イブの夜

 沼の、ひとだったね。あのひとは、首のところに刻まれたシリアルナンバーを、忌々しく思っていて、でも、うまれるところはえらべないからと、ためいきまじりに呟いたことがあった。獏と、ともだちなのだというから、獏さんというなまえのひとかと思ったら、ほんものの、どうぶつの獏のことで、あのひとと獏は、ふたりで、沼を飛び出してきたらしかった。家出というやつだ。クリスマスでにぎわう街をみて、あのひとは、沼の外のひとたちはみんな、たのしそうだねと言って、そのときわたしは、おかあさんにたのまれて、予約していたクリスマスケーキを買ってきたばかりで、堂々と、たのしいよ、と笑えればよかったのに、たのしいことばかりじゃないよ、と、すこしいらいらしながら答えてしまった。でも、実際、いきていてたのしいことばかりではないしな、と思いつつも、沼での暮らしがどんなものなのか、家出ならぬ、沼出をしたくなるほど、ひどいのだろうかと想像して、そういうのとくらべれば、なるほどたしかに、毎年、あきもせず、クリスマスというイベントに浮かれていられるのだから、たのしそうにみえるのかもしれなかった。一年経てば、クリスマスケーキも、ふだんから食べられるファストフードやコンビニのチキンも、うまれるまえから存在しているクリスマスソングも、どこか新鮮に思えるのだから、ふしぎだった。むかし、沼の住人だったひとがやっているというホテルに、獏といっしょに泊まらせてもらっていると云った、あのひとは、さいきんできた、わらびもち専門店の袋を持っていた。聞いてもいないのに、わらびもちが好きなんだ、と微笑んだ。

イブの夜

イブの夜

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-24

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