青き血、銀の精(散文詩集)

 完結しました。

  0.プロローグとしての十四行詩


 砕かれて、灰色(はい)帯びて 陰翳(かげ)うつろい、
 揺眩惑(ゆらめくるめ)く、湖上に(ひか)る 群青の夜天の、
 彫刻の陰翳に 嵌められるは、珠とし、
 宝玉装飾としての、玲瓏な 銀の月よ。
 其が風景、地獄の美とし 我が眼打ち、
 眼窩にぞっと ほと迸り 引き裂くの、
 荘厳・悲惨な 淋しき (はじらい)の心象風景、
 天の色彩・線と重装、すれば永遠の友。

 然れば我 金属製の淋しさ、歌と伴れ、
 溶かし、天降らす涙音(るいおん)で 交合させた、
 エゴな接吻さながらに、(はらわた)へ 流込め。
 すれば疎外の夜々 生き抜いてもきた、
 無為な幾夜 熔かす歌々 往き過ぎて、
 水晶、薔薇へ剥けるなら、万事佳しだ。



   1.僕は詩人だ

 幾たびも、肉の底より燃ゆる焔、黒々と轟く虎の紋様うねりうねって、殺意に淀み、腸から湧く牙迫るが如く、鎖千切れる筋力で、いざ放たれんと躍り昇っては、どっとなべての肉揺るがして、頬さえぞっと戦慄かせるは、野獣譲りの青い鮮血()と、下腹部より沸く銀の精液。

   *

 それに気付いて以来だが、僕、注意ぶかく生きざるをえぬ、何故といい、先天的に、罪人宿すの僕だから。罪状、さながら、わが内部にあるようだ。わが脳髄を、憎しみの儘砕くが如く、思うが儘に暴行したのだ、むろん、夥しい瑕回復不能、しかも理想に、縫い合わせるのも能わなかった。
 それにより、僕がえたのは躁がしき悪酒(アブサン)、憂いに沈む悪臭のバーボン、くわえて地獄に咲いてた花なのだった、赤きアブサン煽りもしてから、ペンと紙とり、僕いつだって、地獄の華を素描(デッサン)できる、サイケ詩人の僕にあっては、極上の贈物なのである。
 凶暴極まる脳髄の問題、或いはもしや、血に受け継いだ、肉に負わすそれなのかも知れぬ。確定を、留保しようか。わが欠陥を、血筋()に負わし決定するのは、勇気のない証だ。生涯、わが責任を捜索せよ。翳の塵這入りこむ、脈さながらの魂の瑕、ゆび伝い辿り、電流のような痛みに耐え、ただ理詰めで悔恨せよ。さればわが身を痛めよ、痛めるのだ。そして苦しめ。
 宣言。
 僕、なるたけ悉くを決定しない。「韻」とし言葉・信念の手前に佇んで、変わり往く現実の複雑さの裡に耐えつづける、霞みて視えぬ蒼穹へ、欲しがりな腕必至で降るは、それ、歌うの「律動」で、そが複雑と晦渋の、視力意味せぬ曖昧模糊な深海にて、混濁に煙り、躁がしく、アッパーな乱痴気騒ぎの儘にうごめき、まるでVillonが、酔いどれ心地に身を委ね、司教を殺害したようにして、暗みの焔を矢と放つ如くに、Psychedelicに歌うのだ──清マレタ眸ヲ欲スノダ。
 信念持たぬが君の信念、ンな反駁がなんだと云うのだ、判断するのは文脈だ。
 僕、絶対を拒み狼吠える原始の夜へ、良識掻き分け疲れた貌で後退りながら、腕、在るかも判らぬ絶対へ、狂ったように降りつづけるのだった。僕、さながらシオマネキ。片恋の情念、夢の風船と吹き飛ばしては、月と重装。触れることすらできぬ距離、肉欲火に鎮められ、そらへ投げ遣りに放たれるのは、銀に燦くメダルにすぎぬ。
 僕がなにを云いたいかって? つまりはね、先ずもって、無垢へ剥き、重装せよ。重装せよ。三重構造ではまだ足りぬ。無限に装飾重ねられ、しゃんと多重の銀の硬き音色曳きながら、重たく重たく沈みながらも、上へ上へと翼の筋力鍛えもし、すればそらへと舞いあがれ! ──陶酔。それか? 判らない。
 信念の決定、そいつ、自我のみに適用。
 襤褸の賤しき衣装を纏って、実質背には、死の翳うつろう雪の衣装、貴族趣味なるドレスシューズ、履いては滑稽極るステップ、ひとびとへ、自虐と自罰のパフォーマンスに興じては、終えるとどっと切なくて、独りぼっちで泣きじゃくる、捻じ曲がりもした嫌われ者の、わが偉大なる相克の賤しきダンディズム、僕、しかもAquoibonistでもあるようだ。ゲンズブール、わが友よ。
 然り。我を縛り定義づける条件、これに決定。

 ・ 僕は、詩人だ。

 報われずとも、認められずとも、詩作の才能なぞ勘定にいれぬ、嗚、誇り貴(たか)くも才なくて、唯毀れ堕ちるよりほかのない、撰ばれし、秩序にとって不快な欠陥のみがある、瑕負う魂、断末魔の息零すがように、光と音楽、歌う衝動已められぬ──すれば僕、先ずもって、詩人として立てたと云えるのだ。ドロップアウト──魂と知性、乃至言葉の問題。
 生涯を賭け、純粋な詩人へ、わが睡る水晶、剥きつづけるのがわが生活。それ実現不可能、遥か頭上に沈む、厳然たる城郭への到達として。であるから僕、そいつを為るのだ、否、為る気にもなるのだった。
 たとい浮浪者になろうとも、葉の裏に瑕と詩篇書き付ける、刹那葉の、昆虫の体液散るような透明な血飛沫、そいつに切なる詩性享けもする、そうでなければ不可ないのだ。裏返しの虚栄心、そいつ、しっかりとわが掌中で裏がえしなおされる、然り、優しい心配は御無用だ。僕には傲慢さが、背骨に有るから。
 かの自己韜晦野郎、Charles Baudelaireじゃないけれど、雨降る暴言・軽蔑は、僕にはきちんと早起できた、真面目きわまる幼児(おさなご)の、黎明の真白の陽にも似る。然り、爽快、努力の証。賤民ダンディ、それで在りたいのが僕なんだ。
 僕、云うなれば──知性の意味なんかじゃない──「わたし」という器に這入りきれぬもの等、どうしようもなく、夥しい質量で抱え込んでいるのだった、然り、それ等かならずや、化学変化させねばならぬのだ。瑕、血に負わせて逃げるのは、倫理の意味において賤民だ。歌による化学変化の意志、そういうものが、僕いわく、詩人的倫理というものだ。
「セカイは我が表象である」、ハッ、身も蓋もないものは糞でも喰らえ、僕はロマン派ギライであって、しかも生粋のロマン派だ、愚かな夢みるひとをしか、愛せないのが僕なんだ。そんな命題(もの)なぞ唾棄・(うず)めよ。
「世界は我が氷晶である」、かの壮麗な硝子盤に、深くふかく美意識を打たれよ、すれば其が絶対美へ剥かれた風景美、幻の翳の義母に泣き、めざめる不在と抱き・竦めよ。
 僕にとり、ぞっと現実宿ってるのは、ただ、わが裡にめざめる淋しさであるのだった。

   *

 こいつは青津亮という、エゴイスティックな凶暴性をもてあました、病的に内気な人間の、一個の生の方法論であり、それ哲学にならぬ、むろん人生論の如き善い代物にもならぬ、されどまたそれをも包含し冒涜し破壊しズタズタに砕きニヒルの火を放ち果ては澄む硝子へと化学変化させんとつとめ──して、それ等総てにおいて敗北し失墜しつづける僕の、眼窩でちかと燦めく「死への憧れ」とも重装して了った、拙き散文詩の一纏めだ。



   2.夢

 僕の知的活動、そいつ原始人へ還るが為の退行の方法論、それの模索の意欲に感情として出発し、敢えて社会秩序なるものに跳び込んで、人間的進行を促す現実との相克に行為として火花散らせながら、ビリヤードの軌道を吟味、社会的言動としては妥協に次ぐ妥協、滲む詩人の内出血、されど苦しみに次ぐ苦しみこそそのうごきの原動力──瑕負わす、外部からの痛みこそ、煤けた不純な魂剥くのだ──さればやがては現象として、究極の歌に終わってみせようか。
 僕の夢、もしや、君は聴いてくれる?
 はや環境音楽(アンビバレント)すら退行の夕陽と往き過ぎ、下腹部に淋しい熱籠る幾夜幾夜は去って、投げだされた果て、黎明より更にましろい空無。そうであった。そこで喉を突昇る歌、喩えるならば、老木の斃れるが如き滅びの音、或いは、獲物を捕らえた原始人の歓びの叫び、則ち──

「O…」

 こいつをすこぶる野卑に、ドス黒く悪魔塗るように歌い、すれば宇宙なべてを、まっしろへ天使に清ますことなんだ。
 Garage Rockなリフすらいらぬ、海にあるなら、劇しき浪打ち巌に砕けばそれで佳い、血飛沫の如く桜散り、滅びの豪奢、閃かすんなら更に佳い。
 ああ此処で、日本的な比喩つかうのが、僕が病のひとつでもあるか?



   3 淋しき自罰と失墜(韻文詩「我と我が淋しさを磨く者」収録)

 嘗て僕、わが歪に膨れズタズタであった自尊心を修正し、魂剥いて視線の軌道を矯正しようとしたのだった、つぎの詩編のうごきこそが、僕のやった努力。僕は有機において、うごきのみを聖性と信仰する者だ。有機の勇気こそ聖なる迸りだ。

  我とわが淋しさを磨く者

  1
 黎明降りる冬の朝、陽のみ毀れるピアニズム、
 けさも白雪落ちなくて そら涙に似た指の揺れ。
 僕はふだんの習慣の儘、わが淋しさを磨くのだった、
 鏡ばかりを眺めさせる、閉ざした自己愛に従って。

 ざらつく砂上に轢かれる如き、灰の啜泣にくすぶった、
 かのひとへの往き場なき、光と音の連続に焦がれる、
 下腹部に籠る不連続 泥溜さながらの恋と官能、
 それの清算くわえて暴行、呪わしい幾夜への復讐だ。

 きんと世界に突き放されて、張りつくわが身は蝙蝠の傘、
 戦慄く傘の淋しさの律動 いたみへ澄ますの僕の生業。
 もっとも透明ないたみとは、空に漂う神経を打つ、
 澄んだ硝子質の涙音 「我」なき「わたし」に満ちる光。

  2
 名乗り出ようか、僕は詩人、毀れた魂(こころ)がその証拠。
 侮蔑投げられ転落するたび、憎しむ腸から昇り、
 我が背骨へと流れ淀む、ディレッタントの群青の血と、
 野獣譲りの銀の精液──背に固着すれば万事よし。

 魂いわく睡る水晶 僕、その乱用の主犯格。
 破れかぶれの韻の儘──酒場(パブ)の乱痴気に紛うノイズよ──
 水晶打つも砕けずに めくるめく多重に花弁(はな)ひらき、
 弁を纏って硬化する薔薇 暴漢拒む姫の脚のそれ、

 人の高貴はうごきに宿る。聖性、血と綾織り肉駆ける、
 青薔薇へ剥く変貌は 鉄の重装・純潔注ぐ。
 生きるのが痛いのは幸いだ、苦しみこそが悦びだ、
 くるしみたい我が苦しみを くるしめることこそ歓びだ。

 扨て、果敢ない水晶打つまえに 手続経るのが御必要、
 嗤った者は僕を打て よわき僕だが喜びもしよう。
 壱──真善美を尊敬し、蒼穹の美を信じてもみよ、
 弐──美をみすえ、善くうごけ。愛と信頼をシノニムにせよ。

 複雑怪奇に傷んだ水晶 手に持つ脆く果敢ないそれを、
 我が身と乖離し色彩ちがう 疎外の視せた幻の世界、
 硝子盤へと投げ放つのだ。劇しき愛憎・破壊衝動、
 儘に跳びこめ、矢の噴くように──淋しくわが身撥ねるのみ。

 僕は硝子盤に牙向いた、つぎは現実が武装してくる、
 鋼の巨人の理不尽は 我が頭掴み地に擦りつける、
 いまさ 蒼穹仰ぐ時、眼なぞ砂と交じるがいい、
 そいつに徹底服従しながら、魂の視線蒼穹(そら)から離すな。

 瑕つき乱れる睡る水晶 幽かな悲鳴に耳を澄ませよ、
 ──透明な響きはきょうもなし。引き攣る肉は断末魔。
 明け渡しては踏みにじらせて、傲然たる眼で眺め遣り、
 血まみれの、わが掌みて自己陶酔。胸に舞うのは虚空の冷笑、

 サイケデリックなチェーンソー、どぎつい色彩(いろ)の飛沫が叫喚、
 泣き笑いに裏づけられた、病める舌先のアフロ・グルーヴ、
 それぞ、叫びのわが歌で、整うそれなぞ八つ裂きにしたい。
 されど後ろ髪引かれる如く、相も変わらず七五調。
 
 叩き撲ってしゃぶって哭いて、僕、甘ったれのナルシスト、
 溶け合う連続に焦がれてる、愛の不在したエゴイスト。
 僕は神に感謝をしようか──かってに幼稚にくるしめる、
 暇と退屈くわえて欠陥、「自己への凶器」を呉れたこと。

  3
 突き放された淋しさを、おのが凶器で突き刺して、
 いたみを純化させていき、独り善がりな悪戦苦闘、
 背向ける自慰者は傍迷惑、誰も貴様を愛しまい。…
 ──詩作とは、欲の手前で足止める韻、星へと揺らす腕の律動。

 きみは僕に訊くのかい? なぜそんなことをするのだと。
 親愛な優しいあなたにね、親から出来損ないともいわれ、
 嘗て化物と刈り取られた僕 歪んだ自意識そいつでもって、
 無精な声で吐き棄ててやろう、顔は自分で拭きたまえ。

  *

 それというのもこんなこと、告白するのが矛盾であるが、
 こんな人間の僕であっても、愛することに憧れるんだ、
 すべての魂(こころ)に善心が 睡ると信じて了っているんだ。
 正直な愛に出港し、感情・行為・現象を一途な光で透したい!

 僕たちに睡る善からね あらゆる不純をひきはなし、
 水晶いたみに摩耗させ、だんだん透き徹らせて往き、
 肉を地へと圧しつけられて、されど魂の鎌首を
 唯ひたむきに蒼穹へ、美と善の 落す翳の重なる処へ、

 其処 愛の様式陰翳されるか? 視線くもらす悉く払い、
 睡る水晶墜落させて、高く、貴く墜落させて、
 そんな悲惨な淋しさこそが、もしや僕でも善くうごかすと、
 愛のうごきをさせるのだと、信じているのが僕なんだ!


 この自罰的行為の果ては容易に予測されるように失墜であった、愛のうごきなぞではない、正直で優しくなんぞなれやしなかった、僕はふたたび地獄を視、凶暴な野獣の衝動は太り、罪、夥しく膨れ抱え込んだが花すら視えず、僕は次なる夢を「犬死」に置き、幾度もその終着点へ詩の推論を投げつけ、失墜に次ぐ失墜、だが、そのうごきしつづけられたなら、万事よかったのかも知れぬ。



  4.青き血

 嗚、そうだ。
 おのが血を、青いと形容するのはね──僕の、貴族主義の残骸であるのかも知れぬ。然り。貴族の血は青い、ふるくさい西洋のくだらない言説、青は神秘と気品、高貴の反映。そうであるらしい。それ承知で、僕こんなにも傲慢な嘘をついているのだ。血が青いなぞ、いったいだれが信じよう?
 だが、これだけはいわせてもらいたい。
 僕は、武家だ。
 古来日本書紀より名の発見される日下部の狂暴な血を引く青灰の狼に似る、それが僕だ。僕の先祖はただ類まれなる人殺しの能力でのみのしあがった野蛮なる罪人ども、躍り上がる落ち着きなき躁の虎──罪人なんかじゃないだって? 反駁しよう、武家の生活に向いた狂想な血の気おおき脳髄は、武士道なる戒律喪失したこの世では、たしかに犯罪に向いている、僕はこの推論、僕の映る鏡の煌きの表面で詩的に証明した、その実証がまさにこれだ。
 僕はおのがルーツに愛をもつことをきらう、愛国心なんて糞喰らえ、愛校心? 聞いたことがない、我中卒。されど慄然とわが選民意識に嫌悪と戦慄きながら、斯く歌わんとするのをだれがとめられよう?
 聴け。
 僕は、武家だ。
 なにかを──観念でもいい──殺害したいという負の意欲が、ぼくの脳髄をしばしば渦巻き、叩き据え、狂おしい凶暴な衝動に、僕は頭を抱えこんでいる。青と紫、群青と黒の冷たいサイケな色彩で。乾いている。わが暴力衝動は乾いているのだ。
 僕と同じに産まれついた、淋しく気弱な荒くれ者に、ひとつ忠告をしようか。たとい惨めに転げ落ちても、生きる能力低くても、闘うことだけは、やめてはいけない。闘争心の抑圧をしてはいけない。敵を設定せよ。三島のように、共産主義でも、太宰文学でもいい。なんでもいいのだ、とは云えぬ。注意ぶかく、それ決定せよ。それを概念で打て。熱情で打て。破壊の意欲で打ち据えよ。吠えよ。砕けるようなものではあってはならぬ。生涯斃れぬものにせよ。ゆえに人間であってはいけないものだ。Baudelaireはもしや基督であったか?──劇しく愛してもいたくせに。
 僕の宿敵は「我」であり、「現実」だ。現実受け容れぬワガママ小僧、幼稚なる駄々のDADA、その儘で死ぬ。これ等は僕の異教徒神であり、これ等の関係に宿る「不幸」もまた、僕の神である。不幸よ、もっと盛れ、乱交だ、往け、拡がりどっと這い巡れ! 蒼褪めた貌した沈鬱な不幸、僕、おそらくやそいつと同じ貌をしている。そうだ。僕の血は高貴の証なぞではない。不幸のやつれた病気の血液、つねづね暴力ふるわんと戦慄く、危い不吉な世紀末の青み。賤民のダンディズム。黴の生えた鉄製の刑務所の壁。僕の血は、青い。
 津島さん。
 僕は、貴族じゃありません。僕は、武家です。



  5.二重疾患

 僕はたしかにその病を所有していた、産み落とされた頃より、既に口内に紫の虫歯さながら在ってかさかさと蠢いて、苦みと痛み好むように噛み砕き歯茎を血に塗れさせ味を血交じりで濃くもして、まるで掌にぎる胎児の頃つよく掴み其処に陰翳されているような呪いの疾患、後生だいじにするかのような丁寧なうごきでそいつ持ちあるき、僕、これまで生きてきたのだった。
 そのささやかにして深みと爪の切先を隠しもった先天的な病、十七歳、こつぜんとわが身をどっと蝕んで血管駆け巡り肌は泡立ち、そいつ世俗の言説追っ払って頭上を支配し、硝子の裂き乱れるような金属的な足音立てて、断末魔に暴れまわる虫けらの乱痴気と精緻なうごきでもって神経をズタズタに駆けまわり、僕、心身の健康さを喪ったのだった、されば嘗て所有していた良識的な諸々を虚空へぶんと抛り投げ、唯、かのRimbaudのいう「O」のドス黒い色彩の呻き、轟とがなり立てるように謳ったのだった。それはこうだ。
 わが人生を、台無しにしてやりたい。
 その黒々とけぶる負の叫びはとおく遥かなそらへ舞い、ややあって織りかさなりましろくたなびいて揺らゆれて、先刻の歌のうらがえしのまっしろな本性、まっさらにさらけだす。
 わが命を大切に抱き締め、その声に、耳を澄ませたい。
 ──同じことだ。



  6.柘榴の鮮血

 真の清楚なる光とは、射された人工の白光に聖性の反映をたすけられ、さながら白鳥のただよう楚々たるしずかな佇まいのような、ほうっと淡き肌をすべらす澄明なそれではないのである。
 それむしろ、月照り群青の暗み帯びる湖の、狂騒になみうち多重に織られる翳に身投げして、銀と蒼の夜天から切先鋭き稲妻の如き射す月光、燦爛と乱反射の血の肉の刃を踊らせる、暗みに溺れるほどに古風にして新鮮な紅の飛沫と鏤められる、いたましくも劇しき狂気の火花の翳に秘められるよう。 
 詩の光とは、天の降らす涙陰翳させる陶然なレリイフであり、詩の音楽とは、銀の血迸らせ肉体うごかす韻と律動の体液の衝動であって──果して聖性、血と綾織り肉駆けるか?
 然り。清楚とは闘いである、そのほかである筈もない。
 その貌付はきよらかで愛らしい乙女のそれでなく、瑕を負う象牙の閃かす照りかえしの悲壮な美だ、その芳香はどこまでも血の薫り、あるいは血潮降らす焔の音楽のそれであり、眸ばかりが楚々たる花で──淋しいほどに澄んだそれ──いわく、硬質なる水晶の守護のために争う可憐な戦士のそれである。彼女が微笑、やわらかで優美であるのは、どこまでも果てしがなく淋しいことだ。
 それ恰も、暗みの倫理に縛られ柘榴石(ガーネット)の鱗耀かし月へ昇らんと身を撥ねらせ硬き水音散らす姿には、むしろ清冽な体液の迸りを連想させるよう。柘榴の蠱惑に毒あてられて、豊かな色彩の散る火花のうちにわが身を捧げ置き、韻と律動の舞踏をわが身に強いる司令はかの澄んだ魂、されど時に詩人、優しさという脆くもやわらかい平凡なる美徳があり、それはしばしば芸術の悪徳との相克との火花を散らし、あるいはそれ、芸術というものそのものであるか。
 詩人の魂、それやはり地獄の火に在るのかもしれぬ、しかし、その涼しき眼差、吹雪舞う城の如く厳しく即ち浄らかだ──万事よし。
 いま、めいっぱいに裸体を曝けだした積雪の神経のうえに、一条の柘榴の鮮血がつと落される、紅の鱗いちまい亦いちまいと剥がれ、はらはらと椿の首墜つるように落葉し、かの神経的雪化粧、紅く染めて了う。ちかとどぎつい色彩千々に乱れ、臆病に操作され眼を瞑る僕等、眼窩に張りつめられた柘榴の飛沫とめくるめく幻惑に打たれる。



  7.憂鬱をおくれ

 僕はじんと染みつき犇くが如く憂鬱にのめりこみたいのだが、僕のどこかの情緒は翅のようにふわと浮びたがる、されば失念に泥濘(どろ)と摺り堕ちて往かねばならないわが身は憂鬱を煽る、ぐびぐびと喉元へ突き抜ける痛みと鈍い一義性にのっぺりと斃れこもうと黒々してい、僕は憂鬱になりたい、僕には憂鬱が足りない、うす暗い灯と乾いた希望なるものを黒々と塗りたくってやりたい、希望なんぞは吹っ飛んじまえ、路がみえる、外れて畝と荒い獣道だが降るように路がある、僕はそいつに僕の翳を磔して踏んづけて背を向け逆走する。
 即ち僕には、絶望が足りないのです。
 即ち僕には、淡いタールの火がみえる!

  *

 僕はありとあるしらじらと照る壁に僕の穢れた翳をマーキングする、壁へ頭を幾度もいくども振り下ろし、うす青いヤニをぶちまける。僕はわが身が四方を閉ざされた灰褐色のアスファルトの牢獄にあることを想起する、鏡を眺めおのが醜さを確認の性癖はナルシシズムの極致、僕はわが醜悪さを自我になすりつけたいくらいに偏愛してる。壁中は僕の血と精液のだらだらと垂れ流された死んだ犬のションベンでたっぷりの翳、ガタガタと揺れ墜ちるわが閉鎖境が何処へ突き落されるのか僕には判らぬ、憂鬱をくれ、憂鬱をおくれ、僕には絶望が足りぬ、喉が渇いて生きてしまいそうだ、僕にはみえる、仄かにみえる、淡いタールの火がみえる!



  ∞.銀の精

 僕は焦がれる銀の星霜へ、打ち昇る、結びつきの情欲の儘に腰打ち付けるように魂の憧れを迸り投げ放つ、幾度も、いくども、反復反復反復反復、して、失墜に次ぐ失墜にむしろポルノグラフィティ的熱情がうごきに伴い湧き昇るの連続、連続連続連続連続、いつや幾時代幾時代を刹那の張る銀の星々へわが精液が反映すればそれで佳い、それで佳い、嗚それで佳い!
 イノチ。
 然りイノチだ、イノチは疎外に耐えられぬ、何らかのものと結われなければしずしずと火の消えて了う宿命、それわが肉の宿命、されば夜空へ打て、夜空へ打て、打て打て打て打て、イノチの銀の銀のイノチの淋しき銀のイノチの淋しさを打ち放ち失墜失墜失墜失墜、されば突き昇るような淋しき詩の欲心を結ばんと腰を劇しくうねりうねるように舞踊だ、舞踏ではなく舞踊だ、いつやそれ倫理に限定され舞踏となれば好い舞踊舞踊舞踊舞踊放て放て放て放て放て、反芻反芻反芻反芻翳だけが曳くうごきそれが僕の詩だ僕の詩は打ち墜とされた光と音楽の曳いた青みがかって照る銀の流星だ精液だ。
 忌々しき宿命にして由々しき現実それを結い結われて打て、打て。イノチを打て。銀だ、銀だ、銀の硬き冷たい命を放て。最も冷然硬質な炎へ、星へ。
 孤独は、他者と結びて癒すものではない。眼をとぢ、さらさらに穿つもの、そが洞穴は星霜とおなじ色をした精巣の淋しき空白、淋しさはとろみの粘着質な情愛液でもあるよう、僕は淋しくありつづける。淋しく肉を刈り銀の精を背骨より流れ溜らせ、幾たびも天空の重たき荘厳な瞼へ打ちつける。空へ腰を打つように書く、現実へ腰を打つように生きる。
 反復。孤独は、他者と結んで癒すものではない。磨き瑕負い無へ剥いて、天へ幾度も打ち上げて、果てはこどもが大切なひとへ美しい小石をにこにこした顔で渡すがように、僕は詩を残す。詩を残す。星空へ。僕は、それで万事好い。僕は、他者と結ばれたかった。魂の深みのふかみの真白のアネモネの花畑で。其処には銀の精霊がキラキラと燦る蜘蛛の巣をくぐりぬけたり風に揺蕩ったり、僕の「わたし」をしずかな笑顔でみつめてくれる。僕は最期のさいごに結われるだろう、犬死の風景を視た刹那。その刹那まで、僕は孤独でありつづける。結々の禁戒は、孤独詩の金塊、孤独死は欣快(?) 嘘ばっかり付きやがって。インチキのコジツケの嗚それで好い、それで好いんだ。
 聴いて。僕の話を、だれか聴いてください。
 孤独は、繋いで癒すんじゃないの。瑕負い剥いて純化させ、水晶さながらにめざめさせ、きがるに他者へあけわたすものなの。
 それは、人間の営みとして幾重も幾重もくりかえされた、淋しさ結われ霧消し産れる淋しさの連続性へのうごきは、もしや瞬間瞬間が永遠、やはり、愛のうごきはさながら永遠であるようにわたしには想われるのです。…

青き血、銀の精(散文詩集)

青き血、銀の精(散文詩集)

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-07-04

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