El sonido de la campana  邦題 鐘の音

El sonido de la campana  邦題 鐘の音

「京綾乃と」と似て非なるもの。法律実務のsceneが冒頭に出て来る。

  年末も迫った頃だった。飛行機にしようか電車にしようか迷ったが、昼下がりの新幹線に乗った。 
 大阪の梅田駅を降りた時靴擦れの痛みを感じたが、近くのコンビニで傷パッドを買って間に合わせた。
 考えてみれば三十年余り前にもこの場所で靴擦れを起こして参った事を思い出した。環状線の電車に揺られながらその当時の想い出を頭に浮かべていた。
 高校三年の卒業旅行で京都・奈良に来たのだが自由見学の時間に一人で大阪まで来て、地図を頼りに彼方此方名所を巡った。
 新調した革靴の感覚は同じ様な靴擦れの痛みを時間の経過を超えて蘇らせている。大正駅で降りて並んでいるタクシーに乗り運転手に行き先を告げた。
 安部雄二はA大手信販会社で法務室の室長なのだが、今日で事実上最後の勤めを終える事になる。
 会社が縫製機械等をリースした先の会社が倒産し、縫製機械などのリース物件が設置されている工場が不法占有者に占拠されているとの大阪営業所からの連絡があった。
 占有者と見られるのは広域暴力団Y組傘下のJ一家との事で、「物件を貸金のかたに預かっているが、五千万出せばそれらを渡しても良い」との条件を提示したので、雄二が何度か足を運び営業所長を伴って現地の工場に調査に行った。
 物件に貼られたシールの番号などを確認した際工場内にはそれらしき人影は見られなかったが、万全を期し管轄の大阪地裁に断行仮処分の申し立てをし、地裁の執行官室で執行官とも打ち合わせをした結果、本日の執行という事になった。打ち合わせどおり工場には既に大阪営業所員数名の他、執行官が臨場していて、十トントラックも数台到着していた。
 執行官が工場内から椅子を持ち出して来て腰を掛けて見守る中、所員と運転手により工場内の物件をトラックに積み込む作業が行われていた。
 三十分も経過して何事も無いかと思われた時、工場前の道路から土煙を上げて三台の黒塗り大型乗用車が工場の敷地内に滑り込んできた。
 ドアが開いて黒いサングラスに上下白スーツの大柄な男を先頭に数人が工場に向かって来る。身体を揺らす様に雄二の方に歩いて来た男はサングラスを外し素顔を見せると、「お前ら何じゃ?工場は俺らが預かっている。お前達、物件を勝手に運び出している様だが、許可してへんで。兄さんよう、ああ?」と今にも雄二の襟首を掴もうというばかりの形相だ。
 作業をしていた者達も暫し手を止め、一時その場の雰囲気は凍ついた様になった。執行官が椅子を蹴るように雄二の近くに駆け寄ると、両手で身分証と執行の文面を男の目の高さに掲げる。
 男の後ろに立ち並んでいた内の一人が上着の内ポケットに手を入れて何かを取り出す様な仕草をした。
 雄二は一瞬拳銃かなと思ったのだが、執行官は連中全員に聞こえる様に執行中である事をボディーアクションも伴って伝えた。
 雄二の目の前のリーダ格は後ろの連中を右手を水平にして制すると、ポケットに手を突っ込んだ。
 何が出て来るのかと一同緊張をしたのだが、男は煙草を取り出して指に挟んだ一本に金ぴかのライターで火を付けると、深く煙草を吸い込んでから雄二の顔に煙を吹きかけた。雄二は何の抵抗もしないで顔を少し反らしながらも視線を男の目から外す事は無かった。執行官が何か言いかけた時、男は二度は吸わなかった煙草の灰が落ちる前に指から吸い掛けを地面に落とすと、右手で後ろの連中に手を軽く上げると車のドアを開けてシートに座るなり運転席の男に顎で指示をした。
 其の時雄二は一瞬だが男の顔に見覚えがある様な気がした。記憶の彼方であの顎で指示した時の男の顔が・・。
 地面に落ちた吸い殻はまだ煙を昇らせていたが、三台の車が元来た方向に走り出し土埃に紛れて煙が見えなくなると同時に車の残像も消えていた。
 こういう事に慣れている者なら事の次第が分かったのだろう、その後物件は正式な判決に基づきA社の物として中古としてリースされたり売却されるのだが、雄二の役目は其れで終わりだ。
 誰が言うでも無い「お疲れさんでした」の言葉を置き去りにして営業所員の運転する車で駅へ向かった。
 車窓から海が見えては消えて行った。雄二の仕事ではこの様な事は珍しくは無いが・・、まだ先程の男の事が、場に似合わず古風に見えた男・・が、既に脳の片隅に記憶の断片として居場所を確保している様な気がした。



 大阪から快速急行で京都に向かった。京都支店のドアを開けると支店長が顔を覗かせた。其の時雄二は先程の古風に見えた男の事を思い出した。
 当時、支店長から依頼された案件は広域暴力団Y組傘下のK一家に貸した金銭トラブルであった。
 支店から電話や文書などの督促をしたのだが反応が無かった。組事務所にも社員が尋ねていったが体よく追いはらわれた。
 支店長同行で雄二が荒神橋近くにある事務所を訪れた。ドアを開けると数名の男達が出迎えたが、一番奥の壁の前に置かれた机に座った責任者と思われる男が他の男達に通路を開けるように指示をした。
 二人は男達の間を抜け机の前に向かうと、二人の椅子を持った男が中途半端な挨拶をしながら二人に腰かけるように。
 雄二が名刺入れから名刺を出し責任者らしき男に手渡すと男は名刺に一瞥を・・、「ほう、東京から・・、そりゃご苦労だな・・」別の男が盆に三人分の茶の入った湯呑みを載せてきて机の上に置いた。
 雄二は茶を一口飲むと男に話し掛けようとした。男は机の上の受話器で電話をし始めたが、一瞬振り返って壁に掛けられた額縁入りの古風な男の写真を見てから「もう一週間待ってもらえるか・・」。
 支店長がバッグからスマフォを取り出しカレンダーの数字を眺めた。結局カレンダーにマークを付けた日まで待つという事で二人は事務所を後にした。
 帰りの車の中で支店長が、「大丈夫でしょうね。もう年末も迫っているし締めに間に合えば助かるが・・」と、雄二が、「其れは彼方さんだって同じ事を考えているでしょう。多分・・」
 其の件は貸金の回収は出来たのだが、雄二は額の写真の男の事が気になっていた。大阪で出会った時も思った様に男の顔立ちは随分古風な・・まるで平安時代の絵巻物にでも出て来そうな・・。





 その日、雄二は東京に戻ろうとしたのだが、新幹線が関が原の辺りの積雪で止まっている。
 仕方なく適当に八条近くのホテルに予約をした。大きなホテルだから年末でも空き部屋が取れた。夕食はホテルでとりたくなかったから、駅を通り抜けて北口の居酒屋が並んでいる繁華街の辺りで暖簾を潜ってみたのだが、何処に行っても年末の忘年会の連中で一杯だと首を振られた。
 数軒も廻ってから場所を替えてみようと思い、地下鉄の四条烏丸から四条通りを歩き、此れと言った目ぼしい店が無いだろうかと通りの両側を見ながら探している内に、鴨川の四条大橋まで来てしまっていた。
 京都も雪模様で橋の上にも足跡がついている。前方を見たら大きな番傘を持った着物姿の女性が此方に背を向けて立っているのに気が付いた。
 この辺りはタクシーも忙しそうに走っている。タクシーを掴まえて移動しようかなどと考えたが空車は見つかりそうもない。稼ぎ時なのだろう。
 雄二は寒さで我慢も限界に達していたのだが、雪で辺りを通る人影も少ない。大きな番傘でよくは分からないが此方に背を向けて立っている先程の着物姿の女性に、声を掛けてみようと思った。
 可能性は無いかも知れないが、京の女性なら何処か心当たりがあるかも知れないという微かな期待を抱いた。
「あの、お尋ねしますが・・」
 黙って振り返った女性の顔が街灯の灯りに浮かび上がった。
 夜目にも色の白い細面の・・目が微笑んでいる。
 雄二が話し掛けようとすると、「そないな格好でいたら濡れてまうますで。傘に入ったら如何どすか?」と、雄二は一瞬躊躇ったのだが「其れではお言葉に甘えて」と差し向けてくれた傘におさまった。
 女性があまり美しいので暫し店を探していた事を切り出すのに間が開いてしまった。雪が降っているのに誰かと待ち合わせをしていたのかなどとますますあらぬ方向に・・、それほど美しかった。
「・・お店なら案内しまひょか?探してはるのとちゃいます?・・」
 雄二は新手の客引きなのかなどとは思わなかった。彼女の目がそれを物語っている。それにしても、どうして自分の考えている事が分かったのかと考え始めたが、やめた。黙って任せようと・・。
 狭い横丁の一番奥の突き当たりに料亭があった。如何にも高級な・・店内から女将が出迎えて丁寧に挨拶をした。雄二は接待には慣れているが、予約無しというのは今まで無かったし女将の視線は自分と女性を交互に行き来している。
 雄二はそこで女性とはお別れだと思っていたのだが、女性は雄二の目を見て、「もし良かったらご一緒させて貰うたらいけませんか?」と言うから雄二は一瞬驚いたが、一人よりは二人の方が楽しいだろうと・・、そう思わせたのはそれだけでは無かったが。
 閑静な個室に二人で向かいあって座り、雄二が京に来た理由を話し始めた。女性は加賀綾子という名で上京区九軒町に住んでいるという。
 大阪から京に来た仕事の内容については話しても意味がないし、暴力団が絡んでいる事などを話せば酒も不味くなる。
 綾子が選んでくれた京料理は美味かった。雄二はビール党だったが綾子は酒を選ばないようだった。ほんのりと赤みを帯びた綾子の顔はその美しさに色香を添えている。
 京の観光名所などをツマにして雄二が気に入っているところを挙げれば、綾子が穴場を説明したりして話は盛り上がっていた。
 幾らかアルコールが回ってきた雄二が鞄から地図を出した時に、其れに貼りついたように写真が顔を出した。
 雄二のタイピンにはカメラが付いているから、交渉相手によっては写真を撮っておくことがある。
 今回も玄人相手だからと一応写真を撮ったのだが、大阪の男つまり京の組の壁にかかっていた額に入った男の写真。
 雄二はすぐに鞄に戻したのだが、部屋に冷えた空気が・・一瞬入り込んだ。綾子が其の写真に反応したように窺えた。
 雄二は仕事柄、人の表情の変化は見逃さないことが多いのだが、綾子に聞いてみた。「何か、気になる事でも?」と写真をもう一度取り出すと綾子の視線が其れを捉えてから・・逸れた。「知っている人?」
 綾子は中途半端に頷くと、「・・酒呑童子のお話はご存知どすか?都に現れては暴れまくり貴族の娘をさらっていった言われとる・・」「ええ、確か源頼光が退治したとなっている話を聞いてはいますが」
「頼光の邸宅と晴明様の邸宅は向かいどうしで、其の退治する前の事や、酒呑童子に娘を奪われた池中納言様は陰陽師の清明様を召して占わせた、その後頼光達は目出度う打ち取る事出来た。
 それくらい朝廷は晴明様を頼っとったんどす・・」
 雄二は綾子の話を聞いている内にどうしてそんな話をしだしたのかと疑問に思う一方、何か綾子にはそんな話が似合いそうな神秘的な魅力と何かの才能の様なものを感じた。
 雄二はグラスのビールに口をつけた後綾子に酒を勧めると、綾子は猪口を両手で受け止め飲み干し、話を・・。
「晴明様は子供の頃から鬼やらは寄ってたかっても叶わへんほどの力を持ってましたさかい、何言うても怨霊退治は清明様でしか似合わへん言うてもええ程お話になるんどす。
 都の北東は鬼門言われとったんどすけど、陰陽師を配置したのもそないな事からどした。尤もうちん祖先の住まいもそないなとこにおましたけど・・」
 雄二はその先を聞く前にスマフォのオーバーレイマップで地図を見てみた。荒神橋は北東に有り、紫式部の邸宅跡も更に北に上った九軒町にあるが・・。雄二は何となく綾子が式部なら面白そうだなと思った。
 綾子は話が上手いというかまるで物語を語るようにスラスラと話をする。此れなら源氏物語でも書けるのではと・・。其れに式部は晴明を尊敬していた様な事を聞いた事がある。京料理がアルコールとマッチして心地よく腹に入って行く。
「晴明様、怨霊と対峙した事は幾度とのうあるんや。その昔、上御霊神社やらは,早良親王,井上大皇后,他戸親王,藤原吉子,橘逸勢, 文屋宮田麿,火雷神,吉備真備の「八所御霊」て呼ばれる多うの霊を祀ってますが、ほんで・・」
「そして・・?」
「その写真の男性他戸親王と瓜二つやさかいびっくり致した。此れからの話は祖先から言い伝えられてきたさかいどす・・」
 雄二は綾子の話がまるで映像の様に脳裏を駆け巡る気がした。
「桓武天皇は長岡京を怨霊の為に放棄せざるを得えへんくなり平安京をつくられたんどす。藤原氏に仕えた晴明様はその後実力を思う存分発揮なされ何れ三大怨霊とも戦う事になるんどすけど。八所怨霊の一人である他戸親王は、藤原式家の企みで井上内親王と共に無実の罪で処され怨霊となったんどす、その当時は晴明様はまだお生まれで無かった。後に八所御霊は京の北東から京の都に近付いてきた。朝廷から命を受けた清明様がそれらと戦うた訳どす。其れは都中の鐘が一斉に鳴りだしたところから始まり、やがて鐘は強風に煽られ、皆、糸の切れた凧の様に宙に舞い上がって行き、北東の空が俄かに黒雲に覆われると都に雷光が煌めき、怨霊は至る所に雷と火災を発生させたんどす。代々都の被害ちゅうものは殆どが火災と疫病の流行や原因不明の病どした。晴明様は式神を対峙させた。紙にスラスラと何やら書き息を吹きかけると十二天将が次々に現れたんどす。青龍・騰虵 ・朱雀・青竜 ・白虎其れに北東を守る主神である貴人やら六將との壮絶な争いとなった。白虎は巨大化すると主に地上から上空目掛けて攻撃すると同時に、火炎を吹き飛ばし消し役ともなったんどすけど、白虎はもっとも強い言われてましたさかい、どっしりと構えて戦うした。蛇の形や羽がある者は遥か上空まで瞬時に昇るや、上空から怨霊に青い光を吹きかけ攻撃したかと思えば、怨霊を包み込む強靭な幕を発生させたり、宙を飛びながら羽の巻き起こす猛烈な風で怨霊を吹き飛ばし、身体をくねらせて怨霊を守ってる周りの霧状の鎧を破壊したりしたんどす。主神である貴人はそれらにますます勢いをつけてと、十二天将の力はこの世のものやあらしまへんさかい怨霊と雖も叶わへんかったんどす。ところが一体だけ逃げ出した怨霊があったんどすけど、其れが其の・・男性のおそらく祖先の怨霊やったのかも知れまへん」
「そうなんですか?此の写真の男は怨霊の化身とでもいうところだったという事になり・・、だから、古風に見えた訳で、現代でもやはり悪行に身を染めているという・・訳か。ところで、一条戻り橋に隠してあったと言われている十二天将の話は私も興味がありますね。映像で見た事はありますが、野村萬斎という役者は何か晴明にうってつけでしたが、十二天将の姿は出て来ませんでした。仏教の十二神将とは違うようですね、インドや中国の神も其の中に数えられていますが」
「ようご存じどすなぁ・・」と綾子は紅の口に真っ白な手の甲をあて微笑んだ。
「絵巻か何かで見た事がある様な気がしていたのですが・・、怨霊は晴明の敵ではなかったのだが他戸親王の怨霊だけは逃げてきた・・、其の子孫。実は私は今の仕事は今年一杯で仕事納めで、来年から別の会社に勤めるんで、もうその男と会う事は無いとは思いますが」
 綾子はくすっと笑うような素振りで雄二の目を見た。
「・・けっこうどすな、其れは其れは・・。せやけど怨霊ちゅうものはいっぺん縁があると何時またお目に掛るか分からへんもんどすさかい・・」
「私も今までは現代の怨霊と言ったらオーバーですが随分質(たち)の悪い連中とやり取りをしてきましたが、本物の怨霊とは・・お目に掛った事が無いですね」
 雄二が料理を摘まんでグラスに手を近づけると、綾子がビールを透明な小振りのグラスに注いでくれる。
 自分で注ぐ方が楽だという場合もあるが、今宵は綾子の注いでくれたビールの味が格別に美味しい様な気が・・。
 二人の間には、既に互いの個人的な事を話すまでの雰囲気が漂っている・・。
 綾子の家族が総合商社を経営している様で京の不動産から寺社関係の建設工事その他古物商の様なものまで幅広い事業に携わっているようだが、実際にそれらの業務を取りしきっているのは社長で綾子は顧問の様なものらしい。
 雄二は其れで・・綾子が、雪の中で誰ぞを待っていたのかと思ってはみたのだが・・そんな身分であれば表にいるというのもおかしい。
 一体何をしていたのかと思ったら聞いてみたくなった。「あんな寒そうな場所で何をされてたんですか・・?」
 綾子は一旦雄二の目に焦点を合わせてからあらぬ方を見るように、
「・・人を待っとったんどす」
 と言うからよっぽどの事情があったのか其れとも・・何某かの、と思ったがそれ以上は聞こうとは思わなかった。
 ただ、綾子が
「貴方に連絡をするとしたら・・」
 と言うからスマフォの番号を教えたら、綾子も住まいと電話番号を教えてくれた。綾子が、
「・・明日も電車は不通・・」
 と言うから、
「・・どうかな?この雪からすると関が原辺りは無理だろうか・・」
 と、
「・・明日もお会い・・できる・・?」
 と聞かれて鼓動を打つ音が聞こえたのが半分、まだ京にいるとすれば・・白い端正な美面に・・会えるとなれば、との思いが半分だった。
 店を出たら人通りの少ない路地には雪がかなり積もっていた。綾子は下駄だから足袋が濡れてしまうだろうななど思いながら二人並んで四条口で別れた。




 都ホテルは混んでいた。部屋の窓から外を眺めると一面真綿を薄く拡げた様な平原が広がっている。
 大阪と京都での出張報告を書きながら思った。「何れも怨霊の成りの果てに縁があるとは奇異なことだな。それにしても彼女いろんな事を知っていたが、総合商社の経営者ともなると幅広い知識が必要なのかも知れない。しかし、晴明や怨霊を含め平安時代の事まで詳しく知っているとは・・、やはり何か書き物でもしていそうな雰囲気があったが、式部の子孫だと言っていたからな・・」
 などと勝手に思いを巡らしたのだが、最後に、待っている・・雪の・・風情が・・頭に浮かんだ。
 其の晩は、二件の案件をこなしたという満足感から心地よい疲労があっという間に雄二を眠りの底迄辿り着かせていた。
 明け方結構な夢を見た。綾子が紫式部で、怨霊が現れた時に晴明が登場するという、何か辻褄があわない様な其れでいて何処か昨晩の話を要約したようなものだった。
 朝食をとって部屋に戻った時に内線電話が鳴った。
「加賀様というお客様がお見えになっています」
 窓の外に未だ銀雪が一面に積もっているのを見てからロビーに降りた。昨晩の綾子がしなやかな会釈をして出迎えてくれた。
 立ち話でもと取り敢えずホテルを出てカフェに行くという事に。綾子の案内で四条通りに出ると、琴の音が流れているカフェに入った。
「よく、私が泊まっていたホテルがおわかり・・」
 と言いかけて昨晩話したのかなと思い、
「ニュースでは今日も電車は不通の様ですね。もう一泊になるのかな・・、まあ、どちらにしても会社は今日から休みに入っていますから。年明けまでは仕事はありませんからいいんですがね・・」
 ホテルの朝食の時は何とはなしにコーヒーは飲まないでいたから、朝のコーヒーは格別に感じられた。




 綾子がホテルまで来たのには訳があったようだ。不動産を巡って紛争が起きているという事だった。
 話を聞くうちに又かと思ったのだが、昨日の写真の男の組が絡んでいると言う。二人はカフェを出て係争中の現場まで向かった。
 綾子に顧問会社の者から切迫したような内容の電話が入っているようだ。現場は一条如水町で上杉景勝の屋敷跡がある場所、電車から降りて歩いて幾らも無いところだった。
 二組の男性達が睨み合った様に集団で立っているのが見えた。
 何方が綾子の会社の者かは着ているものからもすぐに分かった。対する集団は如何にも玄人らしき有り体だ。
 其の中にいる頭らしき男が雄二が歩いて来る事に気が付く、雄二には覚えがあり過ぎる顔が・・。
 綾子の会社の者達が、大きな声で怒鳴っている玄人集団と今にも衝突しそうだ。
 頭の男は他の男達を制するようにしてから、雄二に近付いて来る。大阪の案件と同じ様な状況になりそうだった。
 しかし、御用納めで裁判所は休みだ。其れに不動産の断行仮処分となると費用も時間も比較にならない程掛かる。
 話し合いで何処まで言い分が通るか。と、男は不思議な事に雄二に一言何かを呟いて背を向けた。
 男達に指示をすると、まさかと思われたのだが現に連中は一斉に車に分乗し去って行く。




 綾子はその様子の一部始終を見ていたが、
「見て、もう其処一条戻り橋、ほんで、すぐ近うが清明様の邸宅跡やで・・」
 と、確かに晴明神社が見えるのだが・・、見覚えのある微かな記憶が・・。
 雄二は偶然とは言え、あの男と二日連続してあった事と綾子の話が次々に脳裏に浮かんで流れて行くのを感じた。
 雄二の感では法的措置を執るまでも無く此の件は終結したと思われる。あの男は素人では無い、下っ端が起こした案件で担ぎ出されたものの、事の次第が分かったのだと思う。




 其の晩昨日とは異なる鴨川に近い料亭で雄二と綾子は会食をした。酒とお晩菜は此の店もまた格別に美味しい。
 雄二は昨晩は聞けなかった事を聞いてみる事にした。
「ああ、良かったら君が待っていた・・相手は・・と、聞いても良かったかな・・」
「晴明様。言うのんは・・、言うてもええのちゃうかな・・」
「と言われても・・、まさか・・?」
「・・あなた、安部雄二はんやん?ひょっとして祖先は安部晴明とちゃいます?」
「そういう話は・・、あ?そういえば家系図があるとは・・聞いた事はあるが・・」
 二人は再度乾杯をした。紫式部と安部晴明・・?
 綾子が白い端正な顔にほのかな赤みを浮かべると言った、
「今日のお宿はホテルで無おして・・うちん住まいでは如何どすか・・?お師匠様・・また、世にも奇怪なお話やら聞かしていただきたきとう・・」
 ビールを飲み空になったグラスを卓に置いてから雄二は、
「ホテルの予約はとって無い・・其れなら予約・・取らせて貰う事にしようか・・式部、その方がお気に召すかどうかはわからないが・・取って置きの物語でもお話ししながら夜が明けるまで・・(笑)」




 二人は雪の薄い道を歩き、四条烏丸から地下鉄に乗ると綾子の住まいへ。
 何時の間にか、雪は止み空には星が浮かんでいるが・・不意にそそくさと・・それらが・・歪み始めた・・。



 垂れ幕を垂らした様な真っ黒な夜は歳が開けるのを待っている様だった。
 大きな月が遅まきながら顔を出し、もうじき・・と呟いた時、時空が歪むと・・都の彼方此方の除夜の鐘が鳴り始めた。

El sonido de la campana  邦題 鐘の音

「京綾乃と」よりはかなり後に書いたもので、また別の角度から二人の恋愛を描いた。

El sonido de la campana  邦題 鐘の音

京都での恋愛模様の前に、法律実務のsceneが登場するのが「京綾乃と」との違い。広域暴力団も登場。晴明の十二天将を話し出す女性は、おそらく紫式部が祖先と思われるが、其れでは主人公はと言えば、どうやら祖先は安部晴明のようである。序章で終わっているが、京都を舞台に二人のドラマが始まる。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-28

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