部品化
本屋さんでひとり、いきものの写真集の棚のまえで、ぼんやりしていたあのひとが、いつのまにか、真夜中の見張り番になったときのことを、ぼくはいまだにおぼえているし、たいせつにしていたビーズのネックレスが、そろそろばらけそう、という瞬間に、きみ、という概念がはじけとんだことも、きっと、ずっとわすれないと思う。骨格標本として、あのこたちはいきていて、ぼくは、あのひとが好きだった、シャチの写真集をいまでもときどき、ながめている。真夜中の見張り番に選ばれたために、あのひとは、いまはもう、夜の一部となって、夜にしか、あのひと、というひとは存在しない。本屋さんの、あの、いつも店内を、ばたばた歩いている店員のひとが、ただの黒いヘアゴムで束ねたポニーテールをなびかせて、自転車をこいでいる姿をみかけたある六月の日に、海があらためてみんなのおかあさんとなって、おかあさんをもとめて、海に還ったひとがたくさんいたらしい。そのとき、ぼくは、ひどく夏の気分で、冷やし中華を買いにコンビニに行っていた。
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