Baroque Night-eclipse二次創作小説<<一日目-4a>>

本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。本作品に登場するキャラクターの性格や行動は実際のゲームと多少異なる場合があります。

aパート:ステラ視点 bパート:ルーナ視点

「ただいま」
扉が背中でバタンと音を立てて閉まる。
ようやく家にたどり着いて思わずこぼすため息を、
「おかえりなさい」
出迎える姉がにこりと微笑んで受け止める。
まだ引っ越して一日では身体に馴染む筈もないが、それでもここはもう私の家だ。


図書館を後にして5分。三高平の駅まではそれくらいだった。
別に走ってもいなければ速足だった訳でもない。ごくごくシンプルに、それくらい学校が駅の近くにあると言うだけの事だ。
今日訪れた近代的なビルにも未だどの階にも白く光が残っていて、淡く駅舎の外観を浮かび上がらせていた。少し霧がかっていたのかぼんやりと浮かび上がる駅舎の姿は少しUFOを思わせる。切符を手に入れて改札をくぐり抜けホームまでたどり着けばそこに来るのはキャトルミューティレーション――もとい、私を運んでくれる電車なのだけれど。
電車に揺られるのもたった一駅分の区間。
カタン、カタンとかすかな音を立てながら進む列車の車内にはそこそこに人はいるものの空いていて、席も半ば空席だった。私は自動扉に背を預けて立っていたけれど。
つり革は、手を伸ばすには少し高過ぎた。
進む方を眺めやれば遠くに眠りに落ちて行く月の姿が寝そべっていて、海の方に目をやれば車内の明るさに際立つ闇が勢力を広げていて。
夜が来るんだな、と改めて思い知らされた。

実のところ私は夜が嫌いではない。
むしろ陽光にギラギラと照らされる昼日中よりはずっと闇に愛された時間を私も愛していて、姉に「早く寝たほうがいい」と度々言われるくらいには読書に熱中するままに夜を更かすことも多々ある。
もちろん完全な暗闇は本が読めないから好きじゃないけれど、太陽のあるうちに本を読み始めて気付かぬまま書庫に侵入るわずかな星灯りのみで読了した、なんてことも良くあった。
その都度「目を悪くするわよ」とお小言を言われたけれど幸い今のところ人並み以上に目は良い。だからかけている眼鏡のレンズにも度は入っておらず、これは、まぁ、特段理由もなくかけている。
なんとなく落ち着くのだ。

新居の最寄りの駅、三高平南駅は先ほどの駅舎の大きさに比べれば半分程度だったがそれでもホームの周りが壁に囲まれていたり二階建の家より高いところにあったりと私には未だ物珍しかった。
私を含め乗客の半数以上を下ろして去っていく電車が運んできた空気がすこし、湿り気を帯びているような気がして足早になった。
私が育った村と異なり絶えず潮の匂いが混じり込むのが気象判断を鈍らせる。
すぐに雨が降るような気はしなかったが、誤って降られたい訳でもないので念のため。
私が濡れるのは一向に構わないが荷物にある本が汚されてはたまらない。
駅舎の前には数台のタクシーの姿も見えたがスルー。
駅舎の近くには煌々と照明を散らして営業を続ける店も多々あったけれど離れれば人気も少なくなるだろうし、それなら飛んで帰っても良い。
当面は足を使うけれど。
今朝歩いた道のりを脳裏に思い描きつつ、目印にしている高層マンションへ向けて歩きだした。


「今日は見たことないメーカーさんのお醤油があったから変えてみたんだけど、ステラの口には合う?」
過去から現在に頭を戻せば目の前には食事の用意。
考え事をしている間もどうやら身体はきちんと動いていたようで、羽織っていたコートも私の肩から無くなっていた。
偉い偉い、私の身体。
姉が示した器からちょいと里芋をつまむ。
いただきますは忘れずに。
「うん、美味しい」
口に運んでみれば確かに以前とは少し――変わった?かどうか判らなかったのでとりあえずそう答える。
私たち姉妹は長年祖父に育てられた影響か二人揃って和食好みだ。
ちなみに、私の珈琲好きも祖父の影響だ。
「よかった。どんどん食べてね」
続けて手を伸ばすと姉も食卓の向かい側に腰を落ち着けて言った。
今晩の食卓は畳マットの上に置かれたダンボール箱。
木造平屋の高い天井は低くなり、柱も壁紙も明るい色調に変わった。
森に囲まれたあの家では当たり前のようにあった木の匂いも葉ずれの音も消え、代わりにかすかな潮の香りと遠くから車の排気音が伝わる。
壊れかけて使わなかった薪ストーブも、頭に乗せたやかんを鳴らす石油ストーブも、風が抜けては音を鳴らした障子も、壁際で位牌を抱いていた黒檀の仏壇も、煙の消えた煙草盆もない。
これまでと違うことは沢山ある。
それでも、私と姉の食卓はいままで通りだった。

食事を終えてしばらく、食器を洗う姉と明日の用事について話す。
念の為に言い添えると私はそれを姉に押し付けている訳ではなくて、その――効率が良すぎるのだ。食器の消費効率的な意味で。
私は度々意識を手にした物とは別方向に集中させてしまう癖があるので、実のところ料理そのものも得意な方ではない。それでも「がんばれば」人並み程度には出来ると自負しているが。
まず優先して必要そうなものは確実に暖房器具。
ふたりとも別に寒いのは苦手ではないがやはりこれから冷え込んでいくであろう季節に一切の暖房器具がないと言うのは拙かろう。
そして食卓。
これは炬燵を買えばそれでこと足りるだろうと意見が合致した。
もとより和風住宅に馴染んだ私たちには畳に正座も悪くない。掘り炬燵でないのは確かに残念ではあるのだが。
残る家財道具で私が使う様なものはあまりない。裁縫やら洗濯やらそう言った物に必要なもの――アイロン台に洗濯機などは姉が使いやすい物を選ぶと言うし、掃除道具は私も使う物とは言え姉の意見を容れる方が良いだろう。
書庫に照明器具を増やした方が良いと姉は言うが――それは急ぎ必要なものではないだろうと断って小さな話し合いを終わりにした。

風呂場は少し狭くなった。
風呂桶は滑りやすくなった。
壁を照らす光は強くなった。
熱い湯に身体を沈めながら、立ち上る湯気の向こうを眺めて思う。
これまでとは違う場所。これまでとは違う物。これまでとは違う世界で生きていく。
じわじわ入り込む熱と共に、じわじわ沁み込む実感と覚悟。
いや、知らぬことも多い私が覚悟を抱くにはまだ早いと思い直す。
「私が知りたいことは、この先にあるのだろうか。」
右手を持ち上げて、水面から上へ。
視界を遮る湯気に向けて手を伸ばしても、指先は恐らくその先にある天井の存在を確かめることが出来ない。
ぱしゃん
下ろした腕が湯を散らす。
目蓋を閉じる。
顔が濡れる。
後悔はない。
後悔は、しない。
――ばしゃんっ
ほんの少し息を吸い込んで顔面を洗うように水面に叩きつけると、さっきより大きな飛沫が立った。


良く温まった体が冷えないうちに寝間着へ着替える
以前住んでいた家よりは隙間風が少ないとはいえ冬も近づいたこの季節、室内もずいぶん冷えている。
ふるり
暑さよりは寒さの方が得意だが、知らず身体が小さく震えた。
「バトンタッチね」
私と入れ替わりに風呂場へ向かう姉の背を見送って、私は今から書庫に身体を移動させる。
背中に負った愛用の袢纏と、足首まで包み込むスリッパが冷気を遮る。袢纏の内側にはぴたりと身体に添わせるように折りたたんだ翼がある。
私と姉はヒトだけれど、ヒトではないから。
他人に見られないようにと思っていれば自然と見えなくなってくれる便利な翼は、飛びたいと思えば飛べる便利な存在だ。
こうして防寒具の一つにもなるし。
左翼の先を小さく襦袢の下から出して右手で触れる。
昔は、今よりずっと年若かった頃は少し難儀な思いもした。
それでも今は、私がフライエンジェと呼ばれる存在だからこそこうしてアークに所属することが出来ること、知らない知識や情報を求めて手が伸ばせることを幸運に思っている。
私には、どうしても知りたいことがあるから。

ついつい読んでしまって手が止まったりしつつ、何とか足元にあったダンボール箱を空にして折りたたむ。小ぶりのダンボール三つ分、書庫に運び込まれた荷物はたったそれだけだった。全てを開けてしまっても、本棚の半分の半分も埋まらない。
両手にはめていた薄手の白手袋を脱ぎながら、小さくため息をこぼす。
捨てた訳ではない。本は重い上に私は増やす一方だからとなるべく厳選してこちらに持ってくることにして、残りの本は住んでいた村の図書室に寄贈して来たのだ。
村の名士として名の通っていた祖父の事――同時に変人としても名高かったが――本を受け取って帰っていく役所の人間が殊更腰を低くしていた。
どれほどの本が残されて再び生を得るのかは判らないが、なるべく多くの物たちがあの村で生き延びられればと願う。
書斎机の上に一つきり置かれた、クロスを模ったネクタイピンを取り上げて接吻を残す。
私の父も母もイタリア人――母はハーフだが――だったが、別に私はキリストを信仰している訳ではない。神なんてこの世界に居ない。だから眠る前の習慣になったこの動作はただの――そう、ただの癖だ。
小さく小さく、金属が木を叩いて音を鳴らす。
カチリ
書庫から出て明かりを消す。振り返って奥の書斎机がある方を見やっても、タイピンは灯りの消えた書庫の中にあって自ら光ることもない。
小さくため息をついて書庫の扉を閉じる。
これから長い事、ここが私の巣になるだろうという実感があった。

灯りの消えた寝室に忍び込めば中からはもう軽やかな寝息が零れてくる。
いつものことだ。私は夜更かしをする癖があるし、姉は姉で少し早起きをする癖がある。
既に用意されていた布団に冷えかけた身体を滑り込ませると、温かな肌触りが伝わってくる。布団に熱を分け与えてぬるくなりかけた湯たんぽを少し移動させて、背を下敷きにしないように身体を横たえる。そうすると自然に姉の方を向く格好になる。
眠っている時ですら頬笑んでいるかの様な姉の見慣れた顔。
「おやすみなさい」
となりに眠る安らかな表情に向けて、いつものように呟いた。

Baroque Night-eclipse二次創作小説<<一日目-4a>>

原作⇒『Baroque Night-eclipse』 http://bne.chocolop.net/top/
ゆっくりと、ゲームをプレイしつつ書き進めて行きたいと思います。
すこし投稿間隔が空いてしまいました。なんとなく今後も、これくらいのペースになりそうな予感はします。

Baroque Night-eclipse二次創作小説<<一日目-4a>>

本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。 新しい街で過ごす一日の終わり、そして新しい生活の始まりです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-13

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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