幻想絵画の変容音楽

 少年期、わたしは夢をみるようにわたしと乖離した茫洋な現実をおよいでいたのだった、それ夢想という閉ざされた海をただよう異物としての物質的現象であったようで、わたしはわたしに映るわたしのみをしか現実として信じることができなかった。
 いどころの不在したわたし、黒鳥(ブラックバード)が不穏に爛熟した枝先に留まるような自然さで芸術に埋れ、幻想という金属夢(きんぞくむ)に黴の如く付着したのだった、されば夢とうつろう茫然な波うちながれうごく現実にわなないて、幻想という低みの彼方でのらりくらりと痛みをわが意欲で感受をした、くるしみを精一杯くるしもうとした、いたみはわたしと世界を繋ぐ唯一のペアリングであった。何故といい外界との関係においてわたしにとりいたみだけが現実として信じられたのだから。わたしは「わたしの存在」と「いたみ」のみを信頼し、そのほかの一切を抛るように虚空と重ねる独りぼっちのわるい児であったのだ。
 いたみ。嗚。それだけが現実であったわたしには被暴力に頼りわが身をその理不尽の巨人へ委ねることで、現実の裡にとどまりしゃがみこむわたしを見いだしえたが、そのほかの現実・他者が実にじつに流麗にながれうごいていることを僻み、時に蔑み、すればみずからが異物であることを確信さえしたのだった。

  *

 ──扨て、わたしは二十九となった、嗚、わたしは二十九となった!
 嘗ての風景画は等価・同質として淋しさという硬く冷たい筆致と色彩を有し、わたしの心象の壁中をまるでわだかまる脚の如く蔽い張っているようだ、それは銀と群青の金属質な巨きな蜘蛛であって、以下、悔恨。文章の書き手としての罪悪の告白。わたしはわたしの淋しさを撰ばれてあるとくべつなものとして、美しく硬質な言葉で幻想的風景へ剥き重ね変容させたことで生き抜こうとした、したたかな卑しい美文家であった、わたしの嘗ての詩や小説は唯それだけであって、わたしには文学というものがまるで解らず(いまになっても解らぬ)、書くという行為をはき違えていたのだ、そして、わたしはそのほかに書くという行為の方法論を知らず、つまるところそれ、わたしの生きるという方法論であったのか? されどわたしはそれにより生き抜いた、そうといえるのかもしれない。
 失笑されるべきわが美文。然し、二十六であったわたしは硬く冷たい凝固したうごかぬ美の絵画ではなく、それを偏愛し乍らも音楽といううごきを青津亮の芸道の最上に置いたのだ、そがために言葉を破壊し崩し割りきれぎれに息絶え絶えにうごいてみせ、新たなる生のうごきを有機と結婚しrhythmさせた、それに助けられたわが文体、奇々怪々で歪なズタズタの疵塗れのグルーヴを刻むようになって、然り、それがやわらかく脆い幻想家の、現実に対する惨憺な争いであった。それ異物の為す卑怯な現実の再構築とも換言され、さればその目的のためにいたみをいたんだこと、それのみがわが矜持であるかもしれないが然しそうでもなく、嗚。…
 わたしはわたし自身も信じていないのにも関わらず、破れかぶれに呻くように斯く自画像を投げだしてみせる。
 僕は、詩人だ。

  *

 即ち、わたしはわたしとは乖離して在った淋しさの冷然硬質な湖の風景画へ、わが身を神経と剥いて投身を果たし、その金属片の剥がれ散るような銀の飛沫にわが身から飛沫いて迸る歌を重装と纏わせ、ふたたびその重装構造の銀飛沫を再利用し銀宗教壁画さながらのarrangeを施して風景画をbreak beatsとし盗んで、蒼い青い音楽の香気を馥郁と満たしたのだった、世界を「すべてそれでいい」ものとしてわたしにとり愛に値する風景画へ変容させたのだった。然しその悉くがわたしの幻想にすぎないではないか。従って、わたしの眸は清まれていない。
 銀の飛沫を鏤める如く散らし群青の暗み立ち込める幻の風景を、幾たびも翔び立たんと掌合わせ飛翔の能なき翼をうごかす黒鳥──されどかの絶対の虚数、生きるが為に構築した不在と満ちる仮神殿よ、曰く「月硝子城(つきがらすじょう)」は、未だ赫々と遥かにみえる。万事、(よし)。跳躍。失墜。不連続の連続。断片の疵口の晒された異形の唇の花びら。憧れ。嗚。憧れ、この詞に励まされ、わたしはまるで少年期と逆行するように、現実主義者(リアリスト)のように合理的で冷然な注意ぶかさで幻想を不合理にうごかなければいけない。

  *

 生きるうごきは無数にあるから、あなたの憧れをみすえてください、あなたの「あなた」をうごいてください。それでもいいと疑い乍ら泣きじゃくり乍らこの生き方を信じようとするわたしの、このお便りが誰かに届きますように。

幻想絵画の変容音楽

幻想絵画の変容音楽

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-30

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