透明な殺人者

 きれいだ、と思ったものがみんな眠る。沼で、ナンバーを割り振られたひとびとが祈るのは決まって、新月の夜だった。もえてる、という呟きが、光彩を失った瞳のあのひとからこぼれて、楽園だと思っていたそこは、あっけなく灰の山となった。だれかを、同調圧力でいとも容易く殺してしまう世界の、崩壊の序章というべき姿だと、しらないおじさんが叫んでいて、こわいと思った。あのひとの左手を握りしめて、こわい、という感情を鎮めるように、深呼吸をして。ぼくがしっている、沼のひとの、ナンバー・スリーのことをすこしだけ想像して、いっしょにたべたおそばやさんの、カレーうどんなんかを思い出してみて。でも、おじさんの主張をせせら笑いながら、スマートフォンのカメラを向けているひとたちの、おそろしさもあいまって、ぼくは、あのひとの左手をますますつよく、握った。
 いまも、海だけが青い。

透明な殺人者

透明な殺人者

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-27

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