恋した瞬間、世界が終わる 第62話「小さな愛の木」

恋した瞬間、世界が終わる 第62話「小さな愛の木」

 リリアナ・エレーロ が歌う
 Arbolito del querer(邦題:小さな愛の木)

 与えられた3日間
 残された3日間


 最後の3日間をーー


「へー、マテ茶は知らなかった」

「そうよ、ニワカ男。アルゼンチンを知った気になってたのよ」

果たして、自分の知らないことを知るのは良いことなのか? 知識をひけらかす奴は嫌いだが、知る必要があることをそのタイミングで教えてくれるときは受け入れることが大切だと思う。今は何かを受け入れるときなのだろうか?

「おまえは、“何処”に向かっているんだ?」

「アンタ、リリアナ先生のCDかけてよ」

なんだか知らないが、この女は、助手席の収納スペースのグローブBOXを勝手に開けて、探っている。

「なんだ、あるじゃない。ところで、今どきCDを車で聴くなんて、アンタ何歳なの? おっさんでしょ?」

面倒臭い女を乗せてしまったことに後悔している。
そして耐えられないことに、カーオーディオのCD取り出しボタンを勝手に押したあと、出てきた“doc watson”のCDを、リリアナ・エレーロのCDケースに入れて閉まった。

「そういうこと、困るんだよ」

「ハポンって、神経質なんだね。それに何このCD? doc watson? だれよ? アンタ、きっとオタクって奴ね」

「よく言うよ。外国人は、日本のアニメオタクばかりじゃないのか? オタクの気質は全世界共通だろう? 伝統文化に目を向ける外国人を見習えよ。ただ、武士道、ブシドーと、誰かに固められ造られた日本のイメージばかりに目を向けるやつも困るんだよ」

「ハポン、そう言うアナタは日本の何を理解し、護っているの? 神道って奴? 神仏習合は知ってるの? 縄文文化は? 日ユ道祖論は? 日本の古代の言葉は? 旧仮名遣いから変わった経緯は? 旧暦については? 明治時代で変わってしまった伝統は? どうせ2礼2拍手1礼をしてるんでしょ? 麻についての知識なんて無いんでしょ? 日本の伝統工芸の物を選んで買って家に置いてあるの? 松岡正剛の本は読んでいるの? ワタシは日本酒は純米大吟醸が大好きよ。アナタはどうせ醸造アルコールが入っている日本酒にごまかされているんでしょ? そうでしょ?」 

「…日本文学は好きなんだ、川端康成は読んでいる」

きっと、こいつの性格は、お国柄ではないのだろう。そうなんだ。きっと、こいつは独特なんだ。そうなんだ。きっと、こいつは他人には理解されずに苦しんできた人生なのだろう。そうなんだ。そういうやつなんだ。そういうやつなんだ…さあ、あとは深呼吸を何回かして、心を落ち着けよう。それから、こいつを車から降ろせばいい。

「ああ、早く、マテ茶が、飲みたいなー」

「おまえ、降りろ」

後続車が来ていないことを確認すると、私は車を路肩に停めた。助手席のドアが勝手に開いたらどんなにいいことか。アルゼンチン女は、助手席に座ったまま少しも動かない。

「ハポン、ワタシタチは知り合ってから何分くらい経ったかしら?」

「さあ、神経質じゃないから、いちいち時間なんて気にしないんだよね」

「お互いのことを理解するのって、時間が掛かると思うのよ? そうでしょう? それにアルゼンチンの女って、珍しいでしょ? そうでしょう? 余計に時間を掛ける…そう“賭ける”ことに価値があるように感じないかしら? そうでしょう? そうでしょう?」

カーオーディからリリアナ・エレーロ

 遠くもない 老いもない 「決してない」もない
 この忘れ去られた無価値の中では
 もしみんなが考え始めたなら
 人生はもっともっと長く感じられるだろう
 あなたがワタシの人生にもう一度“賭ける”なら
 ここには「その間」も、「その後」もない
 放っておいて、ワタシタチのためにそれを繰り返さないで
 ワタシタチとカレラ、アナタとワタシ
(リリアナ・エレーロ「隣の家」対訳:谷本雅世 ※一部を書き換えてます)


いつの間にか、私は隣のアルゼンチン女と一緒に歌い始めていた。そう、私は、アルゼンチンの言葉で、その訛りで歌ってみたかった。スペイン語を習いたくて、教室に通おうと思ったこともある。スペイン語の本も買ったことがある。仕事が忙しくなって、学習の時間が徐々に確保できなくなって、そのうちに諦めた。諦めても、頭の片隅で思い出すことが何度もあった。
私は行ってみたかった、アルゼンチンに…ん? 日本文化についてあまり考えてこなかった…?

「ワタシ、スペインに居たこともあるの。フラメンコ にも詳しいの」

私は、スペイン、同じスペイン語圏の国々にも関心を抱いていた。
フラメンコ ギター が好きだった。

「おまえ、マテ茶が飲みたいのか?」

「はい、ワタシはマテ茶が飲みたい雌犬です!」

「そうか! 連れて行ってやろう、ワハハ!!」


   (ぷぷぷ… by アルゼンチン女リリアナ)



ーーその男は、エンジニアの職をしているそうで。
(強制)タンゴしたあと、ヒッチハイク?して、たまたま乗り合わせた。

日本人のくせに、日本のことをあまり知らない奴。
今は、マテ茶を飲みに、共に行動している。
何処まで? さあ? ワタシは、パパに会いたい。

「その、時代遅れのノートパソコンは何なの? それと、その、胸のポケットに忍ばせている花、すごく目立つわよ」

「ああ、それはいけない」

そう言って、彼は、胸ポケットの奥に差し入れるように隠しました

「あんまり変わらないじゃない! ワタシに任せて」

ワタシは、彼の胸ポケットに手を差し入れようとしたとき、彼がワタシの手を払い除けようとする仕草を感じましたが、何か躊躇するようにした後、何かを感じたのか、諦めて、それからなるようにワタシに任せてくれることを感じました

「アナタ、勘違いしてない?」

「何を?」

「別に、いいけど」

そう言って、ワタシは彼の胸ポケットの花を、ワタシのハンカチーフで包み。
また彼の胸ポケットへと戻しました。

「却って、目立ってないかな?」

「ウルサイ!」

「一つ、言っておく」

「なに?」

「日本には、四季がある。春、夏、秋、冬
 君たちの国は、それが欠けている」

「アルゼンチンの冬だって、寒いわよ?」

「日本の四季は、他の国と比べて、それぞれがバランスよく際立っている」

「まあ、日本は国土が広いからよね?」

「そう、それぞれの季節を際立たせる場所がある
 北海道と沖縄では季節感が、かけ離れている
 でもだから、それぞれの季節を意識して、忘れられない
 忘れてはならない
 夏の日差しと、秋の日差し、その差、その差の印象
 一陽来復
 冬が来れば、また必ず、春が来る
 雪の下、次の季節が忍んでいる
 それぞれの“物語”が人生に帰ってくることを思い出させる
 人生は四季を巡り、その中でそれぞれの出逢いがある
 そして、四季それぞれに活かされる人がいる」

「つまり、ワタシってこと?」

「自分“だけ”が特別と思わないことだ」
 
「分かってるわよ…そんなこと」

「おまえ、名前は?」

「リリアナ」

「は? おまえが?」

「“特別”ではない、リリアナよ」

「おまえも、リリアナ? そう…なんだろうな多分」

「なによ?」

「リリアナ、日本には、居場所がある
 四季それぞれを際立たせる場所がある
 きっと、日本のどこかに」

「…先生」

「おまえの先生にはなりたくないよ」

「マテ茶は?」

「思い出すなよ、忘れろ」

「ハポン、分かったわ。ワタシは、あなたを信じる」

きっと、どこかにマテ茶が飲める場所があるのかもしれない。この日本にも。
でも、有っても、無くても、あの安楽死したギタリストのようにワタシはここを死に場所にはしない。ワタシには、アルゼンチンがある。
だから、その間は、アナタの四季を信じて、視ていてあげる。
車が目的地へと向かうのかは分からない。でも、その間を、忘れないであげる。

ハポン、アナタに、ワタシは光を当てるーー


「アルゼンチンの先生のことよ」

「…アルゼンチンの先生なんて知らないよ。そんなに国際的な人間に見えたのかな? ワハハ!!」

「早く、強制タンゴがしたいな」

恋した瞬間、世界が終わる 第62話「小さな愛の木」

次回は、3月中にアップロード予定です。

恋した瞬間、世界が終わる 第62話「小さな愛の木」

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  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-28

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