黄昏

 鵺。わたしの神さまだった。

 本屋さんのひとの、うでをみて、うう、とちいさな声でうめいた。あれはきっと、じぶんで傷つけたのだと、わかるような、無数の切り傷。なにもしらない、本屋さんのひとだけれど、なんとなくかなしかった。けれど、きっと、わたしが、なんとなくかなしかったと思ったことをしったら、このひとは、胸くそ悪いと感じるのかもしれないと想像して、わたしはこわごわと、おつりと、カバーをかけてもらった文庫本をうけとった。白いブラウスのそでからのぞく、細い手首と、ペンで何重も線をひいたような、赤黒い傷痕と、眼鏡越しの、そのひとの、どこをみているのかわからない、虚ろな瞳と。

ゆうがたとくゆうの、ざわめきと、呼吸と、拍動と、車の走行音と、横断歩道の信号が青になったときに流れる音楽と、たくさんの靴がアスファルトを蹴る打撃音と、生と、死と、よくわからない感傷にひたるときの、指先の温度と、コンビニの看板の電気が点く瞬間の微かな気配と。それからほかにも、さまざまなものが、ひとつの生きもののように、いのちあるものとして、うごいている。うごきはじめている。

黄昏

黄昏

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-10-14

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