無辜への欲心

 然り。解っているのです。
 僕に、詩作の能はないのです。であるけれども僕信ずる、詩作とは、一部の天才だけの特権なんかじゃあない。
 すべて魂より一途に迸る素直な歌は詩であって、それに従い闘う者こそ詩人である。詩人とは、職業ではなく、魂の状態と身体のうごきをいうのだ。

 詩人よ。
 ──愛すべき、かよわきひとびとよ。僕の隣人のあなたよ。僕の愛するあなたの「あなた」に伝えているのだ。
 全身全霊でよわくあれ。鎧を脱ぎ、空手空拳で不在の敵へアッパーカット、ジャブ、失墜、ああ失墜の連続、連続の果ての死への同意、されば、全我を賭けて闘うのだ。
 無為で観念的な闘いをうごき抜き、くるしみたい苦しみをくるしみ抜き、堕ちて、堕ちて、堕ちて往くうごきで翳を昇らせるのだ。その翳こそが、あなたの「あなた」である。「あなた」は美しいんだよ。

  1

 優しくなってみたいのです、
 優しくなってみたいのです、
 澄んだ眸で この世を眺め、
 完全無欠に、優しくありたい。

 優しくなりたいのはエゴです、
 無欠の優しさ ありません、
 けれども深みで毀れる息は
 いつも優しくなりたい悲願です。

   蜘蛛の巣に架かる飛蝗さん、
   つまんで助けた気になって、
   蜘蛛が飢えると気がかりで、
   葉っぱを引掻け、その場を去った。…

 優しくなってみたいのです、
 根っから、わたしは優しくなって、
 優しいこころで優しく行為し、
 優しい現象 一途な光で透したいのです。

 なべてのひとに睡る(こころ)
 淋しい優しさを零してる、
 そんなインチキ信じるほどに、
 わたし 人間を信じたいのだ。

   花を摘めない少女があった、
   痛い痛いと叫ぶのだそう、
   わたしは平気でひとを踏むのだ、
   痛い痛いと我憐れみて。

  2

 優しくあってみたいのです、
 優しくあってみたいのです、
 真白のアネモネの花畑、
 淋しく並びてお歌をうたう、

 わたしが書いて、血を流すのは、
 虚ろを剥がして、無化へ墜ち、
 けれどもそれでも毀れる光が、
 優しさ照らすか実証のため。

 わたしは堕ちる、墜落して往く、
 根の清む深みへ、空無へ沈む、
 そこで優しい音響かぬなら、
 生が台無しになってもいい。

    花を摘めない少女があった、
    代わりにわが身を摘まんで抛った、
    そんなきがるな優しさが、
    睡ると信じていたいのです。

   *

 ひとは清んで産み落とされて、
 穢れを着付し生き抜いて、
 剥ぎ落し無辜へもどるのだそう、
 ──真白に産まれ、真白に侍る。

    淋しさを埋める優しさがあった、
    穴満たさんとする淫欲でした、
    扨て 淋しさの歌う優しさありや?
    水晶毀す不在のめざめた、匿名の詩がそれでした。…

無辜への欲心

無辜への欲心

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-18

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