暗部

 たぶん、すこしの歪みで狂う、三半規管に、突き刺すような奇声。星の。
 朝まで穏やかな暮らし、というものができなかった日の、真夜中の、あのひとが積み上げた灰皿の吸い殻の、ゆくえ。観てもいなかったテレビドラマの、最終回だけをぼんやりながめているあいだに、十七才のとき、好きだった子が、しらないだれかと手をつないで歩いていた、あの三月のことを思い出して、一瞬、浮遊する感覚に陥る。からだ。刹那の無重力。
 パンやさんではなく、ドラッグストアで買ったカレーパンの、なんだかちょっと、ぱさぱさする感じがときどき、わるくないなぁと思って、あのひとが置いていった文庫本を、なんとはなしに開いては、閉じる。微かに、煙草のにおい。
 どうぶつたちを愛してね、という先生は七日に一度、矛盾した存在となり、ぼくらに不安を孕ませる。画面の向こうのスペースシャトルは、いつも、出来の良い玩具みたいだった。

暗部

暗部

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-17

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