言い訳

発明家は、死ぬのを恐れた。一生懸命つくった発明品たちが、意味もなく消えていくのが悔しかった。発明家は、小さい頃から苦しむたちで、いわゆる学者ではなく、人並み以上に勉強したものの、それはあくまで自らの悩み―人からすればつまらないような―を解決するために必要だったからで、世のための発明なんて考えたことも無く、発表したところで、どれも自分の好みにあう中途半端な代物だったので、需要は到底望めないだろうし、それを自覚していた。

博士(これからはそう呼ぶ)は、世間との関わりを極力さけて、文明の利器に惑わされず、人々を白い目でみていた。最初は、悩みを解決する手段だった発明が、続けていくにつれて、それ自身が目的になり、日夜、個人的な営みに熱中しては、完成したものを舐めるように眺めて満足していた。だから稀に、世の中に役立ちそうなものができても、人にみせたりは一向にせず、例えば革新的な日用品が出来ても、それを知らずにあくせくとしている世の中に対して、自分を誇らしく思った。

そんな博士が、中年を迎えて、久しぶりに悩みにぶち当たったのである。死は、誰にでもやってきて、もはや不可避である。それを何とか回避しようと画策したが、画策の末、もはや不可避であることを知った。そこまで馬鹿ではなかったのである。しかし、世の中を馬鹿にしてきた手前、人々のように、死を忘れてのうのうとすることも我慢ならず、四六時中、死と向き合って生活したが、やがて精神が擦り切れ、自身の発明品のナンセンスが非常に苦しかった。真の発明を産むのは、自己満足以上に需要である。博士はこれまでとは打って変わって、短時間でひとつを作るのではなく、長期に渡って、実践的な発明をした。そうして出来上がったのが、体調の異変を知らせる、着用型の小さな機械だった。腕に巻き付けると脈拍に感応して、明らかな異変を察知するとただちに、ブザーでもって警告するのだ。

出来栄えに初め満足したが、不安症の博士にとって、いちいち動悸に、大袈裟なブザーが鳴られてはしょうがなかった。医学に疎かった博士は、色々勉強した上で、改造を重ねた。最終的に出来上がったのは、心拍数と視覚的情報から、生命の危険をとらえると、ニューロンに直接関与して、恐怖心を起こすというものだった。「恐れ」というのは、自己防衛のために必要な機能である。ブザーが、いざ死ぬ時に鳴らされても、時すでに遅しなのに比べて、危険に対して、恐怖の警告を強制的に起こせば、いやでも死を避けるだろう。この仕組みであれば、事故や生活習慣病にも対応できるし、なによりも、博士は死を先延ばしに出来ればそれで良かったので、今度こそ満足して、鼻の穴からそれを吸い込んだ。博士は、自身の一番の発明により、必要な時は教えてくれるわけだから、死の恐怖をいちいち感じる必要が無くなった。

この発明を通して、博士の心境に僅かながら変化があった。医学に聡くなったからか、他人のことを考え始めた。それからは、あくまで自分の必要から生まれたものでも、世間の役に立ちそうであれば、構わず、ひっそりとではあるが発表した。そのうちに、中々評判が上がって、人に知られるようになった博士は、そこそこ人生を謳歌した。時たま、轟くような死の恐怖に襲われることはあっても、博士にとって恐怖は死からの逃避網だったから、対応してしまえば何ともなく、というよりはむしろ、段々と死が恐ろしくなくなってきた。何れ来るであろう死を待ち受ける覚悟が、既にあった。

博士は年老いた。年老いた博士の元には、死に怯える人々が訪ねてきた。彼らに対して博士は、なにも恐れることは無い、死は生に元々含まれているんだから、自分のしていることに一生懸命になって、他人のことを思いながら生きていれば、それでよい、と、ありのままを語った。

博士は、死の恐怖を感じることが減った。要するに、機械を作動させなければいいのだから、常に落ち着いて生活に気を配り、危険な行動を慎めば、死など恐れるに足りなかった。

博士に最期の時がきた。周りは、博士を慕うものたちで溢れていた。死を克服した博士の死に様を、自らの手本にしたかったのだ。寝たきりになった博士は、病院のベッドで点滴を繋がれ、いずれくる死をまことに安らかな気持ちで待っていた。

周囲にとっては、博士が強心剤だけを、未だ手放さないのが、不思議だった。博士は薬を飲ましてもらうと、朦朧とする意識の中で、自分の人生を振り返って幸福だった。



もう駄目だと悟り、救心を飲ますのをやめて、涙ぐみながら、博士に救いを求める彼らは、静かにその時を待った。徐々に振幅が小さくなる心電図の中、誰もが博士に見入っていたその時である。

博士は、急に顔を信じられないほど引き攣らせて、苦し紛れに、しかしハッキリと、こう言った。「死にたくない!」

それが最期の言葉であった。取り巻きの人々の顔が、真っ青になった。

博士の一番の発明を知るものは、博士以外にはいなかったのだ。

言い訳

言い訳

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-19

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