騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第五章 研究者のいがいごと

第十一話の五章です。
計画を進めていく教皇と、計画通りに進む物事に笑うシスター。
その裏で一人の人物が全く想定外の事に巻き込まれた事で加速する神の国騒動。
そんな中に騒動とは無関係な目的で戻ってきたロイドくんたち……
あっちこっちで戦いが始まるお話です。

第五章 研究者のいがいごと

 凄い奴ってのは自然と有名になるものだが、世の中にはまだ誰も知らない凄い奴っていうのがたくさんいて、そういうのを表に引っ張り出すのはこれまた凄い奴で、お前はきっとそういうタイプだ――いきなり女子校に編入させられた時に姉が言っていた言葉をふと思い出す。
 姉に憧れて――というのは誰にも言っていないので、表向きは魔法の技術を学ぶ事ができ、魔法生物などの危険な存在がいる世の中でいざという時の戦闘技術も身につけることができるという理由で騎士の学校に通い始めたところ、自分がかなり珍しい体質だという事が発覚し、それを知った姉によって姉自身が校長を務めるカペラ女学園にやってきてから今日まで、彼は普通なら遭遇しないような相手との戦いをいくつも経験してきた。
 名の知れた騎士や悪党と戦ったが、姉が言ったように今までどこに隠れていたのかと思うような実力者もたくさんいて、今戦っている相手はそういうタイプだと彼――ラクス・テーパーバゲッドは思っていた。
 宗教大国であるアタエルカだが、十二騎士の一人がいたり六大騎士団に並ぶとされる騎士団があったりで、ここにも「凄い奴」は結構いる。だが目の前の白い人物はそれらとは関係がなく、そもそも騎士というわけでもないだろう。だが――

「光よ!」
 初めは一つだったが今では四つある、白い人物の背後に浮いている白い球体の一つから眩い光が放たれ、ラクスたちが反射的に目を閉じた瞬間、すぐ近くで何かが何かにぶつかる音がした。
「主を守る、その忠節は素晴らしいが従う相手を間違えている。正しい場所で正義の為に動く気はないか?」
「ワタシのマスターはマスターデス。」
 バチンッという音がし、少し離れた所に何かが着地する。戻ってきた視界を確認したラクスは、白い人物がさっきいた場所とは違う所に立ち、自分の目の前にアリアが立っているの見て、今の目くらましの中で接近してきた白い人物の攻撃をアリアが防いでくれたのだと理解した。
「助かった。アリアには閃光弾的な攻撃が効かないんだな。」
「光を絞るだけで目を閉じる必要はありませんから。」
 見た目は完全に人間だが実際はロボットであるアリアの性能に助けられ、これが姉のような凄腕の騎士だったなら目を閉じてしまっても気配などで攻撃を防いだりかわしたり、あまつさえ反撃すらやってしまうのだろうと自身の未熟さをひっそりと噛みしめたラクスは、白い人物を改めて見る。
 顔を隠している白い布が視界を遮っているだろうに普通に戦闘行為ができている点については、これまで戦ってきた相手の中に奇妙な格好でもかなり強い者がそこそこいたのでラクスは気にならなくなっている。
 ただ、そんな格好から繰り出される光の攻撃と鋭い体術からとある騎士学校の生徒会長でプリムラがライバル視している第三系統の光の魔法の使い手が連想され、この白い人物が騎士として世に出ていたならば、間違いなく凄腕として名の知れる強者の一人となっていたと思われる。
 アタエルカで一番の強さを持つという第五地区の聖騎士隊以外にも本職の騎士に匹敵するような人物がいるという事に、ラクスはため息をついた。
「やれやれ……正義の宗教――だっけか? そっちには悪を滅する為の戦闘部隊でもあるのか?」
「世の悪の大半が暴力を伴う以上、正義を示す為には力が必要。それを担うのが我ら執行人――俗な呼び方をするな!」
 四つの光の球体、その内の二つから光線が放たれる。それを左右に散開して回避したラクスたちは、そのまま白い人物を挟み込むように走り出す。
「呼び方はともかく正義の部隊なんだろ!? 確かに第五地区のレガリアは俺らが運んでるが、なんかそっちと話がかみ合ってない気がするぞ! 正義の味方ならまずは話し合いから――」
「既に答えは出ている!」
 自分を挟み込むように迫るラクスたちに対し、右側のリテリア、アリアの方へ光の球体を二つ飛ばし、左側のラクスとヒメユリに残りの球体と自身が向かう白い人物。リテリアたちの方へ向かった球体が閃光と共にそのエネルギーを破裂させて爆風を起こし、二人を吹き飛ばすと同時に追い風となって白い人物を瞬く間にラクスの懐に入らせる。
「――!!」
 急激な加速で肉薄した白い人物へ反射的に六刀を振り下ろしたラクスだったが――
「ラクスくん! こっち!」
 青い刃が幻を斬るように白い人物をすり抜けると同時にヒメユリの叫びが聞こえ、後ろを向いたラクスは水の壁で白い人物の光の拳を防ぐヒメユリの姿を見た。
「この水は――」
「えいっ!」
 何かに驚いたような声をもらした白い人物は、ヒメユリの腕の動きに連動する水の壁に片腕を沈めたまま振り回され、そのままドパンッと破裂した水の勢いに弾き飛ばされた。
「ナイスだぜ、ヒメユリ! というかよく気づいたな、背後に来てるって。」
「背後っていうか……背中を守るくらいしかできないからそっちを向いてただけなんだけどね。知っての通り、あたしはサポート専門だから。」
 そう言ってえへへと笑うヒメユリを、これまでの修羅場を経て大きな信頼を寄せているラクスは心強く思い、白い人物へと向き直る。爆風で飛ばされた二人も体勢を立て直して背後に立つが、白い人物は今しがた水に止められた拳をグーパーさせていた。
「まるでゴムの塊に打ち込んだかのような感覚。第七系統の水の魔法において、水を水に保ったまま粘度を操る事はかなり難しい事だと聞く。あの女の手の者らしい強さだな。」
「らしい強さ?」
 模擬戦をしてきた聖騎士たちを思い浮かべながらそう呟いたラクスに、白い人物は何でもないようにこう言った。

「お前のそれとは違う強さ、という事だ。」

 不意に出てきたその言葉が、ここ最近自分の未熟さを痛感していたラクスに突き刺さる。
「……やれやれ、今一番気になってる事を言ってくれる……解説をお願いしてもいいか?」
「……よかろう、改めようとする事は正義だ。」
 先ほど破裂したはずの球体を含め、四つの光の球体を背後に戻し、白い人物は腕を組む。
「私は騎士ではないから詳しくは知らんが、お前が使っている武器が強力なモノだという事はわかる。恐らく相当な切れ味を有しているだろう事も。だがお前の強さとは即ちそれであり、お前自身は大した事がない。」
「……容赦なく言うなぁおい……」
「その者の強さとはその者が有する要素の合計。技術と経験に加え、良い武器や特異な能力――それらを総合した結果、お前は「かなり強い」域に達してはいるが割合としては武器が大半、言うなれば武器がお前を装備しているような状態……確かに合計はお前たちの中で一番かもしれないが、ある程度の実力を持った者であれば最も警戒しない相手がお前だろう。私が、そうであるように。」
「俺は警戒する……必要がないってか……」
「小さな短剣を手にしたプロの暗殺者と大砲の横に座る赤ん坊、どちらを警戒するのかなど明白だろう。様々な技を持ち、攻守の引き出しの多い者とやる事の分かり切っているただの力持ちと言ってもいい。何なら試してみるか?」
 腕組みをしていた白い人物は、スゥッと格闘家のような構えを取る。
「その強力な六刀は、天使を呼び出している事で魔法を全力で使えていない私にすら届かない。その事実を理解し、大人しくレガリアを渡すといいだろう。」
「……」
 未熟な技術、足りない経験。ベルナークの剣を除けば時間魔法と強化魔法が使えるだけの自分。そんなことはお構いなしに様々な要因で降りかかる災難、仲間の危機――死の危険。
 特別な力はないが高度な技術を持った者たちとの連戦連敗――ラクスの中で今、白い人物がそういう者たちの象徴となった。
「……行くぞっ!」
 半分八つ当たり気味に、自分はそうではないと最後の望みをかけるように、六刀の一本をその場で振って空間を切断、位置魔法のように一瞬で白い人物の斜め後ろへと移動し、三本の右腕から全力の横三閃を放つ。そのまま行けば白い人物は四つにぶつ切りにされていたが――
「!?」
 時間にすれば刹那のその一瞬、二つの光の球体が三本の刀の内の上の二本――一番上の刃を上方向に、真ん中の刃を下方向に弾き、そうして出来たスペースに白い人物は身体を滑り込ませた。
 さも当然のように披露された凄まじい技術に思考が止まったラクスの腹部に、着地と同時に構えをとった白い人物の光をまとった拳が突き刺さる。
「が――」
 リテリアとアリアの時と同じように光が破裂し、ラクスは数メートル吹き飛ばされる。強化魔法で身体の強度を上げていたとは言え強烈な一撃に顔を歪ませながらも六刀を地面に突き刺して辛くも着地したラクスは、白い人物の追撃を警戒して顔を上げた瞬間、自分を挟むように二つの光の球体が左右に浮いている事に気がついた。
「――!」
 気づくと同時にそれらは閃光を放ち、ラクスの視界が真っ白になる。さっきも使っていた目くらましの一撃、今度はまともに、しかも至近距離で受けてしまったラクスは視界が戻るまでにかなり時間がかかる事――即ち今の自分が隙だらけである事を認識し、六本の腕を振り回し始めた。
 泣きじゃくる子供が腕を振り回すような動きではあったが、空間を斬る故にラクスの身体は連続で『テレポート』を行っているかのように白い人物の周りを高速移動する。
「……」
 だがそんな光景に白い人物は特に動じず、自分の周囲に光の球体を戻してゆったりと佇む。そしてラクスの視界が戻り、滅茶苦茶に移動した為に自分と白い人物の位置を確認しようと目を開いた瞬間、白い人物はラクスの目の前にいた。
「な――」
 今の自分の連続移動について来たのか、それとも何か隙があったのか、どうしてそうなったのかわからないまま、ラクスは白い人物の鋭いかかと落としを肩に受け、地面へと叩きつけられた。
「ラクス!」
 ラクスのもとへ駆け寄ろうとしたリテリアたちだったが、白い人物が光の球体を彼女たちの正面に移動させてそれを制す。
「何かを知る為か改める為か、いずれにせよ決意を見たからこそ手を出さなかったのだろう? この男の正義の機会、最後まで見届けることだ。」
 何かを言おうにも言い返せない言葉にグッと足を止めたリテリアたちから足元のラクスへと、白い人物が視線を戻す。
「視界が戻るまで時間を稼ぐ……それ自体はまぁ良いが、ランダムに逃げ過ぎたな。」
 そしてこれで決着と言わんばかりに、何の警戒もなくしゃがみ込んだ。
「あれだけ滅茶苦茶に動いたのだ、視界が戻った時、お前は自分と私の位置関係を把握する必要がある。意思も意図もなく繰り返されていた行動の中に不意に浮かび上がるお前の意識――あまりに目立つ。腕の立つ者……そう、褒めるようで癪だが聖騎士連中であれば視界が戻ってもそれを悟らせず、こちらが動きを追えていないところを利用してチャンスを伺うだろう。それがお前にない……足りない強さだ。」
 完敗。今の今まで負け知らずというわけではないし、プリムラのような自分の上を行く実力者はカペラ女学園にもまだまだいる。だがそれは現段階では仕方がなく、これからの成長でいずれ到達する領域だと考えていた。
 だが今のラクスにとってはそれが、自身が未熟であるという点が、痛感した弱さが、降りかかる危機に対して致命的になりつつある。
 姉の手によってカペラ女学園に編入してから始まった、騎士を目指す学生でも普通は遭遇しないような事態が起きる日々。それは名立たる凄腕の騎士の一人である『豪槍』の弟である事、ベルナークの剣を持っている事、魔眼を持っている事、イクシードという珍しい体質である事など、様々なモノが原因となってはいるものの、そういう星の下に生まれたと表現しても過言ではない状態が変えようのない事実。否応にも、それは周囲を巻き込んできた。
 ほんの少し前、田舎者の青年が『奴隷公』との戦いにて師匠である十二騎士から言われたことと同じことがラクスにも当てはまり、そしてラクスの場合はその状況の危険度が非常に高い。少なくとも、ついこの間そういう事が起きた。
 結果としてケガ一つなく終わったが間違いなく「死」が目前にまで迫っていた『ベクター』との一戦、それに匹敵する事態が今後もやってくる可能性に、ラクスは恐怖する。

 足りない事は理解できているが、不足分を埋める時間がない。
 今すぐに、目の前の格上を打倒できる力が欲しい。
 大切な人たちを、巻き込んでしまう大事なモノを守る為に、知識、経験、技術――強くなるための全てが――!

「しかし妙だな。あの女はレガリアの運搬を何故お前たちのような者に任せたのだ? いや、そもそも何故国外に……く、なんだこのしっくりこない感覚は――」
 ラクスを見下ろしながら少し前にも覚えた違和感に頭を抱えた白い人物は、不意に自分の背後に何者かが立ったことに気がついて流れるような体術でその場から距離をとり、そしてそれが誰かを確認して少し驚いた。
「なんだ、まだそんな魔法を隠していたのか。」
 白い人物からすればそんな感想が出る光景だったが、であれば驚かないはずのリテリアたちが目を丸くしている事に白い人物は眉をひそめる。
 それは、背後に六本腕の青い巨人の像を浮かび上がらせて六刀を構える者――ラクスだった。
「な……」
 白い人物が急に離れ、場に奇妙な空気が流れた事に顔を上げたラクスもまた、その光景に驚愕する。鏡を見るのとは根本的に異なる、完全なもう一人の自分がそこに立っている――そんな意味の分からない状況を、しかしラクスの頭は何故か納得し、理解した。
「これ、は……まさか……」
 急激に冴えわたっていく頭の中。数秒前の自分には間違いなく無かった「モノ」が当たり前に定着していく感覚。戸惑いながらも立ち上がったラクスは、もう一人の自分を自身の身体のように動かし――二人のラクスは白い人物の方を向いた。
「いかに数の魔法と言えどその強力な刀はコピーできないだろうし、本物との区別もハッキリしている。要はそれをどう使うかだが、果たしてその技術がお前にあるのか?」
 既にラクスの実力は測り終えたとばかりに余裕のある姿勢で構えた白い人物を、直後二人のラクスが左右から挟み込む。
「――!?」
 この戦闘の中でラクスが何度も行っている、空間を斬る事で行う『テレポート』なのだが、白い人物はその移動に反応できなかった。そして繰り出される合計十二刀の斬撃に、明らかな焦りを見せながら光の球体と自身の拳で対応する。
「――っ、い、一体なんだ、突然!」
 閃光による目くらましを起こして二人のラクスから距離をとった白い人物だったが、着地した先には既に片方のラクスが移動しており、六刀による攻撃を繰り出してくる。傍から見れば先ほどまでのラクスの攻撃と大差ないのだが、やはり白い人物からは今までにない必死さがにじみ出る。
「ど、どうなってんのよあれ……なんでラクスが数の魔法を使ってんのよ……」
 一変した戦局にポカンとするリテリアの横で、アリアはその高性能な眼でラクスの動きを捉え、そして気がづいた。
「数の魔法を使った事よりもマスターの動きの変化の方が変デス。」
「ラクスくんの動きが変……? いつもとそんなに変わってない気がするけど……」
 首を傾げるヒメユリに、アリアは淡々と説明する。
「大きく変化しているわけではありません。とても小さくて細かい所――攻撃で狙う場所、タイミング、角度が少しだけ変わり、脚のステップや手のスナップにいくつものフェイントが混ざっています。まるで学園長様のような、洗練された達人の動きデス。」
「いきなり数の魔法を使えるようになった上に体術の達人になったってわけ? 一体全体何が起きてるのよ……」
 クラスメイトが困惑する中、当のラクスは驚きと興奮と共に攻撃を繰り出していた。
 ほんの少しのわずかな差異。六本の腕を振り回して六刀で斬りつけるという点は同じだが、今のラクスには歴戦の猛者のような直感がそこに加わっている。この体勢ならばこの場所。あの向きならばあの速さ。今までの自分にはなかった戦いの方程式のようなモノが自然と解を出し、それに沿うだけで白い人物の動きが悪くなる。
 更に、二つの身体で二つの視点を持っているからなのか、さっきまでの戦いでは充分に発揮する事が出来なかったラクスが持つ魔眼――経験則による未来予知を可能とするマーカサイトを発動する為に必要な「経験の蓄積」が普段の数倍の早さで進んでいく。戦いの中で急に成長――いや、完成した戦闘技術が白い人物を追い詰めていく中、遂にマーカサイトがその力を起動させる。
「――!?」
 行動を予測するというような域を遥かに超えた、こちらの次の動きが完全にわかっていなければ繰り出せないような誘いを受け、百パーセント無防備な状態となった白い人物に、二人のラクスの左右からの三刀――の峰打ちが振り下ろされた。
「がはっ!」
 顔を隠している白い布を内側から赤く染め、白い人物はその一撃で気を失った。
 同時に、少し離れた所にいた天使がその姿を幻のように消滅させた。
『んん?』
 天使の相手をしていた黒い球体が、急にいなくなった対戦相手からラクスの方へと身体を向ける。
『ふむ、子供相手に敗北とは執行人もたかが知れるな。だが面倒な相手がいなくなったのは良い事だ。これでレガリアは我ら第二地区のモノとなる。』
 ヒュルルルと独特な音を響かせて近づいてくる異形を前に、ラクスはとても落ち着いていた。一、二分前の自分であればこんな相手とどうやって戦えばいいのやらと考えていただろうが、今は微塵の焦りもない。
 もはや、負ける気がしない。


「これはこれは……なるほど、こういうカラクリでベルナークの力を。」
 ツカツカと歩きながら独り言を漏らしたのは第五地区の教皇、フラール。その後ろを歩く三メートルほどの体躯を持つ聖騎士もまた、腕組みをして興味深そうに頷く。
「かなり強引ですが、この方法ならば確かに。この力が加われば聖騎士隊は更に強くなりましょう。」
「そうですね。ラクスさんの様子からして繋げられる可能性はかなり高かったので導く事ができたのは嬉しいですが、状況が状況、こんな悪党のような事をしてしまったことがあとに影響しなければ良いのですが。」
 廊下を歩き進んだ二人はある部屋の前で止まり、フラールが独特なリズムのノックをするとどこからともなく「ガチャリ」という音がし、ドアがひとりでに開いた。
 特におかしなところはない普通の客室という感じの部屋で、ベッドの上では一人の少女が眠っていた。それはこのタイミングでこの場所にいるはずのない人物、本来であればレガリアの運搬を頼んだラクスたちと一緒にいる少女――ラクスのクラスメイトの一人のユズだった。
「ラクスさんと親しい方々の中では精神的に最も幼いこの子を足掛かりとし、ヘルムを介した強制的な接続を安定させる……と、いくら理由を述べてもただの誘拐ですからね。この罪悪感も試練というところでしょうか。」
「だいぶ離れましたし、恐らくレガリアの効力は切れているでしょう。辻褄が合わない事と、何より彼女がいない事に気づいて彼らは戻ってきますが……この様子ですとタイミングが早くありませんか? これでは《オクトウバ》が……」
「心配ありませんよ。何せ第八地区の美人さんがいますからね。もうしばらく戦闘は続きます。さぁ、あちらが頑張っている間にこちらの用事を済ませてしまいましょう。」
 ユズの眠る部屋を後にし、更に廊下を進んで到着した大きな扉を押し開き、昨日この部屋に入った時と同様に部屋の中にいた十一人へにこやかな顔を向ける。
「お待たせしましたね。自覚があろうとなかろうと、皆さんを鍵として成立している『聖剣』の封印、提出していただいた各地区歴代のリーダーが残した雑多かつ膨大な記録を精査して――いえ、してもらって、無事に解除の方法がわかりました。こんなに難解だとは思いませんでしたから丸一日皆さんをこの部屋に閉じ込めてしまいましたが、もう少しで自由の身ですよ。」
 昨日顔を合わせた時は全員が椅子に座っていたのだが、現在は部屋の隅っこに座っていたり寝ていたりしていて、フラールの登場にそれぞれが不機嫌そうな顔を上げた。だがその内の一人の恰幅の良い初老の男――第一地区のトップである大司教はどこか余裕の見える笑みを浮かべてすっと立ち上がった。
「もう少しで、か。既に、の間違いであろう、フラール。」
「おや、何の事でしょうか。」
「私たちに各地区との通信を許可したのは間違いだったな。わかっているのだぞ!」
「? まぁ通信していただきませんとここに閉じ込めている皆さんからそれぞれの地区の方へ資料を運ぶように頼んでもらえませんし。」
「そ、そういう事ではない! それが終わった後もそのままにしたのが間違いだったと言っている!」
 大司教のその言葉に、しかしフラールは一層ほほ笑む。
「そうでしょうかね。それで、何か言いたい事があるのでは?」
「レガリアだ! 既にお前の手元にない事は知っているのだ! 一度安全な場所にでも隠すつもりだったのだろうが残念だったな! 脅す道具がない事を知った私たちがまだ言いなりになるとでも!? そうであろう、お主ら!」
 一発逆転で優位な立場になったと確信する大司教が他の面々に賛同を求める。だが彼らの反応は奇妙なモノで、興味無さそうな顔をしている数人はともかく、大半が目を見開いて驚愕していた。
「……? な、なんだお主らその顔は……」
「ふふふ、外で暴れている三つの地区に加えてこれはまた。彼女の言う通り、各地区に潜り込んでいるとなると相当な大物ですね。説明しましょう、大司教。皆さんが驚いているのは、今あなたが言った事を自分の地区だけが掴んだ秘密の情報だと思っていたからですよ。」
「――!?」
 驚いている者同士が状況をつかめずにただただ見つめ合う光景を前にくすくすと笑いながら、フラールは昨日座った椅子の横に立つ。
「《オクトウバ》と白の騎士団を……まぁ予定と違うところもありましたが無力化し、現状わたくしたち第五地区が最高戦力となっているわけですが、それでも各地区に腕の立つ者がいる事は知っていますからね。その者たちが変なところで邪魔にならないよう、他の目的も含めた陽動に乗ってもらいました。どこかの誰かのスパイ集団には感謝ですね。」
「ス、スパイだと……何を言って……」
「わたくしも詳しくは知りません。そしてレガリアですが、確かに既にわたくしのモノではないのですが、もう少しだけ使わせてもらっています。あなたの言う脅す道具は健在という事ですね。さぁ、封印の解除へ向かいますから、大人しく脅されて下さい。」



「あはは、こんなに予定通りに動くなんて愉快だわ。」
 各地区の代表がとある一室に集まっている頃、第一地区の統率者である大司教の部屋にて、普段彼が座っている椅子に座って両脚を机の上に乗っけているシスター姿の女が一人楽しそうに笑っていた。
「この国で唯一、全部の地区が協力してやってること、レガリア探し。でも全員が血眼ってわけじゃない。その昔大惨事を引き起こして、同じ事が国外で起きたら宗教存続の危機になりかねない――とか言われ続けてうん十年。どの地区も危機感薄れるってもんよね。そんな中でも力を入れ続けてたのが第五地区の女教皇様。しかもレガリアそのものじゃなく、それを利用して『聖剣』を手に入れる為って言うんだからなおグッド。だって『聖剣』はあの人が求めるモノなのだから。」
 足で机を蹴り、椅子をグルグル回転させて独り言――傍から見ればそうにしか見えないおしゃべりを更に続ける。
「どう考えたって『聖剣』の封印にはそれぞれの地区が関わってくるけど、そっちの問題は女教皇に解決させればいい。面倒そうな封印を解除してもらって、後から受け取ればいいのよね。だからあの人はこの国に集まってくるレガリアの情報を操作して真っ先に第五地区に伝わるようにして、女教皇が『聖剣』に辿り着くのを待ち続けた。ま、第五地区は第五地区で似たような情報操作してたみたいだけど、二重ならより確実になるってだけで、どっちのおかげかわからないけど、騎士学校の学生が見つけたって連絡は無事に第五地区に伝わって……ええそうね、確かにイレギュラーも多かったわ。」
 慣性で回転する椅子が止まり、シスター姿の女はぴょんと立ち上がる。
「元々は封印解除の前に第五地区に潜入してたブラウンが一旦レガリアを回収してあの人に届ける予定だった。だってあれだけ強力な精神操作系のマジックアイテムだもの、備えくらいは仕掛けておきたいじゃない。でも女教皇が結構な即断即決で行動を開始したからそんなヒマもなかった。まー、《オクトウバ》と白の騎士団を無力化してくれたわけだし、こうして封印解除の方法も見つけてくれたから結果オーライ。なんかいつの間にか悪魔の王が国内にいたりしたけどあっさりいなくなったし、外に持ち出された――って事になってるっぽいレガリアは全部の地区に情報を広めたから、仮にその情報がデマに見せかけた本物だったとしても回収できる。やっぱりデマだったとして国内にあるならそんなに面倒じゃないわ。結局のところ、『聖剣』が手に入ればあの人の全てが可能となるのだからね。」
 上機嫌にクルクルと踊るシスター姿の女は、鼻歌混じりに誰かに言う。
「というわけで目標達成まであと少し。聖騎士連中とやり合う事にはなるから、全員そのつもりで準備を……あら?」
 踊っていたシスター姿の女は、まるでよく聞こえない電話を耳に押し付けるように手の平で耳を覆う。
「……? ちょっとヴァランタン、声が途切れてるわよ? そこが中心なんだからちゃんとしなさ――」
 そして唐突に切れた電話を見つめるように、耳から離した手の平をまじまじと見た。
「……こんなこと今まで……まさかあの人に何か……」



「やめろおおおおおお!」
 国の外で騎士学校の学生らが戦闘を行い、教皇が他の地区の代表者を集めている頃、第二地区にあるとある建物の地下で、一人の男が絶叫していた。
「お前らクラスの大暴れに耐えられる精密機械なんてこの世にはないんだ! 今すぐやめろ猿共ぉっ!」
 煙と火花があちこちからふき出す中、腰の辺りまで伸びる真っ白な髪を目の前で爆風を受けたかのように滅茶苦茶に乱れさせ、整った顔に鬼気迫る表情を浮かべるジャージ姿の男――S級犯罪者の一人、『フランケン』は部屋の中で戦闘を行う二人に怒声を飛ばす。
「無茶を、おっと――言ってくれるな『フランケン』。ワレとお前とで行った軽い握手とはワケが、違う。完全に殺す気満々な上に血が上った怒髪天状態、ワレも死なないように必死だ。」
 言葉とは裏腹に白衣のポケットに手を入れた状態で、身体を地面からほんの数センチ浮かせてすぃーっと移動している老人――ケバルライは、部屋の隅っこでぐったりとしている中等学生くらいの少女を横目に見る。
「ふぅむ……コルンはあれでも様々なモノを取り込んでそこそこの強さを持っているはず。それがパンチ一発でノックダウンとは――おぉっとと。」
 ほんの少しだけ少女――コルンの方へと注意を向けた瞬間、斜め上から跳び蹴りの姿勢で降ってきた一人の女の攻撃をひょいっとかわし、ケバルライは少し離れた所からその女を興味深そうに眺めた。
「やれやれ、マネするにしては地味な相手を選んだモノだ。ザビクの服装は目立たない事を最優先した故のあれだったらしいからな。お前さんみたいな美人にはもったいな――」
 最後まで言い終わる前に、女がダンッと片足で地面を踏むと同時にケバルライが立っていた床が隆起し、その身体を打ち上げた。
「ぐっ――」
 予想外の攻撃に驚いたケバルライだったが、一瞬で目の前に移動してきた女を視界に捉えた瞬間に表情を険しくさせ、宙を舞っていたその身体は何かに引っ張られるような奇妙な軌道で部屋に置いてあった機械へ突っ込んだ。
 そして、ほんの一瞬前までケバルライの身体があった場所を女の拳が貫き……どういうわけか、その拳から十数メートルは離れていた壁に鋭い斬撃が走る。
「何やら頭がこんがらがるな。ザビクめ、ちょっとくらい情報を残しておけというに。」
「情報弱者が! お前や自分ではその女には勝てない! いわゆる天敵なんだよ、そいつの魔法は!」
「んん? なんだ、この女に詳しいのか? ワレにはザビクが弟子みたいなのがいるとかなんとか言っていたなぁ、くらいの知識しかないぞ。」
「研究者ならそいつの魔法に興味を持て! 協力者であればこの上ない助手になるが、敵にまわるなら最悪――自分らのように魔法の中に理論理屈を組み込んでモノづくりする奴には相性が悪すぎる! それがそいつの魔法、『ゼノ・スプリーム』なんだよ! だからとっとと戦闘を止めて――そうだ、お前が狙われているのだからすぐに殺されてやれ! それで解決――」
「黙ってろ人形!」
 ギャーギャーとわめく『フランケン』へと、およそ片手で持つにはあり得ない大きさの瓦礫を軽々と持ち上げて投げ飛ばす女。『フランケン』の悲鳴と共に更に崩壊する室内には一切興味を抱かず、女はケバルライへと視線を戻した。
「こんなところで会えるとは思わなかったが国が国だからな……神のお導きってやつかもしれねぇなぁ? あの方を見殺しにし、あの頭脳を世界から損失させたてめぇらは死ぬべき……そうだろうハゲジジイ!」
 特徴のない襟付きのシャツにジーパン。髪をオールバックにして眼鏡をかけているその姿は男性的だが、胸の膨らみ――元々無理矢理とめていたボタンが戦闘ではじけ飛んだか、露わになった胸元がこの人物の性別を確かなモノとしている。
 だがそんな、田舎者の青年がいたら鼻血をふいて倒れるかもしれない光景ではあるが鼻の下を伸ばす男はそういないだろう。何故ならその女の表情はまさに鬼の形相。騎士たちから『バーサーカー』と呼ばれるに相応しい怒りの圧力を周囲にばら撒いている。
「あれはあれで良い結末だったと思うが……いやしかしいいのか? ザビクの後継であるならば欲しいだろう、あれが残したマジックアイテム。その在処を聞き出すことはしないのか?」
「腐りかけの脳みそだけ残ってりゃ問題ねぇんだよ低能が!」
「ほう……死体となったワレの頭を覗くわけか。『フランケン』が色々と絶賛していたが、お前の魔法はそういう類というわけか。確かに興味深――」
 あごに手をあててふむふむと頷くケバルライを、左右から飛来した瓦礫が挟み込む。それらが粉々に砕け散った事からどれほどの速度で飛んできたのかが伺えるが、そこにケバルライの姿はなかった。
「たった今脳みそを潰さないと言わなかったか?」
 そんな声が背後から聞こえ、後ろへ首をまわした『バーサーカー』だったがそこには何もなく、いつの間にか『バーサーカー』の正面に立っていたケバルライは老人とは思えないキレで隙だらけの『バーサーカー』へ電撃を帯びた掌底を打ち込んだ。
 瞬間、『バーサーカー』の身体から無数の稲妻が周囲に走り、どれほどの雷撃が『バーサーカー』を貫き、ダメージを与えたのかと思われたが――『バーサーカー』は何事もなかったように首を戻し、目を丸くするケバルライを見下ろした。
「なん――」
 そしてケバルライは何かを言う前に、首から下、腰から上の部分を拳一発で消し飛ばされた。破裂や粉々ではない完全な消滅。初めからそこには何もなかったかのように下半身だけを残してゴロゴロと転がったケバルライの頭。血の一滴も出ていないが衝撃的な光景に、しかし驚きの悲鳴をあげる者はその場になく、頭を踏み潰す為か、一歩前に出た『バーサーカー』は――

「猿がぁっ!」

 その頭を背後から掴まれ、そのまま顔面を部屋の床へと叩きつけられた。
「人の計画をようやくこれからって時に引っ掻き回しやがって! お前こそ死ね!」
 そして『バーサーカー』を掴む手――素手ではなく機械的な外見のそれから閃光が生じ、まるで手の平から膨大なエネルギーを放ったかのように手を中心に爆発が起きた。ゼロ距離でそれを受けた『バーサーカー』は爆発の光に飲み込まれ、そして生じた衝撃は室内を更に粉々に――するかと思われたが見えない壁に阻まれ、爆発の破壊力は『バーサーカー』を中心にした半径数メートルの範囲内でのみその猛威を振るった。
「……! ふざけやがって……」
 当然爆発の影響を受けたはずだが焦げの一つもない『バーサーカー』を叩きつけた人物――十数年先の未来を感じさせるような機械的な、しかしスタイリッシュなボディスーツともアーマーとも言えるモノに身を包んだその者は、自分の手の平の中で爆発をもろに受けたはずなのに自分と同じように無傷で普通に立ち上がろうとする『バーサーカー』の頭を力づくで押さえ込みながら、爆発の範囲外にあったケバルライの頭に視線を移す。
「おい、お前が持ち込んだ厄介事だぞ! 勝手に来た上にこんな珍客連れて来やがって! スプラッターやってないでさっさと片付けろ!」
「はっはっは、ワレがスプラッターならお前は子供に人気のヒーローか何かか? なんだその格好は、カッコイイぞ、『フランケン』。」
 当然のように頭だけでそう答えたケバルライは、ふわりと浮き上がって『フランケン』に押さえつけられている『バーサーカー』を見下ろし、そして何かに気づいたかのように周囲を見回した。
「この電流……ワレと似たような事ができるのか。おい、『フランケン』、どうやらそこら辺の機械が軒並みそやつの支配下に入り始めたぞ。」
「なにっ!?」
 謎のボディスーツ――を装備したらしい『フランケン』は、いつの間にか立ち上がろうとするのをやめて動きを止めている『バーサーカー』をそのまま持ち上げ、再度地面に叩きつけようとしたが、一瞬自由になった脚を使い自分を掴んでいる『フランケン』の腕を蹴りで切断した『バーサーカー』は、後頭部を掴んでいた腕を投げ捨てながら距離を取った。
「愚かな事をしたな、『フランケン』。面白いほどに何も効いていなかったというのに頭を押さえつけられるだけで動けなかったらしいあれを、みすみす逃がしてしまったぞ。」
「うるさい、別に自分は戦闘のプロじゃないんだぞ、知るかそんなもの。あいつの魔法の境界が微妙――ってそんな事どうでもいい! やめろ『バーサーカー』! 自分の苦労が水の泡に――」
「うるっせぇんだよ外野がぁっ! ピーチクわめいてんじゃねぇぞ!!」
 そう怒鳴り散らした『バーサーカー』が両腕を広げると、戦闘の影響で瓦礫と化したはずのモノも含めて室内に設置してあった無数の機械が奇怪な音を響かせて画面を明滅させる。
「!! 待て待てマジでふざけんな! そっちはともかくこっちは――おい! あっちまで動かすな! 何の為の装置か知りもしねぇで――」

「もうてめぇより詳しいんだよ人形野郎っ!」

 そう叫んだ『バーサーカー』が両腕を振り下ろす。すると二人めがけて天井の方から赤い光線が無数に降り注いだ。
「これは少し場所が悪いな。」
 一瞬で床を融解させて真っ黒な穴を開ける光線をかいくぐり、ケバルライはこれまでにない雷のような速度で部屋の隅っこに座り込んでいる少女のもとへ移動した。
「これではライオンが水中でサメに挑むようなモノ、一先ず退散させてもらうぞ。」
「逃がすかあああああぁぁっ!!」
 無数の光線に加えて生き物のように隆起した床、壁、天井が迫るが、次の瞬間ケバルライと抱えられた少女の身体は一瞬の電光と共にその場から姿を消した。
「位置魔法は使えねぇはず――クソッ、あのハゲ、自分の身体を――!!」
 ケバルライが何をしたのかを察したらしい『バーサーカー』は、しかしそのケバルライと全く同じように電光をまとってバチンッとその場から消えた。
 暴れていた二人がいなくなるも、異常な音を響かせる機械にガラガラと崩れる天井や壁のせいで騒がしいままの部屋の中、ガクリと膝をつく『フランケン』はぶるぶるとその身を震わせていた。
「あの女……よりにもよってシステムの中枢を……もうどうなるか予測は――いや……いやいやいや! 混乱は確実、それを利用するしか……どうする、何を使う!?」
 頭を抱えながらしばらく自問自答を繰り返した『フランケン』は、ゆらりと立ち上がると既にヒビだらけとなっている床に拳を叩きこむ。するとその場所に巨大な穴が開き、『フランケン』は下へと落ちて行った。
「万が一とはいえ、あれを動かす羽目になるとは……!」



「この場合、魔法で何をどこまでやっているかという点が重要だ。」
 国全体規模の騒動が起きているけれどそれには目もくれずにオレとパムの故郷の事を聞く為に向かう事となった神の国。思考を操る事ができるマジックアイテム、レガリアの影響で位置魔法が封じられているその場所へ再度入るにあたり、レガリアの力への対策として同行する事になったユーリが、先に聞いておいて欲しいという事で対レガリア講座を開いていた。
「防御魔法でガッチガチに固めて向かうのもありだろうが、それだと使う魔法が強力な為に効果時間が短くなってしまう。だからレガリアの性能を見極め、必要最低限の防御魔法にする事で自由に動ける時間を長くする。」
「えぇっと、その見極めるっていうのが何をどこまでってことなのか? でもどこまでって何のことを言っているんだ? 魔法の範囲か?」
「そうじゃない。レガリアがどのレベルまで現実を捻じ曲げているかって話だ。」
 レガリアや第五地区のフラールさんについてミラちゃんから教わった部屋に集まったオレたちに、ユーリ先生がわかりやすく解説をする。
「知っての通り、魔法とはこの世界にある法則を無視して望んだ事象を起こす技術だ。手の平に火の玉を作り出す時、マナから生成した魔力を用いて火種も温度も無しにそれを実現させる。そこに科学的な法則は一切ない。だがこの火をその辺の草木に近づけてそれを燃やす時、それは純粋な燃焼だ。燃えるに足る温度になったから燃えただけ――つまり、魔法を使って草木を燃やすという行為を今のような手順で行う場合、全てが魔法で行われているのではなく半分は科学というわけだ。」
「んまぁ……そうなるか……」
「ここでレガリアの能力、思考への干渉について考えてみるわけだが、前に私がロイドと彼女らを繋いだのを覚えているか?」
「――!!」

 フェルブランド王国に昔から存在しているというテロ組織、オズマンド。そのメンバーの一人が王族のエリルをさらった事で繰り広げられた一戦。その戦いの中、ユーリがみんなの力を更に引き出す為に……あ、愛の力――を使う為にと、エリルたちに対してオレが思っている事を言葉を介さずにオレの頭からみんなの頭へ直接送り込むというとんでもない出来事があった。結果、みんなはすごい力を発揮して敵を倒したのだが……その後のあれこれは……ああああぁあ……

「わ、忘れるわけないだろが! た、大変だったんだぞ!」
「やん、ロイくんてばボクの裸を忘れるわけないなんて……」
 とろんとした顔になるリリーちゃんを見てお風呂での出来事が脳裏に……!
「ドスケベロイドくんは後でどうにかするとして、そう言えばあの時の魔法はレガリアの能力と似ているところがありそうだな。確か……脳から出ている電波をひろって思考を読み取るとかなんとか……」
「よく覚えているな。そう、心だとか魂だとかがただの電気信号とは言わないが、それらが身体を動かしたり意思を伝えたりするのに電気を使っている事は確かだからな。思考を司る脳内を走る電流、そこから漏れ出る波を捉えて解析し、他の者の脳に伝えやすい形――即ち再度電波の形にして送り込み、電気信号へ変換して脳に理解させる。思考を読み取ったり他人に伝えたりという部分は当然魔法だが、そのやり取りに使っている電気という道は科学。仮にあれと同じ事を魔法のみで行おうとすると、意思疎通の道筋を別に構築しなければならず、魔法の手間が増大する。」
「む、難しい話になったな……えぇっと今その話が出てきたって事はつまり……レガリアの思考への干渉も一部は魔法じゃなくて科学って事なのか?」
「まず間違いない。術者がいるならともかくマジックアイテムだからな。その能力を実行させる為のエネルギーが内部にため込まれたモノであれ周囲のマナから補充しているのであれ、ただの物にそこまで大きな魔力行使は行えない。国を丸ごと覆う範囲での思考干渉を魔法の力のみで実現させるというのはあり得ない。その過程には必ず科学――この世界にある普通の法則があるはずだ。」
「だああ! こういう小難しいのは苦手なんだよ! つまりなんなんだ!」
「落ち着けアレク。要するに思考に干渉してくるなんていう恐ろしいマジックアイテムにも弱点はあるという話だ。」
 頭から煙を出すアレクにざっくりとしたまとめを言うカラード。
「弱点とは的確な表現だな。現実を捻じ曲げて他人の思考へ干渉するというレガリアが使っている魔法を、一から十まで全て防ごうと思ったらかなり大変だが、一般的な法則を利用している部分があるならそこだけを防げば事足りる。簡単に表現するなら……とてつもなく複雑な構造をしている機械を止めようと思ったら、その構造を理解してどうこうするよりも電力を供給しているケーブルを切断する方が楽、という話だ。」
「おお! それならわかるぜ!」
「それに今回の場合、ケーブルにあたる部分を見つけるのも切断するのも私だからな。みんなは何も考えずに歩いてくれればいい。」
「流石ですねユーリ。ついでにロイド様のワタクシへの想いもワタクシの頭へお願いしますね。」
「ミラちゃん!?」
「前にも言ったが吸血鬼と人間では差異が――」
「お願いしますね。では皆さん、一先ずアタエルカの壁の外側へ移動しましょう。」
 ユーリの困った顔をそのままに、空間に黒い穴を開けてそそくさと行ってしまうミラちゃん。オレたち――エリルとローゼルさんとリリーちゃんとティアナとアンジュ、そしてカラードとアレクの我ら『ビックリ箱騎士団』に妹のパムと巻き込まれたユーリを加えた一行はミラちゃんの後に続いて穴をくぐる。今回はフルトさんはいないのだけど――

『女王の護衛としてであればユーリが同行する時点で充分ですし、何よりここ最近ロイド様と夜を過ごす度に力を増大させている姫様をどうこうできる輩はいません。残念ながら別件も入ってしまいましたので、サーベラスさんによろしくお伝えください。』

 ――と言っていて……よ、夜の度にゾウダイ……えぇい、これから絶賛騒動中の所に行くんだぞ、集中するんだオレ……!
「な……ちょっと何よあれ……」
 穴を抜け、神の国の周囲に広がる草原に出たオレたちは国を囲んでいる壁を見上げて目を見開いた。
「あの騎士――っていうか第五地区の教皇とかいうのはレガリアの力でなんかこう……秘密裏に動いてる感じだったじゃない……なんであんな……」
「何か不測の事態でしょうかね。ですが問題はありません。ユーリ、レガリアの影響範囲は見えますね。」
「問題ない。解析を始める。少し待ってくれ。」
 太陽の光から身を守るローブの中から目玉を持った手を伸ばして縦横に動かし始めるユーリ。二人は目の前の光景をまるで気にしていないようだけど、オレたちはかなり驚いていた。何故なら神の国――それを囲む壁の向こう側にいくつもの煙……火の手が上がって――

 ズビャァァッ!

 目の前で起きている事に動揺していると、突然背後で強烈な光が炸裂した。何事かと思って後ろを見ると、真っ黒な壁――たぶんミラちゃんが吸血鬼の能力である「闇」で作った壁があって、どうやらオレたちの方にとんできた何かをミラちゃんが防いだようだ。
「神の国の傍ではいつでも誰かが攻撃を仕掛けてくるのでしょうかね。」
 昨日の《オクトウバ》との一件を言っているのだろうミラちゃんが――後ろも見ずに壁を出したらしく、今ようやく振り返る。黒い壁の向こうに視線を移したオレたちは、遠くの方に変なモノを見つけた。それは真っ黒な球体で……うねうねと腕のようなモノが何本も伸びていて……なんだろう、魔法生物?

「『コンダクター』!?」

 謎の物体の登場に理解が追いつかずにいると、誰かがオレを学院での二つ名で呼ぶ。それは何度か手合わせをさせてもらっている、くるくるとした金髪が特徴的なカペラ女学園の生徒会長――プリムラ・ポリアンサさんだった。
「え、ポリアンサさん……? なんでここに……」
「それはこちらの――」
 と、そこまで言ったところでポリアンサさんの視線がミラちゃんに行き、まるで森の中で突然オオカミと鉢合わせたかのように驚きと恐怖の混ざった表情で数メートル距離を取った。
「……強大な……無視できないレベルの何かが、現れたと思って確認してみれば……な、何者ですか……」
「そちらこそ、ロイド様の何でしょうか?」
 ゾワリと広がる真っ黒な気配。きっと何か誤解をしていると思ったオレはミラちゃんの両肩を掴んだ。
「だ、大丈夫だよミラちゃん! この人は他の騎士学校の先輩なんだ! ここにいる理由はわからないけど敵じゃないよ!」
「あぁ、ロイド様ったら、いきなりそんなガッシリと掴まれては……」
 少し怖い顔から一瞬で頬を赤らめるかわいい顔に――と、とにかくすぅっと引いていく気配にホッとしたが、ポリアンサさんは決死の覚悟にも近い顔でミラちゃんを睨んでいた。
「『コンダクター』の知り合い……ですか? どう考えても人間のレベルでは……」
「え、えぇっとあの、説明するのが大変と言いますか、色々ありましてその……」

「まぁ、これはまた美しいわね。」

 ポリアンサさんに続いて更なる人物が――なんというか、ポリアンサさんのようにパッと現れたというより、ずっとそこにいたけど今初めて気がついたという感じにそこにいた。
「戦っている最中に急にいなくなるから驚いたけれど、わたしがこの美しさに気づけなかったなんて恥ずかしいわ。」
 まるで恋愛マスターのように踊り子さんみたいな服を着た女の人で、ポリアンサさんとは異なり素敵なモノを見つけたかのような眼でミラちゃんを見ていた。
「身体中から愛が溢れているわ。愛するあの人の腕の中にいる今、自分に不可能はないっていう確信が見て取れる。こんな美しい愛はそうそうないわ。あなた自身もそうだけど、これほどの愛を注ぐお相手には興味を抱かずにいられないわね。」
「おや、人間にしてはいい眼ですね。話がわかりそうなので聞きますが、さっきこちらに攻撃をしてきたらしいあの黒いのは何ですか?」
「攻撃? ああ、きっと流れ弾ね、美しくないこと。わたしたち……っていう風に同じ括りにはしたくないけれど、わかりやすく言えばレガリアを持ってる第五地区の面々とレガリアを確保したい他の地区の者が一戦交えているのよ。」
 なんだろう……そう言われて話の内容がだいたい理解できるのはオレたちがある程度事情を知っているからであって、知らない人にそう言っても何も伝わらないだろうに……この踊り子さんはオレたちが知っていると分かった上で話しているような気がする。
 何でもないような雰囲気で何気ない事をしているのにしまわれている爪が見え隠れする感覚……たぶん、この人滅茶苦茶強いぞ。
「? レガリアを持ってる面々というのがそこの金髪の人間や黒いのの近くにいる者らを指しているとするとレガリアは国外という事になりますが……ユーリ?」
「いや、それはない。力は内側から来ている。」
「だそうです。誤情報をつかまされたか、あるいはレガリアの影響を受けているか。しばらくそこに立っていればハッキリしますよ。美しいモノを見極めたその眼に感謝する事です。」
「ふふふ、教えの正しさがまた一つ証明されたみたいね。」
 二人だけで納得してしまった中、ポリアンサさんがおそるおそるオレの横にやってくる。
「全く状況が理解できません。何がどうなっているのですか……ラクスさんもまだ戦っているというのに……『コンダクター』、説明を……!」
 あのポリアンサさんが……デルフさんやマーガレットさんと同等の強さでノクターンモードでようやく勝負になるような人が恐怖を押し殺したような顔をしている。オレはもう慣れてしまったのか、それともさっきみたいな黒い気配を直接向けられた事がない……からか、やっぱりミラちゃんの強さというか存在感は尋常じゃないんだ……
「えぇっとですね……あ、でも……」
 どうにか説明しようとしたのが、ミラちゃんの言ったレガリアの影響というのが引っかかって言葉が詰まる。思考を操るレガリアの力を受けているという意味合いなわけだが、踊り子さんだけに限らずポリアンサさん……と、向こうにいるらしいラクスさんたちもその影響下の可能性がある。だとすると今説明しても……
「……す、すみません。たぶんもう少しで済みますので、その後の方がいいと思います。ちょ、ちょっとだけ待ってて下さい。」
「……?」
 意味が分からないという表情になるポリアンサさん……た、頼むユーリ、早くしてくれ……!



 神の国の中心に降り注ぐ神の光。それを直に受けている場所はコンクリートの床以外は何もなく、魔法の障壁で区切られていて誰も近づけないようになっている。だが年に一度、この神の国の代表――国際連合から指示された暫定的な王を決めるべく各地区の統率者がその場所の地下に作られた一室に集まる。それぞれの信者の数や成し遂げた事を報告、比較して王を決めるのだが、その部屋に今、王を決める時期ではないというのに各地区の統率者が集まった。しかも、部屋の真ん中に置いてあった巨大な円卓をどかして全員が床を見つめている。
「場所はここの真下ですね。レガリアが保管されていた部屋とは微妙にずれているようで、だからこそ『大泥棒』に盗まれる事もなかったのでしょうかね。ではよろしくお願いします。」
「はっ。」
 その中の一人、第五地区の統率者であるフラールの指示を受けた三メートルほどの体躯を持つ騎士が前に出て、その拳を床へと打ち込んだ。そのまま床が砕け散るかと思われたが何も起きず、立ち上がった騎士がスタスタとフラールの後ろに戻ったのを見て他の統率者たちが困惑するが、騎士がカンッと足を鳴らすと床にアートのように美しい亀裂が走り、どういう理屈かわずかな煙も立てずに床はその下の空間へと落ちて行った。
「ワクワクしますね。さぁ、降りますよ。」
 ニコリと笑ったフラールがクイッと手の平を振ると全員の身体がふらりと浮き上がり、床の下へと降りて行った。階段も梯子もない空間を十数メートルほど下り、どうやら微かな光がどこからか入っているようなのだが動き回れるほどではない暗闇にざわつく面々の頭上に周囲を照らす魔法の光がポッと灯ると、悲鳴に近い驚きの声が漏れ出た。
 そこにあったのは神殿や祭壇ではなく、五、六メートルほどの巨大な石像。合計十二体の、何を模しているのかよくわからない像が円形に並んでいる。そしてそれらが囲んでいるのはポツンと地面に突き刺さっている一本の剣。光り輝くでも豪華な装飾がついているわけでもないどこにでもありそうな剣を前に、しかしその場の誰もが息を飲んだ。
「これはこれは……感じますか皆さん。素晴らしいですね。」
 ニコニコとほほ笑むも興奮を隠せずに目を見開くフラール。その剣から漏れ出る気配――戦闘技術を持たない者ですら直感的に理解する危険度。触れてはいけないし抜くなどもってのほか――そう感じた統率者たちは不安の声をあげる。
「ま、待てフラール、これがそう……なのだろう? だ、だめだ、それはだめだ……!」
「そ、そうだぞ……何やらよくわからないが抜いてはならない……絶対にだ!」
「ふふふ、ここまで来て何を今更。さぁ皆さんの立ち位置を説明しますからその通りに――」
「フラール。」
 大半の者が及び腰の中、状況に飲まれずに意思を強く持っている数人の中の一人――集まっている各地区の統率者らの中で最もそれらしくない外見の、どこかの中年オヤジそのものな人物が鋭い声を出す。
「上でも言ったけれど、これを引き抜くのは相当危険な事よ。この国全てを巻き込んで辺りを更地にする可能性もある。あなた、制御する自信はあるのかしら?」
「制御……制御ですか。欲望に従えと謳うあなたからそんな言葉が出てくるとは驚きですね、アディ・プローテ。」
 中年オヤジ――アディにくすくすと微笑みを向けたフラールは、手にした資料と石像を見ながら片手間に質問に答える。
「制御しなければならない、力を抑えなければならない。そうしなければケガをする、事故が起きる、人が死ぬ――何です、それ? そんな風に考えている時点でアウトですよ。使おうとしているそれに使い手が振り回されている証拠です。掃除機に自分が吸い込まれるかもしれないと心配する人はいないでしょう。」
「答えになってないわね。あなたの心の持ちようは聞いてないわ。」
「ですから、制御できなかったらどうしようなどとは考えていないのです。制御できなければそこまで、それだけの事。」
「それだけ……あなたの無謀で大勢が死んでもいいというわけ?」
 各地区の統率者たちを特定の位置に立たせ、最後にアディの前にやってきたフラールは、どうしてそんな事を聞くのか不思議でならないという顔をする。

「まぁ、わたくしが強くなる事に無関係な人であれば別に。」

 深く考える気も起きないような当然の結論。空が青い、水が冷たい、そういうレベルの常識だと言わんばかりにあっさりと答えるフラールに全員が息を飲む。
「……そうまでして……どうしてそんなに強くなりたいのかしら? その強さで何をしようというの?」
「何を? 第五地区の教えを知らないのですか。するべき何かは死後にあり、現世でするべきはただ強くなる、それだけです。だから『聖剣』が欲しいのです。」
「それは、所詮剣の強さであなたのそれではないのではないかしら……?」
「ふふふ、それはどこまでを自分とするかという境界の話ですね。考えは人によりけりですが、わたくしに言わせれば、あなたは自分が歩けるのは脚のおかげであって自分の能力ではないと言うのですか? ほら、あなたの位置はここですよ。」
 アディを誘導し、全員が配置についたのを見て自身も所定の場所に移動する。
「皆さんは立っているだけで大丈夫です。彼女の予測ですと体力の大半が持って行かれるので半日は動けなくなるでしょうが、命に問題はありませんのでご安心を。では。」
 他の面々が何かを言おうとする前にフラールがパンッと手を叩く。すると十二体の石像の前や横に立った統率者たちの胸の辺りが光り輝き、呼応するように石像が光をまとい始める。
「――っ……!」
「ぐ、ああ……」
 同時に全員が苦悶の表情を浮かべ、一人、また一人と膝をつき、その場に倒れ込んでいく。全ての石像が黄金のような輝きを得た頃には数人しか立っていなかった。
「えぇっと……ここでこの呪文ですね。」
 少し辛そうではあるが充分に余裕のあるフラールがぶつぶつと呪文を唱えると、各石像の足元から金色のラインが『聖剣』へと伸び、まるでエネルギーが注がれていくかのように何の変哲もない『聖剣』の表面が光り輝いていき――そして、ガラスが割れるような音が響くと石像や床、『聖剣』を輝かせていた光が全て消えた。
「なんだかんだあなたは強いのですね。どうです、第五地区に入っては。」
 残っていた数人が膝をつき、フラールを残して最後の一人、アディが崩れ落ちながら虚ろな顔で答える。
「冗談じゃ……ないわ……」
 第五地区の教皇を残して全員が倒れ、そんな光景を少し離れた場所で見ていた三メートルほどの体躯を持つ騎士が暗闇から顔を出す。
「これで終わり……なのですか?」
「そのはずです。抜いてみましょう。」
 グルグルと肩を回しながら『聖剣』に近づいたフラールは、その柄を握って――重たいと思っていたモノが意外と軽かった時のように、グッと力を入れたらあっさりと抜けた『聖剣』にキョトンとした。
「……い、いかがですか、教皇様。」
「見た目通りの……普通の剣ですね。少し重たいのであまり腕の良くない職人が作ったのでしょう。ただ……」
 普通の剣ではあるが、長い時間この場所に放置されていたというのに新品同様の外見に何かを感じ取ったフラールは、その場からパッと姿を消した。それを追って同様に騎士も消え、二人は第五地区がある区画の遥か上空に出現する。
「次第に……ゆっくりと……ああ、止まっていた時が動き出したかのように……力が脈動を始めています。」
 ゆらりと、『聖剣』を天に掲げるフラール。それを騎士が傍で見上げた瞬間、『聖剣』の刃から一筋の光が天へと放たれた。それは剣の幅の数百倍もある光の柱で、天から降り注ぐ神の光がその剣から天へと放たれたかのような光景だった。
「おお……おおっ!!」
 一瞬の閃光ではなく、剣から放出され続けるその光に騎士は感動し、フラールも笑みを浮かべた。
「これだけ出力しても熱が増える一方……無尽蔵という言葉が過言ではない圧倒的なエネルギーの貯蔵量……純粋な力の塊……素晴らしいですね、『聖剣』……!」
 きちんと制御もできているのか、剣をおろすと同時に光が止んだ『聖剣』の刃をまじまじと見つめ、手にした力の大きさに震えるフラールは……ふと、眼下の光景に気がつく。
「……? 何ですか、これは。」
「火の手が……暴動――のようですね。それも全ての地区で起きているようです。」
「まさか彼女がレガリアを……いえ、理由がありませんから別の何かが起きたのでしょう。聖騎士を招集して――」

 ドカァンッ!

 宙に浮いていたフラールと騎士が突如爆炎に包まれる。が、見えない障壁でそれを防いだ二人は攻撃してきた者――建物の屋根に上って自分たちの方を見上げている人物を見下ろす。
 正しくは――見上げている大勢の者たちを。
「何者かの意思を感じる集団行動ですね。スパイの皆さんが動き出したのでしょうか。」
「このタイミングでという事は、もしや『聖剣』を……?」
「かもしれませんね……見たところ第五地区所属の方々ですが、ここにきて正体を現したのか操られているだけなのか、その辺りを確認しないといけませんね。あなたはさっき言った通り、聖騎士を集めつつ状況の把握をお願いします。わたくしは……『聖剣』の試し斬りでもしてみます。」
「……お気をつけて。ただ者ではありません。」
 空中の、特に何もない場所をジッと見た後、騎士の姿はパッと消える。そして騎士が見た方向へフラールは手にした『聖剣』を向けた。
「この国の方ではなさそうですが、何かご用ですか?」

「驚愕だ。まさか見破られるとは。」

 質問に対しそんな一言と共に姿を現した者を見て、フラールもまた驚いた。
 それは隠居でもしているような部屋着をまとってパイプをふかしている初老の男性。それだけなら特に変なところはないのだが、問題は男の背中。人間をぐるりと丸めてしまえるほどの面積の蝶の羽を広げているのだ。鱗粉が舞っているのか、周囲をキラキラとさせる美しい羽と初老の男性という違和感極まる組み合わせにフラールは目をぱちくりさせる。
「個性的な格好も個人の自由とは思いますが……ですがその羽はとってつけたようなモノではありませんね? それが自前となりますと、もしや魔人族の方でしょうか。」
「如何にも。お主が手にしているそれを頂戴しに来た。」
「なるほど。どこで情報を得たのか気になりますが……という事は下の方々はあなたの仕業で?」
「んん?」
 フラールの視線を追い、建物の屋根の上に集まって自分たちを見上げている人々を見た初老の男性は、少し興味深そうな顔をした。
「某とは関係ないが……面白いな。集団として自身とは別の者に支配されているようだが魔力の流れが見当たらない。稀に人間は奇妙な技術を生み出すが、その類かもしれんな。」
「それはそれは……」
 初老の男性の感想に思うところがあるのか、少し目を細めて下の人々を見つめたフラールは、視線を目の前の魔人族に戻す。
「貴重な意見を聞けてラッキーというところですが、『聖剣』を渡すことはできません。お引き取りを願いたいのですが?」
「元より交渉のつもりで来ていないが、しかしそれなりにできる人間と見える。某との実力の差、感じ取れぬわけでもあるまい?」
「そうですね……高い技術を持った腕利きの戦士というのではなく、根本的に人間が挑んでいい相手ではないと、そんなような直感があります。確かにわたくしはあなたに勝てないでしょう。ですが第五地区の教皇、フラール・ヴァンフヴィートはあなたに勝てますよ。」
「?? 老婆の話によればそれはお主の名前のはず。言っていることが滅茶苦茶だが。」
「人間個人ではなく、わたくしを作る全てでお相手すれば、という話です。先ほどの言動からも、あなたが日々鍛錬するタイプではないとわかりますしね。」
「ほう……?」
 フラールの言葉にニヤリとした初老の男は両手の指を互いに合わせる。すると背中の蝶の羽からぶわぁっと大量の鱗粉が撒き散らかされ、周囲が金色に染まっていった。
「某、別に戦闘好きというわけではないがその自信には興味がある。ハエがカマキリにどう挑むのか見物だ。」
「例えが独特ですね……まぁ一対一では無理でしょうが仮にハエ側が……いえ、と言いますか、確か魔人族は太陽の光に弱いのでは?」
 空の上で光り輝いている太陽を指差すフラールに対し、初老の男は少し不機嫌な顔をする。
「ふん……今でこそ夜の魔法だが、あれに対抗する魔法を研究していたのはヴラディスラウス家だけではないのだ。」
「……何の話ですか?」
「心配無用という話だ。よく覚えておくといい、太陽の光の克服に最も近づいたのはバブル家であると。」
「それがあなたのお名前ですか。」
「ん? そうか名乗っていなかったか。某はハブル・バブル。お主に魔人族と人間の差を教える者となる。」
「はぶばぶ……ご存知の通りわたくしはフラール・ヴァンフヴィート。あなたに人間の強さ……いえ、あなたの弱さを教える者ですね。」



「肉体的な損傷はなく、呪いの類でもない。言うなれば機能を停止させられた――なるほど、あの女の魔法とはつまりそういうモノなのか。」
 第二地区の街中、とある建物の屋根の上で横に寝かせた少女――コルンの頭に手を置いて目を閉じていた老人――ケバルライはふむふむと頷きながら立ち上がる。
「『フランケン』の言葉の通り、お前はワレらのような者の天敵だな。」
 周囲にはコルン以外に誰もおらず、ケバルライの独り言のように見えたのだが、次の瞬間電光と共に一人の女――『バーサーカー』が登場した。
「逃げるのは終わりかハゲ。」
「まさかそれをマネされるとは思わなかったが、随分と愉快な魔法だな。法則を歪めるのが魔法というモノだが、お前は歪められた法則も含めて法則を法則通りに操るのだろう? その最たる点は解析に――」
 走る閃光。ケバルライの話を一切聞かず、『バーサーカー』がその場で突き出した拳から放たれた光線は建物の屋根を消し飛ばす。
「おいおい、悪党の独り言は聞いてやるのが人情というモノだぞ。」
 いつの間にか――というよりは初めからそっちにいたかのように、さっきと変わらぬ姿勢と立ち位置で隣の建物の屋根の上にいるケバルライとコルンを見て、『テレポート』のような速度で移動した『バーサーカー』が再度拳を引くが――
「ザビクも計画のネタバラシをする時は状況を気にせずに饒舌だっただろう?」
 ザビク――師と仰ぐ人物の名を出されてピタリと動きを止める『バーサーカー』。
「この一言で止まってくれるのか。それなら答え合わせの続きだが――お前の魔法……『ゼノ・スプリーム』だったか? それの力とは即ち、物体事象問わずそれを構成する全てを解析して理解する事。そして理解できてしまえばそれを操作する事も容易く、お前は一定の法則を持つモノ全てを支配できるというわけだ。」
 答え合わせと言ったが答えを知る『バーサーカー』に正否を伝えるつもりは欠片もなく、話が終わるのをただ待っているだけの彼女に、ケバルライは話を続ける。
「魔法にはイメージが重要だが、それを制御するには技術がいる。純粋無垢な子供であれば様々な常識に思考が縛られる大人よりも自由な現象を引き起こせるが、発生させたそれの影響で自分が死んだりしないようにコントロールするとなると純粋なだけでは無理な話。国を消し飛ばす大爆発を起こせたとして、それで自分が木端微塵になるのでは意味がないわけだ。だから多くの者は魔法の技術を学び、練習をし、想像力が小さくなるのと引き換えに魔法を操る術を身につける。言うなれば自分であればこの魔法を操れて当然というイメージを形にするという、なんとも入り組んだ思考をするのだが……ここに、理論理屈を組み込む輩――ワレや『フランケン』のような魔法の使い方をする者がいる。」
 そう言うとケバルライはしゃがみ込み、足元で眠っているコルンのおでこに手を乗せる。
「法則を歪めて起こした現象を制御する為に法則を用いる。言葉にするとこれまた入り組んでいるが、要するに魔法と科学の融合――魔法でなければ起こし得ない事象だけを魔法で行い、他は科学で実行する。世界の常識として存在する法則を組み込むのだから魔法の安定感も扱いやすさも抜群。方向性は限られるものの、専門的な知識はより複雑で壮大な魔法を扱うのに非常に有用。ワレや『フランケン』がそれぞれの研究を推し進められるのもこのおかげというわけだが……どこぞの誰かの頭の中にしかないイメージで成り立っている類の魔法とは異なり、既存の法則を使っているワレらの魔法はお前の『ゼノ・スプリーム』からすればこの上なく解析しやすい。コルンの身体を構成する科学的部分をいじって機能を停止させたようにな。しかも作ったワレが復帰できんところを見るにワレよりもコルンの身体を理解してしまっているらしい。研究者としては悔しい限りであり、その魔法が羨ましい。そういうシステムかどうか微妙だが、ザビクがいなくなった空席に入らないか?」
「……話は終わったな。」
 ずっと拳を引いた状態で話を聞いていた『バーサーカー』がそれを打ち出し、今度は光の刃が螺旋を描いて放たれる。周囲を細切れにしながら突き進んだ光のミキサーは、しかし『バーサーカー』とケバルライの間に突如出現した大きな何かによって止められた。
「答えはノーか。まあいい、神の光のおかげ……いや、恐らくは誰も本質を理解していないのだろうが、あれのせいでこの国の人外に対する警備はザルでな。他の作品に『フランケン』以外に面白いモノはないかとあちこち探させていたのを呼び戻した。相性最悪のお前の相手を任せる為に使うとする。」
 それは巨大な甲羅。頭と手足を引っ込めた亀のような外見なのだがそれらが出てくる事は無く、代わりに甲羅の一部が瞼のように開いて巨大な目玉が『バーサーカー』を捉えた。加えて周囲の建物が一斉に倒壊し、砂煙の中から多種多様な異形の巨大生物が次々に姿を現していく。
「コルン同様、お前の魔法にかかれば簡単に倒せるモノだが、能力の相乗効果はかなり面白いから甘く見ない方が――」

「うっわー、気持ちわるー。おじいちゃん変な趣味だよね。」

 戦闘に特化しているわけではないとはいえ、S級犯罪者二人がその一言を聞くまでそこに第三者がいる事に全く気がつかなかったという点に驚き、ケバルライと『バーサーカー』は声の主――二人が立っている建物の屋根の上に立つ煙突の先に座っている人物に視線を移した。
 それは小柄な女の子で、短い金髪の上にウサギの耳のようにピンと立っている白いリボンを乗せ、もこもこの白い上着、ピンク色のスカート、もこもこの茶色い靴を身につけ、明らかにそうする用のサイズではない大きな目覚まし時計を首からさげている。特徴的なファッションの少女に対して『バーサーカー』は割り込んできた者に対する苛立ちを見せるが、ケバルライは喜びの表情を浮かべた。
「その独特の電気信号、魔人族だな!」
「? そーだけど、初対面のおじいちゃんにそんな嬉しそうな顔されると引くしかないんだよね。ボク、お孫さんとかに似てるの?」
「マルフィは血の一滴もくれんし、この前ザビクの最期を見学しに行った時も折角スピエルドルフまで行ったと言うのにサンプルの一つも無しだったのだ! こんなところで野良の魔人族に遭遇するなどなんという幸運! 『バーサーカー』に追われたかいもあったな!」
「えー? ボクおじいちゃんじゃなくてそっちのシャアナ・デヴォンっていう人間に用事があるんだよね。ばーさーかーだっけ?」
「アタシはテメェみたいなクソガキに用はねぇ……」
「ボクだってお姉さん個人に用はないよ。持ってるでしょ、レガリア。それをゲットするのがボクの役割なんだよね。せいけんとかいうのはハブルで帽子屋はおばあちゃん――」
 少女が言い終わる前に『バーサーカー』が何かを投げつけるような動きをし、同時に少女が座っていた煙突が爆発した。だが少女はそれ以前に『バーサーカー』の目の前に移動しており、その小さな拳を『バーサーカー』の顔面にめり込ませて殴り飛ばした。
 後方の建物をいくつも貫き、倒壊させながら吹き飛んだ『バーサーカー』は、しかし遥か遠くの方で最後の建物を崩した頃には少女の真後ろに立っていた。
「うわ!」
 光景と現状の辻褄が合わない事態に驚きながら『バーサーカー』の鋭い蹴りをかわした少女は隣の建物へと跳び移る。そして、かわしたはずが片脚に走った斬撃のあとに更に驚いた。
「ビックリしたー、なにそれ? 何か頭がごちゃごちゃになりそうな動きだよね。」
「……レガリアは今回のアタシの報酬、あれの解析に役立たせる予定だからテメェにやる事はねぇ。とっとと帰れ、アタシの相手はそこのハゲなんだよ。」
「ふーむ、しかしそのハゲはお前よりもそっちの魔人族に興味が移ったぞ。ここまで来て収穫ゼロでは悲しいからな、貴重なサンプルとして手に入れたい。」
「あはは、ボクはお姉さんでお姉さんはおじいちゃんでおじいちゃんはボク! ジャンケンみたいだよね!」
 半分三すくみのような状況に笑った少女は、首から下げている目覚まし時計の背面のつまみをグルグル回し、長針短針ではないもう一つの針を調節する。
「一応時間制限があるからさ、「遅れる」ことはできないんだよね。」



「こんな時にお客さんだなんてね。」
「まぁ、こういう状況だからこそここまで来れたとすれば変ではないのかしら。」
「あ、砂糖はいるかしら。」
 神の国のあちこちで様々な戦いが展開される中、第四地区のとある一室、大量の本とメモ書きが散乱している部屋の真ん中に置かれたテーブルでお茶を淹れている人物が対面に座っている人物に問いかける。
「砂糖……そうですね、折角若いのですし、一ついれていただきましょう。」
「?? えっと、見たところ普通に若いみたいですけど……」
 そしてお茶のやり取りをする二人を左右に見る場所に座る人物が、会話の内容に首をかしげた。
 外の状況からすれば呑気なお茶会だが、座っている面々はあまり普通の者たちではない。砂糖の数を聞いた者は本来なら人間の頭が一つある部分に三つの犬の頭がついており、砂糖の数を答えた者は若い外見に反して言葉や動作、雰囲気が高齢のそれであり、会話に疑問を抱いた者はラクガキのような目の描かれた目隠しをしていた。
「聖母と女王が第五地区の聖騎士とした約束に従って依頼を進めているけど、外の状況はさっぱり。」
「何かが起きてかなり騒がしくなっているみたいだからヨナとこもっているけれど段々と退屈になってきて……だからお客さんが来てくれたのはちょっと嬉しい。」
「それにきっとあなたは色々と把握しているのでしょう? 少し教えてもらえないかしら。」
 三つの口が順番に喋る光景を面白そうに見ていた若い女性は、受け取ったお茶を一口飲んで簡単に説明する。
「第五地区の教皇がレガリアを手に入れ、それを使って『聖剣』へ至りました。ただレガリアも『聖剣』も欲しがる人の多い代物ですからね。第五地区も含め様々な勢力がそれぞれに準備していたあれこれを動かし、国内は見かけ以上に大混乱です。その(オクトウバ)も参戦するでしょうから、この騒動がどこへ向かうかはわかりませんね。」
「だ、大混乱……どうしようおばあさん……」
「落ち着きなさい、ヨナ。」
「全てのキッカケだろう第五地区は我らに手を出さないと女王に約束したのよ。一先ず害される事はないわ。」
「戦いというのなら我らにできる事はない……状況が治まるのを待ちましょう。」
「それが良いかと。一応言っておきますと、私もお二人に手を出すつもりはありません。専門家のお知恵を借りたいだけです。」
 ニコリとほほ笑んだ若い女性に対し、三つの犬の頭の者は少し険しい顔をする。
「……正直、あなたはかなり強い――わよね。」
「聞かれた事にちゃんと答えないと何をされるか、そんな感じに半分脅迫されている気分よ。」
「でもあなたの質問にちゃんとした答えを出せるかどうかはわからない……手を出すつもりがないという言葉の保証がどこかに欲しいわね。」
「ふふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。必要以上の犠牲は後々首を絞めるモノですからね。しかしこの場でそちらから信用を勝ち取る事は難しいでしょうからあなたの言う保証を示すのはなんとも。ただ、お知恵を借りる報酬として保証できる事はあります。」
「報酬……まぁ、世間話に情報を得に来るわけはないわよね。」
「でもお金や物には困っていないわ。」
「手を出さない代わりに……とかかしら。」
「そこまで野蛮ではありませんよ。お言葉を借りれば、手を出させない代わりに、ですね。」
 その言葉に傾げられた三つの首に笑みを浮かべた若い女性は、カップを置きながら淡々と説明した。
「あなた方が約束をした第五地区はともかく、先ほど述べたように動いている勢力は様々です。混乱に乗じてこの国では悪魔とされているあなたを襲いに来る者もいるかもしれません。魔人族であるあなたに勝てる者はそういないでしょうが、仮にあなたといる事で異端だのなんだの言われてそこにいる彼女も標的になった場合、彼女を守りながらというのは厳しいのではありませんか?」
 若い女性の言葉に、三つの犬の頭の者と目隠しをしている女性が不安の混ざった表情で顔を見合わせる。
「私が言っている事が嘘だとし、確認の為に外に出るというのであればそれを止める事はできませんが……つい先ほどご自身で強いと判断された私にこの混乱した国内でのお二人の身の安全を任せ、事が終わるまで私の問いに答えてみるというのは、そう悪い取引ではないと思うのですが。」
 終始変わらない笑顔を浮かべる若い女性の提案に対し、実際自分や目隠しをしている女性が狙われる可能性がある事を理解している三つの犬の頭の者は、三つの口から深々と息をはいた。
「……仕方がない……わね。」
「襲いに来る者はいないかもしれないし、何者か不明なあなたに情報を与える事は危険かもしれないけれど、現状に安全と安心を得られる事は大きいわ。」
「……一応聞いてみるけど、あなたの強さってどれくらいなのかしら。」
「そうですねぇ……十二騎士クラスと思ってくれていいですよ。」
「えぇ!?」
 若い女性の言葉に、目隠しをしている女性が思わず立ち上がった。
「そ、それって世界で一番強い十二人の騎士のことだよね……そのレベルって事は――《オクトウバ》みたいな強さってこと!?」
「ええまぁ。ちなみにこれは自己評価ではなく多くの人間がそう判断しているという事実です。」
 虚勢でも何でもなく、本当にそれが真実だと言わんばかりの当たり前さでそう言った若い女性に、三つの犬の頭の者は大きく笑った。
「あはは、大きく出たわね! ま、十二騎士に保護されるというならこの上ない安心だわ。」
「それで何を聞きたいのかしら? 我ら魔人族について……いえ、さっき専門家の知恵と言ったわね。」
「となると……王について、かしら。」
「そうです。三人の欲王についてはあなたがお詳しいと聞きました。私はその中の一人、睡眠欲の王の情報が欲しいのです。」
「睡眠欲……眠りを司る王。」
「王の存在を知ってその力を求める者の中で、眠りの力を欲しがる者は大抵が戦いで利用する為にこれを欲するわ。」
「あなたはどこの誰を倒そうとしているのかしら?」
「倒す為ではありません、無駄な犠牲を出させない為に欲しいのです。どこの誰かという質問に対しては……そうですねぇ……」
 どう答えたモノかと考えるようにお茶を一口飲んだ若い女性は、先ほど十二騎士クラスだと答えた時と同じ表情でこう言った。

「世界、ですかね。」

騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第五章 研究者のいがいごと

個人的にこのわちゃわちゃ感は火の国を思い出しますが、今回は勢力数が比ではありませんね。
ラクスくんが何かに目覚めましたが、教皇の言う「繋がる」――聖騎士とは何なのかについて、彼女自身の戦いで次に書ける気がしています。

S級犯罪者が戦っていましたが、あの人たちは身体がふっ飛ばされても誰も彼も当たり前に生きているのでホラーですね。『バーサーカー』の滅茶苦茶っぷりが好きです。

そしてちゃっかり乱入してきた魔人族。目覚まし時計のウサギと蝶ですから、由来はもちろんアレです。

次はそれぞれの戦いを描きながら……ちょっとずつ事態が進んでいく――と思っています。

騎士物語 第十一話 ~神の国~ 第五章 研究者のいがいごと

様々な者たちの計画が進む中で起きる一つの想定外。歯車がズレ、あちこちで始まる各勢力の衝突。 しかしそんな事には関せずに神の国に戻ってきたロイドらは意外な人たちと再会し―― そして教皇やS級犯罪者らの前に現れる者たち、彼らを率いる老婆の目的は――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-08-07

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