シロヒメは南の海にきらめく美少女なんだしっ☀

koyasumi

「海なんだし!」
 またも唐突に。
「えーと」
 アリス・クリーヴランドは、
「うーみーはーひろいーなー、おおきーいーな~♪」
「って、意味なく歌ってんじゃねーしっ!」
 パカーーン!
「きゃあっ」
 唐突な発言に続いての唐突な暴力に、悲鳴をあげて吹き飛ばされる。
「何をするんですか」
 ヒヅメ痕のついた顔を押さえ、涙目で訴える。
 それに、いつも意味なく歌い出すのは彼女――白馬の白姫(しろひめ)のほうではないか。
「たまにはパターンを変えるんだし」
「え?」
「なんでもねーし。こっちの話だし」
 そう言ってすぐ、
「ぷーりゅーはーひろいーなー、ぷりゅりゅーだーな~♪」
「やっぱり歌うんじゃないですか!」
「うるせーしっ!」
 パカーーン!
「きゃあっ」
 またもの後ろ蹴りに、やはり悲鳴をあげて吹き飛ばされる。
「シロヒメは歌っていいんだし。かわいいから」
「ぐ……ぐふっ」
 立て続けのダメージに反論も口にできない。
「『ぷりゅは広い』ってなんですか……」
 ようやくそれだけを訴える。
「シロヒメと海は似合うんだし」
 またも唐突に。
「だから、ぷりゅは広いんだし」
「意味がまったくわかりません」
 心からの言葉だった。
「海だし」
 くり返す。
「シロヒメ……」
 ぷりゅり。
「えっ!」
 その目に光ったのが涙だと気づき、アリスはぎょっとなる。
「どうしたんですか。泣いたりするなんて」
「シロヒメ……とってもかわいくていい子なんだし」
「はあ」
「なんだし? なんか文句あるし」
「な、ないですけど」
 あわてて首をふる。
「ぷりゅり……」
 再び悲しみモードに入り、
「なのに、むくわれてないんだし」
「むくわれてない?」
「そーだし」
 ぷりゅ。うなずいて、
「なんで、シロヒメ、海につれていってもらえないんだし」
「えっ」
 と――唐突過ぎる。
「それは」
 とりあえず答えを探す。
 そもそも、いま自分たちはサン・ジェラールと呼ばれる島で暮らしている。
 はっきり言って、周りは全部海と言っていいのだ。
 だから、
「つれていく必要は特にないんじゃないんですか」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「なんてひどいことを言うアリスだし! とんでもないんだし!」
「とっ……」
 とんでもないのは、いきなり蹴り飛ばすそっち――と言いかけるも、再びヒヅメが飛んでくるのは確実なので泣き寝入りするしかない。
「ううう……」
「なに泣いてんだし。アリスのくせに」
 まったく悪びれずに言って、
「やっぱり、アリスみたいに理解のないアリスがいるから、シロヒメは海につれていってもらえないんだし」
「だから、海はすぐ近くに」
「リゾートっぽいとこだし! 南の海みたいな!」
 鳴き声を強める。
「南の海に行きたいんですか、白姫は」
「行きたいとか、そーゆー問題じゃないんだし」
 ぷりゅ。いら立たしそうに鼻を鳴らし、
「海なんだし」
「だから、そこに行きたいのはわかりましたけど」
「わかってないんだし! シロヒメだから海なんだし!」
 ますますわからない。
「白姫だから……海?」
 つながらない。
「関係ないじゃないですか、白姫に海」
「なんてこと言ってんだし」
 ぷりゅりゅっ。ますます鼻息荒く、
「関係あるし」
「あるんですか」
「あるし」
 自信たっぷりにうなずき、
「美少女といえば海なんだし」
「えっ」
 一瞬、思考が止まる。
「美少女……」
「文句あるし?」
「あ、いえ」
「美少女といえば海なんだし」
 やはりためらいなく、
「ほら、ポスターとかで、美少女の後ろによく海が写ってるんだし」
「それは」
 確かに。
「けど、それは水着姿とかそういう」
「水着っていいんだし。セクシーなんだし」
「いや、白姫、普段から裸で」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「なに、シロヒメをろしゅつきょーみたいに言ってんだし」
「言ってませんよ、そんなこと!」
 不条理すぎる。
「とにかく海なんだし!」
 強引に、
「シロヒメを海につれてくしーっ! かわいいシロヒメへのごほうびなんだしーっ!」
 ぷりゅーっ! こうなるともう手がつけられない。
「白姫ぇ……」
 アリスは騎士に仕える者――従騎士(エスクワイア)だ。
 仕える主人の馬である白姫を放っておくことはできない。
「いいですか」
 なんとか彼女をなだめようと、
「白姫は騎士の馬です」
「そーだし」
「なのに、わがままばっかりなんて問題が」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 やはりというか。
「なに、ディスってるし」
「ううう……」
 ディスるというより、こちらとしては当然の忠告なのだが。
「く……」
 ここで引いてはだめだと、
「し、白姫は」
「わかってないし」
「えっ」
 かぶせるように言われる。
「アリスはちっともわかってないし!」
 ぷりゅしっ! ヒヅメをさされる。
「そんな」
 ショックだ。
 従騎士として白姫のそばでずっと世話をしてきた。なのにここまではっきり言われてしまうなんて。
「何がわかってないって言うんですか!」
 憤りまじりの抗議は、しかしあっさり無視され、
「こうなったら考えがあるし」
「えっ」
 考え?
「キャンペーンを張るし」
「は?」
 キ……キャンペーン。
「何のですか」
「決まってるし」
 鼻を鳴らし、
「『シロヒメをかわいがろうキャンペーン』だし」
「………………」
 あぜんと。
「そ……」
 それはキャンペーンを張るようなことなのか。
「ぷりゅ」
 じろり。
「おおげさだとか思ってんだし?」
「い、いえ」
 それ以前の話だとは思っている。
「ぷりゅーわけで」
 話は決まったというように、
「ぷりゅん、ぷりゅん、ぷりゅん♪ シロヒメ、たいせつに~♪」
「ええっ!」
「テーマソングだし」
「テ、テーマソング……」
 また話がおかしなところへ向かおうとしている。
「あのー」
 早めに軌道修正を。そう思って口を開いたところに、
「あっ、マキオ」
 こちらに近づいてくる小さな影。
 アリスたちと共に暮らしている六歳の女の子・鬼堂院真緒(きどういん・まきお)だ。
「おお、今日も一緒か」
 こちらを見て。にっこり微笑む。
「相変わらず仲良しだな」
「そんな」
 わかっていない――先ほどの白姫の言葉がかすかに胸を刺す。
「そーなんだし」
「えっ」
 驚いて白姫を見る。
 ぷりゅふんと。鼻先をそらして、
「仲良しでいてあげてるんだし。アリスがあまりにあわれでかわいそーな子だから」
「うう」
 やっぱり、そうなるか。
「そうか」
 わかったのかわからないのか笑顔のままうなずく。
「あ、ちょーどよかったし。マキオにもキャンペーンするし」
「えっ」
 それは……。けど具体的に何を。
「マキオ」
 パカパカラッと。ヒヅメ音軽く近づいていく。
「ぷりゅーん❤」
 甘えるような鳴き声と共に、小さなその身体に鼻先をすり寄せる。
「ふふっ」
 微笑む。
「どうしたのだ。今日の白姫は甘えん坊だな」
 優しく。白いたてがみをなでる。
「ぷりゅー❤」
 心地よさげないななきがこぼれる。
「さすがマキオなんだし。馬のかわいがり方をわかってるんだし」
 確かに。
 白姫を慈しむ気持ちがその手つきにはにじんでいた。
「アリスが一番わかってねーんだし」
「うっ」
 またも言われ、やはりショックを隠せない。
「そ、そんなことは」
 思わずムキになって前に出かけるも、
(ハッ!)
 我に返る。
 な……何をしているのだ、自分は。
 対抗心? まさか真緒に!
(そんな)
 がく然となる。
 相手は、自分より七つも年下だというのに。
 いや、年齢のようなものでとらえられない子だとはわかっている。それでもやはり、そんな感情をわずかでも抱いてしまった自分への情けない思いは変わらない。
 加えて言えば、白姫は十も年下だ。
 やはり、馬と人とを同列には並べられないがそれでも、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 物思いに沈んでいたところへの一撃に、あらがうこともできず吹き飛ばされる。
「こら、白姫」
 めっ、と厳しい目をして、
「いじめはだめだぞ」
「ぷりゅー」
 不服そうに鼻を鳴らす。が、すぐに、
「ぷりゅ」
 と、頭を下げる。
「わかってくれたか」
 再びたてがみをなでる。
「やはり、白姫はいい子だな」
「ぷりゅー❤」
 こちらもうれしそうに鳴き声をあげる。
「ううう」
 よろよろと。立ち上がりながら、
(なんでですか……なんで自分は)
 かわいがれないのだろう。
 真緒のように白姫によろこんでもらえないのだろう。
(自分だって)
 かわいがるつもりはある――はずだ。
 仕える騎士の馬なのだから。
 そして、仕える人への尊敬の気持ちは間違いないのだから。
(なのに)
 なぜなのだろう。
 どうして、白姫と自分はこんなにも――
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 もう何度目かもわからない。今日はいつにもましての『蹴られ日』となっていた。

「海へ行きましょう」
 突然の宣言に、
「ぷりゅ?」
 白姫の目が丸くなる。
「なに言ってんだし」
「い、いや」
 がくっとなりつつ、
「白姫じゃないですか。昨日、海へ行きたいって言ったのは」
「そんなこと言ってないし」
「ええぇ~!?」
「シロヒメが言ったのは」
 やれやれと肩をすくめつつ、
「シロヒメを海につれていくべきだということだし」
「えーと……え?」
 同じでは。
「ぜんぜん違うんだし。シロヒメはごほうびに海につれてってもらってもおかしくないくらいかわいいということをしゅちょーしたんだし」
「はあ」
 わからない。
「スキーでもいいんだし」
「は!?」
「『白馬をスキーにつれてって』なんだし。いいんだしー」
「う……」
 もう何でもいいのでは。
(せっかく)
 ぐぐっと。拳が握りしめられる。
 こちらは決意をしてきたのに。
 大変なことだとわかっていても、望みをかなえるために海につれていってあげようと。
 なのに、また――
(あっ)
 また、だ。
 自分の中で暗い気持ちがふくれあがっている。
(こんな)
 どうしてしまったのだろう。
 いままでこんなことはなかった。
 はずだ。
 わがままに憤ることはあっても、こんなふうに恨みがましく思ったりするようなことは。
「ぷりゅ?」
 けげんそうな息に、再び我に返る。
「なにぼーっとしてんだし。まー、アリスはいつもボケてるけど」
「そんな」
 キツい言葉を返しそうな自分に気づき、なんとかそれを飲みこむ。
 そんなこちらに構わず、
「なんか、昨日からおかしーんだし。アホでのーてんきなのがアリスだし。おかしくないアリスなんておかしいんだし」
「なっ」
 なんて言われようだ。
「ううう」
 懸命に頭をふる。またも暗い考えに染まりそうになっている。
「ぷりゅー?」
 ますますけげんそうに首をひねられ、
「ホントにどーしたんたんだし? どっか悪いんだし?」
「白姫……」
 心配されている。その実感がほんのり胸をあたたかくする。
「まー、アリスはいつも悪いんだけどー。存在そのものがー」
「………………」
 だめだ。
「白姫」
 止められない。
「いいかげんにしてください」
「ぷりゅ?」
「白姫は」
 止まらない。
「そんなひどいことばかり言う白姫はみんな嫌いになっちゃいますから!」
 目が見開かれる。
 それでもなお、
「なんなんですか、白姫は! わがままばかり言って! こっちが落ちこむようなことばかり言って! そんな白姫は……白姫は……」
 かーっと。頭が熱くなってくる。
「白姫……は……」
 視界がゆがむ。
 涙? いや、これは、
「……は……」
 すとんと。
 膝から崩れたと思った瞬間、意識が途切れていた。


 おたふく風邪だった。
「ううう」
 何日安静にしていただろうか。周りにうつるということで、しばらくほとんど自室を出ることもなく、屋敷の家事を取り仕切るメイド姿の女性・朱藤依子(すどう・よりこ)の看病だけを受けていた。
(情けない)
 病気だったのだ。仕方ないとは思う。
 それでも騎士を目指して修行中の身である自分が、こうしてみんなに迷惑をかけてしまうなんて。
「アリス」
 ノックに続いて扉越しの声が届く。
「えっ、葉太郎(ようたろう)様!?」
 あわてて身体を起こし、パジャマの襟元を調える。
「あ……」
 いま部屋に入れては病気をうつしてしまう。
「あの、えーと」
 どう答えようか迷っている間に、
「入るよ」
「はわわっ」
 あたふたと口を手のひらでふさぐ。
「ふふっ」
 こちらを見て微笑む――花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)。
 従騎士である自分の仕える騎士。
 その手には、ジュースの入ったグラスを乗せたトレイがあった。
「!」
 自分のために? あわてて、
「葉太郎様がそんな!」
「いいから。横になってて」
 あくまで優しく。ベッドのそばに置かれた椅子に腰かける。
「はわわっ」
 思わず口を開いてしまっていた。すぐさま再び手のひらでふさぐ。
「ふふっ」
 またも笑って、
「もう良くなってるって聞いたよ」
「ひ、ひゃい」
 その通りではある。
 熱は下がり、病状も良くなったとの診断を受けている。
 それでも万が一ということで、今日一日は安静にするようにと依子から言われているのだ。
「ひょり子さんが」
「聞いてる」
 そっと。
「!」
 優しく。頭をなでられる。
(は……はわわわわわわわわ)
 またも熱があがりそうになる。
「アリス」
 耳元で、
「いつも、ありがとう」
 えっ! なぜここでお礼が。
「アリスはいつもがんばってるよね」
「ひ、ひょんな」
 さらに熱があがる。
「だから、いいんだよ」
 ささやく。
「こういうときは、もっと僕たちに頼っても」
「……!」
 またも口をふさぐことを忘れ、
「そんな! 自分は従騎士で」
「アリスはアリスだよ」
 かぶせるように、
「僕たちの家族だ」
 なでなで。
「う……」
 力が抜けていく。
「葉太郎様」
 目を伏せて、
「ありがとう……ございます」
「ううん」
 なんでもない。そう笑いながらジュースを差し出す。
「どうぞ」
「はっ、はわわっ」
 やはりあわてて、
「そそ、そんな、葉太郎様にこんな」
「遠慮はしない」
 つん、と。
「はわっ」
 つつかれたおでこを押さえる。
「あ、のど乾いてなかった?」
「いえ」
 しずしずと、
「い、いただきます」
「どうぞ」
 にっこり。優しい笑顔は変わらない。
「………………」
 こくこく。
 葉太郎の視線を意識しながら、冷たいジュースを口にする。
 味も、そして何のジュースかもわからなかった。
「ごちそうさまでした」
「うん」
 笑顔のままで、
「じゃあ、僕は」
 立ち上がる。
「あっ」
 とっさに。呼び止めそうになってしまう。
 しかしすぐに、
(こ、これ以上、ご迷惑は)
「これ以上、邪魔しちゃよくないからね」
「えっ」
 顔をあげたところに、頬をそっとなでられる。
「ゆっくり休んで」
「は……はい」
 うれしかった。
 あくまでこちらのことを思ってくれる。
 本来は、従騎士の自分がこんなことを許されるはずはないのだが、
(騎士……ですから)
 葉太郎が。
 レディへの献身を忘れない。
〝騎士道体質〟と呼ばれるほどの彼だからこそ。
(こんなときくらいは)
 甘えてもいいのかも。そんなことを思ってしまった。
「わかります」
「えっ」
「白姫が」
 アリスも。笑顔を見せて、
「葉太郎様にとっても甘えている理由が」
「………………」
 かすかに。
「?」
 表情が。陰ったことに気づく。
「あ、あの」
 思い出す。
(あっ)
 自分は――
(白姫に)
 ひどいことを。
 正面からなじるようなことを言ってしまった。
「あの」
 おそるおそる、
「その……白姫は」
「っ」
 かすかに。息をのまれる。
 その反応にあせって、
「や、やっぱり怒ってるんですか」
「怒ってる……のかな」
「えっ」
「白姫」
 切々と。口にされる。
「いなくなっちゃったんだ」

「い」
 何を言われたのかすぐにはわからなかった。
「いな、くな」
 言葉が途切れ、そのまま絶句する。
 返ってきたのは、ただ哀しそうな息だけだ。
「あ、あの」
 ようやく、
「いなくなっちゃったって、白姫がですか」
「うん」
「それって」
 血の気が引いていく。
「自分の」
「えっ」
「自分の……じっ、自分のせいで」
 とっさに、
「アリスっ」
 ベッドから飛び出ようとしたところを葉太郎に抱きとめられる。
「ちょっ……どうしたの」
「自分、行きます」
「どこに」
「白姫のところです!」
 涙があふれる。
「自分のせいで! だから!」
「お、落ち着いて、アリス」
 そこに、
「何をされているのです」
 一瞬で。部屋の温度が十度以上も下がったように感じた。
「あ……」
 我に返る。
「よ、依子さん」
 扉のところに。いつものメイド服姿の女性が立っていた。
「葉太郎さん」
 びくっ! 大きなふるえが伝わる。
「何をされているのです」
 くり返す。
「ぼ、僕は」
「従騎士である相手に」
 ぐぐぐっ。
「きゃあっ」
 こちらが悲鳴をあげてしまう。
 依子の手の内に。
 しなる鞭が現れていた。
「ぼ……僕は……」
 がくがくがくっ。ふるえが激しくなる。
 と、そのときようやく気づく。
(あっ)
 こんなふうに直接ふるえが伝わるほど。
 自分と葉太郎は密着して――
「きゃあっ」
 またも思わず悲鳴をあげて身体を離す。
「逆らえない立場の相手に」
 ぐぐぐぐっ。
「しかも、病み上がりで弱っているところを無理やりに」
「ち、違っ!」
 ようやく何をカン違いされているのかに気づいたようで、
「僕はただアリスを」
「衝動のままに欲望のはけ口にしようと」
「なんてこと言ってるの!」
 声が強くなる。
 きっ、と。おびえつつもまっすぐな目で、
「アリスは僕の従騎士なんだよ? 家族同然の子なんだよ」
 沈黙する依子。
「そんなアリスに……あり得ないよ」
(う……)
 あり得ない、と言われてしまうとそれはそれで引っかかるのだが。
「わかりました」
 うなずく。
「騎士としてふさわしからざる意図は一切なかったと」
「もちろんだよ」
 やはりおびえつつも。はっきり言う。
「事故であったと」
「そうだよ」
「わかりました」
 しぱぁんっ!
「!」
 固まる。鞭が空気を裂く音に。
「事故」
「う……うん」
「情けない」
 冷たい声で。
「事故によってあなたは従騎士に悲鳴をあげさせるような事態を招いたと」
「は、はい……」
「情けない」
 くり返される。
「葉太郎さん」
「!」
 ああ、だめだ。
 凍てつくようなその目を見ればわかる。
 もうどんな釈明も許されない。
「はわわわわわわ」
 アリスにできるのは――ただふるえることだけ。
「よっ、依子さん、あの、あんなことになっちゃったのは確かに僕が悪くて、そのことはアリスにも……う、うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
 ぱぁぁーーーん! 一際するどい鞭の音がこだました。


「失礼します」
 その夜。
「よろしいですか、葉太郎様」
「アリス? うん、いいよ」
 ノックの後の了承を受け、部屋に入る。
「あっ」
 見たのは、ベッドの脇でお尻を押さえてうずくまっている葉太郎の姿だった。
「うううう……」
「よ、葉太郎様」
 あたふたと、
「大丈夫ですか」
「うん……」
 ちっとも大丈夫そうでない涙目で、それでも笑顔を見せる。
 おそらく――
 すでにベッドに入っていたのだろう。
 昼間、依子による『お仕置き』で痛めた部分を刺激しないようにしつつ。
 そこへの不意の訪問で、起き上がるとき、ついうっかりそこを接地(正確には接ベッド)してしまったのだ。
「す、すみません」
「ううん、僕が悪いんだから」
 さわやかな笑顔で。言う。
「僕のほうこそ。昼間はごめんね」
「いえ、自分が」
 そこで思い出す。
「あの」
 おそるおそる。聞く。
「白姫はどうしちゃったんですか」
「うん……」
 笑顔が沈む。
「出ていっちゃったんだ」
「どうして、そんなことに」
「それが」
 つらそうに顔がしかめられ、
「イヤなんだって」
「イヤ?」
「うん」
 切々と。口にする。
「僕が」
「えーーーーーーーっ!」
 あり得ない。
「そんな! あり得ませんよ!」
 声にも出して言う。
「白姫が葉太郎様をイヤだなんて! あんなにかわいがられてたのに! あんなに甘えてたのに!」
「それがイヤなんだって」
「えっ」
「言われたんだ」
 ふぅ。小さなため息かこぼれ、
「『ヨウタローはシロヒメを甘やかしすぎ』って」
「え……」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「甘やかし……すぎ?」
「うん」
「………………」
 そんな――そんなことは。
「本当ですか」
「うん」
 あらためて絶句する。
 甘やかしすぎ? あの白姫が?
 それは――事実その通りではある。葉太郎は白姫の生まれたときからずっとそばにいて、兄が実の妹に接するのと同じかそれ以上に甘やかしてきた。
 それでも、なおもっと甘やかしてほしいというのが白姫のスタンスだったはずだ。
 それがダメ出し?
「ほ、本当なんですか」
 再び聞いてしまう。
「うん」
 さびしそうに。遠くを見つめる目で、
「大人になっちゃったってことなのかな」
「大人に」
 信じられない。その言葉しか浮かばない。
 もちろん白姫は馬だ。人間よりずっと早く成長する。
 それでも、自分が病気で伏せる前のあの姿を思い起こすと、とても「大人になった」などという殊勝な姿は想像できない。
「あ、あの」
 具体的に。『そのこと』を確かめる。
「白姫は、いま、どこにいるんですか」
「うん……」
 遠い目に。あらためてなって、
「南だよ」
「えっ」
「南の」
 言った。
「海にいるんだ」

『こっそり見てきます』
 そう約束した。
(白姫……)
 アリスは――
「はわー」
 海に。
 目の前に圧倒的に広がる透き通った水という光景にただただ息を飲んでいた。
 南じゃないとだめと言った。
 納得してしまっていた。
「すごい……」
 陳腐だがその言葉しか出ない。
 違うのだ。
 暮らしている島の周りの海、その他知っている海とは明らかに。
「南……」
 なんだろう。この胸打つようなまばゆさは。
 言葉にできない。
「ぴっ」
「!」
 思いがけずするどい。その鳴き声は、
「ぴっ。ぴぴぴっ」
「あ……」
 いつの間にか足もとにいた。
 その子には、見覚えがあった。
「ルル!」
 イワトビペンギンの小さな身体をかかえ上げる。
「ぴぴー❤」
 うれしそうな鳴き声と共に、すりすりと頬ずりをしてくる。
「ひょっとして迎えに来てくれたんですか?」
「ぴっ」
 うなずく。
「なら」
 心持ち。表情がこわばり、
「その……」
「ぴ?」
「つれていってもらえませんか」
 迷いを払い、口にする。
「白姫のところに」


『ヨウタローはシロヒメを甘やかしすぎなんだし!』
 そう宣言して――
 誰もつれずに屋敷を出ていったのだという。
 出ていった。と言うと、すこしニュアンスが違うかもしれない。
『シロヒメ、自立するんだし』
 そう言ったそうだ。
(だからって)
 思ってしまう。
 こんな遠く――本当に南の海にまで来ることはないのではないかと。
(しかも、つれてってほしいなんて言ってたくせに)
 またも恨みがましい思いを抱き始めている自分に気づき、あわてて、
(だ、だめですよ。もうおたふく風邪は治ったんですから)
 この間――
 感情のままに言葉をぶつけてしまったのは、きっと病気になりかけていたせいだったのだろう。
 いや、もちろんそれは言いわけにならない。
 だから自分は、
(あやまらないと)
 居ても立ってもいられなかった。
 病気も全快した。
 なら。
(それにしても)
 やはり、白姫はやることが普通ではない。
 聞いたことがない。
 馬が――
 自分だけで海外に『留学』だなんて。
(留学……)
 そう言っていいかは微妙だが。とにかくも白姫はいまここ――
 現世騎士団(ナイツ・オブ・ザ・ワールド)オセアニア区館の本拠地であるこの南半球に浮かぶ島にいる。
「ぴぃ?」
「あっ」
 けげんそうな鳴き声に我に返り、アリスは止まっていた足を前に出す。
 戸惑いをごまかすように、
「白姫はこちらで元気にしていますか」
「ぴっ」
 すかさずうなずく。
「そうですか……」
 といっても、あの白姫なのだ。
 主人である葉太郎から離れて元気でいるところなど想像できない。
「友だちですもんね。ルルとは」
 そう返して、ひとまず会話を終わらせる。
「………………」
 沈黙。
「ぴぃ?」
 やはりけげんそうにこちらを見られてしまう。
「あの、その」
 何と言えばいいのだろう。
 戸惑っているそこに、
「ぷりゅーっ」
「!」
 聞こえた。
「いまのって」
 あわてて、
「白姫ですよね!?」
「ぴっ」
 うなずかれた瞬間、
「ぴぴっ!?」
 走り出していた。
(白姫……白姫……)
 もう頭は彼女のことでいっぱいだった。
 届いた鳴き声。
 それは明らかに通常のものではなかった。
 なにか、ひどくあせっているような、興奮しているような。
(何が……)
 どちらにしろただ事ではない。断言できる。
(白姫!)
 走った。
 声の聞こえたほうへ。
「ぷりゅーっ!」
 弾けた。
「ぷりゅりゅー♪」
 あぜんと。
「……み……」
 水の上に――
 立っている!?
 いや、違って、
「ぷーりゅりゅー♪」
「な……」
 信じられない。
 海の上に立っているように見えた白姫は――
 なんと、イルカたちの上に乗っていた。
「きゅいー♪」
「きゅいきゅいー♪」
 白姫を背に乗せて。イルカたちもまた楽しそうな鳴き声をあげていた。
「………………」
 脱力する。
 と、その胸にまたも強い感情が渦を巻き、
「何をしてるんですかーーーーっ!」
 叫んでいた。
「ぷりゅ?」
 こちらを見た。
「ぷ……!」
 その目が見開かれる。
「ぷりゅっ。ぷりゅぷりゅっ」
 あせあせと。ヒヅメ元のイルカたちに何かを言う。
「きゅい?」
「きゅいきゅい」
 それが伝わり、
「ええっ!」
 急カーブ。
 まるでジェットスキーのような加速を見せ、
「ぷりゅーーーっ!」
「!」
 こちらに向かってくる。
「え……い、いや」
 まさか。
 突っこんでくると?
 いやいや、浜辺とはいえ、ここは地上で、
「ぷりゅーっ!」
 跳んだ。
「ええっ!?」
 イルカたちに乗ってきた勢いのままこちらに向かって跳ねた白姫のヒヅメが、
「きゃーーっ」
 パカーーーーン!
 炸裂した。

 意識を失っていた。
「うう」
 それに気づいたのは、もちろん意識を取り戻したときだった。
(……ハッ)
 起き上がる。
「じ、自分は」
 あわてて起こったことを思い出す。
「白姫に……」
 顔にふれる。
「ううう」
 もちろん、鏡なしでは顔のヒヅメ痕はわからない。
 けど蹴られたのは確かだ。
(たぶん)
 イルカで加速した勢い。それがあったのだろう。
 でなければ、気絶までするほどのダメージは受けなかったはず。
 もっとも、普通の人間なら、普通に馬に蹴られた時点で大怪我を負っていておかしくない。
(自分は)
 慣れている。
 慣れたくはないし、認めたくもなかったが。
 蹴られ慣れている。
(だから)
 大丈夫だったのだろう。
 白姫もそれをわかっていたから。
(だからって)
 ひどいではないか。
 久しぶりに会った友だちに、何も言わずに突然パカーンなんて。
「う……」
 寝台の上で。涙をにじませる。
「あっ、目ぇ覚めたん」
「!」
 そこに。アリスは思いもかけない人を見た。
「シ……」
 目を見張る。
「シルビアさん!」
「アローハー」
 いや、それはハワイではないか? とツッコむ余裕もなく、
「シルビアさんじゃないですか!」
「ウチはウチやて」
 苦笑される。
 シルビア・マーロウ。
 自分たちと共に暮らしていて、かつ〝大騎士(アークナイト)〟である葉太郎より上位――〝権騎士(プリンシパリティ)〟である人。
「どうして、シルビアさんが!」
「いやいや、それはこっちのセリフやし」
 ひらひらと。手をふられる。
「まー、こっちに来るのは知っとったけど」
「えっ」
「依子ねーさんに連絡もらってたし」
「そ……」
 そうだったのか。
「こちらに来る自分のことを気にかけてくれるようにと」
「ちゃうちゃう」
「ええっ!」
「ウチな」
 不意に。真剣な顔で、
「大切な任務で派遣されてん」
「……!」
 それは一体。
「シルビアー」
 そこに、
「どう、アリスちゃん?」
「あっ」
 またも見知った顔が現れる。
「モアナさん」
「あー、もう起きれるんだ」
 屈託ない笑顔で。小麦色の肌の女性――モアナ・モスが微笑む。
「こ、こんにちは」
「うん。こんにちは」
「なに間の抜けたあいさつしてん、二人して」
 シルビアがツッコむ。
「えっ、でもいま『こんにちは』の時間だよ」
「そーゆー問題ちゃうやろ」
 ぽん。胸を叩く。
 まるで漫才コンビのような息の合い方。
 事実、彼女たちは『相方』と呼び合える関係だ。
 騎生連(サークル)。
 騎士の学園サン・ジェラールにおいて、それは三人一組の学習班の名称だ。
 シルビアとモアナ、そしてもう一人の騎士ナシーム・アル=カリムで組まれる騎生連は、学園の最上級生である第三騎生の中でも屈指の強さと言われている。
「なぜ、お二人が」
「だって、ここ、わたしの実家だし」
「あっ」
 そうだ。モアナはオセアニア区館の出身だ。
「里帰りですか」
「そうなるのかなー」
「まー、モアナの実家は、ウチにとっても実家同然やし」
 そうなるのか?
「あっ!」
 実家――という言葉に触発されたわけでもないが、
「白姫ですよ!」
 はっと。シルビアたちの表情がかすかに変わる。
 アリスは気づかず、
「白姫がこちらにお世話になっていて、それで自分、会いに来たらパカーンされて」
 と、思い出す。
「あ……」
 こっそり。
 そう約束したのに、早くもだめになってしまっている。
「ううう」
 どうしよう。何も思いつけない。
「あっ」
 そこでまたも気づく。
 自分は、白姫にあやまろうと思っていた。
 けどそもそも、どうやって『こっそり』あやまるつもりだったのだ。
「うううう」
 考えなし。そう言われても仕方なかった。
「重症やなー」
 冗談めかして。アリスの額にシルビアの手が当てられる。
「えっ、そうなの? おなか痛いとか」
「むしろ、減ってるほうちゃう?」
「! そ、そんなことは」
 ぐぅぅ~~。
「はわわっ」
「わかりやすい子やなー」
 笑う。シルビアだけでなくモアナも。
「ううう」
 ますます情けない。縮こまっているるところをぽんぽんと肩を叩かれる。
「シルビアさん……」
「まずはごはん。せやろ?」
 恥ずかしながらも、うなずくしかなかった。


「ごちそうさまでした!」
「おおー」
 モアナの目を見張る気配にはっとなり、
「ち、違うんですよ!」
 何が? と我ながら思いつつ、
「おいしかったんです!」
「それはよかったけど」
 事実、おいしかった。
 トロピカル。
 と言うとどこかけばけばしい印象だが、本当にそう呼びたくなる料理の数々だった。
 新鮮。色あざやか。そして、種類が豊富。
 日々、依子の作るおいしい料理を堪能しているアリスだが、それにも負けないというか、むしろ彼女のは栄養本位で地味な気が――
(はわわっ)
 なんということを。
 いつも自分たちのために献身してくれている依子になんて失礼な。
 本人を目の前にしているわけでも、そもそも口に出して言ったわけでもないのに、彼女への恐怖が芯にまで染みついているアリスは思わずふるえあがる。
「やっぱり、まだ具合が悪い?」
「えっ」
 心配そうにこちらをのぞきこんでいるモアナに気づき、あわてて、
「だ、大丈夫です!」
「じゃあ、食べすぎ?」
「えっ」
「食べたもんねー」
 テーブルを見渡す。
 そこには、ついさっきまで料理が盛られていた――いまはきれいに片づけられてしまった皿ばかりが並んでいた。
「ご、ごちそうさまでした!」
 あわててまた言ってしまう。
「足りた?」
「足りました!」
 本当はまだ入る気もするが。
(い……いやいやっ!)
 さすがに卑しすぎると頭をふる。
「ふふっ。おもしろいね、アリスちゃんって」
 笑顔で言うモアナに、
「そうでしょうか」
 こちらは恥じ入るしかない。
「あの」
 たっぷりごちそうをいただいて、そしていまさらながらに。
 アリスはあらためて切り出す。
「白姫のことなんですが」
 語る。
 自分がどうしてオセアニア区館まで来たかということを。
「うんうん」
 おおまかなことは事前に連絡が行っているはずだが、それでもモアナはきちんとこちらの話に耳を傾けてくれた。
「そっか」
 うなずく。
「優しいね、アリスちゃん」
「えっ」
 思わぬ言葉に、
「自分はそんな」
 あたふたと。そこから先が言葉にならない。
 優しくなんかない。
 白姫にあんなひどいことを言った自分なのだ。
「優しいよ」
 くり返される。
 そして、
「白姫ちゃんと会う?」
「!」
 まったく心の準備ができていなかったところへの提案に、
「む、無理です!」
「無理?」
「!」
 またも自分はなんていうことを。
「白姫のことが無理というわけじゃないんです!」
 あたふたと、
「友だちなんです。だから、その、逆に会えないというか」
 さらにとりとめなく、
「会わなくちゃだめなんです。だけど」
 だけど――
「白姫は……きっと会いたくないんです」
「………………」
「自立したいって。だから」
 じわり。涙がにじみ、
「自分のことも……パカーンしたり」
 ふにっ。
「ふえ!?」
 つままれた。
「アーリスちゃん」
 にこっと。
「笑お」
「ひ、ひゃあ?」
「んっ、わかった」
 何がわかったのか、つまむ手を離して立ち上がり、
「泳ご」
「へあぁ!?」
 おかしな声が出た。
「ほよぐ!?」
「もうつまんでないよ」
「はわわっ」
 おかしなボケをかましてしまった自分にあせりつつ、
「な、なんでですか」
「そこに海があるから」
 そう言って、
「きゃあっ」
 突然背後に回られ、さらに服をまくりあげられる。
「なんでですかーっ!」
「ここに水着の似あう女の子がいるから❤」
「きゃーーーっ!」
 若い女性と言っても相手は一人前の騎士。ただの人間を相手にするのとはわけが違う。
 アリスはなすすべなくされるがままになるしかなかった。

「おー、似合うやーん」
 開口一番のセリフ。
 しかし、それより何より、
「お、おぉー」
 こちらが感嘆の声をあげてしまう。
「シルビアさん……」
 すごい。
 その言葉は気恥ずかしくて口に出せなかったが、それでもすごかった。
 黒に近い色合いのビキニ。
 それが張りのある肌に本当に映えていた。
 きらめく南の海のビーチにまったく負けていなかった。
「んふふーん♪」
 こちらの視線に気づいたのかポーズを取り、
「ウチもなかなかやろー」
「な……なかなかすぎます」
「んー、好きやで、正直な子は」
 満更でもない顔でうなずく。
「アリスちゃんもなかなかやけどなー」
「なっ!」
 真っ赤になり、
「ち、違います! モアナさんが無理やり」
「似合ってるよー」
 そこへモアナも、
「なかなかでしょー、シルビア」
「やるやん、やるやん、ええ仕事しとるやーん」
 びっと。親指を立ててみせる。
「ううう」
 完全におもちゃ扱いされている。
 アリスは――
 モアナによって無理やり水着姿にされていた。
 シルビアと同じビキニ。柄は太陽を思わせるヒマワリを並べた花柄だ。
「恥ずかしいです……」
「なにが恥ずかしいの!」
 びしっと。これまたビキニ姿のモアナが胸を張る。
「だ……」
 だって!
 二人は似合っている。
 間違いなく。
 けど、自分はまだ子どもで。
「アリスちゃん」
 真剣な顔で。モアナがこちらをにらみ、
「何が恥ずかしいの」
 くり返す。
「この太陽と海を前にして!」
(え……ええぇ~?)
 どう答えればいいというのだ。
「まーまー、そない熱くならんと」
 なだめてくれる――と思いきや、
「熱くなるならこのビーチに負けへんくらい!」
「だよね!」
(ええぇぇぇぇ~~!?)
 一緒になって燃え上がってしまっている。
「アリスちゃん!」
 がしっ。
「へ?」
 左右の腕をそれぞれに拘束され、
「行くで」
「い、行く?」
「決まってるでしょ」
 まさにビーチの太陽に負けない笑顔で、
「海だよーっ!」
「海やーっ!」
「きゃーーーーっ!」
 ざぱーーん! 盛大な水しぶきがあがった。


「はわー」
 ばったりと。砂浜に敷かれたシートに倒れこむ。
「ハァ……ハァ……」
 息は乱れている。それでも、
「楽しかったやろ」
 隣に。シルビアが寝転ぶ。
「………………」
 気恥ずかしかったが、
「……はい」
 うなずいていた。
「んふふー」
 してやったり。そんな顔で微笑む気配が伝わってくる。
「ううう」
 情けない。
 結局、二人の思うがままになっている。
「若いなー」
「ひゃあっ」
 つんつんと。
「何を」
「やー、ええやん」
 さすさす。
「ひゃああっ」
「ええ声しまんなー」
 さすさすさすっ。
「シルビアさ……やめっ」
「こーら」
 ぽかっ。
「痛っ。なにすんねん、モアナぁー」
 唇をとがらせるシルビアを、めっ、とにらみ、
「セクハラはだめだよ、セクハラは」
「ちゃうやん。コミュニケーションやん」
「それって、よくある言いわけ」
 厳しい視線を崩さず、
「あやまって」
「えー」
 唇をとがらせつつも、
「アリスちゃん」
「は、はい」
「って、隙ありーっ!」
「きゃあっ」
 またもセクハラ(?)が始まる。
「こらっ」
 ぽかりっ。
「セクハラはだめって言ってるでしょ」
「だから、ちゃうやーん。スキンシップやーん」
「その言いわけもありがち」
「モアナ」
 不意に真剣な顔で、
「ひょっとして妬いてるん?」
「ええっ」
 こちらが驚く中、
「妬いてる」
「えええっ!」
 あっさり肯定されてさらに驚く。
「せやったら」
「一緒に」
「え……」
 直後、
「きゃーーーーっ!」
 モアナにまで襲いかかられ、海に入る前以上の悲鳴がビーチにこだました。


「うううう」
「もー、本気でへこむことないやん。ちょっといたずらされてくらいで」
「『ちょっと』じゃないですよぉ」
 涙目で言ってしまう。
「だって、アリスちゃん、かわいいもん」
「そんな」
 無邪気にモアナに言われ、またもどう返していいかわからない。
「構いたくなるのかな」
「えっ」
 そこに、
「きゅいーっ」
 空気をするどく裂いて届くイルカの鳴き声。
「……!」
 はっと。モアナが立ち上がる。
「シルビア!」
 それだけで。わかったというように彼女も立ち上がる。
「え? え?」
 急な空気の変化に戸惑うところへ、
「アリスちゃん」
「はねはいっ」
 頭をなでられる。
「アリスちゃんはええ子。せやな?」
「は……はあ」
「ここでおとなしくしとるんやで」
 言って、
「あっ」
 二人並んで砂浜を駆け出す。
「あのっ!」
 あわてて立ち上がるも、
「来るんやない!」
 びくっと。
「う……」
 騎士の威圧。愉快で優しいお姉さんから一変して放たれたそれに打たれて足が止まる。
「あっ」
 その間に。
 二人は遠く離れてしまっていた。
「………………」
 アリスは。
 ただ立ち尽くし、その背中を見送ることしかできなかった。

「なんなんですか……」
 取り残された感。
 夕日に染まる浜辺で、アリスは一人膝を抱えていた。
「ううう」
 涙がにじむ。
 情けないとわかっていても止まらない。
「ぴぴっ」
「っ」
 ルルだ。
「ぴーい」
 ぺちぺち。
 なぐさめるように背中をたたいてくれる。
「うう」
 こんな小さな子に。ますます情けなさが募る。
「ぴっ」
 叱るように。鳴かれる。
「ルル……」
 情けない。
「ぴーい。ぴっ」
 ぐいぐいと。
「あっ……」
 どこへ。
 尋ねる気力もなく、手を引かれて歩き出した。


「アリスちゃん」
 その人は、
「あ……」
 似ている。
 モアナの明るさ、ほがらかさ。
 そこにしっとりとした、まさに大人と言うべき落ち着きと包容力がある。
「あっ」
 気づく。
 よく考えてみれば、あいさつもまだだった。
「ご、ごめんなさいっ」
「ふふっ」
 笑われる。
「さあ、座って」
「えっ」
「まだでしょ。夕ご飯」
 ぐぅぅ~……。
「はわわっ」
「もう、まったくあの子たちったら」
 テーブルの上で手を組んで。ぷっと頬をふくらませてみせる。
「あ、あの」
 二人は何も悪くない。そう言おうとしたところで、
「はわわっ」
 料理が運ばれてくる。
「はわー」
 見た目もそうだが、漂ってくる匂いでわかる。
 ごちそうだ。
 昼間の料理も十分ごちそうと言えるものだったが、目の前に並べられた皿には、それに加えてディナーというべき重みというか充実感があった。
「お腹すいてるでしょ」
「は……」
 恥ずかしい。
 けど、それすら包みこむ優しさを感じ、
「……はい」
 うなずいていた。
「ふふっ」
 微笑の後、
「めしあがれ」
「い……いただきますっ」
 後は昼と同じ。夢中になっていた。


「自分は」
 ぽつり。
 空になった数々の皿を前にしてつぶやく。
「ご迷惑だったのでしょうか」
 山のようにあった料理をきれいにいただいてから、いまさらという思いにもとらわれつつ、
「自分……ここにいても意味が」
「こらっ」
 ぴんと。鼻先をはじかれる。
「だめよ。そういう風に考えたりしたら」
「は……はい」
 鼻を押さえつつ、いたたまれなさに顔を伏せる。
「ごはんは?」
「えっ」
「おいしかった?」
「それは」
 おいしかった。
「おいしかった……です」
「だったら、大丈夫」
 微笑まれる。
「………………」
 優しい。
 けど、優しくされることにも申しわけないという気持ちが消えない。
(情けない)
 思ってしまう。
「情けなくない」
 はっと。
「わかるって。そんな顔を見てたら」
「う……」
 やはり。
 騎士の道を歩む者として、そして人間としてもはるかに格上なのだと実感する。
 レイナ・モス。
 オセアニア区館館長にして〝騎士団〟上位の〝智騎士(ケルブ)〟。
 いまの自分にとっては雲の上の人。
 そんな相手に、こんな風に優しく接してもらえる。
「いいんでしょうか」
「いいの」
 言われる。
「娘よ」
「……!」
 思いもかけない言葉に、
「えっ、む、むす」
「娘なの」
 言われる。
 席を立つ。
「あっ」
 そっと。
 背中越しに腕を回される。
「………………」
 あたたかい。
 思わずその腕に手を添えてしまう。
「娘なんだよ」
 言われる。
「わたしもそうしてもらったの。それが〝騎士団〟なのよ」
「………………」
 アリスは、
「……自分も」
 涙と共に、
「なれるでしょうか」
「ん?」
「レイナ館長や、シルビアさんや、モアナさんみたいに」
「ふふっ」
 くしゃくしゃと。髪をかきまぜられ、
「あなたはあなたなの」
「自分は自分?」
「そう」
 回された腕に力がこもる。
「アリス・クリーヴランド」
「っ」
「誇りを持ちなさい」
「誇り……」
「誰でもない」
 声に。力がこもり、
「あなたがあなたであることに」
「………………」
 アリスは、
「わかりません」
 正直に。言っていた。
「そっか」
 笑う。
「いまは」
 くしゃくしゃと。
「ちゃんと食べて、ちゃんと眠ること」
「……はい」
 うなずいた。
 事実、そうだと思えた。
 いまの自分が何かよけいなことを考えても、それが実りあるものになるとは思えない。
 できることをする。
 なら、自分がいまできることは、
(甘える……)
 白姫のことが浮かぶ。
 甘やかされすぎだと思っていた。本馬にもそれを恥じ入る気持ちはまったくなかった。
 けど――
 必要なことだったのかもしれない。
(甘えられるときに……甘える)
 自然なことでもある。
 無理に自分だけで何もかもしようとするよりも。
「自分は」
 口を開く。
「いい……んですよね」
「それを決めるのはあなたよ」
 はっと。
 優しい気配がかすかにしっかりとしたものに変わり、
「あなたが決めるの」
「自分が」
「自分の弱さ、至らなさ。それを認められるのはあなただけなのよ」
「………………」
 アリスは、
「はい」
 うなずいていた。
 いままでとは違う涙を頬に感じつつ。

「おはようございます!」
 元気に。
「あ……」
 気まずそうな顔を見せるも、すぐに笑顔で、
「今日も朝から元気やな、アリスちゃん」
「元気です!」
 こちらも笑顔で。応える。
「えーと」
 戸惑うように。頬をかいて、
「昨日はごめんな」
「ぜんぜん!」
「えっ」
「ありがとうございます!」
「………………」
 完全に言葉をなくす。
「アリスちゃん……」
 そこへ、
「シルビアぁー」
「おわっ」
 現れたのは、
「モ、モアナ」
「ううう」
 お尻を押さえつつ、よろめく足取りで、
「き、今日もがんばろうねー」
「てゆーか……がんばれるん?」
「ううう」
 返ってきたのは弱々しい笑い。
「お仕置きされてんなー」
「ママ、怖いから。するときはするから」
「あの」
 思わず、
「自分のせいで」
「ちゃうちゃう」
「違う違う」
 声が重なる。
「ウチが悪い」
「ううん、わたしが」
「いやいや」
 そこはゆずれないと、
「アリスちゃんはうちの子や。一緒に暮らしてる家族や。その子にさびしい思いさせたんはウチが」
「だったら」
 モアナも負けじと、
「ここはオセアニア区館だよ? わたしのうちだもん」
「いやいや、ウチが」
「ううん、わたしが」
「お二人ともっ」
 そこにアリスが、
「昨日のことは昨日のことです」
「それは」
「そうだけど」
「だったら」
 前に出て、
「自分は、今日、がんばります」
 その言葉にかすかに息をのむ二人。
 アリスの表情にゆらぎがないことを見て取り、
「……そっか」
「ふふっ」
 共に笑みをこぼす。
「いやー、ええ妹持ったな、ウチ」
「えー、いつ妹になったのー」
「言ったやん。一緒に暮らしてるんやから家族同然やて」
「じゃあ、わたしも妹にするー」
「いやいや、暮らしてへんし」
「昨夜、うちに一泊したよ」
「一泊やん。旅行やん」
「あと一緒にごはんも食べたし。あれでしょ『同じ釜の飯を食べた妹』って」
「いやいや、妹ちゃうし」
「『米(まい)』と『妹(まい)』で読み方同じだし」
「って、意味わからんし」
「あ、あのー」
 いつまでも続きそうな掛け合いに割って入り、
「お聞きしたいことが」
「ウチのスリーサイズ?」
「って、なんでよ」
「だからもう漫才は」
 あわてて止めて、
「お聞きしたいのは白姫のことです」
 かすかに表情がこわばる。昨日と同じだ。
 アリスは確信を持つ。
「何か……危険なことにかかわってるんですか」
 明らかに。
「ちょちょ、モアナ」
「シルビアだって」
「もー、あかんなー。ウチら、騎士やから」
 手で顔を押さえながら天を仰ぐ。
「教えていただけませんか」
 引かない。
「自分は従騎士です。未熟です。それでも」
 引かない。
「友だちに何かあるとわかってじっとしていることはできません」
 顔を見合わせる二人。
「しゃーないな」
「だね」
「すみません」
「ううん、アリスちゃんがあやまることないて」
 再び笑顔を見せる。
「そやもんな。友だちに関わることやもんな」
「はい」
 うなずく。
「ウチらも危ないことはしないよう目は光らせてるつもりなんやけど」
「熱くなっちゃってるからねー」
「熱く?」
「そっ。アリスちゃんと同じ」
「自分と」
 それは白姫がだろうか。
「友だちのためにってがんばってるんや」
「!」
 友だちのため――
「ど、どういうことですか」
「ウチがここに来た理由ともかかわっててな」
「えっ」
「シルビア」
 かすかに気にかけるように、
「いいの?」
「ええんよ」
 こちらはさっぱりとした顔で。
「応援に来てたんや」
「応援?」
 来て『いた』ということは、アリスが来るより前ということだ。
 思い起こす。
 こちらに向けて出発するときシルビアは――
「あっ」
 わからない。
 というか病み上がり直後に白姫のことで頭がいっぱいになり、他のことを気にかけている余裕がまったくなかった。
(葉太郎様は何か)
 言おうとしていた気もする。
 しかし、それすらろくに耳に入らず、自分は飛び出してきてしまったのだ。
「ううう」
「おーっと、また何か情けないこと思い出したみたいやな」
「はわわっ」
 見抜かれている。
「しゃーないよ。病気だったんやもん」
「ご、ごめんなさい」
「それこそあやまることやない」
 聞けば、シルビアがこちらに来たのは、白姫より数日あととのこと。
「それは何か白姫にかかわることが原因で」
「かかわることゆーか、かかわってきたことゆーか」
「?」
「あのね」
 代わってモアナが口を開く。
「白姫ちゃん、イルカたちにいーっぱい友だちがいるの」
「そうなんですか」
 相変わらず交友範囲が広いというか何というか。
「そのイルカたちが……ちょっと困ってて」
「えっ」
「実は」
 密猟。続けて出た物騒な言葉に目を見張る。
「そ、そんなこと」
 説明される。
 オセアニア区館本部のある島周辺の海では、イルカの特別な保護が許可されている。なぜなら、馬に乗るのと同じようにオセアニア区館の騎士たちはイルカを駆って戦いに赴くからだ。それが海戦最強と言われる所以だが、逆に言うとイルカなしではその戦力は大きく減退する。そういった理由もあって保護が認められているのだが、そんなことより何よりも、
「家族だからね」
 言う。
「一緒に育ってきたもん。一緒にママにかわいがられて」
 屈託なく。笑う。
「だからね」
 真剣な表情で、
「そんなみんなにひどいことされたら、許せないでしょ」
「当然やな」
 シルビアもうなずく。
「せやから、ウチもここまで来てん」
「本当は」
 かすかに目を伏せ、
「情報だけでもって思って打ち明けたんだけど」
「なに水くさいこと言うてん。海の子やからって」
「海の子は関係ないでしょ」
 笑顔が戻る。
「ウチな」
 シルビアがこちらを見て、
「ちょっと詳しいんよ。密猟にかかわってそうな組織のこととか」
「えっ」
「まー、昔の話や、昔の」
「あ……」
 思い出す。
 シルビアの〝父〟――金剛寺鎧(こんごうじ・がい)の〝家族〟のほとんどは、彼が壊滅させた犯罪組織から保護された子どもたちなのだと。
「あ、あのっ」
 踏みこみすぎた。そう気づいてあわてるも、
「それが、その、白姫にかかわるってどういうことで」
「怒ってるの」
 言う。
「こっちに来て、イルカたちがピンチって聞いて」
「それでバカンスどころやなくなったわけやな」
「えっ、でも」
 自分は見た。
 イルカたちと共に水上スキーする白姫を。
「あっ」
 あれは――違うのか?
「まー、アクティブやで、白姫ちゃん」
「イルカのみんなも協力してねー」
「ひょっとして」
 あたふたと、
「イルカに乗って海上から不審者を見つけようとしている……みたいな」
「ピンポーン」
 ど、どういう馬なのだ、相変わらず。
「すごすぎますよ……」
 心から。つぶやかれる。
「騎士の馬と、騎士のイルカ」
「きっと通じるところはあるんやな」
「ですね」
 うなずく。そして、
「あの」
 自分にもできることは――
「っ」
 飲みこむ。
 甘えるな。未熟者がそんなことを人に求めるな。
 白姫はきっと自分から動いたはずだ。
(自分も)
 心の中でだけつぶやく。
 何をすればいいかはまだわからない。
 ただ何をするべきかは、はっきりとしていた。


「ぴ?」
 けげんそうにルルがふり返った。
「あ、あのっ」
 不審に思われないように。
 懸命に声を落ち着かせようとしながら、
「こ……こんにちは」
「ぴぃ?」
(はわわっ)
 さっそく不審に思われている。
「えーと、自分は」
 なんと言えばいいのだろう。言葉を選ぼうとして、
「白姫のことです」
 ストレートに言ってしまっていた。
(はわわわっ)
 初っ端から何を。
 しかし、いまさら引くこともできず、
「し、白姫のことなんです」
「ぴっ」
 わかった。そう言いたげにうなずく。
「えーと」
 何を言おう。
 またも思案をめぐらし始めた自分に気づき、はっとなる。
(こういうことじゃないんですっ)
 頭をふる。
 小細工ではない。
 そのままの。
 ありのままの自分で進むしかないではないか。
「心配なんです!」
 正直に。気持ちが口をついて出た。
「白姫のことが。だから」
 ぐっと。
 次の言葉を口にするのをためらいつつも、やはり正直に、
「何かしたいんです」
「ぴぃ~」
 困ったように。眉根を寄せられる。
「ごめんなさい」
 素直に謝る。
 無理を言っているのは承知の上だ。
 シルビアたちが相手では絶対に許されない。
 騎士として。
 他の従騎士を危険に巻きこむようなことは決してできない。
 ただ騎士の技を学ぶ者というだけでなく、仕えられている側にとって彼らは正しく庇護の対象なのだ。
 たとえ許可が出ても、責任の範囲の外にいるという一線は決して越えられない。
 それは、伝統的な騎士の規律を乱すことになる。
(だから)
 あくまで自分の意志で。
 これは行わなければならないこと。
 わかっているから。
「教えてください」
 詰め寄る。
「白姫のことを。何でもいいんです」
「ぴぃ~い」
 ますます弱った様子で目を伏せる。
「ルル」
 心をこめて。語りかける。
「白姫の友だちですよね? 自分もそうです。だから自分も何かできることを」
「なんもねーし」
「!」
 はっと。
 ふり返ったそこに、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 ルルの上を飛び越えて。
 アリスの身体が、あざやかに宙に舞った。

「ぷりゅー」
 荒い鼻息で。
 パカパカと歩み寄ってくる。
「何やってんだし」
「な、何って」
「なに、ルルのこと困らせてんだし」
「う」
 困らせては――いた。
「ルルはシロヒメの友だちだし」
 ぷりゅずい、と。前に出て、
「友だちをいじめたりしたら、しょーちしないんだし」
「そ、それは」
 自分だって白姫の友だち――のはずだ。
「う……うう」
 なんだか。
 涙が出てきてしまう。
「泣いたって許されねーしっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 そこに、
「ぴ。ぴぴ」
 まあまあと。ルルが白姫をなだめる。
「ぷりゅー」
 それでも荒い鼻息は収まらなかったが、
「まー、ルルがそこまで言うならー」
 しぶしぶと。お尻を向けて歩き出す。
「ま、待ってください」
 あわてて立ち上がる。
「待たないし」
 そっけなく。
「ぷりゅーか、とっとと帰るし」
 アリスは、
「帰りません」
 ぷりゅはっ、と。ヒヅメが止まる。
「………………」
 沈黙。
「ぷりゅふんっ」
 鼻を鳴らし、再び歩き出そうと、
「待ってください!」
 追いすがる。
「っ」
 再びパカーンが、
「………………」
 来なかった。
「あっ」
 こちらに構わず、またも行こうとする。
「行かないでください!」
 声を張る。
「なんでですか!」
「意味わかんねーし」
 ちらりとこちらを見て、
「なに来てんだし。シロヒメの来るとこについてくんじゃねーし」
「ついてきたわけじゃありません。追いかけてきたんです」
「屁理屈行ってんじゃねーし」
「本当は」
 言う。
「葉太郎様も来たかったんですよ」
 ぷりゅぴくっ。その名前にはさすがに反応する。
「……来てるんだし?」
「来てません」
 落胆に肩が落ちるも、すぐになんでもないというように、
「来なくていーんだし。シロヒメだけのバカンスなんだから。自由気ままなんだから」
「自分には」
 白姫の声にかぶせ、
「責任があります」
「ぷりゅ?」
「白姫を見守る責任が」
「そんなの」
 とっさに何か言おうとして、しかし、それを飲みこんでそっけなく、
「よけーなお世話だし」
「責任なんです」
 声に力をこめる。
「従騎士としての」
「………………」
「けど、葉太郎様は違います」
「ぷりゅ!?」
 驚きのいななき。初めて動揺をあらわにこちらを見る。
「な、なに言ってんだし! ヨウタローがそんな」
「自分は従騎士です」
 くり返す。
「仕える騎士の馬のお世話をする義務があります」
「そんなのどーでもいいし! ヨウタローは」
「葉太郎様は騎士です」
「知ってるし!」
「騎士の方たちには」
 かすかに。声の調子を落とし、
「その馬と絶対に共にいなければという義務や責任は……ないんです」
「!」
 衝撃に。黒々とした瞳がゆれる。
「な……」
 がく然と、
「なんてこと……言ってるし」
「事実です」
 言い切る。
 白姫の心の痛みを我がことのように感じつつ。
「事実なんです」
 再び声の調子が落ちるが、それでもと、
「騎士の方々には、騎士道を成すという使命があります。その使命を共に果たせなくなったときその馬は……一緒にはいられなくなります」
「…………………」
「合わないということだってあります」
 白姫の目を見て、
「馬のほうに嫌われることだって」
「なんてこと言うし!」
 いななく。
「シロヒメがヨウタローを嫌いなんて……嫌いなんて」
 声にならない。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
「白姫」
 言いすぎた。涙をにじませ始めた彼女に思わず手を――
「その通りだし」
「……!」
 ど、どういうことだ。
「いられないんだし」
「え? え?」
 白姫は何を。
「アリスが倒れちゃって」
「……!」
「それって」
 こちらを見て、
「シロヒメのせいなんだし?」
「っ」
 違う! しかし、そう口にするより先に、
「アリスだけじゃなく……ヨウタローまでびょーきになっちゃったら」
「えっ」
 そんなこと! 思わず叫びそうになるも、
「甘やかされなくていい」
「!」
「シロヒメ」
 一筋。にじんでいた涙がこぼれ、
「ヨウタローが倒れちゃうくらいだったら、甘やかされなくていいんだし」
 嘘だ。
 けどそれは本当の言葉なのだと。
 わかった。
「白姫……」
 力が抜けた。
 そういうことだったのだ。
「優しい子ですもんね」
 微笑む。
「ぷりゅふんっ」
 そっぽを向く。けどそれが強がりだということはよくわかった。
「見てください」
 大きく両手を広げてみせ、
「自分はもう大丈夫です」
「そんなの、最初に見た瞬間わかったし」
 そうだった。
 会うなりパカーンされていた。
「いくら、シロヒメでも、びょーきのアリスにパカーンしないんだし」
「そ、そうですよね」
 できるなら、病気でないときもしてほしくないのだが。
「けど、びょーきだし」
「えっ」
「アリスのアホさは、はっきり言ってびょーきレベルで」
「なんてことを言うんですか!」
 すかさず。言っていた。
(……あ)
 これだ。
 これなのだ。
「ふふっ」
「なに笑ってんだし。やっぱり、びょーきで」
「病気じゃないです」
 病気なのかもしれない。
 蹴られて、ののしられて。そんな日々をなつかしく思っている自分は。
「ふふふっ」
「や……やっぱり危ないんだし」
「あっ」
 引かれ始めたのに気づき、
「あ、危なくないですよ。自分はちゃんと元気です」
「その言い方が実にアホっぽいんだし」
「アホじゃないです!」
 病気でもなくて。
 自分は、
「友だちだからなんですよ」
「意味わかんねーし」
 ぷりゅふん、と。あらためてそっぽを向く。
「ともかく、アリスは帰るんだし」
「帰りません」
「ぷりゅー」
 眉根にしわが寄る。
「めんどくせーしー」
「面倒くさくても帰りません」
「アホだしー」
「アホじゃないです」
 そこはやっぱり否定する。
「邪魔なんだし」
 はっきりと、
「ヒヅメまといなんだし」
「ヒヅ……足手まといということですか」
「ヒヅメにアリスがまとわりつくんだし。うぜーしー」
「まとわりつかないです」
 人をスライムのように言わないでほしい。
「とにかく、一緒に行きますから」
「うぜーしー」
「うざくても構いません」
「アホだしー」
「アホじゃないです!」
 そこはどうしても否定するアリスだった。

「ぷりゅ見てー」
「はい」
「ぷりゅり見てー」
「はい」
「行くし」
「はいっ」
 右見て左見ては交差点を渡るときではないかと思いつつも、アリスは白姫と並んで日の差さない深い森の中を進んでいった。
「本当にここなんですか」
「ここなんだし。シロヒメちょーさ隊がつきとめたんだから間違いないし」
「白姫調査隊……」
 イルカたちと一緒に密猟者を追跡中とは確かに聞いていたが。
「なんで、そんな危ないことを」
「友だちのピンチだし。黙ってられるわけないし」
「それは」
 きっと自分でもそうなるだろう。
「……わかります」
「アリスにわかられたって意味ないし。シロヒメの人気につながらないし」
「そういう思惑でやってたんですか!?」
「ぷりゅしっ。静かにするし」
「はわわっ」
 そうだった。
 自分たちはいま、その密猟者らしき者たちが潜んでいる無人島を探索中なのだ。
「やっぱり」
 いまさらながらだが、
「シルビアさんたちに知らせたほうがよかったんじゃ」
「間違いだったらどーするし」
 いや、たったいま「間違いない」と言ったばかりでは。
「シルビアたちは騎士だし」
「そうですよ」
「警戒するんだし」
「えっ」
「相手はこーかつなみつりょー者だし」
 ぷりゅ。真剣な鼻息で、
「けーかいしてるんだし。騎士が来たなんてわかったらすぐに逃げるんだし」
「あ……」
 なるほど。
「だから、シロヒメたちなんだし!」
 ぷりゅっ、と。誇らしげに胸を張り、
「シロヒメは愛らしい白馬だし。イルカのみんなももちろん愛らしいし。近づいてもけーかいしないんだし。油断するんだし」
「そ、そうでしょうか」
 イルカに乗って水上スキーしている馬を見たら、明らかに普通でないと思われるのでは。
「油断するんだし」
 強引に言い切り、
「せんぷく場所をはっきりつきとめてからシルビアたちにほーこくするんだし。『やっぱり、白姫ちゃん、賢い子❤』ってほめられるんだし」
「やっぱりそんな下心が!?」
 冗談か本気かわからない発言にあぜんとなる。
「真剣にやってください、白姫」
「真剣だし。ものすごく」
「だったら」
「大体、問題はアリスのほうにあるし」
「えっ」
 問題? 自分に何が。
「アリスはムカつくんだし」
「ええっ!?」
「相手をちょーはつしてしまうんだし。ムカつくほどアホだから」
「アホじゃないです!」
 涙目で抗議する。
「だったら、どうして自分を」
「使うからだし」
「使う?」
 嫌な予感しかしない。
「いざというとき、ムカつくアリスを捨て駒として」
「なんてことを言ってるんですか!」
「そうだし、『なんてこと言ってるんだ』だし」
 ぷりゅ。なぜか白姫も鼻息荒く、
「『捨て駒』って言葉、よくないし。『捨て駒』の『駒』って馬のことだし。馬を捨て駒にするなんて絶対よくないし」
「自分はいいんですか……」
 またも涙目になってしまう。
「そっちから一緒につれてけって言ったんだし。文句言ってんじゃねーし」
「ううう」
「あっ、止まるし」
「ええっ」
 不意の言葉に、転びそうになりつつもその場にとどまる。
「どうかしたんですか」
「したし」
「何が」
「アリス」
 こちらを見て、
「いい報告があるし」
「えっ」
 やはり嫌な予感しかしない。
「役に立てるし」
 役に――
「それって」
 す……捨て――
「!」
 気づいたときには、
「きゃーーーーーーっ!」
 銃を持った男たちに、ぐるりと周りを囲まれていた。


「ぷりゅったく」
 古びた小屋に押しこめられて、
「全部アリスのせいなんだし」
「なんでですか」
 抗議の声も弱々しい。
 恐怖。不安。
 武器を持った密猟者――犯罪者たちの手の内にあるという事実は、従騎士とはいえ十三歳の少女にはさすがに厳しすぎるものだった。
「自分たち、これから一体」
「馬質にされるんだし」
「うまじち!?」
 確かに、白姫は『人』質ではないのだが。
「シロヒメ、白『姫』なんだし。お姫様がさらわれるのはお約束なんだし」
「そんな」
 お約束などと言っていられる状況ではないのでは。
「とにかく」
 勇気をふるい起こす。
 ここは、なんとかして白姫だけでも。
「自分が」
 言う。
「捨て駒になります」
「って、いまさらおせーんだしーっ」
 パカーーン!
「きゃあっ」
 せまい小屋の中で器用に後ろ蹴りがくり出される。
「な、なんてことをするんですか」
「アリスが悪いんだし」
「悪くないです!」
 ケンカをしている状況ではますますない。
「ないんです!」
「アリスの頭が」
「頭はあります!」
「足りないんだし」
「足りなくもないです!」
 またケンカになってはと頭をふり、
「白姫」
「ぷりゅ」
「白姫だけでも逃げてください」
「どーやって」
「それは」
 それは――
「………………」
「アホだしー」
「アホじゃないです!」
 あわててまた声をあげてしまう。
「だって」
 涙がにじみ、
「自分のせいで白姫が」
「ちょーし乗ってんじゃねーし」
 ぷりゅしっ!
「っっ」
 ヒヅメをつきつけられ、身を固くする。
「ち、調子って」
「なにが『自分のせい』だし。じゃー、アリスがしっかりしてたらつかまんなかったって言うんだし?」
「それは」
 自分がもっとしっかりしていれば、たぶん。
「無理だし」
「なんでですか!」
「アリスだからだし」
「えぇぇ~」
 どういう決めつけなのだ。
「いや、もっとしっかりすれば」
「しっかりしないし。アリスだから。アホだから」
「アホじゃないです!」
 ああもう、こんな風に言い合っていてもどうもならない。
「決めました」
「ぷりゅ?」
「自分」
 おびえる心に再び喝を入れ、
「交渉します」
「ぷりゅぅ?」
「外の人たちと」
 膝がふるえる。それを懸命に抑え、
「白姫だけでも解放してくれるようにって。自分、交渉してきます」
「無理だし」
 またもあっさり、
「シロヒメはかわいいんだし」
「は……はあ」
「かわいいシロヒメをそんな簡単にかいほーするわけないんだし」
「それは」
「アリスはアホだし」
「アホじゃないです」
「アホなアリスに価値はないんだし。いてもいなくてもおんなじだし」
「なんてことを言うんですか」
 と、そこではっとなり、
「じゃあ、自分だけでも」
「逃げる気だし?」
「えっ」
「シロヒメを見捨てて」
「そういうつもりでは。ほら、自分だけでも自由になれば、助けを呼びに行くことも」
「助けなら呼ばれてるし」
「えっ!」
 目を見張る。
「そ、そうなんですか」
「そーなんだし」
 ぷりゅっへん。胸を張る。
「イルカのみんながちゃんと連絡してるんだし」
「そうなんですか!」
「そーなんだし」
 ますます得意げに、
「シロヒメ、賢いから。ちゃんと万が一のことも考えてたんだし」
 つまり、決められた時間までに連絡がなかった場合、オセアニア区館に報告するようあらかじめ言ってあったらしい。
「すごいですよ、白姫!」
「すごいんだし」
 ぷりゅっへん。ますます胸を張る。
「それで、ずっと落ち着いていたんですね」
 納得する。
「ぷりゅーわけで、助けが来るまでのんびりしてるんだしー」
「はいっ」
 のんびりしていていいのかは微妙だが。
「っ」
 そのとき、
「白姫」
「ぷりゅ」
 うなずく。
「なんだか、ざわざわしてるんだし」
「してますね」
 こちらもうなずく。
「きっと、シルビアたちが助けに来たんだし」
「はい!」
 目を輝かせる。
「さすがです! こんなに早く」
「早く?」
 ぴくっ。表情がこわばる。
「早すぎるんだし」
「えっ」
「シロヒメたちがつかまって、まだそんなに経ってないし」
「そ、そうですね」
「だいたい、まだイルカのみんなが連絡に行く時間じゃないはずなんだし」
「そうなんですか!」
 じゃあ、密猟者たちが動こうとしているのは一体。
「逃げるつもりなんだし」
「ええっ!」
 あわわて、
「逃げたりしませんよ、白姫を置いて!」
「違うし」
 深刻な顔で、
「みつりょー者たちがだし」
「!」
「ずるがしこいんだし」
 言う。
「いままでずっと〝騎士団〟の目から逃れ続けてきたんだし」
「みたいですね」
「それだけ慎重なんだし」
 いっそう深刻に、
「シロヒメと……馬と騎士を結びつけて考えるくらいはするんだし」
「あっ」
 ということは、
「まずいんだし」
 青ざめる。
「移動する気なんだし」
「移動!?」
「別のアジトに行く気なんだし」
「別のって」
 それじゃあ、
「ど、どういうことになるんですか」
「後を追えなくなるし」
「ええっ!」
「手がかりを失ってしまうんだし。シロヒメたちを助けに来れないし」
「そんな」
 どうすれば。
「!」
 不意に。扉が開く。
「あ……」
 銃。
 外から差しこむわずかな光を照り返したそれは、間違いなく銃器のものだった。
 そして、その銃口はこちらに向けられていた。
「……最悪だし」
「え」
「シロヒメたち」
 言う。
「始末されるんだし」
「!」
 声を失う。
「な……」
 かろうじて、
「何を……言って」
「だって、そうなんだし!」
 やけになったように、
「シロヒメたち、邪魔なんだし!」
「!?」
「逃げるって決まったら、馬質も人質もヒヅメまといでしかないんだし!」
「だから、それは足手まとい……」
「殺(ぷりゅ)されるんだし」
「っっ」
 凍りつく。
「や……」
 こんなところで。
 いや、それよりいま自分がすべきことは、
「白姫!」
 立ちはだかる。
 銃を持った男たちの前に。
「アリス!」
「自分は従騎士です!」
 声を張る。自らに言い聞かせるように。
「けど」
 前を見る。恐怖に負けそうな自分を感じつつ、それでも確かな想いと共に、
「それ以上に白姫は友だちです。友だちにひどいことはさせません」
「アリス……」
 ふるえるいいなき。
 と、直後、
「ぷりゅーっ」
 パカーーン!
「きゃあっ」
 蹴り上げられる。
 突然のことに、あぜんとした空気が周囲に広がる。
「いまだし!」
 駆けた。
「!」
 アリスもすぐさま、
「やーーーっ!」
 我に返る隙を与えず、男たちを突き飛ばして小屋から飛び出した。
「やりましたよ、白姫!」
「油断すんじゃねーし! まだまだこれから」
 止まった。
「っ……」
 囲まれていた。
「そんな」
 こうなることも見越していたのだろうか。
 慎重。
 悪賢い。
 白姫の言う通りだった。
「やっぱり」
 言う。
「シロヒメがかわいいから」
 そんないつもの口ぶりにも力がない。
「逃がさないつもりなんだし」
「そんな」
 ふるえる。
「せめて白姫だけでも」
「やめるし!」
「っ」
「間違っても頭とか下げるんじゃねーし」
「けど」
「シロヒメたちは」
 口にする。まっすぐ前を見すえ。
「騎士の馬と従騎士だし」
「!」
「シロヒメたちが恥ずかしい真似をしたら仕える騎士を……ヨウタローを辱めることになってしまうんだし」
「そ……」
 その通りだ。
「わかりました」
 すっと。力を抜く。
「信じるし」
 信じる――
(それは)
 自分たちが信じるべきもの。
 騎士の馬と、従騎士として信じるべきものは。
(葉太郎様)
 一つ。
 その一つのもののために自分たちは。
「………………」
 目を閉じる。
 悔いはなかった。
 最後の最後に。
 自分は――騎士としてふるまえる。
 それは誇るべきことだった
「レディ」
 一瞬で、
「っ」
 覚醒した。
「あ……」
 そうだ。
 自分たちは。
 騎士の馬と従騎士であると同時に。
「お待たせいたしました」
 ささやかれる。
 距離はまだある。なのに、その存在は何よりも身近に感じられた。
「葉……」
 違う。
 白い仮面にひるがえるマント。
 その姿は、
「ナイトランサーだし!」
 歓声がはじける。
 白い仮面の正義のヒーロー。
 それがナイトランサー。
「フッ」
 こちらを安心させるように。仮面の下の口もとに微笑を見せる。
 先ほどの突然の白姫の後ろ蹴り以上にあぜんとなっていた密猟者たちだったが、
「――!」
 一斉に緊張が走る。
 槍。
 騎士であることを何よりも雄弁に語るそれを仮面の人物が手にしているのを見て取り、即座に自分たちの敵であると認識する。
 しかし、
「はぁっ!」
 裂帛の気合。
 疾る。
 俊足の踏みこみと共に長大な騎士槍がふるわれる。
「!」
 キン、キン、キィィィン!
 次々と男たちの手にした銃が突き飛ばされる。
 木々が密集しているという明らかに長い得物を扱うには不利な場所でありながら、日々練磨された槍技は、針の穴を通すかのごとく的確に標的を射抜いた。
(すごい……)
 まさにヒーロー。
 そう言いたい神速の動きにアリスは目を奪われる。
「っ」
 はっとなる。
 男の一人がこちらを見た。
「きゃっ」
 手が伸びてくる。
 直感する。
 人質。
 今度こそ本当にその意図で迫ってきている。
 最悪、盾にするつもりで。
「やめ……」
 とっさに下がりそうになる。
 が、そんな自分に気づき、
「っ!」
 踏みこんでいく。
 逆に。
 そのまま勢いをつけて、
「やーーーーっ!」
 突進。
 同時に頭から突っこんでいく。
 技も何もない。
 ただ夢中だった。
「!」
 衝撃。
 頭突きを腹にまともに受けた男の身体がかしいだ。人質に取ろうとした相手が、逆に飛びこんでくるとは思いもつかなかったのだろう。
「ハァ……ハァ……」
 気がつくと。
 目の前の男だけでなく、他にも立っている人影は一つもなかった。
 いや、ただ一人。
「レディ」
 手を差し出される。
「あ……」
 仮面の騎士。
 悪漢たちの暴虐さとは真逆の愛しみがこめられたその手に。
 アリスは自分の手を重ね合わせる。
「あ、ありがとうございます」
 あくまで優しく。
 いたわりの気持ちを感じさせつつ、彼はその場に立たせてくれた。
(はわー)
 あらためてわかった気がした。
 ナイトランサーがヒーローと呼ばれる理由が。
(いまだけは)
 レディとして。
 救われるお姫様の気持ちで。
 いたいと思った。
「ワルモノに頭突きとかきめるレディなんていねーし」
「あはは……」
 その通りだった。

「ただいまだしー」
 何事もなかったような明るいいななき。
「はー」
 やれやれと。
 白姫に続いて屋敷の門を通ったアリスは肩を落とす。
「ご苦労さまやったね」
「はは……」
 肩に手を置いてくるシルビアにも弱々しい笑みしか返せない。
「とりあえずはよかったです」
 本音が口をついて出る。
 こうして、白姫が戻ってきてくれた。屋敷のみんな、そして自分にとってもそれはよろこばしいことのはずだった。
 と、彼女はあくまでのんきに、
「ぷーりゅよー、おれのぷーりゅよ~♪」
「う……」
 歌っている。
「なんですか『俺のぷりゅ』って」
「海の荒々しさをひょーげんしてるし」
「は、はあ」
「シロヒメ」
 言う。
「荒々しい南の海にふれて、自分も荒々しく男らしくなったんだし」
「お……」
 男らしく!?
「あの、というか、南の海に荒々しいイメージないんですけど」
「とにかく、せーちょーしたんだし!」
 強引に言い切って、
「これでもう甘やかしてもらわなくても平気だし」
「えっ」
 あまりにあっさり言われ、目を見張る。
「本当に」
「本当だし」
「………………」
 確かに。
 それが目的で彼女は誰もつれずに旅立った。
 つまり、そういう自分になれたから、こうして戻ってきたということだろうか。
 だったら、もう自分たちと以前のようには、
「おお、白姫!」
 そこに、
「ぷりゅ!」
 うれしげないななき。
 そして、こちらもうれしそうな真緒が駆け寄ってくる。
「帰ってきたのか!」
 笑顔で抱きつく。
 白姫もまた笑顔で受け止める。
「あっ」
 違う。
 これまでの接し方とは。
 身体は小さいものの頼もしさあふれる真緒に、白姫はそのまま年下としてかわいがられてきた。
 しかし、いまは、
「ぷりゅぷりゅ」
 こちらからも。彼女を気遣うようなそぶりを見せる。
(白姫……)
 本当に変わってしまったのか。
 じゃあ、これからどのように接したらいいのか。
 お世話をするのは従騎士として変わらない。
 しかし、自立したというのなら。
 いままでのようなわがままも、きっとなくなるはずなのだ。
「アリス」
 はっと。
「葉太郎様」
 すこしさびしげな微笑。
 彼も――自分と同じように感じているのだろうか。
「ありがとう、白姫のこと」
「あ、いえ」
 わたわたと。
「自分、何もできてなかったですし」
「ううん。がんばってくれたよ」
「がんばって……いたんでしょうか」
「がんばった」
 うなずく。
「けど」
 アリスはぽつり、
「自分たちを助けてくれたのはナイトランサーですし」
「そうだ!」
 こちらの会話を聞きつけた真緒が目を輝かせ、
「聞いたぞ! ナイトランサーがアリスと白姫を助けてくれたのだろう!」
「は、はい」
「ナイトランサーはカッコよかったか、白姫!」
「ぷりゅ!」
 うなずく。
「そうか」
 心から。うれしそうに笑い、
「さすが、私のナイトランサーだな」
「ぷりゅぷりゅ」
 張り合うようなことなく。その通りだといななく。
「………………」
 あらためて。本当に大人になったのだと。
 感じた。
「葉太郎様」
 これでよかったのか。思わずそんな目で見てしまうところに、
「よかったんだよ」
 うなずかれる。
「僕は……白姫が生まれたときから一緒だから」
 あっ。
 その通りだ。
 それは彼女の成長をずっとそばで見守ってきたということ。
「変わるんですね」
「うん。あっという間だよ」
 そうだ、その通りだ。
「わかりました」
 迷いは消えていた。
「自分、これからも白姫の友だちです」
「うん」
「だから、いまそのままの白姫を。変わっても、大人になっても、それでも同じように友だちとして」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 突然の。
「な、なんでですか!」
 涙目で抗議する。
「なに、いつまでもヨウタローと話してるんだし」
「え? え?」
 だってもう白姫は、
「甘えないなんて一いななきも言ってないし」
「ええっ!?」
「ぷりゅーか、アリスが甘えてんじゃねーしっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「し、白姫」
 あわてて割って入る葉太郎。
「どうしちゃったの」
「どーもしてないし」
 ぷりゅり~ん。ごきげんないななきをあげ、
「シロヒメはシロヒメなんだし~❤」
 すりすり。
「えっ、ち、ちょっと」
 驚いて、
「大人になったんじゃないんですか? もう甘えないんじゃないんですか?」
「だから、そんなこといなないてないんだし」
 ぷりゅ。こちらをにらみ、
「甘やかされなくても平気なシロヒメにはなったんだし」
「は、はい」
「だから、その分、こっちから甘えに行くんだし」
「えええっ!?」
「せっきょくせーの表れだし。しゅたいせーを持って行くんだし」
「な……」
 何も変わらないではないか、それでは!
 いままでも自分の思うまま好き放題甘えていたのに!
「ぜんぜん違うし」
「どこがですか!」
「違うし」
 真剣な目で、
「シロヒメ、みんなによろこびを分け与えているし」
「えっ」
 それはどういう。
「みんな、どうして馬だけじゃなくて、猫や犬やいろんな子たちをかわいがるし?」
「それは」
「癒しだからだし」
 癒し――
「そ、それと、白姫が甘やかされることとどういう関係が」
「シロヒメをかわいがったり甘やかしたりすることは、それをしている人間にとっても癒しになるんだし。アニマルセラピーだし」
「う……」
 聞いたことは――ある。
「シロヒメが甘やかされるのは、シロヒメのためだけじゃないんだし。甘やかしてくれる人たちのためでもあるんだし。ねー、ヨウタロー」
「え……う、うん」
「シロヒメ、大人になったんだし。だから、これからはそういうことも意識して、積極的に甘やかされに行くんだし。恥ずかしがり屋で引っこみ思案な人たちにも、馬をかわいがるすばらしさを伝えていくんだし」
「そ……」
 それは――い、いいことのように聞こえる。
(いえいえ、でもやっぱり)
 甘やかされ放題では、変わったとはとても言えない。
 白姫のためにもきっとよくない。
「あの、そういうことではなく、もっと大人らしいふるまいを」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「大人らしくふるまったし」
「ど、どこがですか!」
「大人らしいキレのあるパカーンを」
「そういうことじゃないです!」
「あ、あの」
 おろおろとまた葉太郎が止めようとするところに、
「やはり仲良しだな、アリスと白姫は」
「ええぇ~……?」
 微笑ましく見守る真緒に、それ以上何も言えなくなってしまう。
 ケンカは続き、
「とにかくやめてください、暴力は!」
「大人にぼーりょくはつきものだし」
「つかないです!」
「聞き分けの悪い子どもをしつけるんだし」
「聞き分け悪くないです!」
「悪いのは頭で」
「頭も悪くないです! 普通です! アホじゃないですーーーっ!」
 結局。
 いつもと変わらないやりとりが、いつもと変わらずくり広げられるのだった。

シロヒメは南の海にきらめく美少女なんだしっ☀

シロヒメは南の海にきらめく美少女なんだしっ☀

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-02-12

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work