ポチさん、父になる

「ポチさん」
 そのバリトンが私の耳朶を優しく叩くと同時にヒョイッと頭をもたげました。
声の方向に視線を振るとご主人であるアキヒコさんの端正なお顔を確認できます。
「疲れたろう。ここのサービスエリアにはドッグランが設置されているから、少しお散歩の真似事でもしようか」
 おぉ、ドッグランでございますか。
それは大変に結構なお話だと思われます。
 『よっこらしょ』という擬音が何処からか聞こえて来そうな所作で私は身体全体を起こしました。モゾモゾとお尻を動かして1番安定する姿勢を整えましてから『フワーッ』と盛大に欠伸をひとつ。床に置かれた段ボール箱の中で立ち上がりしなに『ウーンッ』と背中を仰け反らして伸びをひとつ。
さ、これで出動準備完了でございます。
「じゃ、助手席の方から」と奥様のサチエさんが仰いまして、ドアを開けるや否やスッと身を翻す様に車外へと降り立ちました。その柔らかい身のこなし方は非常に優雅で一部の隙も伺えません。まるでネコ科の動物の如くの動きでございました。
その勢いのまま無駄を感じさせない滑らかな動きで手にしていたフィールド・ジャケットの袖のに細長い腕をスッと通しました。
 サチエさんは本革張りのナビ・シートのバックレストを前方へと倒し、フロント側へとシート自体を移動させながら「さ、ポチさん。降りて下さい」と私にお声を掛けて下さいます。
私は空けられたスペースを縫う様に移動し、慎重に地面へと降り立ちました。
もちろんサチエさんの様に優雅な身の使いとはいきません。
『どっこいしょ』という擬態語がまさにぴったりのスローでぎこちない一挙手一投足となってしまうので御座います。ま、こちらも年寄りですからな。人の年齢に換算すると優に80を超えようという齢です。無理をして怪我でも負って仕舞う様な不始末は避けなければなりません。この様にお気遣いくださるお二人にご迷惑を掛けてしまいますからね。
 そんな私ののっそりとした挙措をサチエさんは慈眼とも言え得る眼差しで見守って下さいます。生まれついての野良犬上がりという出自の当方としては本当に得難いことです。
 あっと、失礼いたしました。
ご挨拶が遅れましたことをお詫びいたします。
私、ポチでございます。
覚えていらっしゃいますか?
ミヤウチ家にお世話に頂いております、しがない雑種の老犬でございます。
お久しゅうございます。
お見受けした所、あなた様も相変わらずお元気そうなご様子と存じまして、誠に喜ばしい事でございます。
 当方も着実に齢を重ねておるのですが至って無病息災、聴覚も未だに鋭敏。嗅覚も衰えを知らず、というぐあいでございます。
肉体の方はといいますと若い時分と比較すればソレはソレという程度でございますが、年齢の事を考慮すれば足腰も丈夫で特段弱る事もなくまだまだ至って健康その物でございまして、ま、そのこと自体は僥倖というか、本当に有難い事でございます。
  問題と言えば1つだけですが、視覚には老人(老犬?)特有の白内障という病気を抱えております。紫外線の影響で水晶体が濁るという厄介な症状ではあるのですが、人間を含めた生物、眼球を持つ動物にとっては避けられない病気でございます。
 人間で言えば私は後期高齢者です。多少の濁りや不自由は致し方ございません。
それ故に毎朝、御飯の後にサチエさんが治療用の点眼薬を私めの両眼に注して下さいます。
その行為自体は本当に有難いことではあるのです。私は四足歩行を主としております上に前脚を人間ほど器用に操ることができませんから。
しかしながら何でしょうか、点眼後5分程経ちますと鼻腔の方へと生暖かいモノがヌーっと逆流していくのを知覚いたしまして、少しだけ背中がこそばゆい気分になるのです。
理由は知らねど、その度に頭を持ち上げて遠方を望みたくなる、そんな心境になります。
ん?
何か、昔に同じお話をした様な気がいたします。
気の所為でしょうか?
 サチエさんがしゃがみ込んで私の首輪にドッグラン用の伸縮するリードを結えました。
「バッグ、持った?」サチエさんはクルマ越しにアキヒコさんに尋ねました。
「もちろん」アキヒコさんがスコップやウンチ入れなどを収納したお散歩バッグを右手で掲げて、パートナーがよく見える様に左右にフルフルと揺らしました。
『バンッ!』『バンッ!』
と重厚な音のシンコペーションが響きます。お二人がほんの少しのタイムラグを挟みながら立て続けにクルマのドアを閉めたからでございます。
 
 お二人が降り立った、ここは関越自動車道に付設された駐車スペースです。
新潟県に入ってすぐのサービスエリアにアキヒコさんが愛車を乗り入れさせたのでございます。初秋の柔らかくも力強い太陽光に照らされて、辺り周辺が一面キラキラと輝いております。
月曜日という平日、それも 午前中だからでしょうか、駐車中のクルマもちらほら、それ故にSA内に歩く人影はそれほど多くはありません。
 アキヒコさんがお勤めするIT企業は外資系という形態だからでしょうか、全社員に長期休暇の取得を強く推奨しているらしく、仕事が大好きなアキヒコさんも例に漏れず、10月という中途半端な季節に10日間の長い休暇を取る事になったのでした。
 その長いお休みを利用して新潟県の田舎にある、現在は誰も住んでいないサチエさんの実家のお手入れをしようと、そして最近入手されたばかりのクルマの慣らし運転も兼ねての旅行でございます。
「ポチさん、ロングドライブ、疲れたでしょ」
いえいえ、そんな事はございませんよ、サチエさん。大丈夫です。
 奥様が私を見降ろして微笑む度に前下がりにボブカットされた鳶色の髪の先が彼女の肩口をスッと掠めます。それは非常に美しい光景で、思わず見惚れてしまう程でございます。
お嬢様たちの面影が浮かんで来る様な玲瓏たるお顔立ちをされておいででございます。
いや、失礼をば致しました。奥様とお嬢様たち、順番が逆でございますね。
 サナコさんとカナコさんという、彼等の2人のお嬢様たちは長身で伸びやかな肢体をお持ちですが、サチエさんも彼女たちに比べれば握り拳1個ほど低いとはいうもののスラリとした腕とシュッと伸びた脚をしておいでの日本人にしては身長が高めの素敵で魅惑的な女性です。
 また本日のお召し物のセレクションのセンスが素晴らしい。
クルーネックの蒲色のニット、その上に生成りのコットン製のジャケットを羽織っておいでです。豊かな胸許に揺れるのはハート型にカットされたピンク色のトパーズをヘッドにつけたペンダント。
ボトムはエクリュ(未晒しの麻布の色:仏)色のチノパンツに灰白色のナイキ製のスニーカーをお履きになられております。
ま、本当の所を申しますと、私達イヌの網膜に備わった色覚の認識を担う錐体細胞(もう1つの視細胞である桿体細胞は明暗認識を担っております)は青色と緑色の2種類しかありませんので、赤〜茶系統の色の認識はできません。ですから、あくまで見え方からの類推に過ぎないので御座います。
「さ、サチエさん、行こう」そう言いながら、精緻という言葉が似合うほどキッチリとパーキングロットにビタッと停められた翡翠色のクルマのリア側を回ってアキヒコさんが奥様の許へと歩み寄って来ました。
「ポチさんも、ね」ご主人が私を見降ろしながら莞爾と笑いました。
 番手の低いノミで丁寧に削った風の造作をした端正な相貌を縁取る手入れの行き届いたヒゲとアップバングショートスタイルの髪型。オックスフォード・カラーの白いシャツ。
シャツの胸元のポケット内に収納してあるオークレイのサングラス。
ゴアテックス製の亜麻色をしたマウンテンパーカ。リーバイス501に足許は檜皮色(ひわだ・いろ)をしたウォーキング用で薄底のスウェード靴。
私のご主人様であるアキヒコさんはその様なシンプルながらバランスの取れた服装で長身のまるでサッカーのミッドフィルダーの様な体躯を包んでおられます。
 サチエさんとアキヒコさんは2人並んでドッグランスペースの方へと足を運び始めました。お二人ともアラ・フィフなのですが、その仲睦まじきお姿を拝見していると、まるで学生のカップルみたいに見えて来まして、私は些か気恥ずかしさを覚えるのでございます。
ま、仲良き事は美しき哉、なのですけれど。
 お二方とも私のトポトポとした歩行ペースに合わせて、ゆったりと歩みを進めて下さいます。じれったく思っている様子など微塵も窺えません。楽しそうに談笑しながら、時折顔を見合わせたりしての言わばプチ・ウォーキング状態です。夜の散歩の際にちょくちょくお見かけするリタイアされたご夫婦が行っている毎日の習慣的行為ですね。
サチエさんとアキヒコさんも将来、同じ様なことをされるのかも知れません。
ただ1つ、無念な事はその『将来』が訪れた時には私はもう既に...
 そんな変なことを考えている内にドッグランスペースに到着してしまいました。
あぁ、せっかくのマーキングタイムを自ら台無しにするなどとは。何たる不覚。未知なる土地を私のテリトリーとして開拓する絶好のチャンスでしたのに。
しかし、私自身の不注意がもたらした帰結です。仕方がございません。
未来を好ましい状況とする事によってこの間違いを犯した過去を正しかった事にすると致しましょうか。しかし、一体どの様な行為をすればそれが可能なのかは残念な事に知らないのでございます。
 
 サチエさんとアキヒコさんはドッグランスペースに併設されたお犬様大歓迎のドッグカフェなるテンポへと私を誘いました。ほほぅ、これが噂に聴くドッグカフェでございますか。中々お洒落な内装ですな。木製品を多用した意匠が落ち着きと安らぎを心に供給してくれるような印象を受けます。北欧建築家であるアアルトがデザインしたかの様です。
 開店直後だからでしょうか、私達が本日の口切りのお客みたいですねぇ。
これから混んでくるのでしょう。ただ居心地が良いので長居をしてしまいそうです。
皆さんがそう感じているとしたら、さぞかし回転率は悪かろう、です。
お店側にとってその状況は痛し痒し、といった所でしょうか。
 笑顔を絶やさない妙齢の店員さんに「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」と声を掛けられたお二人はドッグランスペースが見渡せる窓際のテーブルに席を取りました。
一泊置いてから先程の女性店員さんがメニューをお二人それぞれに手渡してから
「お決まりになりましたらお呼び下さい」と微笑んだ後、極自然に踵をスッと返しました。 しばし無言でメニューに眼を落とすお二人。
私も無言でサチエさんが座るビーチ材を使用したArtek社製のAtelier Chairの許にちょこんと腰を降ろしました。手持ち無沙汰を覚えつつ白内障を患う我が眼に優しいナチュラルラッカー仕上げの椅子をしばし眺めていますと、
「アールグレイかなぁ...」と紅茶好きのアキヒコさんが問い掛ける口調で言うと、
「モカ・マタリとマンダリンのブレンドにする」とサチエさんが答える様な口振りで返しました。傍から観るとキチンと噛み合っていない会話なのですが、お二人にとってはソレ位のやり取りで十分らしく、スムースにお二人がオーダーする品が決まったのでした。
 何故、それが分かったかと言いますと、お二人の少し頓珍漢な会話が交わされた直後にサチエさんが左隣に座っている私を右斜め上から見降ろして「ポチさんは成犬用ミルクとブルーベリー入り米粉クッキーで良い?」とお尋ねになったからです。
 身も蓋も無い事を承知の上で言うのですが、そこに私の選択権は全く存在しておりません。ですから『それで結構でございます』と答えたのです。
しかしながら、我々イヌの口蓋、声帯、咽喉等は人間の言葉を構音するほど精緻に造られておりません故に『ハフッ、ハフッ』という気の抜けた吐息が漏れ出しただけでした。
 メニューを手渡してくれた店員さんを呼び寄せて、お二方が注文を済ませますと、店員さんは風が舞う様に身体を翻してテーブルからスッと姿を消しました。あの身のこなし方、彼女は忍者の子孫なのでしょうか? その挙動からある言葉が脳裏に浮かび上がりました。
『Slow is Smooth. Smooth is Fast.』
動きのあまりの速さに返って遅く感じてしまう『Slow Hand』という現象です。
ま、それは気の所為でしょうけれど。

「秋だねぇ」アキヒコさんが眼を窓の外へと向けると、
「10月の午前中だから」とこれまた少しピンぼけの返事を返すサチエさん。
10月に関しましては多少は季節と関係しておりますが、午前中という言葉は全く関連がありませんぞ。しかし、会話は噛み合わないもののお二人の心は通じ合っておいでなのか、彼らを包み込む雰囲気は非常に暖かくて柔らかいモノと感じられます。
 アキヒコさんがミルクを注いでよく混ぜた紅茶を一口すすってから
「また、二人になったね」
「最初に戻った訳じゃないけど」
「ま、これからもよろしくお願いします、奥さん」
「キミ、紅茶がこぼれそうだよ」気を付けて、とサチエさん。
何か、波長というモノが合ってらっしゃるのですね。
 おっと、適温に温められたミルクが冷めてしまいます。生温くなる前に飲みませんとね、そんな勿体無いことはできません。
成犬用のミルクは我々大人のイヌ用に調整されたミルクでして、ラクトース、日本語で言う所の乳糖が含まれておりません。ラクトースは哺乳類の母親が分泌する母乳に含まれる二糖類の一種でして乳児の成長に欠かせない栄養分でございます。しかしながら子供は期限無く何時まででも母乳を摂取・分解・吸収できる訳ではないのです。一部の人間を除いて哺乳類全般は授乳期を終えるとラクトースを分解する為のラクターゼという酵素の産生をストップしてしまうからです。なぜ産生を停止するかというと授乳期を終えて離乳期を経てから固形食だけを摂取する発育期に入ると母親の母乳分泌が停止し、子供は母乳を飲む機会を完全に失うからです。飲まない母乳に含まれるラクトースを分解する為だけにラクターゼという酵素を産生することは無駄なエネルギーの消費につながる事から作ることを停止してしまうのです。その分のエネルギーを身体の成長へと回せる様にする為です。
あぁ、ラクトースという二糖類は母乳以外には含まれていないのですよ。
 え?
人は牛乳を飲めるって?
それはですねぇ、アレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)を極微量ずつ、継続的に摂取し続けると身体に耐性が備わって、牛乳を飲んでも下痢などのアレルギー反応を起こさなくなるのですよ。
それに加えて人類が狩猟採集生活から農業・牧畜生活へと相転移を起こした約1万年前に西アジア周辺に暮らし、牧畜を生業とする人々の中でラクターゼを作り出す遺伝子に突然変異が起きた人がいまして、彼もしくは彼女は授乳期以後も牛乳を始めとする家畜の母乳を栄養分として利用できた為に、遺伝子変異を持たない他の人々よりも生存戦略的に非常に優位だったのです。他の人よりも体格が大きくなり、頭脳も優秀になることが可能となって、その結果として彼等または彼女等は自分たちの子孫をより多く残す事ができました。世代を重ねていく内に母乳を摂取・吸収できない『哺乳類』的な人よりも優位な立場の『遺伝子変異』を備えた人間が増えていった、という訳なのです。
 モンゴルやインドを除く東アジア・東南アジアには『哺乳類』的なラクターゼ欠損症の人々が多いのです。彼等の歴史には牧畜という文化が存在しておりませんでしたからね。
 ミヤウチ家の方々は牛乳が大好きなのです。
だから皆さん、背が高いのでしょうかね。
ラクトースにはカルシウムの吸収と定着を促進する機能も備わっていますから。

 軽食を終えるとドッグランスペースに移りました。
あらあら、こんな広大な芝生の広場を私が独り占めですか? 何と贅沢な...
『1人(?)だけで使用しても良ろしいのでしょうか?』とお二人のお顔を見上げますと、
「あぁ、先客がいるな」とバリトンの声が...
 えぇっ!?!
何ですとっ!?!
何たる不覚っ!
よもや同類を見逃すとはっ! 
「アレって、何?」よく見えないんだけど、もそもそ地面を這ってるし、とサチエさんが眼を細めました。
「多分、ハリネズミだな」
 ハ、ハリネズミ、というと真無盲腸目ハリネズミ科ハリネズミ亜科に属する小さな動物でございますな。
あーぁ...あの小っこいの...おー、結構なスピードで走っております。
「ペットだからヨツユビハリネズミだな」
「ふーん」4っつ指があるのかな? とサチエさん。
「そうじゃないかな」よく知らないけど、とアキヒコさん。
 えー、ヨツユビハリネズミの名称は後ろ足に見られる4本の指(爪先)の数に由来します。前足はちゃんと5本あるのですがね。因みに他のハリネズミは前後共に5本指です。
そうですか、ヨツユビハリネズミでしたか。
それなら視認できなくとも全然不思議ではありませんね。
そもそも私の様なイヌと人間とでは体高が違いますからな。
ハリネズミは体長がわずか14cm、大きい個体でも20cmほどなのですから。
体重にして300〜600g位ですし。
思わず反射的に私が抱える白内障の症状が突然悪化したのかと、ビックリしました。
 のそのそと地面を這いずり回っている灰色の生物を眼で追っている、白いワンピースを身にまとった少女が飼い主さんなのでしょう。爽やかと形容するには少しだけ涼し過ぎる気温故かベビーピンクのカーディガンを羽織っておられます。
 おっと、件の灰色の小動物がこちらへと猛突進してきましたよ。
私とご主人様たちに並々為らぬ興味を抱いておいでなのでしょうか?
 リードを握るサチエさんの左横に腰を据えたまま何をするでもなくただ傍観しておりますと、遂にヨツユビハリネズミと思われる小動物が近くまでやって来ました。
あれだけのダッシュをしても息一つ切らしていないのは彼もしくは彼女が若い個体であることを証明している様に思えます。
 ま、何はともあれ、ご挨拶です。
『こんにちは。はじめまして』
灰色の小動物の答えは想定外のものでした。
『マルハバン』

アラビア語...
仕方ありませんね。では、私が唯一知っているアラビア語をご披露するまでです。
『アッサラーム・アライクム』
『ワアライクム・アッサラーム。スリルトゥ・ビリクイカ』
お、恐らく『はじめまして』とか何とか言っているのでしょう。
では、記憶が怪しいですが『イスミー・ポチ。マー・イスムック?』通じるでしょうか?
『イスミー・ゴロー。アナ・ヤーバーニー。ミン・アイナ・アントゥ?』
ゴローという名前なのですか。それにヤーバーニーとは日本人のこと。
日本の何処かのペットショップ産まれなのですかね。
最後、3番目のセンテンスはさっぱり判りませんねぇ。困りました。もう既に私が記憶しているアラビア語の語彙は綺麗に枯渇してしまいました。
 その時、幸運にも救いの女神が到着しました。
「すみません。うちのゴローがご迷惑を掛けてしまって」とワンピースの少女が、全力で駆け寄ってきた所為でしょう、息も荒く途切れ途切れに謝罪の言葉をサチエさんとアキヒコさんに伝えました。そして灰色の小動物『ゴロー』を両手で抱え上げ、ピョコンっと頭を下げるとドッグランスペースの出入り口までトロットのペースで駆けていきました。
 その映画の一幕の様なシーンを見てアキヒコさんが、
「ちゃんとしている娘さんだね」と横にいるサチエさんに視線を落としながら言うと、
「ドッグランってハリネズミも走って良いんだね」と彼女はパートナーに返したのでした。
 その珍妙なる会話に耳をそばだてながら、私は内心、これ以上アラビア語で会話をしなくても良いことに感謝しながら、胸襟の内でソっと『マアッサラーマ』と灰色の小動物に別れの言葉を独りごちたのでした。
 やれやれ...

「ねぇ、ニヤけてるよ、キミ」
お手洗いから戻って来たサチエさんが、伸縮式リードの巻取り機を片手に持ち呆けた様に愛車に見入っている愛する夫の顔を一瞥するなり発せられたお言葉でした。
その刹那ピクッと身体を震わせ、ニヤニヤと締まりない笑みを浮かべながら悦に入っていたアキヒコさんは一転して我に返り「そんなにだらしなかったかな?」とバツの悪そうな表情を浮かべたのでした。
「かなり」まるで愛人を眺めてるみたいだった、とサチエさんがコケティッシュな発言を。
「それは...そんなだった、かい?」、
「結構」そう言うとパートナーの顔から視線の焦点を彼の愛車へと移しながらサチエさんが「まぁ、学生時代からキミの憧れのクルマだったもんね、コレ」と言葉を紡ぎました。
釣られた様にアキヒコさんも愛妻の端麗な相貌からご自慢の機体へと眼をやりました。
「不思議な色だけど、とっても綺麗な色だよね、このクルマ」
「そうだね」と妻に同意するアキヒコさん。
「何て名前の色なんだろ?」
「メーカーによると『ミレニアム・ジェイド・メタリック』って名前らしいよ」
「ふーん」得心が行ってない表情を浮かべるサチエさん。
「ミレニアムっていうのは『千年紀』で、ザックリ言うと西暦を1000年単位で区切ったものだよ」とアキヒコさんが説明を始めました。
「知ってる」サチエさんが当然という顔付きをしました。
「メタリックは、判ってると思うけど、金属みたいな光沢をしている色のこと」
「うん」
「真ん中の『ジェイド』は...」
「そう。それが判らない」
「だよね」妻の疑問を引き継ぐ様に「僕も知らない」とアキヒコさんが仰られました。
 その瞬間、私はズッコケました。
『jade』とは翡翠(ひすい)のことです。
私達が今いる新潟県の糸魚川市が主な産地の宝玉です。日本の国石ですよ、お二方。
そうですか、これはミレニアムジェイドメタリックという名前の色でしたか。
確かに翡翠の色と言われれば、翡翠ですね。
青色と緑色しか知覚できない私でも美しいと感じられる色ですね。
ま、私の個人的な意見ですが、これは青磁の色だと思っていました。
 愛する夫が返した腰砕けの発言を受けてサチエさんが「あとでグーグル先生に聞いてみれば」と提案すると「そうだね。そうしよっか」とアキヒコさんは快諾しました。
 しかし、恐らくですが、お二方とも放っておいて全然調べようとはなさらないでしょう。
ですから『jade』が何なのか、永遠に謎のまま。真実は漆黒の闇に覆われたまま、でございましょう。ま、それで良ろしいのですよ。世の中は知らないモノ、解らないモノで溢れ返っているのですから。知らなくても良い知識などを追い求めるなぞ、愚の骨頂です。
そういう哀しい行為に及ぶ人物を『饕餮(とうてつ)』と呼ぶのでございます。
 私のご主人様達はウンチクを傾けるという様な下品な振る舞いは為さりません。
ほら、ご覧なさい。
『jade』が何を意味するか、の話題に触れた後に訪れた一瞬の静寂に反応して、顔を見詰め合ってクスクス笑い始めたでしょう?
それで良ろしいのですよ、ご主人様。
取るべき正しい振る舞いでございます。

「でも幸運だったよね。アキヒコ君。手に入って、さ」
「確かに」
「これって今、ホントに手に入れ辛い状況なんでしょ?」
「世界的に人気だから」
「これって日本だけだよね、売ってたの?」
「そう」
「何で日本専用車が人気になるんだろう?」サチエさんが少しだけ俯きました。
「多分『ワイルド・スピード』という映画や『グラン・ツーリスモ』ってTVゲームの影響だね」
「ふーん」
「佐々木に感謝だな」
「厳密には佐々木さんのお父様でしょ?」
「ま、な」
 そうでございます。
お二方と私の前で秋の日の陽光を浴びて輝いているクルマはBNR34 M.spec Nür。
『Nür』の称号は開発テストが行われたドイツ・ニュルブルクリンクサーキットに由来するものでございます。因みに先程話題に上がった『ミレニアムジェイドメタリック』と呼ばれる独特の色は、ニュルブルクリンク特有の厚い鈍色の曇り空の許で映える様に色調を加減されているそうですよ。この色は別名グリーン・ヘルというこのサーキットの周囲に拡がる森林を背景にした時、その真価を発揮するとか、しないとか。
若しくはグリーン・ヘルそのものをイメージした色であるとか、BNR34 Nür専用の特別色であるとか、その様に聞き及んでおります。
 アキヒコさんは学生時代に出逢ったBNR32に一目惚れし、何時の日にか自分で所有して走らせたいと思っておられたのです。しかし当時の価格は約500万円。
現実問題として学生身分では中々手が出せるお値段ではございませんでした。
 大学を卒業し、コンピューター関連の企業に就職。増すばかりの仕事の忙しさにかまけて、何時しかBNR32の存在が風化して心から消え去ってしまったのだそうです。
 アキヒコさんが日々の仕事に誠心誠意打ち込んでいる間、BNR32はBCNR33、BNR34とモデルチェンジを重ねて行って、彼がヘッドハンティングを受けて外資系のIT企業へと転職した頃には最終モデルであるBNR34の生産が終了。アキヒコさんとの縁は完全に切れてしまったかの様に思われたのです。
 しかし、人生とは面白いもの。
何が、どう転ぶか、全く五里霧中でございます。
 お二方の長女であるサナコさんのパートナー、アキヒコさんにとっては義理の息子に当たるヒロさんが所有するR35 NISMO 2020がアキヒコさんとBNR32との物語を再び転がし始めたのでございます。アキヒコさんとヒロさんは、両者ともにクルマ好きという事もあってか、会ってすぐに意気投合。話題は件のBNR32の上に移行しました。
 ヒロさん曰く「本当はBNR32が欲しかったのですが、中々程度の良い機体に恵まれなくて」最小公倍数の妥協案としてR35 NISMO 2020を入手したのだそうです。
 すると義理の息子に負けてはいられないとばかりに、アキヒコさんは抜群のコンディションを備えたBNR32を猛然たる勢いで探し求め始めたのでした。
ですが、世の中に上手いお話はそうそう転がってはおりません。
程度の良いBNR32との出逢いは全然やって来てはくれませんでした。
エンジン本体や周辺の補機は後からの整備で何とも仕様がありますが、ボディだけは素性が全てと言っても過言ではありません。奈良のガレージ・ヨシダや厚木のKanazawa Body Repairなどの名手の手に掛かれば、例えガラクタ同然であっても新車顔負けの強度と剛性を備えたボディとして蘇生するでしょうが、彼等の持つバックオーダーは3年単位です。待っている間にもボディは経年劣化して行くので順番待ちする事は非現実的です。
 いえ、もちろん金に糸目を付けないのであればコンディション抜群の機体は存在しております。しかし外資系のIT企業で何とかマネージャーという役職に就いていて結構高額のサラリーを得ているとはいえ、結局の所は一介のサラリーマンに過ぎないアキヒコさんに当時の売り出し価格500万円弱のBNR32に対して何千万円ものプレミアを支払える筈もございません。米国や中国の大富豪たちが金に物を言わせて低走行・高コンディションの機体を買い漁る悪行をただ黙って見ているしかなかったのです。
その後、対象をBNR32のみならずBCNR33、BNR34まで拡大してもサッパリでした。
当時のアキヒコさんのその探索行為はまるで漆黒の暗闇の中に陰翳を見出そうとする児戯に等しいモノとも言い得たのです。
 しかし、ここでこの物語の転がり具合を加速させる人物が登場します。
アキヒコさんの高校時代からのご友人である佐々木巌(いわお)様です。
アキヒコさんと佐々木様は大学こそ違ったものの、その交友は続き、淡いながらも深く、疎なれど濃い関係が現在に至るまで続いているのです。まさにコレこそが『親友』なのでしょう。
 全くの偶然の呼応なのでしょうが、佐々木様のお父様であられる勤(つとむ)様が高齢を理由として免許を自主返納を決意、自身が所有するBNR34を手放すことにしたのです。
しかし、新車で購入した時から大切に扱ってきた愛車を見ず知らずの他人の手に預けたくはない、との理由で『誰か信頼してこのBNR34を託せる人物』を探していたのです。
 アキヒコさんから第2世代たるBNR32、BCNR33、BNR34を探している事を知らされていた佐々木様(当然、息子さんの方です)は父親から愛車の譲渡の相談を受けるや否やアキヒコさんと連絡を取ったのでした。息子の高校時代からの友人で幾度となく家に来訪し、その性格も熟知していた事から巌様は快くアキヒコさんに愛車であるBNR34を譲る事を決めたのです。
 最初から探し求めていたBNR32ではないけれど、トータルで56000kmという低走行距離の、しかも新車時からずっとガレージ保管のBNR34 M.spec Nür。
第2世代の最終記念モデルとして限定発売された希少価値の高いクルマです。
これ以上の邂逅は望むべくもありません。
 即決、でした。
このお話がまとまってから1週間の後、翡翠色のBNR34 M.spec Nürはミヤウチ家のガレージ内へと無事に収まったのでした。

『フワーッ』
いけません、いけません。
生欠伸が出てしまいました。
まぁ、仕方のない部分もあります。
何せ、ドッグランを終えてから20分も経つというのに一向に出発しようとなさらないのですから。お二方は飽きる事なくBNR34 M.spec Nürを見ながらお話を続けていらっしゃいます。
「コレって珍しいんでしょ?」パートナーの顔を見上げながらサチエさんが質問します。
「そうでもないさ。第2世代の内BNR32の販売台数は4万3661台。
続くBCNR33が1万6422台。
それからBNR34が1万1345台」
「で?」
「ま、こいつは限定販売で、トータルで250台位って言われてる」
「そこ、曖昧なんだ」
「ま、ね」
「貴重なクルマでしょ。大事にとっておく、って選択肢は取らないんだ」
「クルマは走らせないと。使わないとダメになる」
「ふーん」
「あるべき物はあるべき所で使うんだ」
「ね」
「何?」
「キミのそゆトコ、好きだよ」
「知ってる」
「ね?」
「?」
「何で33だけ『C』が入ってるの?」
「うー...知らない」
「知らないんだ」
「うん、何でなんだろう?」
「デザイナーの名前のイニシャル、だったりして」
「...まさか、ね」
 お二方は顔を突き合わせてクスクス笑い始めました。
まー、ホントに仲のお良ろしいこと。
 でも、このクルマを入手した当初にはそこそこの混乱が巻き起こったのでした。
最初、アキヒコさんはミヤウチ家からクルマで20分位の場所にあるディーラーで面倒を見て頂く算段でしたが、いざ持ち込んでみると『第2世代の整備を担える人材が不在』と体良く断られてしまったのです。
 仕方なく近在の、といってもクルマで1時間は優に掛かるのですが、チューニング・ショップを当たってみたりもしたらしいのですが、波長が合わないと言いましょうか、帯に短し襷に流し状態と申しましょうか、どこのショップも今一つピンと来なかった様で、
『さて、どうしようか?』と思案に暮れる毎日を過ごすアキヒコさんだったのです、当時。
 さて、解決策は意外な方向から舞い込んで来ました。
お二方の長女であられるサナコさんでした。
 サナコさんは今年の春に結婚し、パートナーであるヒロさんと2人で暮らし始めました。
つまりミヤウチ家を出た訳です。
 しかし、あまり得意ではない料理を補完する為でしょう、頻繁に実家への『里帰り』を繰り返し、サチエさんお手製の晩御飯のおかずをかっさらう、いえ、掠め取る、いやいや、略奪、こほん、収奪する、えー、もっと穏当な表現が必要ですね、実家からおかずの配給を受け取るという行為に勤しんでおられました。
 愛車を前にして思いあぐねているアキヒコさんに「荒川さんに頼んだら」 とサナコさんが提案なさったのです。
 荒川さんとは横須賀市の相模湾方面にある小規模な自動車修理工場、荒川自動車のことでございます。一昨年の事でしょうか、それまで大事に乗っておられた愛車のSEROW250を売却され、その代わりに昔はオートバイ、現在は単なるガラクタという1965年製FLH Electra Glideを購入し、ご自分でレストアされようとして結局は挫折、 半分程バラしたそのHarley-Davidsonの『残骸』をヒロさんから紹介された荒川自動車に持ち込んでレストアを依頼したという事がございました。
その時に為された仕事は丁寧さ、的確さ、スピード、精度等、全てが完璧だったのでした。
 そういう事からヒロさんだけでなくサナコさんもクルマやバイク関連の事象は例外無く荒川自動車さんで面倒を見て貰う様になったのでした。
 そういう経緯もあって、大量の主菜&副菜を携えてヒロさんとのスウィート・ホームへと帰還するその去り際に「荒川さんで見て貰えば良いじゃん」とサナコさんが提案されたのでした。「私が連絡しとくから」とのお言葉も残しておかれました。
 その週の土曜日の午前にアキヒコさんはBNR34 M.spec Nürを駆って荒川自動車さんへと向かったのでした。結果としては両者の波長はビタッと合いまして、検査及び点検を依頼する事になったのです。
 その時のアキヒコさんと荒川自動車さんとのやり取り自体、私は存じ上げないのですが、帰宅した後に如何にも嬉しそうにサチエさんに報告するアキヒコさんのお言葉から類推するに、次の様なコミュニケーションとなったと思われます。
アキヒコさん『走行距離自体は低いもですが経年劣化を心配してます。ですからエンジンのオーバーホールを見当しています』
荒川自動車さん『BNR34 M.spec NürのパーツはN1用がベースですから各部品の精度も高く、その組み付けの具合も精緻です。今回オーバーホールをするとしたらバラして各部の当たり具合を点検した後、消耗品を交換するくらいだと思われます』
アキヒコさん『どの程度の交換となりますか?』
荒川自動車さん『見てみないと正確な事は言えないのですが、シールやガスケット、ゴム類やポリマー類、そして各種ハーネスは全て交換となると思います。あとはファンカップリング、ベルト類とその周辺、水・空気・オイルのホース&パイプ、オルタネーターとか
スピードメーターケーブル、外装のモールなども対象になるかも知れません』
アキヒコさん『了解しました。それでお願いします。ボディですが...』
荒川自動車さん『私どもはボディの専門家ではないのですが、まずは全体を確認します。その後、BNR34の比較的錆が浮いてきやすい箇所というのがありますから、もし出ていたらソコを補修します。塗装を剥がして防錆を施行する様な本格的なボディ・リペアは10年後くらいで大丈夫だと思います。正直な話、どこにも錆が出ていない第2世代など存在しないですから。たとえ新車時から屋内保管だったとしても』
などといった感じだったのでしょう。
ま、単なる推測に過ぎませんが。
 2週間ほどの作業の後に戻って来たBNR34 M.spec Nürからは、荒川自動車さんに行く前よりも些か『シャン』としている様な印象を受けたのは事実です。
納車後に近傍をドライブしたアキヒコさんが『まるで新車みたいだ』と漏らした事をよく覚えております。
 さ、お二方、そろそろ出発しませんと。
「じゃ、そろそろ出発しようよ」とアキヒコさんが言うと、
「そうだね。『秋の日はつるべ落とし』って言うしね」とサチエさんが答えました。

助手席のドアを開け、私を乗り込ませる為にシートバックを前方に倒しながらサチエさんが「あの、さ」とドライバー席に乗り込もうとしている伴侶に話し掛けました。
「何?」シートベルトを締めながらアキヒコさんが続きを促すと、
「この『つるべ』って笑福亭鶴瓶さんのことかな?」との発言が...
!!!!!
 何たる事でしょう。
カナコさんと全く同じことをサチエさんが仰るとは..
私は後部座席の足許に置かれたダンボール箱に潜り込んでモゾモゾと居住まいを、いえ、寝てますから寝住まいでしょうかね、とにかく寝床を正しながら耳をそばだててアキヒコさんの返答に傾注しました。
 さてご主人様、何とお答えを?

 早朝の森には爽やかな時間が流れています。
ここは新発田市の市街地から8kmほど東南東に下った、山腹にある5軒の家で構成された小さな集落の周囲に拡がる鬱蒼とした森林の中を通るクルマ1台分の道幅の道路です。
 私はご主人様であるアキヒコさんと朝のお散歩を楽しんでいる最中でございます。
前回、奥様サチエさんのご実家に連れて来て頂いたのは、そうですねぇ、10年ほど前になるのでしょうか。ま、何年前であったとしてもいずれ遠い過去という事になりますので、当時の私が定着させたマーキングは完全に雲散霧消しております。
 という訳ですから、非常に新鮮な心持ちでマーキングに勤しんでおります。
「朝の森は気持ちが良いよな、ポチさん」
 何しろ山の中腹ですから、平地と比較すれば気温は低めです。だからでしょう、今朝のアキヒコさんの出で立ちは初冬のもの、マウンテンパーカとデニムパンツは昨日と同じですが、インナーはバーガンディのハイネックニットを着込み、山を歩くので足許はオークル色のトレッキングシューズを履いておられます。
 ん?
今、何か聴こえたような気が...
気の所為でしょうか?
 立ち止まって耳朶を屹立させます。
うーん...
「どうした、ポチさん」とアキヒコさんが訝りの声を掛けてくれたのですが...
 聴覚に集中しませんといけませんので、ここはガン無視の一択です。
 アキヒコさんが私の視線の先を眼で追いながら「イヌにしか見えない物を見てるのかな?」と独り言の様に呟きました。
 アキヒコさん、ネコやイヌがあらぬ方向を凝視している時は人間が知覚できない周波数の音を聴いているのです。ただソレだけです。
「...ミィ...」
『ミィ』?
 まさか...
老躯にムチを入れて音源と思しき場所目掛けて全力でダッシュです。
「おいおい、どうした? 突然?」私の全力ダッシュに驚いたアキヒコさんが計らずもの声を上げましたが、そんな事に構っちゃいられません。何せ、緊急事態ですから。
 森と道路の境界帯に繁茂している雑草を潜り込む様にかき分けかき分けして進むと、あ、
いました。見付けました、音源さんを。
 それは小さなネコ、黒い子猫でした。

 それからが大変な大騒ぎでした。
携行していたのが大きめのお散歩バッグだったのが幸いでした。
アキヒコさんはバッグを草の上に置き、両手で掬い上げる様に子猫を持ち上げると、広めに開けておいたバッグの口から中へソーッと容れてから「さ、急いで帰るよ、ポチさん」と私に声を掛けました。
 集落の端に位置するサチエさんの実家に戻るとから玄関にあった小振りの段ボール箱にバッグから子猫を容れ換えてから「おーい。サチエさん」と奥様を呼びました。
「ポチさん、留守番、よろしくね」との言葉を残してお二方はBNR34 M.spec Nürに乗り込むと新発田市街地の動物病院へ急いだのでした。
 その場にいませんでしたからここからはお二方の間を往復した会話からの推測でしかないのですが、獣医さんとのやり取りは以下の様な感じだったと思われます。
獣医さん「調べましたがこれといった病気はないです。ダニなどの寄生も見られません。ただ単に衰弱しているだけです」
お二方「そうですか。それは良かった」
獣医さん「あなた方でこの子を引き取られるんですね?」
お二方「そのつもりです」
獣医さん「家に戻ったら地元の動物病院へ連れて行って健康診断とワクチンの予防接種を受けさせてあげて下さい」
お二方「分かりました」
獣医さん「この子は乳歯が22本ですね。ネコの乳歯は全部で26本ですから生え揃っていません。体重は450gですか。恐らく生後4週から5週位だと思います」
お二方「どういう風に世話をしたら良いのでしょうか?」
獣医さん「時期としては離乳食を始める頃だと思いますけど、いきなり固形物は良ろしくないので取り敢えず子猫用のミルクを飲ませて下さい。ミルクを飲むことで水分の補給もできますしね。回復したら徐々に離乳食を与えて下さい」
お二方「その他には?」
獣医さん「子猫は体温調節機能がまだ完全に発達しきっていないので猫用の電気アンカ等で保温に気を配ってあげて下さい」
お二方「わかりました」
等々...
 それからは休暇そっちのけでお二方は1週間ずっと子猫に掛かり切りでした。
その影響ですね、私は放ったらかしの放置プレイでした。
傍から見るにお二方、まるで3人目の子供さんを授かったかの様な乱痴気騒ぎを繰り広げておりました。やれ、ミルクを飲まないだの(お腹が一杯に成っただけです)、
やれ、ゲップをしないだの(背中をさすってあげればします)、
やれ、ウンチをしないだの(ご飯の後、濡らしたティッシュで刺激すればしますよ)、
やれ、キャットフードが硬過ぎるだの(お湯でふやかすのですよ)、
上にも下にも置かない、本当に手厚いお世話でしたねぇ。
 ふぅ…
ま、忘れずにご飯を作って頂けただけでも有り難いのですよ、本当に。
しかし、この1週間のことを思い出していると無意識の内に遠い眼になってしまうのは、何故なんでしょうかね?

 明日の朝、地元への帰途に着くという夜、土間に置かれたダンボールの寝床で丸まって私が惰眠を貪っている時、ふと何かの気配を感じまして眼をスッと開けたのでございます。
 あらぁ、子猫さんではありませんか。
居間にいるはずなのですが...
私に寄り添う形で静かな寝息を立てております。
その、あまりにも無防備な姿。
 その時、今まで抱いた事が無い、馴染みの無い感情に襲われている自分を発見しました。
何でしょうか、この不思議な感情は...
まるで、父性?
この私が?
 自分の柄ではないという違和感を覚えつつも青光りする黒毛の子猫を見降ろしながら、満足感にも似た想いをずっと噛み締めていました。
 これからよろしくね、子猫さん。
私は、声に出さず、胸襟の内で独り呟いたのでした。

<了>

ポチさん、父になる

ポチさん、父になる

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-19

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