文学風な あたかも文学風な

「東京に来てから、二年くらゐになります。

今でも、あの頃のやうに、訳の分からないことばかり言つてます。僕はてつきり、君に分かろうとする気持が足りないばつかりに、そんなひどいことを謂ふんだろうと思ってゐました。あの頃の僕は、思った景色を、みるみるうちに頭の中に描くことが出来て、目で見る世界よりもより鮮明に感じてゐましたから、訳分からなゐと言われること、それ自体、訳分からなゐことでした。でも今では、自分の言葉の描く光景が、うすつぺらいハリボテのやうに脆く思えてならなゐのです。あたかもB級映画みたゐに、雑に組み上げられた嘘つぱちでした。あなたの謂ふとおり、僕は訳の分からないことを言つてゐましたし、今も言つてゐます。



今、僕が自信を持つて、あなたに伝ゑられることは、この眼に写つた形象だけです。それでも段﹅、僕は自分の瞳さへ信じられなくなつてきてゐます。少なくとも前を向けば、灰色した大きな建物が幾つもたち連なつていて、振り返つてもまたそうです。灰色といふのは強い色なのですか?建物つて、よく見ると色彩が豊富なのに、灰色の建物がひとつでも、ネズミみたいに視界にチラつくと、その印象はまるで拭ゑず、風景全部が灰色に見えちやう。地面も同じです。どこまでも続くネズミ色。僕自身が小さくなれば、このコンクリヰトの起伏のひとつひとつが、尨大な数の山々のやうに感じられるのになと思ひます。でも、そのために魔法を使ふまでもなく、膨張し続ける都会の一点で、訳分からなゐことを呟き続ける僕は、小人であることを忘れた小人です。小人であることを忘れたことに気づいている真正のホムンクルスです。



そう思ふと、眩暈がするやうで、何も感じないやうな気もします。どうも、馬鹿らしくてなりません。この世の中で、何かを言葉で表そうとすると、全部パロデヰになってしまゐませんか?



……以前まで夢と呼んでいた、現代に横溢する、訳分からないもの達…



天才と呼ばれて天才になる音楽家…名乗ってから哲学を知る哲学者…制服にこだわる女学生…文語を使って気取る文豪…



ハリボテと分かってゐても、それを積んでゐないと、まるで生きた心地がしなゐんだ…



にしても、テレビに映る、人生の俳優たちは、僕と違って、皆晴れ晴れとしてゐます。それを否定してしまうのは、ゴミ捨て場を走る鼠に説教することのやうに、無駄なことです…



あ﹅、僕にはまだ、小人の自覚が足りなゐ…



あなたは今でも、読書が好きですか?僕も最近、漸く本を読み始めました。岩波文庫の、古典なんかを古本屋で買い漁って、眠い目を擦って耽読しようと模索しています。その甲斐あってか、この手紙も、いささか文学的でしょう?



今なら、あなたともう一度楽しく話ができる気がします。僕は今广」



…破れた紙片を集めれば、上のように書いてある。もしかすると、本当に文学的なのは僕自身なのかもしれない。が、それは死んだ文豪だけが知ることだし、そもそも手紙は、時代遅れも甚だしい。

文学風な あたかも文学風な

文学風な あたかも文学風な

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-02

Public Domain
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