味のしないたばこの詩

整理券を一枚取って、バスで県庁前から駅まで。百円玉の用意をしながら、雨は嫌、と思う。濡れたバスの床。誰かが窓に書いた相合傘。指紋を窓に残す、というエゴのささやかさ。わたしがこの令和二年製の百円玉に指紋を残すのは、ただの必然でしかないのに。
コンビニで二百円の支払いにつきポイントが二ポイント貯まる、とか、考えても嫌だ。アメリカンドッグは二百円もしないから嫌いにならなくてはならない。あれに食らいついた時の塩辛さは、ちょうど何かに似ている。何に?
狂うほど愛おしいなら、もっと噛み付く必要がある、らしい。必要、必要、必要。単位は卒業するのに必要。わたしにはあなたが必要? きっとそうだ、と信じるしかない。だからわたしはまだ負け犬のままで、ひたすらにあなたが遠く、わたしの中に作った安物のあなたの幻影を慈しんでいる。
雨の中の道をバスが曲がる。いつかこの雨が雪に変わったら結婚しよう、こういう時に煙のようなただの湯気を吐けるたばこがあったらいいなと思う。味のしないたばこ。そう考えているうちに、駅前ロータリー。全てが妄言で、バスの外は雨。整理券と百円玉を投入して降車。
傘の波に揉まれて、ひとりだ。もしあなたとこの世に二人きりだったら、あなたの好きな海老マヨのおにぎりを作る工場もないのね。また妄言で、全てが、嘘、あなた以外が嫌になりながら、百円玉と引き換えに、わたしも傘の海の一員になる。やっぱり、雪が降っても降らなくても、結婚してくれませんか。

味のしないたばこの詩

味のしないたばこの詩

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-29

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