死に至る熱病 前編:イシュタムの微笑
台本概要
◆声劇台本名◇
『死に至る熱病 前編:イシュタムの微笑』
◆作品情報◇
ジャンル:サスペンス
上演所要時間:20~25分
男女比 男:女:不問=2:2:0(合計:4名)
◆注意事項◇
・本作品は、フィクションです。
・本作品は、犯罪や自殺を肯定する内容ではありません。
・本作品は、暴力・残酷的な表現があります。
・本作品は、精神的に弱っている状態での閲覧は推奨しません。
・登場人物のひとり、舞薗 姫喜は劇中歌(※)があります。
※曲名:讃美歌312番「いつくしみ深き」
参考URLhttps://www.youtube.com/watch?v=HYtju3yW9Jg
登場人物
結城 正道(ゆうき まさみち) ♂
本作の主人公で、警視庁捜査一課の刑事。
正義感が強く真面目な性格で、面倒見が良く後輩の刑事たち
から慕われている。
村瀬 修史(むらせ しゅうじ) ♂
結城の大学時代の同期で、元々は警察官。現在は私立探偵をしている。
飄々とし女性関係にだらしがない人物ではあるが、博識で頭の回転
が早い。
花衣 泉美(はなえ いずみ) ♀
東京地検特捜部の検事で、凛としたクールな女性。
自分が担当している事件で、舞薗が関与しているため結城と協力する。
南羽良 楓(みなはら かえで) ♀(※舞薗 姫喜の兼役です)
警視庁捜査一課の刑事であり、結城の後輩兼バディであった。故人。
明るくてまっすぐな性格をしており、先輩の結城と付き合っていた。
舞薗 姫喜(まいぞの ひめき) ♀
都内の名門女子高に通う女子高生で、天真爛漫な優等生で人気者。
事件の元凶であり、「他者に自殺をすることへの喜びを与える」悪魔。
上演貼り付けテンプレート
台本名:『死に至る熱病 前編:イシュタムの微笑』
URL;https://nigatsusousaku.wixsite.com/atelier-craft
結城 正道:
村瀬 修史:
花衣 泉美:
舞薗 姫喜/南羽良 楓:
【アバンタイトル】
舞薗:ねえ、結城さん?
私にひとつ、教えてください。
――「どうして、ヒトを殺すことが悪なんですか?」
結城:死に至る熱病
舞薗:前編、イシュタムの微笑
【Scene01】
<都内某所。結城正道は焦った表情で誰かを探していた。>
結城:こちら、結城!
南羽良捜査官、どこにいる?!
応答しろ、南羽良!!
南羽良:……先輩。
結城:南羽良か?
お前、一体、どこに――
南羽良:ごめんなさい。
結城:えっ?
南羽良:ごめんなさい……でも、こうするしかないんです。
先輩を守るために。
結城M:声が震えて……
結城:どうした? 何があったんだ?
とにかく単独行動は危険だ!
今、どこにいる?
南羽良:すいません。
教えるわけにはいきません。
いえ、来ちゃいけないんです。
結城:何を言って――
南羽良:先輩、お願いします。
あなたは生きてください。
私はそれだけを望みます。
結城:えっ…おい、どういうことだ?!
とにかく、ひとりで無茶をするな!
俺もすぐに向かう!!
南羽良:……悪魔。
結城:えっ?
南羽良:悪魔が笑ってる。
私に微笑みをかけている。
結城:どうした! 何があった?!
悪魔ってなんだ?
南羽良!!
花衣N:ここで通信が途絶えた。
警視庁捜査一課の刑事、結城 正道は
突然いなくなった部下の刑事、南羽良 楓を無我夢中に探す。
――「彼女に何かあったに違いない」
――「〝悪魔〟ってなんだ? 嫌な予感がする」
戻るように繰り返し、無線機を通して何度も呼びかけるが、
彼女から反応は一切ない。
やがて、1棟のボロアパートを見つけた。
2階建ての年季がはいった木造づくり。
ヒトが住んでいる様子はなさそうだった。
2階の窓際の部屋。他の部屋とは異なり、唯一、扉が開いている。
結城は彼女がそこにいるのではないかと思い、一目散に向かった。
結城:南羽良! いるのか!!
みな、は、ら……?
花衣N:ある光景が彼の瞳にうつった。
確かにそこには南羽良 楓はいた。
結城:あっ……あっ……
花衣N:結城は驚愕の表情を浮かべ、声を震わす。
南羽良は笑顔だった。しかし、彼女は――首を吊っていた。
結城:ああああああああああ!!
花衣N:欄干の柱にくくりつけられた縄。
綺麗に並べられたパンプス。
横に倒れている椅子。
――「彼女が自殺した」
――「そんなはずはない」
――「こんなのはおかしい」
――「どうして、彼女は幸せそうな顔をしているんだ」
【Scene02】
<場面は結城の寝室にうつる。>
結城:ハッ……!
夢、か……クソ! これで何回目だ?
フラッシュバックのように繰り返し同じ夢を見るな。
時間は……こんな時間か、起きよう。
花衣N:重く感じる身体を動かし、彼はカーテンを開ける。
朝の陽射が部屋を照らす。
窓の光景はいつもと変わらない穏やかなもので、
それに彼は安堵感を感じた。
すると――
<携帯が鳴る。画面に出てくる番号は未登録のものだった。>
結城:んっ、誰だ、この番号……もしもし?
村瀬:おっ、やっぱりこっちだとすぐに出た。
久しぶりだな、元気にしていたか?
結城:……誰だ? イタズラ電話なら切るぞ。
村瀬:おいおい、俺の声を忘れたのか?
セイドウ?
結城:その軽い感じは……村瀬、なのか?
村瀬:そうだよ、お前の大学時代の同期の。
お久しぶり。
結城:あぁ、久しぶりだな。
……って、どうして俺の仕事用の携帯番号を知っている?
村瀬:企業秘密、ということにしといてくれ。
結城:だからと言って……そもそもプライベート用の番号を
知っているんだからソッチにかけたらいいだろ。
村瀬:そう言うけど、全く出ないだろ。
かれこれ10回以上もかけたのに、コールバックのひとつも
ないんだからしょうがないだろ。
結城:す、すまん……それで何の用だ?
村瀬:飲みに行こう。
結城:はっ?
村瀬:飲みに行こう、今日の夜。
休職中なんだろ?
もちろん、これも情報元については企業秘密だ。
結城:なら、理由は知っているだろ?
今はそんな気分に――
村瀬:だからこそだよ。
真面目過ぎるお前のことだ、どうぜ家に引きこもっているんだろ?
……事情についてはわかっている。
お前が責任を感じるのは無理もない。
結城:…………。
村瀬;だからこそ、こういう時間も必要だ。
塞ぎ込んだままだと、先に進めねぇぞ。
結城:……わかった、何時にどこに向かえばいい?
村瀬:こいつは驚いた……飲み会嫌いだったお前が誘いに乗るとは!!
結城:誘ってきた本人が驚くっておかしいだろ。
村瀬:ハハッ、確かに。それは言えてる。
それじゃあ、夜9時に。
学生の時によく飲んでいた御茶ノ水駅近くの大衆酒場で。
結城:あぁ、あそこか。わかった、それじゃあ。
……ふぅ。先に進めない、か。
――あの光景を忘れることは出来ない……いや、忘れてはいけないんだ。
【Scene03】
<場面は御茶ノ水駅近くの大衆酒場。時間帯的に多くの人で賑わっている。>
結城・村瀬:乾杯。
<乾杯の後に二人はジョッキビールを飲む>
村瀬:(※勢いよくビールのジョッキを呑んで)カーッ!
働いた後のビールは最高だ!
五臓六腑にしみ渡る!!
なあ、セイドウ――って、おいおい。
しょっぱなから一気飲みですか、しかも無言で。
結城:(※ビールのジョッキを一気飲みした後に)
ぷはっ……ふぅ……うまい。
久しぶりに呑んだ。
うまい……
村瀬:良い飲みっぷりだね~
酒、苦手だったんじゃないのか?
結城:……この仕事をやっていると、呑まないとやってられないからな。
自然と呑めるようになる。
それはお前も知っているだろ。
村瀬:難儀なもんだよな。
昔から、バカが付く程ほどの真面目だからな、セイドウは。
結城:うっさい……それよりも、だ。
村瀬:んっ?
結城:村瀬、お前、今は何をしているんだ?
警察を突然辞めたなんて驚いたぞ。
そのせいで聞くに聞けなかったからな。
村瀬:あぁ、そういやそうだったな。
結城:そういやそうだったなって……何があったんだ?
警務部配属だったんだから、将来、安泰だろ?
村瀬:出世コースに乗れていたかもしれないけどさ。
要は、空気が合わなかっただけだよ。
それに、俺はお前と同じ捜査一課の希望だったのもあるけどな。
今はしがない私立探偵だけどさ。
まあ、でも……あの時よりは充実した日々を送っているよ。
結城:ふっ、お前らしいな。
村瀬:そいつはどーも。
おっ!
結城:どうした?
村瀬:いや、ようやく笑顔を見せたなって思ってさ。
少しは気分転換になっただろ。
さっきまで、顔は死人のようだったからな。
結城:そうか……そうだな。
村瀬:……嫌な事件だったな。
結城:……あぁ、本当に。
村瀬:上層部は不慮の事故で決着をつけようとしているけど
……実際は違うんだろ?
結城:あぁ……あれは事故でも、自殺でもない!
殺されたんだ……!
彼女が、そんな事をするはずが無いんだ……!
村瀬:だけど、確かな証拠がない。
結城:そうだ……いや、やめよう。
折角の酒の席だ。
次の注文しよう。
村瀬:セイドウ。
もし、その証拠をつかめるかもしれないと言ったら、お前はどうする?
結城:なっ……何を言って……
村瀬:最近、ニュースは見ていたか?
結城:いや……最近はテレビすらまともに見ていなかった……
村瀬:2週間前に〝ある集団自殺事件〟が起きた。
渋谷公園前のコンサートホールで、10人の高校生たちが集団自殺。
学校は別々で、面識もない。精神疾患の既往はなし。
家族や友人関係では特に問題なし。
結城:奇妙な事件だな。
村瀬:そして、これが最も注目すべきことだ。
――全員が笑顔で首を吊って死んでいた。
結城:なっ!?
村瀬:そして全員が、死ぬ数日前に
「悪魔を見た」「悪魔に微笑みをかけられた」と言っていた。
南羽良(回想):悪魔が笑ってる。私に微笑みをかけている。
結城:彼女と一緒だ……!
村瀬:あぁ、そうだ。
警察は集団自殺として処理したが、いくら何でもおかしい。
それで独自で調べたら、ある人物にたどり着いた。
<村瀬はそう言って一枚の写真を結城に見せる。>
結城:写真? それに女の子?
村瀬:彼女の名前は、舞薗 姫喜。
都内の名門女子高・聖明女子学園に通う高校二年生。
結城:舞薗って、あの舞薗製薬のか?
村瀬:そう、会長の孫娘だ。
しかもただの女子高生じゃない……ギフテッドだ。
8歳のときにアメリカの大学に飛び級で入学している天才。
卒業後は、アメリカの研究機関に所属していたらしいんだが、
理由は不明だが今は高校生だ。
結城:すごいな……しかし、この子が一体……
村瀬:セイドウ、俺はコイツが事件の黒幕じゃないかと思っている。
結城:何を言っているんだ、村瀬。
どうしてこの子が……
村瀬:俺だっておかしなことを言っている事は自覚している。
けど、自殺した全員の共通点は〝彼女と過去に会っている〟ことなんだ。
それに「悪魔」という言葉。
……俺の言っている事は推測の段階でしかない。
結城:……それでも疑う理由としては最もだ。
この子が南羽良を……殺した、のか?
舞薗N:写真の少女は、同じ制服の友人たちと一緒に
無垢な笑顔を浮かべていた。
しかし、結城はこの少女に恐怖を覚えた。
彼女の笑顔はどこか蠱惑的で、そして狂気を孕んでいる。
まるで人間ではない、得体のしれない存在を見ているようだった。
【Scene04】
村瀬:ふぅ、呑んだ、呑んだ。
悪いな、お前を励ます予定だったんだけどさ。
結城:大丈夫だ。むしろ、やる気が出てきた。
――村瀬、お前の言う通り、立ち止まる訳にはいかない。
村瀬:でも、休職中だろ。
ヘタに動けば、クビになるかもしれないぞ。
結城:その時は、その時だ。
それに……
村瀬:それに?
結城:お前はこうなることがわかった上で話したんだろ?
村瀬:あら、お見通しってわけ?
結城:伊達に殺人課の刑事をやっている訳じゃないからな。
村瀬:……後悔しないのか?
結城:その時は、その時だ。
後悔するなら、行動して後悔するほうが尚更良い。
村瀬:まったく……相変わらずだな、お前は。
よし! それじゃあ、ひとつ提案。
セイドウ、俺の助手ならないか?
結城:助手?
村瀬:下手に警察官の身分を使ったらマズいだろ?
俺なりの気遣いってやつさ。
悪くない話だろ?
結城:あぁ、確かにそうだ。
それに就職活動にもなるしな。
村瀬:就職活動?
結城:警察をクビになって、お前のところに雇ってもらえるようにな。
村瀬:ブハッ!! 出来るなら、女が欲しいんだけど。
お前が来るとむさ苦しい職場になるじゃん。
結城:ダメか?
村瀬:いや……前言撤回。
お前だったらいいよ、セイドウ。
その代わり、良い働きを期待しているぜ?
結城:あぁ、任せてくれ。
良い仕事をすると自負しているさ。
村瀬:こいつは頼もしいな。
それじゃあ、早速で悪いんだが。
明後日の月曜日に検察庁に行くぞ!
結城:検察に? どうして?
村瀬:そんなイヤな顔をするなって。
舞薗について情報提供してくれたヒトに会いに行くんだよ。
結城:検事からの情報提供だったのか。
ちなみにどんなヤツなんだ?
村瀬:――『女帝』
結城:『女帝』って……お前、まさか……!!
村瀬:そのまさか、だ!
我らが飯塚ゼミの出世頭であり、
東京地検特捜部、特殊捜査第三班の班長・花衣 泉美様に、な!!
【Scene05】
<場面は検察庁の花衣の自室。応接用のソファに結城と村瀬は座っていた。>
花衣:すまない、随分と待たせてしまったな。
村瀬:大丈夫、だいじょーぶ。
それよりも花ちゃん、久しぶりだね~
昔よりも一層と綺麗になっちゃってさ~
大人の魅力、増しちゃった感じです?
花衣:相も変わらずの軽薄なヤツだな、お前は。
村瀬:褒め言葉として受け取っておくよ。
花衣:そうしてくれ。
それにしても、意外だな……セイドウ、お前がいるなんて。
結城:そ、そうだな。
花衣:警察と検察は犬猿の仲だが……今、此処にいるのは
同じ大学の、同じゼミの同期だ。
そう身構えずに、気兼ねなく話そう。
結城:……そうだな、花衣の言う通りだ。
悪い、職業柄どうしてもな……久しぶりだな。
花衣:あぁ、久しぶりだ。
そこにいる男とは時折会うことはあるんだが、セイドウとは
中々会わないな……その、もう、大丈夫なのか?
結城:お前がそんな顔するなんてな……検察にも知れ渡っているのか。
花衣:いくら緘口令を上が敷いたとしても事件が事件だ。
小さな綻びがあれば漏れるもんさ。
結城:それもそうだな。
まあ、完全に、とは言わないが少しはマシになったよ。
花衣:そうか。
結城:気にするな。
村瀬:おふたりさーん、そろそろ話の本題に入ってもよろし?
花衣:そうだな。
――2人とも、この資料を見てくれ。
村瀬:どれどれっと……これは舞薗製薬に強制捜査の
メスが入った事件か。
確か、罪状は――
結城:収賄罪と薬機法違反。
花衣:そうだ。
厚労省、聖隷マリア医科大学、そして帝都精神医療センターの
官民合同で〝ある抗精神病薬〟の治験が行われた。
――薬の名前は『イシュタム』。
うつ病や統合失調症を始めとした、あらゆる精神疾患に
治療効果がありと治験で確認された。
臨床研究においても治療効果を証明する報告はあった。
そのため、精神医療の大きな進歩をもたらしたとして「奇跡の薬」
と持て囃された。
村瀬:んっ? それじゃあ、おかしなことになる。
収賄罪はともかく、話を聞く限りだと薬機法違反じゃなくない?
結城:……副作用か。
花衣:ご明察だ。
詳細な仕組みは不明だが、前頭葉と大脳辺縁系に
重大な損傷をもたらした副作用の報告が隠蔽された。
村瀬:前頭葉と大脳辺縁系の損傷か……
下手したら悲惨なことになりそうだねぇ。
結城:すまない、その……何が問題なんだ?
村瀬:前頭葉と大脳辺縁系は学校の理科で習ったのは覚えているだろ?
そいつらは脳にある、一部分の名前。
前頭葉は〝理性〟と〝人格〟を、
大脳辺縁系は〝感情〟と〝記憶〟を司る。
さて、セイドウくんにココでひとつ問題です。
その2つの部分がやられてしまうと、ヒトはどうなるでしょう?
結城:感情や理性のコントロールが効かなくなるから……まさか……!!
花衣:あぁ、そうだ。
隠蔽された副作用の報告は、「突発的な自殺衝動」だ。
イシュタムを内服した患者の半分以上が、持病は改善したが突発的な自殺を行った。
ただ、イシュタムの開発にそれなりの費用を投じていたこともあって、製薬会社の治験担当責任者、
精神医療センターの病院長、そして厚労省の官僚が
与党の政治家たちに口封じのために賄賂を渡していた。
今回、その利益供与が発覚したことで特捜のメスが入った。
結城:ひどい話だ……ヒトの命をなんだと思っている……!
花衣:それともうひとつ。
『イシュタム』の開発者なんだが。
結城:どうした?
村瀬:セイドウ、その開発者がおまえたちを今回引き合わせた理由だよ。
花衣:開発者の名前は、舞薗 姫喜
――国内大手、舞薗製薬会長・舞薗 総一郎の孫娘で、
自社の研究開発部所属の特別研究員として在籍している。
結城:特別研究員……舞薗、姫貴……!
花衣:彼女はアメリカの大学では薬理学、神経生理学、精神医学
を専攻していた。
それに『イシュタム』で自殺した患者たちは全員笑っていたそうだ。
まるで「死が喜び」であるかのようにな。
結城:死が……喜び……
花衣:セイドウ、お前の亡くなった後輩と同じようにな。
舞薗N:点と線が繋がり、彼ら3人は確信した。
しかし、彼らは後に知ることになる。
――絶望と、自らの破滅を。
気が付いた時は、もう手遅れ。
もう、彼らは引き返す事が出来なくなってしまったのだから。
【Scene06】
花衣N:都内のタワーマンション、ある一室。
ピアノの音色が聴こえてくる。
舞薗:「いつくしみ深き 友なるイエスは」
「罪 とが 憂いを とり去りたもう」
花衣N:ひとりの少女が透き通る声で歌いながら、ピアノを奏でる。
曲名は「讃美歌312番 いつくしみ深き」。
舞薗:「こころの嘆きを 包まず 述べて」
「などかは下さぬ 負える重荷を」
花衣N:歌が終わり、そして少し遅れて演奏も終わる。
少女は微笑ほほえみを浮かべる。
それは花が咲いたように明るくて、綺麗なモノであった。
しかし、彼女の双眸には刃のような冷酷さが込められていた。
舞薗:「わたしが死んだとき 一匹の蝿がうなるのを聞いた」
「その部屋の静けさは」
「うなり高まる嵐の合間の あの大気の静けさに似て」
――『19世紀の天才詩人』と呼ばれたエミリー・ディキンソンの詩です。
彼女自身、1886年5月15日に腎炎で55年の生涯を終えました。
でも、この詩……亡くなる直前の作品じゃないんですよ?
それよりも、もーっと前に創られたんです。
私、この詩が大好きなんですよ。
だって、気になりませんか?
自分が死ぬ直前……最後に聞く音が何なのか?
多くのヒトは家族や恋人など、愛するヒトたちの声だと思うんです。
彼らは泣いているんです。時には、感謝の言葉を述べるでしょう。
でも、そんなのって……あんまりじゃありませんか?
それでは、〝死〟は悲しくて、怖いものとして扱われてしまう。
〝死〟は誰しも平等に与えられ、必ず訪れるモノなのに……
そこで、私、思いついたんです。
「〝死〟が幸せなものだったら」
――これって素晴らしい事だとは思いませんか? ねえ、先生?
花衣N:少女――舞薗 姫喜は目線先の人物に呼びかける。
反応はない。当然だ、彼は死んでいたのだから。
首つりによる自殺。
しかし、舞薗は気にせずに話を続ける。
舞薗:敬虔なクリスチャンである先生が喜ぶと思って、
ピアノと歌の練習をしたんです。
一生懸命、頑張ったんですよ?
だって――先生には死んで頂かないといけなかったんですから。
でも、良かったー
無事に死んでくれました。
だって、警察に捕まるわけにはいきませんもの。
ほーら、先生。
そのままだと幸せになれませんよ~?
笑って~? スマイル~♡
(END)
死に至る熱病 前編:イシュタムの微笑
この作品はフィクションです。作中で描写される人物、出来事、土地と、その名前は架空のものであり、土地、名前、人物、または過去の人物、商品、法人とのいかなる類似あるいは一致も、全くの偶然であり意図しないものです。
This is a work of fiction. The characters, incidents and locations portrayed and the names herein are fictitious and any similarity to or identification with the location, name, character or history of any person, product or entity is entirely coincidental and unintentional.