つめたいはこ

 冷蔵庫のなかに、いた、あるせいぶつのなまえを、わたしは忘れました。忘れていいのですと、あのひとは言ったので、わたしは、むりに思い出そうとはしませんでした。(おそらく、海のいきものであったような気がしていますが)(種類としては、わたしたちと同類かと)光の矢が、空から降ってきた日のことは、市立図書館に保管されている映像記録で、いつでも観られるので、あのひとはときどき、あの日のできごとをふりかえっています。わたしが、絵画教室で、デッサンを学んでいるあいだにも、あのひとは、あの日にとらわれたひとびとのひとりとして、光の矢が、街のあらゆるところをつらぬく瞬間を、食い入るように凝視し、そして、忌々しげに、歯噛みします。幾度か舌打ちをして、嗚咽をもらし、映像がおわると、なにかに駆られたように、わたしをもとめます。怒りをぶつけるみたいに。かなしみを昇華するために。かならず、わたしの、左手、薬指に刻まれた、一輪の薔薇に、くちづけをしてから。皮膚から、すこしの肉を、甘く食んで。

 それで、ゆるされたいと、乞うのです。

つめたいはこ

つめたいはこ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-09-11

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