深海少女
むずかしいはなしをしているあいだに、火は、きえてしまった。薄暗い海底を歩いているような感覚で、おおきな水槽のまえで、なにかに対しての、途方もない祈りをつぶやく少女。ぶあつい、透明な壁越しに、さかな。ひたいをあわせて、つうじあって。(call my name)
型番。アルファベットの部分は忘れてしまったけれど、数字はたしか、258。それがなまえの、少女。まよなかみたいに暗い、深海を想いながら、さかなたちのささやきをきく。(あなたは、わるいことはしていないよ)(好きになってはいけないひとを、好きになってしまっただけ)(それは、罪ではない)(そもそも、好きになってはいけないという思い込みが、罪なのでは)(にんげんは、じぶんではないものの意見を、たいせつにしている)(たいせつにしすぎているのよ)(いいなりみたいに)
わたしは、あたらしい火をつけながら、少女とさかなたちの交流を見守っている。
夜が明けないまま、七日が経つ。
深海少女