アド・レター




 お互いの好きな所や嫌いな所を言い合ったり、書き合ったりしてそれを交換し合う。それらを相手から見た自分の良い所や悪い所として受け取り、それらの一つひとつを嬉しく思ったり又は反省に生かしたりして、一方で「ああ、こういう所を好きになるんだ」と感心したり「そういう所を嫌いになってしまうんだ」って意外に思ったりして、それぞれが想う相手のイメージを更新する。
 そうすれば前よりずっとお互いに想い合ったり、気持ちも重ね合えたりして二人っきりの世界が少しずつ延びる。一対の在り方が確かになる。個々それぞれの言葉でリストアップされた好きも嫌いも何もかも、切れ目のない紙の上に並べられて、彩色された紙面の姿のままに一緒に住む部屋の壁や床が綺麗に飾れる。きっと。
 そういうことを、提案することからして既に。



 真剣な表情を浮かべ、切実さを伝える身振りを交えて熱弁するキミと対面して私は、一所懸命に作った冷めた言葉を敷き詰めて凍えるグラスの中の、私たち二人の思い出に口をつけてた。この際にちゃんと見ていたいと思ったから。キミが口にする、私たちにとっての「思い込み」だという恋心を。
 キミが言う通り、お互いの好きな所と嫌な所を羅列したリストを前にして私は自分の長所又は短所を指摘されたと思い、その内容を吟味にして、自分の考えと照らし合わせたり若しくは自分の価値観に基づいて検討したりして、反省したり又は「仕方ない」って諦めたりする。それから訊くんだと思うよ、キミに。「キミはどう思った?」って。その質問にどう反応するかを暫く見てからまた「どう考える?」って、訊き直したりすると思う。分からないから私には。見えないから、私には。
 だから訊く、訊いて待つ。
 お互いの好きや嫌いを綴ったリストを前にして、キミの様に、キミの姿を私は見て取れない。だって、そこに見出すキミは私が抱くキミのイメージであって、キミじゃないって思うから。私が想像できるキミは私の好きや嫌いで作られているだけの、私の認識で私以上のものじゃない。そうでしょ?違うの?
 多分、キミは違わないけれど当たってもいないって答えるんだろうね。そして、その根拠となる考え方を言葉で丁寧に説明してくれる。きっと。だって、キミは私が好きだから。絶対に知り得ないこの私に近しいものとして、キミが知り得る私の可能性を信じているから。
 ああ、とここでやっぱり思ってしまう。私は恋をしていないのかもね。少なくともキミよりは。私に夢中なキミよりは。
 嫌いには、なれないのだけれど。



 キミは、真剣だね。
 煩悶としたりして色々と面倒くさい事になったりしがちだけど、別の体の内側で波風立てる他人のそれより、自分の気持ちの方がよく知れるかもっていつも思うんだからね、キミは。「思い込みから始めるし、始めたよ」って。「ボクはそうしてキミを好きになった」し、「キミ以外の誰にでもそうだった」って。
 突き詰めれば決して正解できないそれぞれの心情表現と、どこかにあるかもしれないたった一つの「本心」を追い続けるロマンな映画を最後まで観れないキミの真実。それを、隣に陣取る私が一番正確に記述できる。キミは、だから、「ずっと恋をできるんだね」って寂しそうな表現をして、思わずしてしまたって後悔する私の近くを離れない選択を、その時のキミでしてくれたけど。



 確かに嘘をつける私だし、キミもそうだし、瞬時に変わる人の気持ちだから。
 この事実に対してキミはいつも言う、私にできる表現を、私の気持ちに従ってしてくれればいいよ。その方が嬉しいよって。キミがそう言ってくれる度に、言われる度にその長い両手で一度、力強く押されたみたいにたたらを踏んで蹌踉めくんだ、内心。
 キミが好きな私の気持ちの表れは、キミに大きく左右される。でも、キミの好きの表現はキミから始まって、キミで終わる。そのことを承知で、寧ろそれで良いんだってその胸の内で全部受け止めている。それがキミの好きで、キミの恋で、私への想いだ。完結していて噛み合わない様なのに、向き合えば、その悲しさに輝く目はいつも二人のこれからに溢れている。だからね、嬉しくなって、笑っちゃう。私の恋はやっぱりここから始まっているって確認して。目の前にいる、キミの存在感に由来しているって。
 私は、私の言葉をそれほど信じていないんだと思う。私が思う事を形にしたくて、こうして言葉を続けたりするし、気付けることも多くて大切にするけれど、でもこれを打ち消したいって望んでもいる。強く、強く願ったりもする。閉じ込めたくないんだよね、何もかも。決め付けたくないんだ、キミのことも、キミに対する私の思い込みも。
 ナイーブ過ぎるかもしれない。そう自覚はするけれど、ここは譲れない。ここから後ろはない。
 「ここに私はいるよ」って。
 どうせ知って貰うなら、こういう事を知って欲しいって心から思ってる。多分ずっと。ううん、一生。



 キミから始めるものと、キミから始まるもののタイムラグに置いてけぼりになるのが嫌で、必死になって語ったり、紡いだりしていた私だったから。真剣にならざるを得ないよ。だって、キミが好きだから。
 だから、キミも真剣なんだって。




 ガラガラガラ、と製氷機を利用して作ったんだよ、この冷めた言葉たち。指に力を入れたら簡単に離れてくれるんだ、気持ちよくなるぐらい。
 大体で私と同じ個数を入れた半透明なグラスを見つめて目の前に座る今のキミが何を思って、何を言おうとしているのか、やっぱり私には分からない。それを待つのも何だからって思って、冷たくなった思い出をすっかり飲み干した私が黙ってもう一度、手にするグラスに注いで作ろうとしている二人の思い出はその色も味も初めて見るものだから、その温度を私の方が決めかねる。



 ね、私たちの始まり方はこんなにも違う。だからゆっくり、愛せたらいいんだよ。

アド・レター

アド・レター

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-06-15

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