悪魔の手先

思いつきました

ネイルサロンっていう言葉が好きで、今そう言うのか知らないけど。でもなんかいい言葉というか、語感というか。だからネイルサロンをやってる。やってるんだけど。でもあんまり人には言ってない。多分恥ずかしいんだろうと思う。
「私ネイルサロンやってるから」
って言うの。なんかね。なんか表立って他人に言いたくない感情があって。あとまあ、多分あれだと思う。
「ネイルサロンっていう言葉の良き感を他人には、わかってほしくない」
というのがあって、私の中に。その、なんだろうな、共有はしたくないっていうか。これに関しては、これはね、他のことだったら別にいいんだけど、
「これいいよね」
って他人と分かち合うの。別にいいんだけど。でも、このネイルサロンって言うのはちょっと、ちょっとなんか、あれなんです。すいません。うまく説明できませんけども。とにかくそういう訳で、ネイルサロンをやってて、家で、もちろん客は来ません。ほぼほぼ言ってないから。誰にも。でもたまになんか、どこで聞いたのか知らないけど、ぽつりぽつりと人がやってきて、で、そういう人にやってあげてる。ネイル。サロン。ネイルサロン。
そんなネイルサロン、私の家に、ある日悪魔がやってきた。
「あの……」
玄関を控えめにノックするその感じ、
「はい、どなた」
と、私が玄関の前に立つと、
「こちらで、ネイルをやってると伺いまして……」
と、か細い声が聞こえて、ドア開けると、そこに悪魔が立っていた。伏し目がちに。若干申し訳なさそうに。でも悪魔、悪魔です。あくまでもの悪魔じゃなくて。悪魔です。ビジュアルがもう悪魔です。全体を構成する色味も悪魔です。どう見ても悪魔です。雰囲気、イキフンも悪魔です。悪魔です。完全に悪魔です。イラストで描かれる虫歯菌です。虫歯菌みたいなビジュアルです。虫歯菌みたいなビジュアルっていう事はもう悪魔でしょう。悪魔です。どっからどう見ても悪魔です。どうもありがとうございました。
「こちらで、ネイルをやってくれると…」
悪魔は玄関のドアを開けた私に対して態勢を斜めにしながら、若干下を向きがちで、こちらの目をたまにちらっと見るような、そんな感じで、言いました。か細い声でした。非常にか細い。小学校のときとかにクラスで先生にあてられて、立ったはいいんだけど、何も答えない。そういう雰囲気でした。
「あ、はい。やってます。どうぞ」
とはいえ、せっかく来たお客さんですから、私はその悪魔を家に入れて、ネイル台の前の椅子に座らせて、
「すぐですから、ちょっと待っててくださいね」
と言って準備をして、そして台を挟んで悪魔の向いに座りました。
「えーっと、うん、ううん……どういう感じにしたいとか、何かありますか?」
咳ばらいをしてから、聞きました。
「たくさんハートをちらしてほしいんです」
悪魔は言いました。
「わかりました。うーんと……こういう感じでいいですか?」
その場で紙に簡単なデザインを描いて見せると、
「あ、はい。それでお願いします」
悪魔は言いました。声が若干、ワントーン、それともこういう時は一オクターブって言うのかな、上がった声を出しました。
「色はどうします」
「色」
「はい、色、ただピンクだけとか、いろいろな色があったほうがいいとか、青とか、緑とか」
「たくさんあったらいいなあ。たくさんほしいです」
「七色くらいにしますか」
「七色……七色くらいでお願いします」
「はい」
何となく自分の声も一オクターブ上がってるような気がしました。

それから悪魔に手を出してもらいました。台の下に隠して、ずっとひた隠しにしていた悪魔の手を。
「爪長いですね」
「できますか……」
悪魔は心配そうに言いました。私は笑って、
「いっぱい描けますね」
と言いました。
「いっぱい描けますか」
悪魔は笑いました。

その時触れた悪魔の手には温かみがありました。都市伝説的な話というか、なんだろうな、寓話、あるいはなんの根拠もない思い込みが蔓延したような感じの話、に、手が冷たい人は心が温かい。逆に手があったかい人は心が冷たい。みたいな話がありますけども、あれって馬鹿みたいって思うんです。

悪魔の手にハートをちらす作業している途中から、鼻をすするような音が聞こえ始めて、悪魔を見ると泣いていました。
「大丈夫ですか」
そう聞くと、
「あ、すいません。うれしくて」
と、悪魔は鼻声で言いました。
「自分はこんな身なりだから、こんなこと一生できないと思ってたんです。でも、それでも……」
悪魔の言葉はそのあと続きませんでした。向こうを向いてしまったからです。

「よく頑張られた手ですよね」
私は悪魔の手を持ちながら言いました。
「すいません……」
悪魔は向こうを見たまま、鼻声が返ってきました。

その後、なんやかんやあってその悪魔が偉くなったそうで、また来られて、
「是非にもお願いしたんです」
とすごく頭を下げられたもんで、私はその悪魔の手先になった。手先になったって言ってもあれだよ、その悪魔の代わりに正義の味方を倒しに行くとかそういうのじゃないよ。その悪魔のネイルをやってるっていう事だよ。
「あなたがやってくれたコレを見ると、気持ちが上がったり、落ち着いたり、楽しいことを思い出したり、うれしい気持ちになったりする」
んだって。ありがたい話ですよ。

悪魔の手先

悪魔の手先

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-30

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