恋をすると、花が咲く

物理的に。

何万人かに1人の体質らしい、と医者に聞かされたのは確か11の時だっただろうか。
当時クラスメイトの男の子に初恋をしていた私は、彼を見るたびに足もとに花が落ちていたことに気がついた。
それも教室で、校庭で、廊下で。
草すら生えていない場所に毎回落ちている名も知らぬ花。
そしてその花はなんだろうか、と友達に相談した時に言われた。
「その花、あゆみの頭から毎回咲いて落ちてるよ。気づかなかったの?」

慌てて親に話して病院に行き、色々と検査をしたあとで、医師に言われたこと。

「あーこれは確定ですね。菅谷さん、花咲き体質ですね」

昔々、植物だった私たちの体は、時を重ねるごとに少しずつ生物としての形を取っていった。今では他の星のヒューマノイドとほぼ変わらない見た目をしている。
それでも時々、先祖返りのように昔の体質に戻る人がいるのだ。
花咲き体質。

花はもともと生殖のための器官だ。
雄しべの花粉を雌しべが受粉し、実がなり種を生む。
昔々の私たちはそういった風に子孫を増やしていったらしい。
ヒューマノイドとなった今は他の星の生物のように交尾を行って繁殖するが、花咲き体質の人間は祖先のように、花と花を触れあわせて子を成すのだ。

そして、花咲き体質の人間は、花咲き体質の人間としかつがいになれない。
ちょっとしたどころではない絶望だった。
とりあえず、私の初恋はその時点で終わってしまった。悲しいことに。

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花咲き体質の人間は少ない。
一つの県に3人いればマシな方だ。
なので、花咲き体質の人間同士がマッチングできるよう、出会い系サイトも存在する。ネットって偉大だ。

今日も仕事終わりの私はいそいそと髪飾りのように結んでいた長い茎を生体ネットワークに繋ぎ、サイトにアクセスする。
生体ネットワークは花咲き体質のものしか使用できないサービスだ。そうではないものがネットワークを悪用しないために、花咲き体質のエンジニアが作ったらしい。端末は高価だが今は通販でも買える。

でも、私への連絡は、今日も一つとして入らない。
それもそのはず、私は小さなマーガレットしか咲かない。
花咲き体質の出会い系サイトでモテるには顔も年齢も仕事も年収も関係ない。
ただ、大きく鮮やかな花が咲いていること。それだけがほぼ唯一のアピールポイントなのだ。
登録して即マッチングをするのはだいたいおしとやかなユリや情熱的なバラ、素朴なひまわりを咲かせた人間だ。男女関係なく。
サイトのおかげで結婚しました!という報告のページに写真が載っているカップルも、大体双方大輪の花を咲かせている。
せめて少しでも花を大きく見せようと写真加工アプリで画像編集もしたが、所詮はマーガレット、私の顔が大きくなってしまうだけだった。

そんなある日。
仕事が終わり夜の街を歩いていると、大柄な男性にぶつかった。
ごめんなさい、と謝ると、鋭い目つきで私を睨む。
しかし私のこめかみあたりを見つめた途端、男性は驚いて、それから表情を緩めた。

「花咲き体質なんですか?」
「え?」
「俺もなんです」
男性が前髪を上げると、小さなかすみ草が風に揺れた。

「俺はこんな花だから、サイトでも全然会えなくて…」
どうやら彼も出会い系サイトの利用者だったらしい。
近くの居酒屋で、水をちびちび飲みながら話をする(私たちは体質的に酒を飲めないのだ)。
「私もそうです。やっぱりもうちょっと大きな花が咲けばなあ…」
「栄養剤を使ったことはあります?」
「あ、まだ。あれって効くんですか?」
「効いてたらこんなことにはなってないですね」
再び生え際のかすみ草を見せて男性が微笑む。

「年収悪くないし、顔も悪くないと思うんですけど、花咲き体質だから普通の女性とは付き合えないんですよね」
「私もです。仕事はある程度してて、可愛いって言われることもあるんですけど、花咲き体質だからって誰にも好意を寄せられたことがなくて…」
「お互い大変ですね」
「はい…」

せっかく会ったのも何かの縁だし、連絡先でも交換しましょう、と携帯端末を触れ合わせた。これだけで双方の生体情報が記録されて、いつでもテレパシーでやり取りができる。もちろんテレパシーマナーを守らなくてはいけないが。

「それじゃ」
「はい」

双方、夜の煌々とした灯の群れから離れて、家に帰った。

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その後、松山さん(その人の名前だ)とは何回か連絡を取っている。連絡だけ、取っている。会ってはいない。
一度か二度、ご飯でも食べに行こうかという話をしたのだが、仕事が忙しいということで自然消滅してしまった。
私も周囲に花咲き体質がいないということでまた会いたい気持ちが強かったのだが、仕事となると仕方ない。酒は飲まなくても生きていけるが、ご飯は食べられないと生きていけない。


そんなある日、助けてください!、と松山さんからテレパシーが入った。
会社の昼休み中だったが、慌てて外に飛び出した。居場所は分かる。なぜならテレパシーなので。

松山さんがいたのは3つ隣の駅の近くにある、森林公園の噴水の近くだった(彼は公園そばの会社で働いているそうな)。

松山さんがいたので近づいてみると、びっくり。
足元に草が巻きついて動けなくなっている。いくら足を上げようとしても、草を切ろうとしても、むしっても、絡みついたまま取れない。
「これは困りましたね。花咲き体質だからでしょうか?」
「多分…携帯も手が届かなかったから、菅谷さんを呼んだんです」
なるほど。テレパシーは便利だ。

「これ、専門家に来てもらうしかなさそうですね」
「これの専門家って?」
「そういやそうですね。とりあえず187に連絡しましょう」

花咲き体質専用の救急ダイヤルへ連絡したら、すぐさま専門医がやってきた。

「なるほど…」
「どういった点でなるほどなんでしょうか?」
「先祖返りの度合いが強くなっています。どうやら体質が変化したようですね」
「とりあえずこの草をどうにかして会社に戻りたいんですが…」
「そうですね、除草剤を撒きましょう」
「俺の体質的に大丈夫なんですかね?」
「まあちょっとヒリヒリしますけど、我慢してくださいね」
「ええ…」

除草剤で足に絡まる草たちが一気に枯れ(スーツがすこし溶けてしまった)、なんとか罠から脱出できた松山さんは、疲れ切った顔で会社に連絡した。
「はい…花咲き体質で症状が…はい…医者に変わります…」
疑わしい声色だった上司も医師の登場で納得したらしい。早く戻ってこいと告げられて電話が切れた。

「災難でしたね」
「あー…疲れた…」
「それじゃ、私はこの辺で。会社に戻りますね」
「…あ、菅谷さんも仕事中でしたよね…すみません」
「いえいえ、松山さんが助かって何よりです。それじゃまた」
「えーと、」
「?」
「また今度、一緒に飯でも。今回のお礼におごります」
「…はい!」

そんな感じで帰社した。当然上司には怒られた。
(人助けできたんだからいいじゃないですか…)

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そのあと、松山さんとは何回かデートをした。
一緒にいても花は咲かない。芽が出てくるだけだ。
この人とは友達かもな、せっかく出会えたのに残念…と思っていた矢先。

松山さんは亡くなった。
正確には、枯れた。

考えてみると少し前から異常はあった。
やたら水を飲んでいたし、肌が年から考えると考えられないレベルでかさかさになっていた。
白髪が出て困っているとも言っていたし。

元々、私たちの人生は短い。
芽が出て育って花が咲いて枯れて。平均寿命が40年だそうだ。
松山さんはアラサー。枯れるには少し早いのに。
私も松山さんと同年代。
そう遠くない未来に枯れてしまう、という事実を思い出してしまった。

連絡があったのはちょうど会う約束をしていた19時前。
テレパシーではなく、普通の携帯電話に。

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花咲き体質の人間は燃やすと骨すら残らない。
なので、土葬する。

「もし良ければ、たまに水をあげてもらえませんか」
松山さんのお姉さんは涙ぐんでいた。
「同じ体質の人と話せて楽しいと修治は話してて」
私も楽しかったです。同じような人と会えて。



たまに、隣の駅から少し歩いたところにあるお墓に水を上げる。
1カ月ほど経つと、いつの間にか花が咲いていた。
彼は私のことが好きだったんだろうか。今はもう分からない。
でも、可憐なかすみ草は、今日も風に吹かれている。

恋をすると、花が咲く

恋をすると、花が咲く

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  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-15

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