配達先(見事な女優)

配達先(見事な女優)

アルバイトで郵便配達をした。

 一週間に二日だけのアルバイトを始めた。郵便局の配達でバイクでエリアの集合住宅を廻る。
 二日ともゴミの収集日と重なる。今日は集積所に殆どゴミが見られない。連休で何処かに出掛けているのも少なくなさそうだ。
 という事は配達先は不在の部屋が多いという事になる。普通郵便は一階の集合ポストに入れておくだけで良いのだが、書留などの配達になれば戸口まで行く。
 其れでも不在ならドアポストに再び再配達の通知を入れてから、次に回るのだが其処も不在の様でやはり今日は在宅の住民は少ないようだ。
 エリアは日野康太の自宅から遠くは無いから夜間に行ってみる事にした。
 というのも、昼は働きに出ていて夜に帰宅するという部屋は多いし、夜間なら電気がついているかどうかで在宅・不在が判断できる。
 最近は表札に氏名を未記入の部屋が多く宛先の確認が出来ない。
 住所だけを頼りに廻るのだが、先月、役所の方で住居表示を変えてしまったから慣れるまでは分かり辛い。
 此処から駅まではバスで三十分掛かるから、高齢者は買いもので駅に出るだけでも大変だからと嫌いそうなものだがその分家賃が安い様で若年層より多い。
 電気はついているのだが何回もチャイムを鳴らしたり、ドアをノックしたりと。
 声を掛けても応答がない時には、ひょっとしたら孤独死?などと思う事もある。
 表札が無い部屋は郵便物に表示されている名前を呼ぶのだが、その名前が正しいとも言えない。
 この部屋も郵便物には女性と思われる名が書かれているのだが、果たして女性なのかどうかは分からない。
 ベランダに干されている洗濯物を見れば男女の区別がつく事もある。
 女物の衣服や下着などが干してあれば女性だろうと判断する。
 しかし、ベランダは反対側の道路に行かなければ見えないから、忙しい合間にそんな事をしている暇はない。 同じ棟を回る事が多いから、棟の間の道路を走る事が多い。
 其れで半分程の部屋は女性である事が分かってきたが、男女二種類しか存在しないのだから当然。
 不在が少ない夜間に配達する方が便利だと判断の末昼は適当にサボり、夜間中心に配達をするようになった。
 夜間だから住民が風呂に入っている事もある。勤務先などから帰宅し風呂に入るのだろうが、湯を流す音や風呂場の電気がついている事で其れが分かる。
 配達時間は限られているから本来は夕刻までしか配達できなく、其れでも不在が殆どだからやむを得ないと。
 少し乱暴だが人類の携わった者全員の記憶を曖昧にする事にした。
 完全に消去すれば、後々いろいろな問題が発生する事があり得る。
 あくまでも、人類の日常生活に支障の無いようにと、慮(おもんばか)らねば。




 
 ドアが開き顔を出した女性は着物姿で珍しく三十か四十か。
 見るからに美しい上に着物が似合っている。
 相手の前で言葉には出せないが、美しいと思えば気分も良くなるものだ。
 その部屋に何回か配達するうちに在宅が多いから在宅ワークでもしているのかなどと思い始める。
 着付けの関係者や水商売の女将、中には女優などもいるのかも知れないと思う。
 だがこの集合住宅に其れは無いだろうと思い直す。
 其れなら着物姿の御仁の正体も年より染みて来そうだ。
 年齢と言えば若い女性は注意が必要な場合もあるという事を最近知った。
 昼間自宅のパソコンでFacebookというものをやってみて驚いた。
 友達のリクエストが来るのだが身体の露出度の多い写真を載せている女性は要注意の様な気がし、身体を商売の道具にしているのではなど思う。
そういうものを見ると神経を通じ頭脳に伝わった段階で感情が反応してしまう人類としては仕方がないのかも知れない。
 何故なら、両者合意の元なのだから。売春禁止法に抵触しないのであれば、又は、其処まで追及されずに済んでしまえば法に触れる以前の問題と言える。
 友達と称し関係を求め金を請求するなどが其の代表的なパターンだろう。
 管理者はユーザーからの申告がない限り其れに気付かない可能性も。
 その点、例の着物の女性などは美しい上に物腰も柔らかく愛想も良いから違う。
 通常ではあり得そうも無いが、顔馴染みになってから暫くし中に入っても良いと言われた。
 配達は済んでいたから、遠慮はしながらも部屋に入ればテーブルに料理が幾つか並んでいる。
「貴方、お若いわね、学生さん?そう、アルバイトなの。学校と両方では大変でしょうに。食事も外食ばかりなんじゃない?偶には手料理でもと思って、良かったら食べて行ったら?」
 まさか、アルバイトで手料理などとは話が出来過ぎていると、最初は断ったのだが・・。
 何か断り切れないものを感じると同時に郷里の姉を思い浮かべた。
 食事は早めに済ませすぐに帰るつもりでいた。当然ながら女性も一緒に食事をするのかと思ったのだが。
 自分の為だけに料理してくれた?
 女性は食事というよりも手酌で酒を飲み始めたから、学校の事などを話題にし暫くお付き合いをする。
 女性は突然思いついた様に、奥の部屋から着物を何枚か持ってくる。
 どれが良いかを見てくれないかという。何の仕事なのかと思ったのだが・・。
 今迄の郵便物の送り主だけを思い出せば、同じ人物で男性なのか女性なのか判断しかねる名前と言えた。
 一人暮らしなのかどうかは分からないが、見て貰う相手がいないのかなど極めて単純に考える。
 まあ、色柄は実にとりどりでありちょっとした着物のファッションショーの様でもあり・・。
 着替えをするのであれば当然肌襦袢も見える筈と思ったが。
 康介は時代劇などで良く見る女性の着物姿を思い出すが、芸者にしても城内の女性にしても幾通りかの着物がありよく分からない。
 大きく分ければ、道中での着物・眠狂四郎がよく着物を一刀のもとに切る事があり、あっという間に女性が裸になったりする・今の様に下着がパンツで無かった時代であるから横になっている女性の裾から見れば人類が好きなものが見えてしまいそうだが・目立つのは城中で異常に裾が長く廊下などを掃くように歩く女性・着物と振袖の違い・其れに帯の締め方も何種類もある・となると一体何なのか?
 其の中であの裾の長い着物は、康介の部屋の様にまめに掃除機を掛けていない場合は埃を全て掃きとり歩く様な気がしてならない。
 そうかと思えば芸者が仲間同士で笑いながら話していると、一つ、寝る時には寝巻は着ないというものがあり旦那と一緒に寝る際の心得の様でもある。
 其れは兎も角足袋を履くところから始まり、肌襦袢・長襦袢・着物・伊達帯・帯など彼女が次々に整えていくのだが、慣れている様で手際が良い。
 帯も巻くごとに締めてまた巻く。結んだ帯の名称は不明。 
 映画では結構オレンジ色の様な派手な襦袢を着ているのだが其れが何なのか不明。
 そんな事を口にしたら、女性が其れを聞いていた様で、着るものをとっかえひっかえ次々に着ては見せてくれる。
 何といってもうなじの白さや腕・脚の白さと肌の滑らかさが蛍光灯に映え輝く様なのに圧倒された。
 康介は映画でも背中は見せるが身体の前は見られないのが気に入っている。
 すると、今度は真白いすらっとした背中を見せてくれた。
 何だか、考えた事が以心伝心の如く女性に伝えられていくようにも思える。
 ちらちらと窺がえば、脚・首筋・腕に指の曲がるさまなどが活き魚の様に活発に見え隠れするうちに。
「綺麗ですね・・」
 と、思わず声を出していた。
 其れが着物の事だと思われるのか・・そうで無いのかは、別に構わないと思う。
 全てが美に値する。
 身体も着物も一体となり、また別になったりし、どれをとっても美しいのだから・・そんな風に感じたのは自然だろう。
 お陰で、時間の立つのを忘れるようなひと時を過ごせた。
 一瞬、Facebookの育ちが良過ぎる胸などの露出が浮かんだが、全く異なる。
 若い女性の露出は二人が恋人等であれば、ありうるかも知れないが、商品となっては見る気も起こさせまい。
 目の前の女性は自然のままの仕種で立ち振る舞い、若過ぎる女性には感じられない神秘性のようなものを伴った芸術に近い。
 良い香りも漂い、帯を解く音、視覚・聴覚・嗅覚の総動員だ。




 
 お礼を言いドアを閉める。
 ドアの向こうにあったものは・・大切な美。
 随分、良い思いをした事だけが頭に残るが、案外人類のとっておきの美しさだけを垣間見たような気がした。
 最後に自分を送ってくれる際の瞳は、康介に対しての品の良い好意を示していた。
 家に帰って風呂に入る時に湯船の湯越しに自分の肌を見てみた。
 男にしては白く肌は滑らかで筋肉質では無い。
 しかし、比較をするには丁度良く、先程までの光景とは全く異なる。



 アルバイトは辞める事にした。
 あの女性は、再び行ったりし会わない方が良いだろうと思う。
 何処かに置き忘れてきた人類の穢れ無き着物の舞であった。 




 ふと気が付けば、指があたったズボンのpocketの奥に・・細長い巻物の様なものが・・。
 映画の様に、スルスルと流しては読んでみたがそんなに長くは無い台詞が・・。
「・・貴方子供ではないけれど、今の若者にしては冷静で・・きっと人類では無いのね?」
 すべてお見通しのようだ・・。
 最後に赤い紅が唇を形どり、文章の最後に・・判のように薄く押されている。
 時代劇では偶に女性の唇の紅に毒が盛ってある事もあり焦って唇を奪ったりすればものの見事に・・という事があるのだが、此れは間違い無く清らかでふくよかな唇・・。
「・・そこまで鮮やかな振舞(ふるまい)とても只ものと思えず・・やはり天下一流(てんがいち)の女優に相違ない・・それにつけ・・芸(演技の同意語)とは思えぬ舞・・見事にて候(そうろう)」


「好人物は何よりも先に、天上の神に似たものである。
第一に、歓喜を語るに良い。
第二に、不平を訴えるのに良い。
第三に、いてもいなくても良い。- 芥川龍之介 -」


「Go straight this street by europe123」
https://youtu.be/euCnlTeo6xg

 

配達先(見事な女優)

集合住宅の、とある部屋の着物姿の女性は美しい。

配達先(見事な女優)

康介は思いもかけず、其の女性に部屋に上がるようにと言われる。 配達のつもりが、食事までご馳走して貰った。 食事の後帰ろうとしたのだが・・。 着物美人が康介に見せてくれたものは・・。 そして、女性の素晴らしさを見せて貰った康介は・・?

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-19

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