双の乖離したわたしと外気との法則を綾為さんとさせるための断末魔を連続させ此処を超えようとする。
 わたしはしずしずとどんよりとした翳を曳きのばすように泥沼から足を引き離しては浸して、素朴で淡くほうっと命灯る蛍の風景に還りついて身を横臥すことを夢みるだけれども、また合理と合理の法則と法則との絶命的な格闘に夢中になる、されどわたしはとりわけ闘いに光を置く者ではない。合理を突き詰め寸前と割れるように不合理に漂いたい。
 唯、少年期に夢みた風景をみたい。美と善。愛。信仰。意味の不在したそれ等。わたしが抱え込むのはそれがすべて、それいわく不在のすべて、則ちすべての不在を。
 わたしはしずかに此処に脚を埋め失踪の嵐のうちで瞼を降ろし注意ぶかくあろうとすることにより観念を疾走する。わたしは水平に奔ることをしない。昇るように翼を無為にばたつかせ昇るようなうごきで底辺の深みへズタズタと摺り堕ちて往くのが墜落走者としてのわたし。

  *

 嘗てわたしは此処から逃げだしたい、この世界ではない何処かの領域へ往きたいという無念な無惨なことを想っていた、しかしわたしはこの世界にあしを屹然と踏みしめたままにわが眸に映る風景を剥きはいで絶世の風景へ眸の眸を超えてみたく、それがわたしの故郷へ還ろうとするうごきと重装し音楽しえるという推論に賭けている、されば下へ下へと奔り抜けているのだ、昇る為に。
 わたしはネモフィラのしずかな沈鬱なこの世のものとは想えぬまっさらな閃光を青々と一刹那浴びてみたい、して、真白のアネモネの花畑の匿名の林立の風景に幻覚し、わたし、花々に頬を埋めだれにでも唄いえるがだれしもが詩えぬ歌を水晶の毀すいきれさながらにほうっと水の燦りで昇らせてみたい。

  *

 さすれば疾走に疾走を結びて犬死と失踪、嗚、こどもが綺麗な石ころを大切なひとにてわたすきがるさでひとは詩が書きえる、それを信じ抜き、愛する恋人でも伴れているように背の裾を颯爽と跳ねさせ、サア、ドン底へ墜ちて往こう。

疾走

疾走

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-03

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