第18話

1

 落下する中で周りを見ると、いくつものそうになった町並みなが見え、大勢の人々がメシアを見ていた。中には人間でない、異星人の姿も見えた。

 下を向くと紫色の液体に、彼の身体はどんどん迫っていく。

 水面とぶつかると思った時、彼の身体は硬い車のシートにぶつかった。

「間に合ったぜ」

 そう言うと車は液体すれすれを飛行し、空中へ飛び去っていった。

 シートの上では体を起こすと、運転席に座る男が半分、メシアに顔を向けてきた。

「随分と遅かったな」

 最初、それが誰だかわからなかった。そもそも自分がどこにいるのかも、把握できずにいた。

「心配はいらねぇよ。今のところ、命は安全だ」

 その口調に、見た目は大人になったが、その少年っぽさは抜けていなかった。

「イラート、なのか」

 顔立ちは明らかに大人のそれになっている。髪の色も紫色に変化しているし、ピアスも耳に並んでいて、レザージャケットを着た男は、見知らぬ男なのだ。

 しかし後ろから見たメシアには、どことなく残るイラートのその少年っぽさがどこか、見えた気がした。

「話は落ち着いてからだ」

 男はそう言うとハンドルと思われるホロスクリーンに掌を当てて回すと、反重力のオープンカーは、メシアが落ちてきた穴を上へ上り、穴の入り口から空へ飛び出した。

 見下ろしたメシアが見たものは、地面が金属で覆われ、巨大な建物が並ぶ、巨大都市だった。

 飛行する車はそのまま空を飛行して、同じく飛行する車列に並び、街の上空を飛行する。

メシアはさっきまで見ていた光景、赤色巨星で空が埋め尽くされ、自然と化石に覆われた地球とは真逆の、文明の頂点とも言える、巨大な建造物、あらゆるところに窓がつき、L字を反対にした建物や、Wに似た建物がならび、表面が凸凹して、部屋になっている逃すはずがわかる。

 更にはそれらよりも遥かに大きいピラミット型の鋼鉄の建物がいくつもの並び、その背面には、モノリスのような、雲をも突き抜ける、黒曜石のような、建物もあった。

 とにかく自然が人工物意外、本当の自然が見えなかった。

 唖然とする文明のレベルに、メシアが圧倒されていると、飛行する車は高度を落とし、鋼鉄の壁の隙間へと入っていく。その壁にも部屋がびっしりとついているようだった。

 壁の隙間を抜けると、下の階層にやってきたのか、また別の都市が広がっていた。天井は部屋のついた鋼鉄で埋め尽くされ、その下にはまだ見覚えのあるビル群が並んでいる。それでも密度がすごかった。

 車はその上を通り、だんだん建物が小さくなっていく、下町らしい、汚れやサビが目立つ区画に入っていく。

 ようやく着地したとき、そこには鋼鉄の一軒家のような、真四角な鋼鉄の塊が並んでいた。

 鋼鉄の道路に面したその区画の、1つの建物の前に車から降りて近づくと、何もない壁から光が照射され、イラートらしき男をスキャンして、システムが認証したのだろう、なめらかな壁面が左右に開き、中への入り口が開いた。

第18話−2へ続く

2

 恐る恐る男に続いて中に入るメシア。

 壁自体が高原となり、室内を照らし、男の一人暮らしといった感じのリビングが広がっていた。

「片付けるから、ソファに座ってくれ」

 男に促されるように、ソファに座ると、ソファが生き物のように彼の身体の形に合われ、ぐにゃりとした食感になり、メシアを包み込んだ。

 テーブルらしき浮遊する板には、いくつかの水の塊が浮いていた。それがインテリアなのか、何かの用途に使うものなのか、メシアには検討もつかない。

 歩いてきた男はその水の塊を、無造作に掴むと、キッチンらしき部屋へ行き、口を広げた壁の中に水の塊を入れると、壁は生き物のように、口を閉じた。

 どうやら冷蔵庫のようなものに、さっきの水の塊を入れたらしい。

 メシアは状況だけで、さっきのが飲むものなのだと認識した。

 ある程度、片付けた男は、メシアの前の一人掛けソファに座り、革が身体にしいつくと、メシアを男は見つめてきた。

 その眼差しは間違いなく、イラートのものだった。

「まず何から話せばいいんだか」

 男が困った顔で言うと、メシアは迷いなく聞いた。

「イラートなのか」

 鼻を触り落ち着かない様子で男はうなずいた。

「けっこう待ってたんだぜ、お前が来るまで。あの戦いから、立ち直るのに時間が必要だったから、ちょうど良かったけど。と言っても、メシアにはさっきのことなんだよな」

 ややこしそうに、イラートは頭を掻く。

「メシアにとっちゃさっきのことなんだもんな、急に終末の地球から、文明が発展した惑星に来たら、俺だって驚くし、7年前は驚いたよ」

「7年?」

 真面目な顔になった大人のイラート、冷静な声で答えた。

「俺たち、俺とお前は、お前の力で次元を超えた。つまり別の宇宙の別の時間に飛ばされたってわけだ。イデトゥテーションの基地から、終末の、別の宇宙の地球に飛ばされたのと同じことが起こった。ただ誤算は、俺だけが先に時間を遡って7年も前にこの世界に到着しちまったってことだ。そして今日、メシア!お前がこの世界にやってきたってことだ」

 頭が熱を持ち、こんがらがる説明に、メシアは生えてきた髭のあるザラザラとした頬をこすった。

「まずはシャワーでも浴びてスッキリしてからだな。もっと大事な話がるから、それはシャワーの後だ」

 そう言うと、イラートは無理矢理にメシアを、シャワー室へ送り出した。

第18話−3へ続く

3

 30分前までのあの死闘が嘘だったように、彼は熱めのシャワーで、汚れた身体を洗っていた。

 というよりもお湯に現れていた。

 お湯はヨゴレのある場所が分かるのか、その場所にとどまり、汚れを落としてくれていた。

 メシアはただ立っているだけでよかった。

 数分もしないうちに、すっかり彼の身体は綺麗にされ、衣服も、イラートが用意してくれた、腹の前で紐を結ぶタイプの裾の長い上着と、ゆったりとしたズボンを着用した。

 上下とも白く、何かの巡礼者のようだった。

 リビングに戻ると、浮遊するテープルの上に、液体が入った丸い物語浮かんでいた。

 目の前に座るイラートは、なれた様子で球体を掴み、口に持っていく。すると中の茶色い液体が、口に自然と流れ込んていく。

 メシアも真似して口をゴムのような食感の球体につけると、勝手に中身が口の中に入ってきた。

 味は薄めのコーヒーという感じの、甘さのある飲み物だった。

 身体もさっぱりして、お茶を飲み落ち着いたメシアは、長かった戦いを思い返していた。

「みんな、死んだんだよな」

 メシアは球体を両手で掴み、ため息を吐くように呟いた。

「7年前、いやメシアにとってはさっきのことなんだよな。みんな逝ってしまった。ファンもエリザベスも」

 寂しげに大人になったイラートは、軽く笑っていた。

「それでもメシアが生きてた。重要なのはそこだ。みんなの犠牲は無駄じゃなかった」

 ホッとしたように今度はメシアをイラートは見つめる。

「俺なんかのために、どうしてこんなことになったんだ。俺を放っておけば、みんな生きていられたのに」

 苦しそうにするメシア。

 それを見てイラートは、また微笑んだ。

「計画されたことだったんだ、仕方ないさ。全ては宿命。あの場で命を落とす運命だったんだ、メシアのために」

「どうして俺なんだ、なんで俺なんかのために命を犠牲にする。誰の計画なんだ」

 お茶を飲み、喉を潤してから、激高するメシアとは真逆に、イラートは冷静さを大切に、口を開いた。

「もう半分は気づいていると思うが、メシア、お前は特別なんだよ。すべてを覆し、すべてを終わらせる、この世界のすべての始まりとなり、きっかけを作った神々と、今の世界を破壊し、混乱と争いを激化させる変革をもたらすデヴィルが計画した、救世主が覚醒する前に、抹殺する使命を背負ったファンたち【咎人の果実】。それからお前を守る使命を背負った、俺たち【繭の盾】。神々は俺たちを守護者とし、デヴィルはお前の暗殺と引き換えに、願いを叶えることを契約して、ファンたちを暗殺者とした。それがメシアが見てきた真実だ」

 次第に自分が変化しているのはわかっていた。それでもすべてを背負うなんて、そんなこと、自分には無理だ。メシアはお茶を浮遊するテーブルに置き、膝に肘を乗せ、手を組んだ。

「まずはオルトに会おう。それからでも答えを出すのは遅くない」

 オルト。その言葉に聞き覚えがあり、待っていると告げられたのを思い出した。

「お前が7年後の今日、この世界に来ることを俺に知らせてきたのも、オルトだ。あの日、メシアと一緒に時間の渦に入ったとき、オルトのお告げってやつがあったんだ」

 オルト、何なのか、メシアは何か掌で踊らされている気分になり、眉間を狭くした。

「お前がこの時代、この宇宙に来たってことは、なにか理由があるんだろ」

 メシアはその時、頭の中に1つのイメージが浮かんだ。

「惑星ゲート」

第18話−4へ続く

 

4

 口に含んだお茶を吹き出しそうになり、咳き込んだイラートは、今、メシアが口にした惑星の名前に、驚きの表情をした。

「オルトはそこにいるのか?」

 メシアにも確信はなかった。しかし手がかりはその言葉しかなく、メシアはゆっくりと自信なく頷いた。

「よりによって惑星ゲートか」

 奥歯を噛み締め、難しい顔にイラートはなる。この世界に来て7年が経過し、それなりに生活の基盤もできて、この世界がどういうところかも理解してきていた。

 だからこそ惑星ゲートがどんな場所なのか理解していた。

「とりあえず明日だな。今日はゆっくり休め。もっと休ませてやりたいが、今夜くらいしか休ませてやれない。だから今夜だけはゆっくり眠ってくれ」

 そう言われても、まだ昼だから眠れるはずもない。それにさっきまであれだけの壮絶な体験をしていたのだから、眠れるはずがなかった。

 イラートが立ち上がりなめらかな、継ぎ目のない鋼鉄の壁面へ近づくと、それへ手を触れた。

 すると手の触れた場所を中心に壁から丸く広がり、窓となった。

 古い機械が並ぶ倉庫のような場所で、ガレージのようになっており、大きく開かれた入り口からは、さっき飛んできた、ビル群が見えていた。

 そのビル群が真紅に染まっていた。もう夕方になっていたのだ。

「この惑星の夜は早いんだ。今は何も考えず、頼むから休んでくれ」

 そう言ってメシアを案内したのは、鋼鉄の壁に触れ、入口が開いた奥にある寝室だった。

 リビングやキッチンと違い、使用感がなく、新居という感じである。

 部屋には浮遊しているベッドとクローゼット、身体に吸い付く一人がけのソファくらいしかなく、あとは壁が薄く間接照明のように光っていた。

「壁に触れれば入り口は開く。息苦しかったら、反対側の壁に触ってくれ、窓になるから」

 そう言うと、イラートは入り口を閉め、メシアは1人になった。

 なんだか1人になったのが、数年ぶりな気もした。

 イラートの言うように、入り口と反対側の壁に掌で触れると、丸い窓ができ、四角い鋼鉄の部屋がいくつもくっついて形作られる円形のビルが窓から見え、その輪の中を空飛ぶ自動車が列をなして行き交っていた。

 ここが大都会で、文明が発達しているのがひと目でわかる光景だった。

 壁に設置された楕円形のベッドに腰掛けると、尻をベッドのクッションは、柔らかく包み込んだ。

 今もメシアには信じられなかった。揺さぶり起こされて、あの地球で目覚め、死闘がまだ続いているのではないだろうか? 今の世界は夢じゃないのか?

 そんなことを考えていると、痛む身体を横にして、久しぶりのベッド。あの隕石から続いた怒涛の日々がなかったかのように包み込むベッドで、気づいたら眠りについていた。

 だが、彼の意識は時空を超えたのか、違う場所へと引きつけられていた。

第19話−1へ続く

第18話

第18話

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-21

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