恋はまぼろし

 のはら、にて。こぐまの輪郭をかたどった、草を踏まないようにして歩く、白いヴェールをかぶった、こども。ぼくらのこども。雨がやんで、夏がくるころには、世界と同化している。こども。秋になるまえには、ひまわりとともに土へと還る運命の、ネオ。こぐまは、どこに行ったのか?
 こどものとき行った、水族館に、シャチがいたはずで、でも、おとうさんも、おかあさんも、おぼえていなくて、ぼくだけが、シャチを観た記憶があるので、夢だったのだろうか、と思って、インターネットでしらべたら、たしかにシャチはあのとき、そこにいた。いまは、いないらしい。いてほしいなぁと一瞬、思ったけれど、頻繁に逢いに行ける距離ではないので、その願いは、一瞬で萎んだ。たとえば、近所の海にいたら、いいのに。まいにち、逢いに行くのに。恋人との逢瀬を、ひとりで楽しむように。
 こどもは、白いヴェールのむこうの表情を、かすかにゆがめて、まるで泣いているみたいな顔で、ぼくをみていた。ネオが、冷房のせいで、からだがおかしくなりそうとぼやきながら、アルバイトをしているコンビニが、もうすぐつぶれるらしくて、コンビニがなくなるのって、いやだなって云ったら、しかたないよ、と、つめたかった、昨日のことを思い出して、ぼくは、こぐまが寝ていたはずの地面を、そっと撫でた。

恋はまぼろし

恋はまぼろし

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-05-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted