ミッドナイトスキャンダル

私の好きな須藤君は、夜な夜な宇宙人とデートしている。天文部の私には分かるのだ。

今日も天の川を眺めると、豆粒のように空に浮かぶ須藤君と、そばに漂う光球が見える。

もちろん声が聞こえるわけではない。ただどうして逢引だと分かるのかというのは、彼らの睦言がテレパシーに乗って聞こえるからだ。
電車内のカップルを忌々しく思う気持ちもこんな感じなんだろうな、とぼんやり考える。

今夜もほら、こんな感じで。

「なあ、俺のこと好き?」
『わからないけど、一緒にいたいと思う』
「俺は君を愛してるよ」
『愛とは?』
「こういうこと!」
あ、須藤君光球にハグした。
光がちかちか点滅してる。
『驚いたわ』
「ごめんね、つい感情が高ぶって。どうせなら君とキスできたらいいのになあ」
『光である私に?』
「うん。君に対する愛を、人間という生物的に伝えたい」
『そんなことをしてくれても、私にはよく分からないわ』
「うん、分かってる」

須藤君は光球(さんと呼んだ方がいいのか?)にぞっこんらしい。
二人が出会ったのは3カ月前にあった流星群の日で、最初に光球さんの声(というか、音?)が須藤君に聞こえたんだそう。
須藤君は彼女(?)のオーロラのような、深海の静けさに似たその響きに惚れたらしい。人の好みはよく分からない。

毎晩のように繰り広げられる須藤くんと光球さんの逢引のことについて、私は誰にも話したことがない。
言ったところで訳のわからない冗談としか扱われない。
須藤君本人にも聞いたことはない。
もしかして、私が見ている夢なのかもしれないから。
だってこんな真夜中に、クラスメイトが豆粒になるぐらいの高度まで浮かび上がるなんて!

「いつか君の星に行きたいな。」
『あら、でもあなたはこの星の生物でしょう?』
「そうだけど、君のためなら全部捨ててもいいよ。一緒に生きるためなら、この肉体だって捨ててもいいよ」
『私と同じ光になるの?』
「そうだね。できればそうしたいと思うよ」

にわかには信じがたい会話が聞こえてくる。
あんなに熱烈に愛を語るなんて、学校でのもの静かな姿からはまるで想像がつかなかったから。

なんとも現実味のない会話を聞きながら今夜も眠りに落ちていく。
全部夢だったらいいのになあ……。



「おはよー」
「おはよー。ねー今日めっちゃ寒くない?」
「寒い寒い。マフラーしてくればよかったー」
「えー馬鹿じゃーん」

アハハと笑う私たちの横を通って、須藤君は静かに席に着く。

須藤君はクラスメイトと話さない。スマホを出すこともめったにない。
どうせ友達もいないし使うこともないんだろ!とクラス上位の男子が大声で言ってたっけ。
でもその時すら、何も言わなかった。

須藤君はいじめられている、というより、とにかく本人が自分の存在を消している。
須藤君は授業があるとき以外はいつも教室の外で本を読んでいる。
屋上、校庭のベンチ、図書室、誰も通らない裏階段の隅。
とにかく基本的にどこかで常に本を読んでいる。
だから、休み時間を一緒に過ごせないクラスメイトと仲良くすることなんて至難の技だ。
だから私たちはマンションの住人同士みたいに、お互いに交流せずにここ一年を過ごしてきた。


私が須藤君のことを気にし始めたのは、9月の初めごろだった。
その日私は風邪を引いてしまい、親が来るのを保健室で寝ながら待っていた。

保健室のベッドはなかなか寝心地がいいけど、それでも結構寝ていたので飽きてしまった。
ふとベッドを囲むカーテンをめくると、そこには須藤君がベンチに座っていた。

熱があったからなのかもしれない。
ただ、あの瞬間、静かにページをめくっている須藤君の姿が、まるで絵画のように見えたのだ。


それから私は須藤君のことを観察するようになった。
お弁当を持ってきている姿を見たことがない。いつもコンビニで卵のサンドイッチとサラダ(いくつかバリエーションがある)を買って食べている。それも誰も来ない裏階段の屋上の踊り場に行って。
月曜日は文庫本、火曜日はハードカバー、水曜日は雑誌、と日毎に読むものを変えている。
実は授業中も、特に現代文の時間は教科書に隠して小説を読んでいる。良く良く考えると、私は彼の後ろの席に座っていた。

そんな感じで観察していくうちに、須藤君は何故あそこまで読書をするのか、何故こんなにクラスメイトから距離を取っているのか気になってきた。
聞いてみようかと思ったけど、私と須藤君は話したことがない。そんな関係でいきなり核心(のようなもの)に触れてもいいのだろうか、と思ってしまう。

そんなこんなで私がウジウジしている間に、須藤君は恋に落ちたらしい。


私は天文部だ。
母方の田舎で生まれた私は、小学校に上がるまで野の花を摘み、グミの実を食べ、雑木林を探検し、意味もなく面白い形の石を集めていた。
毎日楽しかった。
そんな生活の中で気に入っていたことの一つは、夜空を眺めることだった。
家に帰ってご飯を食べてお風呂に入り、二階の自分の部屋から空を眺める。周りに灯りなんてものはほとんどない純正の闇の中、見上げると何十という単位では収められないほどの星が瞬く。その美しさが大好きで、6才の誕生日に望遠鏡を買ってもらった。

今でも家にあるその望遠鏡で、昔よりはかなり明るい、夜の闇を眺めていた時だった。
確か金星のあたりに望遠鏡を向けた時だったと思う。
パジャマ姿の須藤君が、星のように輝く光球と共に浮かんでいたのだ。

目を疑った。疑うしかない。
一度目を離して、強く目をつぶり開いてもう一度望遠鏡を覗いた。
須藤君が浮いている。
頬をつねってまた覗く。浮いている。
声が聞こえてきた。

「君の声は本当に素敵だ。もっと聞かせてよ」
「私は音、空気の振動を発してはいないわ」
「そうなのか。なら、君は僕の心に話しかけているの?」
「そうよ」
「ねえ、いつか唄を歌ってくれないかな。僕がいい曲を教えるから…」

思考を放棄して寝ることにした。
寝て起きて学校に行って、帰ってきて晩御飯を食べてお風呂に入って、また望遠鏡で夜空を眺める。

「君はどこに住んでいたの?教えてよ」
いた。

それ以来、かれこれ2週間近く、彼らの会話を聞いている。
最初は望遠鏡で覗いていた時にしか声は聞こえなかったのだが、何故か3日目以降から星を眺めなくても会話が聞こえる。
甘ったるい会話(主に須藤君の口説き文句)で頭がいっぱいになって、ちょっとどうにかなりそうな日々を過ごしていた。

声が聞こえるようになってから、私は前以上に須藤君の観察をすることにした。
でも、以前と何も変わらない。

どうすればいいのかも分からないまま、日々が過ぎていった。


そんなある日、体育終わりの休み時間、私は須藤君を図書室で発見した。
何を読もうとしているんだろう、と後ろからこそこそと見ていると、須藤君が後ろを振り返った。

「何?」
バレた。
「あ、あの、ごめん。私も本を読みたくて…」
「そう。どうぞ」
横に移動した須藤君が立っていたのは、画集や写真集のコーナーだった。うちの図書室は割合新しい書籍の比率が高いのだ。

適当にアメリカの写真集を手に取る。須藤君の方をちらりと見ると。
見えてしまった。
アンタレスの輝きを写した写真集を、須藤君は夢中になって見入っていた。
まるで旅行雑誌を見ているように、ワクワクとした様子で写真集を眺めている。

つい聞いてしまった。
「宇宙、好きなの?」
「……え?」
「すごく楽しそうに読んでるから、それ」
「いや、そういう訳ではないけど…」
「そうなの?もし良ければうちの天文部に入りなよ。星見放題だよ」
「いや、いい」

そりゃそうでしょうね。毎晩星空に浮かんでデートしてるもんね。

「邪魔だからどくよ。ごめん」
「あ…こちらこそごめん」
須藤君は本棚から離れて近くの椅子に座った。

私は気まずくなって、写真集を本棚に戻してそそくさと図書室を出た。

「行ってみたいなあ…」
小さなつぶやきを耳が拾った。
デートで?


今日も愛の言葉が聞こえる。
しかし須藤君は熱烈だ。
よくあそこまで愛の言葉を紡げるな、と感心もする。
毎日毎日飽きることなく続けられる睦言を聞いている光球さんもなかなか辛抱強い。

「俺は君と宇宙を駆け巡りたいよ」
「私と?」
「うん、すごく楽しいだろうなあ。愛するヒトと共に旅に出るんだよ」
「どこまで行くつもり?」
「どこまででも。光のスピードでなん億光年も先の銀河へ」

愛が宇宙的だ。

「ねえ、俺を連れて行ってくれない?宇宙の先の先まで君と旅をしたい」
須藤君は期待を織り込んだ声で光球さんの返事を待つ。

それから大体10秒後。

「そうね」
須藤君は光球さんの返事を待つ。
「それもいいかもしれないわね」
須藤君がわあ!と思わず声を上げた。
「嬉しい!本当に?」
「本当よ。あなたと一緒にいたら、愛という感情が分かりそうだわ」
「うん、君に教えてあげる。この君をいとおしいと思う感情を心ゆくまで伝えるよ。俺は君を愛しているからね」

光球さんと話す須藤君の声はそれこそ星のようにキラキラと輝いていた。
……顔はイケメンではなかったんだけど。恋の力だろうか。

「俺ね、いつもここにいていいのか分からなかったんだ。人とどう関わればいいのか分からなくていつも本ばかり読んでいた。自分が今生きている場所に存在してもいいと思えなかった。でも君と出会って分かった。俺の生きる場所はこの星じゃないんだって」
『それは本当に?』
「本当に。君と一緒にいられるのなら、それだけでこれまで生きてきた甲斐があるよ」

何者かも、生物であるかも分からない光球を愛するだなんて、私にはよくわからないな。
そういう意味では須藤君は宇宙的な感性を持っているのかもしれない。

「俺はずっと君のそばにいたい。君がどこへ行っても、共に生きていたい」
「そうなの」
光球さんは楽しそうな声で囁いた。
「それじゃあ、一緒に行きましょう」

そこあたりで私の眠気は限界を越えて、ぷっつり意識が飛んでしまった。
つまるところ、寝てしまった。



…昨日は話を聞きすぎた。
夜更かしでかなり眠かったけど、今朝もいつもどおり学校へ行った。
そしたら須藤君は家から忽然と姿を消したと家族も学校も大騒ぎ。
だけど、クラスメイトはみんな須藤君が普段どこに行くのかすら知らなかった。
薄情だよね。
きっと私もそう。

こんなに冷たい人たちの中で生きていくより、話を辛抱強く聞いてくれて、声が素敵なヒトと一緒にいる方が、きっと須藤君も幸せだよ。

「須藤、どこ行ったんだろうな…」
「わかんなーい」

私には、私だけは分かるよ。
きっと二人は真夜中の星空へ、駆け落ちしたんだろうね。

ミッドナイトスキャンダル

ミッドナイトスキャンダル

  • 小説
  • 短編
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  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-12-15

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