【EGOIST】

楪 花梨

第1章

 厚生労働省により特定疾患(いわゆる難病)と指定された疾患の一つに、「クローン病」がある。
 物語を始める前に、特定疾患について簡単に説明しておくと……ざっくり言ってしまうと、「原因不明の不治の病」と思って頂ければ、当たらずも遠からずだ。
 そして、その一つの「クローン病」は、口腔から肛門までの全消化器官において、非連続性の炎症を生じる疾患のことだ。これは、現在のところ、根治は不可能と言われている。いや、それどころか、発症の原因さえも不明とされており、有効な治療法すら確立されていない厄介な疾患なのだ。
 もっとも、だからこそ、特定疾患に指定されているのだろうが。

 さて、この話は、彼此二十五年以上も前まで遡ったところから始まる。当時私は、ある専門学校の援助を取付けることが出来、小さいながらも整ったピアノ修理工房を借りることが出来たばかりだった。そこに至るまでの交渉が始まったのは、更に一年以上も遡るのだが、その頃の私は、正社員としてピアノ専門店で工場長を勤めていた。
 中古ピアノをメインに販売しているピアノ店では、ショップワークより工房ワークに重点が置かれるもの。私が勤めていた店も、普通の楽器店というより、ショップ付きの工房と呼ぶべき形態だった。買い取ったピアノの整備も自社で行っていたし、調律顧客からの修理も日常的に行っていた。年に一〜二回は、社長がヨーロッパへ買付けに行き、輸入した古いドイツ製のピアノを修復する仕事も常に抱えていた。もちろん、普通の外回り調律やコンサート調律も行っていたが、工房での仕事がメイン業務だったのだ。

 その会社に、私は十年近く在籍していた。最初の五年は、形式上は研修生として、実質は丁稚奉公のような形で雇われていた。研修生に対しては、労働基準法なんてどこ吹く風、嫌なら来るな! が前提の会社なので、休日出勤やサービス残業なんて当たり前。全部含めても給料なんてお小遣い程度しか貰えなかったが、それでも技術を学びたい者が絶え間なく志願してくる会社だった。しかも、そんな劣悪な条件なのに、諸々のタイミングが合わないと雇って貰えることはない。私の場合、様々な偶然が重なって、たまたま運良く入社出来たのだ。
 実際、仕事というより、学習に近い業務だった。と言うのも、その会社には、全国的に名前の通っている修理の巨匠が在籍していたからだ。研修生はその人に師事し、お手伝いをしながら技術を学ぶのだ。そう、この会社に入りたいのではない。師匠に師事したいのだ。
 研修生になれると、常に師匠に付き添って過ごすことになる。作業着を洗濯して準備し、師匠の作業台を綺麗に片付け、刃物は常に研いでおき、工具は所定の位置に片付けておくのだ。その日、師匠が行う作業を予測し、(にかわ)を沸かしておいたり、電動工具の点検をしたり……師匠が無駄なく作業出来るように常に注意しておく必要があった。

 また、研修生は師匠と同居しないといけなかった。と言っても、毎日ではない。実は、師匠は少し遠方に自宅があり、この会社には週に三〜四日だけ顔を出していたのだ。その間は、会社が借りている2LDKのマンションに寝泊まりするのだが、研修生も、そのマンションの一室を無償で提供されていた。つまり、同居と言っても、師匠が来社している間だけのことだ。
 この不規則な同居生活には、メリットも沢山あった。何より、このマンションの部屋は会社の「寮」だったので、家賃はもちろん、光熱費も全て会社が持ってくれたのだ。その代わり、朝夕の師匠の食事を用意しないといけないし、毎日二人分の弁当も作った。食費が掛かって大変かなとも思ったが、不思議なもので、師匠が不在の一人暮らしの期間は外食が増え、むしろ師匠がいる時の方が食費はグッと抑えられたのだ。当然、掃除や洗濯など、師事の身の回りの世話もさせられたが、これはさほど大変なことでもなかった。
 幸いなことに、師匠は仕事中は鬼のように厳しく、毎日のように叱られたが、日常の生活では寡黙で優しい人だった。なので、同居生活はさほど苦痛でもなかった。それに、夕食時には、ピアノに纏わる色んな話を聞かせて貰えたことは、大きな財産だ。単なる知識や体験談だけでなく、考え方や取り組み方、ピアノとの向き合い方など、師匠の話はとても勉強になった。こういう体験は、丁稚奉公ならではのメリットだろう。

 入社してから五年が経過した。私は、別の研修生が入社したのを機に正社員に昇格し、師匠との同居生活から解放された。いや、逆なのかもしれない。私が正社員へ昇格するとになったから、研修生を受け入れたのだ。どちらにせよ、こういったタイミングでしかこの会社には入れないし、師匠に弟子入りする機会もないのだ。

 ちなみに、労働基準法による研修期間の上限は、具体的には定めれていないそうだ。職種により、社員登用に必要なスキルの習得に差があることも要因だろう。それでも、一般的には一〜六ヶ月程度となっている。場合によっては一年ぐらいのケースもあるが……まともな会社では、五年なんて話はまずないだろう。
 実は、この会社では「研修生」と呼んでいるだけで、書類上は研修生でも社員でも、アルバイトですらないのだ。この会社の「研修生」は、自発的に勝手に手伝いに来ている、それを会社が容認しているだけ、という立場だ。なので、好意で「寮」に泊めてあげて、「師匠の生活費」という名目で少しお小遣いをあげているだけなのだ。それが嫌なら辞めるしかない。それでも良い人だけが、師匠に師事出来る。それだけのことだ。
 以前は、社長にムカついて労基に相談に出向いた研修生もいたが、「嫌なら辞めたらどうですか?」と一蹴され、相手にされなかったそうだ。道義的には問題あるシステムだが、法的にも税務処理上も不正はない。「ピアノ技術者」という特殊なスキルの習得の場は、今尚、ごく一部とは言え、封建的な世界が残っている。

 しかし、新しく入った研修生(ヽヽヽ)は使えなかった。料理はほぼ出来ないので夕食は惣菜ばかりだし、朝食は菓子パンとインスタントコーヒー、お昼の弁当を用意して来ることはまずなく、毎日のようにコンビニ弁当だった。高齢の師匠には、心身ともに何かと負担になったに違いない。私も含め、他の社員全員で可能な限りのアシストはしたが、自炊なんてしたことのない、いや、それどころか炊飯器の使い方さえ知らない二十歳そこそこの男の子に、三食二人分の準備は不可能だ。
 しかも、彼の場合、持って生まれた料理のセンスも壊滅的だった。研修生希望者は何人かいたのだから、わざわざ彼にする必要はなかったのに、と全社員から不満が出たが、社長は自分のミスを認めることはなく、「彼には光るものがある」と言い張った。しかし、ジャンキーな食生活が原因なのかは定かでないが(少なくとも、因果関係が全くないとは言えないだろう)、半年程で師匠は身体を壊し、入院する羽目になったのだ。

 結局、新しい研修生は一年も持たずに退社した。私には、一度たりとも彼から「光るもの」は見い出せなかった。自分の後を継いで、師匠に弟子入りした「弟弟子」にあたるのだが、師匠のプライベートの食生活も、業務における「手元」としての役割も、無能だったとしか言いようがない。
 社長は、その数日後に、今度は二人同時に研修生を採用した。この会社の最大の弱点は、常に研修生が必要なことだ。幸い、過酷で理不尽な労働条件にも関わらず、それでも入社を希望する者は(かつての私もそうだったように)全国に沢山いるので、穴が空くことはまずないだろう。
 しかし、人選やタイミングは大切だ。素材が悪いと、師匠や他の社員に皺寄せが来る。人が良くても技術的なセンスがないと、使い物にならない。上手く育てば育ったで、今度は雇用の問題も生まれるのだ。そう思うと、すんなり入社出来、研修期間の五年をやり抜き、これまたすんなりと正社員に登用された私は、実は稀なケースでもあった。
 今回は、保険を掛けたつもりなのだろうか、初めて二人同時に採用したのだ。そうなると、師匠を含めて三人で生活することになる為、今までの寮は解約され、会社は新しい寮として中古の一軒家を購入した。この短絡的な決断に、事務員や会計は猛反対したそうだが、ワンマン経営の社長は一切聞き入れなかったようだ。
 庭付き一戸建ての()は、車庫付きの二階建てだった。一階は、洋間と和室、そして、二十畳程もあるLDKだ。当然、LDKは、洗面所や風呂と同じく共用スペースになる。師匠は、一階の和室を居住スペースに選んだ。洋間は、会社の客間として使うそうだ。二階には洋間が三部屋あり、研修生が一部屋ずつ使うことになった。余った一部屋は、差し当たっては空き部屋のままだが、いずれは会社の物置として使うことになるだろうと噂されていた。
 こうして、新たに三人での生活が始まったのだが……結果的に二人同時に採用したのは会社のミスだったと言えよう。最初は仲良く協力的に師匠の身の回りの世話をし、切磋琢磨しながら技術の研鑽に明け暮れた二人だが、そんな友好的な関係は僅か数週間で破綻することとなった。

第2章

 二人の研修生の関係は、四六時中、プライベートもずっと近くにいる環境を強要されている為か、少しずつギクシャクし始め、綻びが生まれてきた。当然とも言えるだろう。風呂に入る時間や生活必需品のストックの管理といった日常の些細なことから始まり、休日の庭の手入れやゴミ出し、共有スペースの掃除など、何かと対立してしまう要素は沢山あった。
 やがて、師匠の食事の準備なども押し付け合いになり、仕事中もほとんど口を効かない険悪な関係になっていた。それだけならまだしも、いつしか社会的には対等な筈の二人にも、暗黙的な上下関係が構築されていた。
 そもそも、二人はキャラクタが違い過ぎた。性格も、吉岡という研修生は典型的な肉食系で、対する岩見は草食系だ。それに、吉岡は体育会系で岩見は文化系。見た目の雰囲気からして陰と陽……。声と身体も一回り大きな吉岡は、次第に高圧的で威圧的な態度を取るようになり、岩見が大人しく耐え忍ぶ構図になった。
 技術的にも、吉岡の方が器用で要領が良かったが、残念なことに、岩見の方が頭だけは圧倒的に良かった。吉岡は、何をやらせてもソツなく「出来る」が、理論や法則などは理解はしていない。単なる模倣と、あとは直感頼みだ。そういったセンスは抜群だった。しかし、岩見は何をやらせても鈍臭いくせに、理論の理解は完璧だったのだ。それがまた、二人を不穏な関係へと導いたのだが。

 師匠は、何度となく二人に「仲良く協力し合う関係になれ」と言い聞かせたが、その場では二人とも深く反省を示し、上手く取り繕う為、根本的な解決にまでは至らなかった。やがて、二人は歪な関係を、上手く隠蔽しながら過ごす術を覚えたようだ。また、その頃から師匠が体調を崩しがちになり、出社する回数も減っていたので、尚更目に付きにくくなっていた。いつしか、師匠も会社の人間も、「弄る」「弄られる」関係と誤認するようになっていた。
 そのまま、二人の関係性に対して、社内の全員が盲目になっていた。誰にも見えない所で、「ちょっとした弄り」どころではなく、「嫌がらせ」ですら済まされないような「虐め」に発展していたのに、私を含め、気付く者は一人もいなかった。後から思うと、岩見は懸命にシグナルを発していたのかもしれない。しかし、結果的に、シグナルは誰にも届かなかった。ひたすら一人で抱え込み、我慢していたのだろう。
 そして、二年近く経った頃、ついに一人が逃げるように退社した。二人の間に何があったのかを綴った手紙を残して。言うまでなく、草食系で文化系で陰キャラの岩見だ。

 法的には「社員」でも「従業員」でもないとは言え、社内で慢性化していた虐めが発覚したのだ。残った男をクビにして、逃げた子に謝罪して呼び戻しましょう、と社長に進言したが、見事に無視された。社長の言い分は、耳を塞ぎたくなるぐらいに酷かった。
「確かに虐めは良くないが、虐められてた方も大人なんだから、自分で溜め込まないで誰かに相談すべきだったんだ。そんなことも出来ない根性無しは、どっちみちこの世界では生きていけないよ。それに、挨拶も連絡もなく、突然いなくなる辞め方は、自分勝手で社会人失格、うちには不要な人材だ。そもそも、一方的な置き手紙だけだと、本当に虐めがあったのかも疑わしいよ。単なる被害妄想じゃないの?」
 虐めた本人が、行き過ぎた「弄り」があったと認め、威圧的で横柄な態度で接してしまっていた、と反省しているのに、「虐めがあったのかも疑わしい」「被害妄想」なんて発言は、あまりにも無責任だし、腹立たしく思ったものだ。

 ただ、虐めのことは一度棚に上げて、「この世界では生きていけない」との予測だけ切り取ると、残念ながら私も同意出来る。彼は、あまりにも受け身で消極的でおとなし過ぎた。もっとがっついて学ぶ姿勢がないと、技術なんて身に付かないし、口数が少な過ぎると接客も出来ない。第一印象が暗いと、客は敬遠する。自分の意見を持たない人の技術や知識は、逆に信用出来ない。
 岩見には同情するところもあるが、確かに彼はこの仕事には向いていない。技術者は、知識や技術力だけではダメなのだ。他のほとんどの職業と同じで、結局は「人間力」が最も大切なのだ。そう考えると、岩見は他のほとんどの職業にも向いていないのだろう。可哀想だが、それが現実だ。
 だからと言って、残った吉岡が優れてるとも思わない。アイツの本質は、要領がいいだけのチャラ男だ。今でこそ、反省して大人しくしているが、決して本心ではないだろう。
 また、ここ数ヶ月は師匠がめっきり不在がちになっていたので、吉岡は不満に思っているようだ。確かに、研修生の「労働条件」は、現代の日本社会とは思えないような奴隷並みの劣悪さ。それでも、師匠に師事して学べるから容認出来るのだ。なのに、今はその前提条件が半減しているのだから、他の条件も見直して欲しい……吉岡は、そう考えているのだ。
 師匠のいない日は、私の先輩が技術を教えているが、当然ながら師匠ほどのオーラもカリスマ性もない。師弟ではなく上司と部下なのだ。「技術」を教えているのではなく、「仕事」を教えているにすぎない。というのも、先輩も単なる業務の一環として面倒を見ているだけで、吉岡のことを真剣に育てるつもりなんてないからだ。
 結局、社長も師匠も吉岡も、それにきっと私も先輩も、皆んな自分のことだけが大切なのだ。

 師匠と吉岡だけで暮らすことになると、庭付き一戸建ては明らかに大き過ぎた。しかも、ここ数ヶ月の師匠の来社は、二日ほどしか来ない週がほとんど、全く来ない週もあるぐらいの頻度なので、吉岡の一人暮らしのような感じになっていた。会社の判断ミスに過ぎないのだが、零細企業のクセにそんな寮の為に、毎月何万円ものローンと高熱費を経費で支払っているのだ。私を含めた他の先輩社員からも不満が噴出した。何故アイツだけ会社の金で「家」に住ませてもらえるのだ? と。
 そもそも、楽器業界なんて然程儲かる職種ではない。しかも、ピアノに特化した工房となると、同年齢の一般職の人から見ると、馬鹿らしくてやってられないような低賃金だ。もちろん、私も先輩方も例に漏れず、正社員とは言え悲しくなるような薄給だった。実際に独身の社員は、皆せいぜい2DKのボロアパートで慎ましく生きていた。
 それでも、仕事は楽しいし、やり甲斐は感じていた。そう、好きじゃなければやってられない仕事なのだ。収入とやり甲斐を天秤に掛けた時、慎重に吟味しても、やっぱりこの仕事の継続を選んでしまうのだから、ある程度の諦念はあった。そんなもんだと納得もしていた。それなのに、ろくに仕事の出来ない新人研修生が、技術を学びながら会社の経費で一軒家に住んでいるなんて、流石に間違っているだろう。
 私たち社員は結託して、社員全員に住宅手当ぐらいは出してもらえないのか? と会社に要求することにした。しかし、会社は受け入れてくれなかった。それなら、せめて無駄な経費を削減すべきではないか? と訴えかけたが、これも「将来を見据えた計画の必要経費だ」の一点張り。社長と従業員は、その後も何度も話合いを重ねたが、険悪にこそなれ、歩み寄ることはなかった。いや、社長と社員の間に、決定的な亀裂が入ってしまったと言えるだろう。
 そして、ついに恐れていたことが起きた。四人いた私の先輩技術者のうち、独身の二人が会社に嫌気をさして辞表を出したのだ。技術者だけでない。長年勤めていた渉外担当の事務員も、「もう限界よ」と言い残し、退社した。更に、一人だけ在籍していた営業も辞表を出した。会社は、内部から崩壊しようとしていたのだ。
 それでも社長は過ちを認めなかったし、辞めたいヤツは辞めろ、と引き留めもしなかった。残された社員にも、既に会社への恩義や執着はない。生活の為に、若しくはただ面倒だから、残留を選択したに過ぎない。
 どっちにしても、残されたメンバーで仕事を回さないといけない。先輩技術者の一人は、技術の仕事は最低限の外回りだけに絞り、営業と渉外を兼任することになった。もう一人の先輩技術者は、フル稼働で外回りだけに専念しないといけない。技術者上がりの社長まで、週に数件だけ外回りを行うことになった。
 幸か不幸か、私は工場長の役職に就かされた。と言っても、工房ワークに専念するのは私と吉岡だけだ。時々、師匠が来社している間は、師匠の指示に従い、吉岡の指導も師匠が行うのだが、基本的には私が工房の全てを取り仕切り、吉岡の面倒を見ないといけなくなったのだ。
 新しい体制は、空回りと失敗の連続だった。外回り調律も営業も、他社とのやり取りも、継続性が大切なのだ。せめて引継ぎが行われていればまだしも、ブツ切りでの交代劇はスムーズにいかなくて当然だ。そもそも、トータルで四人も減ったのだから、マルチタスクからは逃れられない。吉岡以外の全員が、明らかなオーバーワークで心身を擦り減らし、社内の雰囲気はピリピリとしていた。
 そんなゴタゴタに何とかケリを付けようと動いたのは、会社でも社員でもなく、師匠だった。

 師匠は、書類上は契約社員だった。勤務日数を日当で掛けた報酬、プラス滞在時の諸経費を条件に、修理業務をこなしながら研修生の育成に当たっていたのだ。しかし、滞在時の居住施設が原因のトラブルが発生した以上、今までのような条件での業務継続は不可能だと言い張った。また、師匠は、二人と同居しておきながら、険悪な関係性を完全には見抜けなかったことに罪悪感も覚えていたのだ。もっとも、師匠は二人の保護者ではない。それに、プライベートへの関与は師匠の責務ではないのだが、やはり後ろめたさは感じてしまうのだろう。そして、師匠も退社を申し出た。いや、正確には「引退」だ。
 この会社の技術的な評判は、ほぼ全て師匠の名声によるものだ。それに、私も残された二人の先輩も、会社や社長ではなく、師匠との繋がりを大切に思っているのだ。要するに、師匠が居なくなると、この会社には全く価値も魅力もない。それを知ってか知らずか、社長は様々な折衷案を提示して、何とか師匠の引退を食い止めようとしたが、師匠の意志は変わらなかった。
 私は私で、何度となく師匠に電話してみたが、翻意させることは出来なかった。そもそも、高齢の師匠にとっては、「引退」の二文字は数年前から頭にあったそうだ。タイミングを計っていた矢先に発生したトラブルに責任を痛感し、モチベーションを完全に喪失したことが一番の理由らしい。
 師匠に翻意させるどころか、逆に私が師匠に退社と独立を促された。技術屋なんて、雇われてやってても面白くないぞ。特にこの会社は狂ってる。フリーランスで自分のやりたいようにやりな。今本君なら、頑張れば何とかやっていける。確かに、今本君が辞めたら会社は大変なことになるよ。そういう気掛かりがあるのも分かるが、もっと自己中に生きてもいいんだよ。今を逃すと、ズルズルと辞められなくなるぞ……と。
 とてもありがたいお言葉で、私にもようやく「退社」という言葉が脳裏にチラつくようになったのだが……残念ながら、師匠は一つだけ間違っている。私には、会社のことを気に掛けるような優しさも忠誠心も全くなかった。独立なんて考えも付かなくて、単に職探しが面倒なので残っただけだ。自分が辞めたら会社かどうなるか、なんて心配は全くしていない。
 それよりも、「もっと自己中に生きていい」という言葉が脳裏にこびり付いて離れなくなった。師匠の真意とは、違う受け止め方をしたのかもしれないのだが。

第3章

 それから一年半後、私は諸々の準備が整ったの機に、自主退社した。師匠も既に引退していたが、社長は意地を張り、寮はそのままになっていた。「一軒家の寮」で一人暮らしを謳歌する研修生の指導を押し付けられていた私にとって、この一年半という時間は、師匠の言っていた通り何事もやりたいようにやれず、思う通りに出来ず、面白くない毎日だった。
 明らかなオーバーワークの業務なのに、好きでもない、いや、むしろ嫌いな吉岡の面倒を押し付けられ、相談出来る師匠もいない毎日。先輩達との接点もなく、心身共に疲弊し、常に苛立ち、ストレスは溜まる一方。やがて、私は吉岡をいびることに小さな喜びを見出した。
「こんな簡単なこと岩見ならすぐ理解出来るのに、お前は手は動くけど頭は使えないな」と言った言葉による暴力に始まり、そこからエスカレートしていった。わざと優先順位の低い仕事を先に押し付け、急ぎの仕事の納期で苦しめたり、出来てても何回もやり直しを命じたり。精神的に追い込んで、辛そうな表情を浮かべる吉岡を見て楽しんだ。

 ある日のこと、私は吉岡に(にかわ)を食べさせてみた。
 ちなみに、膠とは、動物の骨や皮などから精製されたコラーゲンやゼラチンを濃縮して固めたものだ。湯煎すると溶けてドロドロになり、冷えるとカチカチに固まる為、接着剤として使用されるのだ。接着力は市販のボンドよりも強固な上、何年も経っても温めると軟化してきれいに剥がせる為、長年に渡ってメンテナンスが必要な楽器や家具、工芸品など、木質系の物には最適な接着剤なのだ。そして、何よりのメリットは、100%天然素材で出来ている為、化学物質を一切含まないことだ。
 逆に、デメリットもある。使用に手間が掛かることもあるが、それよりも、膠の使用には経験が絶対的に必要であり、普通の接着剤のように誰でも簡単に扱えるものではないことが大きな欠点だ。湯煎の温度だけでなく、気温や接着する素材によっても適してる濃度は違う。それらを瞬時に判断し、最適な濃度と温度を保ちながら使わないと、効能は十分に発揮出来ないのだ。
 また、膠の品質そのものの見極めも大切だ。工房では、馬の骨から作られた膠しか使用していない。その中でも、ドイツ製と日本製を使い分けていた。

 私は吉岡に「膠の味を覚えろ」と嘘をついた。「師匠も先輩も、もちろんオレも味で見分けてるんだ。コレが出来ないと、いつまで経っても一人で膠を使えるようにならんからな」ともっともらしい話を捏造した。そして、ドイツ製と日本製の膠を食べ比べして、風味を覚え、いつでも指示された方を準備出来るようにしろ、と命じたのだ。
「コレって食べれるのですか?」
「まぁ、ゼラチンやからな、体には悪いもんは何もない。食べるって言っても、めっちゃ硬いから噛めないけどな、舐めてたら徐々に溶けてくるわ。ドイツ製と日本製で全然味が違うから、お前でもすぐ覚えれるやろ。ちょっと甘いのがドイツ製や」
「そうなんですね……じゃあ、甘くない方から食べてみますけど……めっちゃ臭いですね」
「まぁ、馬の骨やでな。すぐ慣れるわ。五〜六粒、口に入れてみな」
「分かりました。やってみます」
 吉岡は、意を決して膠を数粒、口の中に放りこんだ。直ぐに、顔を顰め、苦笑いしながら言った。
「めっちゃ不味いっす。それに何か生臭いし、ネチャネチャしてきたし……気持ち悪いんですけど……」
「は? お前、腹減ってるからって、そんなもん食ったらアカンって! それ、食べ物やないで。ってかさ、本当に食べたんや、ハハハッ」
 そう言うと、吉岡は膠を吐き出して、半泣きになりながらも、私を憎悪のこもった目で睨み付けた。
「何や? 冗談も通じへんのか? おい、お前、誰にメンチ切っとんじゃ! 」
「そんなつもりじゃ……すみません……でも、今本さん、やり過ぎです」
「そんなもん、食えるわけないやろ。それぐらい分かってるって思ってたわ。その上でボケに付き合ってくれて、えぇヤツやなぁって思ってたのに。そんな怒るなや。岩見やったら、こんな嘘に騙されへんのにな」
 事あるごとに、私は岩見の名前を出した。吉岡の中の罪悪感は、まだ拭え切れていないことを知っていたからだ。
「すみません、作業の続きやります」
 悲しみと憎しみであふれそうな涙を必死に堪えながら、吉岡は工房の奥へ消えた。それを見て、私はスッキリした。

 騙して(にかわ)を食べさせてからも、私の吉岡への「いびり」や「弄り」は毎日のように続いた。あんなに陽気で体育会系だった吉岡も、さすがに精神的に参っているようで、今では口数も極端に減り、オドオドしながら過ごすようになっていた。まるで、岩見のように……皮肉な話だ。
 今となっては、吉岡は私のことを単なる(嫌な)先輩としてしか見ておらず、先生や師匠といった技術を教えてくれる人とは思っていないようだ。もっとも、彼とて師匠に弟子入りする為に入社したわけなので、気の毒な面もある。しかし、現実的に今は私に教えを請う立場だ。それなのに、師匠に習っていた時とは違い、吉岡は私の作業の準備もしなければ、片付けもしない。そのことも、私を苛立たせた。
 もっとも、退社することを決意している私にとっても、吉岡のことなんて眼中にない。弟子どころか、部下や後輩とさえ思ってないのだが。

 一方で、師匠に促されたように、私はひっそりと独立開業の準備も進めていた。実際に退社するまでに、予想以上の時間を要してしまったのだが……これには理由があった。
 師匠が退社して間もない頃——丁度吉岡をいびり始めた頃——たまたま出席した調律専門学校の同窓会で、学校が工房ワークに長けた人材を探していることを耳に挟んだ。後日、詳しく学校に問い合わせてみたところ、つい最近まで、学校の系列会社の支店として使っていたテナントが手狭になり、移転することになったそうだ。立地条件の良いテナントを手放すのは惜しく、寝かせておくのも勿体無いので、工房として活用するのはどうか……と、漠然と検討しているとのことだ。ちなみに、ここは賃貸ではなく、既に償却も済んでいる学校所有の不動産物件なのだとか。私は直ぐに母校に連絡を取り、工房を使わせてもらうために具体的に話合うことになった。
 ただ、工房を借りたいとお願いしつつも、私としては、あくまでフリーランスという立場に拘った。学校に雇われるつもりはなかったのだ。転職ではなく、独立したかったのだが、学校としては、単なる「貸工房」にするつもりはなく、何かと紐付けた作業場として活用したいようだ。当然と言えば当然だろう。
 結局のところ、その工房を格安で借りて独立開業することになったが、見返りとして、学校と系列会社の仕事を格安で請けることを約束させられた。これは、逆に言えば「格安」とは言え、定期的に仕事を貰えるということにもなる。実質的な「子会社化」とも言えなくはないが、フリーランスにとって、非常にありがたい話でもある。
 また、学校の修理の授業も年に数回受け持つことや、生徒のインターン研修も受け入れることになった。この二つの業務は無償になるが、それらを差し引いて考えても、実質的には、学校からの援助を取り付けたに近い形と言えよう。なかなか幸先の良いスタートだ……その時はそう思った。

 だが、開業の条件の一つに、今の会社を円満退社することが挙げられていたのだ。調律学校という立場からして、業界に敵を作るわけにはいかないのだ。しかし、この項目のクリアは大変だった。なかなか辞めさせてもらえなかったのだ。もちろん、険悪な関係になってもいいのなら、法的には数週間で退社することは出来る。労基に訴える手もあるだろう。しかし、それだと円満退社(ヽヽヽヽ)とは言えないのだ。
「今本君が辞めたら修理は誰がやるんだ?」
「吉岡を見捨てる気か?」
「自分は学ぶだけ学んで、会社に還元せずに出て行くつもりなのか?」
「会社は、ずっと今本君に投資してきたようなもんだ。ようやく使えるようになったと思ったのに、何考えてるんだ?」
「何の為に君を育ててきたと思ってるんだ?」
「そんな非常識な辞め方、認められないね」
 私は、事あるごとに粘着質な嫌味を言われ続けた。そんな対応をされると、ますます辞めたくなるだけなのに、社長はそれで私が考え直すとでも思っていたのだろうか。そして、その苛立ちをまた吉岡へのいびり……いや、もはや明確な虐め(ヽヽ)に進化した行為で発散した。

 ある日のこと、ついに吉岡は、私から虐めを受けていると社長に告げ口したようだ。しかし、社長にとって、今辞められたら困るのは吉岡ではなく私だ。皮肉なことに、ここでは社長は私の肩を持つことになる。何よりも、自分にとっての利害関係を大切にする人間だ。吉岡の相談を、いつも通りの自己中心的で辛辣な説教で突き放したのだ。

「徒弟制度で技術を学ぶのなら、虐めや体罰なんて当たり前だ。大きな家に一人で住ませてもらえて、ただで技術を学んで、少しお小遣いもらって……どれだけ恵まれてるか分かってるのか? 文句あるなら今すぐ辞めろ。でもな、五年頑張るって言うから、家買ってやったんだ。ローンも光熱費も会社が払ってるんだぞ。しかも、岩見を虐めて退社に追い込んだのはお前だろ? 人にはやっておきながら、自分がやられた時は文句言うのか。お前が虐めなければ、岩見は残ってたんだ。人を追い出して、自分も辞めるってどういうつもりだ? 辞めるんなら、今まで払ったローンと高熱費、補填してもらうからな。ろくに仕事も出来ないクセに、100%の満足なんかあるわけないだろ! お前の代わりなんて幾らでもいる。うちはね、お前にこだわる理由なんか何もない。我慢するか辞めるか、今決めろ」

 ローンと光熱費の補填なんて、メチャクチャな言い掛かりに過ぎない。法的に闘えばなんてことはないだろう……そう思った吉岡だが、私への注意も厳罰も何もないことには落胆した。結局は我慢するしかない、と判断したようだ。可哀想なヤツめ。これで、私か吉岡、どちらかが辞めるまで、堂々と虐めてもいいという許可を得たようなものだ。私は、初めて社長に感謝した。

第4章

 社長に最初に辞意を伝えてから一年以上が経った頃、専門学校から連絡があった。まだ辞められないのか? いつになったら退社出来る? いつまで待たせる気だ? こっちも都合があるんだぞ——と。一言でいえば「いい加減にしろ」という話だ。言われなくても、私自身も、もう精神的に限界が近付いていた。
 元はと言えば、円満退社を条件にしたのは学校なのだ。その為に時間が掛かってるのに……もう、こうなったら学校の援助なんかなくてもいいから、こんな会社喧嘩してでも辞めてやる! ……と、何度も本末転倒の爆発を起こしかけては思い留まっての繰り返しだ。独立開業をしたいのか退社したいのか、どちらが優先なのかさえ見失い掛けていたぐらいだ。

 そんな折、古い友人、駒田雄大と会う機会があった。彼は、専門学校で一緒に調律を学んだ同級生だが、卒業して僅か数週間でピアノ業会に見切りを付けた男だ。と言えば聞こえは良いが、実際は業界の厳しさに戦意喪失し、逃げるように退職したのだ。
 それだけだと単なる負犬だが、彼は違った。そして、幸運だった。ダメ元で一人で立ち上げたネットビジネスが成功し、私と同じ年齢なのに、既にかなりゆとりのある生活を手に入れていたのだ。駒田の会社は、今では年商五億にまで成長しているという。そんな彼に諸々の経緯を説明すると、的確なアドバイスを貰うことが出来たのだ。
「今本のとこの社長ってさ、話聞く限り、みみっちいジジイでしょ?」
「うん、チビ、デブ、ハゲでセコくて、金に細かい嫌なやつ」
「ははは、昭和の町工場にいそうなテンプレダメ社長やな。そういうジジイってさ、短絡的でプライドだけは高いんじゃない?」
「そうそう! さすがやな、駒田はよく分かってるわ」
「そういうオッサン、いっぱい見てきてるからな。ちょっと向こうにある一万円札より、目の前に散らばってる十円玉を必死に拾うタイプやな。何枚か拾ったところで、一万円札は風に飛ばされてて、って感じ。違う?」
「はははっ、会ったことあるん? ってぐらい、もう、そのまんまのジジイや」
「そやろな。だったら楽勝やで。プライドを突けばいいねん」
「どういうこと?」
「だからさ、こんなに歴史と伝統と技術のある会社で、評判も信頼も高い会社なのに、私なんかが一人居なくなることがそんなに困ることなのですか? って言ってみな。少し挑発的に言えば、尚効果的かもな」
「なるほど! そうか、それは思い付かんかったわ。分かった、やってみる」

 駒田の助言は、かなり有効だった。いや、「有効」どころか「技アリ」や「一本」かもしれない。ただ、社長の性格を鑑みて、私は少し言い方は変えて伝えた。挑発的に言うのではなく、「どうせ私が居ないと困るんでしょ?」というニュアンスを忍ばせたのだ。つまり、(あたか)も「お前が居ないと困るんだ」と社長に言わせようとしているように装いながら、「私一人居なくなるのがそんなに大変なことなのですか?」と言ってやったのだ。
 すると、私の予想通り、私の口調と内容は社長の癇に障ったようだ。どうやら、天の邪鬼で意地っ張りな性格を刺激することに成功した。
 社長は、「残念だったな、お前なんか必要ないんだ」という態度をあからさまに打ち出して、鼻で笑うように「大して仕事出来ないクセに、何言ってんだ? 今本君なんて、うちにはいてもいなくても何も変わらないよ」と言い出したのだ。期待通りの反応。やはり、短絡的で単純な馬鹿だ。くだらないプライドが邪魔して、こんな駆け引きも見抜けないなんて……今までこんな男の会社に無駄に在籍してきたことが、無性に悲しくなってきた。
「そうですよね! それなら安心しました。私なんか居ても居なくても何も変わらないですよね。これで、心置きなく辞められます」
 澄まし顔でそう伝えると、社長はようやくハメられたことに気付いたのか、顔を真っ赤にしつつも、ちっぽけなプライドが邪魔をして、自分の発言を訂正出来なくなっていた。
「そうだね、いつ居なくなってもうちは何も困らないよ」
 それどころか、社長は尚も負け惜しみを被せてきたのだ。やっぱり馬鹿だ。
 これを機に、ようやく円満退社(ヽヽヽヽ)となった。

 無事に退社し、引っ越しを済ませ、学校所有の工房で開業の準備をしている時、私は駒田に電話でお礼を伝えた。彼のアドバイスのおかげで、私は円満退社出来たのだ。
「円満退社の役に立てたんなら嬉しいよ。……でさ、無事に開業出来たとして、その後は、どうやって仕事取っていくつもりなん?」
 駒田にそう聞かれた私は、少し返答に窮した。実は、頑張れば何とかなる! と思い込んでるだけで、具体的に何をどう頑張るのかは見えていないのだ。
「とりあえずは、学校と学校の系列会社が仕事を卸してくれることになってるから、それで最低限の収入は何とかなりそうなんやけど……あとは、ホームページ開いて、色んな人にDM出して……チラシはもう作成済みで、知り合いの店に置いてもらったり、友達に頼んで配ってもらったりはしてる」
「まぁ、地道にやるしかないわな。でも、これから開業しようって目の前まで来てる今本に厳しいことは言いたくないけど、そんなんで客付くか? 今日明日を凌げば、って話やないやろ? バイトした方が確実やないか? 調律なんか……まぁ、俺は数週間で辞めたから偉そうなこと言えんけど、自営でやるんやったら毎月コンスタントに数十台はやっていかなアカンのとちゃうん? そんなんで、毎月何台取れる見込みなん? 学校からの仕事が一定量あるんやったら、倒産はないやろうけどな。でも、それメインにしてたら逆に発展もないやん。ホームページとかDMとかチラシなんて、やって当たり前って言うか、誰でもやってるからな。それぐらいやとスタート地点にも立ててないで。ちょっと言いにくいけどな、無計画過ぎやないか? 起業するってこと舐めてるんちゃう?」
 駒田の話を聞いていると、私は無性に腹が立ってきた。全てが図星だからだ。

 確かに、駒田は起業して成功してる。でも、私から見れば、それは偶然の産物に過ぎない。楽器店が嫌になって直ぐに辞めて、たまたま開いたネットショップが当たって、それを足掛かりに上手く膨らんだだけだ。私は、駒田と違って、長年徒弟制度で研鑽を積んで、工場長にまで昇り詰めてからの独立だ。少なくとも、駒田よりは経験も下地もあるはず。
「無計画ってことは否定出来へんけど、正直なところ、計画したところでやってみな分からんから、やりながら考えようって思ってるんや。起業は舐めてへんよ。俺なりに腹括ってるつもり。確かに、成功してるお前から見たら幼稚でアホみたいに見えるんやろうけど、俺はもし失敗して破産しても、会社勤めを続けるよりは良いと思ってるから。まぁ、数カ月で破産したら、笑ってくれ。それまでは放っといてくれるか?」
 言葉は慎重に選んだつもりだが、私の怒気は駒田に伝わったようだ。しかし、さっきの駒田の発言には、全く別の意図があったらしい。

「すまんすまん、怒らせるつもりやないねん。心配やっただけ。余計なお世話やったな。あのさ、もしお前にちゃんとした事業計画があるんやったら、ちょっとぐらい融資してもいいかな、って思ってたんや。だから、聞いてみたんやけどな。悪いけど、一応俺も経営者なもんで、さすがにやってみな分からんって言うような事業には融資出来んけどな。あ、コレも嫌味とかやないで。まぁ、俺も起業の大変さは分かってるつもりやから、ついつい不安になって口出ししてしまっただけ。挑発とか否定とか、そんなつもりはなかってん。ごめんな」
「そういうつもりやないってのは分かってるよ。でもさ、大変さは分かってるって、トントン拍子であっという間に成り上がったやん。そんな言うほど、苦労とか大変な思いしてへんクセによう言うわ」
「そうか、そう思ってたんか。あのな、俺も順調にここまで来たわけやないで。独立一年目の売上げ、年間で三十五万円やったしな。これ、利益やなくて売上やからな。貯金もなくて、掃除屋のバイトで月十数万はもらってたけど、家賃と高熱費と経費でほぼ消えてたわ。ネットビジネスやから、システム管理は疎かに出来んし、商品は嘘でも更新せんと、ずっと同じもんが売れ残ってるサイトなんか、誰も見向きもしてくれへんからな。だから、ホンマに金無くてな。毎日、米とカップ麺一個だけで食い繋いだ時期もあったしな。玉子がご馳走やってんで。油も買われへんから、ご馳走言うてもたまごかけごはんかゆでたまごや。ガスも止められててな、カセットコンロでお湯沸かしてたんやで」
「マジで? ごめん……そんな苦労してたって知らんかった」
「そんなことはどうでもいいねん。苦労自慢とか武勇伝とか嫌いやから、誰にも話してへんかっただけや。勘違いせんといて欲しいねんけど、これでもお前の起業が上手くいけばいいなって応援してるつもりやってん。気悪くしたんなら、ごめんやで。じゃあ、アホな口出しせんように、ちょっと離れて応援させてもらうことにするから、何とか成功してくれよな」

 駒田は、私のことを小馬鹿にするつもりではなかったのだ。それなのに、私は嫉妬と羨望から、上から目線で見下され、プライドを傷付けられたと思い込んでしまい、親身になって考えてくれていた友人の忠告を突っぱねてしまったのだ。その結果、ありがたい融資のチャンスを、知らず知らずのうちに不意にしていたのだった。

第5章

 駒田と電話で話をしてから数日後、私は、学校に借りた工房を拠点に、ようやく独立開業を果たすことが出来た。その日の夜、師匠に電話した。しかし、師匠はスッカリ耳が遠くなっており、もう電話での会話は無理があるようだ。それでも、何となく、私が母校の支援で開業したことは伝わったらしい。「学校の人と上手くやれよ」って言葉だけ拾えた。
 機材やチェーンブロック、作業台など、工房に必要な最低限の設備は学校が用意してくれた。もちろん、私に寄贈してくれたのではなく、全て学校所有の備品扱いなのだが、テナント代にはそれらの使用料も込みにしてもらえた。今後の機材のメンテナンスや消耗品の交換など、維持管理費は私が支払うことになるのだが、ある物は好きに使っていいようだ。最初にハードを揃えてもらえたことはありがたい。
 私が開業までに準備したことは、まずはPCを購入し、ホームページを作成したこと。あとは、名刺の作成と各種書類の準備、社印の作成、税務署への開業届出、警察での古物商許可申請、今後使うことになると予測出来るパーツの購入、運送屋や取引業者への挨拶訪問など、慣れないデスクワークと営業活動に専念していた。
 未来への不安はない、と言えば嘘になるが、何としても成功してやる! という意気込みだけは十分に持ち合わせていた。既に、学校から依頼された修理も数件入っており、初日から仕事があることに、ひとまずは安堵した。
 しかし、一つだけ想定外の出来事があり、それだけは不安でもあり、不満にも思っていた。専門学校から援助の見返りとして、同校の卒業生を一人、研修生として面倒見てくれないかと、半ば強引に押し付けられたのだ。ここにきての追加条件の提示に腹が立ったものの、今更拒絶して白紙に戻すわけにはいかない。やむを得ず、受託するしかなかった。
 その卒業生の人物像や経歴について話を伺うと、面倒臭そうなヤツ……という印象だった。

 数年前、彼は専門学校への入学が決まったものの、入学式の数日前に体調を崩し、長期療養することになったそうだ。結局、入学式にも出席出来ないまま一年間休学することに。復学後も、闘病を続けながらの休みがちな就学となり、成績も出席日数もギリギリのラインで、辛うじて卒業出来たそうだ。
 ところが、彼は卒業は出来ても就職は出来なかったそうだ。と言うのも、彼の病は完治することはなく、毎日フルタイムで就業する体力も保証出来なかったからだ。
 実は、入学前に彼が罹った疾患は「クローン病」だった。
 クローン病の病状は人によって様々なのだが、彼の場合は元々が虚弱体質だったからなのか、かなり重い方らしい。と言うのも、発症して以降、彼は生涯食事をすることが出来ない身体になったそうだ。どうやら、クローン病患者の中でも、ここまで制限されているケースは稀なのだとか。そして、日常的に強いステロイドを服用し、鼻からチューブで栄養を吸収する生活を余儀なくされていた。
 それでも、専門学校は彼を見捨てなかった。系列の会社で嘱託社員として受け入れ、彼の体力と病状に応じた仕事を与えたのだ。
 彼も、仕事に生き甲斐を感じていた。体力、経験、技量、知識……全てが圧倒的に不足する彼に出来ることなんて限られてはいたが、それでも与えられた仕事を懸命にこなし、向上心を絶やさずに仕事に打ち込んだ。
 しかし、そんな生活は僅か数週間で終焉となる。

 ある雨の日に、徒歩で移動していた彼は、泥濘に足を滑らし転びそうになった。右手に傘、左手には工具鞄を持っていた彼は、足の力だけで辛うじて堪えたのだが、結果的には、抵抗せずに転んだ方が良かったのかもしれない。なぜなら、踏ん張った時に掛かった負荷により、彼の大腿骨が折れたのだ。
 更に悪いことに、太腿の踏ん張りを失い身体を支えられなくなった彼は、結局その場に転倒したのだ。そして、その時に傘を投げ出して地面についた右手の手首も骨折し、運悪く縁石に強打した鎖骨にはヒビが入った。
 ステロイド性骨粗鬆症——ステロイドについての功罪はここでは取り上げないが、ステロイドに限らず、薬物の過剰摂取に副作用は付きものだ。彼も、数年に渡り強いステロイドを投与され続けた結果、いつしか骨は枯れ枝のように脆くなっていたらしい。だからと言って、ステロイドを使い続けたことを安易に批判は出来ない。問題は、そうと知っていても使わざるを得ないと判断される症状が、実際にあることだろう。
 彼の主治医も、もちろん彼自身も、ステロイド性骨粗鬆症になりかけていることは検査の数値から理解していたのだが、病状を抑える為に、ステロイドの継続投与は必要と判断されていたのだ。「副作用があっても」である。使うリスクと止めるリスク、要は、どちらを優先するか? ということだろう。
 転倒を回避すべく足を踏ん張るという彼の咄嗟の行動は、ほぼ本能的な防衛行動だろう。防ぎようはない。しかし、この事故により、彼——塚原樹生は、再び一年近くも入院することになった。

 彼……塚原樹生が、専門学校の理事長に連れられ私の工房にやって来たのは、開業から三日目のこと。彼が退院してからは、一週間ぐらい経っていたそうだ。
 塚原の第一印象は、すこぶる悪い。特定疾患を患っていることは予め聞いており、勿論、気の毒には思ったが、彼の人を寄せ付けない陰鬱な表情は——疾患に起因するのかは分からないが——不気味にすら感じた。その「根暗度数」は、岩見を遥かに超えているだろう。
 それに、塚原とは会話も弾まなかった。塚原の声は妙に甲高く、なのにか細く、話し方はオドオドしていた。お世辞にも心地良いとは言えない声質で発する過剰な敬語は、むしろ人を馬鹿にしているかのような印象を与え、不愉快な気分にさせるのだ。
 その上、一つ一つの話が全く要領を得ない。どうやら、話をまとめることが出来ない人種のようだ。主語と述語の関係もメチャクチャで、数日後には、「で、結局どういうこと?」が、私の口癖になったほどだ。

 それでも否応なく、塚原は研修生として、ほぼ毎日工房にやって来るようになった。
 一応、彼も調律師として、ほんの数件ながら外回りもやっているようだ。体力的に、週に一〜二件が限界のようだが、外回りのない日(=ほとんどの日)は、朝から工房にくるのだ。いつの間にか、学校に合鍵まで持たされている。私が居なくても勝手に工房に入り、掃除や片付けをしていた。
 契約上、私は彼に仕事を手伝わせ、技術を学ばせないといけないのだが、彼は何をやらせても鈍臭く、何度も同じ説明をさせられ、何度も同じ失敗を繰り返すのだ。岩見の何倍も要領が悪く、吉岡よりずっと馬鹿なのだ。私は辟易とした。もはや、仕事の邪魔でしかなかったのだ。それなのに、何故か塚原は私のことを崇拝しているようだ。まるで、面倒臭い女に付き纏わられてる気分だった。
 僅か数日後には、毎朝塚原の顔を見るだけでうんざりし、胃液が逆流するかのように胸がムカつかようになっていた。

 専門学校の理事長は、時々塚原の様子を見に来た。その都度、私は「もう面倒を見たくない」旨をさり気なく訴えてみたが、聞き入れてもらえるはずもない。
 と言うのも、塚原の給料は、僅かとはいえ専門学校から出ていたので、私に金銭的な負担はない。それどころか、塚原の教材としても私へまとまった量の仕事を発注してくれていたし、そもそもこの工房自体、専門学校から格安で借りているのだ。それに、私も僅かながらの指導料を受け取っていたのだから、強く訴える資格なんて全くなかったと言えよう。
 しかし、頭の中では分かっていても、塚原と顔を合わす毎日は、私には苦痛でしかなかった。数週間が経過する頃には、私の精神的な疲労と苛立ちは、飽和寸前にまで蓄積していた。
 兎に角、塚原は失敗が多かった。いや、単なる失敗なら成長過程に必要だろうし、誰しも避けられるものではない。私も研修生時代は失敗の連続で師匠に迷惑を掛けてきたことは自覚している。でも、どんなジャンルの仕事でも、技術習得やキャリア形成の為に必ず通る道と言えよう。師匠には毎日のように叱られつつ、根気強く指導してもらえたのもその為だろう。
 しかし、私は塚原に対しては、師匠のようにはなれそうにない。彼の失敗は全くの別種で、擁護しようもなく、寛容的に見過ごすわけにもいかない、言ってみれば「救いようのない」類のミスばかりなのだ。
 例えば、「必ずこうするように」と指示すると、何故か違う方法でやろうとする。「ここだけは触るなよ」と注意すれば必ず触るし、「何があってもこれだけは見落とすな」と忠告したことは、ことごとく見落とすといった具合だ。
 ひょっとして、私のことを揶揄っているのか? と勘繰るぐらい、間の悪いタイミングで間の悪いミスを繰り返した。しかも、コミュニケーション能力にも難があるため、ミスの報告もまどろっこしい。一言で済む内容に何分も要する上、いつも話が右往左往し要領を得ない。注意したところで、果たして理解や反省をしているのか……レスポンスが薄く、目も合わさない為、全く手応えがないのだ。

 また、これは私が最も嫌っていたことだが、彼は失敗や困難に直面すると、全てを病気の所為にした。
 もちろん、彼の深刻な疾患は、作業に様々な制限を設け、時として障害にもなる。しかし、明らかに疾患や病状に起因しない凡ミスも、彼は何かとこじつけては病気の所為にするのだ。そうなると、健常なこちらとしては、何も言えなくなる。特殊で重篤な病気だからこそ、それを言い訳にされると一種の免罪符に成り得てしまうのだ。
 問題は、彼が意図的に免罪符を利用しているように感じたことだ。
 普段は元気なくせに、都合の良い時にだけ大袈裟に老いをアピールする老人のように、塚原は病気を主張し、病気に甘え、病気を理由にしているように感じた。実際、普段からそうすることにより、ミスは同情に変換され、何でも見逃してもらえているのだろう。日常的に、その狡猾な習性が染み付いていたのだ。
 もちろん、病気による苦しみもあるのだろうが、窓の閉め忘れや電気の消し忘れ程度のミスは、クローン病の影響ではない筈。そうは思っていても、やはり病気を持ち出されると、こちらは何も言えなくなる。薬の影響と言われると、本当にそうなのかな? と考えてしまうし、少なくともその場での否定は躊躇する。
 だからこそ、塚原が免罪符を使う度に、私はやり場のない苛つきで腑が煮えくりかえった。

 工房を借りる条件だったとは言え、いつしか塚原は、私にとっては邪魔で鬱陶しい存在でしかなかった。
 何かやらせると逆に仕事が増えるので、何もやらせなくなった。すると、塚原は見学だけでもさせて下さいと言い、私の仕事を食い入るように眺めた。いや、それがまた気持ち悪かった。本能的な距離感のセンサーに異常があるのか、彼は必要以上に私に近付き、荒い鼻息が聞こえ、視線は泳いでいるのだ。
 それに、いつも私の手先が影になるように立つので、その都度怒鳴りつけなければならなかった。

第6章

 ある日のこと、私は工房に着くなり、塚原にチョコレートを手渡たされた。前日は、バレンタインデーだったのだ。塚原の説明だと、数年付き合いのあるお客様に、チョコレートを貰ったとのこと。
「実は……そのぉ……お客様には、あのぉ……私の難病のことはですね、クローン病ってこととか、私がそのぉ、食事のこととか、えぇと、話していなかったもので……だから……はい……」と目も合わさずにブツクサと呟いた。どうやら、チョコを貰ったけど食べることが出来ないので、よかったら食べてくださいってことだろう。五秒で伝わる話に五分ぐらい掛けて説明された。
 義理、本命問わず、塚原にチョコをあげる人がいることにも驚いたが、それよりも、塚原にチョコを貰うなんて、いくら事情があるとは言え生理的に受け付けない。それに、元々チョコは好きじゃないので、結局私は冷たく突き返したのだ。

 その日を境に、塚原はより一層無口になった。些細なことであれ、私に拒絶されたことが堪えたようだ。私も、彼の性格からして、そうなることを見越した上で突き放したのだから、想定通りとも言える。
 仕事においても、相変わらず大した作業はさせないようにしている。ただ見学のみで、殆んど口を利かないまま一日が終わる日も珍しくない。早い話が、私は彼を毛嫌いしていたのだ。
 それでも、塚原は不平を口にすることは一切なかった。どんな指示にも素直に従い、ミスすればここぞとばかりに叱られた。だが、どれだけきつく叱られようが、何度もやり直しさせられようが、塚原の心は折れることがない。私への忠誠も変わらない。その点だけは、賞賛されるべきかもしれない。
 しかし、そのことはもちろん、たまに仕事が上手く出来た時でさえ、私は塚原を褒めたことは一度もない。塚原が何かしていても、何もしていなくても、仕事が出来ても出来なくても、それ以前の問題として、同じ空間に彼が居るだけで私は苛立ったのだ。
 やがて、私は塚原を、ストレスの解消に利用するようになった。この流れは……そう、吉岡の時と同じようなものだろう。私の中に潜む嗜虐性が、(おもむろ)に剥き出しになっていく感覚。私の場合、ストレスの解消方が、嗜虐性の発散と解放なのかもしれない。特に、今回はストレスの原因も塚原にあるのだから、それぐらいの権利はあるだろう? と、自分を正当化するほどに悪質だ。

 最初は八つ当たりから始まった。仕事で上手くいかないことがあると、全て塚原に責任を転嫁したのだ。
「お前がもう少し使える人間やったら、こんなことにならんかったのに」
「お前の所為で無駄な用事が増えて、細かいチェックが行き届かんようになったんや」
 そんな私の理不尽な言い掛かりに近い叱責にも、塚原は口を真一文字に結び、じっと耐えていた。
 やがて、私の虐めはエスカレートしていった。その加速度は、吉岡の時の比ではない。とは言え、さすがに身体の弱い塚原に暴力を振るうわけにはいかない。そのぐらいの理性は辛うじて残っている。しかし、それは病人だから可哀想という道徳観からではなく、自分が犯罪者になるのを危惧したに過ぎない。いずれにせよ、塚原への虐めはどうしても陰湿になる。
 出来ないと分かりきったことを敢えてやらせ、案の定、失敗すると必要以上に罵った。出来ないことを責め、咎め、馬鹿にし、教えを請われると拒否し、代わりにどうでもいい雑用を押し付けた。
 また、故意に酷いことを言っては、涙ぐみながら落ち込む塚原を見て、胸がスカッとした。
「お前にはこの仕事は向いてない」
「こんなにセンスのない人、初めて見た」
「数ヶ月ここに通って、何か身に付いたんか?」
「外で仕事しても、俺に教わったなんて絶対言うなよ、こっちが恥かくからな」
 こういった、かなり悪質な言葉の暴力は日常茶飯事だ。
 正直なところ、それで自発的に辞めてくれたら……という打算もあったのだ。だからこそ、虐めに躊躇いはなかったのだが、塚原はそれでも毎日やってきては、文句一つ言わずに従った。余程鈍感なのか、不感症なのか、若しくは打たれ強いのか、立ち直りが早いのか……ある意味、ゾンビ並みにタフなのだ。

 私は何とか音を上げさせようと、毎日執拗に虐め抜くようになった。もう、憂さ晴らしという次元ではなく、まるでそれが任務であるかのように、彼を虐めることが習慣付いていたのだ。
 専門学校との付き合いがある以上、こちらからはクビには出来ない。そもそも、彼は私に雇われているのではない。だから、自分から辞めたくなるように仕向けてやる……そういう狙いだった。
 しかし、なかなか目論見通りには行かない。塚原は何を言われても歯を食いしばり、耐えるのだ。何故、私の元での研修にそこまで執着するのか不思議ではあったが、ともあれ塚原は耐え抜いた。

 秋に開業した工房も、いつの間にか半年が経過し、間もなくゴールデンウィークを迎えようとしていた。
 専門学校と同校系列楽器店から卸してもらう、低単価の修理が業務の八割以上を占めていた。細々とながら仕事はコンスタントに入る為、倒産こそしないものの、事業を大きく展開していくことは全く出来ないでいた。駒田の予想通りである。開業当初と今を比べても、いや、おそらく一年後を比べても、このままだと収入はほとんど変わらないのだろう。まぁ、それでもいいか、と諦めの境地が半分、このままだとダメだ、という焦りも半分……唯一の楽しみ(ヽヽヽ)は、塚原を虐めることだけという、我ながら陰鬱な生活だ。
 丁度、梅雨入りした頃のことだ。どんなに虐めても、なかなか音を上げない塚原に痺れを切らした私は、「いつまでここに居る気やねん?」とストレートに聞いてみた。
 どんな暴言にもひたすらに堪えてきた塚原だが、たまたま発した何気ないこの一言は、意外なことに塚原に今までにないような大きなダメージを与えたようだ。頬を紅潮させ、うっすらと涙を浮かべながら「私にはこの道しかありません。ここに居たいのです」と言ったのだ。塚原が感情的に私に言い返したのは、これが初めてだった。
 しかし、塚原のこの発言は私の(かん)(さわ)った。なので、ここぞとばかりに畳み掛けて口撃した。

「はぁ? この道しかないやと? 自分がやりたいだけやろ。何勘違いしてんねん。お前でも出来る仕事ぐらい、社会の底辺(さら)えば幾らでも転がってるわ。お前なんか、底辺の更に下にぶら下るレベルのクソやろが。それとも、あれか、もしかして、この仕事やったら出来るとでも思ってるんやないやろな? ふざけんなよ! そんな甘い世界ちゃうわ! いつも簡単なことでも、すぐ病気の所為にして出来ませんって言うてるやん。初歩的なことも無理やのに、この先、その身体で何が出来ると思ってるん? 入り口で、と言うか、入り口のドアの前で躓いてんやで。重たい物は持てん、固いネジは回せん、ろくに工具は使えんし、見たことないレベルの不器用、物理の理論も理解出来へん、平均律もろくに作れん、必要な数値も覚えられんし……むしろ、一番向いてへん道やん? それに、もし最低限の技術身に付けたとしても、その後どうするつもりなんや? どこの会社が、難病で休みがちで何かと制限付きのお前なんか雇うねん? だから、一人でやっていきたいんやろ? でもな、誰がお前に仕事を依頼するんや? もし依頼されてもな、お前に何が出来るねん? この仕事、舐めてへんか? だいたいな、病気以前の問題で、お前、他人とまともに会話出来へんし、目も合わされへんやん。そんなんで、どうやってやっていくつもりや? お前なんか、ここに居ても意味ないで。やりたいことと向いてることは、一緒とは限らへん。他にも色んな仕事あるやろ。もっと向いてる仕事探した方がええんちゃう? って言うか、自分に何が出来るか考えてみな!」

 私は、そこまで一気に捲し立てた。途中から自制が働かなくなり、感情を剥き出しに、胸のつかえを全て吐き出したのだ。
 塚原は一点を見つめたまま暫く黙り込み、小刻みに肩を震わせた。やがて震えは上半身全体広がり、激しく嗚咽を漏らすと、顔をクシャクシャにして大泣きした。悔しいのか腹立たしいのか分からないが、いつまでも泣き止まなかった。

 数日後、工房に来客があった。ご依頼頂いている仕事の進捗具合を、納品が待ち切れずに見に来たのだ。
 この仕事は学校とは関係なく、私が個人で手に入れた大切なお客様からのご依頼だ。開業してから、週に何件かの訪問調律は入るようになっていたが、大掛かりな修理の仕事は初めてだった。下請けではないので粗利も大きく、その分全神経を注いで慎重に取り組んでいた。もちろん、塚原には触らせていない。全ての工程を私一人で行っていた。
 私は、お客様に塚原を紹介した。例の一件以来、流石に休みがちになっていた塚原だが、それでも辛うじて辞めずにいた。あの日以降、私は取り立てて彼を虐めなくなったが、ほぼ存在を無視するようにもなったからに過ぎない。空気のように扱った、いや、実際に空気程度にしか思わなくなったのだ。ある意味、虐めより残酷な扱いかもしれない。
 そのクセに、「彼は、難病と闘いながらうちで技術を学んでるんですよ」「ほぼボランティアで彼に指導してましてね」「ハンデ抱えてても、何とか一人前に育てたくて……」と、お客様には「良い人アピール」に塚原を利用させてもらった。塚原は、珍しく不服そうな目をしたが、黙々と作業に没頭していた。お客様は、すごく感心して、私を見る目が尊敬の眼差しになった。そんなお客様の表情を見て、心なしか、私も優越感にも似た心地良さを感じた。
 その時に気付いた。理事長が彼を大事にするのも、ハンデを抱えた人材だからなのだ。そう、彼の為を思った支援ではなく、支援している自分をアピールしたいのだ。
 言ってみれば、病人を上手く利用した印象操作だ。クリーンで思いやりのあるイメージを創り出す、広告塔に過ぎない。なので、実際に面倒を看るつもりはなく、その一番嫌な役どころを私に押し付けているのだ。そうか、それなら少しぐらい、私もイメージアップに利用して良いじゃないか……そうして、私は罪悪感を消すことに成功した。

 しかし、その数日後、ついに彼は致命的な失敗をやらかし、それを機に、ようやく彼との関係に終止符を打つことになる。

第7章

 塚原は、私の不在中に、使用を禁じている電動工具を勝手に触り、制御出来ず、近くにあった納品間近のピアノの側面(親板)を傷付けたのだ。先日、お客様が見に来たピアノだ。このピアノの外装は、「オープンポア」という特殊な塗装で仕上げられている、美しい外観を誇る年代物のピアノだった。更に、塚原は、無謀にも自力で修復を試み証拠隠滅を図ったが、上手くいく筈もなく、かえって傷口を広げてしまった。そもそも、そのピアノは触れることどころか、近付くことさえ禁じていたのだ。
 しかも、怒られることを怖れたのだろうか、彼は、自分のとんでもない失敗を、一切私に報告しなかった。そして、結局私の知らないままに商品は納品されたのだ。
 当然、物凄い剣幕でクレームが来た。まさに、青天の霹靂……お客様は、先日お会いした時とは別人のような形相で怒り狂っていた。直ぐにご自宅に訪問し、初めて悲惨なピアノの状態を目の当たりにし、あまりにも酷い有様に、私は土下座しながら謝罪した。ク
 改めて傷を観察すると、ちょっとした補修程度の作業で済むような状態ではなかった。オープンポアは、木材の木目や質感を活かす為に塗膜はほぼなく、木の表面にウレタン等の塗料を染み込ませて固める工法だ。つまり、外装の傷イコール木部の損傷と言える。しかも、かなり深くやられているので、補修なんてやりようがなく、木工から作り直しなる。
 また、もしそこだけ上手く直せたとしても、色合いや木の材質の具合はクリエーティング、数年後に周囲から浮いて見えるだろう。それより、このピアノの親板は一枚板なので、部分的に違う木目を合わせるわけにもいかない。
 そうなると、方法は一つしかない。親板一枚全てを作り直した上で、全塗装……となると、専門業者への委託になる。運送費も往復分。ザッと見積もった損失額だけでも、絶望的な数字になる。私は、呆然と血の気が引いていくのを感じると同時に、塚原への怒りに震えていた。 出荷前の最終点検を怠った自分の非は棚に上げ、ただ偏に塚原を憎んだ。

 翌日、専門学校の理事長にアポを取り、塚原もメールで呼び出した。電話には、出ようとしないのだ。しかし、結局彼は来なかった。
 理事長にはありのままを説明し、数十万円の損失の補填を訴え、塚原の解雇を求めた。しかし、それでも理事長は塚原を庇った。それどころか、私を責めたのだ。
 私は呆れ果てた。そして、全てを悟った。私は利用されているだけだということに。
 格安で工房を借りているとはいえ、専門学校からすると使い道を無くした物件の有効活用に過ぎない。しかも、そこで家賃収入を得、格安で下請けを発注する。更には、自己満足の為に、僅かな手当てと引き換えに、特定疾患を患っている人間の面倒を押し付ける。全て、私や塚原の為を装っているだけで、利己的な欲望の解消に他ならないのだ。
 そもそも、塚原は私の部下ではない。理事長の部下だ。嫌々預かってるだけで、無理矢理押し付けたのは理事長だ。彼に合鍵を渡したのも理事長だ。私のいない時に勝手に工房に入り、ピアノを傷付け、報告しなかったのも、元はと言えば、塚原が自由に出入り出来るようにしたからだ。賃貸のテナントにオーナーの部下が合鍵で自由に出入りしていること自体、非常識な話なのだ。
 それに、よく考えると、今回の出来事は社員が出向先で大きなミスを犯したのと同じ構図にもなる。しかも、無断で作業して報告もなし。そのミスを犯した人物の所属先の責任者が、失敗を庇い、責任逃れをしている。いや、それどころか、出向先に責任を押し付けているのだ。有り得ない話だろう。
 今まで感謝していたことが、急激に馬鹿らしく思えてきた。少し視点を変えると、ただ単に弱みにつけ込まれ、いいように利用されていただけだ。
 私は、その場で工房を引き払うことを告げた。もう、工房も仕事も要らないので、塚原とも終わりにしたい。そう訴えると、理事長は冷ややかな蔑んだ目で私を睨み、一言「勝手にしろ」と言った。

 損失に関しては、手紙を添えて、塚原へ直接請求した。すると、僅か数日後には少し大目に振込まれていた。そう言えば、彼の実家は資産家だったのだ。おそらく、ご両親が支払ったのだろう。
 ピアノは、直ぐに塗装工場へ運び込み、無理を言って早急に対応してもらうことになった。お客様へは再度頭を下げに伺い、塗装期間中は違うピアノを無償で貸し出すことにした。幾らか大目に振り込まれたところで、大赤字には違いない。開業して数ヶ月が経ち、ほんの少しだけ出来た蓄えを、一気に吐き出す羽目になった。いや、金銭だけの問題ではない。何よりも、お客様からの「信頼」を失ったのだ。
 塚原からは、最後まで謝罪がなく、それどころか全く連絡すら取れなくなった。手紙には、一度説明に来てくれ! と書いておいたが、もちろん彼が会いに来ることはなかった。結果的には、それで良かったのかもしれない。もし会えば、彼がクローン病を患っていることも、薬の副作用で骨が弱くなっていることも知っているが、間違いなくボコボコにぶん殴っていただろう。私が犯罪者になっていたかもしれない。彼も、再度入院することなっていたかもしれない。でも、そんな理性をコントロールすることは出来ないぐらい、彼への憎悪は膨らんでいたのだ。
 でも、もうどうでもいいことだ。何であれ、ようやく塚原から解放されたのだ。まずは、そのことだけでも喜ぶことにした。

 さて、工房を飛び出し、専門学校と決別した私は、完全に後ろ盾のないフリーの立場になった。そう言うと聞こえは良いが、実際は、工房だけでなく収入もほぼ全て失うことになり、自営存続の危機に面していたのだ。今まで使っていたボール盤やバフ機、コンプレッサー、ベルトサンダーなどの機材ももう使えなくなるので、もし修理の仕事を行うにしても、自宅で出来る簡易的な作業に限定される。
 ついでに言うと、貯金もほぼ全て使い果たしてしまった。事業所が工房から自宅に変わったので、名刺や社印なども作り直しだ。このままだと、二〜三ヶ月もすれば本当に破産するだろう。
「数ヶ月で破産したら笑ってくれ」——駒田にそんな啖呵を切ってからもう何年も経っているように感じるが、あれからまだ一年弱、私は本当に破産寸前に陥っていた。独立開業は失敗だったと認めるしかない。駒田の予想通り、無計画過ぎたしどこかで起業を舐めていたのだろう。
 私は、恥を忍んで駒田に連絡してみた。何らかの知恵が欲しかったのだ。いや、あわよくば融資も欲しかったし、新事業として、投資して欲しいとも思ったのだ。しかし、駒田は以前と違って、シビアな態度に終始した。

「融資? 投資? あのさ、あの時と状況が全く違うやろが。あの時はな、俺も楽器業界に参入しようかなって迷ってた時期やったしな、お前も学校から安定した仕事が貰えるって話やったやん。先ずはそれが大前提、それにプラスして、ちゃんとした事業計画があれば、って言ったやろ? で、お前には融資出来んって説明したやろが。実は、俺はもう、あの後に楽器店を一つ買収したんよ。楽器産業には、今のところその店に注力したいから、新事業を立ち上げる予定はないな。だから投資はない。融資にしても、今のお前みたいに返済能力も事業計画もないヤツに、一円も貸せるわけないわ。俺も、いくら友達やからって、ボランティアで金ばら撒くほどお人好しやないで。お前さ、学校と喧嘩別れてして収入源を自分から投げ捨てといてさ、これから何やっていいか分からん、どうやって稼いでいいか分からん、何もアテがない、だから金貸してって虫が良過ぎるで。そんなアホな話、どこにあるねん。ふざけんな、って話や。事業の借入やなくて、単純に友達から金借りたいって話やとしても、いつどうやって返すのか分からんヤツには誰も貸してくれへんよ」
 私は、何も言い返せなかった。確かに虫が良すぎるし、舐めた話だ。駒田に金を借りても、それをどうやって増やせばいいのかも分からない。いや、営業資金にすらならず、その場しのぎの生活費に消える可能性が高い。つまり、お小遣いをくれ、とお願いしているようなものだ。
 黙り込んでしまった私に、駒田が更に言葉を被せてきた。

「金は貸さんけど、お前のこと、バッサリ切り捨ててあとは知らん、なんて冷たいこと言うつもりはないから、ちょっとだけ言いたいこと言わせてくれ。聞きたくなかったら無視してくれていいわ。お前さ……お前が前に勤めてた会社の社長と同じやで。プライドだけ高くて短絡的で。それでも、経営成り立ってた分、社長の方が何倍もマシやな。一度、プライドを全部捨ててみな。今更やけど、理事長に良いように使われてても、別にかまへんのに。そんなことでムカついてどうすんねん。利用されたら、その分取り戻すこと考えたらいいやん。適当にゴマ擦って持ち上げとけばいいねん。技術に自信あるんかもしらんけど、人間に魅力なかったら仕事も回ってけぇへんわ。それに、上から目線もやめろ。お前なんか、社会的に何にも偉くないで。特に、立場が下のヤツに偉そうにすんのもやめな。そんなもん、五円玉が一円玉に偉そうにしてるだけや。せめて紙幣になってからにしろ。もっとも、紙幣になれるような人は、最初から硬貨を見下すことはせぇへんけどな。お前はもっと謙虚にならなあかんと思うで。自分のこと高く見過ぎや。それに、何でも自己中過ぎるねん。エゴの塊やな。だから、自分が損すると思ったら、異常にムカつくんやろな。でもな、人に利用されてもええやん。騙されても、自分で分かってたら別にいいやん。ちょっとぐらい、損被っても構わへんねんって。そんなことでいちいち怒ってたら、もっと損することになるねんって。ちょっとの我慢で済むことや。それぐらい、誰でも出来ることやねん。でも、プライドが高いヤツに限って、そんなことも出来へんねん。今変わらんかったら、お前なんか一生底辺這うだけの人生やぞ。えぇのか? 騙されたと思って、しょうもないプライドなんか捨ててみな! 人に融資頼む前に、そこからやり直せよ! もっとよく考えて計画立てて、目標持って、ガムシャラに血反吐(ちへど)吐くまで頑張れよ。大恥掻いてもええから、プライド捨てて己を晒して、死に物狂いでやってみな。それからやったら、三百でも五百でも、喜んで融資してやるよ」

 私は、いつしか駒田の話に聞き入っていた。前半こそ感情的になってしまい、それこそプライドを傷付けられた気がして、ムカついて反論し掛けたものの、徐々に冷静になるにつれ、全てが正しい意見に思えてきた。同時に、こんな辛辣なことを正直に話してもらえることは、とても有り難いことなのだと思えてきた。
「駒田……ありがとう。お前に相談して良かった。ぶっちゃけ、ちょっとムカついたけど、全部お前の言う通りや。俺、最低な人間やな。そやな、今しか変われるチャンスないかもな。プライドなんか捨ててみる。そんなもん、持ってるつもりもなかったのに、いつの間にかこびりついてたみたいやな。泥水(すす)ってでも、この世界で生きてみる」
「おぉ、分かってくれたんなら嬉しいわ。もうこれ以上は何も言わんから、焦らんとコツコツ頑張ってくれな」
「そうするわ。とりあえずバイト探す。多少なりとも付き合いのある会社にも片っ端から連絡してみる。簡単な仕事、格安で卸して欲しいって頭下げて回るわ。そこからやな。ほんま、ありがとう」
 駒田のおかげで、私はようやく目が覚めた気がした。そして、初めて少しだけ自分を知ることが出来た。とんでもないクソ野郎だったってことを。

第8章

 翌日から、私はバイト探しに明け暮れた。本業の方がもちろん大切だし、それを捨てるつもりはない。今後、自営で食べていく為に、やらなければいけないことも沢山あるのだろうけど、今一番必要なものは目の前の「収入」だ。長期的展望より、先ずは今日明日をどう過ごすのか考えないといけない。逆に言えば、そこまで追い詰められていた。
 ただ、幾ら仕事がないとは言え、本業を疎かにすると本末転倒だ。それに、もし一件でも調律の依頼が入れば、何よりも優先して取り組まないといけない。そうなると、バイトの職種も限られてくる。時間は夜間の方が望ましいし、なるべく休みも取りやすい方がいい。もちろん、給与も高いに越したことはない。全くやりたくない仕事や絶対に向いていないと思う仕事は、さすがに避けたい。消去法で絞り込んでいくと、清掃業に落ち着いた。そう言えば、駒田も開業一年目は、掃除屋のバイトで食い繋いでいたと話していた。おそらく、私と似たような考え方から辿り着いたのだろう。

 色んな楽器店やフリーランスの調律師にも、片っ端から電話を掛け、アポが取れれば訪問させて頂いた。恥を忍び、プライドを捨て、どんな些細な仕事でもお請けさせて頂くので、と頭を下げて回った。運送屋も幾つか周り、移動後の調律などの話があれば、格安で請ける旨を説明させて頂いた。
 しかし、業界からは全く相手にされなかった。学校とのトラブルを耳に挟んでいる会社には、ほぼ門前払い状態。運送屋は、既に色んな調律師と繋がっているし、フリーランスの調律師は、誰も人に仕事を回すほどのゆとりはない。そもそも、彼等は全て自分の思うようにしたいからこそ、フリーになったようなものだ。
 それでも、この仕事にしがみ付きたくて、必死に仕事を求め色んな人に頭を下げて回った。すると、それまでほとんど付き合いのなかった会社から、修理の下請けの依頼を頂いた。と言っても、提示された金額は、完全に足元を見られたのか、相場からかなり掛け離れていた。勿論、技術がお金になるなら、今は仕事なんて選んでいるゆとりはないことも分かっている。少しだけ躊躇したものの、すぐに切り替え請け合うことにした。
 赤字ではないものの、バイトの方がずっと儲かるような馬鹿げた仕事だが、懸命に取り組んだ。すると、納品後にもう一件仕事を貰えた。全く同じ条件の同じ内容の修理だ。その後も、時々ながら仕事を回してくれるようになった。ほぼ全てが採算ギリギリの仕事だが、私は喜んで請けるようにした。利用されているだけと分かっていても、笑顔で感謝を表現した。そう、そこだけを切り取ると、専門学校に世話になっていた頃と本質的には何も変わっていないのだ。ただ、私の中の受け止め方だけは、幾分か謙虚になったかもしれない。
 その後も、コンスタントに仕事を貰えるようになった。時間を取られる割には大した収入にはならないし、バイトの収入に頼る生活には違いないが、調律師としての仕事があることだけでもありがたかった。なので、仕事には真摯に取り組んだつもりだ。
 一年ぐらい経った頃、その会社のベテラン調律師が、予てから悩んでいた慢性的な腰痛が悪化し、技術の仕事から引退して営業に回ることになった。それに伴い、私に嘱託調律師をやらないか? と話しが来た。今までの修理の仕事が認められたようだ。今回は条件も悪くはない。私は二つ返事で引き受けることにした。

 それから更に一年程経った頃、師匠が亡くなったとの一報が届いた。
 もう、長年年賀状のやり取りだけの交流で、電話もしなくなっていた。最後に話したのは、学校の工房を借りて開業する直前だ。一応、開業の報告だけはしておかないと、と思い電話を掛けたのだが、既に、すっかり耳が遠くなっていた師匠とはなかなか話が噛み合わず、イライラした記憶がある。
 途中から会話が面倒臭くなり、電話を掛けたことを後悔し、何とか穏便に電話を切ることだけを考えていた。そんな私を見透かしたかのように、師匠は「学校の人と上手くやれよ」と言った。今思うと、師匠は私が「上手くやれない」と予想していたのかもしれない。もっと、師匠とゆっくり話すべきだったのに、当時の私は他人への気遣いや寛容さに欠けていた。相手が師匠であっても、だ。
 実際に開業してからも、どうせ話が噛み合わないだろうと、師匠に連絡することはなかった。塚原のことで悩んでいた頃、一度連絡しようかと迷ったことはあったが、結局はしなかった。「師匠」という、調律師としてこれ以上ないベンチマークがありながら、それを参考にもせず、相談もせず、一人相撲で自滅したのだ。
 でも、どのみち、私は師匠のように人を育てることは出来なかっただろう。そういう技術も能力もなければ、人間的にも「教育者」や「指導者」の資質に欠けている。そのクセ、「指導者」という肩書きだけに酔い、偉くなった気になっていたのだ。吉岡にも塚原にも、少しだけ立場が上にいるだけなのに、大きな勘違いをして苦しめてしまった。
 やがて、学校の人と上手くやれず、工房を出ることになり、自営を装う無職のようになり……ますます師匠から遠のいていた。いつか、仕事が安定したら連絡したい……そう考えていたのは本当だ。そして、もう少し頑張れば、その時が来るかもしれない……と思っていたのも本当だ。しかし、全てが遅過ぎた。師匠とは、結局それが最後の会話になった。

 数日経ってから気付いたのだが、師匠の死は、想像以上に私の心の奥深くを抉り取り、ぽっかりと大きな穴を空けたようだ。もう、何年も会ってすらいなかったのに、常に精神的な支柱として、私は師匠をすぐ傍に感じていた。技術的に分からないことは師匠に聞けばいい、知識の足りない部分は、いつでも師匠が教えてくれる……そういった甘えや安心感は、自営業者にとって「保険」のようなもの。実際に保険(ヽヽ)を使ったことはなかったとは言え、もう二度と師匠に教わる機会はなくなったのだ。これで、本当に私を助けてくれる人はいなくなった。
 いつの日だったか、「もっと自己中に生きてもいい」と師匠は私に言った。今なら、その真意が理解出来る。当時の師匠は、私が会社に忠実で、自分を犠牲にして研修生の指導をし、会社の為に頑張っていると勘違いしていたようだ。その上で、そんなに会社に義理立てる必要はない、自分の人生を自由に生きろ、という意味での「自己中」だ。
 確かに、私は師匠の前では良い弟子でいようとした。その為に、会社での業務も真面目に取り組んでいた。社内のゴタゴタの際も、私は退職せずに残ることを選んだ。
 しかし、それは、単にその方が楽だったからに過ぎないし、会社の為なんて考えたことはなかった。師匠の弟子であることを優先して、真面目な社員を演じていただけだ。
 それなのに、師匠には「良い意味で」違って見えていたのだろう。人間的にも技術者としても、私にとっては完璧に近い存在だった師匠だが、たった一つだけ欠点があった。それは、人を見る目がなかったこと。厳密には、性善説がこびり付いており、どんな悪人も「本当は良いヤツなんだ」と信じ込んでいるのだ。なので、私や吉岡のような人間が持っている、生まれながらにしての「醜さ」や「残酷さ」を見抜けない人だった。その結果、当時の師匠の目に映る私と実際の私は、著しく乖離していたのだろう。猫を被った姿を「真」と捉えていたようだ。
 実際には、師匠がいなくなってからの私が、本当の私だ。自意識過剰で嗜虐性の塊で、プライドだけはやたらと高く、弱いものいじめが生き甲斐な私。そして、究極のエゴイスト。師匠に言われなくても、既に自己中を極めていた。しかも、師匠の一言を都合良く解釈し、自分のエゴを正当化し、更に後押ししてくれた気にさえなっていた。その成れの果てが「今」なのだから、誰に言われるまでもなく、間違っていたことは明白だ。

 いつしか、学校と訣別して、五年ぐらい経っていた。相変わらず、調律師としての仕事では大きな飛躍はない。バイトも続けている。三十代後半の独身で、フリーターと大差のないフリーランス。世間一般で言うところの、完全なる「負け組」だろう。
 それでも、いつしかそれなりには食べていけるようになっていた。もちろん、常に仕事を求め、馬鹿げた仕事も喜んで請ける毎日には違いない。赤字と分かっていても、次に繋がる可能性に賭けて請けることもある。足元を見られ、有り得ない査定を飲まされることもある。
 毎日のように悔しい思いも味わったが、何とか衣食住には困らない程度の仕事は、ギリギリ確保出来るようになっていた。

 そんな折、久しぶりに駒田とバッタリと会ったことがあった。
 その日、私は始めたばかりの舞台設営のバイトで、県内最大の催事場に出向いていた。すると、偶然、その会場に、駒田もいたのだ。
 そのイベントは、プロアマ問わず、色んなジャンルのクリエイターが作品を展示販売するマーケットで、何年も続いている有名な催しだ。今でこそ、物販から外食産業、音楽ビジネスなど、多方面に展開している駒田の事業だが、その始まりは天然石を使ったハンドメイドアクセサリーのネットショップだったのだ。そんな駒田にとって、このイベントは原点回帰の場だった。どれだけ会社が成長しても、毎年必ず出店しているそうだ。畳二枚ほどの小さなブースで駒田自らが店頭に立ち、天然石を使った様々な「作品」を販売しているとのこと。
 イベント開催日当日の早朝、出店者やイベント関係者が忙しく準備に動き回る中、バイト先から支給された「つなぎ」のユニフォームを着て、私は黙々と玄関ホールにある舞台の設営で、他のスタッフと一緒に走り回っていた。照明や音響、大道具、小道具など、それぞれの専門業者が協力し合い、簡易ステージを作り上げるのだ。
 もっとも、私はこのステージが、何に使われるのかも知らない。運び込まれた土台となる木材を、言われるがままに、六角ボルトで組んでいくだけだ。物作りにおける末端の人間なんて、そんなものだろう。

 その時、近くを通り掛かった駒田が私を見つけたのだ。そして、そっと近付き、話し掛けてきた。
「今本、お前、何やってるん?」
「えぇ? 駒田か? はははっ、えらいとこ見られてもうたな。バイト中や」
「元気そうやな。調律もやってるんか?」
「まぁ、ボチボチやけどな、まだしがみ付いてるで。で、お前こそ、こんな所で何やってんねん?」
「俺は、毎年このイベントに出店してるんや。今日と明日、どっちもブースにおるから、暇やったら遊びに来てくれよ」
「へぇ、そうなんや。じゃあ、明日の夕方冷やかしに行くよ。ついでに、終わってからメシでも行ける?」
「そやな、片付けはスタッフに頼んでるから、終わったらメシでも行こか。でも、融資の話とかはやめてくれよ?」
「分かってるって。じゃあ、親方に怒られるから、また明日な」
 こうして、翌日の夜に駒田とゆっくりと話す機会を得た。

第9章

 私が駒田のブースを訪れたのは、結局イベントの最終日、イベント終了の数分前だった。色彩、光沢、硬度、形状など、様々な個性を持つ天然石が、原石のまま展示販売されていた。また、ブースの端っこでは、それらを綺麗に加工したアクセサリーも販売されていた。今でこそ、多方面に進出している駒田のグループ会社も、その原点は石の販売だったそうだ。
 もっとも、私にはその良さも価値も全く分からないのだが、どうやらマニアには人気のある商品なのだろう。既に片付けを始めているブースも多々ある中、駒田のブースはまだ沢山の客で賑わっていたのだ。
 私を見つけた駒田は、部下らしきスタッフに何やら声を掛け、私の元に来た。
「何か欲しいのあったら持って帰っていいで」
「せっかくやけど、多分すぐに失くすから、遠慮しとくわ」
「まぁ、興味ない人にしたら単なる石ころやしな。じゃ、メシ行こうか」
「店番はええのか? 何か俺の為にスタッフさんに迷惑掛けてない?」
「もうイベントそのまのも終わるし、後のことは元々全部頼んであるから、大丈夫。何もタダ働きさせてるわけやないしな。で、行きたい居酒屋あるんやけど、そこでええか?」
「高くない? 俺、ご存知の通り(ヽヽヽヽヽヽ)そんな金持ってへんで。万とか言われたら辛いんやけど」
「大丈夫、メッチャ安い店や」

 イベント会場から駒田が行きたいという店まで、二人で歩いて移動した。途中、大きな公園の脇を通ったのだが、園内にはブルーシートで作られた簡易テントが彼方此方に張られていた。会場から僅か数百メートル移動しただけで、見るからに治安が悪そうな貧民街になるのだ。
 ここは、地元の人間さえ滅多に寄り付かない、ホームレスや日雇い労働者に占有された集落だ。週に数回は、ボランティアによる炊き出しが行われているし、公園の広場には、毎朝日雇い労働の募集に人が殺到する地域だ。連日、年季の入った自転車を相棒に、空き缶を回収して回る者もいる。不法ビデオや偽ブランド品の露店販売も沢山あるし、白昼堂々と違法な薬物の売買も行われている地域だ。ゴミが散乱し、タバコの吸い殻もあちこちに捨てられている道を、二人で黙々と歩いた。
 そんな危険な地域の外れに、小汚い居酒屋があった。年商十億を超える会社を経営する駒田には、全く似つかわしくない店だ。そもそも、駒田がこんな所に来るなんて、誰も想像出来ないだろう。

「ホンマ、久しぶりやな。電話で説教して以来かな?」
 とりあえず、ビールで乾杯して、改めて駒田と向き合った。久しぶりに会う駒田は——会場で会った時には気付かなかったのだが——幾分か頭髪が薄くなり、一回り以上も身体が大きくなっていた。分かりやすく言えば、若禿と中年太りだ。幼い頃には、あんな風にはなりたくない、と思った容姿だが、今となっては少し羨ましくさえ思える。何となく、生活に不安がなく、身体も健康な証のような気がしたのだ。
 簡単に言えば、色んな意味での「ゆとり」だ。そして、それこそ今の私に全く縁がないものだ。もっとも、「若禿」は関係ないかもしれないが。
「そうやな。でも、あの時お前に叱られてなかったら、今頃野垂れ死んでたわ。おかげさまで、何とかバイトしながらやけど、調律師って名乗れる程度には仕事させてもらってるで」
「良かったわ、それなら」
「しかし、言っちゃ悪いけど、すごい店やな。じゃりン子チエ思い出したわ」
「まぁ、あの漫画の世界が、まさにこういう地域やもんな」
「安いのは嬉しいけど、お前はもっとええ酒飲んでると思ってたわ。俺に合わせてくれたんなら有難いけど、もうちょい上の店でも良かったのに」
 半分皮肉で、半分は申し訳なさも込めて、駒田にそう言った。しかし、駒田は薄っすらと笑みを浮かべている。とても穏やかで、優しい笑みだ。
「違うねん。俺、この店が好きでな、年に何回か来てるねん」
 そう言ったきり、黙ってしまった。「なんで?」と聞くタイミングを逃した私も、次の言葉を出せないでいた。そのまま一分ぐらいの沈黙を経て、ボソボソと駒田が語り始めた。
「俺さ、開業したばかりの頃な、全く何も売れなくて、バイト代も全部生活費に消えて、貯金もゼロになって、それどころか借金もあって。まぁ、借金と言うか、専門学校の学費やな。俺、言ってへんかったけど、親おらんからな、高校まではお婆ちゃんに育てて貰ったけど、専門学校は奨学金で通ってたんや。それやのに数週間で就職先の会社辞めてもうたから学費も返さんうちに収入無くなって、一か八か始めた事業が上手くいかなくて、他の仕事に転職するのも悔しくて……バイトで食い繋いでたけど、ちょっと風邪ひいて数日休んだら、それだけのことで収入が足らんで生活出来んくなって。さっきの公園でホームレスでもやるしかないかな? って下見に来たことがあんねん」
「アホな、お前、開業したのって二十歳(ハタチ)ぐらいやないか。まだ学生やっててもいい歳やのに、ホームレスって……」
「そうやな、まだハタチそこそこの時や。多分、若手ナンバーワンのホームレスになれたかもな。今思ったら、何でそこまで追い詰められてたんか分からんよ。幾らでもやり直し効く歳やもんな。でも、その時はホンマにどうしていいか分からんで、絶望しかなくて、学ぶのも働くのも嫌になってな。まぁ、健康な若者のクセに贅沢な話やな」
「分からんでもないよ。少し前の俺も、そんな感じやったしな。健康な若者やないけど」
「とにかく、一人でこの辺に来たんよ。でも、実際に来てみたら、思ってたのと全く違ってな。皆んな自分のペースで懸命に生きてるやん。一般社会の常識からちょっとズレてるかもしらんけど、個々のペースで頑張って生きてるし、楽しそうに笑ってるし。確かに皆んな着古した服で小汚い格好やし、髪もボサボサ。まともな収入もないんやろうけど、結局何を優先するかってことが一般的じゃないだけやねんな。生活の安定より、酒とタバコと堕落の方が楽、それならそれでいいんちゃうかな。酒が切れたら日銭稼いで、生活保護もらって、まぁ、税金も納めんヤツが人様の税金で……ってことはおいといて、生活スタイルって意味でな、そういう堕落も別にアリなんやなって思ったんよ。どうしても、普通に働いて普通に生活して……そういうのを知らんうちに強制されてるし、そこから外れるのが怖くて、いや、恥ずかしいって思うんやろな。ろくに仕事してない、とか、大した稼ぎもないとか、それがいけないことみたいに洗脳されてるねんな。でも、普通ってなんやねん? 彼らは、自分の人生を好きなように生きてるだけ……変な言い方やけど、すごい羨ましく思えてきてな。ホームレスとか日雇い労働者って馬鹿にしてたんやけど、俺なんかより皆んな頑張ってるし、充実してる。少なくともそう見えたんや。俺なんか、ホームレス以下やん! って気付いて……」
「で、元気付けられたってことか?」
「いや、逆や。俺、そんなに強くないからな。俺なんか、ホームレスにもなれんのやって気付いて、生きる価値ないなって思って……最後に何か美味いもん食って死のうって思ったんよ。で、財布見たら千円札一枚だけ入ってて……目の前にあったんがこの店やねん。吸い込まれるように入店して、ビールと唐揚げだけ頼んでな。気付いたら、俺、このカウンターで泣いてたんよ」

「お、兄ちゃん、どないしたんや?」
 空っぽのグラスを前に、一人で泣いてる青年に、見るからに日雇い労働者であろう初老の男が話し掛けた。全身真っ黒に日焼けしており、ぱっと見は痩せ気味の体躯だが、よく見ると歳の割には筋肉質な身体。そして、そのまま青年の隣に座り、ビールを注文した。
「若い男がメソメソすんなって。コレか?」と言いながら、男は小指を立てた。
「女なんてな、掃いて捨てる程おるぞ。兄ちゃん、男前な顔しとるやん。安心せぇ、うまいことやりゃあ、これから好きなだけ抱けるぞ。どや、おっちゃんが口説き方教えたろか?」
 すると、近くに居た別の男性が、大声で話に入ってきた。
「おい、川ちゃん、そっとしといたれや。一人で思い存分泣いた方が吹っ切れることもあるで。俺もよう一人で泣いたから分かるんねん」
「嘘コケ! たもっちゃんが一人で泣いてるとこ、想像出来んわ」
「はははっ、こう見えてもな、ロマンチストやねんぞ」
「なーにがロマンチストや! 寝言は寝てからにせぇ! ほら、兄ちゃん、あんな阿呆なオッサンも俺みたいなクソジジイも、楽しく笑って生きとんやで。アンタみたいな若いハンサムが泣くんでねえって。な、ビール奢ったるで、ちょっとジジイと話でもせえへんか? そんなえぇ女やったんか?」
 すると、ようやく青年は——二十歳の駒田は、顔を上げ、隣の男性に向き合った。
「ありがとうございます。女やないです。俺、この店出たら死のうと思ってたんです」
「アホかっ! わざわざ死なんでも、そのうち勝手に死ぬわ! 兄ちゃんよ、何があったか知らんけど、そんな若いのに死んだらアカン! それに、死ぬのはいつでも出来るで。最終手段や。せめて六十ぐらいまで生きてから、考えた方がええで」
 自称「ロマンチスト」のたもっちゃんも、グラス片手に駒田の隣の席にやって来た。駒田は、川ちゃんとたもっちゃんという二人の男性に挟まれた形だ。
「おいおい、兄ちゃん、俺らなんか死ぬタイミングも逃してしまってよ、ダラダラ生きとるけど、毎日なんやかんや楽しいぞ。もう、死ぬのも面倒臭くてな。生きてると良いこともあるで。俺みたいな無職のその日暮らしの日雇い労働者でもな、生きてて良かったって思えるんや。人生ってそんなもんやぞ。川ちゃんの言う通り、死んだらアカンねん」
「そやで。俺とたもっちゃん……って、このおっちゃんのことな、俺らが意見合うことは、そうないんやで。つまりや、俺とたもっちゃんが二人とも死んだらアカン言うてんねんから、多分それは正解なんや」
 青年はいつしか「川ちゃん」と「たもっちゃん」の勢いに飲み込まれ、泣き止んでいた。気付いたら、グラスにビールが注がれている。二人にせがまれ、青年はポツリポツリと自らの身上話を話す羽目になった。奨学金で専門学校を出たこと。就職出来たのに直ぐに辞めてしまったこと。思い切って起業してみたけど、鳴かず飛ばずで生活に窮してること。もう、何もしたくないこと、生きてることに疲れ、無気力になったこと……。二十歳の青年が何を甘えたこと言ってるんだ! と一喝して終わりそうな話だが、既に還暦に近いだろうと思われる川ちゃんとたもっちゃんは、息子程の年齢の駒田の話に真剣に耳を傾けた。

 いつしか、三人はしんみりと……なのに、何処か楽しげにチビチビと酒を酌み交わしていた。店主からの奢りで、ツマミも追加されていた。たもっちゃんと川ちゃんの仲間から、タバコの差し入れもあった。
「保さん、川田さん、こんなに奢って頂いて申し訳ないです」
「アホなこと言うな! これも何かの縁やで。それに、今日は生活保護の受給日やから、俺も川ちゃんもちょっとだけリッチやねん。税金納めてくれはってる方々には申し訳ないけどな、まぁ、俺も昔は税金ぎょうさん払っとったからな、年金の代わりやと思って貰ってるんや」
「俺はな、最近使ってくれてる土方が仕事はえらいキツイんやけど、金はなかなかええねん。向こう二週間ぐらいは、ちょっと贅沢出来るんや。ホンマ兄ちゃんは運がええで」
「そやな、昨日やったら俺は金出せんかったもんな」
「いつか……必ずお返しします」
「そんなもん要らんって! 久しぶりに若い子と話出来ただけで、俺らは満足や」
「そうやで。まぁ、若い姉ちゃんやったらもっと良かったけどな。はははっ」
「まぁ、俺らみたいな人生の落伍者でもな、毎日こうやって笑って生きてるんや。そのうちどっかで野垂れ死ぬんやろうけど、それでも酒とタバコはやめられへん。今更まともな職にも就けんし、日雇いでこき使われて、日銭稼いではパチンコですられて、もし生活保護打ち切られたら、即ホームレスや。そのクセ、生活を改めることも自分から死ぬ勇気もあらへん。兄ちゃんみたいに、そんな若いのに死ぬ覚悟が出来るなんてな、逆にメッチャ強いんやと思うで。アホやから上手いこと説明出来んけど、アンタはスゴイって話や。運もええしな」
「川ちゃんが人褒めるのって、めっちゃ珍しいことやねんで。兄ちゃんよ、アンタは絶対成功するわ。川ちゃんはな、今でこそここでこんな暮らししとるけど、人を見る目は確かなんや。昔はな、兄ちゃんも名前知ってる超一流企業の人事部長やってたんやで」
「おいおい、そんな話は要らんって。それに、たもっちゃんも嫁さんに逃げられるまでは経営者やったやろが」
「元経営者だけにしてくれや。嫁さんに逃げられたとか、余計な情報は付けんでええねん!」
「あははっ、すまんすまん。なぁ、兄ちゃんよ、いつでも辛いことあったらここに遊びに来ればいいで。川ちゃんかたもっちゃん呼んでくれ! って誰かに言えば、直ぐに飛んできたるわ」
「ありがとうございます。お二人にお会い出来て、本当に良かったです。俺、一応バイトは続けてるので、もうちょっと今の生活続けてみます」
「おぉ、ジジイは嬉しいぞ。種蒔いたら後は時々水撒いて根気ようやってれば、いつか芽が出て花が咲くもんや。ダメやったら、また違う所に種撒いたらええん。セックスといっしょや。兄ちゃんはまだ幾らでも種あるやろ? 俺らはもう枯れてもうたけどな。わはははっ」
「はははっ、もう川ちゃんは、すぐ下ネタに持ってくからなぁ」
 若い男は、入店して始めて笑った。明るくて楽しそうな若者の笑顔を取り戻した。

第10章

 長い長い昔話を語り終えた駒田は、ふぅっと大きなため息を落とし、グラスの中で溶けつつある氷を眺めていた。氷は記憶と同じ。少しずつ溶け形を失っていく。これが思い出なら、いつまでも何処かに残っている。二つの違いは、いつでも自由に取り出せるものが「思い出」で、どこにあるのかさえ分からないものが「記憶」……そう聞いたことがある。溶けた氷は、潜在的な「記憶」として残っている。確実にコップの中にあるのに、姿形が変わり溶け込んでしまい、取り出したくてもなかなか取り出せないのだ。
 その点、駒田の話は、きっと「思い出」のようだ。

「そんなことあったんや……」
「もう、随分昔の話やけどな」
「そのおっさん達とは、それっきりなん?」
「うん……一年後ぐらいに、少し金回りがよくなってこの店に来たんよ。川田さんと保さんに会いたいんだけど、って似たようなおじさんに聞いたら、二人とももうおらんで、って言われた」
 そう呟く駒田の目は、少し寂しげに笑い、少し怒りに燃えていた。
「何があったん?」
「川田さんは、身体壊して部屋で一人で死に掛けてたところ、たまたま仲間に見付けられて、保護されて、何処かに収容されたって言ってたな。その時点で、誰も行き先は知らんし、生きてるのかも分からんって」
「そうなんや……家族もおらんかったんかな?」
「ああいう方達って、あまり家族とか過去の話はせぇへんからな。まだ何処かで元気に酒飲んでるといいな、って思うけど。もっとも、あれから二十年近く経ってるし、生きてたら今頃は八十近いはず、下手したら超えてるかもしれん。まぁ、あんな生活してたら生きてる可能性の方が低いやろな」
 遠くを寂しそうに見る駒田の表情は、とても穏やかで落ち着いていた。懐かしむようでもあり、何処か達観したような境地も感じた。

「保さんは?」
 そう聞くと、駒田は急に顔を曇らせた。そして、何処となく怒気を含む声で端的に答えた。
「殺されたらしいわ」
 予想外の返答に、私は「えっ?」と驚いたように問い返すしかなかった。いや、実際に驚いたのだ。
「ど、どういうこと? 誰に殺されたんよ?」
「一緒に飲んだ日から半年ぐらい後に、この界隈でホームレス連続暴行事件ってのがあってな、保さんもやられたらしい。その報道は俺も知ってたから、もっと気に掛けるべきやったけど、保さんも川田さんもホームレスではないし、まさかと思って……。犯人は三人組のガキ共、確か全員中学生。そいつらにとったら、ストレス発散の遊びなんやな。十日で五人ぐらいリンチされて、保さんだけ死んだ」
 私は完全に言葉を失っていた。駒田にとっての恩人は、僅か数ヶ月の間に二人とも居なくなったのだ。駒田は、平静を装いつつも、目の奥に怒りの炎が燃えているのが分かった。それを見た私は、さり気なく話を逸らそうと試みることにした。実際のところ、居た堪れなくなったのだ。

「しかし、この店はええ感じやな。駒田がフラっと入ったのも分かる気がする。それに、少なくても二十年ぐらいは続いてるんやろ? この辺の労働者にとって、オアシスになってんやろな」
「そやな……でも、潰れかかった時期もあったんやで。ホームレス連続暴行事件から数年経ってからかな、行政がテント村を撤去してホームレスを追い出してな。まぁ、事件がきっかけになったんやけど、そこから数年掛かるのがいかにも行政のやることらしいわな。自立支援とか綺麗事並べて、この辺の環境を変えようとか言い出してな」
「あぁ、なんかそれ知ってるわ。サミットかなんかあったんやない? その時にホームレスの事件を蒸し返して……昔、そんなニュースあったな。そうか、あの時の被害者が保さんやってんな」
「まぁ、そういうこと。テント村の撤去を始めた時は、既に保さんが()られてから、四年も経ってたんや。で、一時的にホームレスは一掃されたけど、直ぐにまた戻ってきて……結局ホームレスが居なくなったのは、ほんの数年間だけ。でも、その僅かな期間でもこの店には痛手でな、客足が遠退いてもうて……店主も引退したかったみたいやし、この店閉めようかって話になったんや」
「でも、ずっと続いてるって……誰かが引き取ったんか?」
「あぁ、俺が買い取ったんや」
「……なるほどな。そうか、お前の店やったんか」
「厳密には、俺のグループ会社の一つが買い取ったんや。だから、今の店長も俺のことなんか知らんし、俺もここで偉そうに振舞うつもりもないし。でも、経理は直接チェックしてるで。この店は、絶対に潰したらアカンからな。公園での炊き出しも、ずっとうちの会社の福祉事業部がやってる。ホームレスも生活保護で生きてる日雇い労働者達も、この地から追い出したらアカン。批判する奴もいっぱいおるけど、皆んな言うこと同じや。突き詰めれば、あんな奴らのために税金を無駄遣いするなって話」
「でもさ……言いにくいけど、実際そういう面も否定出来んのとちゃう?」
「まぁな……」
 そう言ったきり、駒田は黙ってしまった。いや、言葉を探してるようだ。そして、意を決したように語り始めた。

「ちょっと長くなるけど、言いたいこと言わせてくれな。人間って理性がなかったら動物と一緒やろ? 食べて寝てセックスして、それだけでいいんちゃう? でも、より良い物食べたいし、より快適に寝たいし、より良いパートナーと共に暮らしたい。健康に生きたいし、安全を確保したい。その為にどうするか? って考えて、力とか権力とか頭脳とか知恵とかで差別化を図って、極端な話、社会ってその積み重ねで出来ていったんやない? で、社会性なんてものが築かれて、全員で守るべき責任とか秩序も生まれて、法なんかも生まれて、税金を納めるようになって……いつしか、人間は生まれた地域社会の一部になることが強いられてるんよ。それはそれで大切なことやし、俺も社会の一部として責任果たさなアカンと思ってるよ。でも、どうしてもそれが合わない人もいて当然やない? 向き不向きなんて、人それぞれやん。だからこそ、職業も宗教も選択の自由が保障されてるんやろ? そやのに、基本的な人間の部分で社会に合わなかったら弾き出されるって、おかしくないか? 法的な「義務」で生き方を制限するのは違うと思うねん。でも、こういう話したら、皆んな言いよることがあるねん。働かんで税金も納めんクセに、皆んなの税金で生きてるってズルくないか? ってな。だから、俺はいつも言い返すんや。ズルいと思うんやったら、お前もやれよってな。家売って、仕事辞めて、働かんとブルーシートで寝泊まりしたらいいやん。上手いこといったら、生活保護ももらえるかもしらんし、炊き出しに並んで毎日空き缶回収したり日雇いの土方探したらいいやん。ズルいと思うんなら、今すぐやれよ。簡単に出来るやん。そう言うたら、みんな黙るんや。結局のところ、気に食わんだけなんや。自分の自由は享受するクセに、気に入らん選択は全否定。でもな、この辺で生きてる人達は社会が気に食わんで、そういう生活を選んでるんや。それも自由やない? 同じことやないか?」

 そう言ったきり、駒田は黙ってしまった。私も駒田の勢いのある熱弁に飲み込まれ、口を挟めなくなっていた。昔の同級生とは言え、対極とも言えるぐらいに全く違う人生を歩む二人だ。社会的な成功を手中にした男と、ギリギリの生活を懸命に生きる男……今では、住む世界が違うのだ。
 とは言え、そのことを差し引いても、私には駒田の話が極論に聞こえた。いや、暴論、若しくは妄想と言ってもいいレベルかもしれない。勿論、全てを否定するつもりはないし、同意出来る部分もある。でも、現実に生活保護を意図的に悪用している人も沢山いる。自己本意に起因するミスで、やむを得ずに借金を重ね、ホームレスにまで墜ちた人もいる。彼等に、崇高な哲学や精神などあるとは限らない。
 そう、彼等全員が、自由な生き方を求めているのではない。そんな綺麗事ではない……少なくとも、私はそう思っていた。かく言う私自身も、それに近い境遇にまで墜ちている。だからこそ、そのことを知っているのだ。

 しかし、数分貫いた無言の後、駒田がボソッと呟いた全く別の話題により、私と駒田に明確な接点が生まれた。
「調律師か……俺はとっくに諦めた肩書やけど、今は音楽ビジネスもやっててな、楽器レンタルの仕事も始めたんや。と言っても、俺は出資だけで、部下に別会社作らせて全部任せてるんやけどな」
 駒田が音楽産業に進出したことは知っていたが、具体的な話を聞くのは初めてだ。
「マジで? ピアノもレンタルしてるんか?」
「もちろん。って言うか、ピアノがメインやな」
「じゃあ、調律どうしてるん? っていうかさ、融資なんてもう頼まんけど、ピアノレンタルやってるんなら、ちょっとぐらい仕事回して欲しいな」
「もちろん、俺もそれぐらい考えたことはあるよ。でも、悪いけど俺は一切口出さんって決めてるからな。そりゃ、俺が調律は今本を使えって言えばそうなるんやろうけど、企業に限らず、国も部活も自治会もPTAでも何でもそうなんやけど、組織のトップが公私混同したらその組織は腐ってくると思ってるねん。楽器レンタルの会社は、任せてる部下に責任も含めて全部丸投げしてるんよ。逆に言うたら、俺が私情挟んで口出ししたらやる気なくすやろうし、成功した時の手柄も失敗した時の責任の所在もあやふやになるやん。悪いけど、俺からは紹介出来んけど、自分の力で仕事取りに行くなら、もちろん止めへんよ」
「分かった。そういう所、見習わなアカンな。その会社のこと、教えてよ。また今度、お前のダチってことは言わんと、自力で開拓してみるよ」
「あぁ、そうしてくれると助かるな」
「ちなみに、今は調律師雇ってるんか?」
「確か、一人正社員で雇ってるはず。内勤外勤、両方兼任でやらせてるらしい。でも、外の調律がブッキングする時もあるんで、その時は何人かフリーの調律師に声掛けて外注でやらせてるみたい。お前が入る余地があるとしたら、そこやろな。まぁ、せいぜい月に数台やろうけど」
「そうか……まぁ、今の俺には一台でもありがたいよ。使ってもらえるように頑張るわ」
「あっ! そう言えば、昔、お前の工房におったヤツ、塚原って名前やなかった?」
 久しぶりに「塚原」の名前が出て、一瞬頭が真っ白になった。彼と連絡が取れなくなって、五年以上経っている。そして、ジワジワと彼の犯した失敗が脳裏に蘇り、妙な苛立ちを堪えるのに必死だった。
「うん……塚原や。もう、忘れ掛けてたけどな。アイツがどうかした?」
「でも、やっぱ別人かな? フリーの調律師の塚原ってのに時々調律を依頼しててな、前からオモロいヤツって話聞いてて俺も最近会ったばかりやけど、お前が面倒見てた塚原とは別人かも」

 工房を辞めて以来、毎日が死に物狂いで生きてきた為、塚原のことなど思い出すことさえなかったが、どうやら彼は彼で同じ業界で細々とやっているという話は、全く接点がないとは言え、風の噂で聞いていた。おそらく彼のことだから、私なんて比にならないほどの苦労をしてきたであろう。もっとも、私と違って彼は裕福な実家暮らしなので、衣食住の不安はないだろうが。
 駒田の知っている「塚原」が、果たして本当にアイツのことなのか確信が持てなかった。と言うのも、話を聞く限り、あまりにも印象が違うのだ。
 私の知っている塚原は、初対面の人には、不貞腐れたような陰鬱な表情から「暗い」人間と思われるだろう。「大人しい」のではなく、「不気味な」暗さだ。服装もいつも地味だし、髪型も昭和の真面目人間のような無個性のスポーツ刈り。
 しかし、駒田の会社で使っている塚原は、とにかく根明で陽気な人物なのだとか。明るい茶色に染めた長髪、片耳にピアス、ラフで派手な服装……テレビ業界人のような、若しくはサーファーのような出立ちらしい。もし、あの塚原だとしたら、俄かに信じ難い話ではある。
 余談になるが、「その塚原」が「あの塚原」かどうかはともかく、駒田の知る塚原に関しては、とても調律師として相応しいビジュアルとは言えないだろう。もし、当時の私の工房にそんなチャラい格好で来たら、私は激怒して追い返しただろう。師匠なら、間違いなく即日破門だ。
 しかし、今の私なら、さすがに推奨こそしないものの、それはそれで良いのでは? と思えるようになっている。世の中の風潮が変わったこともあるが、多分、私も少しは変わったのだろう。

 まさか、あの塚原なわけがない、印象が違い過ぎる……と思いつつも、駒田の話を聞いていると、同一人物としか思えない事実が一つだけあった。そっちの塚原も、難病を患っているらしいのだ。
 詳しい病名までは聞いていないそうだが、かなり厳しい食事制限があるとのこと。決して珍しくないとは言え、それほど頻繁にあるとも思えない「塚原」という苗字で、かなり珍しいであろう難病疾患を有する者となれば、やはり確率的に同一人物の可能性が極めて高い。
 それだけではない。大凡の年齢や体格も合致している。そして、どちらも調律師。せめて、居住地や下の名前などが分かれば確定出来るのだが、駒田もそこまでは知らないらしい。

「やっぱり、あの塚原っぽいな。アイツ、クローン病っていう難病に罹っててな、当時は制限どころか、食事そのものが出来へんかったで。鼻からチューブで食事(ヽヽ)してたわ。調律師で、難病で、塚原って名前の三十前後の男、この地域に何人もおらんやろな。全然見た目のイメージも性格も違うけど、変わったんかもな」
「そうかもな。まぁ、俺は元の塚原を知らんから何とも言えんけど、確かに確率は高いやろうな。しかも、ゲイやろ?」
「えっ? ゲイ? それは知らん! 聞いてへんよ」
「あ、そうなん? うちで使ってる塚原は、ゲイを公表してるわ」

第11章

 そうか、彼はゲイだったのか……そう聞くと、不思議なことにスーッと霧が晴れていく感じがした。色んなピースが、綺麗に繋がるような感覚だ。それなりに衝撃ではあったが、彼の湿っぽいウジウジした性格は、難病を患っていることだけでなく、性的指向を隠していたことにも一因があったのかも……妙な説得力を齎しながら、そうとしか思えなくなってきた。
 この数年の間に、LGBTQの認知や受容は急速に広まりつつあり、まだまだ不十分とは言え、セクシャル・マイノリティの方にとって、幾分かは暮らしやすい社会になってきたと言われている。おそらく、こういった社会の変遷は塚原がカミングアウトをする後押しにもなっただろうし、結果的に塚原も色々と吹っ切れたのかもしれない。
 駒田の話によると、どうやら塚原は、SNSを通じ、沢山のゲイ仲間が出来ているそうだ。そして、ゲイのサークルに入り浸っているとのこと。また、週に数回はゲイバーでもバイトしているらしい。そういった所での体験談を、いつも明るく楽しく話してくれるそうで、「面白いヤツ」として可愛がられているそうだ。特殊な形態とは言え、塚原は互いに助け合い、支え合うネットワークを築いたのだ。

「塚原が使われてるんなら、俺は割り込むわけにはいかんな。折角の話で勿体ないけど。アイツのこと、かなり恨んでた時期もあるけど、やっぱり知ってるヤツの仕事奪うのはちょっと気が引けるわ」
 率直に駒田に伝えると、彼は嘲笑気味に突き返してきた。
「仕事奪うって……お前、どこまでお調子者やねん。塚原より自分が選ばれるのが当たり前って思ってへんか? と言うか、それが前提になってへんか? そういうところがアカンねん。確かに、お前の方が間違いなく仕事が出来るんやろなってことは分かってるよ。でもな、技術力の差なんてあまり意味ないからな。現場でキチンと決められた条件で調律出来れば、世界的な巨匠でも調律学校の学生でも俺には同じや。多分、部下も同じ考えやと思うわ。それよりも、塚原は既にうちのスタッフに信頼されて実績も積んでるんやで。お前がそこに割って入るのは、そんなに簡単なことやないぞ。気が引けるとか、そんな悠長なこと言うてる余裕あるんか?」
 駒田の話を聞いて、私は情けなくなった。全くもって、駒田の言う通りだ。塚原より仕事が出来る自身はある。だから、必然的に塚原を追いやって私が雇われることになると思い込んでいた。塚原に務まる仕事なら、私には余裕だとも思っていた。無意識のうちに、傲慢な上から目線が出てしまうようだ。

「いや……そやな、勝手に仕事貰えるつもりになってたわ。アカンな、俺、全然成長してへんな」
「そんなことないやろ。こうやって話聞くだけでも、昔より素直になってるやん」
「俺、そんなに捻くれてたか?」
「いや、素直は素直やったな。ごめん、言い方悪かったわ。素直やなくて、柔軟に受け止めるようになったんやな。昔はめっちゃ頑固やったで」
「そうかもな。分かった、塚原から仕事奪えるように、お前の部下に頭下げてみるわ」
「俺はノータッチで貫くけど、まぁ、グッドラックとだけ言っとくわ。じゃ、そろそろ行こか」
「駒田……ホンマありがとな。話出来て良かった」
「おぉ、俺も楽しかったで。この店、機会があったら使ってな」
「お世辞抜きで気に入ったから、また来るわ。安いしな」
 こうして、久しぶりの再会は、ほんの少しの収穫だけを手に、解散となった。

 翌日には、駒田に教えてもらった彼の楽器レンタルの会社へ連絡してみた。自分がフリーの調律師であることを伝え、どんな仕事も喜んでお請けするので、機会があれば使って欲しいとセルフアピールを行った。すると、一度来社して欲しいと言ってもらえた。簡単な面接を行うとのことだ。滑り出しは順調だろう。
 そして、指定された日にレンタル会社を訪問し、簡易的な面談を行なって頂いた。経歴や動機について、手短な説明を求められたが、淀みなく答えることは出来たと思う。しかし、採用は厳しいようだ。
 どうやら、基本的に人手は足りているとのこと。月に数回、調律の仕事がブッキングした場合のみ、外部の調律師に委託するそうだが、塚原以外にももう一人助っ人がいるそうだ。万が一、二人とも来れないようなことがあれば、私に声を掛けてくれることにはなったが……過去には一度もそういう事例はなかったそうだ。
 私は、駒田の名前を出しそうになったが、辛うじて思い留まることが出来た。もしここで名前を出していれば、月に数件の仕事と引き換えに、駒田からの信用を失っただろう。その程度の理性が働くようになっただけでも、ほんの少しは成長出来たのかもしれない……そう自分に言い聞かせ、実質的に空振りに終わった面談の部屋を後にした。
 結局、そのまま数ヶ月、仕事が回ってくることはなかった。面談の後の数日間は、着信のある度に「もしかして!」と期待したが、やがて期待は諦めに変わり、いつしか完全に忘れていた。

 面談から半年ぐらい経ったある日の夜、携帯に着信が入った。もう、楽器レンタルの会社のことはほぼ忘れていたが、こんな時間に電話を掛けてくる心当たりもなく、久しぶりに「もしかして?」と期待した。しかし、ディスプレーに表示された名前はあまりにも意外過ぎた。
 なんと塚原だったのだ。
 思えば、あの事件以降、結局塚原とは連絡が取れないままだった。でもまぁ、損失はすぐに弁償してもらったし、今更謝罪なんて求めていない。それに、あれからもう五年以上も経っている。
 駒田の会社で少しだけ接点があったとは言え、会う機会は全くなかった。それに、私は彼に取って代わることは出来なかった「敗北者」だ。そのことを、彼が知っているのか否かは定かでないが、知っている上で「ざまぁみろ」と言いたいのかもしれないし、もしかすると謝りたいのかもしれない。
 何であれ、今となっては、私には特に彼と話すことはない。だからと言って、そのまま無視するのも抵抗があった。躊躇いはあったが、結局電話に出てみることにした。
 緊張しながら通話ボタンをタップすると、彼は、電話が繋がるや否や泣き出した。電話口で何も言葉に出来ず、ただ泣いていた。いつか、私が激しく罵った後のように……そのまま数分間、彼の号泣に付き合った。
 その時、突然何かが繋がった気がした。いや、(もつ)れた糸が(ほど)けたのかもしれない。コップの中に溶けた氷が、逆再生で形を取り戻すような感覚だ。

 あの時のチョコレートは、本当にお客様に貰ったのか? それとも……
 そして、あれは本当に事故だったのか? 或いは……

 いやいや、そんなわけないだろう……必死に打ち消そうと試みるも、突如頭に浮かんだ「もしかして」という直感は、完全には拭い切れない。
 何れにせよ、私はチョコレートを冷淡に拒絶した。その後は、日毎冷たく当たるようになっていき、あの事件が発生した。本当に事故だったのか、彼なりの報復だったのか、他の意図があったのか……。
 いや、もうどうでもいいではないか。最終的に私と塚原は決別した。それから五年以上の歳月を、どこで何をしていたのか知らないが、仕事、病気、ゲイの三重苦を抱え、必死に生きてきたには違いない。

「もういいよ……」
 私は無意識にそう告げていた。色んな意味を込めたつもりだ。その内の、幾つが伝わったのかは定かではない。
「本当に申し訳ありませんでした。私のせいで……」
「元気なんか? 病気は相変わらずなんか?」
 私は、あまり塚原に喋らせないように、話題を変えてみた。直感的に、喋らせてはいけない気がしたのだ。きっと、彼はいつまで謝り続けるだろう。もういいと言っても、ずっと、ずっと。

「三年ぐらい前に新薬が出まして……その、私に合うみたいで……」
「おぉ、良かったやん」
「今は……ステロイドは使わなくても……あの、炎症は抑えられらように……なので、食事も少しは……」
 彼は泣きながらも、途切れ途切れに話を続けてた。どうやら、以前より病状は改善しているようだ。
「そっか……じゃあ、今度メシでも行くか? お茶だけでもえぇし」
 そう誘ってみると、電話越しでも分かるぐらい、塚原の鳴き声は大きくなった。喜んでいるのか、悔しいのか、悲しいのか、怒っているのか……果たして、この中に正解はあるのだろうか?
「すみませんでした……ありがとうございました……」
 むせ返るような嗚咽の合間に、塚原は辛うじて二つの単語だけ絞り出した。 おそらく、塚原もシンプルな二言に、色んな意味を込めていたのかもしれない。その全部を拾ってあげられたのか、今となっては確認しようもない。食事の誘いも返事はもらっていないが、それも永久に確認出来なくなった。

 その僅か二日後、塚原は死んだ。後から知ったことだが、あの電話は入院中の病室から掛けたそうだ。

 塚原は、かなり早い段階で、自分の死期が近いことに気付いていたのかもしれない。だから、彼は焦り、生き急いだ。
 人生の最終章は、自身の性的マイノリティーをカミングアウトし、不治の病と闘いながら、仕事に打ち込み、努めて明るく楽しく、カウントダウンされていく人生を思い存分に満喫した。きっと、死と直面し、死を悟り、死を受け入れたのだろう。何も恐れず、恥じず、自分らしく生きる道を見つけ、正々堂々と真っ直ぐに歩んだ。塚原は、計り知れない精神力を備えた、とても強い人間だったのかもしれない。

 私は、自分勝手な感情だけで、塚原の貴重な時間を奪ってしまった。おそらく彼は、残された時間を少しでも有意義で濃密度に過ごしたかったに違いない。
 それなのに、私は塚原を邪魔者扱いし、不当に虐め、苦しめたのだ。何故、あんなに邪険に扱ったのだろう? 何故、優しく接してあげなかったのだろう? 何故、突き放したのだろう? 何故、チョコレートを受け取らなかったのだろう? 何故? 何故?

 電話の向こうに聞こえた塚原の噎び泣きが、 脳裏から離れない。彼は何を思い、どれだけの勇気を振り絞り、私に電話を掛けたのだろう? もっと、色々と話し合うべきだった。
 それに……私の方こそ、塚原に謝罪しなければいけなかった。何かがちょっと違っていだけで、ひょっとすると毎日楽しく過ごせたかもしれないのに。そう、私さえもう少し……何とか出来たはずだ。

 その夜、様々な感情が入り混じり、交差し、撹拌され、混乱した。
 どうやら、私は常に自分のことしか考えてなかったのだ。利用することを望んだくせに、利用されることは拒絶した。人のモノは欲したが、自分のモノはしまい込んだ。与えられると受取るが、与えることは拒否した。駒田に言われた言葉の一つ一つを、今になってようやく本当に理解した。
 吉岡にも、社長にも、専門学校の理事長にも、もちろん塚原にも、私は常に不誠実だった。自分にとっての損得にしか関心がなく、人が自分の為に動くことを当たり前のように思っていた。人の利益を妬んだ。自分の不利益は憎んだ。私自身は、決して人の為に何かをすることはなかったのに。
 私は、深い懺悔の念から自己嫌悪に陥り、そして、そのままベットに突っ伏した。目を閉じると、やはり塚原の泣き声が脳内を巡る。この声は、いつか消えるのだろうか?

 布団に顔を埋めたまま、私は己のエゴを呪った。そして、今更一寸の罪滅ぼしにもならないが、ただ純粋に塚原を偲んだ。
 すると、どういう訳か、涙が溢れ出し止まらなくなった。この期に及んで、あんな奴の為に泣きたくない、と意地を張る私を戒めるように、脳内に塚原の泣き声がこだまする。それはやがて旋律を帯び、私の嗚咽と妙に調和した。初めて、二人で何かを成し遂げた瞬間だ。
 その時、ふと、アイツが笑ったところを、一度も見たことがなかったことに気付いた。
 泣き声は、止みそうにない。

第12章

 日雇い労働者やホームレスが溢れる、県内で最も貧しい区域の外れに、小さな居酒屋がある。お世辞にも綺麗な店とは言えないが、昭和風情のような佇まいと庶民的な趣の気取らない家庭料理、そして「超」が付くほどの良心的な価格から、連日常連客で溢れている。
 狭い店内は、上品とは言えない喧騒が飛び交い、タバコと炭の煙で白いモヤが掛かっている感じだが、あちらこちらで談笑の絶えない賑やかな店だ。ここに来る客の大半は、このエリアに居住している日雇い労働者か生活保護受給者だ。
 しかし、今、カウンターでは、この店に不似合いな初老の男性が一人で飲んでいた。ラフな格好ではあるが、身に付けているものは見るからに高級品だ。身なりも清潔で整っており、何よりもこの辺に住む労働者達とは違い、色白で膨よかな体型をしていた。
 しかし、どうやらその男もまた、店の常連客らしい。一人で飲んでいるとはいえ、顔見知りの客に時々話しかけられては、笑顔で応じていた。それに、店主とも楽しげに談笑していた。明らかに、この店内では異分子のような存在だが、店にも常連客にも受け入れられており、打ち解けあっている感じだ。
 その男は、ふと真顔になって店主に尋ねた。

「最近、今もっちゃんは来てない?」
 常に笑顔を絶やさない店主の表情が、一瞬だけ曇った。
「今もっちゃんか……もう、数週間来てないな」
「何か聞いてる? ってか、その顔は何か知ってるんやろ?」
「はははっ、駒さんには嘘通じへんな。今もっちゃんは……ワシも人伝に聞いただけやけど、不正がバレてナマホ打ち切られたみたいで……アイツ、ちゃっかり年金貰ってたみたいやな」
「四十ぐらいまでは、細々とやけど働いとったもんな。国民健康保険は払ってたはずや。それに、その前は正社員で仕事してたから、厚生年金も数年分は払ってるやろうし」
「どうやったんか知らんけど、年金貰ってるの隠してナマホ申請してたみたい。ちょっとぐらい年金もらってても、ナマホは貰えるのに。まぁ、減額にはなるんやろうけど、正直に申請した方がええのにな。部屋出なアカンようになったんやって。しばらくならうちにいてもええぞって誘ってあげたヤツもおったんやけど、今もっちゃん、変に見栄っ張りやん? 人に頭下げるの苦手そうやし。その気になれば俺には手に職があるんや! 何とかなるわ! とか言うて、それっきりみたいやで。多分、違う場所でホームレスやってんちゃうかな」
「何で、違う場所に行ったんや?」
「いやいや、それはワシがそう思うってだけの話や。実際、この辺では見かけんしな。ここにおれば仲間もいっぱいおるのに、今もっちゃんの性格からして、落ちぶれたところを知ってる人には見せたくないんちゃうかな。根はええ人やのに、ちょっと損な性格やもんな。頑固で意地っ張りで、プライド高くて、ほんの少し自己中なとこあるやろ? 器用で物知りやから、仲良う付き合ってる人もいたけどな。でも、アパートに住んでることでホームレスを散々見下しとったからな。自分がホームレスになったら、ここにはおれんやろ」

 店主の話を聞いた初老の男は、寂しそうに少し笑った。
「……そうなんか。アイツ、結局変われんかったんやな」
「駒さんさ、前から聞きたかったんやけど、今もっちゃんとは古い付き合いなん? 二人とも時々店来てくれはったけど、一緒に来ることはなかったやん? お互い相手のこと聞いてくるのに、一緒におるところは誰も見たことないねん。変な関係やなって皆んな思ってるんやで」
 いや、大昔に一度、二人で来たことがある——男はそう言い掛けたものの、結局は口に出さないことにした。もう、どうでもいいことだし、説明を求められると面倒だと思い直したのだ。
「まぁ、何年も前の話やけどな、友達やった時期があるだけや」
「友達やったら、助けたったら良かったのに。駒さん、見るからに裕福そうやん。実は、今もっちゃんにも駒さんに経済的な援助お願いしたらええやん! って話したことあるねんけど、アイツには迷惑掛けられんわって笑ってたんよ」
「そうなんや……実はな、大昔に頼まれたことはあったんよ。でも返すアテもないヤツに金なんか貸せるか! って突き放したんや。俺としては、アイツに成功して欲しかったから、発破かけるつもりやったんやけどな。一時期はそれなり順調に仕事回しとったから安心してたんやけど……そうやな、結局こんなことになるんやったら、ちょっとぐらい助けてあげても良かったんかもな。もちろん、今からでも相談に乗らんことはないんやけど、まあ、アイツ次第やな。わざわざこっちからは動かんよ。一応まだ友達のつもりではあるんやけど……」
 そう言ったきり、初老の男は黙り込んでしまった。そして、グラスの中で無抵抗に溶けいくだけの氷を、じっと眺めていた。

(了)



(※)クローン病の症状には個人差があり、食事の制限も病状により様々です。ステロイドの投与も、必ずしも一般的とは言えません。
 また、クローン病が直接の原因となり死に至ることは、殆んどありません。合併症による敗血症、或いは病変部位の癌化などで死亡するケースはありますが、死亡率は一般の方とほぼ変わらないと言われています。
 本作により、クローン病、及びクローン病疾患者に対し、誤った認識や偏見が生じないことを、切に願います。

【EGOIST】

【EGOIST】

  • 小説
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-08-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第1章
  2. 第2章
  3. 第3章
  4. 第4章
  5. 第5章
  6. 第6章
  7. 第7章
  8. 第8章
  9. 第9章
  10. 第10章
  11. 第11章
  12. 第12章