アーユルヴェーダ伍拾参

これちかうじょう

1月1日、元旦

「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します」
俺は父と母、そして実崎さんに頭を下げた。
「とうとう今年で結も高校三年生だねえ、受験生だから忙しくなっちゃうね」
「でも試飲はちゃんとする」
「それはそれとして、ちょっと来い結」
父が俺を引っ張る。
「仁道君から連絡があった。もう仁道君なんて呼べない立場の人間じゃないんだけどさ、
 やっぱりうち、養子縁組してたよ」
「もう知ってる、中村家から冬至をうちに入れたってことは」
「あれえ、何で名前知ってるの?もしかして分かっちゃってるの?」
「みんなが忘れても俺は忘れない。思い出したんだ、去年の12月22日に。
 あの時来てくれたんだ、一回だけだけど、逢いに来てくれたんだ。
 その時に俺は全部思い出した」
「そっかあ、じゃあこの情報も要らないかな、奏ちゃんの話」
「かなで?」
「うん、それは知らない?」
「知らない、けど」
「中村家、忠則さんと舞さんの本当の子供がね見つかったんだ。
 今は隣町に住んでる。短大付属の一年生だ。女の子。
 つまりは、うちと養子縁組した子と入れ替わりで違う家に行った子がいるってこと」
「…それって冬至の異母兄弟」
「そうそ、その子がねしにんとの力を少し持ってるらしいんだ。
 やっぱり忠則さんの力を少し受け継いだんだね。
 その子に逢えば、きっと何か分かるよ」
「奏、という名前なのか」
「うんそう、真瀬奏という名前だそうだよ」
「一度逢ってくる」

元旦早々いいことを聞いた。
冬至は忠則さんと正岡神田浪さんの子で、ちょうど同じ時期に仙崎舞さんも出産していることは、
調べて分かったことだ。
つまり、この世界にはまだ、しにんとがいる。
冬至だけだと思っていたけれど、何とかなりそうな予感がする。

「藤堂、元旦から悪いな」
俺は藤堂の家を訪れている。
当の本人はものすごく、びっくりしている。
「な、なに、藤原、何で僕の家が分かったの、ていうか、何で今」
「あれが城善寺の家だろ」
「そうだけど…お隣さんだし…でも何で来たの、僕が何かした?」
「何故悪い方向へ考えるんだ」
「いや、こんな朝から藤原が来るなんて信じられなくて…
 あ、あけましておめでとう」
「おめでとう」
藤堂の家に来たのは理由がある。
城善寺の家に行けばきっと大歓迎されるからで、
こっちの方が無難だと思ったからだ。
「お前、隣町の短大付属に知り合いがいたよな」
「いるけど…くそ長野」
「長野っていうのか」
「その長野に逢いたいわけ?」
「察しがいいな」
「でも何で?短大付属の人間まで卒倒させるつもりか」
「安心してくれ、重りはつけてる」
「まあ…それはそれでいいんだけど、
 でも長野に逢うには千春と一緒に行った方がいいと思うけど?
 あの二人、全国模試の一位と二位だから、
 気が合うんだってさ」
「妬かないのか」
「妬いてるよ。でも僕は自信があるからね。
 千春は僕を選ぶよ。長野なんか選ばないって分かってるから」
すごい自信だ、と俺は屈服してしまった。
俺もそういう自信があったのだけれど、
離れてしまった今ではそれがあまり、ない。
「ちょっと待って、まだこの時間なら図書館に行ってないはずだから」
「図書館?」
「うん、千春はお姉ちゃんと妹がいて、千春命だからさ二人とも、
 構っちゃうんだよ。だから勉強が家でできなくて、
 それで学校にも早く行ってたわけなんだ。
 でもまだ八時だし、いると思うから呼んでくる」
「助かる」
俺が直接行くと大変なことになる、と藤堂も理解しているらしい。

「おばさーん、おばさーん、悟ですー」
はーい、と玄関を開ける女性を見る。
背は、城善寺よりあるな。
「千春います?ちょっと用事があって。あと、あけましておめでとうございます」
「おめでとう、悟君。千春ね?呼んでくるわ」
「ありがとう」
藤原は隠れてて!と藤堂が目で言うので、俺はちょっと隠れてみる。
「んだよー、元旦から押しかけやがって…」
「まだ勉強してなかったんだね、そうだよね、今朝まで一緒だったもんね」
「そりゃそうだろ…受験生になるって言うから初詣連れてかれたんだし…」
「でもいいお守り買えたじゃないの、きっとうまく行くよ。
 それより、千春にいいもの見せてあげる」
「え?何」
「おーい」
呼ばれた。
俺は城善寺の前に立つ。
「ゆ、ゆ、結ちゃんだー!結ちゃんだ!結ちゃんだ!俺の結ちゃんだ!」
「俺はお前のものじゃない」
「でもどうしたんだ、あ、俺寝ぐせが、畜生、顔も洗ってないのに!
 結ちゃんに逢えたのは嬉しいけど俺まだ何もしてなくて起きたばっかで、
 やだやだ、恥ずかしい!」
「(ちょっと)付き合ってくれるか城善寺」
ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
城善寺の悲鳴?が元旦の静かな朝に響いた。
「悟!聞いたか!俺はお前を捨てるぞ!」
「…千春、それは許さないよ」
「だって結ちゃんが付き合ってくれって言った!」
「藤原、台詞少しすっ飛ばしただろ、ちょっと、だろ、ちょっと」
「悪かった、俺はまだまだ不器用だ」
ちぇ、と城善寺が口を尖らせる。
「で、結ちゃんにどう付き合うの?俺が何かできることなのか?勉強か!数学だったら任せろ!」
「いや、長野っていう人間に逢わせて欲しいんだ」
「長野?何で?知り合いになりたいの?」
「人を探している。真瀬奏という人間を探しているから、もしかしたらって」
「真瀬奏?」
「ああ、その人に逢わないといけないんだ」
「分かったよ、でもちょい待って。俺、顔洗って歯を磨いて寝ぐせ直してくっから!
 それまで悟の家で待ってろよ、悟いいだろ」
「いいけど…うちの母さんにびっくりしないでね藤原」
「?」

藤堂家の人々

「悟のお友達?」
藤堂光里、という名前なんだそうだ。
昔は腕のいい看護師だったそうだ。
「へえ、顔はいいわね、ついでに言うと背も高いし、
 まさに絶世の美男子ね悟」
「母さん…真顔でそういうこと言わないでよ、藤原がびっくりしてる」
「そうね、私が悪かったわ。でも長年看護師やってきてて、
 たくさんの人を見てきたから真顔になっちゃうのよ。
 慌てないで冷静に、がモットーなもので」
「藤原、気にしないで。母さんはいつもこうなんだ、
 慌てたことがない人だし…真顔でいろいろ言うけど」
お前にそっくりじゃないか、と言いたくなったけれど、
俺は我慢した。
「朝が早いのね、四時半に起床?それでご飯を作って?
 それでここまで来たのってすごいわね藤原君て」
「うちは酒造なので、元旦も関係なく働いてますから」
「そう、酒造なんだ…」
「でもすみません、朝早くからお邪魔してしまって。
 あの、悟君のお父さんは」
「日本には帰って来たけれどまた単身赴任でね、今は大阪にいるわ。
 今年は悟が受験生だから、私も仕方なく此処に居るんだけど」
「仕方なく?」
「去年の夏休みを利用して夫の赴任先のイギリスに一か月行ってたんだけど、
 その間にお隣の千春君にいろいろしちゃったみたいでうちの子。
 申し訳ないじゃない、ただでさえ千尋さんには昔からお世話になってるから」
「千尋さんっていうんですか、城善寺のお母さんは」
「ええ、お父さんが春樹さんていう人だから、
 二人の名前からとって千春、になったんだけど…
 本人は嫌だったみたいよ。女の子みたいだって。
 それでいじめられてもいたんだけどね、うちの子が王子様気取りで」
「母さん!それはもう掘り返さないで!ていうか藤原も何勝手に母さんとべらべら喋ってんだよ」
「…そっくりじゃないか、やはり親子だな」
「は?」
真顔はお前の専売特許だ、と言ってやったら藤堂が黙ってしまった。
「うちの子、真顔で学校に居るの?笑ったりとかしてないの?」
「生徒会長としてしっかりやってる同期です」
「でもまさかうちの子が会長になるなんて思いもしなかったわよ。
 そのせいで千春君との時間が減ったとかなんとか文句ばっかり垂れて。
 それを聞かされる母親の身にもなりなさいな悟」
「仕方ないだろ、千春といられる貴重な時間を生徒会に取られてるんだから」
「じゃあ辞めればいいじゃないの」
「今年の夏には引退だから、それまでは頑張るんだよ。
 それに…水泳部のことは僕もうかつだった。
 まさか僕が監査してるところであんなことになるなんて」
水泳部、の問題はもはや学校中の噂になっている。
去年の中盤から運動部と文化部の担当がチェンジになり、
天野が運動部の監査に回ったところで発覚したところからおかしくなってしまった。
天野がキレたのを初めて見た気がした。

(回想)

「藤堂、君は何を見てきたんだ!会長として情けなくないか!
 僕が運動部の担当になったから分かったことだけど、
 未然に防げたはずだった!
 人を一人死なせたんだぞ!
 僕も文化部ばっかりじゃなくて運動部も見ていればよかったんだ、
 藤堂だからぬけがないって思って安心していたのに何だこれは!
 いつも城善寺のことばかり考えてるからこうなったんじゃないのか!
 全生徒を見るのが会長の役割だろう!
 今だから言うけど、
 君は大馬鹿者だ!頭冷やしてこい!」


水泳部の顧問、コーチともいうのだが、それの体罰が原因で人が一人亡くなった。
直接的じゃないのだが、
俺と同い年の山都蛍という水泳部のエースだった人間は、
残念ながら亡くなってしまった。
冬至がいたら、気づけていたかもしれない。
「天野があんなに怒るなんてなあ…僕もびっくりだよ。
 さすがは器用人間ナンバーワンだ」
「いや違う」
「?」
「器用人間ナンバーワンは俺の弟だ」
「え?まだ言ってたのそれ。一人っ子じゃないか君」
「俺は思い出したんだ、思い出すまで時間がかかりすぎたけれど、
 もう絶対に忘れたりしない。
 それを何とかするために今日は来たんだ。
 それにしても城善寺ってこんなに準備に時間がかかるのか」
「不器用な君には言われたくないな。寝ぐせひどいって話は知ってるよ。
 千春はね、緊張してるんだよ。元旦から藤原に逢えて嬉しいんだよ。
 だから念入りに自分磨きをしてるのさ」
「そうか…」
「あのさあ藤原、僕思うんだけど、その弟?その子をどうしたいの」
「やり直したいんだ」
「やり直す?弟と?兄弟喧嘩でもしたのか」
「違う、出会いからやり直したいんだ。ちゃんと、泣かせないように、
 そして、たくさん笑ってもらえるように、
 俺はたくさんたくさん、愛するんだ」
「…変なの、兄弟愛って僕には分からないな。僕も一人っ子だし」
「俺も一人っ子だった。十和子が姉のようなもので、でもずっと一人だった。
 でももうおととしになるけど、11月13日に出逢ったんだ。
 弟だけど、俺の大事な人に。
 だからもう一度やり直したい。
 もう二度と離さないって、約束したいんだ」
「何だかプロポーズみたいだな」
「そのつもりで言ってる」
「でも弟なんだろ?血のつながりとかないにしたって、
 結婚まではできないじゃない」
「できなくてもするのが俺の信条だ。
 一生離さないって決めたから、俺はどうしてもやり直すんだ」
そうそう、と藤堂が聞いてくる。
「さっきの、長野に聞きたいっていう人、真瀬奏?
 それは男?女?」
「女の子だと聞いた」
「その子が何なの、その子は何なの」
「冬至の異母兄弟だ。だから冬至と同じ力を少しだけ持っていると思う。
 それをお願いしに行きたいんだ」
「力?何それ」
「お前にはカリスマという力があって、俺にもあったけどそれは忘れた。
 でも他にも力はあって、共有とか、忘却とか、そういうものを持った人間が集まるんだ、
 うちの学校は」
「へえ、面白いね。でもその真瀬奏って子はどんな力があるんだ」
「しにんと」
「しにんと?」
「死者を見ることができて、死者と話せるかもしれない。
 12月22日に言ってたんだ、冬至が、俺はもうこっちにいると死んじゃうって。
 だから多分その子には見えると思うんだ。
 冬至か、もしくはその父親の忠則さんとか」
「ゆいちゃーん!おまたせー!」
やっとか、と俺は立ち上がる。
「絶対後で紹介するから、お前にも、城善寺にも、俺の弟」
「ああ、うん。でも何だか弟に恋しちゃってんの?」
「恋じゃない、愛だ」
「はは…藤原も器用になったもんだ」
お邪魔しました、と藤堂の母親に頭を下げる。
「またいらっしゃい、目の保養になったから」
「…はい」
目の保養って、…まあいいか。

城善寺千春と藤原結

「ごめんなあ、時間かかっちゃった」
「いや、でもどこがどう変わったんだ」
「へ?」
「さっきと同じに見える」
「そこは不器用なんだな結ちゃんは。俺はね、精一杯おしゃれしてきたんだぜ!
 悟にも見せてない服を着てるんだ、
 それにスキンケアだって」
「分かったから、案内してくれ」
「ほいほい。でも長野に逢うの久々だなあ。ラインはしょっちゅうしてるんだけど」
ラインしてるのか、さすがは勉強仲間だな。
「今年の三月で大河先輩卒業だろ?だからもうじき長野もバイト終わりなんだって。
 まあ自分が受験生になるんだから、そんなことできないしな」
「バイトできるのか、短大付属って」
「そうみたいだよ。でも特例じゃないと駄目だって長野が言ってた。
 あいつの成績がよかったから、多分許されてたんじゃないのかな」
「そうか」
でも長野に逢ってからどうすんの、と城善寺が聞いてくる。
「一年に真瀬奏という女子がいるはずなんだ。その人に逢いたいんだ」
「まあ、あいつのことだから人には詳しいわなきっと。
 そだ、ラインして一応聞いてみるか?」
「助かる」

(城善寺千春→長野将好:ライン)
あけましておめでとう。
今年も俺が勝つ。
ところで、人探しをしてるんだが、
真瀬奏という女子を知ってるか?
一年らしいんだが。

(長野将好→城善寺千春:ライン)
あけましておめでとうございます。

真瀬奏なら1年にいるよ。でも普通の子だけどな、
何だ?その子が気になるのか?

(城善寺千春→長野将好:ライン)
なんだ、本当に知ってたのかすげえなあお前。
俺の元彼、と言うと語弊があるがな、
結ちゃんがその子に逢いたいんだそうだ。
どこにいるか分かるか?
家とか分かれば助かるんだが。

(長野将好→城善寺千春:電話)
「はーい」
(元彼って何だ、元彼って!藤堂じゃねえのかよ!)
「だからー、俺は結ちゃんのファン第一号でもってだなあ」
(ファンなのか、そうか、元彼って言うから藤堂のことどうしたんだよって、
 はー心配して損した)
「でも家とかはさすがに分からないよな、
 いくらお前でも」
(分かるよ?)
「げ、何、お前ストーカーか何かなの」
(大河君の家の近くに真瀬さんって家がある。
 でも確か彼女、養子だぞ?何でも子供に恵まれなかった家庭らしくて、
 15年前?16年前!にもらわれてきたって話が一時期あったんだよ。
 それで俺も名前を把握してたわけさ)
「すげえなお前の情報通。助かる、じゃあ今からお前んち行くから、
 その真瀬家に連れてってくれ」
(うっそ、まじ!?新年早々お前に逢えるの嬉しいな、藤堂から乗り換えるか俺に)
「馬鹿言え。俺は悟一筋だっての。じゃあ今から行くから顔洗っておけ」
(俺はもう準備万端で勉強中でしたー)
ぐぐ、と隣で城善寺が悔しそうな顔をする。
何をしゃべってるんだろうか。

「あいつに負けそうな気がしてきた…」
「急にどうした」
「もう勉強してるって…俺さっきまで爆睡してたのに」
「だって藤堂と初詣行ったからだろう」
「やべえ、この前の模試では確かに30点差つけたけど、
 次はやばいかもしんない、俺は青陵の名前を背負ってるんだ、
 負けるわけにはいかねえんだ!」
「…よく分からないな」
「でも結ちゃん、長野には絶対笑ったりしないでくれよ!
 あいつがお前に惚れるのは目に見えている…!」
「は?」
「確かに俺と悟が好きだって言ってたけど、
 結ちゃんはさらにその上をいく美人だからな…
 それが心配だ」
「心配するな、重りはつけてる」
「おもり?」
「それに、俺の相手は冬至だけだから」
「…冬至、ねえ」
長野の家までは電車で一駅。
隣町にくるのは初めてだ。
「確かこっちだったな、あいつとは幼稚園から小学校まで一緒だったんだ。
 俺のこといじめる奴でさ、そのたび悟が守ってくれてた」
「でも今は仲良さげだな」
「和解したんだよ、時間が解決してくれたっていうか。
 それより本当に笑顔禁止な、いつも通り無表情でいてくれよ」
「分かった」
ここだ、と長野家に着くと同時に城善寺が何故か道端の石を拾った。
「呼び鈴鳴らさないのか」
「窓に投げる。窓を割ってやる」
「駄目だ、それは。俺はお前にそんなことして欲しくない」
「…でもいつもやってたんだけど」
「駄目だ、人の迷惑になることはしちゃ駄目だ」
人の迷惑。

冬至は俺に迷惑をかけると思って出て行ったんだろうか。
そんなことないのに。

「長野ー、俺ー、城善寺ー」
呼び鈴は鳴らさず、二階の窓に向かってそう城善寺が叫ぶ。
すると、がたんと音がしたと思ったら、窓が急に開いた。
「まじだ!まじで来てくれた!」
「…な、これは必要ないんだよあいつには」
「すごいな」
呼び鈴の意味がない。

長野将好と藤原結

「うへえ…すげえ美人だなあ、城善寺の好きな人ってこの人だったんか」
「ちげえよ、好きだけど違う好き」
「意味不明。でもまあいっか、上がってよ。
 今うち、誰も居ないんだ。親と弟は初詣行っちゃってさ」
弟、というところで俺が反応する。
「あれれ、藤原君にも弟いんの?」
「いる」
「へえ、可愛いよなあ、弟って。なんていうか?すげえなでなでしてやりたいっていうか?」
「分かる」
長野に弟がいたとはなーと城善寺がぼやく。
「うちは10個違いの弟なんだよ、だから今7歳。
 すんげえ可愛い盛りでさ、藤原君とこは何歳?」
「15、…16歳?」
「何で疑問形」
「多分時間が止まってるから」
「意味不明」
はざまに行ってしまったというのは分かっている。
時間も何もない世界だ。
そう、調べつくした。
「で、真瀬奏ちゃんね、これから案内したるわ」
「助かる」
「でも普通の子だよ?養子ってだけで、本当に普通の子。
 でも将来は保母さんになるんだって言ってたなあ」
血は争えないな。
仙崎舞も保母さんだった。
「じゃあれっつらごー」
俺は二人の後をついて歩く。
二人は二人で結構話が弾んでいる。
勉強仲間っていうのは、こうも話が合うものなのか。
「でさ、日本史の件なんだけどさ」
「ああ、あの追記のことか」
「俺ね、調べたんだわあれから。そしたらさ、青陵のある街がそうだったっぽいんだわ」
「うちの?」
「そうそ。一部勝利っていうのは、そっちだったらしい。
 俺はとことん調べるのが好きでね、世界史でも同じようなものを見つけたんだ」
「ほお」
「人には、まあ一部の人らしいんだが、力ってのがあるらしいんだな。
 俺には何もないんだけどさ、世界にはいろんな力があるらしい。
 例えば…時間を止めるとか、死者と話せるとか、」
「それはしにんと」
俺が後ろから呟く。
「およ?しにんと?」
「俺の弟は今別の場所にいるんだ、それはここで、こっちの世界で生きられなくなったからで、
 俺が何とかできればよかったんだが」
「そう言えばせいちゃんと大河君が何かそんなことを…」
「しにんととゆめんととはざまと、それから神人類と生き神じゃないか、長野」
「そうそう!それだ!すげえな藤原君も知ってたんだ」
「俺のせいでもあるから、悩んでる」
「へえ、でも藤原君、ちょこっと笑ってみ?」
「?」
「こう、にこーって」
「こうか」
バカ!と城善寺が叫ぶ。
「うは!やっぱそうだ!藤原君すげえ笑顔かっけー!惚れる、マジ惚れる」
「結ちゃん、笑うなと言ったはずだ!」
「条件反射的に」
笑ってみ?と言われたことがあった。
それが今になって分かる。
毎日毎日練習している笑顔の練習、
あれは冬至のためなんだ。
「すんげえ美人だよな、藤原君」
「お前、結ちゃんに手を出すなよ。結ちゃんには決まった人間いるからな」
「へえ、あの美人度に匹敵する人間か」
「いや…俺もよく分からないんだけど、手を出せないって分かってるんだよ。
 出しちゃいけないって本能的に思ってる。
 結ちゃんには決まった人がいるって何でだか知ってるんだ」
「ふうん…ああ、あそこが大河君ちね。で、そっちの二軒隣が真瀬さんちだ」

俺も居てやるよ、と長野が言ってくれて呼び鈴を鳴らした。
「はい、真瀬ですが、どなたでしょうか」
インターフォン越しに話をする。
「あ、俺、短大付属で奏ちゃんの先輩の長野っていいます。
 奏ちゃんに用事があるっていう人を連れてきたんです。
 今大丈夫ですか」
「奏ですか?分かりました、とりあえず上がってください」
「ありがとうございます」
にかっと長野が笑う。
こういうのが器用な人間なんだな。

真瀬奏

「私に何か用ですか、長野先輩」
人間には二種類ある。
とっつきにくい人間と、なれなれしい人間。
なれなれしいというのはいい表現ではないが、城善寺みたいなのを言う。
真瀬奏はとっつきにくい、の方だった。
「なあ真瀬、先輩からのお願いだ。この二人の話を聞いてやってくれ」
「青陵の人間とは喋りたくありません」
「そこをそう言わず!ほら見てみろ、この藤原君、美人だろ?」
「それは、そうですが」
「じゃあ藤原君、話してみてよ」
俺たちは真瀬家のリビングにいる。
勿論、先ほどインターフォンに出てくれた母親もいるのだが。
「ここじゃ話しにくい」
「私が養子だっていう話なら大丈夫ですよ、母も理解してます」
すごい、と城善寺がびっくりしている。
「私は元々隣町で生まれました。そこで本物の親に捨てられました。
 それを拾ってくれたのが今の父と母です。
 それを聞きたかったんですか」
「…じゃあ単刀直入に聞く。君は死人が見えるか」
「死人?」
「死んだ人のことだ」
「見たことはありませんが」
「…そうか」
しにんとの力はこちらには受け継がれなかったのか。
「しかし、不思議なことがあります。
 死人かどうかは分かりませんが、見えることがあります。
 …怪物です」
「怪物?」
「はい、怪物というよりかは、人間の変化した形といったものでしょうか、
 それを見ることはあります。
 神様みたいなものといってもいいかもしれません」
神様が見える?
死人じゃなく?
「時折電車で見かける方がいます。青陵の人間です。
 バッジで分かります。三年生です」
「女子か」
「はい。その方に酷いことを言われたので、なので青陵の人とは喋りたくないのです」
「…誰だろ、電車通学してる女子でそんな性格悪い奴いるか?」
城善寺が首を傾げる。
「髪の毛の長い方です。その方とは車両を変えても必ず毎朝逢うんです。
 そのたびに、嫌味を言われます」
「嫌味?」
「あなたがいればこんなことにはならなかった、と言われます」
「…どういう意味だ?」
「あなたがいればこんなことにはならなかった、と毎日言われます。
 私には意味が分かりません。
 でもその人は他の人には見えていないらしくて、
 だから勝手に怪物と私は認識しています」
「…死人、なのでは?」
もしかしたら、と俺は思う。
たびたび冬至が話していた仲宗根、じゃないのかと。
仲宗根真千。
「その女子は冬服を着ていたか」
「はい、夏でも冬服です。だから他の人に見えていないんだなと分かります。
 彼女は私に何を言いたいのでしょうか。
 私が何かしましたか?
 私は、…要らない子だったと分かってます、
 でも、本来居るべき場所に居たらと思うと、
 それが真意なのではないかと思ってしまうのです」
真瀬奏は、中村忠則と仙崎舞の間に生まれた中村家の人間だ。
つまりは、冬至に居場所を奪われた人間で。
「私は嫌われているんでしょうか」
「違う、話せば長くなるが恐らく、君が本来居たべき場所に、
 違う人間が入り込んだからその女子はそう言っているにすぎない」
「私が本来居たべき場所?」
「養子だと君は自分を知っている。だからこそ言うが」
俺は中村忠則と仙崎舞の名前を出した。
途端、がちゃーんと音がした。
台所にいた彼女の母親が皿を割ったのだろうか。
「先ほどから聞いておりましたがあなたたちなんですか、
 うちの奏はちゃんとした私たちの子です、
 それを詮索するような真似をして、何が言いたいんですか?
 それに、さっきの名前を出すなんて卑怯です!」
「…すみません」
「奏、あなたは部屋に行っていなさい。あとはお母さんが話すから」
「でも」
「奏、大丈夫よ。私たちはあなたの親ですもの。そしてあなたは私たちの子よ。
 養子だとしても、それを受け入れてくれても尚此処に居てくれるあなたが、
 私たちの希望なの。
 だから、ここはお母さんに任せて」
「…はい」
奏が出て行ったところで母親は頭を下げた。
「申し訳ありませんが、帰ってくださいませんか。
 あの子の前で本当の親の名前を出さないで欲しかった。
 あの子は私たちの子です、それ以外の何ものでもありません。
 確かに変わった子です、見えないものが見えることがあると相談されたこともあります。
 でも普通の子なんです、
 可愛い私たちの一人娘です。
 それをどうか、そっとしておいてくれませんか」
人を傷つけることはしてはいかんぞ、結。
昔祖父に言われたことだ。
「こちらこそすみませんでした、でも、伝えて欲しいんです、彼女に。
 確かに養子に出されたという事実は曲げられません。
 でも、それはいろいろと事情があってのことです。
 この世界を守るために、仕方なくのことだったと、
 そう伝えてください」
「結ちゃん?何言ってるんだ」
「俺たちは守られてるんだ、今もずっと。こうなってしまったのは、
 今がこうなってしまったのは、全部この国が悪い。
 でも、そのために犠牲になった人がいる。
 それが彼女で、冬至で」
「…おばさんすみません、すっかり長居してしまって。
 気分を害されたなら申し訳ありません。
 では俺たちはこれで。城善寺、藤原君、帰ろう」

玄関で靴を履いていた時だった。
「待ってください!」
奏が走ってきた。
「その、私の本当の親は、今どこにいるんですか!
 知ってるんですか、あなたがたは知っているんですか!」
「…俺は知らないけど藤原君は知ってそうだね」
「お願いします、父にも母にも聞いても教えてもらえなかった、
 でも、名前を知れて私は嬉しい。
 その、中村さんと仙崎さんて方は今どこに、」
「二人とも、もういない」
俺は言った。
「詳しく言えば君が傷つくことになる。それでも聞きたいか」
「はい」
「じゃあ言う。忠則さんは亡くなった。舞さんは今刑務所の中だ」
「刑務所…」
「それともうひとつ」
彼女は目が黒かった。
「君には母親違いの兄弟がいる。誕生日はいつだ」
「12月22日です」
「恐らく、君が居るべき場所だったところに入り込んだ人間の味方をしているだけだ、
 その電車の女子は。
 だから彼女に伝えてくれ。
 俺に直接逢いに来いと伝えてくれ。
 それから、君はここで倖せに暮らしていけばいいと思う。
 あのお母さんは君を本気で愛している。
 だから、それを信じて欲しい」
「…分かりました、伝えます。
 ありがとうございました、青陵の人でも、いい人はいるんですね、長野先輩」
「そりゃいるよお、この城善寺なんか俺より頭いいんだぜ」
「嘘」
「いっつもいっつも全国模試で負けるいいライバルだよ。
 この前は30点差、つけられて悔しかったぜ」
「はは、俺をなめんな。じゃあな、元旦から悪かった」
「それじゃあ」
仲宗根と話がしたい。
柳瀬橋は一度だけ仲宗根真千を見たことがあるらしい。
それもうやむやなんだろうけれど。

仲宗根真千と藤原結

「おい」
声がする。
冬至じゃない声だ。
「私と直で話がしたいんだそうだな、だから夢の中に入り込ませてもらった」
「…仲宗根、真千か」
「一応先輩なんだがな」
「真瀬奏に嫌味を言っているそうだな、毎朝」
「私はあくまで冬至君の味方だからな。同じはざまととして生まれた以上、
 味方になるのは仕方なかろう」
これは、夢なのか?
周りがぼんやりしている。
「ああ、私の姿が見えないか。あの柳瀬橋にも見えなかったしな。
 仕方ない」
冬服のボレロを脱いだ瞬間、俺の目の前に髪の長い女子が現れた。
初めて見る顔だ。
「それはそうだ、今まで冬至君にしか見えていなかったからな」
「どうして冬服を」
「通年冬服生徒と七不思議にあるだろう。知らなくてもいいが」
「知りません」
七不思議?
「彼には、冬至君には七不思議の話をしたことがある。
 それに、この時代じゃないあの時代で、かつての時代で彼に遭遇したこともある。
 7月のことだ。
 君が修学旅行で北海道に行った時の話だ」
「…いろんな時代に飛ばされたやつか」
「あの時のことは感謝している。私でも笠井でも冬至君を戻せなかったからな。
 でも君の電話一本でこの時代に帰って来れたそうだ。
 焦ったよ、まさか未来から未来のはざまとが来るとはな。
 しかしもう、還ったようだな」
「…9月に」
「私は止めたのだよ、お前を残していくのは駄目だと何度も説得した。
 でもこんな命惜しくないと言われた時、私は恐ろしかった。
 それほど、あの子は悩んでいた。
 そして決意していたようだ。
 君はあの子の身に起きた悲惨さを知っているだろう。
 母親に見捨てられ、死のうとしたことがある。
 しかもその母親に殺されそうにもなった。
 だからもうそっとしておいてあげてくれないか。
 あの子の悩みを解決できるのはあの子自身で、他の誰でもない。
 私でも無理なんだ。
 同じはざまととしても、あの子のつらさを理解してやれなかった。
 そもそも理解する力がなかったのだよ。
 私たちは国の言うがままに戦い、古関と笠井と佐々木は永遠の命を手に入れ、
 私は力のせいで先に死んでしまった。
 まさかはざまとが復活するとは思っていなかった。
 私だけでよかったはずなんだ、はざまとというのは、もはや宿命でね、
 自分では選べない状況だ。
 しかもどんどん成長する。
 今もあの子ははざまで成長を続けているよ。
 今に君の記憶すら操作できるようにもなるだろう。
 そうすればまた君からあの子の存在は消える。
 それを願っている。
 だからもう、あの子を解放してやってくれないか」

あなたは我儘を言わない子ですね、でもたまにはいいのですよ、我儘を言っても。
泣いてもいいのです、
そして笑うことを覚えなさい。
いつか出逢う大切な人のために。
不器用を克服なさい。
そうしないと、外には出られませんよ。

祖母の言葉がよみがえる。

「…嫌です」
「…嫌とは?」
「俺は確かに不器用で、何もできなくて、泣くことも笑うことも知らなくて、
 ただ料理と裁縫だけを仕込まれて、
 いつか出て行くであろう外の世界のためにと、
 ここでたくさんたくさん学習をした。
 祖母にそれを教わり、祖父に励まされ、父と母になかなか逢えない中で、
 毎日のようにやってくる幼馴染の話が全てだった。
 でも、それを変えてくれたのは祖母でも祖父でも父でも母でも幼馴染でもない、
 冬至だった。
 最初は泣かせてしまったけれど、俺は冬至を守れた自分が誇らしかった。
 それが原因で悩ませてしまったことは謝りたい。
 それに、俺が跡取りのこの家をつぶしたくないという気持ちは、
 聞かなくても知っていた。
 分かっていたのに、それを安心させてやれるようなことを俺は言えなかった。
 言ってやれなかった。
 だからやり直したい、
 出逢いから全部やり直したい。
 俺を変えてくれた冬至に逢いたい、逢って謝りたい。
 それから他に覚えた料理も食べてもらいたい。
 笑顔の練習もしてるけど、料理の研究もしている。
 夏服のほつれもちゃんと直しておいたし、クリーニングにも出した。
 もっともっとおいしいものを食べてもらいたい、
 おいしいって言って、笑ってもらいたい。
 俺は、今まで冬至の一部だったけれど、冬至の全部になりたい。
 倖せになってくれなんて言わないで欲しかった。
 一緒に倖せになろうと言って欲しかった。
 それができたはずなのに、俺が不器用なせいで、
 冬至を泣かせてばかりで、困らせてばかりで、ふがいなかった。
 今も悔しい、どうしてもっと早くに器用になれなかったのか、
 言葉をもっと伝えてやれなかったのかを。
 思ってるだけじゃ駄目なんだと分かったのが遅すぎた。
 もっと早くに、俺が、冬至を守れていたら、
 逆に守られる立場になんかならないで済んだのに」
悲しいんだ、苦しいんだ、悔しいんだ、つらいんだ、痛いんだ。
冬至がいないと死んでしまいそうになる。
冬至が受けた悲しみやつらさを理解したつもりで、
俺は全然理解していなかった。
分かっているつもりで、得意げになっていたのかもしれない。
でも本当は、葛藤する中で、何度も何度も葛藤する中で、
俺は本気で冬至のことを想っていた。
それだけは伝えたい。
もう二度と逢えないとしても、謝りたい。
祖母に頭を撫でられた時、祖母がこの世界から旅立ったあの瞬間に、
全てを許された気がした。
動けないはずの祖母が、俺の頭を撫でてくれた。
それを冬至が見ていてくれた。
だから、俺は最期に言いたかったんだ。
祖母に言いたかったんだ。
ごめんとしか言えなかった、ありがとうと言いたかった。
泣くことを覚えたあの日、俺は包丁を研ぎながら何度もその言葉を反芻していた。
どうしてごめんなさいとしか言えなかったんだろうと。
ありがとうとどうして言えなかったんだろうと。
そうぐるぐる考えていた時に、冬至が背中を押してくれた気がした。
だから泣けたんだ。
包丁をシンクに落としてしまったけれど、
悔しくて、悲しくて、つらくて、痛くて、苦しかった。
それが、泣くことで一気に晴れた気がした。
それを教えてくれたのが冬至だった。

「笑うことも、泣くことも、怒ることも、みんなみんな冬至が教えてくれた。
 拗ねることも、妬くことも、みんなみんな。
 だから俺は何があっても冬至を忘れたくない。
 好きだから、愛しているから。
 戻ってきてくれるのを期待していたけれど、
 それは無理そうだから、迎えに行こうとも思ったけれど、
 それも無理そうで。
 仲宗根先輩はどうして今もこの世界にいるんですか」
「縛られているのだよ、神人類に」
「でも笠井先輩と佐々木先輩は味方だとか」
「違うんだ、古関を含めての3人が、まだこの時代に存在する限り、
 私は還れないんだ、星に。
 でも笠井と佐々木は普通に大学生になろうとしている。
 古関も今ははざまであの子に守られている。
 あの3人がずっとこのまま永遠に生きていくように、
 きっとあの子も永遠に生きていくだろう。
 その因果に縛られ、私はこの世界から星に還れないのだ」
「それがはざまとの末路ですか」
「そうだ。はざまに戻るという選択肢もある。
 でも私にはまだやるべきことがあるから此処に残っている。
 あの子の願いをかなえるためだ。
 あの子がもっともっと成長したら、きっと私を救ってくれるだろう。
 あの子は世界の平和を願っている。
 だから古関を連れて行ったんだ。
 それと同時に君の倖せも願っている。
 だから分かってやってくれないか、解放してやってくれないか」
「俺が全てを諦めることが、先輩のやるべきことですか」
「そうなるな。あの子のためだ。あの子は私の後輩で、本当に可愛い子だ。
 優しいし、気が利くし、すぐ相手を気遣う癖がある。
 柳瀬橋のために何度も泣いていることを私は知っている。
 他人を先に考えるタイプの人間だ。
 自分をなげうってでも、相手の倖せを優先する子だ。
 だから君の記憶から消えるために、この世界を守るために、
 はざまへ行ったんだ。
 未練がありながら、恐らくこの会話も聞いているだろう。
 はざまととして経験を積んで、世界最強のはざまとになるよ、あの子は。
 そうしたらまさに、神様にもなれる。
 そのためには、君が邪魔なんだ」
どうしたらいいんだろうかとこの3か月以上悩んだ。
逢いたい、好きだから、逢いたい。
でもそれだけじゃ冬至は戻って来てくれない。
「俺がもし、死ねばどうなりますか」
「何を言っているんだ唐突に」
「聞いたことがあります、人は死んだらどこへ行くのか。
 たいていの人は天国に行くと言っていた。
 一部の人間だけはざまに行けるとも。
 俺ははざまに行ける人間ですか」
「いや、おそらく天国の方だな」
「こんな命惜しくないって冬至が言ってたって言ってましたよね、
 俺もこんな命惜しくない。
 冬至がいないなら、生きている意味がない。
 冬至がいるから俺は生きていられるし、生きていたいって思える。
 だったらもう、いい。
 俺は死ぬ」
「いや待て、それではあの子の願いが叶わない!」
「今も泣いてしまいそうなんだ、痛いほど好きだから。
 こんな痛み、知りたくなかった。
 退屈な人生で終わってよかったのに、それを無理やり変えたのはあっちじゃないか、
 俺にいろんな痛みを与えて、自分だけはざまに逃げて、
 それを許せと先輩は言うんですか?
 だったら俺にも選ぶ権利はある。
 今すぐ死んでやる、だったらもう何もなくなる。
 苦しくなくなる。
 こんな苦しさ、知りたくなかった。
 不器用なままでよかったのに、勝手にここまで俺を変えて、
 それで放置して逃げるなんて、卑怯だ」
何だかムカムカしてきた。
「もういい、こんな世界要らない。冬至のいない世界なんか、要らない」
「待てと言っている!それじゃああの子が報われないじゃないか!
 君を守るために泣く泣く行ったんだぞ、
 それなのに君が死んだら、」
「先輩は今も冬至に逢えますか?」
「ああ、逢えるが」
「じゃあ伝えてくれますか。
 今から言うこと全部、きちっと伝えてもらえますか」
「分かった、言ってくれ」

藤原結の決意Ⅱ

「冬至君!頼む!来てくれないか!聞いているんだろう!?
 分かっている、分かっているんだ、
 そこで聞いているはずだ!早く来い!」

俺はそれをビジョンでもって見ている。
「冬至君…顔が真っ青だよ」
「だ、だ、だって、結ちゃんが、」
「仲宗根が呼んでるんだから行ってこいって、
 ついでに僕も連れてってよ」
「そういう状況じゃない!これはまずい!結ちゃんが自殺未遂しようとしてるんだぞ!」
「だから早く行こう、止めないと」
「分かった、冬馬、掴まれ」
「ほーい」

結ちゃんがカッターナイフを首に当てている。
仲宗根先輩は死んでいるから生きている人には触れられないわけで、
そのナイフを取り上げることができないのだ。
「おおばかもんがー!!!」
俺はそのカッターナイフを取り上げた。
「お前が死んでどうする!しかも何ださっきの伝言は!
 俺を何だと思ってるんだ、もう人間じゃないんだぞ!」
「…冬至」
「俺が何のためにここを出て行ったのか理解してるなら分かるだろう…
 俺は世界を守りたいという名目で、
 結ちゃんを守りたかっただけなんだ、
 それを何だ、俺みたいなことしやがって、
 自分で自分を殺すと天国にも行けなくなるぞ!
 言ったろ!死ぬときに一度だけ逢いに来てやるって、
 よく生きたなって褒めてやるからなって、
 それを忘れたのかこのデクノボー!」
ぎゅうと、抱きつかれる。
すごく、あったかい。
「すごく、冷たい…」
「離れろ!」
「こうでもしないと来てくれないと思ったから、演技した」
「…は?」
俺は目が点になる。
「仲宗根先輩、ありがとうございました」
「いやいや、君の演技力もなかなかだったよ。
 途中から私も楽しくなってしまった」
「むー」
後ろで冬馬が唸っている。
「あのな、藤原君、僕の存在を忘れないで欲しいな」
「えと、…誰?」
「15歳になった先生だよーん」
「は?」
「いつか藤原君とバトルしたかったんだよね、冬至君を奪い合うっていう」
「は?」
冬馬、今それは関係ないから。
俺ははあ、とため息を吐いた。
「つまりは、俺をだましたんだな?」
「うん」
「そこまで器用になったんだな」
「誰のせいだと思ってる、冬至のせいだ」
「じゃあ私は戻る。あとは三人で何とかしてくれ。
 色恋沙汰は苦手なんだ、私は」
仲宗根先輩がすうっと消えてしまった。
「冬至、逢いたかった」
「ちょ、ちょ、待て!」
何故に俺は押し倒されているんだ!
「最後にしたのが8月末だから…」
「おい、冬馬がいるんだからヤメロ!」
「5か月分たまってるんだ、抱かせてくれ」
「くそ、離せ!冬馬!お前、今なら使えるから時間止めろ!」
「おっけー」
時間が止まる。
「ふう…なんつうか、すげえ修羅場になっちまったよ…」
俺はベッドから降りて止まっている結ちゃんを見る。
久々に見るけど、やっぱ綺麗だなあ。
「しかし藤原君も男だね、5か月分だってさ。はは」
「笑い事じゃねえよ。ったく、冬馬連れてきて助かった」
「でもすごく嬉しそうだったな、藤原君。やっぱ冬至君が好きなんだね」
「駄目なもんは駄目なんだよ。つーか演技って…お前は演劇部か!」
「で、いつまで時間止めとくの」
「俺がちょいと魔法を使うまでだ。間違いなく、今度こそ、
 こいつから俺の記憶を消す」
「できるの?」
「もはや神だぞ神!できないことはない」
くらえ、と俺はデコピンをかませる。
「1回じゃ駄目かも、3回しとくか」


あれ、と俺はおでこの痛さに気が付く。
此処は俺の部屋で、さっきまで誰かがいたような。
「…痛い」
すごく痛い。
おでこが。

電車に乗る

がたこん、がたこん。
俺と冬馬は電車に乗っています。

「前にな、夏休みの初日に、結ちゃんと海に行ったんだ。
 そこで日暮れまで海見てたんだよ。綺麗だったんだ」
「え、僕も見たい」
「海見たことないのか」
「ないない。ああでも、敵はみんな海の上から来てたんだっけか…」
「じゃあ見にいくか、海」
「うん、見に行こうぜ」

でも昨日の演技には負けた。
まさか自殺する演技なんか、するとは思わなかったよ。
「なあ冬馬」
「うん?」
「敵を殺してたんだろ、時間を止めて、そんで佐々木風馬が砲撃して」
「そうそう。風馬はすごかったよ、目がいいからね、
 どこに隠れても敵を見つけられるんだ。
 だからそれを僕が止めてって感じで。
 でも力的には一番上は僕だったんだよ」
「そうだよな、時間を止めるってすげえよ」
「でも最初は戸惑ったよ。人を殺すんだ。風馬が狙撃するたびに血が飛び散って、
 それを見ていられなかった。
 でもだんだんマヒしてくんだよな。感覚が。
 こいつらを何とかしないとって思うと、もう普通になってた。
 人を殺すのなんてすげえ簡単だ。
 でも自殺はよくないな」
「俺は死のうとしたことがある。でもあの時死なないで良かった。
 冬の海は寒いけど、また海を見られるなら、思い出作りになるしな」
「それは僕とでいいのか」
「いいんだよ。俺はもう諦めた」
「ふうん」
結ちゃんの考えていたことは昨日の台詞で分かった。
でも、こんな命惜しくないと言われた時は悲しくなった。
あんなに愛されているのに、どうしてと思った。
おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、
職人さんも、そして、
一ノ瀬先輩も、天野先輩も、城善寺先輩もいるのに、
何でって。
「あそこまで愛されてるの分かってるのに諦めるって、
 僕にはできない決意だなあ」
「俺も半分やけになってるとこもあるけど、
 でも、それだけなんだ。
 俺に謝りたいっていうのは分かったし、
 それだけで充分なんだよ。
 だからいいの、俺はいない方がいいんだから」
「そればっかだな。それ、お父さんとお母さんにも言えるか?」
「…父さんと、お母さんに?」
「いない方がいい存在だって、言えるのかよ」
「い、言えない」
「じゃあそう軽々しく言うなよ。
 それに分かったんだ僕は。
 僕は藤原君に勝てないよ。
 あそこまで君を想うことができそうにない。
 せめてさ、時間を戻さないか」
「戻す?」
「うん、実は僕も見たかったんだ。後夜祭の、ラストダンス。
 藤原君と冬至君が踊るとこ」
「会長は城善寺先輩と踊った?」
「踊ったよ。それに誠は大河君と、
 柳瀬橋君は橘君と、猪瀬は天野とね。
 でもその中心で一番輝くはずだったのは君たちだった。
 だから天野も企画したんだろう。
 天野言ってたからね、青春をしたいって。
 そういうのを感じて欲しいって。
 その中心にあのラストダンスがあったんだよ」
戻すったって、おかしくなっちゃうじゃないか。
時間軸は間違いなく進んでいるんだ。
時間は進む。
はざまは進まないけど。
「だから近藤は午後三時までって言ってたのか…
 俺と結ちゃんが踊るのを見たかったんか」
「それは全校生徒の願いだったはずだよ。
 あの瞬間に、あの時に、一番輝いていたのは間違いなく藤原君だし、
 それをそうさせたのは冬至君じゃないか。
 間違いなく、主役だったんだ。
 だから生徒会で天野が企画提案した時に、みんなそれを想像して、
 悩んだんだよ」
電車は進む。
はざまを出ると俺は寒くて仕方がない。
なので、すごく温かいダウンを着ている。
これは、父さんのおさがりだけど。
「見たかったなあ、二人のダンス」
「それってどうやるの」
「最初に、踊ってくれますかって聞くんだ。どっちかがね。
 それで、相手がオッケーしたら踊れる、
 駄目だったら別の人探す、みたいな」
「俺が結ちゃんに言うの?踊ってくれますかって」
「いや逆だね、恐らくは藤原君が言うべき方だよ。
 おまけにね、こう、相手の手を取って」
冬馬が俺の手を取る。
「踊ってくれますか」
そのうえでいきなりちゅーされてしまった。
「ば、ばか」
「これが本当のやり方なんだよ。それすらも見たかったの」
「…はあ、でも俺踊れないし。社交ダンスみたいな?」
「何でもいいんだよ、手をぎゅっと繋いでぐるぐる回ってればいいだけ。
 体くっつけて、にこにこしながらさ」
「うへえ、俺そういうの苦手」
「でも誰もが見たかったはずだよ。だからさ、時間、戻そうよ」
「俺が?」
「もうできるだろ、はざまに来てからもう随分経つし、
 成長もし続けてる。隣で見てて思うもんな。
 ゆめんとの力もすげえし」
「つか…俺一人で寝る時がないような…」
「いつも僕と寝てるもんね」
「でも父さんもお母さんと寝てるし…はあ、疲れる」
「誰かそのはざまとを癒せる人はいないのかね」
「いるよ、融和者だってさ。お母さんが言ってた。
 だから結ちゃんだけが俺を癒せるんだ」
「じゃあ猶更行かなくちゃ駄目じゃないか。
 冬至君、最近すごく疲れてるもんな。
 お父さんの鍋ラーメンだけじゃ癒されないもんな」
「結ちゃんのお弁当食べたいー…ご飯が食べたい…」
「じゃあ、今日海見ながら考えてよ。
 戻すか、戻さないか。
 もう僕は復讐も考えてないし、誠にも興味ないし。
 戻すってなったら、僕も戻して。
 そして1年生になるのだ!」
「…うん、考えてみる」

疲れているのは確かだ。
融和者と離れちゃ駄目だよってお母さんが言ってたのはこれなのか。
それは俺を守るためだったんだ。
俺を癒してくれるのはいつだって結ちゃんだった。
結ちゃんのご飯や、お弁当が、そして添い寝やスキンシップが、
俺への癒しだったのだと、今やっと分かった。

「わー海だー」
「冬の海はさみいな」
さすがは神人類最強の男、冬の寒さなど感じないらしい。
「泳げる?冬至君」
「今泳いだら俺死ぬわ、間違いなく死ぬわ」
「じゃあここで座って、ちょこっと見てようよ」
「そだな、考えさせてくれ」

あの日は、エッチをした直後だったわけで、
ちょっと下半身がムズムズしてたっけ。
しっかし…結ちゃんのあのでかさと、俺のこのちっちゃさで、
よくもまあエッチができたもんだなあ。
それに、気持ちよかったし。
「…藤原君てさ」
「うん?」
「一途だよね。冬至君に対して。今はまた忘れちゃってるけど」
「何だか知らないけど、目が好きなんだって。
 茶色いんだよ俺の目」
「あー確かに」
「冬馬は赤いのな」
「カラコンつけてないよ。これは神人類のしるしっていうか」
「ふうん」
「でもあそこまで一途に想われたら僕、嬉しいけどな」
「そりゃあ、嬉しいよ」
「逆もしかり?」
「そうだな、俺も結ちゃんしか好きじゃないし。あー、
 何回か聞かれたな。柳瀬橋と俺どっちがいいんだって。
 独占欲丸出しでさ、そんでもってすぐ妬くんだよ」
「…本気だってことじゃないの」
「うん、まあな」
全て投げうってでも、守りたい。
だからこんな命、惜しくない。
だから俺はここで冬馬と一緒に居るのに。
「永遠の命ってさ、何だか寂しいな」
「どうして」
「だって、好きな人は死んじゃうのに、自分は生き残るじゃん?
 冬馬は近藤の他に好きな人いなかったのか」
「うーん…仲宗根と一緒で僕も色恋沙汰は苦手だったしな」
「じゃあ近藤が初恋?」
「初恋だなあ、今思えば。でも初恋は」
「叶わない」
「そうそ。でも例外はあるんだよな。例えば、藤堂君と城善寺君みたいにさ」
「あー」
「柳瀬橋君と橘君もそうだろ?」
「そうかも」
例外はあるもんだよ、と冬馬が呟く。
「僕も、誰かに恋ができるかな」
「できると思うよ」
「したいな、恋愛。藤原君みたいに一途に誰かを想ってみたい。
 そんで、想われてみたい」
「…冬馬」
「青春なんて無縁だったからさ、あの街を守るためだけに生きていたから。
 だからもう一回戻れるなら、ちゃんと誰かと恋がしたい。
 青春したい」
「…」
冬馬が戻りたがってるのは分かってる。
復讐をもう考えてないのも分かる。
何度も夢の中で話したし、冬馬にも共有に似た力を持たせたからだ。
人の痛みに気づける優しい人間になってもらいたかったから。
「…冬馬、ちょっと時間くれ。俺も考えてること、あるんだ」
「ん?」
「藤原家が潰れないで、そんでもって結ちゃんが他の誰かと恋をして、
 そういう時間軸を見たことがある。
 今見たらどう思うか、それを見て、決める」
「…うん」
冬馬が俺の肩に頭を乗せてくる。
まるで、いつかの結ちゃんのように。
「いっぱい考えようよ、それが青春だもん」
「うん」

アーユルヴェーダ伍拾参

アーユルヴェーダ伍拾参

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2022-11-25

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1月1日、元旦
  2. 藤堂家の人々
  3. 城善寺千春と藤原結
  4. 長野将好と藤原結
  5. 真瀬奏
  6. 仲宗根真千と藤原結
  7. 藤原結の決意Ⅱ
  8. 電車に乗る