ショートコント『サラリーマン』

ZOEAZ

「ショートコント、サラリーマン」

 暗闇を円形にくり抜いたようにパッと照らし出されたステージの中央。バーコード頭に口ひげ、鬱陶しいほど長いネクタイを締めた背広姿の男がひとり、観客席に向かってそう言った。照明が一気に付き、オフィスを模した小道具が提示される。彼らのライブを何度か見たことのある観客はそこで「ああ、今日の秋田は上司役ね」と思い、同時に「じゃあ三宅が部下役か」と予想するはずだ。

 案の定、秋田はううむと唸り、しきりに腕時計を眺めて険しい表情を作っている。


秋田「遅い。いくらなんでも遅すぎるぞ。今日から入社だっていうのに、一体全体どうなっとるんだ」
秋田「ははあ、まさか。入社するのが急に嫌になっ たんじゃないだろうな。最近の若者というのは、ちょっとしたことで嫌になるからなあ」

 彼が首を傾げるたびにバーコード頭のかつらがふわふわと揺れ、真剣な表情との対比に観客席からは笑いが起こる。

??「すいません! 遅くなりました!」
秋田「ようやく登場か。いかんねえ、君、入社初日からそんな様子では……って君! どうしたんだその頭!」
??「なんですか? ああ、もしかして……わかります? 昨日遅くまで飲んでいたから顔がむくんでるんですよ」
秋田「むむむっ……むくんでるなんてもんじゃないよ君! 鏡! 鏡見てこなかったのかい!」

 慌てたようすでオフィスに飛び込んできた、サラリーマン然とした装いの男。おそらく秋田の相方 、三宅だろうと観客は理解している。しかし三宅の特徴的な細い首の上に乗っているのは、中央に黄色い円、それを取り囲むようにして不完全な白い楕円、どうみても朝食に出てくる目玉焼きを連想させる頭部なのである。

秋田「め、目玉焼きじゃないか!」
??「……ばれましたか」
秋田「ど、どういうことだい……君、仕事に来るのがあまりに嫌で、目玉焼きになってしまったのかい」
??「惜しい。ほとんど正解だが、私はもうここに入社するはずだった三宅ではない。三宅は会社に来るのがあまりに嫌で、魔術を使って私を召喚したのだ。私は三宅を最初の贄とし、この身体をいただいた。私は■■■星人。この地球星ではどうやら目玉焼きというものに似ているらしいな」
秋田「似ているって……そのものじゃないか! ああ、どうするんだ、今年の新人は期待大だって社長に言ってしまったんだぞ。三宅君への教育次第で、私の部長への昇進が決まるかも知れないんだ。それがまさか、こんな目玉焼き星人に乗っ取られてしまうなんて!」
星人「なに、心配することはない。ほら見ろ、この顔の端の部分。こうして千切って……食べることもできる。これなら飢餓で苦しむこともない」
秋田「ちょっとだめだめ、パンのアニメのパクリはだめだよ! あと白身、純粋に不味い!」
秋田「永遠に白身だけパクパクパクパクやってたらほとんど飢えてるのと同じことだよ!」

 観客からは苦い笑いがこぼれている。秋田に目玉焼き星人と呼ばれた■■■星人は「地球星人は食にうるさいんだな」と、かつて顎があった場所に指をやりながら言った。

星人「実はこの黄色い部分も食べられるんだ。ちょっと濃厚でね、まあ食べ過ぎると記憶が少し飛ぶんだが……」
秋田「こわいこわい! え、なに? 脳的な? 脳的な部分なのそこは」
星人「ほら。ちょっとやるから食べてみなさい」
秋田「いらないいらない! これで私のほうに変な記憶が植え付けられたらどうするの!」
星人「どうするって、そのほうが都合が良いじゃないか」
秋田「えっ……どういうことだい」
星人「三宅は魔術で私を召喚した。なんのために召喚したと思う?」
秋田「会社を……会社を壊す、とか?」
星人「甘いなあ地球星人は。三宅はもっと大きなものを憎んでいたんだよ。そう、地球そのものだ。だから三宅は私の星の住民、全てを召喚したのだ。さあ、来たまえ同胞たちよ」

 ステージの上手(かみて)から、目玉焼きの頭部を乗せたサラリーマン風の男が、ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ、何人も何人も何人も流れ込んでくる。観客は息を飲んだ。気付けばステージの上には、秋田以外は全て目玉焼き星人となってしまった。

秋田「ううっ……嘘だろ……私は、私はまだ死にたくない……」
星人「期待通りの新人だと、社長もきっと喜んでくれるさ。まあ、その社長も今頃、我々の贄となっているはずだが……」
秋田「うっ……うわああああっ!」

 飲み込まれるようにして秋田は目玉焼きの海に沈んでいく。グロテスクになるかも知れない場面が、目玉焼きというだけでB級ホラー映画のような珍妙さを作っている。観客はなんだかおかしくなって笑った。このコンビの作るコントは、不条理な部分を楽しむ、といった通向けの笑いが固定客の心を掴んで離さないのである。むしゃむしゃむしゃむしゃとわざとらしい咀嚼音が響き、観客の笑い声は一層大きくなった。
 無数の目玉焼き星人たちが一斉に観客席を向いた。

星人「……なに笑ってるんだ? 次はお前たちだぞ」

 まるで津波のように。目玉焼き星人たちはステージから一斉に観客席になだれ込んできた。観客たちはまだ、コントの一部だと思って笑っている。
 星人たちの頭部は、ぶよぶよと左右に膨らみ、アメーバの分裂のように増え始めた。
 それらは観客たちの首から下を欲しがって浮遊し、空飛ぶ目玉焼きとなって次々に観客を襲い始めた。
 かつての三宅はステージ上の照明を一身に浴び「どうも、ありがとうございましたー!」と力強く地球全体に言った。観客の笑い声は星人たちの笑い声となった。そうしてゆるやかに、幕が降りていく。



ショートコント『サラリーマン』

ショートコント『サラリーマン』

「ショートコント、サラリーマン」暗闇を円形にくり抜いたようにパッと照らし出されたステージの中央。バーコード頭に口ひげ、鬱陶しいほど長いネクタイを締めた背広姿の男がひとり、観客席に向かってそう言った。/2018年製作。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-22

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