表層
深海の冷たさに似た、あのひとの体温。湿り気を帯びた声と、遊泳の記憶。あばかれた、胸の、肺の裏に潜んでいる。たぶん、明確に、単純にいうなれば、欲望、とかいうもの。いつのまにか、世界の色は死んで、星の鼓動は跳ねるように、あらゆる生命体の残骸を含んだ土の匂いは、なによりも鋭く、生を突きつけてくる。果ては、欠落。真夜中の展望台でみた、あの、月の王子さまの横顔。フラッシュバックするのは、いつも、うまれたときの、はじめて認識した、母親、という大きくて、途方もない存在。
ひばりとする、花弁越しのくちづけ。
いきているだけでえらいよと、あたまをなでてくれる。あのひと。
狂った街に、平穏を望むひとびとの祈りと相殺する、おおかみたちの遠吠え。奇抜で、下品な光の渦を、すりぬけるように歩く。聖女。
だれよりもきみが好きだという告白の、一体どこまでが同情で、慈悲で、偽善なのかと考える二十一時の、ネットニュースの排他的記事と、ぬるくなったインスタントコーヒーと、窓の外の雪。
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