笑う子供

笑う子供

  「えりちゃん、いい笑顔だ」とお父さんは嬉しそうに花びら舞う満開の桜の木の下でカメラのシャッターを切った。

今日から私は小学生、新しい生活を明日から迎える。周りには入学式を終えた同じ年の子供たちが両親に手を引かれ、家路へと向かっていく。「いつも寂しい思いをさせてごめんな」とお父さんは申し訳なさそうに私の頭を撫でて、謝った。「うんうん、大丈夫だよ」「お父さんは私の為にお仕事してくれてるんだもの。寂しくなんかないよ!」と私はお父さんに強がってみせた。

生まれてから私はお母さんの記憶が無い、お母さんは私が生まれてから、すぐに病気で亡くなってしまったと幼稚園のときにお父さんに聞かされていた。お父さんは毎日仕事で忙しく、家に帰るのもいつも私が寝ている頃だった。朝目覚めるとお父さんはもう、お仕事に出かけていて、私のお弁当だけが机の上にいつも置かれていた。朝はいつも食べずに出かけて、夜はお父さんが冷蔵庫に作ってあるご飯を電子レンジで温めて食べていた。

毎日が物凄く寂しかったけれど、夜のトイレに行くときに、翌日の私のご飯を用意してるお父さんの姿を見て、私はわがままを言うことなんて出来なかった。そんなこともあって、私はよく笑うようになりました。お父さんに心配をかけないように、周りに心配をかけないようにと。友達と遊ぶことは何度もあったけど、どうしても上手に距離を縮めることが出来ませんでした。いつも笑っていたので、口には出さなかったけど、周りの友達はどこか、やりづらそうにしていました。

そうして、月日が過ぎて、中学生、高校生と大人に近づくにつれて、不思議なことに私と似た人が増えていきました。小学生のときはあんなに気味悪がられていた、作り笑いを私以外の人達もたくさんするようになっていたからです。学校生活で徐々にみんなは本当の性格を隠していきます。自分の本心を悟られないように、見透かされないようにと。

社会人になった頃には周りはみんな私と同じでした。毎日、作り笑いで日々を乗り切っています。

仕事がいつもより遅くなり、綺麗な冬の星空を見ながら家路を歩いていると「今日は遅いな」と後ろからお父さんが声を掛けてきました。「お父さんこそ・・・」と私が言うと「父さんはいつもだからな・・・」と私に笑いかけます。「久しぶりに父さんの料理食べるか?」と俯いて照れ臭そうにお父さんが言います。「私も手伝うよ」と私は笑顔で答えました。今この瞬間だけの二人の笑顔は決して作り笑いではないと私はそのことが嬉しくてたまらず、お父さんの冷たい手をそっと握りました。「今日は星が綺麗だな」と空を見上げるお父さんはどこか泣いているように見えました。

笑う子供

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-29

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