レミニセンス
火がみえた。森の方角だ。あれは、森が燃えているのではなく、森のいきものたちが、炊き出しをしているのだが、アルビノのくまをはじめ、みんながみんな、この一年の締めくくりになにを想っているのか。高揚めいた充足感か、底のない憂いか、なまえのない怒りか、暗闇のなかで膝を抱えるような孤独か。不透明な星の未来を、彼らはだれよりも気にかけている。
私はおもむろにネクタイをほどく。
しゅるり、と、静かに襟元から抜け落ちてゆくネクタイを、となりにいるネムがひろいあげて、ていねいに折りたたむ。
昨年、一昨年よりも、街はにぎやかしく、メディアはさわがしく、にんげんはつねに、忙しそうだった。なにかに追い立てられるように、自動車を走らせる。たくさんの荷物をのせて、ふらふらと自転車のペダルを漕ぐ。早足で、けれど、ひとの波にのみこまれて、なかなか浜に打ち上げられないでいる。流れに身をゆだね、今年、というものを終わらせようとしている。
森のなかでふるまわれているのは、きっと、アルビノのくまがつくる、クリームシチュー。
ある一頭の鹿と、ひとりのにんげんが、愛を交わし合ったのだと聞いた。
よかったと、素直に思った。
こんな時代と言われているけれど、愛はどこにでも生まれ、どういう形であっても確かに育まれてゆくものだと、信じることができたから。
きっちり折りたたんだネクタイを、ネムが私に差し出す。
体温をもたないその肉体に、すこしでも私の熱が浸透するように、私はネクタイを持つネムの手ごと、ぎゅっと握りしめた。
レミニセンス