クラフト市

こないだそういうのがやってました。

父が死んで葬儀なんかを終えたあと関東圏に戻るまで、まだちょっと余裕があった。だもんで、
「ねむの丘いく?」
という母親の提案で、私たちはねむの丘に行った。ねむの丘って言うのはあれです。道の駅象潟の施設です。温泉があります。詳しく知りたい方は検索してください。インスタなんかもあるみたいです。
で、母親の運転する車に乗ってる間、私は口にオクチレモンを入れていたので話すことができませんでしたが、母と姉は墓じまいの事とか、実家をつぶす、つぶすにはどうするか、みたいな話をしてました。
そうしてねむの丘に到着したら驚きました。るるぶかなんか、そういう有名な雑誌で象潟の道の駅ねむの丘がなんかのランキングの一位になったらしいというのは情報として知っていましたが、それにしても人がたくさんいたからです。あと、ねむの丘の建屋の前のちょっとしたスペース。広場っていうほどでもないけど、そのエリアに出店、テントのようなものが乱立していました。まるで災害地に展開する救護班かなんかのあれ、映画とかにあるけど、そういうのに見えました。
「クラフト市だって」
姉が言いました。
「人いっぱいいる。車止められる?」
母親が言いました。
「……」
私はなおも口内にオクチレモンが入っていたので、パンパンに入っていたので、話すことができませんでした。
「見ていく?」
運よく駐車していた車が出て行ったところに車を入れて、母親が姉に聞きました。
「見ていこうよ」
姉も言いました。
私はとりあえず、トイレにオクチレモンを吐き出しに行きました。
トイレから出ると、すでに母も姉もクラフト市の中に突入していました。私も突入することにしました。
クラフト市、最近そういうものが流行っているのかどうかはわかりません。ただまあ、皆がそれぞれに手作りしたものを、クラフトしたものそれぞれのテントで売っていました。なんか藤みたいな材質のもので編みこんで作った鞄とか、DYT、あれ、DTY、えーっと、DIT、いや、DIYで作った椅子とか、お洋服、おべべとか、なんかパワーストーンみたいなのとか、手作りの石鹸とか、みんな思い思いにそういうのを並べて売っていました。
で、
「ああああ」
そんなクラフト市の並びの中に、一つ、一か所、えーっと、異様っていうかなあ、いや、違う。違うな。ノスタルジー。ノスタルジーだな。ノスタルジックなもの、ノスタルジアな、ノスタルジアな所が、一か所ありました。
「紫のおばあさんだ!」
そこにいたのは紫のおばあさんでした。紫の。昔テレビでやってた、えーっと週刊ストーリーランドっていうので定期的に出てきてた、紫のおばあさん。謎の老婆。得体のしれないものを売るやつ。あれ。喪黒福造みたいなあれ。あの系譜の。あの系列のあれの、おばあさんがいました。紫の。そのおばあさんは、周りのクラフト市の皆さんとは違って一人ちょっと薄暗いところに店を構えていました。
「うあああああ」
懐い。なつい。そんなに熱心に見てたわけじゃないけど。ただ野球中継とか見たくなかっただけで。なついなああ。おばあさんは私に対して手招きをしていました。行ったらまずいなあ。絶対にまずいなあ。でも、もしかしたら死んだ父を蘇らせてくれるようなものを売ってるかもしれないなあ。でもなあ、欲出してもっともっとってなって、喪黒福造的な感じでどーんってなるんだよな。でもなあ、見たいなあ。見るだけだったら、あー、でもなあ、それにこんな機会なあ、もう二度と、
「おい、そろそろ行くって」
その時クラフト市を一通り見終わった姉に肩をつかまれて、はっと我に返りました。
そんで私はねむの丘のお風呂に行きました。そこで体をごしごし洗って、一回り小さくなるくらいの勢いでごしごしと洗って、さっぱりして、で、姉や母親と決めた時間よりも早く風呂から上がって。外に出て、再び紫のおばあさんがいる場所に行きました。
おばあさんはもうそこにはいませんでした。
ほっとしたような、惜しいと感じたような。
でも、とりあえずまあ、この事を忘れたくなかったので、クラフト市で石鹸買いました。
牛乳寒天inみかんみたいな柄の石鹸。
450円。

クラフト市

クラフト市

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-30

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