ジャーニー with ごーすと

一話 

 和田村陽乃(わたむらひの)は幽霊なんです。

 渡部櫛木(わたべくしき)、クッシーはそんな僕の大事な家族なんです。

 いま田舎の温泉にきています。

 広くてゴツくて猿がいる岩風呂のある露天の前です。

 でもこのお風呂、熱そうなんですよね。
 僕入れません。

 さて今カメラで写真撮るとこなんですけど。

 風呂場に人がいて撮れないんですよね。

 と、噂をすれば早速。

 クッシーが現場から出てきました。

 カメラは任せたって後ろ手にサムズアップしてます。

 どうやら一般客はいなくなったようです。じゃ幽霊らしく上空のあり得ない箇所から撮ってきます。

 はい。旅館の程よい高さからの上空写真です。

 これドローンでも使わなきゃ無理なこれ、今結構人気ありまして、今複数の個人さんや旅館さんからオファーきてるんですよね。今回は遠間からの絶景な露天風呂ショット。

 さてさて今回の稼ぎはあと数日の延泊料金無料です。
 お金もすこーし入ります。

 なんたって謎な仕事なんで信用もへったくれもありません。いきなりおたくの旅館の上空写真を美しく撮ってあげるから泊めてくれとか、正気じゃないと思う。

 交渉役はクッシーでした。夜中の11時くらいだったと思います。フクロウがいそうな鬱蒼とした木々の中に立つ旅館。

 そこのフロントで不審者相手に目を泳がせる仲居さん。呼ばれて飛び出て少し冷ややかなお顔のおかみさん。クッシー自分が(嘘だけど)撮った少し不思議な写真集を見せてコウコウ言うものを撮りますよ、絶対客寄せになりますよと必死に説得するもなんかやっぱり不審者で。

 だって会話下手だし、見た目仕事してないし。
 クッシー自体カメラ下手だし、でも食い扶持なくなるんで必死でした。
 
 でも結果は合格です。年齢的に親の事情とかありそうで同情されたかもしれません。良い時代です。

 あっでも撮るのは全部僕ですよ。

 幽霊ひまなし。

 あ、またクッシー休憩所で寝てる。

 子供かよ。

 僕ちょっとお説教してきますね。じゃあまた。

二話

 季節は夏。6月半ばくらいだ。しかし異常気象という時世柄か、今日も昨日も急にそんな暑くない。涼しいくらいだ。
 
 俺、渡部櫛木は和室の広縁に行って窓を開けた。

「あー涼しい。煙草吸いてー」

 18の身空で馬鹿な事を呟いて、あたまに何か飛んできた。
 
「それは僕にも迷惑なんでやめて」

 拾いあげる。笹団子がキラキラ光ってるキーホルダーだった。昨日の夜、土産屋さんでせがまれて買った謎なやつだ。

 返事の前に伸びをして振り返るとそこには、
 
『何もいない』

「どうしたの? じっと見つめて?」

 いない。でもいる。薄らと少女の形をしている。

「いや、ただなんかもう俺頭おかしいなって」

「え。それはいつもだよね」

 突っ込まずにとさりと座卓前の座布団に腰掛ける。冷めたお茶を手に、

「なんかさ、幽霊っているのかな?」

 俺を見返してくる二つのまなこ。
 
「え、いないの? え?」

 和田村陽乃が動揺している。目の前の少女のものをしたまなこ。唇、目、鼻が、稀にピクピクと動く。

「え、僕? いないの、え? なんで今更感慨にふけってるの?」

 オマエは人か?みたいな目に耐えられない。俺はなんだか馬鹿馬鹿しくなって、いるよいるよ、と言った。

「はあ。今度病院行ってくるわ。これほっとくともっと酷くなるやつな気がする」

 幽霊が見える事のコンプレックスというかストレスというか、最近独りで色んな会話してるからか、変な目で見られる事が増えているせいか。

 バタンと倒れる。いぐさの香りに鼻腔が包まれた。

「うん。でもその病院行くお金は僕が汗水流して稼いだお金だからね。クッシーは今日何したよ。風呂場の人の出入り確認しただけじゃん。ずっと夕方まで寝ててスマホいじって、風呂行って極楽で。出てきて合図しただけじゃん」

 そうだ。湯上がりしたばかりで、部屋が少し暑い。クーラーだリモコンだ。

「ポチッと」

「まあさ依頼一件で、いい依頼だとただで長期で泊めてくれたりするからね。うん、あそうだね。依頼メールとか宿の人とのやり取りはしてたね」

 真面目な顔で、考える人になった陽乃は、カメラマン歴は今日で2か月の新米だ。
 無論、俺もだ。

 トラベルライターに加えフリーカメラマンになってからはやニカ月。
 まだ全てが手探り状態で俺たちの旅は続いている。

 陽乃が突然現れたあの日。
 あれからはや二年。

 俺たちは今、旅をしている。

3話

 そこに座すは誰と心得るか!
 他ならぬ、神の御前であるぞ!
 ひかえおろう! ひかえおろう!

 乳白色の世界に浮かぶ昔よくみた子供達の世界。
 これは確か学芸会かなんかでやった演劇だ。
 点々としかいない観客席に向けて、舞台上で熱心演ずる小さな役者達。
 
 そこには当然悪意がない。
 真剣に演技と向き合う子供達と微笑ましくみつめる大人達だけ。
 確かにここにはそれが無い。

 でも俺たちはいつも違う世界が見えていた。
  
「あ、寝てた」

 目が覚めてすぐ、辺りが仄かにオレンジ色の光に包まれていた。
 朝焼けだ。朝一番乗りだ。
 起き上がる。
 畳一畳挟んで陽乃が寝ていた。

 ぼうっとしたままぐるりと視線を一周する。
 額縁の飾られた和室の壁。襖が開けっぱなしになった出入り口付近にはスナック菓子の空袋が捨て置かれている。10畳程の居間の縁側はバッグやらコンビニ袋やら買い溜めした飲食物が雑に積まれている。

 向かい合わせに二つ木造りのチェアの向こうは掃き出し窓が海を見せている。
 夕焼けのような朝の日差しが部屋中を暖かく染め上げる。
 窓を開けてもいいけど、外側に何匹か虫が張り付いていた。

 こんな時間に陽乃に悲鳴を上げられても困るので、とりあえず俺、櫛木は窓を開ける代わりにカーテンを閉めた。

 再びカムバックした薄暗闇のなか、携帯を取り出して、メールを開く。
 ライターの仕事があった。

 今受けている仕事先の雑誌は緩い感じで、基本的に何を書いてもどの写真を使ってもOKが出る。
 だからとりあえずなんでもいいから何かを書く。
 あとは陽乃が起きてきたら改稿は彼女に任せればいい。

 彼女はセミプロだ。
 死んでるけど。

「ん、ねむい。くらい。僕の、僕のまくらあ?」

「あ、起きたんすか。あと1時間くらい」

 何が?という顔をしていた。
 
「朝食。部屋食は夕飯だけ。この宿は。オーバー?」

 目を擦りながら、頷く陽乃。

 再び、また布団に潜る陽乃。

 特にリアクションも思い付かず、俺はまたメールに取り掛かる。

 メールは小説の下書きだった。
 ここに毎回寄稿先に載せる物語風長編の一幕と、現地紹介を書いて後で纏めてPDFにして会社に送るのだ。
 
 勿論だけど俺に字書きの才能はない。
 あるのは陽乃だ。
 カメラマンの仕事もやってるけど、やってるのも主に陽乃だ。

 しかも給料は全て俺に振り込まれる。 

 だから、せめて。

 考えるのが俺の仕事だった。
 小説なら叩き台くらいはせんじて作るし、業務連絡系も全てやるしカメラマンの依頼も料金交渉などはちゃんと納得がいくまで交渉する。

 18なら大学に行くのが普通だ。
 実際俺はまだ高校を卒業していない。
 留学して以降ずっと欠席扱いになっている。

『逃げているだけじゃないか。旅は逃げ場じゃない。恥ずべき行為だ』

「っやべ!」

 間違えて雑念をそのまま文字にしていた。慌てて訂正する。まあメールはあくまで何かあった際の自動下書き保存機能目当てに使ってるだけで、誰かに送るわけじゃないけれど、俺は気分を払拭するように布団から立ち上がる。折角の朝焼けが隠れた部屋の中、適当なバスタオルを掴んだ。

 そのまま部屋を出る。出る直前にメールで、風呂、と陽乃に送信しておいたから問題なしだ。


 

4話

 通りゃんせ通りゃんせ
 ここはどこの細道じゃ
 天神さまの細道じゃ
 ちぃっと通してくだしゃんせ
 御用の無い者通しゃせぬ
 この子の七つの御祝いに御札を納めに参ります
 行きはよいよい帰りはこわい
 こわいながらも 通りゃんせ通りゃんせ

 夜、温泉のある階から部屋に戻る道を間違えた時に聞こえてきた。
 多分陽乃が暇つぶしに歌っているのだろう。
 あいつの夜は長い。
 幽霊らしく夜行性で、昔の童歌や聴いたこともない歌を真夜中にヒソヒソと口ずさんでいる事がある。

「は、兎も角として……」

 ここにいつまでいるか。それが肝心だ。
 俺たちに目的地はない。強いて言えば目的がないのが目的だが、一応目的はある。
 それは一箇所に留まらない事だ。

 いろんな場所に行きいろんな空気を吸い、そこでまた辛うじて生き永らえられたらいい。
 そんなふうに考えている。

 だからいつかはまた移動しなければならない。
 移動し続けなければならない。
 強いて言えばそれこそが。

「行きは良い良い帰りはクッシーにバッタリうわあ」

 驚くようなジェスチャーでわざとらしく、廊下の向こうから現れた陽乃。
 その表情はなんとも言えない。
 笑っているのか悲しんでいるのか。

「寝れないの?」

 俺がたずねると陽乃が首を傾げる。

「いやクッシーが朝方にお風呂行ってからずっと寝てた。まさかのずっと入ってたやつ?」

「ねーわ」

 突っ込む実体もないが一応空気に突っ込む。

「あのな陽乃。お前朝食うと思ってたから待ってたんだよ。こないからさ、食堂でこっそり幾つか包んで持ってきたんだけど、ついに夜になるじゃん。刺身だし悪くなるから処理しといた」

 ガーンと効果音を奏でる陽乃。

「捨てたんですか? さすがにそれはない」

「捨てるかい。強いて言えばそろそろケツからトイレに捨てる。陽乃が食うと異次元に行くからおあいこだろ」

 シュッと。

 右手に持っていたコーン付きアイスに陽乃の手が音速を奏でる。

「あ」

 言う必要もないくらい素早くアイスをひったくった陽乃は、幽霊の筈なのに口にアイスをあてがい程なくコーンの屑だけがパラパラと床に舞った。

 静寂。朝から食ってなかったのだ。余程お腹空いてたらしい。

「甘いですね」

「色んな意味でな」

 いやまあそれはそれとして。

「言わなければいけない事があったんだった。夜中にまたわざわざ外へ出ていたのもそれが理由だよ」

 食べ終わり余韻に浸っていた陽乃だがすぐに真面目な顔になった。

「陽乃。一応依頼もひと段落したし、とりあえず明日出る」

「え? 僕らまだ二週間も居てませんが。早くないですか?」

「なんかそろそろ迷惑をかける時期かなって」

「早くないですか? 僕まだ騒いでないですよ?」

 そう、陽乃にはある特徴がある。
 長い時間を同じ場所で過ごすと、段々と旅感覚が薄れてきて、地が出るのだ。この地が問題だった。

 ある時、10日近く長期滞在をした日、陽乃はそれを発症した。

「早いけど、用もなくいつまでも居ても不審に思われるし」

「まあ確かに」

 部屋の前まで歩きがてら、フロントに寄って自販機でコーヒーを買った。
 今寝てしまうと明日のチェックアウト時間に間に合わない。

「それに、やっぱりな」

 この宿も手遅れになったら文鎮化する。
 
 もう二度と泊まれなくなる宿を増やしたくないのだ。
 
「生前の禍根か何か知らないが夜中に騒ぎ出してずっと怨嗟の声が響き渡るのは問題だし、それをほっとくと」

「起こしているつもりはないんですがね。うーむ」

 ポルターガイストが起きて、宿がホラー屋敷と化すのだ。
 そうなったが最後、そこは宿をやるより新手のアトラクションをやる方が理に叶う場にしかならない。

「陽乃。お前が一旦ああなると、周りの有象無象を招き寄せるだろ。結果的にお前の意思とは関係なくそこはお化け屋敷になるわけだ。だから十日以内。ギリで二週間までに出ないと」

「でも」

「でも、だよな。確かに」

 ここに泊まってからはや12日が過ぎた。
 無料滞在が二週間だったから勿体無くて無理矢理長く居たけど、ここでは確かに今までのような事は起きてない。

 様子を見てみてもいいのかもしれない。
 部屋に入ってから始終陽乃は無言だった。話しかけてないけど。
 怒っているのかもしれない。

「おやすみ。ってかまあお互い寝れないのだけど」

 しかしまあ、久しぶりに返事がなかった。

 外を見ると寝姿勢からでも水平線が見えた。太陽はなく、暗闇に僅かばかりのネオンライトが瞬いている。遠い田舎の山と海に囲まれた知らない世界。

 この旅の果てに何があるのか、とりあえず今のところは興味がなかった。目を閉じても何も映らない。夢も見ないし夢もない。

 未来とか将来とか希望とか奇跡とかそういうものは、遠い世界のジオラマみたいにみえた。
 世界は自分達とは違う理で動いている。

5話

 何もないところで線香の匂いが漂ってくる事がある。
 それを医学では幻臭と定義するけど、火のない所に煙は立たない。
 つまりそこには何かがある。

 49日が終わり、がらんとした賃貸マンション。
 親戚の家に引っ越しがきまり、自分の家財道具だけは運び終わった。この部屋も契約が切れていた。しかし大家さんに無茶を言ってみたところ、まだ新しく入居者が決まる前までなら時間をみて居てもいいという。
 
 それでしばらく床に寝ていたら、煙の臭いがして目が覚めた。それからである。
 仮に線香の匂いが気のせいでもそうでなくても、ここには確かに何かいる。そんな気がした。

──だからなんだというのか。
 
 家族がなくなった。最後の家族だった。
 亡くなったのは妹で、先に両親が病死で他界していた。

 妹の死因も病死だ。最近テレビでよく名前をみるようになった筋ジストロフィーという病が持病で、まだまだ生きられる筈だったが、弱っている身体に感染性のウイルスに侵されてあっという間にだ。

 何もなくなってしまった。沸いてきた感情は悲しみよりも焦燥感だ。
 これからどうするべきか。
 一旦は親戚に預けられるとしても、18になれば追い出されるだろう。
 
 それから引っ越しまでの期間を使って幾度となくその場所に足を運んだ。
 
 まあ最後の方は家族皆病院だったから幽霊が存在したとしてここにいるはずもないかもしれないが。
 帰ろうとした矢先だ。
 契約前の賃貸マンションの一室にチャイムが鳴った。
 工事業者かもしれない。消防の点検、ガスの点検。

 色々考えながら、応対する為に玄関ドアを開けた。

「あ、やあです」

 にこやかな笑み。青春してそうな涼しい色のショートヘア。今風の派手な七分袖に膝までのデニム。

「誰すか?」

「え?」

 戸惑っていたのは俺だけじゃなかった。

「え? 僕の事しらないんです? まいりました。クラスメイトですよ?」

「あ、何?」

「いや、ですね。お悔やみ申し上げますです。あ、これは学校でも言いましたよね僕」

「えーと、で。つまり貴方は何用で?」

 名前を聞こうかとも思わなかった。突然の珍入者。早く帰ってもらうに限る。

「あ、時間ないみたいですね! わかりました! かいつまんで話すとうち来ませんか? 実はね貴方の事好きなクラスメイトの子がいて」

 バタンと相手の子の指だけ挟まないよう気をつけて閉めた。
 
 しかし不覚にも、挟んでしまった。

「いったあああ! 痛い痛い」

 慌ててまた開ける。

「なんて冗談はさておき、あっ、ちょ」

 また閉める。今度はすんでのところで止めた。

 閉められないように指だけ犠牲にしてきやがったのだ。

「はあはあ」

「いや、ほんと何の用だよ。こちらそんな気分じゃないんだよ。帰れよ」

「まあまあ」

 言いながら今度は足を挟んでくる。
 意地でも帰らない気だった。

「そのね、貴方を好きな子がね。貴方に遠くに行って欲しくないみたいなんです。だからねウチ今ちょっと丁度運良く部屋空いてるから。そこ使ってほしいんですよ。ね?」

「いや、ねって言われても……もう転居決まってるし」

 力強いサムズアップで、目をキラキラさせ始めた。

「考えてみて下さい」

 顔を近づけながら目を覗き込まれて、慌てた。少し後退する。

「他人ですよ。所詮。親戚さんだか施設さんだか知りませんが、貴方はそこになんか楽しい未来を感じますか?
僕はね、ほら。僕は貴方のことよく知ってるし。いや僕というか親友がよく知ってるんだけどね。こっちはいいですよ? だって少なくとも貴方を疎ましく思ってないし、皆大歓迎なんですよ? ね、今から貴方の新住居は僕の家です! はい決まり!」

「いや、意味わかんねーし。ていうかあんたは他人じゃないのかよ。いや、いやあの」

 突然現れた一人称が変な少女は聞く耳持たずに決まり決まりとはしゃいでいた。
 家族が消えて、秋がきて、厳しい冬が始まる前のちょっとシュールな非現実へのご招待だ。
 
 俺は悩んでたけど頭がどうかしてたのかもしれない。結局親戚には断って友達の家に世話になると言った。

 そうしたらば、戸籍上の関係で一旦は帰れと言われ帰った。その後で俺の旧姓の永原は親戚の家の渡部になってあの少女、和田村陽乃の家でお世話になる事になった。

 和田村陽乃とはそれ以来の付き合いである。

六話

「ありがとうございました! またお越しください!」
 
 快活な挨拶を背に潜るオートドア。
 差し込む黄金色の日差し。
 暑いというよりは暑気持ちよくて暖かい。
 
 さっきまで宿泊場所でキンキンに冷えたビールのように冷やされた身体はクーラー病にかかっていてもおかしくないくらい人工の温度というやつにうんざりしていたようで、久しぶりの自然の気温に清々しい思いだ。

 それが仮に炎天下で36度を超える猛暑のものだとしても、

「いい加減陽乃の体感温度に合わせて温度調整するのはうんざりしていたのだ。あーー! あっちいいいい! 気持ちいいいい!」

「あの?」

 ぽかんとした陽乃。まだチェックアウトした宿の玄関前にいる。聴こえたのかと首を傾げると、

「日本語おかしいよ? ちょい前まで自分でクーラーつけてなかった? お風呂上がった時とか? しかも窓開けして涼んでなかった? え? 僕がつけた時はしかもなんか嫌そうな顔してたよね? まさか君、自分でコントロールしてる時は気持ちよくて他人に体感を握らせると気分悪いの? まさかの自己中? あっでも、ワンチャンこんな自己中な俺に構わずお前も好きにやれやというワイルドアピールな可能性も?」

 いたく抉ってくるな。
 
「いや、あの。まあ」

「正論って返し方わかんないよね」

 ニッコリ笑顔。とりあえず俺は表情に困って粗末な顔を作りながら、コの字型にカーブした道を進んで海の見える崖沿いを歩きながら、駅を目指す。

 商店がそこかしこで閑古鳥の鳴き声を奏でている。
 要するに客がいない。
 朝方だから、平日だからというのもある。

 俺はひとまず携帯を開いた。
 最早ノーマナーだが、歩きながらネット検索を開始する。
 
 調べたのは次に泊まる宿。そこの地酒。名物。観光スポット。宿ランキングに、そこの宿のイベントの日程。
街全体の行事の有無。そして肝心要の、そこに他のライターがどれだけ介入しているか、である。

 被りは構わないと言われている。
 しかしリサーチを怠ったり、明らかな記事の手抜きや剽窃があった場合、契約は破断だ。
 剽窃に関してはこちらに意志がなかったとしても、思われたら最後なケースも多々ある。

 だからなるべく疑われる前に根本を絶っておく。

「さて、じゃあ次は」

 陽乃が横合いから覗き込んできた。

「僕、大阪がいいな」

「なぜに」

「やすい」

 普通にピン切りだと思うんだが、と言おうとした。

「西成行こうか」

 少し真面目に考える。
 安いのは確かだ。あの場所に高級ホテルなんてない。
 宿諸々の安さが売りの街だ。それ以外の宿や商店が生き残る余地はない。

「とりあえず」

「うん。ギリギリ隣町の境目とかはなしね」

 ちゅーかいつからコイツ仕切るようになったのか。

「わかった。じゃあ今度は」

 すかさず進行方向に回り込み行く手を遮る陽乃。

「だめだよ。すぐに帰るのは駄目だよ。ちゃんと。二週間いてよ。じゃないと」

 ああ、と頷く。でも今回に関して、あまりコイツに逆らう気は無かった。

 何故かって、それは。

「お金もないしね」

 そうだ。ポケットも財布もすかすかだった。

 ライティングの給料もまだ入らない。

「移動は?」

「もち、青春切符で)

ジャーニー with ごーすと

ジャーニー with ごーすと

和田村陽乃《わたむらひの》は幽霊。 渡部櫛木《わたべくしき》、クッシーはその相棒。 ある日大事なものを失ったクッシーと幽霊陽乃は気付いたら旅に出ていた。 幽霊と旅にいく。 稼ぎながら旅をする二人に行く宛なんてない。 終わりのない旅。 大事なものを失ったクッシーと、幽霊陽乃に目的地はない。 幽霊と生者の二人羽織悲喜劇。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-23

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 一話 
  2. 二話
  3. 3話
  4. 4話
  5. 5話
  6. 六話