走馬燈プロデュース

 はじめまして、って死ぬのは一度きりだから「はじめまして」に決まってますよね。

 私は走馬燈プロデューサーの相馬です。下の名前は……ふふっ、この流れでしたら、わかりますよね。トウです、相馬トウ。本名は別にあるんですけど、この仕事をするときは相馬トウなのです。
 さて、私に会ったということは、あなたは三分後に死にます。
 あれ? 驚いてないみたいですね。確かあなたは……そう、自殺。
 事故や他殺の案件だと、みなさん私に会ったときにびっくりされるんですよ。説明なんて聞かずに、私を拒絶したまま死んでいかれるかたもいます。その点、あなたは自分で自分を殺めたのだから、落ち着きがありますね。
 それにしても自殺とは。相当、嫌なことがあったみたいですね。私に聞かせてください。それを元に、あなたの走馬燈を幸せなものへ修正いたします。

 走馬燈の修正? と心の中で疑問に思いましたね?

 小難しい説明をしたいところですが、残念ながらその名の通り、走馬燈の修正なんです。死ぬ前に見るという走馬燈。産まれたときから死に至る現在までを、まるで早送りしたビデオテープのように、頭の中を流れていく映像をそう呼びます。
 幸せな人生を送ったものは死ぬその瞬間まで幸福な映像で、不幸せな人生を送った者はその逆です。死ぬその瞬間まで、地獄の日々をもう一度見せられてしまう。
 私たちはそんな不憫な人間を一人でも多く救うために、幾多のデータを元に算出して、あなたのような不幸せな人間の前に現れるのです。

 思い当たる節がいくつもあるでしょう?

 だからあなたは、ひと気のない所有林に忍び込んで、夜風に肌を撫でられながら崖の上から飛び降りた。私とあなたは、いま、黒く荒れる海に全身を叩きつけられるわずか三分前にいるのです。
 さあ、あなたの人生を振り返りましょう。修正したほうが良い場所があれば映像を止めますから、気兼ねなく申しつけてください。

 これは……良いスタートを切りましたね。母親に抱かれる産まれたばかりのあなた。希望に満ちあふれた、元気な産声だ。ああ、待合室でそわそわしていた父親が、大喜びであなたと母親に駆け寄りました。理想的な家族のかたち。私が最も好きな映像のひとつです。
 母乳を飲み、すくすく育つあなた。比較的言葉はすぐに覚えたようですね。両足で立てるようになってからは、ずいぶんといたずら好きな部分が発達したみたいで……あらあら、家具を壊された両親が困っていますね。あなたは知らなかったと思いますが、これは母親が実家から持ってきた唯一の花嫁道具です。

 ……修正しますか? あはは、しませんか。良いでしょう。これも大事な思い出ですもんね。

 映像を進めましょう。幼稚園に入園したあなたはたくさんの友達に恵まれたようですね。運動神経も良く、みんなの人気者。それは小学校に入学してからも変わらず……いいや、さらに才能を開花させたようだ。サッカークラブに入ったんですね。確かにあなたにはぴったりの選択だ。中学、高校とあなたはサッカーで才能を研鑽させています。
 
 ことの転機は、大学受験の失敗でしょうか。そう、今あなたが見ている場面です。

 スポーツ推薦で選ばれると思っていたあなたは、その目論見が外れて一般受験することになりました。成績が足りなかったのか先生に好かれていなかったのか、とにかくあなたの不運はここから始まりました。

 ……目をそらしましたね。これ以上見たくない、ということでしょうか。

 修正しますか? 大学受験に合格した場合の映像に差し替えることが可能です。そうすればあなたはそこから分岐する幸せな人生を走馬燈として見ることができます。

 ……え? 修正しない?

 ああ、なるほど。大学受験に失敗したおかげで出会うことになる、ナナコさんの姿をもう一度見たいんですか。でもナナコさんはあなたのアルバイト先にやってきたただのお客さんで、あなたの人生には特に関わってこなかった人ですよ。

 ……わかりました。修正せずに走馬燈を見ていきましょう。

 ふふっ、それにしても……もしかしてあなた、ナナコさんのことが好きだったんですか?
 確かにナナコさんは……ああ、いま映りましたね。目尻のホクロが特徴的な、とても美しい人だ。女性にしては高身長で、それとは反比例するように腰が低くて謙虚……。なんでも、ナナコさんは大学を主席で合格したとか。
 どうして彼女のことを知ってるかって? 私の職業を思い出してください。これは彼女の父親から私が三分間で引き出した話です。ええ、たくさんの人の前に私は現れていますから。

 話がそれましたね。映像はどこまで進みましたでしょうか。

 居酒屋……ああ、あなたのアルバイト先で行われた送別会のワンシーンですね。ナナコさんはたまたまそこへ居合わせたようです。あなたは意中の女性が現れたことに嬉しくなって、彼女を自分たちの席へと招いた。

 え? 違う? 違うわけないじゃないですか。これはあなたの走馬燈ですよ。
 もっと良く見てください。そして、あなたが修正したい場所を私に教えてください。

 タクシーが居酒屋の前に到着しましたね。泥酔したナナコさんを、家へ送り届けるといってあなたがタクシーを呼んだんです。そして心配だからと自分を含めた男たち三人も相乗りした。
 しかし、到着した場所はナナコさんの家ではなかった。そう、あなたがいま飛び降りた、崖のある所有林の前の住宅街です。男三人の持ち家があるわけでもありません。住宅街など脇目もふらず、あなたたちは所有林に無断で侵入した。

 覚えているでしょう。これはあなたの走馬燈なのです。嘘はなにひとつありません。
 ましてや、あなたがおっしゃった「ナナコさんとは一度も面識がない」などという妄言は一切通用しないんですよ。

 さあ、なにが見えますか。

 月明かりのない、星も見えない曇った夜空。周囲を生い茂る木々に囲まれた四人は、まるで密室の中にいるかのよう。男三人、女一人。女は泥酔している。
 私が思うに、あなたは女に好意が――それもかなりの熱量を持った感情があったのでしょう。最初は彼女を暴行する気でいたから、所有林にも同行したのかも知れません。しかし男二人が彼女に暴行を働こうとしたところで冷静になり、彼らと言い争いになった。遂にはそばにあった石で殴り殺してしまい、証拠隠滅とばかりに崖に向かって死体を投げた。
 運悪く、酔いの覚めた彼女がそれを見ていた。
 「あなたは私に暴行しようとした上、人を殺した」とでも言ってきたのでしょうか。あなたは咄嗟のことで気が動転した。犯行を見られたことへのショックよりも、暴行しようとしたなどと意中の女性に思われたことが嫌だったのかも知れません。あなたは彼女を――ナナコさんをも崖に突き落としてしまった。
 目を見開き、黒い海に飲まれていくナナコさんを見て、あなたはとてつもないショックを受けた。
 それは記憶を封じ込めるほどの大きなショックで、あなたはなにもかもを忘れて自宅に帰宅しました。なにかを忘れている、と気付く瞬間が何度かありましたが、それが一体なんなのかわからない。
 今朝方、三人の死体が海の対岸に流れ着いたとの知らせがありました。ナナコさんのお父さんは泣きながら一人娘のことを語ってくれましたよ。こんなことをされるような子じゃない、なにかの事故だとしても信じたくないと。

 ……あと三秒で、約束の三分です。

 指を鳴らせば、あなたの催眠は解けます。崖の上から身を投げたはずの景色が次第に、コンクリートの一室へと変わる。

 ……はい。

 さあ、目を開けてください。
 事情聴取にご協力いただき、ありがとうございました。



走馬燈プロデュース

走馬燈プロデュース

はじめまして、って死ぬのは一度きりだから「はじめまして」に決まってますよね。私は走馬燈プロデューサーの相馬です。下の名前は……ふふっ、この流れでしたら、わかりますよね。/2019年製作。投稿サイトの企画に参加するために書いた作品です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-22

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