天上無双流の戦い

 天上無双流の戦い

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関ヶ原のいくさから大分経ち八代将軍徳川吉宗の平和な江戸の町に突如起きた辻斬りの件。目的は徳川御三家である紀州藩の姫君を襲うという大胆不敵な輩達の噂で持ち切りになっていた。
しかし、噂は其の輩のみにあらず、姫を救ったという侍は住いこそ長屋だが、其の正体は謎に包まれていた。
滅法腕が経つという評判はあったのだが、果たして其の後は如何に・・?


 道場での朝早くからの寒稽古(かんげいこ)に出た時に、道場主と久し振りに話をした。
 北辰一刀流の玄武館の筋であるその道場主の言う事には、近頃江戸の街を騒がせている輩がいるという。
 京極光は自らの剣法を無双流と名付けてはいるが特に著名な師に仕えた訳でも無い。
 道場主の緒方伊之助とは剣を交えた事はあるが、光の腕に一目置いている程で、勝負がつく前に光に降参したという経緯がある。
 道場の評判は頗(すこぶ)る有名で城下で彼を知らない剣客はいないと言われている。
 その伊之助はその道の達人故剣を構えたり交えただけで相手の腕前を読む事は出来る。
 別に命が惜しい訳では無いが、無用な勝負をする意味もないと悟っているだけに、光の剣術は得体が知れず、打ち込む隙(すき)も無いと判断した。
 其れからは、二人は剣を通じてでなくとも互いの存在を尊重してきた。
 光の住いは八丁堀近くの長屋にあり、其処では専ら先生と呼ばれ住民に親しまれている。
 元から家系などが不明の根無し草と名乗っているくらいで、住まいなどに拘る事も無い、気さくな性格であるからなのかも知れない。
 長屋のかみさん連中が、時々手料理のおすそ分けを持って来たりし、重宝する事もある。
 かみさん連中の間では、先生も奥方を貰えば良いのにと世話をやかれる事もあるが、何故か光は笑いながら頷くだけだ。
 




 光が堀端を歩いて長屋に戻る途中の事だった。陽もくれなんとしており、薄闇が降りてきたばかりの宵の事。
 普段は見掛けぬような籠が武家屋敷町の方角に向かっていた。籠の周囲には武士が二人寄り添うようについている。
 堀端には柳が植えられており、籠(のりもの)がその脇を通過しようとした時、木の陰からバラバラと男が三人現れると籠を止めさせる様に取り囲んだ。
 光は彼等が何をしようとしているのかは分かったが、素早く籠の警護の武士と斬り合いになった。
 勝負がつくかどうかよりも、籠を背にしている二人の姿から籠の中の者が目当てで待ち伏せをしていた事だろうから、其の方が気になった。
 二人の警護の武士達と連中の剣が鈍い金属音をたて切り結んだ時、光は既に連中に近付いていた。
 連中が二人の武士から、近付いて来た影に視線を移した時、連中はまるで相手を間違えでもしたかの様に、影に向かい剣を振り上げた。
 正に影といっても良い程、目にもとまらぬ早業で影の持つ剣は一瞬月の光にキラリと反射した様に見えた。
 三人は次々と姿勢を崩した後に、何か叫ぶと腕をかばうようにしながら脱兎のごとく退却していく。
 光は、其のまま歩き始めたのだが、武士が声を掛け、駕籠かきが地に置いた籠の引き戸が開けられ、女が現れると武士に、何事か?と。
 片膝をついた武士が、顔を向けた先には先程の影の主である光の姿が去っていく姿が見える。
 急ぎ足で其の後を武士が追う。
「先程は・・」
 何を言いたいのかは分かっていたが、無用な事と其のまま歩いて行く光に、細い声が届く。
「暫(しば)し・・お待ちくだされ・・」
 女が追い付くと光は立ち止まり月明かりに照らされた顔を見る。
「何か?」
「私は・・」
 武家の子女である旨話してから、お名前を?と・・。
「特に名乗るごときものにてござらん。刃傷(にんじょう)が無くて良かった・・にては」
 再び影の様に闇の中に消えゆく後ろ姿を見ている三人・・。



 其の件は八丁堀の同心から南町奉行越前(みなみまちぶぎょうえちぜん)迄届けがされたが、襲った連中と通り掛かった侍の正体は如何に?と、町で話題に昇っていた。
 武家屋敷町から町人や長屋の住民にまで其の話は伝わり、八丁堀の詰め所の同心が長屋にもやって来た。
 同心は同じ八丁堀でもあったし、以前から道場主とは面識があった上に、この辺りでそんな事が出来る侍となれば限られて来る。
 長屋では同心を囲んで大騒ぎだが、今日は無駄話をしに来たのではないからと、長屋の連中から手短に影の正体を聞き出すと、
「するってーと、其の侍が影という訳か?何処にいるって?名は?」
 長屋の連中が同心に光の部屋を案内したのだが、生憎(あいにく)光は不在。光は其の頃ある武家屋敷にいた。
 屋敷は丁度、毘沙門天が祀(まつ)ってあるお堂の隣辺(あた)りにあった。屋敷はある藩の中屋敷と呼ばれていたが、詳しい事は分からない。
 中屋敷とは上屋敷が藩主や妻の住いなのに対し、隠居(いんきょ)や世継ぎの住いだと言われる。
 どうして光が其処にいるのかは不明だが、屋敷の家紋は毘沙門亀甲(びしゃもんきこう)となっている。
 光がどういう者なのかは分からないが、尋常の侍ではないと思われる。
 長屋に戻った光を待っていた長屋の住民が、八丁堀の尾上勇之進という同心が来た事を話す。
 更に、珍しく道場主も顔を出した。
「何か、先日紀州藩ののりものが襲われたそうで、御三家【親藩(しんぱん~関ヶ原のいくさの後に徳川に近い存在かどうかで親藩・譜代・外様と三つに分けられた。)大名の中でも最も上位に位置し、水戸黄門の水戸藩、家康の故郷である尾張藩と紀州藩】の篭だから大騒ぎになったようだ。其れで、襲った犯人と其処に通りかかった侍の行方を捜しているのだが、よく分からないそうだ。
 光は・・、
「ほうー?」
 と笑みを浮かべるが、何も知らなそうだ。
「御三家(ごさんけ)の籠を襲ったとなれば・・ただで済まされぬは当然だが、襲う方も得体(えたい)のしれぬ事になる。まさか天下転覆の意図があるのでも無かろうに・・。其れはそうと・・その時、藩士が見ていた侍の剣は見た事もないと言っていたそうだが・・貴殿(きでん)の剣もそう言われれば我流(がりゅう)のようでもあるし?いや、何か引っかかるところがあり、何れにしてもこれぎりで終われば良いが?」
「今時、此の太平の世で天下転覆とは時代の錯誤も甚だしいと言えそうだ。其れでは犯人の目星もつかないだろうな?」
 二人の話を表で立ち聞き・・と言うか、薄壁で隣にいても聞こえそうだが、長屋の住民にとっては関心があるのだろう。
 やがて、尾上勇之進も光の存在に気が付き、長屋にやって来た。
「何かえらい事になってな?番所の連中も総動員で犯人や侍探しで明け暮れている。まさか・・貴殿が関係しているとは・・その身成からしても・・?まあ、人は見かけによらないとは言うが・・?」
 当分其の話が続いていては面倒だという事で、光も居所でも変えようかと考え出した。
 



 光が武家屋敷から出てき、紀州藩の上屋敷方面に歩いている時に声を掛けられた。
 のりもの(高貴な武士の篭は乗り物と言われた。)の御簾(みす~簾の丁寧語。)が開かれていて、女人(にょにん)が面(おもて)をみせた。
「若(も)し・・あの時の方では?・・お姿は夜目(よめ)でありはっきりとは分かりませぬが・・良く似てらっしゃいます・・?」
 光は足を止めると。
「さあ、何処かでお目にかかりましたか?見るところ・・紀州三つ葵(きしゅうみつあおい~紀州藩の紋所もんどころ~徳川の葵とは少しだけ違う紋所。)・・姫君(ひめぎみ)とお見受け致しますが・・?」
「如何(いか)にも・・紀州の出です。やはり・・貴方の様な気がしますが?お人違い?」
「・・似ているというのであれば・・そうでないとも何とも云い申さんが・・そういう事にしておかれても良いのでは?」
「流石に紀州の姫君ともなれば・・お美しい?」
 其れから、二人は近くにあった茶店で話をした。
「このような茶店では、貴女のお口には合いませんでしょうが・・私にはこういう所も・・特段・・」
 姫君は何か光に好感を感じたようであったが、
「宜しければ・・お助け頂いたお礼とは申さずとも屋敷迄おいでなされませぬか?」
 光は、そうは言ってもあまり堅苦しいところは苦手であるし、姫の様な美しい女子(おなご)であれば・・尚の事、女子には縁が無いのだから・・と思う。
 自(みずか)らがそういう身でないとあらば仕方がない事。
 ただ、一つだけ・・まだやり残した事がある。
 其れがこの姫への礼儀でもあるような気がした。



 光は、先日の連中がただものでない事は薄々感じ取っていた。
 その思いが現実のものと相成(あいな)った。
 何処からともなく・・凡そ百人程と見られる武士が現れた。
 しかし、此の上屋敷(かみやしき)の辺りに現れるのは・・尋常(じんじょう)ではない。つまりは・・ただ何処(どこ)ぞの輩(やから)というのでは無さそうだ。




 姫には、当然警護の武士がついてはいるが・・その様な筋合(すじあ)いのものでなくば・・常人(じょうにん)では適(かな)おう筈(はず)も無い。
 姫や武士達に見えたのが何処までなのかは分からないが・・。
 宙に地上にと蠢(うごめ)く様(さま)で武士の姿が変わっていく。
 まるで、人にあらずして・・仏の如き有り体と言える・・。
 光は・・既に光ではない。
 宙に舞い上がった光は・・次々に百人の敵を無双流で切り刻んでいく。
 其のうち・・姿は・・「兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)」を発祥(はっしょう)とするといわれる「刀八毘沙門天」八本の刀・・八本の手でそれを持ち、片端から相手を斬り捨てるが、その速さたるもの尋常(じんじょう)ではない。
 切り刻むのは、さもなくばすぐに生き返るから、姿は阿修羅(あしゅら)であり・・大きなものとなれば盧舎那(るしゃな)仏だったり・・如来(にょらい)から何から変身をしていく。
 元は光の剣法だから・・無双流とは八本の刀で一瞬にして斬り捨てる事になる。
「此れでは・・幕府転覆どころではないな・・まあ、相手に取り不足は無いが・・」
 辺り全ての者の目で窺える姿が忽然と消えた時には、何ものもおらず・・。
 



 姫やお供の者・其処に丁度居合わせた者達にとっては・・正にこの世のものとは思えぬ戦いであったが・・実際この世に存在する邪心(じゃしん)や煩悩(ぼんのう)が勢揃い(せいぞろい)をした事になり・・其れが光の無双剣で・・故(ゆえ)に全てが消滅をした事になる・・。
 既に江戸の住民は数百人を超え集まっている・・。
 皆、呆気にとられるばかり・・。




 やがて・・光も遥か上空に消えていく・・。元々の殿上人(てんじょうびと)であるから・・殿上とは・・天上・・のことなり・・。
 最後に・・姫の顔をちらっと見ると・・まっしぐらに広大な宇宙空間に昇っていった・・。 
 宇宙とは仏教でいうところの宇宙と理論物理でいうところの宇宙はほぼ同じであるという摩訶不思議・・。
「・・さらば・・」 

 天上無双流の戦い

どうやら、尋常の武士では歯が立たないとみえ、江戸城下は曲者と対した京極光が再び其の者達にどう打ちに出るのかと専らの話題となっている。面白半分に書いた世界は仏教や宇宙に詳しい方が新たな雰囲気を出せるものと、やや、斜に構えた結果。
勿論、本来の時代物の方が優れており面白いのは分かるのだが、且つての大映の市川雷蔵の様な大物役者がいないのが口惜しい限り。物書きであれば本来、役者がいれば、眠狂四郎のようなものも書いてみたいのだが・・。果たして、好んで読む者が不在で、心細い限りではある・・。

 天上無双流の戦い

時代ものは、今の世代に見られなくなったり、例え、TV番組などで放映されても、演技に長けた役者が不在という有様。世はそうであっても、文学の世界では如何なる筋書きであろうとも、世代が異なれば容易い事で、後は、不在の役者は致し方ない。 今の世代の役者では、そもそも時代劇其のものを知っているという事は稀で、演じたところで軽すぎるという面が目立つ。せめて、文章として人類に残すことくらいしか期待はできないものと解し、試しに簡単な筋書きを書いてみたのだが、大河ドラマなども地に落ちている昨今で・・はて・・如何に? この後も時代物専門の原作者のものが出尽くしてしまって、世は、ゲーム・漫画・体育好きの者達の世界で、生き残れるか・・時代物?

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-11-26

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