もなかのどりぃむ

夢だったらいいのに。最近、こんなことばかり考えている。常夜灯のあかりが、カーテンから刺し込む朝日に負けて、ジメジメした感じ。別に、特筆して辛いことがあるわけじゃないのに、もやもやするのはなんでだろう。呼び出されて職員室に行かなきゃいけない、それを待つ授業中の気持ち。もしかすると、同じくらいの辛さが沢山あって、感情がマヒしてるのかもしれない。裸足で歩いたって、慣れれば大したことないけど、靴を履くよりはずっと痛いんだ。
スマホを点けると、何よりも先にニュースが目に入ってくる。痴漢、戦争、不祥事、虐待…
そう、私だけじゃないよね。みんな、同じことを考えてるはずだ。だって、ほら。ほら、ねえ?

今日は休みでした。あは。ちょっと嬉しい。近場の海に来た。友達と会うよりずっといい。というか、友達なんていなかった気もする。靴を脱いで浜辺に降りると、そらみろ、全然痛くない。すーっと力が抜けていく感じ。軽くなった足でこのまま進んでいけば、死ねるのになあ。死んだら、きっと、ふわふわしたサンリオ世界。もなか、だっけ?そんな名前のキャラがいた気がする。プリンが太陽で、わたあめみたいな雲、それが溶けて、糖質たっぷりの雨が降る。でっかいうさぎの背中で目がさめて、朝ごはんは空色のアイスにラメがちょっぴり。なんてね。
死んだら、当然なんもない。
あーあ、生きるにはしんどいし、死んでしまったらつまらない。困ったな…

ぼーっとしていて気付かなかった。背後から名前を呼ばれた。なんで私の名前を知ってるの?振り返ると、ロリータファッションの、おばさん。正直、歳は分からないけど、ロリータに憧れるのは、おばさんに決まってる。とりあえず白が基調のひらひらした服を着ていて、靴は砂浜に似合わない、アリスみたいなやつ。女子高生のローファーに見える。
ここで逃げるとあからさまだし、おじさんじゃないなら変なこともないでしょ。

「なんですか…?」
「こんにちは。あなたを連れて帰りに来ました。」
「…え?」
「お忘れですかね?あなたを夢の世界から連れ戻しに来たんですよ。」
「はは、夢だったらいいんですけどね。ご職業は?」
「ごまかして!帰りたいって思ったんじゃないですか?」
「帰るってどこに?」
「現実に。あなたからしたら夢になるのかな?」
「夢も何も、ここが現実ですよ。」
「思い出しませんね…では、現実が現実だという証明ができるんですか?」
「証明はできないけど、事実は事実、現実は現実ですよ。」

ヤバいやつに絡まれてしまった。これならナンパ親父の方が数倍マシだ。早いとこ切り上げたい。
「…まあ、そしたら、いいんですけど。」
「そうですか。」
「うーん、帰りたそうだったのになあ。」
「はい。そろそろ帰るつもりでした」
「え、本当に?」
「え?」
「帰りたいの?」
不意をつかれた。とりもちが背中にひっついた感じ。そりゃあ、帰りたいはずがない。こんな薄汚れてみじめな世界に、私の帰る場所なんて「…」
「じゃあ、行きましょうか。」
「行くって、どこに。」
「現実に。あなたからしたら夢の世界になるのかな?」
「どうやって。」

それを聞くがはやいか、思いのほか強い握力で私の腕を掴んで、そのまま持ち上げられたかと思うと、二つの影が砂浜にみょーんと伸びて、気づけば私達は宙に浮かんでいた。
びっくりした。ありえない事が起きたのに、ちっとも驚かない私自身に。

「いきましょう。」
それだけいうと、どんどん海が彼方まで見渡せるようになって、あたまを押さえつけられる感じ。世界の引力を初めて感じたような気がした。
「現実って、どんなところですか?」
「帰れば思い出しますよ」

「記憶はなくなりますか?」
「まあほとんど。夢ですから、ぼんやりとは覚えているでしょうね。」

どうせなら、全て忘れたかった…

高度が増すにつれて、彼女の意識はボロボロと垢のように剥げ落ちていき、世界の方も、やがて彼女を見失った。

連れていってあげたいの
  太陽が澄んだ空気をいろどる、あなたが望んでいた所へ
連れていかせてほしいの
  全てを置き去りにして、あなたのまだ知らない所へ
あがってゆく
  愛がつばさをくれるから、心の平穏見つけにいこう

夢を見たいと願うなら、このまま手を離さないでいてね すべての悩みはとけてなくなるはずだから
そうすればあなたは、きっと、いつまでもそこにいたくなるわ・・・



「起きて、起きて。ご飯できてるわよ。」
「むぅ…モナカ、なんだかすごく怖い思いをしたの。」
「…まあ、わたあめがびっしょりじゃないの。モナカの大好きなあいすをなめて、おかしな現実のことなんてさっぱり忘れてしまいなさい。」

「…どうしたの。食べないの?」
「ううん、食べるよ。」
「そう、ならいいんだけど。体調には気をつけなさいね。これから、夢に出てやっていかなきゃなんだから」
「夢?」

「夢かぁ…夢、夢、夢、夢、夢、胸…胸?痴漢、差別、戦争、不祥事、虐待…」

別になんてことないはずなのに、悲しくなるのはどうして……カナシク?ってどんな意味だっけ?
アタマの中が、わたあめで埋めたようにもやもやして、溶かそうとすると、アメじゃなくて砂糖の水がふってくる。

現実だったらいいのに。最近、こんなことばっかり考えちゃうの。モナカだけじゃないよね。皆もきっとおんなじキモチ。だって、ほら。ほら、ねえ?

もなかのどりぃむ

もなかのどりぃむ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-13

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